弱体モモンガさん   作:のぶ八

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前回のあらすじ

デイバーノック強くなる!
モモンガさんフォーサイトを助け共に帝国へ!


死者の軍勢

 バハルス帝国。

 その帝都の中心たる皇城の直ぐ側の中央広場。

 右を見ても左を見ても、たくさんの露店が立ち並び様々なものが売りに出されている。見た事もないような装飾品や雑貨はもちろん、無数の屋台からは美味しげな匂いが漂い、威勢の良い声が通りがかる者に投げかけられる。

 多くの人が集まり祭りのように賑やかなその様子は帝国という国の活気を表していた。

 イモ洗い状態と揶揄される程に人が多く、ぶつからずに歩くのが困難な程に混みあっている。

 さらに広場の周りには作りのしっかりした店舗が立ち並んでおり、高級そうな店もあり人の流れは多い。

 帝国においていつもと変わらない景色がそこにあった。

 

 ただ、その中に怪しい二人組がいる事以外は。

 

「す、凄い…! み、見た事もないマジックアイテムばかりだ!」

 

「わ、私もこのような場所は初めてです! 帝国にこのような場所があったとは…!」

 

 息を荒げ、興奮しながらその怪しい二人組は広場の中を歩いていた。

 ただ二人がいる場所は中央広場ではなく、北市場と呼ばれる場所である。文字通り中央広場の北に位置する市場なのだが一般の客は少ない。その多くは冒険者やワーカー達である。

 この市場に並んでいる露店はみすぼらしいものが多い。

 大体が薄っぺらな板一枚の上に、たった一個だけアイテムが置かれている。それも新品は滅多に無く、どれもこれも中古品だ。

 店主のほとんどは冒険者かワーカーであり、かつて使用していたアイテムや冒険の最中に発見したが自分達には不要なアイテムを売っている。商人や魔術師組合に売るよりも自分達で直接売った方が利益になる為、ここで物を売る者達は多い。

 客として毎日掘り出し物を探しに来る物さえいる。

 そんな中で不思議なマジックアイテムをいくつか置いてある露店を発見するモモンガ。

 

「何々? 涼しい風が出てくる箱に、触れると暖かくなる石? 便利じゃないか!」

 

 だが実際に使用してみるとめちゃくちゃ微妙な効果に唖然とする。

 

「か、風が弱い! 石は凄くぬるいし! うーん、安いだけの理由はあるという事か…」

 

 そんな感じでモモンガは色々な露店を物色していく。その他には一時的にだが少しだけ視力が良くなる薬、ちょっとだけ匂いに敏感になるネックレス、虫が部屋に出ても動じなくなる指輪など様々だ。

 いずれもユグドラシルで見た事も無いようなアイテムの数々にモモンガのテンションは上がりっぱなしだった。デイバーノックもこういった場所を堂々と歩いたことなどなく、異様な昂ぶりを感じていた。

 とその時、急にデイバーノックが声を上げた。

 

「ひっ! モ、モモンガさんっ!」

 

 悲鳴のような声を上げるデイバーノックに慌てて走り寄るモモンガ。

 

「ど、どうしたんですがデイバーノックさん!?」

 

「み、見て下さい…! わ、訳ありとはいえスクロールがこんなにいっぱい…!」

 

「ほ、本当だ…! 凄い…!」

 

 そこの露店では多くのスクロールが売られていた。

 この世界の基準においては破格の値段が付けられたそれにモモンガもデイバーノックも驚きを隠せない。

 

「て、店主よ! な、なぜこんなに安いのだ!? こ、これなど第三位階の魔法が込められている物ではないか!」

 

 デイバーノックの問いに店主がニヤリと答える。

 

「へへ、旦那さん方魔法詠唱者(マジックキャスター)かい? たまに来る魔法詠唱者(マジックキャスター)さん達には好評ですぜ? ここにある物は損傷したりして使えなくなった物ばかりですがいずれも本物でさぁ。人に見せびらかすコレクションの水増しや財産を多く申告する際に使われるんですぜ」

 

「…」

 

「…」

 

「あっ! お客さん方どこ行くんです!? 今なら安くしときますって!」

 

「使えないなら意味はないですね」

 

「全くです。肝心の魔法が出ないスクロールに何の価値があるのか…」

 

 店主の制止を振り切り進むモモンガとデイバーノック。先ほどまでの興奮は嘘のように冷めきっている。

 だがすぐに違う店で先ほどのようにキャッキャッとはしゃぎ始める。

 

「お、お二人ともっ! こ、こんな所にいらっしゃったんですね!」

 

 その時、遠くから息を切らしてヘッケランが走ってきた。それを見たモモンガが訝し気に首を捻る。

 

「そんなに慌ててどうしたんですか? 今日は帝国に帰ってきたばかりだから案内は明日からという約束では?」

 

 モモンガ達はフォーサイトと共に今日、帝国に帰ってきた。

 モモンガとデイバーノックはアンデッドだから関係ないがフォーサイトの面々は人間だ。すでに夕方という事もあり、今日は疲れを癒す為に十分に休息を取るという話だったのだ。なので元々約束して貰っていた帝都の案内というのは明日からのはずだった。

 しかし疲れと無縁の二人は暇なので近くの広場の露店を見て回っていたのだ。

 だから今日はもうフォーサイトの面々と顔を合わせる予定は無い筈なのになぜヘッケランがこれほどまでに息を切らしながら二人を探していたのか。

 

「そ、それが…! その、お二人にこれ以上お世話になるのは大変失礼だと承知しているのですが…」

 

 ヘッケランの様子からただ事で無い事が窺える。

 

「何かあったんですね…? 話して下さい」

 

 そう告げるモモンガに申し訳なさそうにヘッケランが続ける。

 

「あ、ありがとうございます…! 実は…」

 

 続いてヘッケランの口から告げられた事に二人は驚きを隠せなかった。

 

「そ、そんな事が…!」

 

「ゆ、許せません…! 魔法の信徒としてそのような事、見過ごせる筈が無い!」

 

 驚くモモンガと怒りに震えるデイバーノック。ヘッケランから告げられた内容はそれほどのものだった。

 すぐに二人はヘッケランの案内の元、アルシェの待つ場所へと急ぐ。

 その道中、路地裏を通った際にモモンガは走ってきた一人の女とぶつかってしまった。

 

「わっ!」

 

「あっ! く、くそが! ちゃんと前見てろ!」

 

 ぶつかった衝撃で倒れた女はモモンガに罵声を浴びせた。それを聞いたデイバーノックが怒気を孕んだ声を上げる。

 

「な…! 貴様モモンガさんに向かって…!」

 

「い、いいんですデイバーノックさん。私も不注意でした。あの、すいませんでした。大丈夫ですか?」

 

