Dies irae -Seltsam Gesetzwidrig-   作:ととごん

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ChapterⅡ Der Vampir der Nacht

 蓮がスワスチカ解放を感じたのは、玲愛とタワーで言葉を交わしていた時だった。

 何処で、誰が。まるでその答えを知っているかのように、マリィが放った言葉は悲壮感に溢れている。

 焦燥感に急かされるように蓮は走った。マリィを体内へと戻し、玲愛の手を引きながら。

 そしてようやく辿り着いたボトムレス・ピットには、直視を拒みたくなるような光景が広がっていた。

 破壊しつくされたホール。粘りつくような気味の悪い感覚が、開いたスワスチカはここだと訴えている。

 まさか、まさかそんなはずはないと。脳裏を過ぎる最悪を蓮は噛み殺しながら、クラブの奥へと――司狼がVIPルームと称した部屋へと足を踏み入れた。

 

「――おお、蓮じゃねえか。遅かったな。何だ、先輩とイチャついてたのかよ」

「遅刻も遅刻、大遅刻じゃん。アンタ浮気すんのも時と場合を考えなさいよね」

「お前ら……」

 

 そこにあったのはいつものように不適な笑みを浮かべた司狼と、こちらを茶化す本城の姿。

 表面上では否定しながらも、心底ではありえないと思っていたその光景に思わず蓮は目をこする。

 だがそこでようやく、視界の端にありえないものが映っていることに蓮は気づいた。

 

「先日ぶりですね、藤井さん。壮健そうで何よりですよ。それに――おやおや、ゾーネンキントまでいらっしゃるとは」

「シュピーネ……!?」

 

 殺したはずの、気色悪いクソ野郎――シュピーネ。

 何故彼がここにいるのか。そもそも何故呼び名が変わっているのか。それらの疑問について考えるよりも早く、彼は全身に力を込める。

 だが差し込むようにシュピーネの口から放たれた言葉は、蓮に聖遺物の形成を躊躇させるには十分な威力を秘めていた。

 

「ここで私と闘り合うというのはやめたほうがよろしいかと。貴方がそのつもりだというのならば、友人方が相応の被害を被ることになりますよ?」

「っ! どういうつもりだてめえ……!」

 

 手が出せない。確かにこの状況は蓮にとって致命的だ。

 もしシュピーネがその気なら、最悪全滅もありうるほどに。

 

「まあ、貴方も私に対して色々と含むものはあるでしょうが、一応私は貴方の友人方の恩人なのですから、そう敵意を向けるのはやめて頂きたいものですね」

「何だと……!?」

 

 理解に苦しむ一言に、思わず蓮は視線を司狼へと移す。

 だが蓮の予想に反して、司狼は肩をすくめて頷いた。

 

「まあ、概ね間違っちゃいねえよ。こいつがいなきゃ俺とエリー、おまけにバカスミもお陀仏だったろうぜ」

「――そうだ! 香純は無事なのか!?」

「今は隣でおねんねしてるけど、命に別状はないよ。心配なら見てくれば?」

「そうか……。いや、無事ならいい。今はそれよりこっちの方が大事だ」

 

 再び、シュピーネへと視線を戻す。

 こいつが打算抜きに司狼たちを助けることなどありえない。その確信が蓮にはあった。

 だがそれよりも先に、確認しておきたいことがある。

 

「何で生きてる」

 

 虚偽は許さないと、蓮は語気を強めて問いを放った。

 あの時、確かに人一人を殺傷して余りあるほどのダメージを与えたはずだと。

 

「そればかりは貴方の未熟でしょう。我ら超人の生命力を侮りすぎだということです。己の曖昧な感覚など信じずに、私の首を刎ねておくべきだったのですよ貴方は。そもそも――スワスチカが開いたかどうかを把握していれば、殺しきれていないことに気づいたのではありませんかね?」

「――ッ」

 

 確かに、公園のスワスチカを開いた感覚を蓮は知覚していない。周囲の聖遺物や人間が消えたことでシュピーネは死んだと、彼が勝手に判断しただけなのだから。

 追求の言葉を失う蓮に、さらにシュピーネは言葉を重ねた。

 

「まあもっともそのお陰で私は生き残ることができたのですがね。それに間接的に貴方の友人を助けることにも繋がったのですから、そう苦虫を噛んだような顔をするものではありませんよ」

「じゃあ、そもそもどうして司狼たちを助けたんだ」

 

