あと1・2話
偽物め。
盗人め。
憎らしい。憎らしい。
オレは憎らしい。
オレの全てを奪い、こんな哀れもない姿に変えた奴が憎らしかった。
憎悪に染まる思考と震える拳を握りしめオレは奴を睨みつけた。
その姿。その顔。
全てはオレのものだった筈だ。
それらを、オレから奪い平然と奴は藤丸立香を演じている。
悔しい。腹立たしい。
ならば、オレは奴から奪い返そう。
奴の虚構にまみれた皮を削ぎ落とし、オレはまた藤丸立香に戻ろう。
憎たらしい。藤丸立香め。
今は甘んじてこの醜態を晒そう。
だが、オレは貴様から藤丸立香を奪いとる。
*
藤丸立香が重厚な造りである城の扉を開けた。
中は豪勢な出で立ちであった。
真っ赤に彩られた絨毯からは気品が感じられた。
だが、そんな室内とは裏腹に眼前には異質なオーラを放っていた者がいた。
彼は……
いや、彼を彼と形容していいのだろうか。
それは、人と言うにはその些か不都合なのかもしれない。
人の形は確かに成している。
だが、その顔面は爛れ、身体は細く骨が浮き出ていた。
そう、それを敢えて型に嵌めるのならばミイラの様だった。
更に藤丸にとって一番の違和感はそれの隣に立つキャスターの存在だった。
彼女は、只々不敵に笑みを浮かべていた。
「キャスター」
藤丸は眼前の彼女に声を飛ばした。
だが、それに対して彼女が何らかの行動を返す事はなく。
ただ、その隣に立つ、異形の存在へと視線を緩やかに送っただけだった。
その視線の先の異形は一歩踏み出す。その不条理な足をずるりと引きずるように。
そして、彼は右手を掲げて高らかに叫んだのだった。
*
憎らしいほどにとぼけた顔に見えた。
眼前の敵は如何にも自身が藤丸立香と言う様に平然と立っていた。
許せる筈もなかった。
だから、オレは取り返す。オレの日常を。
オレは一歩踏み出す。
きっと、これは大きな一歩だ。
キャスターに言われた通りに強く念じる。あの偽物から令呪を奪い取る事を。
「さぁ、返してもらうぞおお。藤丸立香ァ」
オレは左腕を掲げて吠えた。
すると、何故だろう。オレの中の何かが唸った気がした。
それは、オレの体内で蠢き暴れ出す。
あぁ、間違いない。オレは間違いなく藤丸立香だ。
だからこそオレの中の何かがそれを取り戻そうと暴れ出しているのだ。
もうひと押しだと。オレは確信した。
目の前の偽物は只々、オレを見ているだけだった。
そうだ、そうしていればいい。お前はそこで立っていればいい。
オレがお前から全てを取り戻すさまを。
「来い、セイバー!」
瞬間、オレの視界は光に奪われた。
*
「あれは!?」
偽物が驚愕の声をあげた。
オレは更に念じる。奴から令呪を奪い去る為。
だが、だが、なんという事だろうか。
それ以上待てどオレの中の輝きは寧ろ弱まっていく。
「何故だ!なんで……キャ、キャスター!何でだ!」
思わず振り返り答えを求めた。
だが、彼女はただ落胆した顔を浮かべオレを軽蔑した目で見つめていた。
「キャスター?」
「はぁ……もしやと思いましたが『やはり』だめでしたか。いえ、貴方が気に病むことはありません。所詮は、残骸から生まれた存在。貴方に期待した私が愚かだったのです」
「な、何を……言っているんだ?キャスター……オレが、オレは藤丸立香だろ?君がそういってくれた!オレは」
「はぁ?違いますよ、人類の敵でしょ貴方は。思い出せないのなら教えてあげます」
ヤメろ!聞きたくない!
