弱体モモンガさん   作:のぶ八

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ナザリックへと無事帰還したモモンガとペロロンチーノ!


支配編
ナザリック始動


 時は少し遡り、ナザリックへ瀕死のモモンガとペロロンチーノが運び込まれた直後。

 

 二人は守護者やメイド達の反対を押し切り、なんとか二人きりになる事を納得してもらった。

 最低限のシモベだけでも警備として周囲に置かせて欲しい、身の回りの世話をさせて欲しい等の願いを難癖付けて断ったのだ。

 その時の守護者やメイド達の捨てられた子犬みたいな表情に罪悪感を感じない訳では無かったがモモンガもペロロンチーノも絶対に譲る訳にはいかなかったのだ。

 結果として二日程しか時間を稼ぐ事は出来なかったが、この間にナザリックの様々な事や、モモンガとペロロンチーノの互いについての情報共有、今後の方針など多くの事を詰める必要があるのだ。

 そう、決してナザリックのNPC達に知られる事なく。

 

 ナザリックに帰還後、二人が最初に着手したのはウルベルトの部屋でペロロンチーノが見た小説、いや計画書の確認だった。

 

「なるほど…、ペロロンさんはこれが現実世界(リアル)の事を描いていると…、そう考えているんですね…?」

 

「ええ、恐らく仮に検閲が入ってもフィクションで通せるように変更は加えられていますが…。それでも俺がウルベルトさんや竜帝から聞いた話と擦り合わせると…。何より、ゲーム内のデータが実際に現実になるなんてそんな事あり得ませんよ。ですがこの小説に書かれているように現実世界(リアル)の科学が俺達の知るより遥かに発展していたなら…」

 

「この体も、魔法や法則すらも何もかも科学技術で再現されたものだと…?」

 

 モモンガの問いにペロロンチーノがコクリと頷く。

 それを見たモモンガは動揺を隠せない。

 

「し、信じられない…! そ、そんな事が本当に…、いや、でも…」

 

 確かに突拍子も無い、飛躍し過ぎた仮説だろう。

 だが現状でそれ以上の仮説が存在するのか。

 ただの異世界転移ならまだしも、ゲーム内のデータのまま異世界に転移するなどモモンガ達の知る常識ではあり得なさすぎる。

 とはいえ実際に真実かどうかという点は置いておくとして、ペロロンチーノの仮説ならば話としての筋は通ってしまうのだ。理屈は分からずとも、納得は出来る。

 

「勿論ただの仮説に過ぎません。竜帝がユグドラシルのサーバーにアクセスしたからそのデータがこの世界に転移する事になったというのはただの妄想に近い。証明は出来ないし、実際は違うかもしれない。ですがモモンガさん、最悪は常に想定しておくべきでしょう?」

 

 ぷにっと萌えの教えをペロロンチーノが口にする。

 そうだ。もしこの世界と現実世界(リアル)が同じ空間、宇宙上に存在するとした場合、発達した科学技術を持つ現実世界(リアル)の支配者達はどういう行動に出るだろうか。

 モモンガ達の存在がバレていればすぐに行動に移すだろう。

 仮にバレていなくとも存在が露見してしまえばどうなるか分からない。

 

「ウルベルトさんの計画が成功したのか失敗したのか、現実世界(リアル)は今どうなっているのか。それを知る術の無い俺達は最悪に備えて動くしかない。そうでしょう?」

 

「そう、ですね。ペロロンさんの言う通りです」

 

 幸か不幸か、モモンガの全てであるギルド:アインズ・ウール・ゴウン。

 その残滓が栄光が、大切な仲間達の残した形見達がここに残っているのだ。

 サービス終了と共に失うと思われていた全てがここにある。

 それに、親友であるペロロンチーノも戻ってきてくれた。

 

 失ってたまるものか。

 

 モモンガの暗く強い決意がその眼窩で揺らめく。

 相手が誰であろうと、現実世界(リアル)の支配者達だろうが自分からこれらを奪う事は許さない。

 だがその時、モモンガの脳裏に一つの疑問が過ぎる。

 

「あ…。ペ、ペロロンさん…、もしかして、その現実世界(リアル)に…」

 

 現実世界(リアル)に何の未練も無いモモンガはどうなっても構わない。

 しかしペロロンチーノはどうだろうか。

 家族を大切にしていたたっち・みーのように、ペロロンチーノにも家族がいた。

 モモンガが言わんとしている事を察したのか、食い気味でペロロンチーノが答える。

 

「ああ、姉貴の事を心配してくれてるんですね? 気にしなくても大丈夫、いや大丈夫ではないかもしれませんが…。もしこの世界と現実世界(リアル)が同じ時間の流れなら…。もう何百年も前に…」

 

 ペロロンチーノは最後まで言わなかった。

 言う必要も無かっただろう。

 それだけでモモンガも全てを察した。

 

「す、すみません…。お、俺がペロロンさんにユグドラシルに来てくれって…連絡したから…。だからペロロンはログインしてくれたんですよね…。でもそのせいで茶釜さんとは…。茶釜さんにも申し訳ないです…。俺のせいで二人はもう…。本当にごめんなさい、ペロロンさんを巻き込んでしまって…」

 

 モモンガの心を激しい後悔が支配する。

 確かにペロロンチーノが来てくれて嬉しい。

 だがそのせいでペロロンチーノとぶくぶく茶釜を、一生引き離す事になってしまったのだ。

 家族が誰一人いないモモンガとは事情が違う。

 その悲しみはどれだけだろうか。

 

「ああ、何か勘違いしているみたいですねモモンガさん」

 

「…?」

 

「本当に魂なんてものが世界を渡ったりすると思います?」

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

「まあウルベルトさんの小説にそれっぽい事が書いてるのもありますけど、SFモノなんかでは蘇生とか一部の長距離ワープとかなんか、実際には複製やら分子の再構築だったなんてのが一般的ですからね」