 最後にして最大の疑問。

 シュピーネは敵だ。その点を疑う余地はない。事実殺し合いを行ったのだ。加えてあんな外道の所業を成すような男が、人助けをしたなどと。冗談にしたって笑えない。

 

「んん、それを一言で説明するのは難しいですね。そもそも、それを貴方に教える義理などありませんよ」

「それは……」

 

 その通りだと、蓮は押し黙った。

 それににやりと、シュピーネは気味の悪い笑みを浮かべる。

 

「まあ、一つだけお教えしましょう。私は――貴方の味方などではありませんよ、藤井さん。それだけは、覚えておいて欲しいものですね」

 

 後半部分で表情を冷たく変えて、シュピーネは言い放つ。

 一瞬だけ満ちた殺意に、周囲の人間に緊張が走る。

 

「――さて、いい加減私は場違いなようですし、これで失礼させて頂きます。では」

「な、待て……!」

 

 立ち去ろうとしたシュピーネの肩をすれ違いざまに蓮は掴んだ。

 その手首をシュピーネは握り返すと、冷たく告げる。

 

「しつこい方は嫌われますよ。それとも――貴方の友人の手足が落ちる光景でも見れば、少しは立場が理解できますか?」

「く……!」

 

 そう言われては何もできない。力を抜いて、肩から手を外した。

 だがその間際、するりとシュピーネは蓮へと顔を近づける。

 

「――明晩、病院にてスワスチカが開かれるでしょう」

「……!?」

 

 蓮にだけ聞こえるように、小さな声でシュピーネはそう囁いた。

 驚愕に目を開いた蓮は、一瞬体が硬直する。その隙を縫うように、あっさりとシュピーネは彼の背後へと歩いていった。

 我に返って制止をかけようと振り返るが遅い。既に閉じていく扉しか、蓮の瞳は映さなかった。

 

「さて、邪魔者もいなくなったことだし? ちっと情報交換でもしようや。そっちも色々あったんだろ?」

 

 そう言いながらちらりと、司狼は玲愛の方へと視線を向ける。

 気まずそうに目をそらす玲愛を見ながら、蓮は頷いた。

 

「……ああ、そうだな」

 

 何を、どこまで話すか。

 情報の取捨選択を行いながら、蓮はこれまでのことを語り始めた。

 

 

 

 

 

 諏訪原市、深夜未明。

 ベイとレオンハルト。予定通り二人と会話を行ったマレウスは、耳を叩く硬質音に眉をひそめた。

 今更誰が来るのかと、音の先に目を凝らす。その奥、闇の中から姿を現したのは奇怪な風貌をした長身の男だった。

 マレウスは彼を良く知っている。何せ黒円卓として肩を並べている相手なのだから。

 すなわち――

 

「シュピーネ……!」

 

 その彼女の驚きは、あくまでシュピーネがこの場に現れたことに対してだった。決して彼が生きていることに対してではない。

 その微妙な声の色を感じ取ったのだろう。シュピーネは少しばかり驚いたような表情を見せる。

 

「……成る程、ベイあたりにでも聞きましたか?」

「ええ。随分怒らせちゃってるみたいだけど、大丈夫なの?」

 

 先程ベイと話したときの彼の不機嫌さたるや、付き合いの長いマレウスでも早々見ないレベルだった。

 彼女の推測では、次は問答無用でシュピーネに襲い掛かるだろう。

 シュピーネとてそれがわかっていないはずがない。だというのに、彼は飄々と言葉を紡ぐ。

 

「さて、どうでしょうね。ですが――そちらにとって、それは都合がよいのではありませんか? 狙っているのでしょう、同士討ちを」

「何のことかしら」

「……ふむ」

 

 間髪いれずにとぼけてみせたのは流石は二百年以上生きた魔女といったところだろう。内心は、言葉ほど平静ではなかったが。

 そんな彼女にシュピーネは薄ら笑いを浮かべるだけで、それ以上の追求をしない。

 その態度にマレウスは若干の薄気味悪さを感じて、踵を返した。

 

「……用がないなら、私はもう行くわよ」

「そうですか。では一つ、仲間のよしみで忠告して差し上げましょう」

「何かしら」

「己が策が上手くいくなどと自惚れないことです。そうでなくとも、貴女は致命的な見逃しをしているのですから」

「私がっ、何を――」

 

 聞き逃せない言葉にマレウスは声を荒げて振り返ったが、既にそこにシュピーネの姿はなかった。

 声だけが、虚空を通してマレウスへと届く。

 

