レスタニア解放戦記 (ドラゴンズドグマオンライン外伝) 作:岸本 案
天井から落ちてきた金色の魔物が床を破る一瞬前、シェリーは危険を察知して飛び上がった。杖に込められた魔力を解放し浮遊の術式を発動させる。自分の体を取り囲む大気が球状の反重力の力場を形成して落下を逃れたシェリーはクックとルルが居る礎まで移動した。他の覚者たちに浮遊の術式を施している時間が無かったのは明らかで、それを咎められることはないと確信していたし、落下して命を落とすような仲間でもない。
礎の先は外から見た深淵が広がっており、三人は前後共に深い穴に囲まれた狭い足場に取り残される形になった。
「違う。アタシが感じていたのは魔物の気配じゃない。じゃあ、いったい誰……」
シェリーの言葉に答える者は居らず、深淵から吹き上げる風が翠玉色の髪を無造作に靡かせるだけだった。シェリーが感じていた気配の残滓(ざんし)は消え去り深淵に落ちていく水の轟音が再び辺りを支配した。
「どうしましょう。エイミーたちは落ちちゃったし、床はなくなっちゃうし。もし魔物が襲ってきたら、神官と魔術士じゃ、相手を抑える事ができないわよ」
クックの言葉で現実に引き戻されたシェリーも、事の深刻さに背筋を凍らせた。神官と魔術士は共に後方から戦闘に参加するのが定石で、剣や盾を使って相手の攻撃を受け止めてくれる存在がいて初めて力を発揮できる。弱化したルルを盾として前線に出すわけにはいかず、今襲われれたら戦うよりも前後に開いた穴のどちらかに飛び込んだ方が生存確率は高いと言う状況だった。目の前にある礎で転移も出来るが、これはメルゴダへの転移専用だ。メルゴダのどこに飛ばされるかも分からない礎を使う選択肢を選ぶ可能性も限りなくゼロに近かった。
「無闇に動くものではない。あいつらならきっと魔物を倒して戻ってくる。今は信じて待つしかない」
腹を括ったルルが礎に背を預けて座り込む。その姿を見て嘆息したクックとシェリーもルルに倣い其々別の方角を向いて礎に凭れかかった。どちらにせよ休息は必要なのだ。三人はエイミーたちが先程の魔物を討伐して戻ってくるまで体を休める事に決めた。
その時ー
礎に蓄積された記憶の奔流が三人の脳に流れ込んできた。
禍々しい曲がりくねった角を生やした紫色の体毛にくるまれた悪魔の嘲笑。
それに対峙する統率レオと覚者一行の覚悟。
そして、全身に悲しみを湛えた運命を背負った長い髪の少女の悲痛な願い。
無くなった筈の心臓が早鐘を打ち鳴らし、胸の奥を掻きむしる。
それはきっと、この礎に刻まれた最後の記憶。
呼吸することさえ忘れ、流れ込む記憶に翻弄されていた自我が一瞬で覚醒する。大きく息を吸い込んで肺の空気を入れ替えた三人は顔を見合わせた。どうやら同じ光景を共有したであろう三人はもう一度礎に触れてみたが、礎は何も無かったように沈黙を守り、先と同じ現象が起こる事はなかった。
「アタシを呼んでいたのはあなただったのね。でも、ごめんなさい。アタシにはどうして良いか解らないの。あなたはアタシにどうして欲しいの」
礎に手を置いたままシェリーは呟いた。礎から仄かな暖かみを感じ取れたが、それが何を意味しているか定かではない。そもそも礎は竜脈の主要点に建てられた人工物だ。それ自体に感情や思考があるとは考えられない。だが、残存思念であればどうか。礎を使用した何者かの強い思念が、先程の記憶を三人に焼き付かせたとなれば十分可能性はある。
記憶の最後に出てきた悲しげな顔をした少女。身に付けている物から、高貴な生まれであることは容易に想像できる。果たして誰であったか、シェリーは記憶を辿る。初めて会ったときはもっと幼かったはずだ。無頼の覚者となってからは謁見の間になど足を運ぶことはほぼなくなったが、覚者となって神殿で洗礼を受けた際に白竜の脇に控えていた少女だ……。
人間の身でありながら、次の白竜に最も近い人物と言われていた物静かな、だが強い意思を持った少女。
「ミシリア……。あなたなの」
シェリーたち一介の覚者には、神殿からミシリアやレオの行方について何か告げられた訳ではない。
神殿の重要人物たちは次々と神殿から姿を消し、その度にレスタニア全土に様々な憶測が飛び交う事態を招いた。どれも神殿への否定的な噂ばかりであったが、そのことを一切無視して神殿は火消しさえしなかった。
不安が不信を招き結果覚者たちがレスタニアから去っても、神殿は軍資金を集めることのみに執着し、残った覚者たちに無理難題な素材の徴収や、クラン法の改悪による税の回収に勤しんだ。覚者たちから徴収した資金は英雄と呼ばれる覚者一行のフィンダムへの遠征費に充てられ、一般の覚者への見返りは一切なかった。
一部の貴族や権力者の子弟である覚者が、神殿に集めた資金の運用などの陳情に訪れた際、ジョゼフの側近に「金が無ければ神殿の人間の飯が喰えない」と返答され、その話が広まると最早神殿の肩を持つ権力者たちは居なくなった。
心臓と言う人質を取られている以上、覚者たちはレスタニアのために戦わなければならない。一部神殿内の権力者たちが私利私欲の為のみに覚者たちから不要に巻き上げた税で私腹を肥やしているのを、覚者たちは知りながらも命を賭して戦わなければならないのである。
シェリーの言葉に反応するように、低い雲の切れ間から一筋の陽光が溢れた。それは水飛沫に反射して半円の虹を煌めかせながら奈落へと続いているような「メルゴダの深淵」の奥底に吸い込まれている。「何かある」そう直感したシェリーたち一行は唾を飲み込み、深い闇の底を覗き込んだ。
1ヶ月書かない時があると思いきや、今度は3日くらいで更新(@_@)
このムラのある執筆バランスに作者も辟易しておりますよ。
さて、ウチのクランの「お嬢」が今回のWMで100位入りを目指したようです。結果がどうなったか、まだ自分も知りません。帰ってからインして確かめてみよう。