 

「…つまり?」

 

 あまりSFに造詣の深くないモモンガには良く分からない。

 

「簡単に言うとですね、俺たちは複製品の可能性が高いんです。俺達の本体、現実世界(リアル)の俺達って言うべきですかね? それは多分、普通に向こうで生きてると思います。まあ先ほど言った通り時間が経ってるんでもう死んじゃってるとは思いますけど…。いずれにしろモモンガさんが心配するような事は何もないですよ。多分俺は最後までずっと姉貴に怒られてたんじゃないかな」

 

 ペロロンチーノの少し渇いた笑い声が響く。

 

「と言う事は、俺もサービス終了翌日には会社に行ってたのか…。そう考えると、なんだかなー…」

 

 世知辛いなぁという言葉がモモンガの口から漏れる。

 

「でもウルベルトさんが上手い事やってくれたなら、違う未来になったかもしれませんよ。少しはマシな未来になってたなら…」

 

「そう、ですね。そうなってるといいです。皆幸せに生きていけたなら…」

 

 かつての仲間達を想うモモンガとペロロンチーノ。

 

「しかしペロロンさんは色々と詳しいですね、俺はあんまりそういうのは詳しくなくて…」

 

「ええ。SF系のエロゲーではそういうネタも扱ってましたからね」

 

「ちょっと待って!? 今までの話の知識ってエロゲーからの知識だったの!?」

 

「っ!? なんですかモモンガさん馬鹿にしてるんですか!? いくらモモンガさんでも許しませんよ! クリエイター達がどれだけの誇りを持って…! まず一言にエロゲーと言ってもですね、作品ごとに様々な拘りが――」

 

 そこから数時間。

 突如としてペロロンチーノによるエロゲー講義が始まった。

 

 

 

 

 第六階層ジャングル。

 

 そこにはアウラとマーレが留守中なのを見計らって忍び込んでいたモモンガとペロロンチーノの姿があった。

 第六階層の最も外側、壁となる外周に沿って二人は歩いている。

 

「ユグドラシル時代と同じ、見えない壁…。でも先の景色はまだまだ続いている…」

 

 壁に触れながらモモンガは不思議そうに、壁の向こうに広がる世界へと目を向ける。

 

「確かに見れば見るほど不思議だなぁ。ゲーム時代は気にならなかったんですけどね、そういうもんかって感じで。でもこれが現実となると話が変わってきますよね。一体どうやってこれを作り上げてるんだろう…。映像? しかし映像にしては…。とはいえ実際に世界が広がってる筈が無いし…。何らかの手段で知覚を騙しているのか、いやでも…」

 

 モモンガもペロロンチーノも結論は出せない。

 結局、全てが二人の理解を超えているのだ。そうなっているという事実から先には進めない。

 

「もしかして現実世界(リアル)もこうだったんですかね…」

 

 低いトーンでペロロンチーノが続ける。

 

「これが現実世界(リアル)の科学技術だっていうなら、当然現実世界(リアル)でも使われてた筈です…。じゃあどこに? ねぇモモンガさん。俺達の住んでた場所ってどこまでが本物だったんでしょう?」

 

「そ、それはどういう…」

 

「完全環境都市のアーコロジー、その周囲でおこぼれを貰うように、また働き蟻のように俺達貧困層は生きていました。どこにも行く当ても逃げる場所も無く、汚染された空気のせいで遠くにも行けない…。だから生まれた場所で生きるしかない…。でも本当にそうだったんでしょうか? 外にあった荒れ果てた不毛の大地、それはここと同じで、見えない壁が作り出していた幻影だったんじゃ…」

 

 ペロロンチーノの言葉によりモモンガの頭にも理解が広がる。

 想像すれば想像するだけ恐ろしくなっていく。

 現実世界(リアル)でのあの世界が、周囲に見えていた景色が全て偽りだったとするならば――

 

「アーコロジーだけでなく…、その周囲を囲む貧困層の世界、そこまで含めて全てが管理されていた、いや、隔絶された世界だったと…?」

 

 モモンガの疑問にペロロンチーノが頷く。

 

「そう、でしょうね。そうなんでしょう。もし全てを投げうってどこかに逃げようとしても…。ここと同じで見えない壁が貧困層を阻む…。環境破壊、汚染された空気だって俺達の興味を外に向けないようにする為だけの手段だったのかも…。もしかしたら俺達が住んでいたのは地球ですら無かったのかもしれません…」

 

 話を聞いていたモモンガは足元が崩れるような錯覚に陥っていた。

 自分の知っていた常識が、当たり前だと思っていた事が全て崩れていく。

 環境汚染も嘘で、見えてる景色すら偽りで、どこで生きていたのかすら分からない。

 

「なるほど…、ウルベルトさんが怒る訳だ…」

 

 元々、社会に対して激しい憎悪を抱いていたウルベルト。

 真実を知ったウルベルトが命を投げうって復讐に全てを捧げたとしても納得できてしまう。

 

「まあいずれにしろ、現実世界(リアル)がどうだったという話を掘り下げるのはやめましょうか。結論は出ないし、いい気分にもならない。ただこの第六階層と同じで、そのシステムは可能な限り頭に入れておいた方がいいでしょうが…」

 

 ペロロンチーノの言葉にモモンガが頷いた。

 そして暗い気分のまま、二人は他の階層も回っていく。

 ナザリックの機能は生きているのか、ユグドラシルの法則はどこまで適用されるのか。

 全ての謎に対する結論は出ようがないが、それでもナザリックの中を見て触れて実際に確かめていく。

 現状で確かめられる事は全て確かめ、そしてNPCやギミックその全てを設定からもう一度頭に叩き込む必要がある。

 後で知りませんでしたとなってからでは遅いのだから。

 

 

 

 

 この二日間、二人にとっては長い勉強会のようなものだった。

 もっと時間があれば隅々まで確認、検証も出来たのだがNPC達と約束した時間が迫っている。そこでの対応で全てが決まってしまうが故に失敗は出来ない。

 

