レスタニア解放戦記 (ドラゴンズドグマオンライン外伝)   作:岸本 案

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序章「砦の守護者」

 冷たい雨が降り注いでいた。

 

 夜半から降り続いた雨は東の空が明るくなり始めても止むことは無く、その一滴(ひとしずく)ずつが流された血と共に更なる憎しみの芽を育む養分として大地に吸われ、やがて晴れることのない怨嗟の華を咲かせ、いつしか新たな復讐の種となり国土に根付く。

 いつ果てるとも知れない堂々巡りの流血の連鎖は、その地に住まう人々の心さえ蝕んでいるようであった。

 

 ここはレスタニア。飛べなくなった白き竜が治める大地。

 

 古の錬金術師を倒し失われた都を取り戻しても、浸食された大陸の竜を助け侵された大地を解放しても、レスタニアで剣を振るう者たちに安息の日々が訪れることはなかった。

 どれだけ武具の生成技術が進歩し新たな戦術が確立されても、後の世の人間から見ればもはや趣味としか思えないように、レスタニアの人間と覚者たちは領土の北東に存在するグリッデン砦でオークとの一進一退の攻防を繰り返しては互いの死者を増やし続けていった。 

 

「殺し尽くしなさい。オーク共を一匹たりとも生かして帰してはなりません」

 雨音の中をよく通る澄んだ声が四方を囲む高い砦の壁に反響して響き渡る。声を発した若い女性が手にする剣はすでに鍔元までオークの穢れた血に染まっていた。西方の国の風の神の名を冠したゼピュロスと呼ばれる名刀は、数えきれないほどのオークの肉を切り裂いても、刃こぼれの一つも起こしていなかった。

 女性は襲い掛かってきたオークの攻撃を盾を絶妙な角度で翳して受け流すと身を反転させ、その遠心力を用いて剣を大地と水平に払いオークの胴体を切り裂いた。乱戦での使用を考慮して限界まで軽量化されたその剣は、本来は刺突に特化して拵えられた細身の刀身だが、持ち主の人間離れした技量によって、斬る、突く、薙ぐの三要素を遺憾なく発揮し大量のオークの屍を作り出していた。

 必殺の一撃を受け、大きく裂けた腹から致死量の赤紫色の血液と内臓をまき散らして、オークは断末魔の叫びと共に前のめりに倒れこむ。流れ出た血液が雨と混じって石畳に広がって行く様を一瞥することもなく女性は次の目標に向かった。

 報告によると侵入したオークは三百ほど。迎え撃つ覚者と騎士隊は五十に届かない。それでも彼我兵力差において不利と言う事はない。手練れの覚者であれば、一人で十体以上のオークを討伐することも可能だ。

 血の匂いを追って砦の中を駆け回る。中庭を見渡せる二階の渡り廊下の突き当たりを曲がると数匹のオークが覚者を切り刻んでいた。

 女性の視線に気づくとオークは雄叫びをあげ、各々武器を構える。三メートル以上前方から躊躇なく飛び込んできたオークの斧での一撃を女性は身を翻して躱す。周りにいる他のオークよりも武具の装飾が豪華で体も一回り大きい。おそらく今回の侵攻を任されたオークであることは容易に想像することができた。二メートルを超える巨体の着地の衝撃を受け止めた石畳が悲鳴を上げひび割れを起こす。着地したオークは手にした斧を力任せに振り下ろして女性の剣を叩き折ろうとするが、その時既に女性の姿はオークの視界にはなかった。

 女性は身を屈(かが)めて相手の右側面に回り込むとオークが懐に入られることを嫌って薙ぎ払った斧を剣でいなす。激突した斧と剣から火花が飛び散り、一瞬だけ辺りを照らした。

 攻撃を弾かれて体勢を崩し半歩だけ後退したオークの隙を見逃さず、女性の手から神速の突きが繰り出されるとオークの右肘から上は斧を持ったまま切断された。絶叫を上げる暇(いとま)を与えず更に身を反転させオークの背後を取った女性は迷いなくオークの首を両断した。人間のそれよりも獣臭いオークの血が噴き出し、雨と共に砦の石畳に降り注いだ。