 そう言ってモモンガは手を差し出すが倒れた女はモモンガの差し出した手を無遠慮に払い、一人で立ち上がる。

 その際、被っていたフードが脱げ顔が露わになり金髪の髪がなびく。猫のような目が特徴的な不思議な女だった。

 だが立ち上がるとモモンガの方を見向きもせずすぐに走り去ってしまった。

 しかし立ち去る瞬間、小さな声で呟いた独り言をモモンガとデイバーノックは聞いた。

 

「ちくしょう…! なんで私がこんな事…! 本当はこんな事したくないのにっ…!」

 

 悲壮感漂うその独り言がモモンガとデイバーノックの耳に残る。

 

「モモンガさん…、今のは…」

 

「ええ、どうやらここにも望まぬ仕事を強いられている人々がいるようですね…。ここも王国と同じだというのか…。ん…?」

 

 その時モモンガは足元に転がる金属片に気付いた。

 

「なんだこれ?」

 

「これは…、冒険者のプレートですね。恐らく先ほどの女性の物でしょう」

 

「なるほど。じゃあ後で返してあげないとですね」

 

 そんなやり取りをしていると先頭を走っていたヘッケランが振り返り二人を呼ぶ。

 

「あ、はい。すぐ行きます!」

 

 拾った冒険者のプレートを懐に入れ、モモンガはヘッケランの後を追う。

 

 

 

 

 『歌う林檎亭』。

 主に汚れ仕事を請け負うワーカー御用達の酒場兼宿屋である。年季の入った宿だが隙間風が入る事はなく、床もキレイに磨かれており、宿代もそれなりにする。何より飯が美味いと評判の店である。

 その奥の席でアルシェが絶望に染まった顔で席に座っていた。

 なぜこんな事になったのだろうとアルシェは思い返す。

 

 依頼でトブの大森林へと向かったアルシェ達だが、そこにいた強大な妖巨人(トロール)に叩きのめされ全滅する寸前までいった。

 だが偶然にも英雄級の魔法詠唱者(マジックキャスター)と遭遇し命を助けられた。

 その事にアルシェは心から感謝している。命の恩人だからという事はもちろんだが、何よりもう一度大事な妹達に会う事が出来るからだ。

 それが嬉しくて誰よりも足早に帰宅したのだ。

 しかしアルシェを待っていたのは妹達の笑顔では無かった。

 受け入れがたい現実。

 

 アルシェの何よりも大切な二人の妹は借金のカタに売られていた。

 

 元々アルシェの家は貴族であったが鮮血帝によって取り潰されてしまった。両親は現実を直視できず貴族への返り咲きを夢見て放蕩生活を続け、借金に借金を重ねる日々を送っていた。

 それ故アルシェは夢を捨て、金を稼ぐ為にワーカーとなった。

 だが両親は生活を変えず借金は膨らむ一方。そのためアルシェは近いうちに妹二人を連れて家を出るつもりでいた。

 しかし帰ってきてみるとその妹達の姿はどこにも無かった。

 父親は何も答えなかったが、アルシェの激しい詰問に母親が口を開いた。

 要約すると、なぜか今子供の価格が急騰しており、二人を売る事で全ての借金を返してなお釣りが来る程の金になったらしい。

 もちろんアルシェは二人を責めた。

 だが話を聞くうえで知らなかった多くの事実を知った。

 まず、アルシェがいないうちに借金はさらに増えていた事、しかも近日中に返済できなければ家を追い出される事になっていた事など。

 家を失わぬ為に二人を売ったのだと父親は言い放った。それが貴族の誇りなのだと。

 それを聞いた瞬間、気づけばアルシェは父親を殴っていた。

 殴られた事で激しく罵倒を始めた父親を無視し、アルシェは家を飛び出した。

 向かった先はフォーサイトの仲間達がいる『歌う林檎亭』。

 そこでアルシェは仲間に全てをブチ撒けた。

 ワーカーの間でプライベートな話題をする事は好まれない。

 だがそれでも、仲間達に迷惑がかかるとしてもアルシェは彼等に頼らざるを得なかった。彼ら以外に助けを求められる者など知らなかったから。

 その事を聞いた仲間達は驚いたがアルシェの力になると言ってくれた。

 アルシェに差し出せる物は何も無いのに力になってくれると。

 その事が嬉しく、アルシェは大粒の涙を流した。

 

 しかし仲間達に話しても事態が好転した訳ではない。

 まず帝国内で人間の売買は禁止されている。妹達が売られたという時点で非合法な組織に売られたと考えるべきだ。ただの奴隷として売られたならばまだいい。酷い目に遭ったとしても命を取られる事は無いだろう。

 だが最悪の事態が考えられる。

 噂程度だが邪神を崇める邪教集団がいると聞いた事がある。

 そこでは儀式の際に生贄を殺すのだと。

 もし妹達が生贄としてそこに売られたのだとすれば時間が無い。すぐに見つけなければ殺されてしまうかもしれないのだ。

 しかも妹達が売られたのは数日前。そうであれば一刻の猶予も無い。

 もちろん国に言えば動いてくれるかもしれない。

 だが肝心の両親が人身売買などしていないと否定するだろう。関係者がそう言えば捜査は行われない可能性すらある。少なくとも対応は遅れる。

 何より貴族ではなくなった家の訴えを国がどこまで聞いてくれるのだろうか。国からの信頼や信用などもう0のようなものなのだ。そう考えるとすぐに動いてくれるという事はないだろう。

 最悪の事態を想定した場合、国に頼る時間すら無いのだ。

 ならばワーカーへの依頼として妹達を探させてもいい。だがそんな緊急性の高い依頼をする程の金はどこにもない。

 故にアルシェは妹達を自力で探す他に手段は無いのだ。

 だからこそ仲間に頭を下げた。

 ワーカーとして良くない行為だと知ってなお、妹達を助けるために全て承知で頭を下げたのだ。完全な私用の為に命を張ってくれと。

 仲間達はそんなアルシェの無茶な要望に頷いてくれたのだ。

 だが彼等とて自分達だけで解決できる問題だと思っていない。

 そして彼等は決断した。

 命の恩人にもう一度助けを借りようと。

 

「アルシェ! 連れてきたぞ!」

 

 入口の扉を開けヘッケランが勢いよく入ってくる。その後ろにはモモンガとデイバーノックの姿があった。

 アルシェは自分の願いが厚かましい事は知っている。

 だがその代わりに一生かかってでも対価を払う覚悟であった。

 それだけの気持ちを持って再び助けを求めようとしたのだ。

 二人が入ってくるなり頭を深く下げ、彼等に願った。

 その代わり自分に出来る事ならば何でもすると誓った。

 天文学的な金銭でも、無茶な要求でも、何でも呑むと。

 そう言われたデイバーノックが答えた。

 

