弱体モモンガさん   作:のぶ八

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前回のあらすじ

モモンガさん人助けをする!
そして12体のデスナイトが王都へと放たれ…!?



殺戮

 不死の王が生み出した12体の死の騎士(デスナイト)達が王都中を駆け回る。

 

 一体ですら手に負えない伝説のアンデッド。それが何体もいるという考えられない光景。王都内を疾走する彼等の存在は人間という弱き種族からすればそれは滅亡への呼び声にも等しい。その姿はまさにこの世の終わりを思わせるものだった。

 そんな規格外の悪夢に王都は何もかもが完全に機能しなくなっていた。

 元々の混乱で統制が取れていなかった所にダメ押しのように次いで今回の事が起きた。もはや王都内の混乱は誰にも制御できない。死者が出ていないという摩訶不思議な状況を鑑みればこのような規模の集団パニックは史上初と言える。民達への直接の被害や実害も無く、恐怖のみで国を崩壊させた例は歴史上、存在しない。

 その証拠に冒険者や兵士達すらその多くは混乱のあまり動けず、中には民を見捨てて逃げ出してしまう者達まで出る始末なのだ。王族とて指揮系統が混乱していてはまともに対処も出来ない。

 だが何より酷いのは王国において強い権力を持つ貴族や役人達だ。助けを求める民を何の躊躇もなく見捨て、保身の為に我先にと国外へと逃げ出そうとしていた。

 その姿は高貴なるものの義務(ノブレス・オブリージュ)など嘘のように浅ましく、また醜くかった。だが彼等は正しい。

 権力を誇示し、既得権益に溺れ、今回のような国の危機においては我先にと他者を犠牲にし逃げ出す。悲しいかな、現実は非情だ。手段を選ばない彼等ならば、いや彼等だからこそ切り抜ける事が出来ただろう。この腐った王国で弱者を嘲笑ってきた時のようにずる賢く、したたかに彼等は最善の選択を取っていた。

 

 だがこの時に限り、王都から出るのはよくなかった。

 

 決して頭が良いとは言えない死の騎士(デスナイト)達だが、人を探すという命令をより確実に遂行する為に逃げ出す者達を優先的にロックオンしていた。

 それもそうだろう。もし逃げた者達の中に探し人がいた場合、近くにいる者から探していくなどという愚を犯している内に逃がしてしまう事になる。そうすれば取返しは付かない。

 主の命令は絶対だ。決して違える訳にはいかない。逃げていない者、動けない者などは後回しでいいのだ。

 

 故に逃げ出す者達、さらに言うならばより遠くへ。つまりこの王都から外へと出ようとする者達、それが最初に死の騎士(デスナイト)達に選ばれたターゲットだった。

 死の騎士(デスナイト)達は速い。馬車ではとてもではないが逃げ切れない。アンデッド特有の感知能力で生ある者を感じ取り、死の騎士(デスナイト)達はあっという間に逃げ出した者達へと追い付く。

 弱者を虐げ、民の悲鳴や嘆きを肴に暴利を貪ってきた貴族や役人達。

 

 今度は彼等の悲鳴が響き渡る。

 

 

 

 

 王都の巡回使であるスタッファン・ヘーウィッシュは子飼いの部下を連れ全力で国外へ向け馬車を走らせていた。

 

「くそっ! なんでこんな事に…! せっかく楽しんでいる最中だったというのに!」

 

 スタッファンは馬車の中で怒りを隠そうともせずそう叫ぶ。この男は弱い女性をいたぶることで快感を得るという特殊な性癖を持っていた。奴隷禁止の法が定められて以降、己の欲求を大っぴらに満たすことが出来なくなったことから八本指と癒着し便宜を図る事で私腹を肥やし、己の性癖をも満たしていた。

 今日もスタッファンは八本指の経営する店で女性を殴り楽しんでいたのだ。興が乗り行き過ぎてしまうと殴り殺してしまう事もあり、流石にその際は補填金を支払わなければならずスタッファンにとっても決して手軽な趣味とは言えなかった。

 だがやめられない。彼にとってはこれこそが己の欲望を満たす唯一の方法なのだ。

 その大事な時間を塗り潰すような大混乱が突如、王都で巻き起こった。身の危険を感じた彼は即座に王都を離れる事を決意した。卑劣な男ではあるが決して無能ではない。状況を完全に把握していなかったとはいえその嗅覚は評価に値するものだろう。これまでも違法な事に手を染めながら生き抜いてきただけの事はあるのだ。

 

「ふん…、まさか王都内にアンデッドが出現するとはな…。しかもあの蒼の薔薇が返り討ちに遭う程とは…。市民などいくら死んでも構わないが、我が家が被害に遭わぬ事を祈るばかりだな…。ま、仕事を放棄し王都を離れたとてあの混乱ならば後でいくらでも言い訳できるだろう。今は無事に生き残る事を考えねば…。後はボウロロープ侯にでも助けを求めればなんとかなるだろう」

 

 もちろんスタッファンとてただ逃げ出した訳ではない。危険地帯からは逃げつつも、後でその事が言及された時の為にボウロロープ侯に救援を求めに行くという体でいた。幸い王都は混乱で情報の錯綜と共に統制が取れておらず、現場判断で自らが助けを求める使者となったとでも言えばどうにかなるだろうと高を括っていた。

 反国王派閥の中心であるボウロロープ侯が兵を派遣し王都を救ったとなれば、王国内のバランスが現状よりさらに大きく崩れる事も考えられるがスタッファンにとってはそんな事は関係ない。

 むしろこれを機にボウロロープ侯に取り入るのも悪くないなと考えていた。国王側の醜聞でも提供すれば十分に可能であろう。それに醜聞など無ければ作れば良いだけなのだから。

 そう考え、もはや自分に危険など迫っていないと信じていたスタッファンだが王都の中心から響く突然の咆哮に体を震わせる事になる。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

距離はかなりあると思われるが空気を切り裂くようなそれはスタッファンの耳まで届いた。

 

「ひっ…! な、なんだ…!? れ、例のアンデッドなのか!? お、おい! 早く逃げろ! もっと馬を早く走らせるんだ!」

 

「は、はいっ!」

 

 そう御者に命令し急がせるスタッファン。もう王都の中心からは十分に離れているし大丈夫であると判断しているが実際にその咆哮を耳にすると恐怖が襲い掛かってくる。生物としての本能が告げているのだ。これはマズイと。

 そしてすぐに気付く事になる。その咆哮が次第に近づいてきているという事に。その何者かが後ろから迫って来ているという事を証明するように大地が軋み、震える。

 

 しかしスタッファンがその恐怖に支配される前に、視界がぐるりと回転した。何が起きたか分からず茫然とするが次の瞬間、全身に鈍い痛みが走った。しばらくして、馬車が転倒したのだと気付く。

 

