弱体モモンガさん   作:のぶ八

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前回のあらすじ

各国が王国崩壊に揺らぐ!
だが肝心のモモンガさんはトブの大森林で迷子中


帝国編
異形なる者


 それは筆舌に尽くし難い程の魅惑的な日々だった。

 寿命など無く、これから悠久の時を過ごすであろうデイバーノック。そんな彼にとってたった何十日という短い時間ではあったがこれ程に掛け替えのない時間が再び訪れる事は無いのではないか、そう思わせる程に有益で得難く比肩するものが考えつかない程に至福の瞬間だった。

 

 王都から逃げる為にモモンガとデイバーノックはトブの大森林へと入った。

 もちろんデイバーノックは逃げる必要など無い事を知っている。王国にはモモンガの敵になるような存在はいないからだ。

 しかしそれと同時にデイバーノックは行動の真意を理解もしているのだ。

 なぜあえてモモンガが王都から逃げるという選択を取ったのか。邪魔者など薙ぎ払えばすむのにどうしてそれをしないのか。

 八本指とその関係者を断罪したものの、王都の惨状を見て多くの人間は恐れ逃げ惑っていた。彼等の多くはモモンガが魔導の敵を排除した事など理解できていないだろう。あのままモモンガが王都に残れば混乱は続き、現地の者達との不要な衝突も起きるだろう。

 刈り取らなくてよい命を無闇に刈り取らなければならない事態になる事を避ける為。一つでも多くの命を危険に晒さない為、つまりは失わない為。

 その為であれば自らが手間を取り、引くことも厭わないのだと。そうデイバーノックは理解している。

 

(なんと尊き御方なのか…)

 

 だがデイバーノックがそんな事を考えている時、モモンガは違う事を考えていた。

 

(こ、ここまで来れば大丈夫だよな…? 蒼の薔薇…、怖いなぁ、会いたくないなぁ…)

 

 自らを害せるであろう実力を持つ蒼の薔薇の影に怯え続け、不安を抱えながらもトブの大森林の奥へと足を踏み込む事にしたモモンガ。

 とはいえ最初の2、3日は良かった。

 当初の不安とは裏腹に見た事の無い景色、新たなる発見。そんな新鮮な体験にモモンガはウキウキを抑えきれず、いつの間にか逃亡していたことなど忘れこの時を楽しんでいた。

 だがどこまで進んでもここはずっと森。見渡す限りの木や草ばかりだ。三度の飯よりも自然が好きな人物ならそれでも問題無かっただろうがモモンガはそうではない。

 有り体に言うと代わり映えしない景色に、ちょっと飽きてきたのだ。

 人間と違い疲労も無ければ睡眠も必要ない。同じ2、3日でもアンデッドであるモモンガの体感時間はそれよりも長い。かといって蒼の薔薇から逃げる為には王国側の方へ戻る訳にもいかない。とりあえず適当に歩を進めるが道に迷っているせいもあり抜け出す事は叶わなかった。

 そうした事情に苦悩していた時、デイバーノックの一言が世界を変えた。

 

「モモンガさん、可能であればなのですが…、その、何か魔法をご教授して頂けたり、しないでしょうか…?」

 

 浅ましいとは思いつつも欲望を抑えきれずにデイバーノックはそれを口にしてしまう。どんな事でも、たとえほんのわずかでも師事して学びたいのだ。そんな己の気持ちを抑えきれなかった。

 なぜなら目の前には自分よりも遥かな高みに座す先達者がいるのだから。

 魔術の知識は決して安いものではない。それどころかそのほとんどは手に入る場所にすらない。選ばれた者だけが選ばれた知識を継承できるのだ。だからこそデイバーノックも八本指に所属し、知識を得る為だけに多くの仕事を引き受けたのだ。対価として得た知識はあまりにも少なかったが。

 要は魔法の知識とはそれだけ価値のあるものなのだ。低位のものはともかくとして、位階が高ければ下手な金銀財宝よりも貴重であり他者に軽々と教えられるものではない。だからデイバーノックの望みがここで断られたとしても当然の事なのだ。

 

「え? いいですよ」

 

「そうですよね、そんな簡単に…、えっ!? い、今なんと…?」

 

「え? だからいいですよ」

 

「えっ!?」

 

「え?」

 

 お互いに良く状況が分からないまま、そんなやり取りが何度か続いた。しばらくして落ち着きを取り戻したデイバーノックは魔法の指導を得られるのだという事を遅れながら理解した。

 途端に感動が押し寄せ、天にも昇りそうになっているデイバーノックを他所にこの瞬間モモンガは気付いてしまった。魔法を教える事はいい。そういった気持ちは何より自分が理解しているし力になりたいとも思っていたからだ。

 だがモモンガは最大の問題に直面してしまった。

 

(ま、まずい…。そもそも…、魔法ってどうやって教えるんだ…?)

 

 多くの魔法を使えるモモンガとはいえ、それらはユグドラシル時代に得たものだ。レベルアップをして、あるいはアイテムを使用して、もしくは特殊な条件を満たして。

 だがそのいずれもゲーム的な習得方法である。元を辿ればこの異世界において自分がどうやって魔法を使用しているかすら分からないのだ。ただ、自然と使えるから使える。どういうメカニズムなのか、どういった手段を取ればこの世界で新たに魔法を習得できるのか。不明な事ばかりだ。

 故に他者に魔法を習得させる理論的な方法など思いも付かない。

 

(や、やっぱりレベルが上がれば覚えるんだろうか…? でもそれなら特に悩む必要とかないよな…。むしろ現実的に考えたら、ある瞬間急に新しい知りもしない魔法が使えるようになるとも思えないし…。やはりその魔法についての知識や何かが必要なんだろうか…)

 

 真面目に考えれば考える程、魔法を教えるという事は物凄い難しい事なんじゃないかという気がしてきた。

 

(二つ返事で受けてしまったけどこれはまずいぞ…。)

 

 根本的にこの世界の人々はどういう手段で魔法を習得しているのか、それを知らない事には対処しようがない。

 

「ゴ、ゴホン。デ、デイバーノックさんは今までどうやって魔法を習得してきたんですか…? それと新しい魔法を習得した時はどういう感じで…? あ、いやあくまで参考にですよ? 今後、教える参考としてね?」

 

 薄っぺらな何かを守る為、必死に取り繕うモモンガ。後になってなんで正直に言わなかったんだろうと後悔する事になるのだが。

 

「そうですね…。例えば《ファイヤーボール/火球》等は己の存在を認識した時から使用できました」

 

「ほう! つまり特に知識が無くても魔法が使えるという事ですか?」

 

「いえ、知識はありました。《ファイヤーボール/火球》という術式がどう組まれているのか。構成する要素。詠唱する際の魔力の流れ。どうすれば効率よく魔力を炎に還元できるのか。魔力の消費量、自分の出力の限界値。更に…」

 

「あ、もういいです」

 

 これ以上聞くとドツボに嵌まりそうなのでやめておく。とりあえず習得する魔法については色々とメカニズムについて知っていなければならないと判断するべきだろう。

 

(やばい…。よく分からないけど魔法の仕組みを理解していないとダメっぽいぞ…。え!? 何それ!? そんなの何にもわかんないけど!?)