「しかし、デイバーノックさ――ゴホン。デイバーノックは上手くやっているようで安心しました」

 

 モモンガは以前の癖で時折さん付けになってしまう自分を抑え込む。

 呼び捨てにして欲しいというデイバーノック本人の希望もあったが、モモンガ達は上位者としてNPC達の上に立つ以上、末席に位置するデイバーノックにさん付けで呼ぶのは組織としてよろしくないのだ。

 

「そうですね。ティトゥスも珍しいのが来たって面白がっていましたし。今はずっと図書館に入り浸っているんでしたっけ?」

 

「ええ。色々な知識を溜め込むのが楽しいみたいです。一応、魔法書?的な設定の本も沢山あった筈ですし退屈はしてないようですよ。俺にはよく分からないですが」

 

「しかし、デイバーノックはいいサンプルになりそうですね…」

 

 そう言ってクククと悪そうに笑うペロロンチーノ。

 

「ちょ、ペロロンさん! 人体実験なんかしちゃ駄目ですよ! デイバーノックには色々と世話になったんですから!」

 

「し、しないですよ! 俺をなんだと思ってるんですか! ただあのビルドというか魔法? はユグドラシルに無かったと思いますし、何より天空城のギミックを誤魔化したり、モモンガさんの切り札の範囲内にいて無事で済んでるのはユグドラシルの知識じゃ考えられません。この世界に存在する『武技』のように特殊な技術というか魔法を習得しているのか、はたまた別の理由によるものなのかは分かりませんが…」

 

「確かにそれは凄い、ですよね…。この二日間、俺達も軽い実験をしましたが自分達のスキルに無い事は出来なかったし、成長も出来そうにない。ナザリックのNPC達も強いですが、恐らく俺達と同じでこれ以上強くなったりは出来ないでしょう」

 

 モモンガの声には不安が溢れている。

 それに答えるようにペロロンチーノが口を開いた。

 

「ええ、俺達はこの世界では最強かもしれませんが成長する事のない最強です。現実世界(リアル)を考慮すれば最強ですらない。そんな成長しない俺達が現実世界(リアル)に対抗する為には仲間を増やし、新たなアイテムや装備を得るしかないんです。特にデイバーノックのようにユグドラシルの法則に左右されない、いや突破するような者が増えれば確実な戦力アップになる」

 

「でもペロロンさん、それは俺達にとっても危険になりませんか? デイバーノックは、まあ信用できるんでいいとしても他にもそういう能力を持った者が出てきた場合、俺達に敵意を持たないとは限りませんよ?」

 

「そこなんですよねえ問題は。でも現実世界(リアル)に対抗する為にはやるしかないでしょう。多少危険になるとしても、当然俺達以上の戦力を持つ現実世界(リアル)を考えれば戦力アップの為に出来る事はするべきです。最悪なのは、現実世界(リアル)に攻め込まれ俺達が、ナザリックが全滅する事です。この世界で多少敵が増えようが、現実世界(リアル)に比べたら可愛いもんです。ここですら掌握できないなら現実世界(リアル)とは戦いにすらなりませんよ」

 

 ペロロンチーノの言葉に頭を抱えるモモンガ。

 

「はぁ、気が重いなぁ…。ねぇペロロンさん俺の代わりにやってくれません? 同じギルメンだしどっちが上とかないでしょ。俺より事情に詳しそうだしペロロンさんが皆を纏める方がいいですって」

 

「駄目です! ギルマスは貴方なんですよモモンガさん! 貴方が上に立たないで誰が立つっていうんですか! ギルメンの皆だってそう願ってますよ! それを裏切るんですか!? 安心して下さいサポートはしますから!」

 

 間髪入れずに畳みかけるペロロンチーノ。

 その迫力に押されそうになるモモンガだがこういう時のペロロンチーノは何かを隠している。

 

「もしかして、ペロロンさん…、面倒くさいだけだったりしませんよね…?」

 

「えっ…!? そ、そんな訳ないでしょ! 俺はただナザリックの事を考えて…、あっ!」

 

 慌てたふためくペロロンチーノの手から小さなメモ帳が落ちた。

 そのメモ帳を素早く拾うモモンガ。

 

「あぁっ! だ、だめっ! 見ないでモモンガさん!」

 

「えー、何々…。『声優に向いてそうな種族一覧…。ケモナー物でイケそうな亜人種リスト…。種族毎の求愛行動、生殖行為。制作、販売した時の流通ルート、宣伝の仕方等』……」

 

 ジロリと睨むモモンガからペロロンチーノは視線を逸らす。

 

「こっち見てくださいよペロロンさん! な、何なんですかこれ、何してるんですか!? 完全にあれ系の計画書じゃないですか! 販売まで考えてるんですか、気が早すぎでしょ!? これやりたいから色々俺に押し付けようとしてただけじゃないですか!」

 

 ペロロンチーノの両肩を掴みガクンガクンと揺らすモモンガ。しかしペロロンチーノは意に返さない。

 

「モモンガさん、前にも言いましたよね。技術の発展は最初に軍事、次にエロと医療に使われる。これはエロの偉大さを物語っているのだと! つまりエロに対してどれだけの技術や力を割けるかで、ナザリックの強大さをアピールできるんです! 決してやましい目的じゃないんです! ナザリックの為です! 全てはナザリックの為のエロ計画書!」

 

「没収」

 

「ああぁっ! 俺の魂のメモ帳が! 鬼、悪魔! モモンガさんのいけず!」

 

 自らの懐にメモ帳をしまうモモンガの無慈悲さにペロロンチーノが叫ぶ。

 

「いや、その、ペロロンさんの趣味を否定するつもりはないですけどね。マジで後回しにしましょうよ、これ系は…」

 