「ぎゃああ! な、何をしている馬鹿が! は、早くなんとかしろ! これでは逃げられんではないか!」

 

 そう叫ぶスタッファンに御者は答えない。いや、答えられないというべきだろう。すでに彼の目の前には伝説のアンデッドが立っていたのだから。

 周囲にはスタッファンの部下を乗せた馬車が共に走っていたがいずれも同様に転倒させられていた。それらの馬車から慌てて飛び出した部下達は目の前に聳え立つ死の騎士(デスナイト)を見るなり腰を抜かしてしまう。この時スタッファンも馬車の隙間からそれを見ていた。

 近くにいるだけで呪い殺されてしまいそうな程の殺気を撒き散らす死の騎士(デスナイト)に誰もが息を呑まざるをえない。やがてそれはスタッファンの部下へと近づき、両手の指を彼等の目の前へと突き出す。

 片手は完全に開き、もう片方の手は二本の指を折り三本の指を立てていた。

 

 両手合わせて八本の指。

 

 それが何を示すか王国に生きる者ならば分からない筈がないだろう。犯罪組織である『八本指』。なぜかは知らないがこのアンデッドは自分達に問うているのだとすぐに理解した。八本指はどこだ、と。

 

「し、知らない! 私は知らない! 彼等と親しくしていたのはスタッファン様だけだ! 私達は雇われただけだ!」

 

「そ、そうだ! 我々は何も知らない! 助けてくれ!」

 

 スタッファンの部下は簡単に彼を売り、命乞いを始めた。

 

「なっ! き、貴様等ぁっ!」

 

 怒りのあまり馬車の中から怒声を上げるスタッファン。それと同時に死の騎士(デスナイト)の視線が彼の乗る馬車へと移動する。すぐに己の失態に気付くがもう遅い。

 死の騎士(デスナイト)はスタッファンの乗る馬車へと近づき扉へ手をかける。頑丈な木で作られ金属で加工されているその扉は生半可な武器では壊すのに時間を要するだろう。それだけ作りのしっかりした馬車だ。

 だが死の騎士(デスナイト)はまるで風化し脆くなった動物の骨を砕くかのようにあっさりと馬車の扉を捻じ曲げ粉砕する。破壊された扉の隙間から手を伸ばし、中に隠れていたスタッファンを引き摺り出す。

 

「ひっ! や、やめろ! やめてくれぇっ!」

 

 スタッファンが悲鳴を上げると同時に彼の部下達がその場から逃げ出す。主が捕まっている間に逃げようとしたのだろう。だが死の騎士(デスナイト)はそれを許さない。

 スタッファンをその場に放り捨てると疾風のような速さで逃げ出した者達に追い付き、彼等の両足を叩き折っていく。あっという間に誰もが苦痛に歪んだ悲鳴を上げその場に倒れ込んだ。命を取る事は許可されてはいないが傷を負わせてはいけないと言われていない。逃げ出そうとするならば攻撃をする事に何の躊躇も無い。

 

「あ…、あぁぁ…」

 

 地面にヘタレ込み失禁するスタッファン。死の騎士(デスナイト)は逃げ出した者達の足を叩き折った後、彼等を掴みスタッファンの元まで引き摺ってくる。言葉は一つも無かったがその姿は悠然に語っていた。逃げ出せばこうする、と。

 再度、死の騎士(デスナイト)がスタッファンに八本の指を突きつける。

 

「は、八本指を探しているのか…!? わ、私は何も知ら…!」

 

 白を切ろうとするスタッファンだがすぐにそんな場合では無いと悟る。下手をすればここで命を落とす、そう感じた。八本指とは持ちつ持たれつの関係であったが命には代えられない。国に仕える者として己の罪が露見しようとも、あるいは強大な組織である八本指と敵対しかねないとしても助かるためならば喜んで売ろうと判断する。今はこの場を切り抜ける事が最優先なのだから。

 

「わ、分かった! 私が知っている事ならなんでも話す! だ、だから命だけは…!」

 

 そしてスタッファンは自分の知る事を洗いざらい吐く。己と八本指の関係も何もかも。

 それを聞き終えた死の騎士(デスナイト)は彼の身体を鷲掴みにし王都の中心へと走り出す。

 

「ひっ…! ま、待て、知ってる事は全て話した…! だ、だから…!」

 

 だがスタッファンのそんな言葉など死の騎士(デスナイト)は聞き入れない。当然だろう。八本指の情報を入手したとてそれが真実がどうかなど死の騎士(デスナイト)には判断が付かない。その真偽を確かめるまでこの男を手放す訳にはいかないのだ。

 スタッファンの悪夢はまだ終わらない。

 

 

 

 

 スタッファンに死の騎士(デスナイト)の魔の手が迫ったのとほぼ同時刻、王都に居を構える国王派に属する貴族であるイズエルク伯の館に爆音が響いた。

 

「な、何事だっ!?」

 

 イズエルク伯が声を上げる。だが使用人も誰も何が起きたかなど分かる筈がない。ただその爆音が館を破壊した音だとすぐに気付くことになる。玄関が吹き飛び、周囲の壁が崩れていたからだ。

 そこから巨大な体躯で巨大な剣と盾を持つアンデッドがのそりと入ってくる。

 生ある者全てを屠らんとする禍々しい気配を撒き散らすそのアンデッドに腰を抜かす使用人達。誰もが己の心臓が鷲掴みにされたと錯覚する程の威圧感。頭が真っ白になり、使用人の誰もが自分の呼吸と心臓の鼓動音がうるさく感じられていた。

 奥からイズエルク伯の私兵が慌てて姿を現すが死の騎士(デスナイト)の姿を見た途端、彼等もまた戦意を喪失し立ち尽くす。一目見ただけでそれが抗えない存在だと理解したからだ。中にはその場から逃げ出そうとした者達もいたがスタッファンの部下同様、すぐに追い付かれ足を叩き折られる。

 死の騎士(デスナイト)は視界に入った者達へ順番に八本の指を突きつけていく。誰もが首を横に振る中、次々と問うていき最後にイズエルク伯の番が来た。

 彼は八本指と繋がっていた。八本指と共に商売をし、娼館を派閥の強化や寝返り工作等に使用していたのだ。国王派である彼が八本指に力を貸す理由は反国王派の貴族の弱みを握り味方に引き込む為であり、ひいては国の為であるとも言えるが死の騎士(デスナイト)にとってはそんなこと関係ない。

 例え悪人だろうと善人だろうと何の意味もなさない。等しく下等であるのだから。

 それに主の命令よりも優先されるものなど存在しないのだ。躊躇など欠片程も存在しない。

 眼前に迫る死の騎士(デスナイト)の迫力に死を悟ったイズエルク伯はやがて全てを洗いざらい話してしまう。誰も彼を責める事は出来ない。この恐怖に打ち勝てる人間などいないのだから。獰猛な野獣が野放しで目の前にいるよりも恐ろしい。死が目の前にあると悟れば誰もが簡単に口を開く。