 

 頭を抱え地面に突っ伏したくなる気持ちを抑え平静を保つモモンガ。

 

「モ、モモンガさん! どんな魔法でも良いのです! 一度説明して頂ければどんな術式でも頭に入れる自信はあります! 実践や反復練習などは自分でやりますのでどうか知識のご教授を!」

 

「……」

 

 モモンガの頭が真っ白になる。必死に考える。何かこの場を打開する手段は無いのかと。知識として教えられる事など彼にはほとんどないのだ。

 ふとデイバーノックに背を向け、静かに語り出すモモンガ。

 

「デイバーノックさん」

 

「はいっ!」

 

「貴方は確か魔術の深淵へ至りたいとか何とか言っていましたよね…? それはつまりあらゆる魔法を知りたいということでしょうか…?」

 

「そ、その通りです! 私もモモンガさんのように…!」

 

「なるほど。しかしその道は険しく遠いですよ? 私だって使えない魔法は星の数ほどあるのですから」

 

「な、なんと…。そ、それほど魔術の深淵とは遠いものなのですか…!? し、しかし覚悟は出来ています! どれだけ厳しく険しい道であろうと…!」

 

「感心しませんね…」

 

「っ!?」

 

「あらゆる魔法を習得したいという欲求。それは良い事だと思います。俺も習得できるならしてみたいですし。でもですね、世界には未だ誰も辿り着いた事のない魔法や、知りもしない魔法があるのではないですか?」

 

「お、仰る通りだと思います!」

 

「俺が知ってる魔法をデイバーノックさんに教えるのは簡単です。でもそれでいいのでしょうか? 例えば子供の教育であってもただ答えを教えれば良いという訳ではありません。どうやって解答に行き着くか、どうやって答えを導き出すのか。そういった方法や手段こそを教えるべきだと思いませんか? ただ答えだけを知っていてもそれでは意味を成しません。自らの頭で考え、昇華できる力こそが最も大事な事なのではないでしょうか?」

 

 頭を鈍器で叩かれたような衝撃を覚えるデイバーノック。

 

「た、確かに…! これから魔導を進み未知を既知としていく者として、謎を解き明かす探求心やそこへ至る手段こそが最も重要視すべき事だということですね…!」

 

「!? そ、そうです。俺はデイバーノックさんにはただ答えを教えられて知った気になって欲しくないんです。それでは新たな状況に置かれた場合、打開できないかもしれないですからね。自らの力でたどり着き、掴みとって欲しい。誰かのコピーではなく、唯一無二の存在になって欲しい。そう願っているんです…」

 

「お、おぉ…! ま、まさか私の事をそこまで…!?」

 

 自分の事を親身に考えていてくれたモモンガに対して感動を覚えるデイバーノック。

 それと同時にただ知識を貪ろうとしていただけの自分を戒める。誰も到達していない場所へ昇る為には、自らの力で答えを導き出す力を養わなければならないのだと。

 

「とはいえ何もしないって訳じゃないですよ。いくつか魔法を見せましょう。そこに何を見出し、何を掴み取るかはデイバーノックさん次第ですから」

 

「は、はいっ! あ、ありがとうございますモモンガさ―ん!」

 

「いいんですよ、さぁ始めましょうか」

 

 この時モモンガは心の中でかつての仲間に感謝を告げていた。

 

(やまいこさんありがとう! やまいこさんの教育論?が役に立ったよ! 半分適当だけどなんか納得してくれたし!)

 

 かつての仲間と冒険していた時に聞いた、教育者として教え子に何を教えるべきなのかみたいな話を必死に思い出してそれっぽく言ったモモンガ。すぐに答えを教えるのではなく、自らに考えさせ思考力を育む事こそ大事とか言ってた気がする。現実はそう上手くいかなかったらしいが。

 それにもしここにやまいこがいたらモモンガのエセ教育に対して女教師怒りの鉄拳が飛んで来ただろう。

 なにはともあれこうしてモモンガの適当レッスンが始まった。

 

 

 

 

 モモンガ達がトブの大森林から長時間出られなかった理由は迷っていたという理由だけではない。デイバーノックに魔法を教えたり、スキルで召喚したアンデッドと模擬試合をさせたりしていたからだ。

 その合間合間でモモンガがこの世界の事を色々とデイバーノックに尋ねたりもしていたことも関係あるかもしれない。

 

 モモンガのレッスンだが、幸いにもデイバーノックには才能があった為モモンガの適当な教えからでも十分に答えを導き出す事が出来た。同じアンデッドであり、種族的にもほぼ同じという事も良かったのかもしれない。性質的に近いモモンガの影響を良い意味で受ける事が出来たデイバーノック。

 渇いたスポンジのように吸収し、新たな魔法を次々と習得していった。もちろん己のレベルを無視して新たなる位階魔法へはたどり着けないのでその多くは第三位階までのものだ。

 しかし訓練を続ける中でデイバーノックはすぐに第四位階へと到達した。元々時間の問題であったのだろう。そこへ至るだけの下地は十分にあった。少しのきっかけと知識だけが彼に必要な物だったのだ。

 そうして数日さらに訓練を繰り返した後、自身のレベルが上がった為もあるだろうがついにデイバーノックは第五位階へと到達した。

 だが最初に習得した第五位階の魔法はモモンガすら知らぬものだった。

 デイバーノックが己の贖罪と渇望の元に、己の力で導き出した答え。

 彼だけのオリジナル魔法。

 どこにも存在しなかった唯一無二の魔法を手に入れたと理解した瞬間デイバーノックは心から歓喜した。そして悟るのだ。これこそが目の前の御方の言わんとしていた事だったのだと。

 

(全く同一の者など存在しえない…。魔法の礎となる為には…、深遠へと至る為には皆がそれぞれ異なる何かを持ち寄る事こそが必須…。しかし、やはりというべきか。だからこそ命は掛け替えのないものなのだ。たとえどれだけ弱く矮小であろうとも、唯一無二の者達を無碍に扱うべきではない。改めてそれを認識した。どんな者達にも無限の可能性が秘められているのだから…)

 

 モモンガの教えが再びデイバーノックの脳裏に蘇る。

 そしてこれから自分の為すべき事を心に刻みつけるのだ。

 罪を雪ぎ、知識をもって、魔法の下に、世界に調和をもたらす。

 きっとその先にこそ深遠が待っているのだ。

 王都崩壊のあの日、デイバーノックはその真理に気付かされた。

 そして今日、デイバーノックは己の真の使命を知ったのだ。

 それこそが贖罪であり、救済なのだと。

 

「ありがとうございます、モモンガさん…! これが貴方の仰りたかった事なのですね…!」

 

「え、あ、うん。そ、そうです。き、気付いてくれたなら良かったです」

 

「はいっ!」

 

 そうして新たなる境地に目覚めたデイバーノック。

 これは彼等が、助けを求める一人の少女に出会う前日の出来事である。

 

 

 

 

 目の前へと傷だらけの少女が走り寄りデイバーノックに助けを求める。それに対してデイバーノックがどういう行動に出るかなどもはや語るまでも無い。

 熱を帯びた視線をモモンガへと向け口を開く。

 

「モモンガさん、私は彼等を助けたい…! ここで無為にその命を散らせたくない…!」

 

「デイバーノックさん…」

 

「どうか勝手な真似をお許し下さい…! ですがこれこそが私の贖罪に…」

 

「皆まで言わなくていいですって。困っている人を助けるのは当たり前ですからね。もちろん俺も付いていきますよ」

 

「モ、モモンガさん…! ありがとうございます!」

 

 そうしてデイバーノックは少女に案内を促し駆けていく。この時その姿を見てモモンガは少しテンションが上がっていた。

 

(熱い…! 熱いよデイバーノックさん…! こんなに正義感に溢れた人だったなんて…! もっと心の弱い人だと思ってたのに内側にこんな熱意を秘めていたなんて…! すごい、俺も見習わないと…!)