 それは数日前にアルシェが聞いた言葉と同じもの。

 聞いた瞬間、あの時のようにアルシェの身体が震えた。

 

「対価なんて何にもいりません。だって困っている人を助けるのは当たり前ですから」

 

 台詞の言い終わりを聞くと同時にアルシェはその場に泣き崩れた。

 

 

 

 

 帝国の墓場、その霊廟。

 そこへフードを被った女が周囲を窺いながら入っていく。

 女は霊廟内の奥に置かれた石の台座に近寄ると、石の台座の下の方にある意外に細かな彫刻を押し込んだ。

 壊れることなく、それは動くとガチンという何かが噛み合う音がした。そして一拍後、ゴリゴリと言う音を立て、ゆっくりと石の台座が動き出す。その下から姿を見せたのは地下へと続く階段。

 女はその階段を下りていく。

 途中で一度折れ曲がった階段を下りきると、そこは広い空洞が広がっていた。壁や床はむき出しの地面ではあったが、人の手が入っているために簡単に崩れたりしそうな雰囲気はない。

 ただ、ここは決して墓場の一部ではない。もっと邪悪な何かであった。

 壁には奇怪なタペストリーが垂れ下がり、その下には真っ赤な蝋燭が幾本も立てられ、ボンヤリとした明かりを放っている。踊るように揺れる灯りが、無数の陰影を作る。

 微かに漂うのは血の臭い。それはかつてこの場所でそういう事があったと証明するものだ。

 

「ちくしょう…、ちくしょう…! なんで私が…! なんでこんな事しなくちゃならないんだ…! 嫌だ、死にたくない…!」

 

 これから自分の行う事と、それにより自分に振りかかる事態をひたすら嘆く女。だが現実は何も変わらない。

 その時、奥から一つの人影が姿を現した。

 

「帰ってきたか」

 

「だ、誰!?」

 

 女が剣を抜き、声のしたほうへ慌てて向き直る。

 

「落ち着けクレマンティーヌ、儂だ」

 

「へ…? あ、カ、カジっちゃん!? な、なんで…?」

 

 その声の主の正体に気付き、呆けた声を上げるクレマンティーヌ。

 

「フン、組織から借り受けた魔法詠唱者(マジックキャスター)だけではせっかくの死体を有効活用できまい? どいつもこいつも死んでも惜しくない二流の者ばかりだからの。だから儂が力を貸してやる。儂と弟子達がいればもっと大規模な騒ぎを起こせるぞ…! どうした? 嬉しくないのか?」

 

 ニタリと笑うカジットとは裏腹に信じられないものを見るような表情を浮かべるクレマンティーヌ。

 クレマンティーヌからすれば帝都で騒ぎを起こす者達は助からない。だからこそなぜカジットが自らの意思でここにいるのか疑問でしょうがなかった。

 

「おっと、勘違いするなよクレマンティーヌ。おぬしと心中する気などこれっぽっちも無いわ。おぬしに同情した訳でもないぞ? これは儂の為だ。元々はエ・ランテルで行おうと考えていたのだがな…。これ以上ない機会だ。儂の為に利用させて貰おう…! 儂が行えばいくら帝国軍が動こうとも簡単には潰されん…。しばらく耐えれば盟主達が動く。そうすれば帝都が死の都になるのは時間の問題よ…。だからこそ儂はあらかじめ大量の負のエネルギーを手に入れる布石を打つ為に来たのだ…!」

 

 そう高らかに宣言するカジット。

 彼は彼の願いの為にアンデッドとなる事を望んでいる。それには大量の負のエネルギーが必要なのだ。何年もかけ、エ・ランテルを死の都にしようと準備していたカジットだが盟主の招集によってその計画は一時ストップとなってしまった。

 だがただでは起きない。

 せっかく帝都を死の都にするのならそれを利用しない手はないからだ。

 

「で、偽の儀式の方はどうなっているのだ? 生贄の準備は? 貴族共に話は通したのか?」

 

「う、うん。それは大丈夫…。儀式はいつでも出来るよ」

 

 それを聞いて嬉しそうに笑うカジット。

 

「そうかそうか。貴族達も哀れなことよ、偽の儀式で罪を擦り付けられるとも知らずに…。とはいえ帝都が死の都になるのなら罪を着せる為の貴族もいらぬ気がするが、まぁ何事も保険があるに越した事はあるまい」

 

「カ、カジっちゃん…」

 

「ん?」

 

「ありがと…」

 

 顔を伏せながら礼を言うクレマンティーヌを珍し気にカジットが見つめる。少しして噴き出す様にカジットが笑った。

 

「ふははは! おぬしが礼とはな! 想像もしていなかったぞ! だが先ほど言っただろう? お前の為ではない。全て儂の為だ」

 

「そ、それでも…。カジっちゃんがいてくれればもしかしたら…」

 

 生き残れるかもしれない。そうクレマンティーヌは思った。

 元々、クレマンティーヌと借り受けた魔法詠唱者(マジックキャスター)達だけではそこまで大規模な事は起こせない。故にクレマンティーヌ自らも直接死を振り撒きに行かなければならなかった。だがそうすれば駆け付けた帝国軍相手にやられるのは時間の問題だろう。

 クレマンティーヌであれば軍を相手にしても逃げ切る自信はあるのだが例の逸脱者が出てくれば話は別だ。あれが出て来てはクレマンティーヌとて勝ち目は薄い。逸脱者とはいえ、魔法詠唱者(マジックキャスター)と一対一ならばまだ勝機はあるかもしれないが兵士が多数いてはそれも厳しい。故にクレマンティーヌが生き残れる可能性は限りなく低かった。

 だがカジットがいれば話は変わってくる。

 弟子達も含め、多数のアンデッドを使役できるカジットがいれば帝都の被害をより大きく出来る。仮に自分達が帝国軍と交戦する事になってもカジット達がいれば盟主達が来るまで持ちこたえられるだろう。

 そう考え、わずかにクレマンティーヌの瞳に希望が宿る。

 

「さぁすぐに準備を始めろクレマンティーヌ。帝都を死の都に変えるのだ…!」

 

 カジットは思う。

 自分より格上の逸脱者がいようとも、魔法に絶対の耐性を持つスケリトル・ドラゴンを従える自分であれば戦える。

 帝国四騎士が出て来てもクレマンティーヌがいれば抑え込んでくれるだろう。

 そうすれば有象無象の兵士がいくらいようと後れを取るつもりはない。大量の兵士達がいようとも十分に混乱させることができれば後は盟主達が乗り込んできて帝都を死の都へと変えてくれるのだ。

 カジットの夢はもう、すぐそこまで迫っている。

 

 

 

 