 

 とはいえ死の騎士(デスナイト)には命を奪う許可が無い為、彼等が想像する程に酷い事にはならないのだがそれに気づける筈もない。暴力が形を成したような死の騎士(デスナイト)、その殺気だけは本物だからだ。

 スタッファン同様、何もかもを白状したイズエルク伯だったがその後は死の騎士(デスナイト)に引き摺られ、王都の中心へと連れ去られていく。

 いくら王国の為とはいえ、八本指という犯罪組織と手を結んだ代償は余りにも大きなものとなった。

 

 この他にも八本指と繋がりのある貴族や役人達はそのほとんどが死の騎士(デスナイト)達によって炙り出されていく。誰かが喋れば後は芋づる式に容易に関係者を辿っていく事が出来た。

 それに加え直接的には八本指とは繋がりが無かった者達でさえ、八本指を意図的に見逃していた者、あるいは民が彼等に脅かされても知らない振りをしていた者達にまで死の騎士(デスナイト)達の魔の手は伸びていく。

 結果として、王都内の腐った貴族、汚職に手を染める役人のほとんどが命欲しさに自らの罪を自供する事となってしまった。国を腐敗させるような者たちだ。死がそこに迫っていると悟れば売れるものはなんでも売る。そのことで八本指との癒着だけでなく、六大貴族やそれに連なる貴族、国内における様々な暗部さえも露見する事になってしまう。

 この後、リ・エスティーゼ王国の貴族達は急速に力を失う。既存の権力者達は軒並み失墜し、法も何もかもが機能しなくなる。いくら腐っていたとはいえ、彼等がいなくなっては国は成り立たない。

 だがそうなるのは全て夜が明けた後の話だ。悪夢はまだ続いている。

 

 なぜならまだ夜は明けていないのだから。

 

 

 

 

「早くしなさいよ! 早く王都から出るのよ! ホラ! 積めるだけ積みなさい!」

 

 甲高い男の声が響く。それは八本指において奴隷売買を仕切るコッコドールの声だった。国外へ逃げ出す為に金目の物をなるべく持って行こうと部下に指示を出していた。

 だがそんな事をしている時間など無かった。ただ、何も持たず全力で逃げたとしても逃げ切れなかっただろうが。

 

「コ、コッコドール様っ…!」

 

 突如、荷を積んでいた部下が悲鳴のような情けない声を上げた。

 

「何よ! 今はモタモタしてる暇…なんて……」

 

 それを窘めようと振り向いたコッコドールの視界に一体の巨大なアンデッドが映る。そしてすぐに理解した。こいつがアジトから逃げる前に八本指の見張りの者が言っていた存在だと。伝説のアンデッド。その手元にはよく見知った肥満の男が抱えられていた。

 

「こ、ここが私の知っている八本指のアジトです! ほ、ほら、い、言った通りでしょう!? も、もう私に用は無いですよね!? だ、だから命だけは…!」

 

 涙や鼻水を垂れ流しながらスタッファンが死の騎士(デスナイト)に請う。それを見たコッコドールは経緯は分からないものの、スタッファンが自分を売ったのだとすぐに察する。

 

「あ、貴方っ! わ、私を売ったのね!? い、今までずっと良い思いさせてあげてたっていうのに! ただじゃすまないわよ! わかってるの!?」

 

「う、うるさい! お前達が動きやすいように多少なりとも便宜を図ってやっただろう! そ、それにこうなったのは全部お前達のせいだ! お前達さえいなければ! せ、責任を取れ!」

 

「な、何ですって!? あ、あれだけ楽しんでおいてよくもそんな…!」

 

 両者の醜い言い争いが始まる。だがそれを大人しく聞いている死の騎士(デスナイト)ではない。喚き散らすスタッファンの顎へ手を伸ばし、砕いた。

 

「あぎゃぁぁががあがあっ!」

 

 あまりの痛みに悲鳴を上げるスタッファン。だがそれを見かねた死の騎士(デスナイト)が黙れと口に指を当てる。その意味が分かったのであろうスタッファンは口内から大量の血を流しながらも必至に悲鳴を押し殺す。

 とりあえずは用済みとばかりに死の騎士(デスナイト)がスタッファンを地面に放る。念のため逃げないように足を踏み砕いておく。

 ただそれは本当に念のためだったのか、アンデッド特有の生者を憎む心と相手を痛めつける事に喜びを見出す死の騎士(デスナイト)の残虐性によるものかは判断は付かない。その証拠に、再度スタッファンが悲鳴を上げ、もがき苦しんでいる姿を楽しそうに眺めているからだ。

 そして黙れと言っていたのに再び悲鳴を上げたスタッファンを罰するように無造作にその腕を掴む死の騎士(デスナイト)

 

「ひぃっ…! や、やめろっ…! や、やめて下さいっ! もう、やめっ…!」

 

 そして腕の関節を逆方向へとねじり上げる。幸いというべきか、この痛みでスタッファンは気絶し静かになった。それに満足したのか死の騎士(デスナイト)は視線をコッコドールへと移す。

 

「あ、あぁ…! いや…! いやぁ…!」

 

 自分が何をされるか理解したのだろう。抗えない暴力の匂いと死の気配にコッコドールは嗚咽をあげるしかできなかった。

 そして死の騎士(デスナイト)の聞き取り、と言っていいかは分からないがその行為によってついに八本指の全容を掴む事に成功する。目の前には血に染まり、四肢が粉砕されたコッコドールが横たわっていた。

 死の騎士(デスナイト)が大気を震わせるような咆哮を王都へと響かせる。

 今度はただの咆哮ではない。それは他の死の騎士(デスナイト)への合図であった。そこからどうやって様々な意図をくみ取るのかは不明だが死の騎士(デスナイト)同士では通じ合うことが出来るらしい。

 その咆哮に呼応するように各地に散っていた死の騎士(デスナイト)達も同様に咆哮を上げる。それぞれの情報を共有し、誰が何をするべきか、どこに行くべきかを再認識する。

 すでに逃げ出していた貴族や役人からは情報を聞き出し、王都内の邸宅への訪問もほとんどが済んでいる。権力者からの情報は十分に入手したと判断して死の騎士(デスナイト)達は聞きだした八本指のアジトへの訪問を決定する。

 貴族達同様、逃げ出していた八本指の何人かはすでに拘束しているが死の騎士(デスナイト)達の調べによると八本指は巨大な組織であり、多くの人間が所属しているらしい。

 その全てを炙り出すまで、死の騎士(デスナイト)達の仕事は終わらないのだ。

 

 王都に生きる者達は今夜の事を後に語る。

 深夜に巨大なアンデッドが貴族や役人達を何人も引き摺りながら王都内を練り歩く様子は質の悪い冗談か何かのようであったと。

 

 

 

 