 

 かつての友を思い起こすような姿にモモンガは素直に感動を覚えていた。

 そうして清々しい気持ちのまま、軽やかな足取りでモモンガはデイバーノックの後を追うのであった。

 

 

 

 

 モモンガとデイバーノックを引き連れ、アルシェは走ってきた道を戻っていく。必死に来た道を思い返そうとするが無我夢中で逃げていた為、正確に覚えてはいない。しかしながら勘に頼りながらなんとか走って来た方向へと引き返していく。

 しかし少し歩いた所でアルシェを追ってきたであろうオーガやゴブリンの姿が視界に入る。

 

「女、イタ!」

 

 すぐにゴブリンがアルシェに気付き声を上げて襲い掛かってくる。

 

「くっ…!」

 

 アルシェも咄嗟に杖を振りかざし応戦しようとするが。

 

「待ちなさい。ここは私に」

 

 そう言ってデイバーノックが前に出る。

 

「ナンダ? 仮面? オ前モ冒険者カ!?」

 

「殺セ! 侵入者ハ全員殺セ!」

 

 デイバーノックを見てゴブリンやオーガが騒ぎ始める。

 しかしそれとは裏腹に冷静な声でデイバーノックが語り掛ける。

 

「この少女から話は聞いた。どうやらお前達は森周辺の村々を襲っていたようだな。森の中だけでは満足できなかったのか? それとも食べ物が足りなくなったのか? それならば…」

 

「黙レ! 人間ハ殺ス!」

 

 一匹のオーガが手に持っているこん棒でデイバーノックへと殴りかかる。

 

「やれやれ。話は最後まで聞くべきだ。《ファイヤーボール/火球》」

 

 デイバーノックの杖の先から巨大な炎の塊が迸りオーガへと襲い掛かる。

 

「ギャアアアァァ!!」

 

 あっという間に全身を焼かれ痛みにのたうち回るオーガ。周囲にいたオーガやゴブリン達がその様子を見てたじろぐ。

 

「コ、コイツ普通ノ人間ジャナイ!」

 

「強イゾ!」

 

 だが周囲の声には反応せず、全身が焼かれたオーガへとデイバーノックは語り掛ける。

 

「弱めに撃った。死にはしないはずだ。さて、まだ私の質問に答えてくれていなかったな。どうしてお前達は…」

 

 話している最中のデイバーノックの背後へと一匹のゴブリンが静かに忍び寄る。器用に音も立てずに近づくと手に持った武器を振りかぶる、が。

 

「《ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動》」

 

 一瞬にして姿を消すデイバーノック。それにより死角から振りかぶったゴブリンの武器は虚しく空を切る。

 

「ナッ!? ドコイッタ!?」

 

「ここにいるよ」

 

 いつの間にか襲ってきたゴブリンの背後に立っているデイバーノック。ゴブリンはそれに気づくと同時に振り返り、武器を全力で振るう。

 

「すぐに手が出るのはお前達の悪い癖だ」

 

 だがその一撃もデイバーノックは容易く避ける。手に持っている杖を返す勢いでゴブリンの肘へと強く叩きつける。

 

「ギャッ!」

 

 関節の可動域の反対側から殴られた事によりゴブリンの肘は容易く砕ける。咄嗟の激痛にプラプラと揺れる腕を抑えるゴブリン。

 

「これで少しは話を聞いてくれる気になったかな? どうしてお前達は…、あ」

 

 再び話を始めようとしたデイバーノックを気にも留めずにオーガとゴブリン達が背を向け逃げ始める。

 

「逃ゲロ! 仲間ヲ呼ベ!」

 

「頭ニ知ラセルンダ!」

 

 あっという間に姿が見えなくなるオーガとゴブリン達。呆気に取られていたデイバーノックだがすぐに失態に気付く。

 

「し、しまった…。捕まえて案内をさせるべきだった…。まさか話も聞かずに逃げ出すとは…」

 

 微妙に落ち込んでるデイバーノックへとアルシェから声がかかる。

 

「す、凄いです! わ、私も第三位階の魔法は習得していますがここまで上手く使いこなせる自信は…! しかもあれで全力でないなんて…!」

 

「いや私など…。私よりもモモンガさんのほうが遥かに…」

 

「ふ、二人とも、今は先を急ぎませんか? 怪我人がいるならば無駄話をしている暇もないでしょうし」

 

「た、確かに! も、申し訳ありませんモモンガさん!」

 

「そ、そうですね。ごめんなさい…!」

 

 モモンガの厳しい言葉にアルシェもデイバーノックもしゅんと頭を下げる。しかしモモンガはというと別に正義感とかではなく単純に魔法の話を振られるのが嫌だったからだ。

 

(この少女も魔法詠唱者(マジックキャスター)みたいだし、考えすぎかもしれないけどもし魔法の事を聞かれたら答えられる自信無いしなぁ…。なんかわかんないけどデイバーノックさんに懐いてるみたいだしその辺はデイバーノックさんに任せてしまおう)

 

 等と浅ましい事を考えていよう等とは二人が知る由も無い。

 

 そんな掛け合いの後、オーガやゴブリン達が逃げていった方へと三人は駆けていく。しばらくして彼等は難なく捕らわれたワーカー達を発見した。

 

 

 

 

 チーム・フォーサイトのリーダーであるヘッケランはボコボコに膨れ上がり視界の狭くなった顔を横へと傾ける。

 そこには仲間であるロバーデイクとイミーナの姿があった。二人ともヘッケラン同様見るに堪えない大怪我をしているが死んではいない。とはいえそうなるのも時間の問題であろう。

 

「ナンダ? 目ガ覚メタカ? ダガ安心シロ、アジトニ着クマデ、オ前達ハ喰ワズニオイテヤル」

 

 オーガに足を掴まれ引き摺られている三人。周囲には自分達同様オーガやゴブリンに捕まっている者達が多数いるがその多くはすでに死んでいる。

 中にはすでに体が原形を留めていない者もいる。手足は引き千切られ、周囲のオーガやゴブリン達が美味そうに口へと運んでいるからだ。

 

「……っ!」

 

 吐き気を催す惨状だが今のヘッケランにはどうにも出来ない。満身創痍で武器も手元には無い。

 何より、このオーガやゴブリンはともかくとしてフォーサイトを襲ったのは妖巨人(トロール)の群れ。そして彼等を統率しているであろうリーダーの妖巨人(トロール)が信じられない程に強かった。

 傷を負わせても妖巨人(トロール)特有の再生能力であっという間に回復してしまう。そんな相手にフォーサイトは為す術も無かった。きっと周囲にいるワーカー達も同様にやられたのであろう。

 ここで死ぬという悔しさがヘッケランの脳裏を掠め、悔しい思いが溢れ出るがもうどうにもならない。ここから助かる等という奇跡など起きようはずもないのだから。

 今はただ仲間の一人であるアルシェが無事に逃げ切っている事を祈るだけだ。

 しかし。

 

「……! あ、な、なんで…!」

 

 地を引き摺られている為、視界は反転しているがそれでも見間違える筈はない。

 ヘッケランの視界の先には逃げた筈の仲間の姿が見えた。もしかして彼女も捕まったのだろうかと考えるが周囲にオーガやゴブリンの姿は無く捕らわれているようにも見えない。ならば導き出せる答えは一つ。愚かにも自分達を助けに来たのだとヘッケランは理解する。

 

「皆! 助けに来たよ!」

 

 ヘッケランの疑問に答えるようにアルシェの高い声が周囲に響く。フォーサイトの面々はもちろん、オーガやゴブリン達もすぐに声のした方へと顔を向ける。

 

「ば、ばかやろう…! せ、せっかく…」

 