オレは抵抗する様に耳を塞ぐ。
だが、そんな事は無意味だった。
彼女の声はオレの体内をまるで溶かす様にすり抜けてくる。
「虚構の存在よ。貴方こそカルデアのマスターに滅ぼされた魔神柱だった者。その残骸を再構築したのは私。貴方は藤丸立香などではない。無慙に散った魔神柱の一柱。その名はシャックス。それが貴方の本当の名前」
キャスターが吊り上げた口元を隠す事もせず、高らかに笑った。
オレを嘲笑うかのように、見下すかのように。
「オレは……嘘だ……嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘タァァアアァアア」
叫ぶ。ひたすらに叫んだ。
だが、この場にいる誰一人としてオレに手を差し伸べる者などいなかった。
*
藤丸立香と沖田総司、そして通信越しのマシュは獣の様な咆哮を聞いた。
そんな彼に彼らは哀れみの視線を向けた。
「マシュ?」
「間違いありません。あの方からは先ほど聖杯を感知しました。間違いなく彼が聖杯を持っています」
「魔神柱の反応は?」
「そちらは断言できません。ですが、微かに酷似した反応は示しています」
藤丸は視線をキャスターに向けた。
対する彼女は怪しげな笑みを浮かべているだけだった。
「キャスター、一体何をした?」
「私はまだ何もしていません。勿論、今からしますけどね」
キャスターは、蹲ったままの異形の者に近づくとその細腕を彼の背後から突き出した。
彼の肉は簡単に削げ、彼女の腕は彼の体内で何かを求める様に蠢く。
「あぁ、ありました、ありました。返して貰いますよ聖杯。寧ろ、感謝をして頂きたいくらいです。一度は滅した貴方をわざわざ復元させてあげたのですから。どうでした?自分達を滅ぼした人間の真似事は?楽かったでしょう?」
残忍な笑みを浮かべキャスターはその腕を引き抜くとその手には聖杯が握られていた。
その傍で異形な存在は糸が切れた人形の様に事切れた。
「さぁ、余興もここまで。本番を始めましょう」
「何が目的だキャスター」
「何が?つまらない質問ですね、マスター。簡単な事です。聖杯、そして私の宝具を使ってこの特異点を裏返すのです」
「裏返す!?どういみだ!?」
「わかりませんか?特異点とはそもそもあり得なかった歴史。ですが、それは同時にあり得たかもしれない世界。世界線の外に押し込まれた現実。この亜種特異点もその例外ではありません。叶わなかった線を虚構にする。つまり現実としてひっくり返すのです。歴史を。私の手によって。
私は女王。永遠の女王でなくてはならない。ですから、この手で私は私の国を作り上げる」
「そんな勝手が許される筈がありません」
マシュの怒気を孕んだ声に藤丸は頷き同意した。
そして、同時に弾かれた様に桜色の剣士が刀を携え飛び出す。
彼女は瞬時にキャスターに肉薄し、刀を突き立てた。
「とった!」
「あぁ、怖いこわい」
言葉とは裏腹にキャスターは余裕の笑みを浮かべた。
事実、沖田の刃はキャスターに届く事は果たせなかった。
肉薄していた筈の二人の距離は気がつけば数メートルに広がっていたからだ。
沖田が距離を見誤った訳では決してない。だが、現実として沖田の刃は空を切った。
「不思議でしょう?でも、おかしな事はありません。ここは、私の領地。私の城、私の国、私の世界。これこそが私の宝具。聖杯によって強化された私の世界」
「―――
キャスター魔力が聖杯により底上げされる。それが、溢れ彼女の周囲で渦を巻いた。
風景が一変された訳でもなく視覚的に変化が見て取れる訳ではなかった。
只々、目の前にいる異様な魔力を纏ったキャスターは不敵に笑う。
それが、藤丸らにとって不気味以上の何物でもなかった。
「先ほど沖田さんの攻撃を躱した様に。キャスター自身の発言を顧みるに、この城、いえ、この特異点までもが彼女にとって都合の良い様に塗り替え続けられているのではないでしょうか?」
マシュが落胆と驚愕の声をあげた。
「だとしたら無す術がないじゃないか!何か!何かできる筈だ!」
「えぇ、その通りですマスター。もう一度仕掛けます!」
沖田は再びキャスターへとその刃を振るう。
「その攻撃は届きません」
キャスターの発した声は現実を彩った。
二度放った沖田の刃はまたしても空を切る。
