とらんあんぐる組曲 ~もう一度、あの歌を~   作:レトロ騎士

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最近のさざなみ寮のどうでもいいはなし

   ◇

「ついてねえなあ…なんでこんなんばっかりなんだ」

さて、ここにそんな愚痴を言う一人の犯罪者がいた。

 名前は……とりあえず「彼」としておこう。

 彼の生い立ちについては、とりあえず特記するほどのものはない。多少荒んだものもあったかもしれないが、彼が犯罪者となったことに対して同情を得られるほどのものでもなく、その全てが彼自身の選択であり、彼自身が責任を取るべきことである。

 幼少のときから自分より弱いものに対しては威張り、そうでないものには従い、何か問題が起こればそれを弱いもののせいにして、それが適わないときは自分を「従わせた」相手への愚痴を言う。

 自分に甘く、他人に厳しい。

 そういう人間は、往々にして反省をしない。

 飲酒運転をして警察に捕まりながら、

「あの道を通るんじゃなかった」

という後悔はしても、そもそも

「飲酒運転をしてはならなかった」

という反省をしないのだ。

だから、いつまでたっても「運」が悪い。自己が起こした「結果」に、自分で責任を取りたくないから、その全てを「運」のせいにする。

そういう人間である。

 

彼は、つい先月まで、とある暴力団の末端の組織の一員だった。

使い走りというほどでもないが、幹部というほどでもない。

いわゆる、「アニキ」である。

もともと定職に就けるほど根気も気力もない彼に、その場所は何とか生きていける場所だった。

だが、たとえそのような社会の落伍者が集まるような場所にも、人望、カリスマ、才能といったものは必要である。

暴力団、マフィアといった犯罪組織は「悪」ではあるが、そこは「社会」なのだ。

努力しない者に結果などはついてこない。

楽に儲けようとした結果、計画性のない短絡的な犯罪を繰り返し、何度かの刑務所生活もしていた。それでもなんとか居場所があったのが、その「暴力団組員」という立場だったのだが、組の金に手をつけようとしたのが発覚し、命からがら逃げ出してきた。数万円程度のはした金だったため、組が本格的に自分の身柄を狙うことはないだろうが、居場所がなくなった。

まとまった金を手に入れようと、三日ほど前コンビニ強盗をしようとしたが、店員の抵抗にあい思わず相手の腕を刺してしまい、そのまま逃亡。警察からも追われる立場になってしまった。

そして――なけなしの金で、5つの県を越えて流れ着いたのが、この海鳴の街である。

しかし、彼はどうもこの街は気に食わなかった。

なんというか、自分が異質に感じるのだ。

「だけどなあ……ちくしょう、ここで金を手に入れないと、野垂れ死にだぜ……」

強盗でもして金を手に入れて、とっとと違うところに逃げよう。そう思う彼である。

 

彼は、自分を反省しない。いつだって、悪いのは「運」のせいだ。

それが、どれだけ自分に原因があろうとも、だ。

ただ、今回に限っては。この海鳴の街で犯罪を犯そうとしたことは――

間違いなく、「運」が悪かったのかもしれない。

 

   ◇

「うんしょ…うんしょ……」

 一人の女が、大きな買い物袋を抱えて、とあるスーパーの駐車場で息を切らせている。

 栗色の髪が印象的な、二十前半の、おとなしそうというか、少しとろそうな雰囲気の女だった。

(……とりあえず、車でもいただくか)

 金も必要だが、動ける「足」がほしい、と、彼は狙いをその女のものと思われる軽自動車に目をつける。

 彼は、ポケットの飛び出しナイフを、いつでも取り出せるよう準備して、赤い軽自動車の前で買い物袋との格闘を始めていた女に近づいた。

 女が運転席に乗り、エンジンをかけ始めたことを確認する。

 そして、彼は動いた。

「あの、すいません」

 言いながら、運転席の窓を軽く叩く。

「ほえ?」

 間延びした声を上げながら、窓越しに女が彼のほうを向いた。

 ほんと、とろそうな女だ、と思いつつも彼は笑顔を女に向ける。

 女はそんな彼に不思議そうな顔を向けながらウィンドウを降ろすと「あの、何か?」と問いかける。

「この車の後ろあたりに、買い物袋がありますが、貴方のものではないですか?」

 そういって、車のトランクのほうに近づき、指を刺す彼。

 計画はこうだ。

 買い物袋の忘れ物があるといえば、今、エンジンがかかったままの状態の車から、女は降りるだろう。

 そして、女が車の後ろに回った隙をついて、運転席に乗り込みそのまま発進する。

 もし、エンジンを切って車のキーを抜いてしまったのなら、

「俺の見間違いでした」

で済ませばいい。

 彼に、この女を殺すつもりはまったくないが、もし、発進の際に車にしがみつかまれたら、引きずってしまったり跳ねてしまう可能性があるとか、そういうことは考えてもいない。