 だがヘッケランの叫びは誰の耳にも入る事は無かった。

 なぜなら次の瞬間、辺りを魔法の弾幕が覆ったからだ。

 炎や雷、閃光のような何か。その他諸々が突如としてオーガやゴブリン達へと襲いかかった。

 視界を覆う程の魔法の数々に何がなんだかわからず瞠目するフォーサイトの面々。その一部はアルシェの魔法であり、見覚えのあるものだったがそうではないものも沢山あった。

 気付けばフォーサイトを含めワーカー達を捕まえていたオーガやゴブリン達は地に伏していた。

 

「な、なにが…」

 

 ヘッケランの疑問が解けない内にアルシェが三人へと駆け寄る。

 

「皆!」

 

「嘘…、アルシェ…、アルシェなの…? この、馬鹿…!」

 

 イミーナが弱々しくアルシェへと語り掛ける。それはアルシェの無事を喜ぶのが半分、自分達を助ける為に危険を冒した事への怒りが半分といった声だった。

 

「違うの…! ちゃんと助けを呼んできたんだよ…! 凄く強い人なの…!」

 

 アルシェの言葉でようやくその後ろにいる人影に気付く。だが今はそれどころではない。イミーナはすぐにロバーデイクの事を伝える。

 

「わ、私とヘッケランはまだいいの…。で、でもロバーデイクが…!」

 

 その声を受けロバーデイクを見やる。遠くからでは気付かなかったがその姿に息を呑むアルシェ。

 ロバーデイクの鎧は砕け、腹部の肉が飛散し内臓が見えていた。アルシェはあまりの状態に絶句せざるを得ない。回復魔法であろうともう助からない傷。今現在生きている事が不思議な程の怪我である。

 

「あ、あぁ…アルシェ…ですか…。ぶ、無事だったみたいですね…、さ、最期に会えて…良かった…」

 

「嫌! 嫌だよロバー! お願い目を開けて! 死んじゃダメだよ!」

 

 だがアルシェの言葉も虚しくロバーの身体から力が抜けていく。

 ロバーデイクが死ぬであろうその間際、どこからかその身体に赤い液体が垂らされた。

 

「えっ…」

 

 アルシェが見上げるとそこにいたのはモモンガ。

 

「これで多分大丈夫だと思います。さぁ他の方もどうぞ」

 

 この場において呑気とも言えるモモンガの声。懐から出したポーションを次はヘッケランとイミーナにも振り掛けていく。

 

「……!? な、何が…!」

 

「そ、そんな…! 信じられない…!」

 

 体を動かせない程に重症だったヘッケランとイミーナの傷が嘘のように消えていく。それに驚きつつも二人は瀕死であったロバーデイクを見てさらに驚愕する。

 

「嘘…! こんなことって…!」

 

「マジかよ…! ロバー!」

 

「ヘッケラン、イミーナ…! 私は…! な、なぜ…!」

 

 飛散した腹部など嘘だったかのように綺麗な腹部がそこにはあった。顔色も元に戻っており、大怪我をしていたなどとはとても信じられない状態だった。

 

「す、凄い…! こ、こんなポーション聞いた事ない…! お、お二人とも何から何まで本当にありがとうございます!」

 

 仲間を助けられたアルシェがモモンガとデイバーノックに深々と頭を下げる。

 

「いいんですって。あ、もうそんな頭下げないで下さいよ、ねぇデイバーノックさんからも言ってあげて下さい」

 

「はい。困っている方々を助けるのは当然です。それを気にする必要などありません」

 

 当たり前のように言うモモンガとデイバーノックに誰もが感動を隠せない。

 英雄の域であろう魔法の数々。さらには値段の付けようがないのではないかという強力なポーションを惜しげも無く使いながら恩を着せる様子すらないのだ。

 だが少しして冷静になったヘッケランが慌てたように口を開く。

 

「そ、そうだ! あの妖巨人(トロール)達が帰ってこない内に逃げないと…!」

 

妖巨人(トロール)?」

 

「そ、そうです! この森には妖巨人(トロール)の群れがいたんです! 特にそのリーダーであろう妖巨人(トロール)が恐ろしい程に強いのです…! きっとあれが噂されていた東の巨人に間違いない…! すぐに逃げましょう! あいつが来たらまずいです! ここにいるワーカー達も皆あいつにやられたんです! きっと今は他のワーカー達を襲いに行ってるんだと思います…!」

 

 ヘッケランの訴えにイミーナもロバーデイクも同意するように激しく首を動かしている。

 

妖巨人(トロール)か…。そんなに強い種族では無いと思うけど…。もしかして上位種か何かか? でも現地の人たち弱すぎるからなぁ…。そう考えると並の妖巨人(トロール)と考えるべきか…)

 

 とモモンガが黙考しているとデイバーノックが声をかける。

 

「モモンガさん。ここは私に任せてもらえませんか?」

 

「えっ?」

 

「どうやら話によるとまだ他に襲われている人々がいる様子…。このまま捨て置く事は出来ないでしょう。とはいえまだ他に怪我人もいますし彼等も無事に逃がさなければいけません。モモンガさんにお願いするのは心苦しいのですが彼等を安全な所まで逃がして頂けませんか? その妖巨人(トロール)達は私が対処しますので」

 

「いやいやいや。彼等を安全な所まで逃がすのはいいですけどデイバーノックさん一人じゃ危険ですよ」

 

「そうかもしれません。ですが他の襲われている方を助けるのも、ここにいる彼等を安全な場所まで逃がすのも同様に大切な事です。順番にやっていてはどちらかが手遅れになってしまうかもしれません」

 

「じゃ、じゃあ俺が妖巨人(トロール)の方に行きますよ。その方が…」

 

「確かにその方が良いかもしれません。しかし彼等を確実に守る為にはモモンガさんに同行してもらった方がいいと思うのです。仮に私では彼等を逃がしている途中に妖巨人(トロール)の群れが襲ってきたら全員を守り切れる自信はありません」

 

「で、でも、うーん…」

 

「お願いします。何かあれば私がそこまでだったという事でしょう。何より、可能であればこの手で多くの者達を助けたいのです。私もかつて道を踏み外しました。そんな私だからこそ困っている方達に手を差し伸べるべきであると考えます。苦難は承知の上です。私の贖罪の為にもどうか…」

 

「う、うーん、うーん…」

 

 段々デイバーノックの勢いに反論できなくなっていくモモンガ。危険だからと止めたい気持ちはあるのだが否定するための明確な理由が見つからないのだ。

 最終的にやけっぱちな気持ちでモモンガが声を張り上げる。

 

「わ、分かりましたよ! その代わり約束して下さい! 危なくなったらすぐにメッセージの魔法を送ると! 必ずですよ!? 下らない見栄とか張ってたら許しませんからね!」

 

「はい、わかりました」

 

「ホントにもう! 今回だけですからね!?」

 

「ありがとうございますモモンガさん」

 

 そう言ってデイバーノックが倒れているオーガやゴブリンを杖でつつく。どうやらどれも辛うじて死んでいないようだがその顔は恐怖に染まっていた。そんな彼等を無理やり叩き起こし先導させ、デイバーノックは森の奥へと消えていく。

 

「あ、あの…、モモンガさんと仰るんですよね? その、いいのですか? 先ほどのオーガ達も瀕死とはいえ仲間と合流したら牙を剥くのでは…」

 

 不安気な様子でモモンガに語り掛けるアルシェ。

 

「そうかもしれませんね…」

 

「だ、だとしたらマズイのでは!?」

 

「まぁオーガとゴブリン程度なら大丈夫でしょう」

 

「し、しかし妖巨人(トロール)の群れだけでも危ないというのに…!」

 

「まぁ俺達は自分達の事を考えましょうか。とりあえず息のある人を探して下さい。助けられる人は助けたいですしね。それから森の外へと逃げましょう」

 

「で、ですが…」

 

「心配なのは分かりますけど今はデイバーノックさんを信じましょう。それに本当に危なそうだったら俺が行きますから」

 