 12体いる死の騎士(デスナイト)のほとんどは八本指を炙り出す為に各地に散っていたが、その内の3体のみはここで戦闘行為に及んでいた。

 相手は蒼の薔薇と大勢の冒険者達。

 最初は蒼の薔薇と対峙した1体のみが戦闘になっていたが即座に分が悪いと判断し、もう2体を呼び寄せていた。本来は全員で八本指を探さねばならずここで時間を潰している暇などは無いのだがその命令を実行するにあたってこの者達が障害になると死の騎士(デスナイト)は判断した。よって彼女らを抑え込めるだけの戦力を割いたのだ。

 そして3体という数は絶妙であった。1体のみでは蒼の薔薇に後れを取っていただろうが2体であれば互角に渡り合える。3体いればその他大勢の冒険者がいたとしても問題はない。イビルアイが万全の状態であればまた話は変わったかもしれないが現在の状況では十分と言えよう。しかも集団戦という特性上、必然的にイビルアイは狙われる他者を守りながら戦わざるをえなくなりその力を十全に振るえないでいた。

 死の騎士(デスナイト)

 そのレベルは35とこの世界においては英雄級以上の力を誇る。だが攻撃力に関してはレベル25相当しかない。しかしその代わり防御力が40相当あるという規格外の固さだ。その特殊能力を抜きに考えても単体でアダマンタイト級の冒険者チームに匹敵する強さを持つ。

 

 だがそれはあくまで野生の死の騎士(デスナイト)であった場合の話だ。

 

 この死の騎士(デスナイト)はモモンガのスキルによって通常のものよりも強化されている。つまり、王都にいる12体の死の騎士(デスナイト)全てがアダマンタイト級の冒険者チームを凌駕する強さを持っている事になる。

 イビルアイがいなければたった1体の死の騎士(デスナイト)で王国内の全冒険者を相手取る事も可能であっただろう。特殊能力を発揮すれば王国内に存在する2つのアダマンタイト級冒険者すら全滅しかねない程だ。

 

「マズイわね…! このままじゃジリ貧よ…!」

 

「ちくしょう! なんとかなんねぇのかよイビルアイ! お前なら1体に集中すればやれるんじゃねぇのか!?」

 

「そうしたいのだがな…! だがそうすればその間に他の者達がやられてしまう…! お前達とて私がいなければ一体を抑え込むのが精一杯だろう…!」

 

「悔しいがそうだな…! 攻撃はまだなんとか捌けるが防御が固すぎる…! 俺らだけじゃ崩せそうにねぇ…!」

 

「堅牢…」

 

「堅固…」

 

「一歩間違えれば抑え込むどころかやられてしまいそうだけど…」

 

 3体の死の騎士(デスナイト)と完全に膠着状態に入っていた蒼の薔薇は焦っていた。いくら善戦出来ているとはいえ、このままではジリ貧でやられてしまう結末しか見えない。

 とはいえ先ほど彼女達が述べたようにイビルアイが1体に集中すれば他が瓦解してしまう。最悪、ラキュースが死んでしまえば取返しの付かない事になる。

 現状、蒼の薔薇含む冒険者達が3体の死の騎士(デスナイト)と戦えているのは言わずもがなイビルアイの力によるものだ。彼女だけが 死の騎士(デスナイト)とまともに戦える。

 とはいえ、この死の騎士(デスナイト)達は誰も殺すなという命令を受けている為、本気ではない。もし本気であったならばとっくの昔に全滅していただろう。

 仮にイビルアイが万全だったとしても王都にはまだ残り9体もの死の騎士(デスナイト)がいるのだ。どう転んでいたとしてもこの戦いに最初から勝ち目など無い。今は自分達が戦っている間に少しでも多くの人が逃げられるようにと、彼女達には祈る事しか出来ない。

 だがやがてその膠着状態にも終わりは訪れる。

 蒼の薔薇と共に戦っていた冒険者達が次々と倒れ周囲に転がっていく。死者はいないが誰もが戦闘続行は不可能な程、重症であった。

 最後に残ったのはボロボロになった蒼の薔薇だけ。

 

「ちくしょう…! ここまで、かよ…!」

 

「残念…」

 

「無念…」

 

「あれだけいた冒険者達も皆倒れてしまった…。もう…」

 

 眼前に立つ死の騎士(デスナイト)の剣が妖しく光る。

 死を覚悟した蒼の薔薇の面々だったがその時遠くから他の死の騎士(デスナイト)達の咆哮が響き渡る。それはコッコドールを確保した死の騎士(デスナイト)によるものだった。

 それを聞いた3体の死の騎士(デスナイト)の手が止まる。もはや蒼の薔薇は虫の息であるしこれ以上の戦闘は不要と判断した為もあるだろう。命を奪う許可は与えられていないのだから殺してしまう訳にもいかない。自分達も他の死の騎士(デスナイト)同様、八本指の残党を確保しに動こうとこの場を去ろうとする。

 だが。

 

「待て…! どこへ行く…? 私は…、まだ戦えるぞ…!」

 

 立ち去ろうとする死の騎士(デスナイト)の前に傷だらけのイビルアイが立ちはだかる。そんな彼女に続きガガーラン、ラキュース、ティア、ティナも同様に立ちはだかった。

 しかしもう彼女達に戦う力は残されていない。にもかかわらず、必死に武器を振り死の騎士(デスナイト)達に攻撃を仕掛ける。

 弱者でありながら、必死に抗おうとするその姿を愉快そうに見つめる死の騎士(デスナイト)達。もはや刃が当たったとて死の騎士(デスナイト)を傷付ける力は無い。

 やがて死の騎士(デスナイト)達は彼女達が何度立ち上がれるのかを試す様に盾で弾き飛ばしていく。それでも何度も向かってくる蒼の薔薇を再度吹き飛ばす。殺さないように、だが確実に痛めつけながら。

 どれだけ続いただろう。しばらくして蒼の薔薇の息も絶え絶えになって来た頃、3体の死の騎士(デスナイト)達が突如、ビクリと体を震わせた。

 

 先ほどまで蒼の薔薇を痛めつけ楽しんでいたような様子から一変し、明らかに緊張した気配を纏わせる。顔が骸骨である為、表情などない筈の死の騎士(デスナイト)だがその顔が強張ったように感じられる程に。それはまるで何かに恐怖しているように見えた。

 

(な、何だ…? 何が起きたんだ…?)

