ぼっちだけど萌えもんトレーナーになってもいいよね。 作:黒虱十航
8/16追記
サブタイトルを付け忘れていたのを発見し、修正しました。
なんだかんだで研究所までたどり着き、ようやく俺は新人トレーナー用の萌えもんに会うことが出来ると思い、胸を躍らせていた。研究所があるこの町では、成育施設で生活している萌えもんから選ぶことができる。それが如何に素晴らしいことなのか、駄弁っている元クラスメイトたちは理解していないだろう。
生活している萌えもんを見ることが出来る、ということだけでも既に素晴らしいことなのだ。全く別のタイプの萌えもん三種族を共存させられる成育環境。それを知れるだけで、萌えもんトレーナーとしては大きな利益なのである。
萌えもんトレーナーの中には一つのタイプにこだわり、一つのタイプしか使わない者もいる。各地に設置されている萌えもんジムのジムリーダーもそうだ。一つのタイプに絞ることで弱点を明白にし、対応を取ることが出来るようになっているのである。それが間違っているとは思わない。一つのタイプで戦うことだって間違いではない。萌えもんトレーナーにとって、間違いとはただ一つ。萌えもんを道具のように使うことだけなのだ。
しかし、萌えもんトレーナーの全てが一つのタイプで戦うわけではない。俺なんかも、おそらく一つのタイプでは戦わないだろうし、今のチャンピオンも確か、色んなタイプを使っていたはずだ。そして、そういった萌えもんトレーナーは、別々のタイプの萌えもんが仲良く、不快な思いをせずに旅を出来るようにしなければならない。その上で、成育環境を知ることは重要だ。
「えー、皆さんにはこれから三種類の萌えもんの内、一種類を選んでもらいます。成育施設の中に入ると、三種類の萌えもんがそれぞれ群れになっています。その中から好きな子を選んで、ボールに入れてください」
研究者らしき男性が俺達に向けて言う。騒いでいる奴が多いためなかなかこっちには聞こえにくいが、俺は耳がいい方だったので辛うじて聞こえた。こんな鬱陶しい子供の相手をするために研究者になったわけじゃないだろうに、なんて思うと、なんだか涙ぐみそうになった。イライラしている男性を見ていると、研究者なんてろくなもんじゃないなぁ思った。
「それでは、成育施設に入ります。萌えもんたちを驚かせないようにしてください」
その注意事項を言ってから、男性は俺達を成育施設に案内した。扉が開き、多くの人たちが成育施設になだれ込むように入っていった。あんなに一気に人が入ったら絶対、萌えもんは驚くだろうと思うと、すごく申し訳ない気持ちになった。すぐに施設に入りたい衝動を抑え、研究者の男性に話しかけることにする。
「はぁぁ。まったく、これだから子供は。あの子達のことを何一つ理解していない」
「……すみませんね、本当に。代表する筋合いはないですけど、代表して謝ります」
愚痴っている男性は、俺の言葉を聞くと目を見開いた。まさか、話しかけられるとは思っていたのだろう。疲弊しきった顔を見ながら、俺は彼の隣で立ち止まり壁に寄りかかる。
「いやいいんだ。謝る必要はない。こうなることは、初めから分かっていたからな」
「こうなること?」
彼が、今の、成育施設になだれ込んでしまったこと言っているようには思えなくて訊き返す。が、答えようとはしなかった。ただ、無言で宙を見つめていた。その横顔は、どこか寂しげだ。それこそ、翌日に娘が嫁いでいってしまう父親のような顔だ。
その横顔を見てピンときた。
「あなたが育てたんですか? あの子達を」
微笑みながら首肯。それを見て複雑な気持ちになった。
子が親離れしなければならないのと同様、親も子離れしなければならない。それが正しいのだということは頭では、分かっている。けれど、子離れをしようとして苦しんでいる親の姿を見てしまうと、子離れなんてしてほしくないと思ってしまう。