「は、はぁ…」

 

 その言葉に疑問を覚えるアルシェ。装備からモモンガが戦士でないのは明白。その姿から魔法詠唱者(マジックキャスター)のようにも思えたが魔力を持っていないのでそれも違うだろう。

 恐らくデイバーノックの従者か何かなのだろうとアルシェは判断しているのでモモンガの言葉の意味が良く分からない。

 

(あれ…、でもそういえばさっきヘッケラン達を助ける時に一緒に魔法を撃ってたような…? いや魔力が無いんだからそんなはずないか…。きっとスクロールか何かを使ったんだろう。なるほど、何か強力なマジックアイテムでも持っているのかもしれない…)

 

 モモンガの余裕そうな雰囲気にそう納得するアルシェ。

 そうしてモモンガと共にフォーサイトは他のワーカー達を助けつつ、森の外へと向かう。

 

 

 

 

 ゴブリンとオーガに案内をさせた先でデイバーノックは大地に裂けたような大きな亀裂を発見した。

 案内させていた者達がここだと暗に示す。

 その亀裂へと近づき覗き込むデイバーノック。中は傾斜は浅く、奥まで広がっており天井は高い。かなりの広さを持つであろうこの洞窟ならば体の大きいオーガや妖巨人(トロール)も不自由なく生活できるだろうなと判断する。

 しかし奥から漂ってくる臭気を感じるデイバーノック。人間のように吐き気を催したり、激しい嫌悪感等は無いが匂いを感じる事は出来る。

 罠や何かかと考えを巡らすが、単純に清潔でない為に悪臭が発生しているだけなのだろうと判断する。

 そんな事を考えながらデイバーノックは洞窟の中の傾斜を降りていく。

 傾斜を降りきった先には二匹のオーガが何かを引き裂き口へと運んでいる。近寄るとそれがワーカーの死体であると判別できた。

 

「……。そこのオーガ、聞きたい事がある」

 

 デイバーノックの言葉に反応し二匹のオーガが顔を上げ、デイバーノックの姿を目にすると咆哮を上げた。

 洞窟の反響が凄まじく正確な位置は掴めないが内部から同様の咆哮が帰ってきた。恐らく中の仲間への知らせと、聞こえたという合図なのだろう。

 

「スケルトン! スケルトン! テキ!」

 

 咆哮を上げたオーガが持っていたこん棒をデイバーノックへと叩きつける。しかしデイバーノックはそれを冷静に避ける。

 

「私は対話を望んでいる。もしそれに答えられないというなら…」

 

 そう言ってデイバーノックが杖をオーガへと突きつける。次第に魔力が集まり、杖の先に炎の塊が出現する。

 

「ヒッ…! オ、オマエ、スケルトンチガウ…!」

 

「まさかスケルトン呼ばわりされるとは思っていなかったな。まあいい。お前達のボスに会いに来た。呼んできてくれないか?」

 

 二匹のオーガが顔を見合わせる。そして困ったように口を開いた。

 

「ボス、マダ帰ッテキテナイ…。侵入者狩ッタラ帰ッテクル…」

 

「ふむ、そうか…。アジトに来るより森の中を探した方が良かったか…。とはいえ入れ違いになっても困るな…。少しここで待たせてもらおう」

 

 困惑するオーガを押しやり内部へと侵入するデイバーノック。しかしその瞬間、後ろから声がかかる。

 

「何をしにきたスケルトン!」

 

 洞窟の入り口には複数の巨大な影があった。

 それらは妖巨人(トロール)。身長は二メートル後半。オーガを超える力を持ち驚くほど強い再生能力を持つ。それらが六体いた。

 だがデイバーノックが注目したのは声を発した先頭に立つ妖巨人(トロール)

 他の妖巨人(トロール)よりも武装が良く、体格面で優れている事もそうだが、王者としての自信がその気配にはっきりと表れている。

 間違いなくこれが妖巨人(トロール)のリーダーであり、このトブの大森林で東の巨人と恐れられた存在だとデイバーノックは判断した。

 

「ここへ侵入してただで帰れると思うな!」

 

 東の巨人の怒りに満ちた叫び。だがデイバーノックは少しも動じない。

 

「まず一つ言っておきたい。私はスケルトンでは無い」

 

「スケルトンではないから何だというのか! 東の地を統べるグに名乗る事を許してやる!」

 

「ふむ、グか。私はデイバーノックだ」

 

 デイバーノックが名乗った瞬間、洞窟全体に笑い声が響いた。

 

「ふぁふぁふぁ! 臆病者とまでは言わぬが弱き者の名だ! 俺のような力強き者の名ではない! 情けない名前だな!」

 

 その言葉に反応して、他の妖巨人(トロール)達や中にいたであろうオーガ達の笑い声が上がる。

 

「それで弱き者は何をしに来た! 食われたくて来たのか! 骨をバリバリと噛み砕くのも美味いからな! 頭から食ってやるぞ!」

 

「私はお前達と交渉しに来たんだ」

 

「交渉? 頼み事か? 命乞いなら聞かんぞ!」

 

「そうじゃない。お前達が森の近くの村を襲っていると聞いた。なぜだ? 森の中だけでは食料が不足しているのか?」

 

「ふぁふぁふぁ! 別に食い物に困ってるわけじゃない! なぜか少し前に森の近くを警備していた邪魔者がいなくなったからな! おかげで自由に森の外で狩りが出来る!」

 

「なるほど…。しかし森の外に手を出せばお前達も無事では済まんぞ。今回森に入ってきた者達は村を襲ったお前達を討伐する為に派遣された者達だ」

 

「ふん! それがどうした! 弱い者は狩られて当然だ! むしろ俺達からすれば餌が増えて万々歳よ! 襲いに行かなくても向こうから来てくれるのだからな!」

 

「愚かだな。彼らが帰らなければ次は軍が出てくる可能性があるぞ。いくらお前達が強かろうと軍が出て来てはどうにもなるまい」

 

「軍だと? 臆病者共がいくら集まったところでこのグの敵ではないわ!」

 

「やれやれ…。話が進まないな…。まあいい。私がお前達に求めるのは、今後森の近くの村を襲わない事と、現在捕えている人間で生きている者がいるなら全て引き渡して欲しいという事だ」

 

 再び洞窟全体に笑い声が響いた。

 

「ふぁふぁふぁ! なぜそんな事を聞き入れなければならんのだ! 良い餌場があれば狩りに行くのは当然! それにせっかく手に入れた戦利品をなぜ手放さなければならん!?」

 

「君の身を守る為だ」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけだが洞窟に静寂が訪れた。

 しかしすぐにグの叫びが静寂をかき消す。

 

「守る!? 守るだと!? このグを!? 意味がわからん! グは何も恐れない! グは何よりも強い! なによりなぜそんな事をお前に言われなければならん!」

 

「命は何よりも尊い。私はそれを無駄に散らせたくない。人間だけでなく君たちも同様だ。全ての命は魔法の下に平等なのだから」

 

 淡々とデイバーノックは言葉を発するが、その言葉が、その態度が、全てがグの神経を逆なでする。

 圧倒的強者であるグの前では何者も頭を垂れる。

 グは今まで数々の強者をねじ伏せてきた。弱者はグを恐れ、戦う事なく慈悲を請うた。

 それがグの生きてきた世界だ。

 この森でグと覇権を争う強者が二体いるがそれすらも正面から戦えば負けるつもりはない。

 誰もグには敵わない。

 そんなグを前に飄々とした態度を取る者は今までいなかった。それが信じられなく、また許容できなかった。

 

「不快だ! お前は弱いだけでなく愚か者だったか! 話を聞く価値すら無かった! このグを前にしてそんな態度を取った事を後悔させてやる!」

 