 

 地に伏し、朦朧とした意識の中でイビルアイは疑問に思う。これだけの強さを持つ強大無比なアンデッドが恐怖するなどとてもではないが考えられない。だがすぐに思い至る。恐らくこのアンデッド達を呼び出した、あの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なら…。

 

(い、一体…、奴は何を…)

 

 だがイビルアイが答えに辿り着くことは無い。それに誰も知りようが無いだろう。

 この時、全ての死の騎士(デスナイト)達へメッセージの魔法が繋げられたのだが、その送り主であるモモンガが激昂の極みにいたことなど。

 怒りの対象が自分達ではないとしても絶対的な主の怒りを直接感じ取った死の騎士(デスナイト)達は委縮せざるをえない。他者を痛めつけ楽しんでいる場合などではないのだ。

 主から告げられた新たな命令を遂行する為に死の騎士(デスナイト)達はすぐに動き、その場を後にする。王都を駆け回った時と同様に疾風のような速さで、しかし焦燥感に駆られながら。

 絶対にして至高なるナザリックの王。

 その言葉は全てに優先されるのだ。

 

 走り去る死の騎士(デスナイト)達の背を前に蒼の薔薇は何も出来ず、倒れたままただ見つめる事しか出来なかった。この夜、この時を以って全ての冒険者はこの戦いから脱落した。

 

 

 

 

 時は少し戻り、死の騎士(デスナイト)の一体を追ってきたモモンガ。

 その死の騎士(デスナイト)はスタッファンを確保し、コッコドールへ拷問という名の聞きこみをしていた所だった。周囲には複数の男達も転がっている。

 

「うわっ! エグい!」

 

 血に染まり、手足がおかしな方向へ捻じれているコッコドールを見てモモンガは思わず呟く。

 

「クライムさんの連れてた女性もそうだけど…、グロ表現キツくない? これ色んな所から苦情が来るんじゃ…」

 

 あまりの凄惨さに目を疑うモモンガ。アプデか何かだとしてもここまでゲーム性が変わってしまうと利用規約にも影響が出そうであり、一体どうなっているのかと頭をヒネる。というか完全に法規制されそうなレベルである。

 

「本当にバグか何かなのかなぁ…、え? 何々? ここが八本指のアジトだって?」

 

 目の前の景色に驚いていたモモンガへ死の騎士(デスナイト)が現状を報告する。

 

「もう見つけたのか! 凄いじゃないか!」

 

 感心したようにモモンガが朗らかに言う。外から見た様子では分からないがこの時死の騎士(デスナイト)は主からの労いの言葉に幸福の絶頂にいた。

 

「ふーん、こいつがここの責任者? まぁいい、とりあえず入るか。中に他の八本指の奴らがいたら説教してやるぞ!」

 

 ちょっとした正義感から他のプレイヤーに酷い事をしているらしい八本指を探す事にしたモモンガ。倒れているコッコドールを後回しにし、今は目の前のアジトへと死の騎士(デスナイト)と共に踏み込む。

 戦闘になった場合、レベルダウンしているモモンガでは勝てないだろうが説教の一つぐらいは出来るだろうと考えていた。最悪、説教が通じなくても嫌がらせの一つくらいは出来る。とはいえ結果を考えればどう足掻いても自分の方が痛い目に遭うのは間違いないのだがただ傍観する気にもなれない。

 やらない後悔よりやる後悔とか誰かが言ってた気がする等と考えながらモモンガはアジトの中を進んでいく。

 

 プレイヤーの使っている拠点とは思えない程、こだわりも何も無い質素な場所であった。プレイヤーのいる気配は無く、拠点を守るNPC的な何かを配置している様子も無い。不思議に思いながらもモモンガは進んでいく。

 

「うーん、外れか…?」

 

 建物内をあらかた捜索した後、地下への階段を見つけるモモンガ。何も無いだろうなと思いながらも下室への扉を開けた時、モモンガはそれを目にした。

 

「なんだ…、これは……」

 

 目の前の光景に絶句する。

 そこには裸で鎖に繋がれた女性が何人もいた。服を着ている者もいるがどれも薄汚れたものばかりだ。

 匂いも酷い。汚れも目立ち、怪我をしている女性も多数見受けられるが治療している様子も無い。

 それは牢獄を思わせる景色だった。

 恐らく、想像できうる限りの最悪という言葉を詰め込んだような場所。

 

「な、なんなんだ…、彼女達は一体…。それに裸は18禁に触れる…。こんな事は絶対に出来ない筈だ…。それがどうして…」

 

 現状を理解出来ないモモンガ。だが奥で一人の女性と男が重なっている影が見えた。床に伏している女性へ必死に腰を打ち付ける男。それに対して女性の反応は無い。死んだように無表情でされるがままであった。

 

「おい…! 少しは良い声で鳴けよ…! へへっ、皆ビビって逃げちまったがどうせこんな所まで来るわけねぇんだ…! せっかくだ、俺は好きにやらせてもらうぜ…!」

 

 それを遠くから見るモモンガ。言うまでも無い。男側からの一方的な行為ではあったがそこでは紛うことなき男女の行為が行われていた。

 裸どころではない。

 行為そのものなど風営法に引っかかるどころの話では無いのだ。完全なるアウト。こんなものが露見すればサービスは終了、運営どころか会社そのものが責任を問われる事になる。

 

 モモンガの中にあったいくつかの仮説がここで否定された。

 

 いくら致命的なバグや不具合だったとしても18禁が再現されるとは考えられない。

 新しいDMMO―RPGの可能性も考えていた。つまりユグドラシルが終了と同時にユグドラシル2とも言うべきゲームが始まった可能性。だがそれもこの18禁の前では考えられない。

 ちゃんと運営が管理、監視をしているならばこのような行為を確実に止める筈だからだ。

 

 だがそうだとするならば現状は何だ?

 

 そもそもDMMO―RPGにおける基本法律、電脳法において相手の同意無くゲームに強制参加させる事は営利誘拐とされている。無理にテストプレイヤーとして参加させる事はすぐに摘発される行為だ。

 特に強制終了が出来ないなんて監禁と取られてもおかしくない。

 その場合、専用コンソールで一週間分の記録を取るように法律で義務付けられている為、摘発自体は簡単に進む。

 いつまでログアウト出来ないか不明だがこのままであればモモンガは会社に出社できない。そうすればすぐに誰かが連絡、及び様子を見に来るだろうし警察が記録を調べれば問題は解決だ。

 

 しかしそのようなすぐに摘発される犯罪行為を組織ぐるみで犯す企業があるだろうか。新しいゲームの先行体験ですとか、追加プログラムを当てただけですと言えばグレーかもしれないがそんな危険な事をするメリットが制作会社にあるとは思えない。

 ならばこの事態には制作会社の意図は無く、別の何かが発生していると考えるより他に無い。

 考え方を根本的に切り替えなければ足を掬われる事になるだろう。

 ここまで考えた上で新たな一つの仮説がモモンガの中に浮かび上がる。

 それは今まで信じてきた常識を真っ向から否定する信じ難いもの。

 

 仮想現実が現実になったという可能性。

 

 あり得ない。モモンガは即座に否定する。そんな無茶苦茶な理不尽な事が起こる筈がないと。だがその反面、それこそが正しいのではないかと時間が経過するごとに強くなっていく。