「今はまだスワスチカを取るだけにしておくことが賢明というものですよ、マレウス。少なくとも、私の言葉の意味がわからないのでしたらね」

「……何なのよ、一体」

 

 シュピーネの言葉に何の意味がないとは思えない。だが彼の魂胆が全く知れないのに、大人しく忠告を聞き入れるかどうか。

 とはいえ現状は既にマレウスの予定と大きく食い違っている。シュピーネが生存していたことや、ベイがシュピーネに執心してしまっていること。

 未だ策の軌道修正は可能だが、予定よりも盤上に駒が多い以上想定外の事態が起こる可能性もまた高い。

 何よりやはり、シュピーネの言っていた『致命的な見逃し』が気にかかる。迂闊な行動はできない。

 そうして一晩かけて悩んだ結果、癪だがシュピーネの言うとおりスワスチカを確保しておくだけにしておこうと決断した。

 

 翌日の日没後、マレウスはスワスチカの一つである遊園地へと訪れていた。

 実のところ病院のほうが都合が良かったのだが、何故かツァラトゥストラが張っているため取りやめたのだ。交戦して敗北するとは思わなかったが、何か落とし穴がある気がしてならなかったのである。

 しかしここならば、彼女が今日現れることなど誰一人知らないはずだとマレウスは判断した。

 未だ閉園までは時間があり、賑わう人々の群れ全てを己が魔術で放心状態へと変える。あとはこの人間の魂全てを散華させれば、マレウスはあっさりと黄金の恩恵を授かる資格を得られるはずである。

 

 だが。

 本当に慎重を期するならば。策を止めるというのならば。彼女は決して動くべきではなかった。

 中途半端に動いた代償は、やはり中途半端に訪れる。

 すなわち――

 

「おお、マジでいやがった」

「司狼、どっちがとっても恨みっこなしだからね」

「わーってるよ」

 

 自然体でマレウスの前に現れたのは二人の男女。初対面ではない。過去に一度会っている。

 特に男の方はクリストフに一度見逃してもらい、ベイと相対してまがりなりにも生き残った人間。人間の中では相当キワモノだといっていいだろう。

 だが所詮人間の範疇。相変わらず彼らからは魔道の匂いがしない。ゆえに。

 

「ごきげんよう。貴方たちがいるってことは、ツァラトゥストラもここにきてるのかな?」

 

 彼らは囮で、マレウスを殺しうる唯一の存在――ツァラトゥストラがどこからか彼女を狙っているはず。何故先程彼が病院にいたのか不明だが、それをそのまま鵜呑みにすることなどできない。

 そこまで見越したマレウスの問いに、しかし男は鼻で笑った。

 

「はあ? 今日ここにいんのは俺たちだけだ。あの馬鹿が不意打ちだの暗殺だの器用なマネできるわけねーだろうが」

「だから、安心して私たちに殺されてちょーだい」

「……何よ、貴方たち」

 

 彼らは知っているはずだ。彼我の力の差というものを。尋常ではうめることが出来ないまさしく隔絶たる差を。

 だというのに、構えているのは相も変わらずただのハンドガン。戦車砲の直撃すらも意味をなさない彼女に対して、愚かしいにも程がある。

 しかし彼ら――特に男の方は真実劣等というわけではない。クリストフとベイの両名と相対して今なお生存している以上、彼もまた人知を超えた何かを持っているはずである。

 だがそれが何であろうと、やはり自身が殺されるとは思えない。クリストフとベイ両名に対して、彼はダメージを与えることができなかったのだから。

 だからこそ気味が悪い。何故こうも幾度となく黒円卓に牙を向けることができるのか。理解できない。理解できないのなら――

 

「悪いけど、今日は遊んであげないから」

 

 全霊を持って瞬殺すればいい。

 すなわち、創造による停止特性をも付与させた食人影(ナハツェーラー)を用いた――先手必殺である。

 

 

 

 その様子を、シュピーネはタワーの展望台から眺めていた。予定通りの展開に、彼の口が孤を描く。

 そう、今夜の仕込みは全て彼によるものだった。

 昨日司狼たちと出会った後に、シュピーネは彼らとある程度の情報の共有を行っていた。

 その際に彼らが聖遺物の奪取を狙っている事を知ったシュピーネは彼らに一つの手回しを約束したのだ。具体的に言えば、一番聖遺物の奪取が容易い相手だろうマレウスとの邪魔者なしでの相対。邪魔者とは黒円卓の面々はもちろん、ツァラトゥストラも含まれる。