 怒りに支配されたグがデイバーノック目掛けて突進する。

 

「どうして理解してくれないのだ…。理解し、反省すれば贖罪への道も開けるというのに…。かつて私も無為に命を刈り取ってしまった事があった…。君は私と同じだ。知らなかっただけなのだ。今ならまだ間に合う。もうこれ以上、罪を重ねないでくれ…」

 

「ぬぅん!」

 

 デイバーノック目掛けて大上段から剣が振り下ろされた。グの持つ3メートルはあろうかという巨大なグレートソードだ。

 だがそこにデイバーノックはいない。いつの間にかグの背後にデイバーノックは移動しており、グの一撃は空を斬り大地を割った。

 

「弱肉強食の世界で生きてきた者ゆえ仕方ない事か…。力を示せば君も私の言葉に耳を傾けてくれるか?」

 

 そう口にしてデイバーノックはグへ杖を向ける。

 

「《ツインマジック/魔法二重化》《ファイヤーボール/火球》」

 

 一度に二つの大火球がグを襲う。

 その威力は先ほどオーガやゴブリンに放ったものの比ではない。全てを焼き尽くすような業火。並のオーガならば一撃で消し炭になるであろう一撃だ。それが二発。

 

「があぁぁぁあああ!!!」

 

 響き渡るグの絶叫。体を焦がし蝕む火。

 妖巨人(トロール)は強い再生力を持つが炎や酸による攻撃は例外だ。焼け爛れた肉体は簡単には治らない。

 

「ほう、素晴らしい耐久力だ…! 以前よりも強力になった私の一撃を受けてまだ生きているとは…! まさにトブの大森林に君臨する王に相応しい強さ…!」

 

 素直にグの力に感動するデイバーノック。

 その一撃は大地を割り、デイバーノックの本気の魔法の一撃にすら耐える。

 失うには惜しい逸材。

 

「き、貴様ぁぁあああ!!」

 

「やはり私は君を助けたい。すでに多くの人間を手にかけてしまったかもしれないが反省すれば許されるのだ。これからは共に多くの命を救うと誓ってくれ。そうすれば私が君の命を至高の御方に嘆願しよう」

 

「なんだ…? 何を言っている…! グを、このグを助ける…? 馬鹿な…、そんな馬鹿な事があるかぁ!」

 

 強者として生きてきたグはデイバーノックの言葉の意味が理解できず、また受け入れる事が出来なかった。頭を垂れるのはいつだってグ以外の誰かだった。グが頭を垂れる事などあってはならないのだ。

 

「死ね! 死ね! 死ね! 一撃さえ…、この一撃さえ当たれば貴様など…!」

 

 グが恐るべき膂力でグレートソードを無茶苦茶に振り回す。

 それは壁を削り、地面を抉った。時としてそれは仲間の妖巨人(トロール)の身さえ傷つけた。

 だが冷静なデイバーノックはグから十分に距離を取り、その凶刃に触れないように立ち回る。射程外から魔法を放てるデイバーノックにグは一方的にやられるしかない。

 

「この卑怯者がぁ! 遠くからチクチクと…! 魔法など使う者は全て卑怯者だ! 正々堂々と戦う事が出来ない臆病者だぁぁ!」

 

「見解の相違だな。魔法も力だよ。少なくとも私はそう思う」

 

「黙れスケルトンがぁぁ!」

 

 憤怒の形相を浮かべるグ。

 そのまま何度も何度もデイバーノックへと攻撃を仕掛けるがいずれも届かない。あと一歩の所まで間合いを詰める事に成功してもデイバーノックは《ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動》で十分に距離を取れるのだ。

 グの一撃がデイバーノックに届くことは決してない。

 

「そろそろ理解してくれたか? 君より私の方が強い。だから私の言葉に耳を傾けて…」

 

「認めん! 認めない! 当たりさえ、当たりさえすればグが勝つ! 本当に強いのはグの方だ!」

 

 自分の中の価値観で自分の強さを必死に肯定するグ。

 だが実際にグの一撃が当たれば戦況はひっくり返るだろう。それは間違っていない。だがその距離を詰める、あるいは相手を捕まえるという事も含めて強さというのだ。

 単独でこの状況を覆せないのならば、デイバーノックの方が強者であると言うべきだろう。

 きっとグも本能では理解しているのだ。

 だがグの感情がそれを認めない。認めるわけにはいかないのだ。

 なんとしても。

 

「お、お前たち! こいつを捕まえろ! この卑怯者の動きを止めるんだ!」

 

 グが手下達に命令を出す。

 命令を受けた手下達が慌ててデイバーノックへと襲い掛かる。

 広いとはいえ、洞窟の中という空間の中で多数と対峙すればいくらデイバーノックとて逃げ切る事は出来ないだろう。このまま戦えばデイバーノックの敗北は必至。

 

「まさか部下を使うとは…。王が聞いて呆れる…、あまり私をガッカリさせないで欲しい…」

 

「黙れこの卑怯者が! さっきまでの威勢はどうした!? 恐ろしくなったのか! 手下を持つグにとって手下は力だ! 貴様が魔法を使うならば、グとて手下を使う!」

 

「なるほど…。あながち間違いではないか…。確かにそれも力だ。認めるよ」

 

 襲いかかる多数のゴブリンやオーガ、そして妖巨人(トロール)

 もはやデイバーノックに逃げ道は無い。

 全てを諦めたかのように項垂れるデイバーノック。だが再び顔を上げて叫ぶ。

 

「最後にもう一度問おう! 今後無益な殺生はしないと誓ってくれ! そうすれば私が君たちの安全を保障する!」 

 

 高らかに宣言するデイバーノックだがそれは誰が見ても負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 

「ふぁふぁふぁ! 命乞いをするならもっとマシな命乞いをしろ!」 

 

 けしかけた手下の奥でグが高らかに笑う。

 しかしデイバーノックの言葉はまだ終わらない。

 

「グの配下である君達にも問おう! 無益な殺生をしないと誓うなら命は保証する! どうか私の言葉を聞き入れてくれ!」

 

 だがそんなデイバーノックの悲痛な叫びなど聞き入れられる筈が無い。誰もが笑ってデイバーノックに襲いかかる。デイバーノックがここへ案内をさせたゴブリンやオーガも仕返しだとばかりに襲いかかっている。

 

「そうか…。それが君たちの選択か…」

 

 ここがデイバーノックの限界だった。

 ここがデイバーノックが譲れる最後の瞬間だったのだ。

 グはもちろん、その手下達を誰も助けられない事にデイバーノックは心から嘆いた。

 そして理解するのだ。

 彼等は絶対に説得に応じないのだと。

 死を目前にすれば応じるかもしれないがそれでは意味が無い。

 故に、ここでグとその一派を説得する事は不可能。

 真の意味で悔い改めなければ未来は無いのだ。

 

「悲しい…、私は今とてつもなく悲しい…。きっと君たちにも夢があった筈だ…。焦がれた思いが、手にしたい望みが…。あぁ、でもそれはもう叶わない。君たちは深遠へ至る道から外れてしまった…。悲しい、本当に悲しい。違う出会いがあれば君たちを失わなくて済んだかもしれないのに。共に深遠へと至る盟友になれたかもしれないのに。この世はなんと無慈悲なのか。何にも代えがたく尊い命を刈り取らなければいけないとは。なんという悲しみだ…。これこそが罰なのか…? 愚かだった私自身が為すべき贖罪なのか…? あぁ、あの御方ならこうはならなかったのだろうか…。私はなんと無力なのか…」

 

 グの手下達がデイバーノックの眼前に迫り、蹂躙されるその直前。

 