 もし、それで相手を死なせてしまったら、「殺すつもりがないのに相手が死んでしまった。俺は運が悪い」と考えるのが、彼である。

 さて、思惑通り、その女が車から降りて彼の指差すところに向かって歩く。それもウィンドウを下した状態の運転席のドアを開けっ放しで、だ。どれだけこいつは抜けているんだろうと呆れ、同時にほくそ笑む。運転席に乗り込みながらハンドルに触れて――

「――!ぐげっ!」

 恐ろしいほどの静電気が走る。ぱち、とかそんなものではない。

 静電気というよりはスタンガンだ。意図的なトラップとしか思えないようなその威力に、彼はのけぞる。バランスを崩し、開いたままのウィンドウにもたれかかるように手を突いた。瞬間――

 うぃぃぃぃん

「!?」

 動き出すウィンドウ。どこにも、スイッチは触れていないはずだ。だが、まるで意思を持っているかのように、ウィンドウのガラスが押しあがり、自分の手を持ち上げる。それはまるで、ギロチンの刃が逆に動いているように見えた。あまりのことに驚き、刹那の間呆然としたため、手が挟まれそうになる。なんとか直前で正気に返り、手を引き抜いた。

 完全にバランスを失い、車から転げ落ちる彼。

 なんなんだいったい、とその軽自動車に目を向けると、運転席のドアがゆれているのが見えた。

 そして、突風が吹いた。

「きゃっ……」

 女が、翻るスカートを抑え、小さく悲鳴を上げたのと同時に、

「ぎゃっ……」

 彼が、風を受けて開かれたドアに、その頬を強打され、大きく悲鳴を上げる。

 のおおおお!と苦痛でのたうち軽自動車の前方へと転がった。

 そこに、いきなり強烈な光が目に差し込んで、視界が真っ白になる。車のライトだ。誰も捜査をしていないはずの、この車だ。

 頬の痛みに加えて、焼かれた目が激しく痛む。

 涙を堪えながら、手で光をさえぎりながらゆっくり目を開けると――。

 軽自動車が、彼をにらみつけていた。いや、単なる比喩だ。車のライトが目に、バンパー部分が口に見えただけだ。

 だが、彼にはわかった。こいつは、間違いなく、俺に敵意を持ってにらみつけている、と。

 そして、ゆっくりと、車が動いた。

 まさか、と辺りを見る。緩やかな傾斜になっていた。自分のほうに向かって――。

 おかしい、サイドブレーキはかかっていたはずだ。だから今の今まで、微動だにしていなかったはずなのに――。

「……やめ…俺が…俺が悪かった……」

 しかし、無表情に軽自動車は動き出して――彼は、声にならない悲鳴を――!

「……あのー、何もないみたいですけど…あれ、どうしました?」

「ひっ!?」

 女が、地面に転がった彼を、首をかしげながら見ている。

 あれだけ彼が騒いでいたというのに、気付かなかったらしい。

「い、あ、あの、車が……」

「車?…ミニちゃん?」

 ミニちゃん――そう女が呼びかけた軽は、何事もなかったようにそこにたたずんでいる。

「あ、あれ?」

「あの、別に、なにもなかったですけど……」

「あ、ああ……えーと、すいません……見間違いだったみたいです」

 これ以上関わったら、やばい。何よりも、今はここから逃げ出したい――。

「そうですか~。ふふ、うっかりさんですね」

 女が、ころころと笑いながら言う。そして、彼が立ち上がるのを見守って、女は運転席に乗り込んだ。

「じゃあ、私、いきますね。ご心配、ありがとうです」

 ゆっくりと動き出すその車。

 彼は、痛みを忘れて呆然と見送っていた。

 

   ◇

 ひどい目にあった。

 いったいあれは、何だったのだろうか、考えるのも嫌になり、彼は次の獲物を探すことにした。

 激しい痛みに、イライラする。

 このストレスを発散するには、女がいい。さりとて、金のない今は、見栄えのいい女を誰でも良いから犯してしまおう。

 途中、一人の少女を見かける。年下趣味というわけでもないが、見た目がいいことが最優先。奇妙な白装束と、青紫色の細長い包みを持っているのが気になったが、そこから生えた白い手足の、健康的な肌にそそられたのだ。