「た、確かにそうかもしれません。でもですね、ギルマスというか上に立つのはモモンガさんであるべきだとう俺の意見は変わりませんよ。それはそのメモ帳とは関係ない俺の素直な気持ちです!」

 

 ペロロンチーノの嘘偽りない強い視線にモモンガは覚悟を決める。

 

「はぁ、まあ途中でギルマス降りるっていうのも無責任か…。ギルマスに押してくれた皆の気持ちを無碍にするようなものだし…。仕方ないか、やります、やりますよ。やればいいんでしょ!」

 

 子供みたいにへそを曲げたモモンガが言い放つ。

 

「分かってくれたようで嬉しいですモモンガさん。じゃあメモ帳は返してくれますよね?」

 

「駄目です」

 

「うわぁぁあぁぁぁあぁぁ!!!」

 

 この後、守護者が来るまでの間ペロロンチーノはカードゲームによりモモンガへの復讐を果たすのであった。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第十階層。

 

 神殿のごとき静謐さと荘厳さを兼ね備えた通路の先、重厚な扉を開いた先にそれはある。

 そこは広く、高い部屋。

 数百人が入ってもなお余るような広さ。見上げるような高さの天井。壁の基調は白で、金を基本とした細工が施されている。

 天井から吊り下げられている複数の豪華なシャンデリアは七色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを誇っていた。

 ナザリックの最下層にして最深部であり心臓部。

 玉座の間である。

 

 約束の時間になり、玉座の間を訪れた守護者達は思わず息を呑んだ。

 玉座の間が素晴らしいからという単純な理由ではない。

 扉を越えた瞬間、空気が変わったのだ。

 雰囲気の変化がまるで圧力となって全身を圧し潰すような錯覚に捉われる。

 その原因は明らかだ、守護者達の目線の先。

 玉座とその横にいる圧倒的な二者の存在。

  

 その姿を遠目に少し目にしただけで守護者達の心に歓喜の気持ちが湧き上がってきた。

 少し気を抜いただけであまりの感動に涙を流し、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。

 だがあの御方達の前でそんな無様が許される筈がない。

 沸き立つ気持ちを必死に忠義の一心で抑え込み、恥ずかしくない態度で、しかしシモベとしての最大級の敬意を払いながら玉座の間を進んでいく守護者達。

 

 玉座の手前、階段下まで進むと守護者達は跪き頭を垂れた。

 誰一人として微動だにせず、まるで呼吸音すら聞こえないほどの静寂。

 視線は下を向いているにも関わらず、玉座とその横にいる絶対者達からの突き刺さるような視線を守護者達は感じていた。

 何か失礼でもあったかと僅かに不安になる守護者達だったが、次に発せられた言葉からそうでなかったと理解した。

 

「皆変わっていないな、あの時のままだ…」

 

 玉座の横に立つ絶対者がボソリと呟いた。

 その声色から懐かしさ、あるいは喜びのような感情を自分達に向けていると感じた守護者達は再び心が激しく揺らいだ。

 かつてナザリックに君臨した至高の御方々。

 その多くが自分達を見限り、見捨て、この地を離れたのではないかと守護者達は不安に思っていた。

 だがこの地を去ったと思われていた至高なる御方の一人がこの地に戻られた。そして口にした言葉からは自分達シモベを慈しむような、労わるようなそんな感情を感じたからだ。

 勘違いかもしれない。

 しかしその言葉だけで自分達は見捨てられていなかったのだと思わせるような感覚を覚えた。

 特に守護者の一人、シャルティアは最も心が揺れていただろう。

 爆発しそうになる感情を必死で抑えつけ、震えそうになる体をも律する。

 守護者達は皆、理解している。

 鋼のような精神力と、比類なき忠誠心こそがそれを可能としているのだと。

 

「…ょ、よくぞ来た守護者達よ」

 

 玉座の座す絶対なる死の支配者から重々しい言葉がかけられた。

 その言葉に呼応し、守護者を代表してアルベドが口を開く。

 

「はっ! では皆、至高の御方々に忠誠の儀を」

 

 一斉に守護者達が頷き、玉座から眺める絶対者達が口を挟めぬうちに、一列に並んでいた守護者達、その端にいたシャルティアが一歩前に進み出る。

 

「第一、第二、第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 

 一歩進んだ先で再び跪くと、胸元に片手を当て深く頭を下げる。

 臣下の礼を取ったシャルティアに続き、前に一歩踏み出したのはコキュートスだ。

 

「第五階層守護者コキュートス。御身の前に」

 

 シャルティアと同じように臣下の礼を取るコキュートス。

 続いて残りの守護者達も順番に名乗りを上げていく。

 

「第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

 

「お、同じく、第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御身の前に」

 

「第七階層守護者デミウルゴス。御身の前に」

 

「宝物殿守護者パァンドラズ・アクター! んん御身の前に!」

 

 一人やたら大袈裟な臣下の礼をする者が交ざっていたがこの場において他の守護者達が声を上げる訳にもいかない。

 問題が無かったかと、他の守護者達が覗き見るように恐る恐る絶対者達へ視線を移すと玉座に座る絶対者が目元を押さえていた。

 もしかすると自らが創造したシモベを見て懐かしさや感動などを覚えたのかもしれない。そういう意味においては創造主が目の前にいるパンドラズ・アクターを他の守護者達は羨んでいた。

 

「第九階層家令(ハウス・スチュワード)及び執事(バトラー)セバス・チャン。御身の前に」

 

 厳密には守護者ではないものの、守護者と同格の地位を持ち、またプレアデスのリーダーも兼任している為に代表としてこの場に参じている。

 

「守護者統括アルベド、御身の前に」

 

 他の守護者と同じように臣下の礼を取るアルベドだがそれでは終わらない。

 頭を下げたまま、通る声で最後の報告を行う。

 

「第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。至高なる御方々、我らの忠義全てを御身に捧げます」

 