「《マス・ターゲティング/集団標的》《スケアー/恐慌》」

 

 デイバーノックが魔法を放った。魔法に対してさほど抵抗力を持たない彼等はその全てが一瞬にして恐怖に支配された。突然の事に誰もが動けなくなる。

 それはグとて例外ではない。とはいえ他の者とは違い、まだ十分に戦闘行為は可能なレベルだ。

 

「グ、グは負けない…! だ、誰よりも強い…!」

 

 自分の強さを拠り所に抗うグ。だがそれを見るデイバーノックの目は冷ややかだ。

 

「方向性は違えどもその精神性は昔の自分を見ているようだ。傲慢で、自分こそが何よりも優れた存在なのだと信じていた。認識している世界がどれだけ矮小であるのかも知らずに。こうして目の当たりにすることで改めて思う。滑稽すら通り越して哀れだよ、喜劇に踊る愚者のようだ。道化師にさえなり得ない…」

 

 デイバーノックが新たな魔法を唱える準備に入る。

 

「さぁ君達の命を天秤にかけよう。もし君達の罪が軽ければ助かるかもしれないな…」

 

「なんだ…、何を言っている…! お前ら早くやれ! こいつを殺せ!」

 

 だがグの言葉に手下たちは応えない。誰もが恐怖に固まり動けずにいる。

 

「この役立たず共がぁっ! もういい! 貴様はこのグが直々に手を下してやるっ!」

 

 そう叫ぶとグは気力を振り絞りデイバーノックへと飛び掛かる。

 グは確かに強かった。

 今のデイバーノックを相手に、その魔法で滅ぼされず、その精神系魔法にすら抗った。

 その強さは英雄の域に達している。

 

 だがそれでは敵わない。

 

 モモンガとの修行を経てデイバーノックは以前とは比べ物にならない程に強大になった。

 その強さは英雄の域を超え、逸脱者の領域にまで足を踏み入れている。

 もはや死者の大魔法使い(エルダーリッチ)ですらない。

 新たな強さの次元に達した彼をユグドラシルの基準で解釈するならこう呼ぶべきだろう。

 

 異形なる大魔法使い(デミリッチ)と。

 

 

「これは慈悲であり、慈愛である。闇は深く、その先に果ては無い。故に全てを受け入れ赦してくれる」

 

「死ねぇぇええ!」

 

 鬼気迫るグに対してデイバーノックは優しく言葉をかける。

 

「安心したまえ。死は何よりも甘く、優しい。愛しい伴侶のようにずっと君たちの傍らに寄り添ってくれるだろう、永遠に。恐れる事など何もない、ただ委ねるのだ。全てを…」

 

 そうしてデイバーノックの魔法が発動する。

 彼が辿り着いたオリジナル魔法。その一つ。

 

「《アンデッド・ナイトメア/死者の再訪》」

 

 その魔法が発動した瞬間、グを含めここにいる全ての者の視界が闇に閉ざされた。

 周囲には誰もいない。

 それぞれが孤独に、別の闇の中にいた。

 

 これは精神系魔法。

 

 実害は無く、幻覚に晒されるだけだ。

 魔法に対する抵抗力が無い者でも、最後まで耐えられれば生き残れるだろう。

 

 暗闇の中でグは混乱していた。

 上も下も右も左も何も分からない。あらゆる感覚が機能していないのではないかと思う程の闇。時間さえ曖昧でどれだけここにいるのか、一瞬とも思えるし、永遠とも思える。何もかもが朧げに感じる闇の世界。

 しかし、ふと気づくと遠くに何者かの影が見える。

 暗闇の中でありながらその姿はハッキリと認識できた。

 見覚えがあるその姿。どこで見たのか何者だったのかすら思い出せない。

 やがてその何者かがグの元へと近づいてくる。

 目前に迫った時、やっとグは気付いた。

 それは初めてグが殺した相手だった。

 呪詛を口にしながらグへと手を伸ばしてくる。

 

「やめろ近寄るなぁっ!」

 

 手を振り上げ必死に振りほどくグ。だがその相手は諦めない。グは拳を叩きつける。だが倒れない。なぜか倒せない。

 ふと気づくと周囲にまたいくつかの影があった。

 どれもグは知っている。

 かつて殺した同族の仲間。他にはグに従わなかったゴブリンやオーガ、もっと他種族の者達。餌として狩り殺した人間の数々。

 気が付けばそれらは無数に集まり波のようにグへと押し寄せた。

 生きるために多くの者を殺してきたグ。その数は数え切れない程だ。

 そんなグに殺された者達が呪いの言葉を吐きながらグへと迫る。

 いくらグが抵抗しても彼等を引き剥がす事は出来ず、やがて彼等の魔の手がグに届いた。

 その手に掴まれるとグの皮が剥げ、肉が裂かれ、骨がむき出しになる。

 

「あがぁぁああぁあ! 離せ離せぇぇええ!」

 

 内臓が飛び出てそれを外へと引き摺り出される。手はもぎ取られ、足は千切られる。

 不思議な事に妖巨人(トロール)の特性は発動せず傷は塞がらない。耐えがたい痛みは消えずにグを苛む。

 

「いでぇ…! やめろ…! やめてくれぇ…!」

 

 誰にもグの言葉は届かない。彼等は手を止めずそのままグを解体していく。

 そうした地獄のような苦しみの中で長い時間をかけ、グは死んだ。

 

「はっ!」

 

 だが再びグの意識が覚醒する。

 慌てて自分の身体を見やると以前のままの何不自由ない体だった。

 

「な、なんだ…。夢…? だがあれはまるで…」

 

 自分の身に何が起きたか理解できないグ。

 しかし気付くと先ほどのように遠くに再び何者かの影が見えた。

 再び近づいてきたそれは先ほどグを襲った者と同一の者だった。

 

「ひっ…」

 

 再びどこからか無数の者達がワラワラとグの元へと集まり出す。そして先ほどと同様にグを襲う。

 

「やめろぉっ! やめてくれぇぇえええ!」

 

 だがグの抵抗は意味を成さず、同じように解体されていく。

 そして同じように長い時間をかけ、再びグは死んだ。

 

「はっ!」

 

 しかし再びグの意識が覚醒する。

 解体された身体は再び元に戻っていた。

 何が起きたかグには理解できない。理解できないが。

 

「あ、あぁぁぁ…!」

 

 また遠くに何者かの影が見えた。

 先ほどと同じ、かつてグが殺した者達。

 それが再び近づいてくる。

 もうグには何が起こるか予想が付いた。

 もう一度グは殺されるのだ。

 あの苦しみをまた味わう事になるのだと。

 それは正しい。

 この後、グは気の遠くなるほど殺されるのだ。

 何度も何度も。

 

 これこそが《アンデッド・ナイトメア/死者の再訪》。

 

 デイバーノックが辿り着いた一つの答え。

 この魔法を受けた者は精神世界で、かつて殺した者達に殺される事になるのだ。

 その回数は殺した者の人数分。

 対象者の記憶から引き出され、死者が構成される。

 これには可哀そうだが虫や動物は含まれない。あくまで対話の可能なレベルの者以上に限られてしまう。

 

 とはいえグはどれだけ殺したのだろう。

 何十、何百…。

 グの記憶から導きだされた数に匹敵する死亡体験は確実にグの精神を侵していった。

 やがて何度目かの死を迎えた頃、グの心は死んだ。

 生きる事を放棄したのだ。

 それは現実世界にも影響する。

 現実世界ではその身に何も起きてはいないが、グの心臓は静かに鼓動を止めた。

 グだけではない。

 その手下の者達も一人残らず、全員が息絶えた。

 

 洞窟の中を恐ろしい程の静寂が襲う。

 もうここに生きている者は誰もいない。デイバーノックの周囲には死体だけが転がっている。

 全てが終わったように思えるがそうではない。

 

