マリアさんの今日のごはん   作:世嗣

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マリアさんと食べるハンバーグ

 

「あ゛あ〜〜、仕事したくねぇ」

 

 かちり、と時計の長針が音を立てて夜の10時を指し示した。

 

「なあ、お前もそう思うだろ?」

「藤堯さん、そりゃ僕だって残業なんてしたくねえっすよ。でも、その分お金出るじゃないっすか」

「アホかよ。時間がなきゃ金あっても使えねえんだよ」

 

 藤堯さんが魂ごと吐き出すかのような深い、深いため息をついた。

 

「あー、エルフナインに頭撫でてもらいたい。そしたら頑張れる」

「彼女、いや、彼か? まあ、とにかくエルフナインちゃんは、今日はクリスちゃんのところでお泊りっすよ」

「なら頑張れない。もう俺は無理だ」

 

 僕は藤堯さんにバレないようにため息をついた。この人、藤堯さんはこれ程グチグチと文句を言いながら、その間一時も手を止めないのだ。たぶん、こんだけの文句を言いながら作業をしても僕よりも捗っていた。

 

 おお、哀しきかな才能の格差社会。

 

「うるさい、黙って働きなさい」

「いた」

「あち」

 

 ポコ、ポコと藤堯さんと僕の頭の上に丸めた書類の『蒼ノ一閃』が落とされた。

 翼ちゃんの技もかくや、という鮮やかさだった。

 

「友里さーん、僕はとばっちりっすよー!」

「突然何を────、む」

 

 ずいっと僕と藤堯さんの眼前に黒々とした液体の注がれた紙コップがさしだされた。

 

「あったかいものどうぞ」

「あったかいものどーも、友里さん」

「……あったかいものどうも、悪かった」

「わかればいいわ」

 

 くるり、と友里さんが踵を返して自分の席へと戻っていった。

 

「ウルトラクールビューティ……」

「ああ、ウルトラクールビューティだな……。略してクルティだな」

「アザラシのあだ名みたいになってますけど」

 

 そこまで、言って会話に一区切りをつけて。藤堯さんは軽く目頭を揉み、僕の方は大きく伸びをした。

 

「本気だして、終わらせるかぁ」

「頑張ってください」

「なあ、阿久津、今週の忙しいとこ抜けたら緒川あたりと飲みに行こうぜ、土曜とか」

「んんん、それは有難いお誘いっすけど……さーせん、土曜は予定が……」

「あー、お前はまた()()かー」

「うっす、アレっす」

 

 藤堯さんが少し恨みがましい目で僕を見て、またため息をついた。

 

 そんな目をされてもしょうがないだろう。その日は、マリアさんとハンバーグ食べに行く約束が入ってるのだから。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「お待たせしましたー、チーズインデミグラスハンバーグでお待ちの方ー」

「俺っす」

「三種のきのこと和風ハンバーグの方ー」

「私です」

 

 ごゆっくりどーぞーと言って店員さんが領収書を置いていった。

 

「じゃあ、いただきましょうか」

「うっす」

 

 二人で手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 マリアさんがフォークとナイフを、日本人である俺はカッコつけずに箸を手に取った。

 こっちの方が気が楽だし、飯を食う時は難しいことは考えたくない。

 

 俺のハンバーグは焼けた鉄板の上でデミグラスソースとともに熱を発している。見るからに熱そうで、ややもすれば舌を火傷しそうだった。

 

 ごくり、と唾を飲み込む。

 

 箸をハンバーグに入れて二つに割る。すると、なかで溶けたチーズがどろりと流れ出した。そのチーズに一口サイズにしたハンバーグをデミグラスソースと共に絡めた。

 

 太陽の光をそのまま持ってきたかのような金色と、大地の茶に彩られたハンバーグは僕の三大欲求の食欲を最大限に刺激する。恐ろしい罪深さのハンバーグだった。

 

「──はむっ」

 

 その罪に抗うことなく一気にライスと共に口にかきこんだ。

 噛むたびに溢れ出す暴力的なまでの肉汁の蹂躙と、それを助けるかのようにチーズとデミグラスが旨味を叩き込む。

 

 文句なしに美味かった。

 

「あー、美味い」

「────ふふっ」

 

 僕がそういうと、対面のマリアさんが静かに笑った。何か笑いをこらえようとしたけど、思わずその先が零れ落ちてしまったような、そんな笑いを。

 

「どうかしました、マリアさん」

 

 何がおかしかったのか不思議に思ったのでマリアさんに聞いてみる。するとマリアさんはしまったとでも言うように手で口を押さえた。

 