「無駄です。無駄ですよ。何度やろうとも同じ事です。わたしは女王。全てを管理、統治する者。私の国を終わらせる事は何人足りとも不可能。何故なら私は永遠の女王なのだから!さぁ、マスター死んでください。私の望む、私の創る国に貴方は必要ないのです!」
瞬間、藤丸の視界が歪む。
「―――ぐっ」
それを懸命に堪えようとするが、気が付けば彼の視界は一人の女に染まっていた。
女は笑う。女は残忍に笑う。
その手に持った杖は凶器となり、その笑顔は狂気を孕み。
キャスターは藤丸にそれを突き立てんとする。
「マスター」
だが、それを寸での所で沖田は食い止めた。
彼女は続けざまに剣を振るいキャスターを退けさせる。
「キャスター。貴女の認識する全ての物が貴女の国だというのならば。その認識の外に飛び込むまで」
「そんな事が出来るのかしら?いいえ、出来るはずがないわ」
沖田の言葉にキャスターは高らかに言う。自らの国がたった一人の剣士に振りきれる筈がないと。
「マスター、魔力を回してください。畳み掛けます」
「あ、ああ!」
沖田は刀を水平に構え、三段突きの態勢へと切り替える。
藤丸もそれに合わせ彼女に魔力を付属させる。
「―――行きます!」
一歩、彼女が駆ける。
二歩、三歩。沖田はキャスターに接敵する。
「―――無明三段突き」
放たれた回避不可能な剣技。だが、それですら。
沖田の必殺剣ですらキャスターの体に触れる事すら出来なかった。
「残念ですね沖田さん。その技も私に当たらなければ意味がない。策は尽きましたね。まずは、貴女から消して―――」
「いいえ、これでいいんです。いいんですよね?」
「何を?」
「言ったでしょう?認識の外からの攻撃と」
不敵な笑みを浮かべたのは沖田の方だった。自身の必殺剣が外れた事すらも想定内だと言い切り、彼女はキャスターを見据えた。
いや、キャスターの奥。その奥の何かを沖田総司を見据えたのだ。
「―――あぁ。十分だ」
男の声がした。それは、今にもこと切れそうな弱く小さな声。
だが、それは決意をした決死の声。
「―――お前は!」
「おせぇ―――おせぇよ、キャスター」
声を発した揺れる影。キャスターは即座に振り向く。
だが、それは彼の言う通り遅かったのだ。
青い段だら模様の羽織が揺れる。
その手に持つ刀は鋭く。その刃はキャスターの胸部を貫き刺したのだ。
「お前は……アサシン。何故?なんで?お前は!?貴方は死んだ筈!?」
鮮やかな鮮血を口元から零し、キャスターは驚愕の顔を浮かべた。
「何言ってんだ?俺達なんてのは元々死んでんじゃねえか。いや、まぁいい。そんな事はどうでもいい」
「ふ、ふざけないで!私はまだ死ねない!死なない!私は女王よ!私が女王なの!お前みたいなただ武器を振るうだけに野蛮人に!私を殺す?ふざけないで!」
「―――あぁ、ふざけてなんかないさ。俺の目的はただ一つだ。それは、何度生き返ろうと不変。俺は勤皇の志を決して違えたりはしない。いいや、違う。お前などが王では、お前の国ではアイツに相応しくない。女王フアナ。お前は俺にとって倒すべき存在だ!」
アサシン、藤堂平助はその刀をキャスターから引き抜き、もう一太刀彼女の胴体を切り裂いた。
「―――嘘。嘘、嘘、嘘。私の国が、私の地位が、権力が、世界が。消える。消えてゆく。あぁ、何故。何故、な……ぜ」
キャスター、女王フアナの体は消えてゆく。
最期は、嘆きを口にして。キャスターのサーヴァントは消滅した。
「―――藤堂さん」
「さて、俺も行くわ。もうこうして立ってんのもつれぇ」
彼の言う様に既に体は消えかかっていた。
「藤堂さん、私は―――」
「何も言うな。俺もお前も目的の為に殺し合った。それだけだ。―――まぁ、機会があれば俺もカルデアに呼ばれてみるわ。そっちのお前は今回の記憶はねぇだろうけど」
「いえ、そんな事はありません。今回の件は必ず私の霊気に刻んでおきます」
「そうか、じゃあな総司。一つ忠告だ。まだ今回の特異点はおわりじゃ―――」
「あぁ、まだ終わっていない」
アサシンの言葉は最後まで発せられる事はなかった。
完全に消滅したアサシンの背後に影が蠢く。
その存在はこの場にいる全員が呆気にとられるほど想定外の存在。
藤丸は、只その存在を睨みつけ、その存在の名を怒りの声で放つ。
「シャドウ……サーヴァント」