 日が暮れ太陽が沈み始めた頃、エ・ランテルの近郊を抜け帝国領へと侵入する者達がいた。

 今となってはエ・ランテルも帝国領なので変な話だが、まだ元王国と帝国との国境線は機能しており、ここを他国の者が越えると国際問題に発展する。

 だがそんな事など構いもせずに密かに入り込んだ者達。

 それは法国が誇る特殊部隊、漆黒聖典の面々だ。

 漆黒聖典の隊長を筆頭に、"神聖呪歌"、"一人師団"、"巨盾万壁"、"神領縛鎖"、"人間最強"、"天上天下"。

 そして六大神の残した至宝の一つを持つ事を許された老婆。

 元々は復活を予言された破滅の竜王(カタストロフドラゴンロード)の調査に向かう予定だったが、王国の崩壊と共に作戦を練り直し、メンバーを入れ替え再出撃となった。

 彼等の任務は、王国に降臨したのが神かあるいはそれに連なる従属神なのか、はたまた世界に災厄を齎す悪神なのか見極める事だ。

 当初の予定としては王国に向かう予定だったが"占星千里"が新たな予言をしたのだ。

 

 それは世界を滅ぼす災厄の渦。

 

 その始まりとして近い内に帝国周辺で何かが起きると占星千里は予言した。

 だが肝心の占星千里はそれを予言した後、気が狂い部屋に引きこもってしまった。

 話によると逃れえぬ世界の滅亡を見て、あるいは人間の理解を超えた悪夢の片鱗を見た事で正気を失ってしまったとか。

 どちらにせよ結果として、占星千里は使い物にならなくなってしまった。

 

「隊長、本当に帝国で何かが起こると思いますか?」

 

 一人師団が隊長へと訊ねる。

 

「分からない…。だが王国にはもう王都を滅ぼした者の足取りは無かった…。占星千里の予言が外れるとも思えない…。次は帝国で何かが起こる可能性は十分にある…」

 

 だが隊長は何か腑に落ちないものを感じていた。

 王都を滅ぼしたとされる存在、それこそが破滅の竜王(カタストロフドラゴンロード)だと隊長はにらんでいる。

 しかしそれならば、なぜ始まりが王都の事件でないのか。

 現に王国は滅び、多くの死者を出したと聞いている。

 占星千里が占った世界に降り注ぐ災厄の渦の始まりが帝国だというのならば王国での事は一体何だったのかと。

 

「ま、まさか王国の被害はあくまで復活の余波でしか無かったというのか…? つ、次に帝国で起こる何かこそが真の始まりだと…?」

 

 恐ろしい想像に身が震える隊長。

 自分の考え違いであって欲しいとただただ願う。

 

「何か仰いましたか隊長?」

 

「い、いやなんでもない…。さぁ先を急ごう…」

 

 隊長は言い様の無い不安を胸に押し込み、漆黒聖典達を率いて帝国領を進んでいく。

 

 そして目の当たりにするのだ。

 受け入れがたい現実というものを。

 

 

 

 

 帝都の中心たる皇城。

 夜遅く、己の執務室に呼んだ幾人かとジルクニフは言葉を交わしていた。

 一人は帝国主席宮廷魔法使いにして大賢者〝三重魔法詠唱者(トライアッド)〟フールーダ・パラダイン。

 そして横に立つのは帝国四騎士〝重爆〟レイナース・ロックブルズと〝激風〟ニンブル・アーク・デイル・アノック。

 他に控えている者はいない。

 現在帝国にいる上位4名がここに揃っている。

 

「…で、例の邪教集団の足取りは掴めたのか?」

 

 低い声でジルクニフが尋ねる。

 

「はっ…。現在調査を続けておりますがまだ確実なものは…」

 

 そう口にするニンブルの言葉に不機嫌そうにジルクニフが応える。

 

「鮮血帝もナメられたものだな…。王国の支配に人を割いている今なら好き勝手やってバレないとでも思っているのかそいつらは? だが何よりもそんな奴等の足取りを掴めていないという事に私は驚いているぞ」

 

 憤るジルクニフの前で委縮するニンブルと違い、レイナースは表情を崩さず口を開く。

 

「しかし以前と違い、奴等も大分派手に動き始めた様子。人身売買の経路はおおよそ見当がついています。陛下が泳がせていた貴族達も加担している可能性があります。そちらから辿れば行き着くのはそう難しくないかと…」

 

 レイナースの言葉に少し考え込むジルクニフ。

 

「ふむ…、ウィンブルグ公爵か…。利用価値があると思って生かしておいたが私の統治の下で未だ無法を働くというのなら刈り取らねばならんかもしれんな…。爺はどう思う?」

 

 ジルクニフのその言葉でニンブルとレイナースの視線もそちらへと向く。

 

「例の邪教集団ですか。以前は動物を贄としたおままごとのような事をやっていたと聞き及んでいましたが実際に人を使うとなれば話は別ですな…。しかも一人二人ではない…」

 

「それよりも問題は邪神を崇めている事では?」

 

 レイナースがフールーダに問う。

 

「そうじゃのう…、邪神などと馬鹿にしていたが王国の事件以来あながち馬鹿にできるような話でなくなったのも事実。その邪教集団と何らかの関係性があるとは思えぬが、もしかすると邪教集団はいち早くその存在を認知しており勝手に崇めていたのやもしれぬ…。無いとは思うが王都を滅ぼした何者かに接触する方法を知っている可能性も否定はできんしの…」

 

「ならばやはり邪教集団は潰さねばならんな…。しかしそうなると皆殺しという訳にもいかんか…?」

 

「そうですな。低いと言っても可能性がある以上は無闇に殺す訳にはいかないでしょう」

 

「ならばウィンブルグ公爵を呼び出し問い詰めるか? 恩赦を条件とすれば話すのではないか?」

 

「それも良いですがやはり現場を押さえた方がいいでしょうな…。そういった輩は変に心酔してると口を割らない可能性もあります。それで他の者達に隠れられても厄介です」

 

「まぁそうだろうな、結局は邪教集団の足取りを掴むしかないという事か…」

 

 やれやれと一人ごちるジルクニフだがバタバタとした足音が執務室の外から聞こえた。その次の瞬間、一人の兵士が勢いよく執務室に飛び込んできた。

 

「し、失礼します!」

 

「陛下の御前だ、騒がしいぞ」

 

 無遠慮に入ってきた兵士を窘めるニンブル。

 だがそんなニンブルを片手で制しジルクニフが続けるように言う。

 

「構わん。その様子では緊急の用なのだろう? 何だ?」

 

「は、はいっ…! そ、それが…。突如として墓場から大量のアンデッドが出現し、都市内への侵入を許してしまいました…! 現在カーベイン将軍が兵を率い対処に当たっていますがすでに一般市民への被害も出ておりまして…! このままでは被害は広まるばかりかと…!」