「大丈夫、君達の死は無駄にはしない。魂は無くとも君たちの肉体はその身を贖罪に捧げられるのだ。さぁ共に行こう。残った罪人を断頭台へ送る時間だ」

 

 そして新たに魔法を唱える。

 これもデイバーノックが辿り着いた魔法の一つ。

 

「《ソウルレス・リバイバル/魂無き帰還》」

 

 死んだグやその手下達が再び動き出す。

 既存の《アニメイト・デッド/死体操作》や《クリエイト・アンデッド/不死者創造》とよく似た魔法ではあるがその根本が違う。

 死者としての生は持たず、ただ目的の為に動くだけの存在。

 一定時間が過ぎると再びただの死体に戻るがその最大の特徴は、生前の時の能力をそのまま何の劣化も無く使用できるという点だ。

 

「この森に残っている君達の仲間を連れていけ、もう二度と無益な殺生をしなくて済む場所に…」

 

 デイバーノックの命令を受け、グ達が動き出す。

 彼等は洞窟から出て森の中へと出ていく。しばらくすると森の至る所から悲鳴が木霊した。

 やがてその叫び声が聞こえなくなった頃、デイバーノックが静かに呟く。

 

「君たちの罪は、赦された」

 

 こうしてトブの大森林において東の地を支配していたグの一派は全滅した。

 

 

 

 

 モモンガ達は森の外まで避難する事に成功していた。

 

「あの御方は大丈夫でしょうか…?」

 

 アルシェが不安げな様子でモモンガへと訊ねる。

 

「多分大丈夫ですよ。私達は信じて待ちましょう」

 

「し、しかし相手は多数…! や、やはり今からでも助けに向かった方が良いのでは…!」

 

 ヘッケランがそう口にすると周囲にいたワーカー達も同様に頷く。

 それをどうにか窘めようとモモンガが思った時、森の奥から人影が見えた。

 

「お待たせしました…」

 

 そこにいたのは落ち込んだ様子のデイバーノック。

 

「デイバーノックさん!」

 

 だがモモンガは相反するような嬉しそうな声を上げ駆け寄る。

 

「もう! 心配したんですよ! いつまで経っても帰ってこないから!」

 

「申し訳ありません…。殺された方々を埋葬していたので…、それと新たに生存者は見つかりませんでした…。そればかりか彼等の説得すら私には…」

 

「説得?」

 

 そうしてモモンガはデイバーノックから事の一部始終を聞いた。

 その優しさに胸を打たれるモモンガ。素直に凄いと思う反面、それが叶わなく悲しそうなデイバーノックを可哀そうにも思う。

 

「そうですか、デイバーノックさんは彼等も救おうとしたんですね…」

 

「結局は何も出来ませんでしたが…。もし私ではなくモモンガさんならば…」

 

 自分を責めるような様子のデイバーノックをモモンガが必死に励ます。

 

「デイバーノックさんはよくやりましたよ! あと俺だったら救えるとか買いかぶりですって。多分俺ならそんな相手はすぐに殺してただろうし。何より今はここにいる人たちを助けられた事を喜びましょう。ほら、見て下さいよ!」

 

 モモンガが後ろに待機しているワーカー達の方を指差す。

 そこにはフォーサイトを含め、十数人のワーカー達がいた。今回の件で生き残った者達であり、モモンガとデイバーノックが救った者達だ。

 その誰もが生き残れた喜びを噛み締めていた。戻ってきたデイバーノックに誰もが感謝の言葉を告げる。

 

「ほらね。反省する事なんて何もありませんよ、デイバーノックさんは自分のやった事を誇っていいんです」

 

 全員は救えなかったが確実に救った人は存在するのだ。

 だから悲しむ必要などないとモモンガはデイバーノックに伝えたかった。

 

「モ、モモンガさん…」

 

 デイバーノックもその意図が理解できたのか感極まったような声を上げた。

 

「ところで相談なんですが、彼等に付いていきませんか? 彼等はこれから帝国に帰るらしいんですが、もしこちらの都合が合えば都市を案内してくれるって言うんです。ちょっと興味あるしお世話になろうかなって」

 

「帝国ですか…、しかし私達は…。いえ、モモンガさんが言うならそうしましょう」

 

「決まりですね!」

 

 子供のような声を上げるモモンガ。

 しかしデイバーノックはアンデッドの身である自分達が人間の都市に堂々と入っていいのかと疑問に思うがモモンガが言うならば間違いが無いのだろうと判断する。

 自分がアンデッドである事などすっかり忘れているモモンガは新たな国を観光できることを楽しみにノリノリで歩を進めていく。

 その先で何に巻き込まれる事になるかなど考えもせずに。

 

 

 

 

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール。

 

 その都市内に人知れず人ならざる者が侵入していた。

 漆黒のローブを身に纏い、異様な仮面でその顔を完全に覆い隠している小柄な女性。

 蒼の薔薇のイビルアイ。

 正規の手続きで入国する事も出来たが現在は蒼の薔薇を離れている事も含め、例のアンデッドを秘密裏に追跡したいという事情もあり可能な限り痕跡を残したくなかったのだ。

 それにイビルアイ一人なら都市に侵入するなど何の苦にもならない。

 

「ちっ、やつの痕跡はどこにも無いな…」

 

 だが当てが外れたのか例のアンデッドが潜んでいるような痕跡は発見されなかった。

 例のアンデッドが王国を離れてトブの大森林方面へ向かったという情報だけは入手したのだ。

 その際、奴がどこに向かうのかイビルアイは考えた。

 再びどこかに死を撒き散らすつもりならば大きな都市を狙うかもしれない。

 候補としては評議国、帝国、法国、聖王国、竜王国。

 しかし評議国はドラゴンが治める国で強大。法国は自身の事情から向かう訳にはいかない。聖王国も同様であろう。しかしそういった事情を加味しなくともトブの大森林方面の延長で考えると帝国に向かったと考えるのが自然だ。

 そうしてイビルアイが帝国を訪れてから数日が経つが何の進展も得られなかった。

 

「奴が王都を離れてからもう何十日にもなる…。まさか南下して竜王国へ向かったのか…? ならばすぐに向かうべき、いやしかし…」

 

 他の可能性を想定するイビルアイだがそれでも帝国を離れるという選択肢は選べなかった。

 冒険者としての勘としか言いようがないが、何か帝国内で良からぬ事が起きるような予感がするのだ。

 

「そういえばいくつかの貴族の間で子供が攫われているという話があったな…。しかし鮮血帝の目がある中でそのような無法が行えるものなのか…? ま、まさか奴と何か関係が…? いや、王国の統治に人を割いた弊害と考えるのが自然だろう…。だが何か腑に落ちんな…」

 

 しばらく考えに没頭するイビルアイ。

 

「どうせ何の手がかりも無いのならその件を追ってみるか…。蒼の薔薇としてもそのような事が本当に行われているのなら見逃すわけにはいかんからな…」

 

 正義の心を胸に、イビルアイは帝都を駆ける。

 

 

 




随分と日が空いてしまいました…、皆内容覚えてるかな…?

今回はデイバーノック回になってしまいました。
本当はもう少し短くまとめて帝国導入まで書きたかったのですが相変わらず長くなるという病気に悩まされ…。これでも短くしたんですが…。
内容的には大筋に影響せずモモンガさんの出番も無いのに一話使ってしまって反省。
と、とはいえ次からちゃんと帝国編始まるのでよろしくです!

それと蛇足ですが、気づいたら今作が前作よりお気に入り数が増えてて驚きました。
こ、こんなに多くの人に見て貰えているとは…恐悦…!

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