冷たい感覚で、意識が目覚め始める
息苦しい感覚、浮遊している感覚
なにかに、流されている感覚――
(ま、ずい‼)
辛うじて残っていた魔力を振り絞り、右手で錬成を行う
奇跡的に底の方に当たり、隆起が起こる
体が浮き上がり、水面から顔を出すことに成功する
そのまま川岸まで飛ばされることは想定外だったが
「はぁ…はぁ…ゲホッ、ゴホッ…」
右手だけで体勢を建て直し、改めて左手を確認する
肘から先が完全にちぎれて無くなってしまっていた
「っく…っそ」
着ていた服の縁を持ち上げ、歯を使って引きちぎる
それを左肘上部分に持っていき、縛って止血する
「もう少し…遅かったら死んでたな…こいつは…」
出血箇所が濡れるなんて一番避けなければいけないことだったのに、今のでどれ程血が流れたのか検討もつかない
その水のお陰で助かったと言われれば、何とも複雑な気持ちだが
「取り敢えず、何とかして火を…」
左腕の痛みをこらえながら、右手で魔方陣作成を始める
こんなとき自分の無能さを恨むことになるとは思わなかったが、言ったって始まらない
「求めるは、火…其れは力にして、光…顕現せよ…“火種”…」
適正がないもので長ったらしい詠唱も必要だが、そんなこと気にしている場合ではない
濡れていた服を何とか脱いで、灯った小さな炎で乾かす
同時に左腕の状態を改めて確認する
断面はお世辞にも綺麗とは言えず、幸い汚れなどは付着してないが水に浸かっていた以上感染症の心配もしなければいけない
一応の止血はしたが清潔な包帯等あるはずもなく、消毒することも難しい
「…いや、そうだ」
――難しかった、が正しいか
「あぐっ…ぎっ…ぐぅぅ…」
火が肉を焼く音を聞きながら、左腕に走る激痛を必死で耐える
これが正しいかどうかは、正直言って分からない
本当なら熱した医療道具を使うのが正しいのだろうが、ここにそんな上等なものはない
だったら直接傷口を塞ぐしかなかった、例え自分の腕を焼くことになったとしてもだ
「はぁ…はぁ…これで、どうだ…?」
じっくり焼いてウェルダンにならないよう気を付けて、傷口を確認する
黒ずみながらも、確かに出血は止まったが肘から肩方向にかけて火傷ができた
「贅沢言ってる場合かよ…」
出血多量で死ぬよりかは全然いいと割りきろう
自分が流れていた川まで行って、左腕を浸す
火傷の部分がいい感じに冷える
つくづく川に落ちてよかったと感じさせられる
死ななきゃ安い、本当にその通りだ
「さて、と」
ある程度痛みも引いてきて、貧血でふらふらするが思考もだいぶ落ち着いてきたところで
「この場から離れよう、今すぐに」
せっかくつけた火を足で消して、乾ききった服を乱暴に抱えてその場から離れる
魔物のいるダンジョン内で肉を焼くということはしたくなかったが、緊急と割りきった
処置が終わったのだから速やかに場所を移さないと、焼けた肉の匂いで何がやって来るか分かったものではない
「もう少し、安全な場所を探すべきか。できれば水があった方がいいな」
川沿いに進みたかったが、残念なことにここはちょっとした川辺と言うだけで切り取られた空間だった
後ろには洞穴が続いていて、こちら側しか進むことはできそうにない
「どうか匂いに感づいてやって来る魔物に遭遇しませんように…」
苦しいときに神頼みをして、奥へと続く洞窟へと足を踏み入れた
――――――――――――
(どうしてこの世界の魔物はみんなグロテスクなんだよ…)
歩き始めて30分程たって、俺は立ち往生していた
歩き続けていたら大きな四辻に出た
何処かに木の棒でも落ちていないだろうかなんて考えていたら、直進通路から何かがやって来た
その場にあった岩陰に身を隠し、そっと覗いてみると
――全身に赤黒い血管浮き上がらせた大きなウサギが現れた
キモい、素直にキモいです
ベヒモスもそうだったが、はっきり言って見ることさえ憚られる見た目のモンスターしかここのダンジョンいないのではなかろうか
目の前のウサギ(本当は認めたくないがそれ以外に形容できないので)は幸いこちらには気が付いていないようだが、ウサギなので音には敏感だろう、きっと
迂闊に動くとばれかねないので、ここはなにもしない方が生存率は高い
そうこうしていると、ウサギが両耳をピンっと伸ばす
気付かれたか?と身構えると、どうやら別のお客様に反応したようだ
全身白い毛皮で覆われ、2本の尻尾を揺らし、やっぱり全身血管浮き出しまくりのグロい狼っぽいモンスターが出てきた
その狼がウサギに飛び掛かると、その後ろからまた別の狼2体が現れる
そして、ウサギの飛び蹴りの餌食となり全滅した
な、何を言ってるのかわかんねーと思うが以下略
いやマジなんだって、飛び掛かった狼に蹴り入れて即死させたあと空中回転決めて2体目に踵落とし
別に現れた狼2体を華麗なステップで回転蹴りしてノックアウト
最後の1体が尻尾から電撃出したのを避けて顎にキック入れて状況終了
合計5体の狼を、見た目ウサギなモンスターが全滅させてしまったのだ
モンスターの食物連鎖は複雑怪奇
そんな風に
そう、そんな風に傍観していたら
右側通路から、唸り声が聞こえてきた
思わず後ろに下がりそうになるのを必死で食い止め、少しだけ岩陰のより奥に身を潜める
狼相手に無双していたらウサギが、通路側を見て固まっている
若干震えているようで、どうやらそこからくる何かに怯えているようだった
その時、そいつは来た
白い毛皮をまとい、二足歩行をして
足まで届く巨大な腕と、30センチ程の長い爪をもつ
全身血管浮き出しの熊が来た
なに?最近流行ってるのそれ?