 ガルガンチュアとヴィクティムがいないのはそうせよと至高なる御方からのご命令があったからだ。

 同様の理由でパンドラズ・アクターも無理に同席させなくてよいとも仰られていたがパンドラズ・アクターが宝物殿を空けても問題ないと力説し、説得力もあったのでアルベドが許可したのだ。

 至高の御方に忠誠を示す者が多いに越した事はないのだから。

 

(おもて)を上げよ」

 

 玉座に座する絶対者の言葉に呼応し、ザッという擬音が似合いそうな動きで全員の頭が一斉に上がる。

 一糸乱れぬその動きは見事という他なかった。

 

「では……、まずは良く集まってくれた、感謝しよう」

 

「感謝などおやめください! 我ら、至高なる御方々に忠義のみならずこの身の全てを捧げた者達。至極当然の事でございます!」

 

 アルベドの返答に他の守護者達が口を挟む様子はない。

 むしろ当然であるという同調するような気配すらある。

 それを見ていた絶対者が再び目元を手で押さえた。

 その仕草を見てすぐにアルベドが声を上げる。何か失態があったのかと不安に思って。

 

「な、何か不手際がございましたか、もし我々に至らぬ点があったならば…!」

 

 アルベドが言い終わる前に絶対者から言葉がかけられる。

 

「違う、違うのだアルベドよ…。こ、これは、そうだな…。お前たちの忠義があまりにも嬉しく、また眩しかったからだ…。まだ私達にこれだけの忠義を尽くそうとしているお前達を見て、そ、そう、気持ちを抑える事が出来なかった。ふふ、どうやら見苦しい所を見せてしまったようだ、許せ」

 

「そんな、許すなどと! 我々は至高の御方々の為にのみ存在する者達! その全てを捧げるのは当然の事でございます!」

 

 アルベドは勿論、他の守護者達も忠義が嬉しいと言われて天に昇りそうな気持を必死で抑える。

 奉仕するのは当然であるが、至高なる御方々もそれらを望んでくれているという事実に無上の喜びを覚える。

 

「さあ、どうぞご命令を! 我ら守護者一同、至高の御方々のどんな望みも叶えてご覧に入れます!」

 

 

 

 

「どうしてこうなった…」

 

 守護者達が去った玉座の間、そこでモモンガは頭を抱えていた。

 

「すいませんモモンガさん俺もあそこまでとは…。NPC達の忠誠が凄いっていうのは知識としては知ってたんですが実際に見た訳ではなかったですし、それに自分達が作ったNPCとなるとまた違いますね…。胃が痛い…」

 

 それに呼応するようにペロロンチーノも腹を押さえていた。

 両者ともまず思ったのが、失望されたらどうしよう、という思いだ。

 ペロロンチーノは過去のプレイヤー達から彼らのNPC達の話を聞いているので想像はしていたのだがここまでの熱量だとは思っていなかった。

 そして例外なくそのプレイヤー達は死んでしまっているのでNPC達との関係がどのようになったか、最後まで変わらなかったのか、それとも愛想を尽かされるような事になったのかまでは知らない。

 そもそも自ら思考する存在になってしまったNPC達を一個の生命体と見るべきであるならば、NPCだからという単純な物差しで考える訳にもいかない。

 個々での違いがあって然るべきだし、一部の者は反抗期のような時が来るかもしれない。

 

「いや、でもさっきはやばかったですね…。NPC達も自分に厳しいだけでなく仲間である他のNPCにも厳しいみたいで…。いや、もっとこう仲間意識をもって庇いあう感じでもいいのに…」

 

 モモンガは先ほど守護者達との事を思い出す。

 

 一歩間違えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()事態になる所だったのだ。

 

 その時の他の守護者達の容赦の無さ、そして彼らの覚悟にモモンガもペロロンチーノも恐ろしすぎて腰を抜かしそうになったのだ。

 二人はその時の事を思い返す。

 あのような事が再びあった時、今後どうしたらいいのか、と。

 

 

 

 

 少し前、まだ玉座の間にて守護者達の謁見中。

 

 

「なるほど、ナザリックの戦力増強の為に現地の者共、いや世界を征服してその全てを手中に収めようとの事、理解致しました」

 

「い、いや世界征服とまで言うと大仰だがな…。まあ我々の協力者を増やすのが目的だ」

 

「そんな協力者など生温い! この世に存在する全ては至高なる御方々の為に存在しているのです! 命であろうとなんだろうと至高の御方々が望めば喜んで差し出すべきです! 至高の御方々がどのように使役しようと、どのように扱おうと誰にも文句は言わせません!」

 

 アルベドの言葉に他の守護者達も同調するように頷く。

 それがさも当然であるかのような態度で。

 モモンガは己の身がアンデッドで良かったと心から思う。

 守護者と顔を合わせてから何度、精神が沈静化されたか分からない。

 

「しかしなぜそこまで現地の者共を欲されるのでしょうか? いくつかの国を見ましたが戦力と呼べるような者など多くはありません。それらを支配下においたところで…」

 

 そのアルベドの疑問に対してペロロンチーノが口を開く。

 

「アルベドの考えはもっともだ。確かにほとんどの者が弱者と言って差し支えないだろう。しかしこの世界でモモンガさんが見出したデイバーノックのように成長し役に立つような者が出てくるかもしれない」

 

「なるほど、将来性を考えて投資するという考えでしょうか?」

 

「ああ、そういう事だ。それにまだこの世界には我々が知らない強者が潜んでいる可能性はある。他のプレイヤーの関係者や真なる竜王達だ。あまり派手に動き過ぎても不味いし、無駄に敵に回すような事もしたくない。まずは友好的に接していく所から始めよう。幸いにもいくつかの国はお前達守護者の働きですでに友好的な関係を築けていると聞く。素晴らしい働きだったぞ」

 

「「ははぁっ!」」

 