 

「な、なんだと!? なぜそんな事が!?」

 

 慌てるニンブル、だが横にいるレイナースは無表情のまま報告に来た兵士に問う。

 

「で、アンデッドの総数と強さは? カーベイン将軍が兵を率いてなお被害を抑えられないとはそれだけの規模ということ?」

 

「い、いえ現状ではなんとも…。偵察に出した者で戻ってきた者はまだおらず、今は兵士達が前線で抑え込んでいる状態です…! アンデッドの強さというよりは被害が広範囲に渡っている事が問題かと…」

 

「なるほど、私達もすぐに出ましょう。いいですね、陛下?」

 

「あぁ。頼む」

 

「さぁニンブル、行きますよ」

 

「りょ、了解です!」

 

 そうして執務室からレイナースとニンブルが出ていき、報告にきた兵士も下がる。

 部屋に残されたのはジルクニフとフールーダのみ。

 

「なぁ、爺。大量のアンデッド…、まさか奴か…?」

 

「……」

 

 フールーダは苦虫を噛み潰したような顔をしている。普通に考えれば王都を滅ぼした例のアンデッドが帝都を襲いにきたと考えるべきタイミングだ。それを認めたくないのか、必死で他の可能性に縋る。だが他に思いつく事などある筈もない。

 

「考えたくはないですが…、その可能性は高いと思われますな…」

 

 しばらくして苦しそうにフールーダが告げた。

 希望を持ってしまったからこそ、この現実がつらい。

 だがそれでも帝国主席宮廷魔法使いとしての矜持はある。敵意がなければまだしも、敵意を向けてきた相手に対して魔法を請う事など出来ないだろう。

 やがて覚悟を決めたのかフールーダが静かに口にする。

 

「もし、今回の犯人が例のアンデッドであるならば私が相手をします…。もしかしたらそこから少しでも何かを得られるかもしれませんからな…」

 

 殺気とも何とも形容し難い異様な気配を纏ったままフールーダも退室する。

 執務室に一人残されたジルクニフはもはや彼等を信じるしかない。

 帝都を王都の二の舞にする訳にはいかないのだから。

 しかしただ座して待つ訳にもいかない。

 彼には皇帝としての責任があるのだから。

 

「〝雷光〟と〝不動〟がいない時に…! いや、まさかそこを狙われたのか…?」

 

 すぐにジルクニフも動く。被害がさらに大きくなるならば軍の指揮も視野に入れねばならないからだ。

 

 こうして帝国の長い夜が始まった。

 

 

 

 

 帝都にアンデッドが出現する少し前。

 帝都の墓場にある霊廟、その地下。

 広い空洞の部屋の中では奇妙な光景が広がっている。

 二十人程の男女。

 顔は骸骨を思わせる覆面を被っており窺い知る事は出来ない。

 だが問題はその下だ。上半身、下半身共に裸なのである。

 その景色を前に吐き気を催すクレマンティーヌ。

 もしこれが若者のものであればまだ我慢出来たかもしれない。

 しかし――違う。

 中年というより老人の皺だらけのものであり、弛んだぶよぶよとした皮のものだ。老人で無ければ、あるのは中年のだらしない肉体は油の詰まった肉袋だ。

 男がそうなのだ、女だってそうだ。第一の感想は干し柿である。

 

(おえっ、こればっかりは何回やっても慣れないっつーの…。なんでこんな気持ち悪いもん見なくちゃいけないのよ…。しかも当の本人達は本気でやってるっぽいし…)

 

 すでに儀式は始まり、祭壇に向けて奇妙な祈りが捧げられている。その様子は狂気と言うしかない。

 その祈りがしばらく続いた後、先頭にいる纏め役が叫んだ。

 

「贄を! 邪神様に若き魂を!」

 

 それを合図に一番後ろに用意されていた皮の袋がバケツリレーの形式で前に持ってこられる。皮袋の口は紐で縛られているが、大きさとして子供が一人入るのに十分なサイズだ。

 それが十個程。

 要は十人程の子供が詰められているという事だ。

 この皮袋を持って前に回すと言うことは、邪神に捧げ物をする意志があると言うことであり、信仰心の表れであるとされている。だからこそ枯れ木のような老婆でもそれを必死に持とうとした。

 そうして全ての皮袋が祭壇の前まで運ばれる。

 次に全員が手に鋭い刃物を持ち前に進み出る。

 本来であれば順番で選ばれた者の仕事なのだが、今回は皮袋が十個もあるので全員で生贄を捧げる。

 これだけの規模の儀式は初めてだ。

 周囲には誰もが経験した事の無いサディスティックな熱気が満ちていく。

 きっと最高の儀式になるだろうと誰も疑わなかった。

 

 そして皮袋へ刃物が一斉に振り下ろされる。

 

 一瞬にして皮袋が赤く染まった。手には生々しい肉の感触。

 薬で眠らされているせいか、皮袋の中身が暴れる事は無い。

 誰もが興奮を抑えられなかった。

 邪神へと純真無垢な十個もの魂を捧げられる事に。

 それを冷ややかな目で見ていたクレマンティーヌが横に控えた男へと合図をする。儀式が完了した合図だ。

 合図を受けた男はすぐに部屋を出てカジットの元へと向かう。

 そして報告を受けたカジットは弟子達、ズーラーノーンに所属する幾人もの魔法詠唱者(マジックキャスター)と共に魔法を発動する。

 帝都へ死を届ける魔法。

 アンデッドを使役する魔法、召喚する魔法、様々な魔法が放たれる。

 それにより500体超のアンデッドが動き出す。

 その7割程はカジットと弟子達のものであり、彼等がいかに優秀なのかがわかる。

 帝都を死の都にするには足りないがそれでも混乱を巻き起こす事は十分に可能。

 500体超のアンデッドと共にカジットと弟子たち、幾人もの魔法詠唱者(マジックキャスター)は帝都へと乗り込む。アンデッドだけならばともかく、彼等がいては流石の帝国軍も苦戦するだろう。

 カジット達が作戦に加わった事により、クレマンティーヌはここに気付き攻め込んできた帝国軍から貴族達を守る事になった。帝国四騎士が現れ劣勢になりそうな場合はクレマンティーヌが出る予定だが、そうでなければここで護衛を続ける。

 

(頼むよカジっちゃん…! 盟主達が来るまでなんとか持ちこたえて…!)

