雨が、降っている。
怒るような土砂降りの雨ではなく、天の神さまが悲しい事に静かに涙するように優しく、けれど絶え間ない雨が辺りを濡らしている。
そんな中で俺はしゃがんでいるマリアさんが濡れないように傘をさしていた。
少し風が吹いて雨の向きが僅かに横向きへと変わり、マリアさんのピンクブロンドの髪に雨粒が落ち始める。すかさず傘を傾けてマリアさんを雨粒から守る。
もちろんマリアさん自身も傘を持っていない訳ではないが、それでも今だけは雨なんか気兼ねせずに、会話を楽しんでもらいたい。
目がマリアさんから、眼前の小さく十字架が彫られた墓石へと動く。
そこには、俺たちS.O.N.Gの職員は名前とデータの上でしか知らず、けれどマリアさんにとってはかけがえのない人の名前が彫ってあった。
──セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。
元世界一の適合係数のシンフォギア奏者で、F.I.S.のレセプターチルドレン。
なにより、マリアさんの妹。
そして今日はそんなセレナさんの命日だった。
名前も知らないような洋楽が流れる店内で、マリアさんは外の雨を見ながら物憂げにため息をついた。
「ごめんなさいね、せっかくの休みにつき合わせちゃって」
「いえいえ、どうせ家で本読むくらいしかする事ありませんでしたし」
「ふふ、ありがとう」
マリアさんがゆるりと頰を緩めるように笑って、店内をゆっくりと見渡した。
「それで、ここが、その……」
「うす。ご注文頂いた『俺のオススメのオムライスの食える店』っす」
「そうなのね」
俺が大きく頷くとマリアさんはまた心配そうに店内を見渡して、なにか言いづらそうに口をモニョモニョと動かす。
「あの、ここで、いいのよね……?」
「あーっと、何かご不満でした?」
「いやそうじゃないのよ。そうじゃないのだけれど…………」
マリアさんが途中で言葉を区切り、心配そうに辺りを見回した。
こじんまりとした店内には他の客は初老の男性が一人いるだけで、繁盛しているようには見えない。
そんな心配そうなマリアさんの様子が少しおかしくて、思わず笑いを漏らしてしまう。
「だーいじょうぶですって! 俺の飯に対するリサーチ力舐めないでくださいよ」
「そ、そうね。貴方だものね」
「そうっす俺っすよ?」
にひひ、と笑って見せるとマリアさんは「そうよね。彼だもの」と口の中で言い聞かせるようにぽしょぽしょと呟くと俺に向き直った。
「しっかし、マリアさんが『オムライス食べたい』って言った時は、ちょっと驚きました。失礼かもっすけど」
「意外だったかしら?」
「まあちょっとっすね」
「おかしいかしら?」
「いーえ、そんなことは全く」
「本当に?」
「俺、嘘はつかない性格っすよ?」
やたらと食い下がってくるマリアさんに思わず苦笑する。
マリアさんの空色の瞳が俺をじいっと見つめてくる。底抜けに綺麗なその宝石は、まるで心の中を見通すかのように俺を見据えた。
何も悪い事をしてないのに、何故か背中の方で水滴が流れていくのを感じた。
いくら美人といえど、見つめられれば緊張する。誰だってそーなる。俺だってそーなる。
一分────もしかしたらそれより短かったのかもしれないし長かったかもしれないが、俺にはそのくらいに感じられた────ほどたってマリアさんは「そうね」と言って優しく笑んだ。
なんだか今日のマリアさんは少しいつもと違う感じだな、と心の中で思う。
しかし口には出さない。
俺は、そんないつもと違う彼女を見ても、それでも彼女の好ましさは変わらない。そんな浅い付き合いはしてないつもりだ。
目の前の水で少し喉を潤そうと手を伸ばそうとすると、ゆっくりとこちらのテーブルに二つの皿が運ばれてくるのが見えた。
ゆっくりとこちらへ歩いてくるこの店の店主である白髪の老人。店主は俺と目が合うと片目を瞑って見せる。そして俺たちの目の前に皿を置いて低く渋い声でメニューを告げた。