 今までの事を思い返してみる。いくら混乱していたとはいえ何故気が付かなかったのだろう。違和感は最初から感じていた。その正体を今になってやっと理解する。

 この世界に来てから最も変化があったのは表情だ。口元が動いて、声が聞こえる。それはDMMO―RPGの常識から考えればあり得ない事だ。外装の表情は固定され動かないのが基本。だからこそ感情(エモーション)アイコンが作られたのだ。

 匂いもそうだ。この部屋に入った時に感じたむせ返るようなあの匂い。そもそも感じた瞬間にその異常に気が付くべきだったのだ。電脳法において嗅覚と味覚は禁止されている為、完全に削除されている筈なのだ。

 そもそも今まで見聞きしたものを考えればデータ容量的にあり得ない。

 考えれば考える程、今まで長い時間をかけて構築されてきた自らの常識がバラバラと壊れていくのをモモンガは感じていた。

 もう疑いようがない。

 ここはゲームの中ではない。

 つまり、現実。

 

「……」

 

 自分がなぜ、どうして、他の人は、リアルはどうなっているのかと疑問は尽きない。だが現状において、この世界を現実と理解した上で一つ、モモンガの心を最もかき乱すものがあった。

 目の前の光景だ。

 ゲームだと思ったからこそ動じはしなかった。だが現実と理解した瞬間、モモンガの心に言い様の無いモノが沸き立つ。

 

死の騎士(デスナイト)よ、八本指について把握した事を全て説明しろ…」

 

 横にいる死の騎士(デスナイト)へと問いかける。問われた死の騎士(デスナイト)はモモンガへと入手した情報の全てを説明する。

 モモンガが来る直前、死の騎士(デスナイト)は他の死の騎士(デスナイト)との情報の共有は済んでいたのでモモンガはここで12体の死の騎士(デスナイト)が入手した情報を全て手に入れる事が出来た。

 

「……」

 

 聞き終えたモモンガの思考が停止する。

 しばらくして去来したのは、憤怒。

 

 

「これが人間のやることかぁぁぁああぁぁあぁぁっっ!!!」

 

 

 建物を震わす程の絶叫。

 死の騎士(デスナイト)はもちろん、この場にいた女性とモモンガに気付かずに奥で性行為に励んでいた男も突然の事に戦慄する。

 

「奴隷売買、暗殺、密輸、窃盗、麻薬取引、違法賭博…。考えうる限りの犯罪行為だ…! そんな、そんな事をする奴がいるから…!」

 

 悲しむ人が出るのだ。

 

「どうしてだ…? どうして人に優しくする事が出来ないんだ…? 他者を貶め、甘い汁を啜る…。そうして真面目な人ばかりが損をする…。利を得るのはいつだって富める者や卑怯な奴等ばかりだ…、だから…」

 

 大事なギルドメンバーであるヘロヘロも体を壊しそうになってまで働いていた。それはリアルでは決して異常な事ではなく、よくある事だった。犯罪ではなかったかもしれないが貧困層は皆、奴隷のように働かされていたのだ。他に選択肢なんてなかった。

 だからこそ、そんな中でも少しでも子供の為にと努力したモモンガの両親は、過労で死んだ。

 この世界とリアルは違う。そんな事はモモンガとて理解している。だが目の前の衝撃的な光景が、奴隷のように扱われる女性達が、リアルで味わった理不尽な怒りを思い起こさせる。

 頭をかき乱すような怒りが何もかもをぐちゃぐちゃにし無理やりリアルの記憶に重ね合わせてしまう。

 それに人間として真っ当な感覚を持っているからこそ、モモンガは犯罪行為に純粋な嫌悪を覚えた。

 

 だがその天を衝く程のおぞましい怒りはすぐに収まる。

 何故かはわからないがモモンガの精神は落ち着きを取り戻していく。だが冷静にはなれない。沸騰するような怒りは消えても、体を焦がすようなジワジワとした怒りは未だモモンガを支配しているのだから。

 

「不快…、だな…」

 

 ここが異世界だとするならモモンガの常識がどこまで通用するのか分からない。だがなぜかモモンガの姿はユグドラシルのアバターのままだ。魔法も使える。

 

『全ての死の騎士(デスナイト)に告げる』

 

 12体全ての死の騎士(デスナイト)へメッセージの魔法を繋げ、驚くほど低く冷淡な声でモモンガは次の命令を下した。

 

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 王都の各地で耳をつんざくような叫びが木霊する。

 その様相はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 今までの混乱とは訳が違う。正真正銘の悪夢だ。

 

「やめて! 助けて!」

 

「嫌だぁ! 死にたくないっ!」

 

「ひぎゃあ! 痛い離してっ!」

 

 肉が裂け、血が飛び散り、四肢は吹き飛び、頭部は潰される。

 建物内だけではない。屋外でもその蛮行は繰り広げられる。王都の道や壁には潰れた人間の残骸がいくつもこびり付いている。その景色はまるで赤いペンキをブチ撒けたように赤一色。

 

 死の騎士(デスナイト)達はモモンガから下された命令を即座に実行に移していた。

 確保して引きずり回していた八本指の人間達を次々と殺していく。ただ、殺すにあたってモモンガから一つだけ条件が付けられていた。

 それは直接その手で殺さない事。

 モモンガは死の騎士(デスナイト)の特殊能力を忘れていなかった。死の騎士(デスナイト)が殺した相手は従者の動死体(スクワイアゾンビ)へと変わり、さらに従者の動死体(スクワイアゾンビ)が殺した相手は動死体(ゾンビ)へと変わる。

 そうなってしまっては被害は八本指以外にも広がる。それはモモンガの望む所でない。故に直接その手で殺すなという条件が付けられた。

 最初にモモンガは目の前で女性を犯していた男で実験をした。死の騎士(デスナイト)が壁に投げつけ殺した相手が従者の動死体(スクワイアゾンビ)となるのかどうか。

 答えはならない、だった。あくまで直接の死因は壁に激突した衝撃であり、その時にはすでに死の騎士(デスナイト)の手を離れている為、直接殺したという判定にはならなかったようだ。

 故にモモンガのその命令を遂行する為に死の騎士(デスナイト)達は各地で捕まえた八本指の人間を壁や地面に叩きつけ殺していったのだ。

 その理由は従者の動死体(スクワイアゾンビ)を生み他に被害を出さない為という良心的なものであるが景色はそうは映らない。潰れたトマトのように、骨や肉、脳や臓腑を血と共にブチ撒け、通りを赤く染めるその様相は残虐などという言葉では済まないものだ。恐らく剣で斬り殺していた方が視覚的にはまだマシであったろう。

 事情を知らない者からすればこれ以上ない恐怖であり、狂気だ。

 