 

 そう心から願う。霊廟の地下であるここに逃げ場は無く、攻め込まれたらクレマンティーヌでさえ逃げきれない。

 自身の命の為にもカジットの奮闘を期待するしかないのだ。

 

 

 

 

 帝都の郊外に11個の影とそれに付き従う者達が潜む。

 盟主ズーラーノーンと残りの十二高弟達、及びその弟子達だ。

 彼等はフールーダが姿を現すのを待っている。

 盟主を含め、十二高弟達もフールーダには十分に警戒している。

 盟主ならば正面から戦っても勝てると誰もが知っている。だが他はそうではない。

 逆に言えば盟主以外はフールーダに敗北する可能性があるのだ。

 しかもそれに加え帝国は人材が豊富だ。

 相手にフールーダがいる状態で帝国軍との物量戦になったら敗北する可能性は十分にある。

 というより盟主以外は生き残れないだろう。

 だからこその囮。

 クレマンティーヌという強力な捨て駒を用いてフールーダを誘き寄せるのだ。

 盟主とて自分の手足である十二高弟達を無闇に失いたくはない。それがクレマンティーヌ一人の犠牲で帝都を落とせるなら上々だ。カジットが自ら望んで飛び込んだが盟主はそこまで関知してはいない。失うのは惜しいが行きたいというのなら止めはしない。囮が二体いて困る事など無いのだから。

 そしてカジットやクレマンティーヌが戦い始めればフールーダ以外に止められるとは思えない。だからこそ必ずフールーダが出てくる。

 姿を確認したら盟主達で一気にそこを攻めるのだ。

 フールーダさえ落とせば盟主達からすれば帝国軍など後は烏合の衆だ。

 だだっ広い戦場ならまだしもここは一般人も多くいる帝都。

 場所も有利に働き、十二高弟達だけで十分に対処できるだろう。

 

「ふふふ、楽しみだぞ…! 帝都を血の海に沈められるのだ…! 今日を秘密結社ズーラーノーンの新たな門出としよう…! 例のアンデッドを仲間に引き入れ我々はさらに強くなるのだ…!」

 

 盟主の言葉に十二高弟達が呼応し声を上げる。

 だがその中で一人だけ別の何かを感じ取り、緊張を持って立ち尽くす者がいた。

 

「…どうした?」

 

 それに盟主が気付き問う。

 

「いえ、帝国領の国境付近に複数の探知魔法を仕掛けておいたのですが、そのいくつかが無力化されました」

 

「何…?」

 

 十二高弟達はこの世界において冒険者で言うアダマンタイト級もしくはそれ以上の者達だ。

 そんな者達の探知魔法が無力化されるとなると相手は同等以上の者しか考えられない。

 

「まさか漆黒聖典か…! ふん、奴等も動いたか…。相変わらず勘の鋭い奴等だ…!」

 

 十二高弟達には骨だけである盟主の顔が憎々しげに歪んだように見えた。

 

「どうされますか盟主様、まだ距離はあると思いますがこのままですと帝国軍との戦闘中に乱入される危険性が…」

 

「そうだな…」

 

 十二高弟の言葉に考え込む盟主。そして。

 

「そのうち事を構えるとは思っていたがこんなに早くなるとはな…。まぁいい…。先に潰してしまうか…! 前哨戦として人類の守護者等と声高に叫ぶ奴等の鼻っ柱を折ってやるのも悪くない…! 何が神人…! くだらぬ…! ここまで出張ってきた不運を嘆かせてやるぞ…!」

 

 盟主の言葉に十二高弟達の気持ちも高まっていく。

 自分達と同等の相手と殺し合う機会など中々ないのだ。

 

「漆黒聖典…! 殺したら死体は持ち帰ってもよろしいので…?」

 

「待たれよ…、死体ならば儂が持ち帰るぞ…」

 

「黙れ爺さん、俺だって欲しい。こういうのは早いもの勝ちだってぇの」

 

「ふぁっふぁ、お主ら我を出し抜くつもりか…?」

 

 十二高弟達が互いに言い争いを始める。

 

「待て待て。全員来てるがわからんが漆黒聖典も第十二席まであるのだ。ちゃんと仲良く分けろ」

 

 盟主の言葉に十二高弟達が一斉に頭を下げる。了承したという合図だ。

 その時、帝都に異変が起きた。

 郊外にいながら聞こえる人々の悲鳴。アンデッドの気配。

 

「始まったか…! よし、こちらも急ぐとしよう…! これから帝都を血の海に沈めなければならんのだからな…。とっとと漆黒聖典を始末するとしよう…!」

 

 帝都の混乱と同時に盟主達も動き出す。

 もはや漆黒聖典と遭遇するのは時間の問題だ。

 

 

 

 

 モモンガとデイバーノック、フォーサイト達は帝都を駆けずり回っていた。

 何の確証も証拠も無く、ただ無計画に走り回るだけで全てが徒労だった。

 当初は《ロケート・オブジェクト/物体発見》を使用しアルシェの妹達を探し当てようとしたが、持ち物のほとんどは既に売り払われておりそれは叶わなかった。

 そして肝心の借金取りは運悪く捕まらず、なぜか借金取りの家は荒らされていた。もしかすると同業者同士の争いでもあったのかもしれない。闇の社会に生きる者など、いつその命を失ってもおかしくないのだから。

 そういった連中と付き合いのありそうな場所もあらかた回っているのだが特に何の成果も無く彼等は途方に暮れるしかなかった。

 

「くっ…、ウレイリカ…、クーデリカ…、一体どこに…」

 

 悔しさに顔を歪め、口の端から血を垂らすアルシェ。

 

「アルシェ、大丈夫よ…。きっと妹さん達は無事だから…」

 

 イミーナが憔悴しきったアルシェに言葉をかける。それが慰めにも何にもならないと知っていてもそう口にするしかなかった。

 すぐにでもアルシェの妹達を探さなければならないという事態にも拘らず、彼等に訪れた不運はそれだけではなかった。

 

「きゃぁぁああぁぁ!」

 

「う、うわぁぁぁぁ! た、助けてくれぇーっ!」

 

 急に広場の方から叫び声が聞こえてきた。何事かと反射的にモモンガ達は声のした方へと走る。

 そして現場に到着した彼らが見たものは凄惨とも言えるものだった。

 都市内にアンデッドが跋扈し、人々を襲っていた。

 

「な、なんだこれはっ!?」

 

 想像もしない光景に唖然とするモモンガ。

 その時デイバーノックは誰よりも早く動いた。すぐに魔法を放ち、襲われている人々を助けていく。だがそれは襲われている人々のごく一部だ。アンデッドの数は多く、デイバーノック一人ではとてもではないが手が足りない。

 周囲にいた巡回の兵士達がすぐに異変に気付き飛んで来る。王国と違い、キチンと統制の取れている兵士たちは的確に陣を組みアンデッドに対処する。その傍らで人々を誘導し避難もさせていく。