「べ、別にどうもしないわ」

「いや、突然笑いだすなんて変な人じゃないっすか」

「気にしないで、ホントに。ホントなんにもにゃいから」

「噛んでますよ」

「う、狼狽えるなッ!」

「そりゃ、あんたっすよ」

 

 マリアさんが笑いが漏れたことか、噛んだことか、はたまたそれを僕に指摘されたせいか、顔を僅かに赤く染めた。

 

「ホントに何もないから……」

 

 そして少し恥ずかしそうに俯く。

 

「いや、そこまで聞きたい訳じゃないから別にいいっすよ。あの、飯食いましょう、冷めたらアレですし……」

「そ、そうね」

 

 そこまで恥ずかしがられると逆に気になってくるが、まあ、好奇心猫を殺すという奴だ。深くは突っ込まないでおこう。

 

 しばらく二人で無言でそれぞれのハンバーグを食べ進める。いつものように、視線をマリアさんの方へと向けるが、ちょうどマリアさんも僕の方を見てたらしくバッチリと目が合う。

 

 そして、二人全く同時に目をそらす。

 

「────」

「…………」

 

 いかん、なんか気恥ずかしい雰囲気が漂ってしまっている。これでは、マリアさんの美味しさに綻ぶ顔を盗み見ることができない。

 

 ゆえに、一計案じる必要がある。

 

「あー、マリアさん、僕のハンバーグ一口食べます?」

「え、いいの?」

 

 ぱっ、とマリアさんが顔を上げた。これで第一関門突破だ。

 

「もちろんっすよ」

「そ、そう。でも、あなたの分減るんじゃない?」

「なら、マリアさんの一口下さい。それで問題なしって事で」

「まあ、構わないけど」

 

 マリアさんがその端正な顔の眉を少し寄せて、考えるようなそぶりを見せる。

 

 あと一押しで落ちるな、コレ。

 

「めっちゃ美味いですよ」

「頂くわ」

 

 美味しさには勝てなかったよ……という女騎士もびっくりの即落ち2コマであった。

 

 僕のハンバーグの器をマリアさんの方へと近づけるとマリアさんが柔らかく微笑んで僕のチーズインハンバーグをナイフとフォークを器用に使って小さく切り分けた。

 

「ふー、ふー、はむっ」

 

 そして優しくフォークで自分の口元まで持っていくと、自分の息で少し冷まして一口で頬張る。

 そして、マリアさんは唇に着いたデミグラスソースを自分の舌でぺろりと舐める。流石奏者唯一の二十代。やたらと扇情的な仕草だ。

 

 マリアさんは目を閉じたままゆっくりと口を動かす。

 

「ん〜〜、美味しい」

 

 マリアさんがふにゃりと幸せそうな笑みを浮かべた。

 

 それをみてなんだか俺の方もお腹がすいてくるのに加えて、胸の奥にあったかいものがふわふわと浮いてくるのを感じた。

 

「で、ですよね! 俺チーズはめっちゃくちゃ好きなんすけど、やっぱハンバーグとチーズの組み合わせは最強の味の暴力だと思うんっすよね!」

「ウチだと切歌が凄くチーズ好きよ。あの子朝ごはんのパンはいつもマーガリンとチーズだもの」

「美味いっすもんねー、チーズ。マジでほんとになんと組み合わせても美味いとか味のイグナイトモジュールですよねー」

「ごめんなさい、ちょっとそれは何言ってるかよくわからないかも……」

「え」

 

 伝わらないのか、わかんないのか、味のイグナイトモジュール。

 

 俺が密かに打ちひしがれていると、マリアさんはくすくすと笑いながら俺の名を呼んだ。

 俺が顔を上げると目の前にずいっと現れたフォークの上に乗ったマリアさんのハンバーグ。

 

 フォークは俺の口あたりで止まっている。それはおそらくさっきの一口交換の約束のハンバーグなのだろう。

 

 しかし、これはどういう事だ。俺としてはさっきの俺がしたように皿ごとくれると思っていたんだけど、これはいわゆる「あーん」という奴なのではないだろうか。

 

「あー、マリアさん……」

「食べないの?」

「あ、いや……」

 

 マリアさんが頬をかく俺を不思議そうに見つめる。マリアさんの宝石のような透き通った瞳が不思議そうにぱちくりと動いた。

 

 俺は少し怯んだが、男は気合と根性。勢いでパクリとフォークに食らいついた。

 

 

 舌にほんの一瞬金属の感触がしてゆっくりとそれが消えていく。

 