 しかも、なんの幸いか、その少女はどんどんと人の寂れたほうへ進んでいく。

 後をつけていき、頃合いを見てナイフで脅し、犯してしまおう。

 服を破り、嫌がる少女を押さえつけ、時には殴りつけ、無理やり自分の「それ」を少女に突き立てる。今から、その光景を浮かべて喉が鳴る。先ほどの女と関係があるわけではないだろうが、あの「恨み」はこの少女の体で返してもらおう。

 人の気配が完全に消えた、とある森の中。今がチャンス、とナイフに手を伸ばし、少女に近づこうとして――。

 ナンデスカアレ。

 少女の前に現れたそいつは、なんだかよくわからない、グログロギリギリゲロゲロした、動物のようなそうじゃないような、なんというかその、ホラー映画に出てきそうな、なんかそんなの。

 あまりのことに、恐怖で尻餅をついたまま動けない彼。

 口をパクパクとさせながら少女を見ると、不敵に笑っていた。

 なんであんな化け物を前にして、と震えながら見ていると、少女が抜き放ったのは、一振りの刀。

 えーと、ここ、日本ッスヨネ。あ、だから日本刀ね。いいのか。

 俺のナイフの7倍くらいありそうッスよね。

「神咲一灯流……楓陣刃!」

 あの、なんかビームみたいなのがでたッスよね。

 そして、ぎゃあああああ!と崩れ掻き消えた化け物。

 倒しちゃいましたよ、あの子。あれを。

 えーと……俺、アレを襲うの?超怖いあれをそれであんな光を出して倒しちゃったアレを。

 ――絶・対・無・理。

 

   ◇

 彼はもう逃げることだけを考えていた。

 車?女?いや、もう金だ。金だけでいい。

 こんなところ、二度ときたくない。

 そう思い、彼は空き巣をすることにする。ターゲットは、とある女子寮だ。

 寮と言っても、大き目の家みたいなものだった。森に囲まれたここならば、人の目もはいりにくいだろう。例え見つかっても、女だけなら、なんとでもなる。

 そう思いってやってきたのだが――あいにく、人がいた。

 庭先で、子供達が遊んでいる。

 バスケットをしているのだろうか。中学生くらいに見える少年?いや、女か。そいつがドリブルをしている姿を、猫に囲まれた小学生くらいのメスのガキんちょが応援している。

 のんきなもんだ。しかし、子供だけというなら、それはそれでチャンスだ。

 誘拐して身代金をとる、という手もある。

 木々の影に隠れ潜みながら、さて、どうしたらいいかと考えていると――。

「みなみー、ダンクを見せてほしいのだー」

「いいよー、用意するからまっててー」 

 中学生?の娘が、庭の物置のほうに横たわっている、ゴールリングに近づいていく。

 それは、地面に支柱を埋めるタイプではなく、大きな鋼鉄製のオモリによって直立させるタイプのようだ。どうやらドリブルをするのに邪魔なので、どかしていたようだ。

 ……どかしていた?

 大人数人がかりでないと、どう考えても無理だろうと思えるそれに、娘は近づいて――

「ほいっと」

 持ち上げましたよ。

「えっほええっほ」

 持ち運んでますよ。

「よいしょっと」

 置きましたね。ドズンって聞こえましたね。

「せっかくだから、迫力があるのを見たいのだ」

 今度は、小学生がリングに歩いてきたよ?

