御神流の真髄は、いつ、いかなる局面にも対応し、負けないことにある。
私も御神流の一人として、それは常に心がけてきた。そして事実、私は同じ御神の剣士である、夫と娘以外に負けたことは無かった。
だが、それも今日までかもしれない。私は今、未曾有の強敵に立ち向かっている。
その男は、鋭い眼差しで私を見ている。一分も隙が無く、こちらのわずかな動揺すら筒抜けだ。
「くっ!」
放すまじと握り締めた右手を回し、なんとか目の前の局面を乗り切る。しかし、危機はまだ去っていない。バランスを取るために動かした左手が、ぎこちない動きで任務を達成する。左足を浮かし、加速するために右足を踏み込む。そのとき――
ガッ!ガガガガガ!
「なにぃ!」
何度聞いても濁った嫌な音。それと同時に鳴動するかのように体が揺さぶられる。それは、自分が致命的なミスを起こした証拠に他ならなかった。
全てが――終わりだ。
私は、負けたのだ。
「わかっているね……終わりだよ」
男が、私に最後の死刑宣告をして、ゆっくりとその右手に握り締めたものを振り下ろす――。
「えーと、御神美沙斗さん。残念だけど、今回は不合格ね。交差点を曲がった後の、加速のためのクラッチ繋ぎがまだ下手だね。もう少しゆっくりとクラッチを放せば、エンストしないよ」
ボールペンで私の教習ノートになにやら書き込む教官。
仮免試験――三度目の不合格。御神流免許皆伝でも、自動車免許への先は長い……
「よし、いくか!」
駐車場にて、明るい美沙斗の声が響いた。
今日は、美沙斗が休暇を取ってやって来たこともあり、高町家みんなでちょっとした旅行に行くのである。
自家用車は恭也が運転し、さすがに一つの車では全員は乗れず、桃子、なのは、フィアッセはレンタカーを借りてきた。残りの寺子達が恭也組である。
そして、目的地への高速道路に会ったサービスエリアで、免許取立ての美沙斗が「運転させて欲しい」と言ったのだ。
「じゃあ、ここからはお願いしますね。疲れたら運転代わりますから、次のサービスエリアで言ってください」
大学の一年目に夏休みを利用してすでに免許をとっていた、助手席の恭也が言った。
「ふ……戦いに比べればこの程度の疲労は大したことは無いよ」
そううそぶく彼女に、美由希、蓮飛、晶が笑う。
「でも、お母さん。仮免までは長かったけど、その後は早かったよね」
「ああ、コツが掴めたから……」
ああ、確かにありますよね、と経験者の恭也が言った。
美沙斗も頷き、
「ようは、ギア、ペダル、ハンドルとクラッチの処理を、いかに迅速に確実に的確に処理するかが問題なんだ」
カカコン!と、恐ろしい速度でギアを動かす。そのあまりの速さに――その場にいた全員が声をなくした。
「つまり、私がその処理速度を上げれば良いんだ」
また恐ろしい手の動きで、発車のためのウインカーを出す。
「なんのことはないのよ。私達には、そういう技があるんだから……」
その台詞に、美由希と恭也が凍った。
『み、美沙斗さん(お、お母さん)!まさか!』
「さあ、いくわよ!」
ドン――!
けたたましい音を立てて――高町家の自家用車が吹っ飛んでいく。ほとんど初めからトップスピードに入り、恐ろしい勢いで次々と他の車を追い抜いていく。カーブで軽やかにドリフトを決めた。
その姿を、桃子達はレンタカーから呆然と見送っていた。
「うん、教習所ではゆっくりとしか走らせてくれないからまどろっこしかったけど……やっぱり車はいいね」
「ちょっ……み、美沙斗さん……こ、これ神速を使って――」
恭也の言葉がまるで聞こえないように、彼女は鼻歌を歌っている。
恭也は、後部座席の妹達の安否が気になり振り向くと――すでに彼女達はものの十分で気絶していた
「ず、ずるいぞ!俺を残して……ぐぁ!」
キキキキ!とブレーキ音を響かせ、車が横滑りをする。ガードレールに触れるギリギリに――
――コツン。
(コ、コツンって、今、ぶつかった!絶対ガードレールにぶつかった!)
恭也は――今までの命がけの戦いにも感じなかったほどの恐怖を味わっていた。
そして、その恐怖の代弁者が、目を輝かせてさらにとんでもないことを言い出した。
「調子良いな……ね、ちょっとコーナー攻めて良いかな?」
美沙斗は、まるで子供のように微笑んで――
「ちょ……ちょっとって……もう十分攻めてるでしょう!若葉マークがなに言って……わぁぁぁぁ!」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとだけだから……ね?」
「どわああ……あぁぁ……ぁ………」
教訓……ちょっとだけ、さきっちょだけは信じてはいけない。
どうすんだこれ