「ディビット、シェリー。頼みます」

 女性が声を張り上げると、砦の物見櫓(ものみやぐら)から二本の矢と雷の魔法が放たれ、女性に襲い掛かろうとしていた別のオークの眉間と胸を貫き、感電させ丸焦げにした。

 視界に入る全てのオークが動かなくなった事を確認すると女性は大きく息を吐きだし愛剣を鞘に納める。それと同時に大きな歓声が上がり、オークの侵入を許した砦の北側の門に竜の意匠が施されたレスタニアの旗が掲げられた。勝利を知らせる旗が風に吹かれ翻る様を、女性は何の感慨もなく見遣った。雨に濡れていつもよりも艶めいた輝きを放つ項(うなじ)で結(ゆ)われた銀髪、肌は白く大きな青い双眸。化粧っ気は全くないが、その女性剣士の美しさは特筆に値するものであった。

「エイミー隊長。ご無事でしたか」

 エイミーと呼ばれた剣士の背後にある螺旋階段を駆け上がってきたのは大剣を背負った金髪の女性だ。彼女が背負う剣も夥しい量の血を吸い赤く染まっていた。エイミーの無事を確認すると、恭しく膝を着いて敬意を表す。

「まぁ、この程度でくたばるようなら、神殿から十刀遣いの称号は与えられないわよねぇ」

 金髪の女性と一緒に螺旋階段を駆け上がってきた華奢な体つきの男性神官が腰をくねらせながら笑う。人間の男性なのだが、顔の作りや動作が何故か全体的に猫科の動物を連想させる。

 十刀遣いとは、レスタニアで使われる十種類の武器を人間の領域を超えた範囲で使いこなせる者にのみ与えられる極めて稀な称号である。

「クック。無礼であろう」

 窘(たしな)められた男性神官のクックは悪びれる事無く肩を竦めると、エイミーの傍らで膝を折っている金髪の女性に向き直った。

「ジレディーヌ。今更だけど、アンタのその堅っ苦しすぎる言葉遣い、直したほうがお互い気が楽ってもんよ」

「放っておいてもらおう。私にはお主のようなお気楽な生き方などできん。そもそもお主には礼節と言うものが欠如している」

「怒ると誰彼構わず頭突きを喰らわすような女に、お説教なんてされたくないわねぇ」

 ジレディーヌは立ち上がると悪態をつくクックを無視してエイミーの後方に控えた。

「君たちの無事は解った。他の者たちの状況はどうだ」

 二人のやり取りを苦笑しながら見遣っていたエイミーがクックに質問する。

「ウチらの部隊は八人全員無事よ。頑丈なだけが取り柄のジレディーヌ以外の怪我は、このクックさんがたちどころに治してあげたからねぇ。隊長のお気に入りの盾女と富豪の娘っ子の二人の新人もちゃんと生き延びてるわよ。安心なさい」

「そうか、良かった」

 饒舌なクックの報告に短く答えると、エイミーは砦の中庭を見下ろした。山をなして折り重なるオークの屍。その中の一割に満たないほどだが、人間の死体も混ざっている。毎日のように多くの血がレスタニアの大地に流され捧げられても、白い竜は大空に羽ばたこうとすらせず、神殿の奥に鎮座してまるで神殿の外の争いが他人事であるかのように日々を送っている。

「白竜よ。……これだけの血が流されても尚、我々に闘い続けろと言うのですか」

 エイミーの言葉は雨音にかき消され誰の耳にも届く事はなかった。

 

 人間とオークの殺し合いを嘲笑うかのように雨は降り続いている。砦を巡る攻防は間もなく丸二年が経過しようとしていた。




勢いだけで始めてみたこのシリーズ。
ちゃんとクラン長には掲載する許可とったし、取りあえずシーズン3が始まる前に投稿できてひと安心。
ネット環境が少し改善して、移動中や移動先でも投稿ができるようになったんで、少しづつ書き足していきます。週に1話くらいの割合で更新する予定です。

設定やストーリーは自分の進捗状況に大きく左右されることを最初にお断りしておきます。
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