 守護者達が一斉に頭を下げる。

 しかしその中で一人だけ返事をせず震えている者がいた。

 シャルティアである。

 

「ん? ど、どうしたシャルティア?」

 

 流石にペロロンチーノも無視する訳にもいかず声をかける。

 異常事態であるのがその気配から察せられたからだ。

 

「も、申し訳ありませんでしたぁぁあ!」

 

 臣下の礼を取っていたシャルティアが泣きながら土下座の形へと移行する。

 額を地面に擦り付け、零れる嗚咽が周囲に響く。

 

「ちょ、ど、どうしたの、いや、どうしたんだシャルティア」

 

 突然の事に度肝を抜かれるペロロンチーノだが必死で取り繕う。何があったとしても、みっともない所を見せる訳にはいかないからだ。

 

「わ、私だけ、ひっく、私だけが至高の御方々のお役に立てませんでした…! 他の守護者と違い、無様に敗北し、ナザリックの名を貶めてしまいました…! お役に立てない守護者など無用…! この罪は我が命を以て…!」

 

 シャルティアが己の爪を自らの喉に突き立てようとした瞬間、ペロロンチーノがその手を押さえる。

 

「わぁぁあぁああ! な、何やってるの!? だ、駄目! 駄目だから!」

 

「ペ、ペロロンチーノ様!? と、止めないで下さい! わ、私はもうペロロンチーノ様に合わせる顔が…」

 

 普段ならば出る筈の間違った廓言葉が一切出ないシャルティア。

 つまりそれはそれだけ本気であるという事なのだ。

 

「ち、違う! あれは敵の数が多すぎた、相手が悪かったんだ! むしろシャルティアはよくやった! 同格8人を相手にあれだけやったんだ! 十分に凄い! ねぇモモンガさん!」

 

 一人でこの事態を抱えられないと判断したペロロンチーノはモモンガに助けを求める。

 

「う、うむ、そうだぞシャルティア。流石にあれらは相手が悪すぎたな。結果として私とペロロンチーノさん、そしてパンドラズ・アクターがいてやっと倒す事が出来たのだ。ルベドがいなければパンドラズ・アクターとシャルティアを助ける余裕すら無かった程だ」

 

 泣いているシャルティアを諭すようにモモンガは続ける。

 

「それにだ、あの8人の都市守護者達の配下をシャルティアが全て滅ぼしてくれていたのだろう? あれがなければ私もペロロンチーノさんもどうなっていたか分からん。もしかすると数の力で押され殺されてしまっていたかもしれんな。だからお前のおかげなのだシャルティア。私とペロロンチーノさんがエリュエンティウの地での戦いに勝利出来たのはお前が敵の戦力を削り切ってくれていたおかげだ。お前のおかげで私とペロロンチーノさんは勝つ事が出来た。ナザリックを勝利に導く事が出来たのはお前という存在のおかげだシャルティア」

 

 ペロロンチーノもモモンガの言葉にうんうんと頷いている。

 シャルティアは再び嗚咽しその場に蹲る。

 それは先ほどまでの絶望と違って、歓喜が混ざった事による嗚咽だった。

 もちろん今の言葉が自分を慰める為のものであり、自分の力がなくとも至高の御方々が負ける事は無かっただろう。それなのに自分に対してこれだけの慈悲をかけてくれた事、気にかけてくれた事が嬉しくてしょうがなかったのだ。

 

「モモンガさんの言う通りだシャルティア。俺達にはお前が必要なんだ。だから二度と死ぬなんて言わないでくれ」

 

 ペロロンチーノのその言葉にシャルティアはついに感情が決壊した。

 創造主から必要とされた喜び、また敵に敗北した悔しさ。今までのあらゆる感情が心をかき乱し、泣き崩れた。

 至高の御方々の前でこんなみっともない姿を晒すなど万死に値するだろう。

 しかしたった今、死ぬなと言われたのだ。

 ならばどうすればよいのか。

 これまでの全てを引っ繰り返すほどの成果を出して、お役に立つ以外に無い。

 

「わ、わがりまぢだ…! ヂャルディア・ブラッドボォールン! がならずやじごうのおんがだがだのおやぐにだっでみぜまず!!!」

 

 鼻水を垂らしながら、必死で声を上げ誓いを立てる。

 流石にこの状態で放っておくことが躊躇われたのか、ペロロンチーノが崩れ落ちているシャルティアを慰めるように手を回す。

 泣きじゃくる子供をあやすような感じだ。

 

 それを横で見ていた守護者達も涙を隠せなかった。

 これだけ寛大な心を持ち、またどれだけの慈悲をくれるのか。

 至高なる御方々という形容出来ないほど素晴らしい方達に仕えられているいう喜びを誰もが噛みしめていた。

 

「ゴ、ゴホン。シャルティアはペロロンチーノさんに任せるとして…。まあ、そういう訳だ。お前達の働き、本当に素晴らしいものであった。私もペロロンチーノさんも大変満足している」

 

 モモンガの言葉に守護者達が満面の笑みを向ける。

 

「なんと勿体ないお言葉…! 我々にこれだけの御言葉を下さるとは…。我々守護者一同、さらなる忠誠を御身に捧げる事を誓います!」

 

「「「誓います!」」」

 

 アルベドの言葉に続いて他の守護者達も頭を下げる。

 

「あ、あー、うん。よ、よろしく頼むぞ」

 

 この状況に少しモモンガも疲れてきた。

 とりあえず話を進めようと次の話題に移ろうとする。

 

「それで、だ。各国の現状が知りたい。国民達も可能な限り保護しろと命じていたと思うがどうなっている? 都市守護者達に襲われどの国も疲弊していると思うが物資等は足りているのか? ナザリックから出すとしても我々の持つ備蓄だけでどこまで賄えるのか、いや全て出すのは流石に問題だな…」

 