「特製ビーフシチューオムライスです」
「ごゆっくりどうぞ」と付け加えると店主はまたゆっくりとした足取りで俺たちの前から去っていく。
目の前の皿に目を向けると、そこにはまるで羽衣のようにふわふわとした卵が、シチューの茶のアクセントに彩られているオムライスが鎮座していた。
ごろごろと肉が転がるシチューの中に堂々とあるオムライスは、まるで栄華を極めし王様のようにも見える。
ごくり、と無意識に生唾を飲み込んだ。
「じゃ、いただきましょうかマリアさん」
「──ッ! え、ええじゃあいただきましょう」
「狼狽えなくていいっすよ〜」
「狼狽えてなんかにゃいわ……」
対面のマリアさんが赤くなった顔を誤魔化すように小さく咳払いをした。それを見て思わず俺が小さく笑って、二人同時にゆっくりと手を合わせた。
「 「 いただきます 」 」
スプーンを手に持ってオムライスとシチューの海に潜り込ませた。スプーンはほとんど抵抗を感じさせずさくりとささり、すくい上げるとふわふわの卵の中に隠されたチキンライスが姿を現した。
「あー、ん」
大きく口を開けてぱくりと一口頬張った。途端に口の中に弾けるような旨味が踊り出した。
「あー、美味いなぁ」
呟くや否や間をおかずに次の一口を頬張った。
オムライスは概ねチキンライス、というかケチャップライスの場合が多い。しかしそうするとこの店のようなシチューのあるオムライスとは、ケチャップとシチューの味があまりいい組み合わせとはならない。
しかし、ここはあえてチキンライスのケチャップを抑えめにして、玉ねぎなどの野菜としての甘さを押し出していく事で、見事にシチューとオムライスを調和させている。
しかもそれに加えて家ではなかなか再現できないようなふわとろの卵。まるで羽衣、と表現したのは間違いでなく、柔らかく、かつ生ではなく、舌で形を感じられるという奇跡のようなバランスで成り立っている。
「──────美味い。ほんとに美味い」
対面を見れば、マリアさんは目を丸くしながらゆっくりとスプーンを口に運んでいた。
マリアさんがゆっくりと息を吹きかけてぱくりとスプーンに食らいつく。
「はふはふ、ん──」
そして唇についたシチューをぺろりと舌で舐めとると、ふ、と小さく息を漏らした。そして今度はシチューの肉を口に運ぶ。
「すごい、肉がホロホロで柔らかいのね……」
また一口頬張り、目を瞑って咀嚼し、溢れるように呟いた。
「美味しい……!」
そして、幸せそうに優しい笑みを浮かべる。
(ああ、俺この顔好きだな)
僕が思わずにへら、と笑いそうになっていると、コトリ、とマリアさんのスプーンが置かれる音がした。
「ねえ、食べながらでいいから少し私の話を聞いてくれるかしら?」
マリアさんが突然外に目を向けながらポツリと呟いた。
「今日オムライスが食べたいって言ったの、正確には私の食べたいものじゃなかったの」
マリアさんはゆっくりと言葉を続ける。
「私とセレナの姉妹は、すごく小さい頃に親を亡くしてF.I.S.に引き取られたわ。だから、ほとんどの記憶はF.I.S.での記憶なの」
静かに、言葉を続ける。
「でも、一つ。たった一つだけF.I.S.の外の記憶があったの」
マリアさんが視線を目の前の皿に向けた。目の前のオムライスの皿に。
「セレナがね、とても美味しそうにオムライスを食べてるの。とても、とても幸せそうに」
優しく、けれど悲しく、加えて幸せそうにマリアさんは笑みを浮かべた。
「それが記憶にとても残っていて。だから、今日はどうしてもオムライスが食べたくなってしまって。それがセレナの為になるわけでもないのだけれどね」
最後にほんの少し自虐的な笑みを浮かべてまた一口オムライスをマリアさんが頬張った。
先日マリアさんから「この日が休みなら半日ほど付き合ってほしい」と頼まれた。最初はいつもの食事かな? と思ったが食事の前に付き合ってほしいところがあるのだとそう言われた。
そして、夕食については、『貴方の知る一番美味しいオムライスが食べられる店がいい』とそう言われた。