 八本指の8部門のうち、警備部門を除く7部門はすぐに壊滅した。

 死の騎士(デスナイト)の前ではいくら巨大な犯罪組織の長達とて逃げる事は出来ず、全員が容易く叩き殺された。もはや潰れた顔からは誰だったのか判別がつかない。その他の有象無象同様、等しくミンチだ。彼等だったと証明するのは身に付けていた高価な物だけだ。血に染まり、肉片がこびり付いた今、もはや価値など無いが。

 

 その虐殺を目にしてしまった一般人はもちろんだが、最も恐怖したのはそれを目の前で見た貴族や役人達だろう。彼等は八本指の情報を吐いた後も死の騎士(デスナイト)に引き摺られ連れ回されていた。

 殺害対象は八本指だけなのだが当の貴族や役人達がそれを知る筈も無い。突如、何の脈絡も無く行われた大虐殺の前に震えるしか出来ない。次は自分達が殺されるのだと誰も信じて疑わなかった。

 

「許して…! 許して下さい…!」

 

「お、お願いします! お、お金なら…お金ならいくらでも払いますから…!」

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 殺害されていく八本指の者達を前に貴族と役人達の絶叫が響く。

 誰もが泣きながら頭を地面に擦り付け糞尿を垂れ流す。これ以上ないのではないかという程、みっともなく命乞いをする。人としての尊厳などかなぐり捨てひたすら望めない慈悲に縋ろうとする。

 だがモモンガの命令の中に彼等の殺害は入っていない。このまま時間が経てばこの恐怖から彼等は解放されるだろう。しかしそうはならない。

 全てが終わった後、彼等の前に不死の王がその姿を晒す事になるからだ。

 

 

 

 

 各地の死の騎士(デスナイト)達が順調に命令を遂行していく中、1体の死の騎士(デスナイト)だけは手古摺っていた。

 それは八本指の中で警備部門を担当する六腕の元へ向かった死の騎士(デスナイト)

 六腕の拠点の場所は他の八本指の者から入手できたので見つけ出すのは難しくなかったのだが、アダマンタイト級冒険者に匹敵すると言われる六腕が五人も揃っていては流石の死の騎士(デスナイト)とは言え1体では厳しいものがあった。しかも直接殺してはいけないという条件付きなのだ。下手すれば返り討ちに遭う可能性すらあった。

 そう死の騎士(デスナイト)からの報告を受けたモモンガ。すぐ他の死の騎士(デスナイト)を応援に向わせようかと考える、が。

 

「いや…、俺が直接行くか…。どれだけ腐った連中なのかこの目で確かめさせてもらおう…」

 

 

 

 

「ちくしょう! なんなんだよコイツは!」

 

「固すぎて刃が通らねぇ…!」

 

「ボスどうにかして! 私達の攻撃じゃ厳しいわ!」

 

 突然、アジトに侵入してきた死の騎士(デスナイト)を前に弱音を吐く3人の者達。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 咆哮と共に死の騎士(デスナイト)が拳を振り、盾を振り回す。だが本気ではないその攻撃でも彼等には十分脅威だった。

 それに彼等の攻撃はいずれも有効打にならない。

 

 “空間斬”ペシュリアン。

 1メートル程度の鞘から抜き放った一閃で3メートル近く離れた相手を両断する魔技を使う事により名づけられた二つ名。

 だが実際に空間を裂いている訳では無い。その正体はウルミと呼ばれる刀身の柔らかい剣。よく曲がりよくくねる。彼が持つのはそれを極限の細さにまで削った、いわば斬糸剣ともいうべき武器。金属で出来た細い鞭のようなものだ。

 振るった際に鞭の先端部分の速度が桁外れである為、光の反射しか残さず相手を切り捨てる事が出来るのだ。

 だがそれは相手が生身であるからこそ。

 例え、その斬撃が体に当たったとて深刻なダメージを受けない死の騎士(デスナイト)の前ではただのトリックにも等しい。

 

 “千殺”マルムヴィスト。

 彼の持つ薔薇の棘(ローズソーン)と呼ばれるレイピアには二つのおぞましい魔法付与(エンチャントメント)がされている。

 一つは肉軋み(フレッシュグラインディング)。突き刺さった瞬間、周りの肉を捩じりながら中へと食い込んでいく力だ。これによって周囲の肉を引き千切る事が出来る。

 もう一つは暗殺の達人(アサシネイトマスター)。傷口を開くことで掠り傷でも深手となる魔法の力である。

 この二つの魔法付与(エンチャントメント)に加え、薔薇の棘(ローズソーン)にはもう一つ恐るべき特徴があった。

 その先端には致死の猛毒が塗られているのだ。対策が講じられていなければ人類最強級の戦士でさえ倒す事が可能な武器である。

 だが死の騎士(デスナイト)には肉が存在しない。さらにアンデッドであるその身体には毒も効かない。さらに加えて言うならば刺突武器は相性が悪かった。

 結果として、マルムヴィストの攻撃は死の騎士(デスナイト)に何の痛痒も感じさせない。

 

 “踊る三日月刀(シミター)”エドストレーム。

 舞踊(ダンス)と呼ばれる魔法付与(エンチャントメント)が存在する。名前の通り、武器が踊るように動きだし自動で攻撃するというものだ。

 ただしこの舞踊(ダンス)は単調な動きしか出来ない為に主武器として使用するのには適していない。使用者の思考力に応じて動きが左右されるのだが人間の認識能力には限界がある。

 だが彼女は違った。生まれつき常人とはかけ離れた脳を持って生まれてきた。脳が二つあると形容してもよい程の異常な能力。それこそが平凡な魔法付与(エンチャントメント)である舞踊(ダンス)を人類最高の高みまで引き上げた。

 彼女の周りに浮かぶ何本もの剣はまるで結界。侵入者の命を確実に奪う檻だ。

 ただ、死の騎士(デスナイト)には奪うべき命など存在しないのだが。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 咆哮と共に死の騎士(デスナイト)の追撃が襲い掛かる。

 ペシュリアンは押しつぶされ、マルムヴィストは吹き飛ばされ、エドストレームの結界は粉砕された。

 三人とも辛うじて命は失っていないものの、すでに満身創痍だ。現在、すでに地に伏しているサキュロントと同じ運命を辿る事になるのは時間の問題だろう。

 

 “幻魔”サキュロント。

 彼の能力は幻術師(イリュージョナリスト)として全身や体の一部の幻を魔法で作りながら戦うというものだが戦士としての能力は高くない。あくまで幻で相手を幻惑しながら戦うというスタイルが主であり、純粋な戦闘能力では他の六腕のメンバーには格段に劣る。

 その証拠に彼はすでに事切れて地に伏している。

 ただそれは死の騎士(デスナイト)に幻が通用しなかったのか、あるいは幻ごと叩きのめされたのか今となってはもう誰にも分からない。

 

「クソが…!」

 

 倒れた六腕を横目にゼロが舌打ちをする。

 