「ニャンガニャンガニャー」

 飛んだ。

「ニャンパラリッタ」

 ゴールリングの支柱に乗ったよ。えーと、何メートル?つーか耳と尻尾生えてない?あれ。

「んじゃ、いくよー」

「がんばるのだ、みなみ」

 そして、先ほどの中学生?が、ダンクを決めて――失敗した。ボールはリングにはじかれ、寮の屋根にぶつかり、木の上へ。

「あー!」

「やっちまったのだ」

 はっはっは、微笑ましいですね。

「知佳ぼー、手伝ってほしいのだー」

「どしたのー?」

 猫少女の声に、二階のベランダからまた一人、少女が顔を出した。

「ボールをとってほしいのだ。高すぎて、アタシじゃ上れても降りられないのだ」

「いいよー、まってて」

 知佳ぼーと呼ばれた美少女が、ベランダから飛び降りる。

 二階とはいえ、それなりの高さから何のためらいもなしに。

 そして、飛んだ。文字通り。羽を生やして。

 金色の羽を美しくたなびかせて、少女はごく当たり前のように飛んで、ボールをとった。

「知佳ー、ゲーム、知佳の番だよ」

「うん、今行くー」

 また一人、ベランダに銀髪の少年?が現れた。

「……?」

 少年?が、ふと立ち止まり訝しげにあたりを見回す。

「どしたの?リスティ」

「知佳……なんか、庭に変な気配がする」

 彼は、心臓が止まる気がした。

 リスティと呼ばれた少年?が彼の隠れる木のほうをじっと見ている。

 まずい、まずいまずいまずい!

 何がまずいって、比喩抜きで命の危険が!

 怪力のゴリラ少女、猫又少女、羽人間……化け物屋敷だここは。

 あの、銀髪の少年も、あの連中の仲間ということは、何かがある――その正体、知りたくも無――

「……そこ!」

 バシュ!

 彼のいたすぐ横に、弾丸のような何かが飛んできて、爆発。

 少年?の正体は……なんだか分からないけど何かを打ち出してくるヒットマンでしたうわあああああああ!!

「うわあああああああ!」

 もう、嫌だ!ここにいたくねえ!

 もつれる足をなんとか言うことを聞かせて、森の中を駆け抜ける。

「誰かいた!」

「え?えっ?」

「猫軍団、犯人を追うのだ!」

「あわわわわ、耕介さんに連絡しなきゃ…」

 後方からの声を振り切るように、彼は全速力で走り続けた。

   ◇

「うっ、うっうっ……」

 とある居酒屋にて、安酒をあおり、彼は、欝になっていた。

 なんで俺がこんな目にあうんだと。なんて、ついてないんだ、と。

「オヤジ、おかわり!」

「あいよ」

 筋肉隆々の、まるでどこかの軍人のようなオヤジが威勢よく声を返す。

 ずっと化け物に追われ続けた今、そんなオヤジが頼もしかった。

 悪態をつきつつ、酒を飲み続ける。酒はどちらかといえば弱い部類に入る彼だが、飲まずにはいられなかった。

「おいおい、なにしけた面で酒飲んでるんだよ」

 そんな彼に、一人の女が絡んできた。既に半分出来上がっている、メガネをかけた女性だ。美人、というわけではないが、やんちゃな子供のような、好ましい顔立ちをしている。

「…あ?」

「せっかくアタシ等が気持ちよく飲んでるのに、そばで泣かれちゃテンションが下がるっての!」

「アタシ…ら?」

 彼がそのふてぶてしいメガネ女の座る机を見ると、もう一人、恐ろしく美人な女がケタケタと笑っている。

「そうやそうや!ウチ達の隣で飲む以上、もっと、ぱあっとはじけてないとあかん!ほら、なんか芸でもしてや」

 いや、その、俺は……と、外見に合わない関西弁で話してくるその女の要求を断ろうとすると、先ほどのメガネがどん、と酒の瓶を置く。

 大吟醸だ。多分、店で一番高いやつだろう。

「芸が無いなら、イッキだイッキ!男なら、いいところみせてみい!」

 そういって煽るメガネ女。

 いつもなら、何だこの女、と悪態をついていたろう。だが、今はこんな馬鹿みたいなテンションの高さと明るさが、救いになった。

 がつ、とその瓶をとり、とくとくとコップについで、立ち上がる。

「おお?」

 期待に満ちた目で、メガネと関西が彼を見る。

 そして――彼はそれを飲み干した。

「おおお!やるじゃねーか!」

 やんや、やんやと拍手。それを受けながら、頭がぐるんと回ったのを、彼は感じていた。

「これは、うちもお返しに一芸見せんとあかんなー」

 関西が立ち上がる。

 もう、周りで何が起きているのかもよく分からなくなっていたが、関西女の声が聞こえたのはわかった。

 関西女の口から、歌が流れる。

 美しい歌だった。自分を慰めてくれるような歌だった。がやがやした居酒屋の店内が、その歌で鎮まるのが分かる。

 そんな優しさに包まれて――彼の意識が墜ちていった。

 

   ◇

 目が覚めると、屋台のオヤジがいた。

「お客さん、大丈夫かい?」

「あ、ああ…寝てたか…」

 あれ?と、彼がふと周りを見渡すと、先ほどの関西弁とメガネ女がいない。

「ああ、お連れさんなら、さっき帰ったよ」

「そうか、帰ったか……って、お連れさん?」

「おう、というわけで、お勘定な」

 えーと。なに?