自分が育て上げた萌えもん達。仕事の一環として育てていたからといって、容易く手放せるはずがない。萌えもんが好きだから研究者になった人なのだ。仕事で育てていようとも、愛着が湧くに決まっている。今年の新人トレーナー用の新人萌えもん、数百人を育てていたとしても一人一人への愛は変わらないはずだ。それくらいの愛を持っている人だという事は、その横顔を見ればすぐに分かる。
「すごいですね……大変だったはずです。こんなたくさんの萌えもんを無事共存させる。それは楽なことじゃないでしょう?」
「ああ、そうだよ。難しかった。喧嘩もすぐに始まるからね」
懐かしむように言っている彼の横顔はどこか嬉しそうだ。きっと、思い出話を話せたのが嬉しかったのだろう。その気持ちは俺も分かる。俺だって、コラッタやポッポ達とのことを話せるとなったら嬉しくなる。だから、最後まで聞いていくことにした。
「特にヒトカゲは血気盛んだったからね。温厚なフシギダネによくつっかかったんだよ。それを鎮めようとすると大抵、ヒトカゲが火を吐いてきてさ。白衣がよく燃えちゃうんだよ」
「ああ、それは大変でしたね」
「でも、そういうときは決まってゼニガメが水をかけてくれたんだ」
聞いていると、その光景が目に浮かんできた。困った顔の彼がゼニガメの頭を撫でる。すると、拗ねたヒトカゲはゼニガメに攻撃をする。それを怒る彼は攻撃を受けて、結局白衣を燃やしてしまう。
「ふふふ」
笑いがこみ上げてくる。想像したらすごく楽しそうだった。俺が彼の立場だったら、当然どの萌えもんのことも大好きになる。誰かと一緒に旅に立つのが辛く感じるに決まっている。肩をぷるぷる震わせていると、隣の彼がどこかをじっと見つめているのに気がついた。
視線は萌えもんの群れとは少し離れた端っこにいた一人の萌えもんに向けられていた。甲羅を背負った、水色の萌えもん。以前読んだ文献に書かれていたから、ゼニガメだとすぐに分かった。群れに混じらず、独りでうずくまっているのが印象的だ。
「あの子が心配なんですか?」
「え? ……ああ。あの子はずっと独りでね。誰かと一緒にいる、というのが苦手だからトレーナーに旅に連れていってもらえるのか不安なんだよ」
ずっと独り。まるで俺のようだと思った。俺も、あの子と同じだ。ずっと独り。だが、俺は幸いなことにこうして萌えもん好きの同志と話すことが出来るし、ポッポやコラッタみたいに萌えもんと話したり、遊んだりすることも出来る。独りである、と思い込んでいるだけで独りではないのかもしれない。本当に孤独なのは、あの子のように完全に誰とも関わらないような奴のことを言うのだ。
「大丈夫ですよ、あの子は旅に出れます」
「そうかな? そうだと嬉しいけど、やっぱり不安に思っちゃうものだよ。現に、新人トレーナー達は誰一人、あの子に近づかないだろ? ゼニガメなら他に活発な子がいるもんな。そっちに行くのが当然だよ」
言われてみてみると、確かにあの子の周りには誰もいなかった。群れと離れているのだから、当然と言えば当然だ。けれど、あの子と周囲の新人トレーナーとの距離があまりにも残酷なものに思えた。それはおそらく、醜い感情移入だ。
――けれど、醜い感情移入が出来るくらいの相手の方が契約にはふさわしい。絆の契約にはそれぐらいのものが必要だ。
「すみません、急用が出来たのでいきますね」
「え? 急用……うん、分かった」
あの子と絆を結びたい。その欲に身を任せて走り出していた。群れの近くでさわいでいる連中を視界の端で確認しながら、ゼニガメのところへ走る。うずくまっているゼニガメを驚かせたくはないので、出来るだけ物音を立てないように意識する。
なかなか広い施設だったせいで、息が切れる。けれど、立ち止まるわけにはいかない。他の誰かについていってしまう前に、俺が彼女に声をかけるのだ。
「ハァ、ハァ」
息を整えながら俺は、少しずつゼニガメに近づいた。足音が聞こえたのだろう。俺がゼニガメの目の前で立ち止まると同時に、ゼニガメは顔を上げた。