 “闘鬼”ゼロ。

 八本指最強の戦闘部隊『六腕』のリーダーである彼の実力は本物だ。裏の世界では最強を自負しているが、実際に周辺国家最強とも謳われる戦士とですら勝敗の分からぬ勝負を出来る男である。

 

「ナメるなよ…、アンデッドが…! 確かに貴様は強い…! だが今までの戦いを見た限り、俺の方が強いぞ…!」

 

 修行僧(モンク)を極めた彼の武器は己の拳である。打撃を中心とする彼の攻撃はアンデッドに対して非常に相性が良い。格上である死の騎士(デスナイト)にさえその攻撃は通用するだろう。しかも剣による攻撃が出来ない現在の死の騎士(デスナイト)であれば勝利することも不可能ではない。

 

「かぁぁぁあぁああ!!!」

 

 ゼロがそう叫ぶと同時に身体が膨れ上がり、爆発的な力が溢れ出す。

 シャーマニック・アデプトというクラスがある。1日の使用回数に制限こそあるものの、体に描かれた動物の刺青から動物の魂を憑依させ爆発的な身体能力を得る事が出来るというものだ。

 ゼロはそれを全身に入れている。

 足の(パンサー)、背中の(ファルコン)、腕の(ライノセラス)、胸の野牛(バッファロー)、頭の獅子(ライオン)

 それら全て同時に起動したゼロの身体能力は人間の域を超える。この状態であれば、彼に勝る身体能力を持つ人間は存在しない。それほどの高み。

 

「フン!」

 

 体内で燃え上がる熱を煙のように口から吐き出し、踏み出す。

 ゼロの最大の攻撃。それは正面からの拳による単純な一撃、正拳突きだ。

 何の駆け引きも捻りも存在しない一撃であるがそこに込められた力は想像を絶する。人間の視認速度を超えるが故、ゼロ自身にも制御が難しい。その破壊力は想像を絶する。

 ありとあらゆるものを置きざりにするような感覚でゼロが歩を進める。瞬き一度程の時間で死の騎士(デスナイト)の前に到達し、全身全霊を込めた触れるもの何もかもを打ち砕く究極の一撃を放つ。

 その拳が死の騎士(デスナイト)の身体に突き刺さると爆発するような力が吹き荒れる。死の騎士(デスナイト)の巨体が容易く宙に浮きそのまま大きく後ろに吹き飛ぶ。

 鎧が凹み、内部の骨にまでダメージを与えたその一撃は、吹き飛んだ先で死の騎士(デスナイト)が壁に激突しても勢いは衰えない。建物の壁をいくつも破壊してやっと、死の騎士(デスナイト)の身体が止まった。

 

「す、すげぇ…!」

 

「流石ボス…!」

 

 倒れていたペシュリアンとマルムヴィストが感嘆の声を上げる。しかし。

 

「オォォォォオオオ…!」

 

 崩れた壁や瓦礫を押しのけながら死の騎士(デスナイト)が立ち上がる。ゼロと相性が悪く、さらに全力の攻撃が出来ないとはいえモモンガのスキルにより強化された死の騎士(デスナイト)はゼロのレベルを凌駕している。

 ゼロの攻撃がいくらダメージを与える事が出来ても、そんな相手を一撃で屠りさる事など出来る筈が無い。

 

「化け物が…!」

 

 己の最強の一撃を受け、なおも立ち上がる死の騎士(デスナイト)に冷や汗をかくゼロ。まさか自分の一撃を受けて立ち上がれる者がいる等、考えた事も無かったのだ。実際それを目の当たりにした衝撃は計り知れない。

 だが現在の死の騎士(デスナイト)ではゼロを殺しきるのは難しいだろう。戦いは長引くだろうが、恐らくゼロが勝利する。しかし。

 

「そこまでだ死の騎士(デスナイト)

 

 不意に声がした。

 だがこのアジトには六腕と死の騎士(デスナイト)しかいない。先ほどまではそうだった。しかしいつの間にかこの空間に1体のアンデッドが存在していた。

 その姿を確認した瞬間、六腕の面々に緊張が走る。それは今回の事件の元凶である死者の大魔法使い(エルダーリッチ)

 たった1体で赤子の手を捻るように蒼の薔薇を撃退した怪物。ゼロとて八本指の他の長達の協力を必要とせざるを得ない程の相手。

 その身体から溢れるただならぬオーラに誰もが恐怖し震える。まるでこの空間の温度が急激に下がったかのような違和感。体が自分のものでないと錯覚する程に鈍く重い。まるで色の付いたような濃密な死の気配にアゴがガチガチとうるさいくらいに音を鳴らす。

 誰もが本能的に理解したのだ。

 今、自らの眼前にあらがえぬ死が迫っているのだと。

 

「た、助けて…」

 

 それはペシュリアンだったのか、あるいはマルムヴィスト、エドストレームなのか。誰のとも判断のつかぬ程か細く情けない声がどこからか漏れた。

 それを聞いた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が怪訝そうに口を開く。

 

「ふむ、純粋な疑問なんだが…」

 

 アゴに手を当て、心底不思議そうに。

 

「お前たちは命乞いを聞き入れた事があるのか?」

 

 

 

 

 王都を蹂躙していた1体の死の騎士(デスナイト)の前にデイバーノックがその姿を現す。

 

「不死の王に仕える偉大なる騎士よ! どうか私を王の元まで連れていってくれないか? 私の忠誠をかの御方に捧げたいのだ!」

 

 膝を付き、敬意を払って懇願するデイバーノック。

 死の騎士(デスナイト)が振り返りその姿を確認する。死の騎士(デスナイト)はデイバーノックを知っていた。入手した情報の中にいたアンデッド。

 ()()()()()()()()()()

 

「オォォオォオオオ…!」

 

 死の騎士(デスナイト)の手がデイバーノックへと伸びる。

 デイバーノックにはそれが友好の証でない事がすぐに理解できた。

 

「ま、待ってくれ…、わ、私は…! 私は…!」

 

 デイバーノックの呟きが虚しく響く。

 死の騎士(デスナイト)は何も答えない。答える必要も無い。

 

 

 至高なる御方の命令は絶対。

 死の騎士(デスナイト)はただ従うだけだ。

 

 

 




モモンガ「八本指殺すべし」
八本指「アイエエ!?」

めちゃめちゃ期間が開いてしまいました…。
いやホント休みなかったんです許して欲しい…。
このままいけば第二のヘロヘロさんを狙える可能性もワンチャン…?

とはいえ次の話はなるべく早く投稿したいと思っています。
前作からの悪い癖が再び、本当は次の話までで1話の予定だったのですが入り切らず…。
貴族の話をかなり削ったつもりでしたがまだ長かったかな…?
個人的には微妙なトコで切ってる感じなので次話急ぎたいです…!

PS
時間なさすぎてまだ新刊読んでません…
おかしいな12巻が待ち遠しくてこれを書いたはずなのに読んでる暇が…うっ…

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