現実逃避でツッコミをいれるが、もう気が気ではない
ウサギだけでもかなりヤバイのに、ここに熊なんぞやって来たらウサギと仲良くこいつの昼飯だ
だが熊はこっちには気付いていないようで、目の前のウサギのみ凝視している
蛇に睨まれた蛙ならぬ、熊に睨まれたウサギと言った感じでウサギは微動だにしない
「……グルルル」
熊が低く唸ると、ウサギはハッとしたようで後方に跳躍した
それを見た熊は、巨体とは思えないほど素早くウサギに詰め寄り長い爪をウサギに振るった
爪は当たらなかった、ウサギは体を捻ってかわしたのだから
だが、ウサギはそのまま胴体を真っ二つにして絶命した
息絶えたウサギを僅か3口で完食すると、ウサギが倒した5体の狼もペロリと平らげ
何度か周囲を確認した後、もと来た通路を帰っていった
――――――――――――
あれから、そのまま進むのは危険と判断し元の川縁まで帰還した
帰ってきて気付いたが、川の流れのお陰で臭いのほとんどが流れてしまっていたようだ
唯一の通路を錬成で塞ぎ、暫くはここを本拠地とすることにした
どうにかして手持ちの武器を作れないか、そう考え貧血の体に鞭打って周りの壁を錬成で掘り返してみることにした
結果だけ言うと、武器として使えそうな鉱物の類いは見つからなかった
その代わり――
「…何だろう、これ」
掘ってる最中に水が滴り落ちるものだから掘りまくったら、青く光るバスケットボール大の鉱石を見つけた
どうやらこの石が水を出しているようで、それも結構な量出していた
「これ…飲んで大丈夫なんだろうか」
川の水を煮沸して飲む面倒臭さから、この水は直接飲めるのだろうかと言う考えに至り
右手ですくって飲んでみた
「…ん?んんん?んー?」
貧血でふらふらしていた体が、急にスッキリとした感覚になる
ただ水を飲んだだけで、どうやらガタがきていた体のあらゆる部分を回復してくれたようだ
「まさかのレアアイテムですかい…」
地中に埋まっている超回復アイテムとか、どう考えても冒険一周目クリア特典のアイテムですよ絶対
「神よ感謝しますってか?」
青く光る鉱石を掲げて、柄にもなく神に感謝の言葉を延べ
その鉱石に口づけをする
「――っ‼」
熱と言ってもよいほどの刺激を感じ、鉱石から口を離す
これは…
「魔力まで回復すんのかよ…」
たいして無い魔力だが完全と言ってよいほどの回復を見せた
こいつがあれば即死につながることも少なそうだ
「とりあえず水と回復アイテムの確保はいいが、食料どうすっかなぁ…」
こんな地底深くに食物が生えているわけもなく
あるとしたらダンジョン内を徘徊しているモンスターだけなのだが
「あいつら食っても大丈夫なのか…?」
某モンスター討伐ゲームでは一応食べられたが、焼けば大丈夫とかあの血管浮き出しのモンスター見た後では全く信用できない
「背に腹は、代えられないか」
だが食わなければ、死ぬだけだ
この冥府の奥底で、人知れず死ぬだけだ
「やるしかねぇな」
無い頭振り絞って、行動するときがきたようだ
――――――――――――
「まさかここまで成功するとは思わなんだ…」
この前見かけた白い狼を標的と決めた俺は、いくつかの仕込みをして罠にかかるのを待った
まず最初に獲物探し
魔物と言えど生き物ではあるので、縄張りや行動範囲というのは決まってくる
特に洞窟の中ともなれば範囲は大幅に縮小され、特定も容易となる
その考えは合っていたらしく、先日ウサギにフルぼっこにされた狼とは別の狼4体を見つけることに成功した
次に罠作成
とは言ってもどういった感じで狩りをするのか観察していたらこっちが獲物になりかねないので、見つからないように壁の中を錬成でくり貫きながら尾行した
4体は通路を挟んで2体ずつ岩陰に待機し、そこで狩りをすることを確認した
そこを見計らってまず1体落とし穴へご招待
それに気付かれる前に同じ通路にいたもう1体も埋め、近付いてきた残り2体も引き摺りこんだ
最後に仕留める段階だったのだが――
「何だってハジメ?狼の皮膚が凄まじく固くて仕留められないだって?それはな、無理に心臓を一付きで仕留めようとするからそうなるんだ。逆に考えるんだ、口の中から突いちゃってもいいさと」
錬成で動きがとれないところに、口の中に槍状にした石を突き刺す