「はい。現状についてはなんとかなっていますが、モモンガ様の懸念通り物資は将来的に足りなくなるものと思われます。ナザリックの物資を必要以上に放出するのも控えるべきでしょう。それについてはいくつか私とデミウルゴスで案を準備してきたのですが…」

 

 悪魔のような、いや悪魔なのだがモモンガからすれば背筋が凍るような笑顔を顔に貼り付けたアルベドとデミウルゴスの表情に嫌な予感を覚える。しかしすぐにアルベドが違う話題を口にした。

 

「すぐにその説明を出来ればと思ったのですが少々長くなりそうですので、その前にマーレからの報告を聞いて頂けますでしょうか?」

 

 アルベドがマーレに視線を移すと、マーレが一歩前に出て頭を下げる。

 

「ふむ、どうしたマーレ。マーレが行ったのは、バハルス帝国だったか。そこで何かあったのか?」

 

「は、はいモモンガ様! バハルス帝国でモモンガ様の弟子を見つけたので連れてきているんです! 帝国内でもかなり偉い人らしいと聞いています! モモンガ様はずっと前から世界を手中に収める準備をしておられたのですね!」

 

 凄いなぁ凄いなぁという視線をモモンガに投げかけてくるマーレだが、モモンガはマーレの発言に覚えがない。

 

(弟子? 俺の? そんな奴いたか? デイバーノック、じゃないよな。出会ったの帝国じゃないしすでにナザリックの一員みたいなもんだし…。イビルアイは…、弟子じゃないし。帝国で知り合った奴…、一体誰の事だ…?)

 

 全く記憶にも身に覚えもない事に頭を捻るモモンガだが分からない以上、考えても仕方ない。

 

「近くに控えさせておりますのでモモンガ様さえよければすぐに連れてきます!」

 

「そ、そうか。で、では会うとするか。連れてきてくれるかマーレ」

 

「はい! すぐに連れてきますね!」

 

 そして悪夢が始まった。

 

 

 

 

 マーレが連れて来たのは、身長の半分程もある髭を蓄えた白髪の老人。

 バハルス帝国、いや大陸中全てを含めても人間種において限りなく頂点に近い大魔法詠唱者(マジックキャスター)であるフールーダ・パラダイン。

 

 そんなフールーダの瞳はギラギラと妖しく輝いており、この場にいる守護者達を見て驚愕するものの瞳の輝きが失われる事はない。それどころかその輝きは増すばかりだ。

 

「ああ、なんという…! こんなにも…! あぁぁ!」

 

 守護者達を見て震えそうになる体を必死で抑える。

 それは恐怖からではない、歓喜によるものだ。

 

「師よ…、我が心の師よ…! フールーダ・パラダインでございます。貴方様を神と崇め忠誠を誓い、今日まで生きて参りました…。再びその御姿を目にする事が出来て嬉しく思います…。どうか、どうか私をお導き下さい…! 私の全てを、そう全てを捧げます! ですから貴方様に仕える事をお許しください!」

 

 両膝を付き、頭を垂れるその姿を満足そうにマーレは見下ろしている。

 他の守護者達も何か微笑ましいようなものを見る様子で見つめていた。人間ながら至高なる御方の素晴らしさを理解出来るとは見どころがあるな、と。

 しかしそれは次のモモンガの一言で崩れ去る。

 

「え、だ、誰…?」

 

 瞬間――空気が凍り付いた。

 

 一瞬にして守護者達からフールーダへの視線が敵意に満ちたものになった。

 マーレはまだ状況が理解出来ていないのか、「え? え?」といった感じでオドオドしている。

 最初に口を開いたのはアウラ。

 弟であるマーレの失態に対して自らが動かなければならないと判断したのかもしれない。

 

「マーレ、どういう事? このお爺さんはモモンガ様の弟子じゃないの?」

 

 アウラらしからぬ低い声でマーレを恫喝する。

 

「で、でもでもこの人がモモンガ様の弟子だって言ったんだよ…、だから…」

 

「バカ! あんたまさかその発言だけでここまで連れてきたの!? モモンガ様に確認が取れなかったのはしょうがないかもしれないけど! 信じるに値する発言かどうかってちゃんと裏を取ったの!? それを怠って無断で人間をこのナザリックに招き入れるなんて!」

 

 アウラの言葉にマーレの顔が徐々に曇っていく。

 確かに薄汚い人間をこのナザリックに招き入れたのは問題がある。

 なぜ他の守護者達がこの事に何も言わなかったのかというと、モモンガの弟子であるという超例外的な人物であった為だ。

 しかしそうでないとするなら、マーレは無断でこのナザリックに下等なる人間を招き入れるという大罪を犯した事になる。

 

「も、申し訳ありませんモモンガ様…。ぼ、僕は、な、なんてことを…」

 

 玉座で様子を見ていただけのモモンガには何が起きたか分からない。

 とりあえずマーレの勘違いか何かで人間を連れて来たらしいがそれの何が問題なのか分からないのだ。

 別にただの勘違いや人違いであるならそれだけの事であって、そこまで怒られるような事は何もしていない。そういう認識でいるのにも関わらず、場の空気がおかしな事になっている。

 

「申し訳ありませんモモンガ様。私も確認をしておくべきでした。姉としてマーレの行動を謝罪させて下さい。もしモモンガ様のお怒りが静まらないというなら私がこの手でマーレを…」

 

「だ、大丈夫だよお姉ちゃん…。自分の責任は、自分で取るから…」

 

 なんだ、この双子は何を言っているのだ?