「お勘定。料理代と熱燗二本と大吟醸な」

 筋肉隆々の、たくましい右腕をまくりながら、手を出すにこやかな親父。

「え?だって、俺、別にあいつらと知り合いじゃ……」

「お勘定」

 筋肉隆々の、たくましい左腕をまくりながら、手を出すにこやかな親父。

「そ、それに俺、頼んだのは安酒二杯だけじゃ……」

「お勘定」

 筋肉隆々の、たくましい胸元をアピールしながら、手を出すにこやかな親父。

「……はい、お勘定……」

「ありあっしたー!」

 

   ◇

 彼は、泣いていた。

 ほぼ全財産を支払い、居酒屋のすぐ近くの公園で。

もうすっかり日は暮れて、いつの間にか雨も降っていた。公園にあったドーム型の遊具の中で雨をしのぐ。

 寒さに加えて、空腹が襲ってきた。それはそうだ。結局、先ほどの居酒屋で口にしたのは、酒だけなのだから。

 もう何もする気力も無かった。

なんでこんなことになったんだ。

 寒くて、腹が減って、寂しくて、どうしようもなく自分が惨めに思えて、始めてそんな自分を振り返る。

 ああ、こんな寒い日、俺が風邪を引いたとき、母ちゃんが看病してくれたっけ。

「俺が……悪かった。きっと罰が当たったんだ。いつもいつも悪いことばっかりしてるから。……母ちゃん、帰りたいよ……」

 もう、何もする気がしない。誰かに、助けてほしかった。

 考えるのも疲れて、もう、このまま死んでしまえばいい、と思ったそのとき、バシャバシャと水溜りが跳ねる音がする。

 その音は、徐々に彼の傍に近づいて――止まった。

「……あー、ちょっとすいません」

「…?」

 遊具から声のほうに顔を出すと、彼を見下ろす大柄な青年の姿がある。

 二十歳前後だろうか。精悍だが、どことなく人懐っこそうなそんな印象がある。

「あの。失礼ですけど、先ほどあそこの居酒屋で、メガネをかけたのと関西弁の、変にテンションの高い連中に絡まれたりしてませんでした?」

 答えるのも面倒だが、とりあえず、声には出さず肯く。

「あー、よかった。この公園に入ったのを見たって、店のオヤジに聞いたんです。すいません、うちの連中が迷惑かけたみたいで」

 なんだ?さっきのへんなんの知り合いかと彼が警戒をすると、青年は、すっと封筒を差し出した。

「?」

「あ、貴方が払った勘定です。あいつ等、酔っ払って貴方のこと忘れて帰ったらしくて。『お金?あー、仲良くなったにーちゃんにまかせてきたでー』とか言ってるのを聞いて、慌てて駆けつけたんです」

「…あ……あああ…」

 青年が、本当にすまなそうに頭を下げた。

 なんで、この人は何にも悪くないのにこんなに素直に謝れるんだろう。そんなふうに思っていると、彼の腹がきゅうううとなった。

「あ…もしかして、お腹をすかせて……るみたいですよね。お詫びと言ってはなんですけれど、夕食ご馳走しましょうか?こう見えて俺、料理得意なんですよ……って、あの……」

 嬉しかった。こんな嬉しいことは、長年感じたことが無かった。

 人の優しさが、こんなに暖かいものなんて知らなかった。

 その暖かさに、彼はもう、涙が止まらなかった。

 青年はそんな彼に驚きつつも、なにか深いわけがあるのを感じて、今は、ただ礼を尽くそうと、彼に傘を差し出す。万が一を考え、彼の分を用意していたのだ。

「では、いきましょう。貴方に迷惑をかけたあの二人も、基本的にはいい人たちですから」

 青年の言葉に、彼は涙をぬぐってうなずくのだった。

 