 だが未だアンデッドは湧き出て来ているようで兵士達も苦戦せざるをえない。次第に倒れだす者達も出始めた。

 アンデッド自体はさほど強力ではなく、軍の本隊が出てくれば対処は可能だろうがそれまで巡回の兵士だけでは抑え込む事すら出来ない。

 

「ヘッケランさん…、帝国っていうのはアンデッドが自然発生する場所なんですか…?」

 

 急に低い声でモモンガがヘッケランへと訊ねる。

 

「い、いえ、そんな事は…。今まで帝国でこれほどのアンデッドが出現した事などありません…!」

 

「なるほど…、という事は人為的な可能性があるという事ですね…?」

 

 異様な気配のモモンガに戸惑いつつもヘッケランもその可能性に思い至る。これほどのアンデッドを使役できるとは考えにくい事だがそれが一番しっくりくると。

 モモンガはこれが自然発生の域を超えていると判断していた。この世界の事は分からないが帝国でこれほどのアンデッドが発生した前例が無いという事はそういう事だと。

 

「し、しかし誰が何の目的でこんな…、モ、モモンガさん…?」

 

 下を向き急に黙り込んだモモンガをヘッケランが心配したような様子で声をかける。が返ってきたのは怒声。

 

「どうしてだ!」

 

「えっ!?」

 

 急に大きな声を上げるモモンガ。驚いたヘッケランが呆けた声を上げてしまう。

 

「王国だけじゃなく、帝国でも人身売買があったと思ったら今度はアンデッドを使役して人々を襲わせるような奴がいるなんて…! 許せない…! どこもかしこも腐りきってる!」

 

「モ、モモンガさん…?」

 

 普段の温厚そうな様子とは真逆の気配にヘッケランは戸惑いを隠せない。他者を威圧するようなその気配に圧し潰れそうになる。

 

「困っている人を助けるのは当たり前…、そうですよねたっちさん…! だから彼等を見殺しにする訳にはいかない…」

 

 王都で感じたような憤怒の感情がモモンガを支配していく。

 それを見ていたヘッケラン達が怯えた様子でモモンガを見つめる。

 だがそれに気付かないモモンガは高らかに宣言するのだ。

 

「大丈夫です、私が皆を守りますから…!」

 

 

 

 

 まだ帝都にアンデッドが現れる前、夜の街を一つの影が疾走していた。

 その影は一つの家に忍び込むと家主が居ないうちに部屋の中を物色する。

 しばらくすると玄関が開き、家主が帰ってきた。

 

「あー、今回の取引は凄かったな…! まさかガキ共があんな値段で売れるとはな…! 買い取った奴には貴族の息もかかってるし密告する奴もいねぇだろ…!」

 

 その家の家主は手に持った大金を前にニタニタと笑っていた。

 彼は帝都で金貸しをやっている男である。フルト家からアルシェの妹を借金のカタに売り飛ばしたのもこの男である。相場の十倍以上の値段ともなれば仲介料だけでも相当な物だ。それが十人分。今回だけでかなりの稼ぎを叩き出した。

 

「随分と儲けたようだな」

 

 急にどこからか女の声が聞こえた。

 だがそんな筈は無い。この家には男しか住んでいないのだから他の人間がいる筈が無い。 

 それが気のせいでないと理解したのは頭を押さえつけられ、後ろから喉元に刃物を突きつけられたからだ。

 

「へ…、あ…? だ、誰だ…?」

 

「私が誰かなどどうでもいい。随分とアコギな商売をしているようだな…? 人身売買は帝国でも禁止されているだろう?」

 

「し、知らねぇな…、な、何のこ…、ぎゃああぁぁああ!」

 

 シラを切ろうとした男の指が数本折られる。

 

「とぼけるならそれでもいい。だが一つ忠告しておくぞ? 私はお前の命になど何の興味も無い」

 

 小柄ではあるがその女は男よりも腕力が強く暴れようとしてもビクともしない。

 そして金貸しというケチな仕事ではあるが、闇の社会に片足を突っ込んでいる男には目の前の女が只者ではないとすぐに理解した。

 

「な、何が望みだ…?」

 

「知れた事。お前が売った子供達の行方だ」

 

「い、言える訳ねぇだろ…」

 

 それは男としての矜持だ。この仕事をしている以上、客を売ったなどと噂が立てば仕事は無くなる。

 

「そうか。お前の命は軽いんだな」

 

 女はそう言うと男を捕まえたまま窓を蹴破り飛び出した。

 

「わぁっ! ひぃぃいいい!」

 

 そのまま窓から落とされると男は思ったがそうではなかった。

 女に捕まえられたまま、共に空高く上昇していく。

 

「お、お前魔法詠唱者(マジックキャスター)かっ!?」

 

「そういうことだ。このまま地面に叩き落してもいいが、魔法で体を消し炭にしてもいいぞ? それなら証拠も残らんしな。ちなみにお前の関係者はすでに吐いた、私がお前の家に現れたのがその証拠だ。何も言わんのならまぁいいさ。それならば私には生きていても死んでいても同じことだ」

 

「わ、分かった! い、言う! 言うから!」

 

 女の脅しに男は折れ、洗いざらい白状した。

 それを聞くと女はすぐにその現場へと向かう。

 全ては正義の為に。

 

 

 

 

 帝都で秘密裡に動き、一仕事終えたイビルアイ。

 攫われた貴族の子、さらには借金のカタに売り飛ばされた子等の元までたどり着く事に成功していた。

 非道を見過ごせない彼女は、この数日ティアやティナをお手本に様々な場所に忍び込み証拠を探した。本業でないこともあり確たる証拠を見つける事は出来なかったが、それでも怪しい金の流れというのは掴めた。

 後はそこから該当者を順番に脅していくだけだった。

 

(流石に王国じゃこれはできんな…。私個人が認知されていない帝国でなければ無理だったろう、それに次もこう上手くいくとは限らん…)

 

 偶然の要素もあり、その手段も褒められたものではない。だがそれでも罪なき子供達の命が救えるのなら構わないとイビルアイは思う。

 だがそれでも問題は残る。

 攫われた子供達はいい、親元に返せばそれで解決する。しかし売り飛ばされた子供達に帰る家はあるのだろうかと。

 あまりに無情な現実にイビルアイは頭を抱える。

 綺麗ごとで世の中は回っていない。そんな事は嫌というほど知っている。

 だがそれでも、親に捨てられる子供の気持ちを考えると痛いほど胸が締め付けられるのだ。

 

「こういう時、リーダーならばどうするのだろうか…」 

 

 イビルアイがそんな事を考えていると、突如として帝都の中心から人々の叫び声が響いた。

 悲鳴を聞いた瞬間、フラッシュバックのようにイビルアイの耐えがたい過去が脳裏をよぎる。

 それはほんの数十日前の出来事。

 王都が謎のアンデッドに襲われた時のものだ。

 すぐにイビルアイは直感する。

 