 モモンガの素直な感想はそれだ。

 それに他の守護者達の顔もなんか怖い。

 しかし、その視線を浴びている当の本人。フールーダという老人は意にも介さずモモンガのみに視線を注いでいる。

 しばらくしてその顔に見覚えがある事を思い出した。

 それはどこだったのか、記憶を探っていくと共に嫌な記憶が導き出された。

 

『何でも致します! 何でも致しますから! 舐めろと言われれば足でも舐めます! ほらこのように! どうか! どうかぁぁああ!!!』

 

 バハルス帝国にて、なぜか急にモモンガの足を舐め始めた老人だった。

 

(あぁぁ! 思い出した! あの時の気持ち悪い爺さん! なんでここに!? ていうか俺の弟子? な、なんで!? 確かに何か変な事言ってた気がするけど断ったと言うか…。い、いや問題はそれじゃない! なんかマーレが滅茶苦茶責任感じてるし、どうにかフォローしないと…)

 

 そんな事を考えているとマーレが一歩前に踏み出した。

 

「モ、モモンガ様。この失態は命で償います、どうかこれでお怒りを鎮めて下さい…」

 

「ちょ、ちょーっと待ったぁーっ!」

 

 思わず玉座から立ち上がり声を張り上げてしまうモモンガ。

 

「や、やめるのだマーレよ。わ、私はお前の死など望んでいない…。それに失敗は誰にでもあるものだ。気にする必要は無い」

 

「で、でも…」

 

 この世の終わりのような顔をしているマーレに対してモモンガはどうしていいか分からない。

 フールーダを連れてくるまでは満面の笑みで子供らしく可愛らしい様子だったのにそれが今は見る影もない。表情は暗く染まり、絶望の底にあるような顔だ。

 先ほどまでの満面の笑みとの対比もあってか痛々しすぎてもう見ていられない。

 この場を打開する手は何かないのか。

 そう考えモモンガは禁じ手を使う事にした。

 

「あ、あー、マーレよ。今思い出したぞ、確かにその男は私の弟子、だったかもしれない…」

 

「えっ!?」

 

「少し前の事でな。これまで色々とありすぎて一人の人間の事など完全に失念してしまっていた。うん、確かに私の弟子だ、な、なあフールーダよ」

 

「お、おぉぉ、偉大なる御方、我が神…! わ、私を弟子だと、そう仰って下さるのですか!? 私に魔法の深淵を、貴方様の偉大なる知識に触れる事を許されると…!?」

 

 喜びのあまりフールーダから滝のような涙が流れ落ちる。

 

「う、うむ。まあ私の知識をすぐに理解できるとは思わないからまずは図書館で学ぶといい。マーレ、後でティトゥスに面通ししておけ」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

 先ほどまでの絶望に染まったマーレの顔に再び笑顔が見えた事でホッとするモモンガ。

 しかしその先行きは不安でいっぱいだ。

 

(勢いで気持ち悪い爺さん弟子にしちゃったよ…。でもそうしないとマーレが…。ていうか魔法なんて教えられないしなぁ…。とりあえずは図書館に入り浸せて…、ティトゥスやデイバーノックあたりに丸投げしておくか…)

 

 確かに先行きは不安だが、まあ子供であるマーレを笑顔に出来たのならしょうがないかと思うモモンガだった。

 玉座の手前の階段を降り、マーレの元へ向かいその頭を撫でてやる。

 

「よくやったぞマーレ。すっかり私も忘れていたからな、お前のおかげで思い出せて良かった」

 

「あ、ありがとうございますモモンガ様! ぼ、僕はお役に立てましたか…?」

 

「当然だとも。お前は私の誇りだよ」

 

 喜びのあまり泣き出すマーレ。

 それをやれやれといった様子で見守るアウラ。

 平和な空気になってきたことでモモンガも少し安心していた矢先。

 モモンガは気づかなかったが、嫉妬のような感情を浮かべたアルベドとデミウルゴスが一歩前に出た。

 

「ど、どうした? 二人とも」

 

「モモンガ様、こちらが先ほどの各国の物資不足解消の計画案です。わ、た、し!とデミウルゴスが徹夜で考えました!」

 

 圧の強いアルベドがぐいっと身を乗り出し複数枚の紙を差し出す。

 その横でデミウルゴスもニコニコと笑っていた。

 

「そ、そうか。ご苦労…。ふむふむ…、え…?」

 

 モモンガの脳が理解する事を拒んだ。

 なんで、どうしてこんな事になるのか分からない。

 世界の協力を得る為だと、友好的に進めるのだとそう話した気がする。

 それならばこれはなんだ?

 

「す、すまん。アルベド。皆にも分かるように説明してくれないか。それぞれの国や地域と直接やり取りしている守護者達の生の声というか、そういう擦り合わせも必要だろう?」

 

「かしこまりましたモモンガ様」

 

 モモンガに丁寧なお辞儀をするとアルベドは他の守護者達へ向き直る。

 

「物資ハドコモ不足シテイル筈ダ、簡単ニ手ニ入レラレルモノナノカ?」

 

 疑問を口にしたコキュートスに続き、セバスが同調する。

 

「確かに。私の向かった王国は各地によって被害状況が違うものの、他国を助けるだけの物資供給が出来る余裕があるとは思えませんし、それは他国も同様でしょう」

 

 ほとんどの国が被害を受け、疲弊しているのにどこに余分な物資があるのかと。

 しかしアルベドもデミウルゴスも自身満々の表情だ。

 

「問題ないわ。物資はある所にはあるのだから」

 

 一呼吸おいてアルベドが高らかに宣言した。

 

「大陸中央部には覇を競っている強大な六大国があるわ。それらの戦争に介入し、いくつかの国を攻め滅ぼすのよ」

 

 モモンガは先ほど見た計画案の内容が自分の見間違いで無かった事を理解した。

 そして助けを求めるようにペロロンチーノへ視線を移すが、決してペロロンチーノはモモンガと目を合わせようとはしなかった。

 

 モモンガは目の前が真っ暗になった。

 

 




今回も少々時間が空いてしまいました
エピローグとしての話になるのですがやはり全然収まりませんでした
現地の人物達はもちろん、ナザリック内のキャラも含めると登場人物が多すぎて…
とはいえアニメが終わるまでに完結させるのを目標として頑張ります!
どうか最後までお付き合い頂ければと思います!
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