   ◇

 雨の中、青年は彼にいろいろと話してくれた。

 昔は典型的な不良で、人に迷惑をかけていたこと。今、人から必要とされる仕事をして、それを生きがいに感じていること。

 自分と同じような学生時代でありながら、こうまで考えがちがう青年を、彼は少しうらやましくも思いつつ、自分も、そうなれるだろうか、と思う。

「あの……貴方は、どんな仕事をされているのですか?」

「あー、言ってませんでしたか。寮の管理人です」

「寮、ですか?」

「ええ、この先にある、女子寮です。ちょっと秘密の花園な感じですよねー」

 そんなふうにおちゃらける青年に、彼は笑い返して――

「女子……寮?」

 つい最近、なにか、そんなところであったような気がする。

 ……そういえば、なんかこの辺、見覚えがあるような。

「あ、ここですよ」

 建物の周りは森になっていた。バスケのゴールがあった。猫が、庭で暴れていた。軽自動車があった。

「………あ…ああ…」

「どうしました?さあ、どうぞ」

 まさか、と。

 まさかまさかまさかまさかまさか――そして、扉が開かれた。

 

「おー、お帰り耕介……と、さっきのにーちゃん、悪かったなー」

「あはは……うちらも、悪気は無かったんだ。許してーな」

 メガネ女と、関西弁女がいた。

 その横に――

「お帰りなさい、耕介さん」

 呪いの軽自動車使いがいた。

「耕介さん、雨、強かったとですか?」

 化け物ハンターがいた。

「耕介さん、ご飯……はやく……」

 ゴリラ少女がいた。

「みなみ、さっきからそればっかりなのだ」

 妖怪猫娘がいた。

「あはは……耕介おにいちゃん、その人がお姉ちゃんがいってた人?」

 鳥少女がいた。

「……とりあえず、ご飯にしようよ耕介。ボクもお腹がすいて仕方が無い」

 破壊光線スナイパー少年?がいた。

 モウ、イヤダ。

「あ……あああああ……母ちゃーん!俺が、俺が悪かったよおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 雨の中を走り去る彼を、呆然と見送るさざなみの面々である。

 

   ◇

「うー、さぶさぶ……」

 海鳴の街の商店街にある、小さな交番にて。

 遅番の巡査が、ストーブに悴んだ手をさらして擦りながら、暖をとっている。

 カップラーメンに生卵二つ落とすのが、この巡査の唯一の楽しみである。その楽しみタイムまで、あと二時間だ。

「ああ、暇だなあ……最近、この街は事件も何も無いし。ま、いいことだけどね」

 そんなことを言いながら、雑誌を読みつつコーヒーをすする。

 そこへ――

「お、お、おまわりさん……」

「ぐほ!がはっ!げふ……鼻にコーヒーが…」

 ずぶぬれになった一人の男が、涙と鼻水を垂らして駆け込んできた。

「ど、どうしたのかね?何か、事件でも……?」

「う……ぐす、俺、強盗犯です!他にも、いろいろと悪いことしてました!だから……だから、刑務所に入れてください!できれば!この街からできるだけ遠いところに!……うおおおん…ストーブがあったけえよ……母ちゃん、コタツが恋しいよおおお……」

 オンオンと泣く彼を、どうしたものかと思いつつも、詳しい話を聞くために、コーヒーを差し出してやる巡査。

 そのコーヒーにまた感動して泣く彼に、巡査は何故だか同情を禁じえなかったのだった。

 

   ◇

 余談ではあるが――その後、彼は再犯者として重刑が科せられながらも、模範囚として罪を償ったという。刑務所内においても、その面白い「妖怪話」が受け、受刑者達にも人気者だったとか。

 そして後に、彼は悪いことをすると様々な化け物が襲ってくるという内容の、子供向け文学本を、服役する刑務所の中から発行することになる。あらゆる乗物を生き物のように操る魔女、刀を振り回し妖怪を使役する鬼婆、化け猫、剛腕の小鬼、空を舞う女天狗、鉛の飛礫の殺人鬼、酒乱の悪魔、狂乱の歌使い。そして、そんな恐ろしい化け物たちから子供たちを守る、料理好きの優しい陰陽師。

その本は子供向けながらも大人まで楽しめると話題になり、多くの印税が彼に入ることとなる。

 しかしその収益の大半が、彼の意思により、彼の母親と様々な施設への寄付として送られることになった。

 

 ある日、彼は、刑務所に取材に来たインタビュアーに、こんなことを言っていたという。

 

「ここは天国だ。呪いの車も化け物ハンターもゴリラ女も化猫女も鳥女もスナイパーもいないんだからな」

 

 

 教訓――人間、悪いことしないのが一番っすよ。

 




とらいあんぐる組曲シリーズはこれで閉幕。

次回からは新しい世界線にて

耕介×薫
恭也×蓮

のカップリングの新シリーズを始めます。

2025/03/03 07:00 より

とらいあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~
https://syosetu.org/novel/368571/
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