どれ程皮膚や毛皮が固かろうが口の中、ひいては喉は柔らかいと踏んでいたからだ
結果喉からそのまま心臓まで一気に突かれて、断末魔の後に4体とも物言わぬ屍へと姿を変えた
だがこれはかなりの賭けだった
狼が壁の中を進む自分を感じとれば、壁ごと粉砕されていたかも知れないし
落とし穴から這い出てこられれば、自分は成す術もなく狼の餌食になっていただろう
喉が異常に固ければ、心臓まで槍が届かず作戦を変更する必要もあった
いずれにしても、かなりのギャンブルだったことは間違いない、そして俺はそのギャンブルに勝ったのだ
「ククク…僥倖…圧倒的僥倖…‼」
後々手痛いしっぺ返しを食らって、顔がぐにゃぁ…となりそうなことを言いながら、仕留めた狼4体を穴から引きずり出す
しっかりと息絶えてくれているようで、ピクリとも動かなかった
「皮剥ぎとか血抜きとかできないんだけどなぁ…」
さすがにこのまま食べるわけにもいかず、どうにかして食べられる状況に持っていくことを考えながら、本拠地の川縁まで戻っていった
――――――――――――
「さてと、とりあえず皮は剥いだが…」
目の前には、石ナイフでかなりの肉を削ぎ落とされた不格好な狼の肉4体分が調理されるのを待っていた
「これに棒を通して、火にかけて…あ、さすがに匂い漏れるか?」
通路を塞いでいるとはいえ、川の中からこんにちはされる可能性は0ではないのだ
塞いである壁に穴が空いていれば、焼けた肉の匂いであの熊が来ることだって予想できる
だが生で肉を食うのは脳と体が拒絶していた
「現代日本の弊害ってか」
これが鶏肉や牛肉であれば多少目を瞑って食べられもしただろうが、得たいの知れない肉を生で食べる勇気は持ち合わせていない
肉食べて感染症や食中毒で死ぬのは御免だ
「うーん、お世辞にも美味しそうな匂いではないが…生よりは食べられそうな気が…」
Y字の棒2本の上に肉を通した棒を置き、ハンドルの要領で回して焼いていく
しばらくすると全体がいい感じに焼けてきた
焼けてきたのだが、匂いはあまり美味しそうと感じられなかった
「…もし、もしここから脱出できたらまともな肉を食べよう」
どこかずれた誓いをたてつつ、俺はその肉にかぶりついた
「……」
長い沈黙の後
「…ま、不味い」
思わずそう呟いた
筋肉質のようで繊維ばかりで食べにくい
おまけに血抜きが不完全だったのかあちこちで凝血しており、食べるのに向いていない食料と化していた
「だが…モグモグ…食べなきゃ生き残れないんだ…むしゃむしゃ…我慢するべきだろ…」
青い鉱石から出てくる水で魔物の肉を流し込みながら、ひたすらに食べ続けた
約5日振りの食事はとても不味かったと明記しておこう
「――っ‼がっ‼」
腹が膨れた頃になって、その異変は起こり始めた
全身に走る激痛、まるで体の中からなにかに食い破られていく、そんな感覚が襲いかかってきた
「っ…‼く、そが…‼」
やっぱり魔物の肉を食べるのは不味かったようだ、しかしただ激痛が走るだけならまだよかったのかもしれない
「こいつ、が、きかない、か…‼」
それは、青い鉱石から出てくる水
飲んだその直後は痛みが引いていくが、しばらくすると再び激痛が襲ってくる
この水のお陰で、どうやら気を失うことさえもできないらしい
「こん、な、痛み、左腕に、くら、べれば…がぁ‼」
全身からミシミシと、体が膨張するような音が聞こえてくる
その度に激痛が襲い、水の効果で引いていく
どれ程それを繰り返しただろう
10分、20分、あるいは一時間以上たったのではなかろうか
ようやく痛みが収まる
地獄のような時間が、ようやく終わったのだ
「はぁ…はぁ…し、死ぬかと思ったぞ…ん?」
その時ふと違和感を感じる
主に体の感覚と、目の前にチラチラ見えている白い何かだ
「おい、おい。まさかと思うが、そんな」
右腕を確認する
痛みが走る前より太く、そして屈強になった腕があった
その右腕で髪を確認する
黒かった髪は色が抜け落ちてしまい
真っ白になってしまっていた
「な…な…な…」
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?」
俺の絶望の叫びが、洞窟に響いた
――リアル厨二病とか死にたい
「コロシテ…コロシテ…うぅ…」