今日になってマリアさんから行き先を告げられた時、俺はなんとなく察した。
今日のオムライスはきっと
今日のご飯は────
「…………この店、いいでしょ」
「え?」
気づけば自然とマリアさんに話しかけていた。
「学生の頃、食べ歩きしてたら偶然見つけて。んで、この店のオムライスの美味さに腰抜かすくらいびっくりしたんすよ」
「……へえ」
「それ以来、ここには通ってるんですよ。もう今年で10年近くになるのかな?」
「じゃあお友達なんかとよく来たりしたのかしら?」
「いえ来たことありませんね、友達とは」
「え?」
マリアさんが食事の手を止めて俺の顔を見た。
「友達と、来たことなかったの?」
「ええ、あんまし広まると嫌だったんで」
「ご家族とは?」
「来てないっすねえ」
スプーンを置いて背筋を伸ばし、マリアさんに向き直る。
「この店、他の人連れて来たのマリアさんが初めてっす」
「────」
マリアさんが何か言葉を発しようと口を開けて、そのままなんと言っていいかわからなくなったように口をぱくぱくと動かした。
心なしかその頰は赤い。きっと、俺も同じような色だと思う。
それでも、言葉は言うべき時に言わなければならない。俺たちに古代シュメールの人々が持っていたような共通言語はない。
思ったことは、伝えたい事は、胸の
「俺には、セレナさんの事で無責任な事は言えません。代わりになるとか、その死は悲しいものじゃないとか」
死はどれほど時が経とうが悲しく、胸を突き動かす。そして、当たり前だが人の存在に変わりなどいない。
「でも、こうやって一緒に飯を食うくらいなら俺にでもできます。だから、これからも飯食いにいきましょう」
言いたいことが伝わっているのかわからない。でも、それでも言葉にすれば想いは伝わっていくものだと信じてる。
「俺なら、いつでも付き合いますから」
マリアさんは俺の言葉を聞いて、驚いた顔をして、その顔を今度は先ほどよりも濃く赤く染め、そして俺の目を見つめて口を開いた。
「──ありがとう」
そして、柔らかく笑った。
「じ、じゃあ、オムライス食べちゃいましょうか。俺もマリアさんもあと一口っぽいですし!」
「そ、そうね食べちゃいましょう!」
二人同時に最後の一口を口に運んだ。
「 「 美味しい…… 」 」
そう呟いて、マリアさんがオムライスを食べているところを最後に目に焼き付けようと、マリアさんの方を見て、マリアさんと目があった。
「…………べ、別に美味しい顔を見たいとかそんなんじゃないっす!」
「…………べ、別に美味しい顔を見たいとかそんなのじゃないから!」
「 「 ん ? 」 」
「……くく、奇遇っすね」
「……ふふ、そうね奇遇ね」
そして、二人で笑みを交わしてまた手を合わせた。
「 「 ごちそうさまでした 」 」
「姉さんの幸せを、今でも祈っています」
はい、これにて完結でございます。
後書き書こうかなーと思ったけど大した分量にならなさそうなのでここにまとめて書いちゃいます。
いやー、たった四話なのにやたらと時間がかかりましたね。お待たせしてしまった方もいるようですし。いやー、申し訳ないわはは。
主人公には基本的には名前はありません。一回藤堯に名字で呼ばれましたが覚えなくていいです。アレはボツになったシンフォギア作品の主人公の供養ってだけです。
ほんとは一話ごとに奏者が変わっていく形式にしてもいいかなーとも考えてましたがこれはこれでよかったかな、と。
「翼さんが食べるハンバーガー」とか「ビッキーと食べるサンドイッチ」とか「ミクさんが作る親子丼」とか色々ありましたがまあいいでしょう。気が向いたら番外編みたいな感じで書くかもしれませんしね。
正直マリアさんの魅力をかけたかは謎ですが(最初は設定にツッコミ入ってたしねー)私は書いていて結構楽しかったです。
あらすじの「美味しい顔に見惚れてる」のは誰なのか、とか考えてみるのも面白いかもですね。
ではでは、またどこかで〜。