 来たか、と。

 

「やはり王都の次は帝都か…! 奴め、一体どれだけの人々を苦しめれば気が済むんだ…!」

 

 その時、イビルアイは近くにいた者達へすぐに隠れるように告げる。

 そしてすぐに声のした方へと急ぐ。

 辿り着いた先の広場には大量のアンデッドが出現していた。

 逃げ場を失い、泣き叫ぶ者達の声が響く。

 

「っ! 待ってろ! すぐに助ける!」

 

 反射的にイビルアイは動いた。

 視界に入ったアンデッドを次々と屠っていく。

 しばらくするとすぐに巡回の兵士が駆け付けてきた。アンデッド自体は低位のものなので彼等がいれば一般人は逃げ切れるだろう。

 一先ず安心かとイビルアイが思った刹那――

 

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 

 王都で聞いたあの耐え難い恐ろしい咆哮が響き渡った。

 その瞬間、イビルアイの身体に恐怖が蘇る。

 そして悟るのだ。

 再びあの悪夢が繰り広げられるのだと。

 竦んだ足を殴りつけ、イビルアイは恐怖にあらがう。

 今度こそは人々を救うと心に誓って。

 

 

 

 

 「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 空気を切り裂くような咆哮が夜の帝都を震わせる。

 ヘッケラン達は目の前で何が起きたのか理解できない。突如としてモモンガの周囲に12体の大きなアンデッドが出現した。

 それは万物の死であり、全ての終焉であり、例えようが無いほどの悪であった。

 僅かな動きで、おぞましき地獄の闇が現世に侵食してくるような気配が立ち込める。更には精神や魂を腐敗させる風が吹き付けてくるようだった。

 絶望の具現を前に、彼は吐き気をもよおす。

 その中心に座するモモンガこそが根源、邪悪なる元凶にすら思えた。

 

「モ、モモンガさん…、あ、貴方は一体…」

 

 だがヘッケランの声はもう届かない。

 モモンガが冷徹に命令を下す。

 

死の騎士(デスナイト)達よ」

 

 自身のスキルで生み出した12体の死の騎士(デスナイト)へ。

 

「帝都を襲うアンデッド共を全て駆逐しろ。人々に被害を出さないようにだ、分かったな?」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 聞く者の肌が泡立つような叫び声。殺気が撒き散らされ、ビリビリと空気が振動する。

 大気を揺るがすような咆哮を上げた後、疾風のように周囲に散る死の騎士(デスナイト)達。

 

 誰もその恐怖から逃れられない。

 命ある者全てを刈り取るような、規格外の凶報に誰もが事態を受け入れられない。

 500体超のアンデッドなどこれに比べれば何でもないと思えるほどに。

 きっと誰もが肌で理解した。

 絶対的な死がそこに迫っているのだと。

 人々を襲った恐怖と混乱はさらに大きなうねりとなり帝都を飲み込む。

 混沌の渦はもう止められない。

 空気を伝い、死の予感が伝播する。

 人々の嘆きは連鎖し、大きくなっていく。

 

 王都の悪夢が、再現される。

 

 

 

 

 部下を率いアンデッドに対処していたニンブルとレイナースの耳にも咆哮が届く。

 その瞬間、目の前にいるアンデッドなどただの前哨戦に過ぎなかったのだと理解した。

 本当の敵はあれなのだと。

 咆哮を聞くだけで身が竦むおぞましさ、死の気配。

 これがもし王都を襲った者ならば、確かに一晩で王都を血の海にするだけの事はあると納得してしまう説得力がそこにあった。

 だが帝国が誇る四騎士として彼らが折れる訳にはいかない。

 そうニンブルは覚悟を決めていたが、レイナースは本当にどうしようもなくなったら逃げようと判断していた。

 彼女は自分を苛む呪いを解かずして死ぬ訳にはいかないのだ。

 

 しかしそんな四騎士とは対照的にフールーダはその力に酔いしれていた。

 帝国と敵対するならばと覚悟を決めはしたが、強大なアンデッドを複数操るその力はやはり魅力的だ。

 ここに来てフールーダの覚悟が揺らぐ。

 もし相手が自分の知らぬ魔法を知っていたら、自分よりも強大な魔法詠唱者(マシックキャスター)だったならば。

 抗いがたい誘惑が再びフールーダを支配する。

 仮に相手が邪悪な存在だとするならば、自分も染まれば教えを請えるだろうか。

 そんな考えがフールーダの中に生まれ始めていた。

 

 

 

 

 帝国領を進む漆黒聖典達。

 まだ帝都は遠いとはいえその咆哮はわずかながら彼等の耳まで届いた。

 邪悪なる気配が空気を通じて彼らまで届いていると錯覚するようなおぞましさ。

 その片鱗を彼等は感じていた。

 

「ま、まさか…」

 

「まだ帝都まで距離はあるというのに…! なんという咆哮…!」

 

 漆黒聖典の面々が互いに顔を見合わせる。

 だがその中で隊長だけが真っすぐに帝都の方角を見据えていた。

 

「これが…、これが…、占星千里の言う始まりなのか…!?」

 

 世界を滅ぼす災厄の渦。

 その始まりとも言うべき不穏な何かを隊長は確かに感じていた。

 

 

 

 

 帝都郊外。

 突如、帝都に現れた強大な死の気配を感じ盟主は振り返った。

 それが正しかったというように少し遅れて耳をつんざくような咆哮が郊外にまで響いた。

 

「なんという偶然…! まさか帝都にいたというのか…!? いや、それとも死の気配に引き寄せられ現れたのか…? はははは! 我々は惹かれ合う運命なのか…! いいぞ…! 共に死を積み重ねようではないか…! 世界に死を…! 人の世に終わりを…!」

 

 思わぬ邂逅と僥倖。

 死をもって呼び出そうとしていたが、それよりも早く現れた。

 まるで自分こそが死を振り撒くのだと主張するように。

 

「素晴らしい…! まさに私が望んだ理想の存在だ…! なんたる邪悪…! なんたる悪逆…!」

 

 実物を前にして盟主は興奮を抑えきれない。

 

 これで己の夢に、また一歩近づくのだから。

 

 

 




モモンガ「皆助けるお!」
隊長「さ、災厄の始まり…」
盟主「なんたる悪…!」
ジル「ハゲそう」

ちょっと場面転換が多くなってしまいました…。
読みづらかったら申し訳ない!
全体的にもっと丁寧に描写したかったのですがそうすると分量が倍以上になりそうだったので今回は勢いというか話の進行を重視しました。

個人的には帝国をエンジョイするモモンガさんをもっと書きたかった…。

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