 あえて取り込まれてからの、内側からの強奪。失敗すれば彼らはそのまま死ぬだろう。それはシュピーネにとってもよろしくない状況だが、だからといって今後も彼らの命を保護できるとは限らない。ならば分の悪い賭けだろうと臨む価値はある。

 だからシュピーネはマレウスが今夜遊園地へと足を運ぶように思考を誘導した。あえて彼女が向かうだろう第一候補である病院にしなかった理由は、彼女の精神に負荷をかけるため。思い通りに事が進まない状況を演出することで、僅かでも司狼たちが聖遺物を奪取できる可能性を上げるためだ。その過程でツァラトゥストラも今宵の、『二つ』の戦場から排除することに成功した。

 そう、もう一つ。

 

「――よう、そんなところで覗き見かい」

 

 ここもまた、戦場となる。

 シュピーネの背後より聞こえたのは、彼もよく知る声。白髪紅眼の吸血鬼――カズィクル・ベイだ。

 

「おや、これはこれはベイではありませんか。何か用ですか?」

「とぼけてんじゃねえよシュピーネ。借りを返しに来たんだよ。落とし前ってやつだ」

「私などと闘うよりも、ツァラトゥストラと闘ってみてはいかがですか。彼なら今、病院にいるはずですよ」

 

 そんなシュピーネの提案を、ベイは鼻で笑って一蹴する。

 

「シュピーネ。俺は今日、てめえと闘り合いにきたんだ。それによ」

 

 瞬間、得体の知れない感覚が両者を貫いた。

 この感じはシャンバラへ来てから都合三度目。つまり――

 

「今、スワスチカが開いた。っつーことは、だ。今野郎が病院にいたとしても、俺が行く頃にはもういねえだろう」

「急げば間に合うかもしれませんよ?」

「ハッ、諧謔かますのもそれくらいしとけや。つーかよ、俺にその気は一切ねえ。今日はてめえとしか闘る気がねえんだ。大体な。コケにされた挙句、その相手の掌で踊るなんざ真っ平ごめんなんだよ俺ァ――!」

 

 その咆哮とともに、無数の杭がシュピーネ目掛けて放たれた。

 とはいえシュピーネとてこれぐらいは予測している。彼は杭の大群に怯む様子を見せず、その手に煌く聖遺物で己に当たる軌道の杭だけをいなしてみせた。背後へと抜けた杭の群れが、展望台のガラスを粉々に砕く。

 その結果にベイは表情を変えない。彼もまた、この程度でダメージが与えられないことは理解している。今のこれは、言うならばただの殺意の発露だ。

 

「猛るのは結構なことですが、私は貴方に付き合うなどと一言も言っていませんよ」

 

 直後のシュピーネの行動は、まさしく迅速果断といえるだろう。彼は背後の割れたガラスの奥へと、一足で身を投げたのだ。

 さらに右手からワイヤーを伸ばして街路灯に巻きつけると、そこを支点に加速。一気に彼我の距離を引き離した。

 僅か数秒にも満たない早業。例え黒円卓の面々といえども、この状況からシュピーネを捉えることができるものはそう多くない。

 だが彼の相手はベイ。ましてやベイは一度シュピーネに辛酸をなめさせられている。そんな彼が、二度も同じ屈辱を甘んじて受けるはずがない。

 しかし今から追撃したとしてもはたして追いきれるのか。いかに身体能力ではベイが上回っていようとも、即座に捕まえなければ恐らくシュピーネはあっさりと身を隠すだろう。あるいは戦闘が困難な場所へと逃げ込まれるかもしれない。例えば聖餐杯のいる教会。あるいはゾーネンキントのいる場所か。

 ゆえにベイがシュピーネとの戦闘を続行するためには、今この瞬間にもシュピーネを止めなくてはならないのだ。いかに超人、いかに魔人といえどもはたしてそのようなことが可能なのか。

 否、捕らえる必要はない。追う必要もない。

 

Briah(創造)――」

 

 行うべきは唯一つ。逃げ場を、なくしてしまえば良い。

 その手段をベイは持っている。彼を含め、黒円卓でも三人しかいないある創造の形。

 すなわち空間隔絶による、戦場限定型の覇道。

 

「――Der Rosenkavalier Schwarzwald(死森の薔薇騎士)

「――――!」

 

 脱出不可能の牢獄が、今シュピーネをも飲み込んで展開された。

 

 

 

 

             Der L∴D∴O in shamballa ―― 9/13

                 Swastika ―― 3/8

 

          【ChapterⅡ Der Vampir der Nacht ―― END ――】

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