 もむもむと口を動かすが、これをさっきまでマリアさんが使っていたフォークで食べたのだと考えると味なんてわかりはしなかった。

 

「美味しい?」

「おいしいっす」

「貴方もそう思う? 私この和風のハンバーグって結構好きなのよね」

「そうっすか」

「初めて食べたのは緒川さんに翼と連れてきてもらった時なの」

「そうっすか」

「翼に勧められて食べたんだけれど、これが意外にもかなり気に入ったのよ」

「そうっすか」

「……貴方私の話聞いてる?」

「そうっすか」

「…………聞いてないでしょ」

「そうっすか」

「…………………………」

「ん、マリアさん何か」

 

 ひゅんひゅんとマリアさんの手が閃いて俺の皿からハンバーグが2割ほど消えた。

 

「ああっ、なんて事をっ!」

「私の話を全く聞こうとしない貴方が悪いんでしょう? さっきからぼんやりして」

 

 ぷいっとマリアさんがそっぽを向いた。それに付随するようにマリアさんのピンクブロンドの髪がさらりと揺れた。

 

「だ、だってそれはマリアさんが」

「私が何かしたかしら?」

 

 マリアさんが不満気に胸あたりで腕を組むと、そのなかなかお目にかかれないサイズの豊かな果実がユサリと揺れる。

 俺はそこから目をそらして、ボソリと言い返す。

 

「あーんなんてするから」

「え、そんな事?」

「だって同じフォークなんすよ」

「おんなじ、フォーク……」

 

 マリアさんが理解しきれないように、俺の言った言葉を繰り返して、突然顔を真っ赤にした。

 

「ち、違うのっ! つ、つい切歌や調にやるみたいにしちゃって、だからそのこれは違うのぉっ!」

 

 わたわたとマリアさんが赤い顔で否定の言葉を並べた。

 

 まあ、大方そんな事だろうと思っていたし、そんなに驚かないが。やはり少し気恥ずかしい。

 

「まあいいっすよ別に。普通なんじゃないんすか、友達同士なら」

「そ、そうよね普通よね友達なら! 友達なら!」

「そうっすよ、普通っすよ普通」

「友達だものね、友達!」

 

 マリアさんが何度も友達という言葉を連呼する。流石にここまで連呼されると少し傷つきそうだった。

 

「そ、そうだ、貴方はチーズ好きなのよねッ?!」

「ええ、愛してますが?」

「何故そこで愛……。じゃなくて、貴方はチーズフォンデュには行ったことあるの?」

「あー、実は行ったこと無いんすよ」

 

 興味はあるのだが、近所のチーズフォンデュが名物なところは女性をメインターゲットにするような店なのだ。流石に野郎一人で入るには敷居が高い。

 

「じゃ、じゃあ次のご飯はそこにしましょう」

「へ、いいんすか? でもあそこって割と割高で……」

「大丈夫よ、私だってたまにの贅沢くらい出来るわ」

「なら、甘えちゃいます。凄え嬉しいです、マリアさん」

 

 にひ、とマリアさんに笑みを返した。

 

「──なら、私も嬉しいわ」

 

 そして、マリアさんも俺に優しく笑みを返してくれた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 夜の駅前で彼と別れると構内を一人で歩いていく。

 

 ちらりと後ろを振り返ると彼がにこやかに笑って私を見送ってくれていた。

 その優しい笑顔を見て、さっきの食事での件がフラッシュバックして頰に少し熱が集まる。

 

 しかし、それを努めて表に出さないようにしながら彼に手を振った。

 

 まだ、もう少しこの暖かな関係を続けていたいと、彼の顔を見ながらぼんやりと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの日記

「今日は仕事を終えてから、現場まで迎えに来てくれた彼とハンバーグを食べに行きました。恥ずかしい事件は割愛します。

 家に帰ってカバンを見るといつのまにかバックにはテイクアウトの冷凍ハンバーグが入っていました。恐らく彼の仕業だと思います。

 まったくいっつもそういう事をするんだから」

 

 暁切歌から一言

「マリアやたらと赤い顔デスよ。早くショーガをかじるデスよ〜」

 月読調からさらに一言

「切ちゃん生姜は確かに効くけど多量摂取すればいいというわけでも、待って切ちゃんッ!」

 

 

『彼』の日記

「友達、ってなんでしょうね……」

 

 立花響から一言

「私は友達と一緒にご飯を食べて、時々お風呂に入って、一緒の布団で寝てますよッ!!」

 

 

 

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