レスタニア解放戦記 (ドラゴンズドグマオンライン外伝) 作:岸本 案
工房に戻ったエイミーとアンジェリナを待っていたのは、呑気に談笑するメルゴダの住民とクランの仲間たちであった。拍子抜けして唖然としている二人に、ジレディーヌが声を掛ける。
「隊長、ご無事でしたか。如何しました。呆けたようなご様子ですが」
「何って、空を飛んでるあれ。ドラゴンだよね」
扉の外を指差して、エイミーが訴える。「国土に竜はただ一体」それがこの世界の習わしだ。隔絶された土地とはいえ、メルゴダに竜が居ることは理(ことわり)に反している。
「あれは、この国の歪みを象徴する存在。ゴルゴラン」
奥の部屋からエイミーの声を聞き付けて、シェリーが分厚い歴史書を手に出てくる。眠そうな眼を擦りながらシェリーは歴史書の一節を読み上げ始めた。
「覚者ゴルゴランは側近の錬金術師ディアマンティスの奸計(かんけい)により錬金術とエルフの血を供物として竜となった。そのディアマンティスの目論見は二体の竜を闘わせる事によって疲弊させ、竜の支配する世界を壊すことにあった。三日三晩の戦いの後、白竜は墜ち力を失い、黄金竜は自我を失った。その戦いの後、ゴルゴランは滅ぶことなく、今でもメルゴダの空を支配し怨嗟の声を上げ続けている」
今のゴルゴランには覚者だった時の記憶はなく、只有限の理を造った主を探し、完全な竜となることに心を支配されていると言う。
「覚者が次の竜になる。それは変わることの無い世界の必定。ただそれには一つ条件があるわ。それは……」
歴史書を閉じたシェリーが言葉を切って、言外に付け加える。次の竜が生まれる時、それは以前の竜がその役目を果たし、命が尽きる時であることを意味する。白竜が健在と言うことは、つまりレスタニアにはまだ次の竜は産まれていないと言うことになる。
レスタニアには二十万を越える覚者がいる。だがそれは、ゴルゴランと言う異質な存在が成り立たせている世界の歪みなのだ。
「みんな。その話知っていたの。ボクは初耳なんだけど」
エイミーが戸惑いながら周りを見回す。神殿からレスタニアに覚者が数多いるのは、危機に陥った白竜が起こした奇跡の成せる業だと聞かされてきた。
「隊長とアンジェリナが外に行ってる間に調べて、さっき皆に知らせた。テオドールさんや領主様にも確認したけど、どうやら本当の事らしい」
シェリーが向き合っていた歴史書には、レスタニアの国立図書館にも記載されていない事実が刻まれていた。その事実だけでも驚きだが、エイミーにはもう一つ解せない事があった。自分たちをメルゴダに向かわせた神殿が、この事を知らない筈がない。国の機密とも言える歴史を一介の覚者に教えるような真似をして良いのか。謁見の間でしたり顔で顎髭を擦る書記官の顔が脳裏を掠め、エイミーは寒気を感じた。覚者嫌いで有名なあの老人が易々と機密を明かしてくれる訳がない。ここまで事が順調に進んでいたのは、まさか神殿が用意した筋書きに乗せられているのではないか。
「では、あれは何なのでありますか」
「竜であり、覚者でもある。永遠を求め、黄金と共に千年の時を渡る命の迷い子だ」
アンジェリナの問いに工房の長、テオドールが答える。
「あれは我ら錬金術師の祖、ディアマンティスによって産み出されたこの世の歪みそのもの。あやつがいる限り、メルゴダの人間がレスタニアの大地を踏むことはない。我々は咎人の子孫なのだ」
レスタニアはメルゴダが地上から消失したのを良いことに、歪みの元凶たるゴルゴランを本土から遠ざけるため隔絶した。その地に住む民や文化ともども。お伽噺に出てくる黄金郷としてのメルゴダは神殿が本土の市民のために作り上げた幻想でしかなかったのだ。
「まるで流刑。いや、棄民だな」
深い嘆息と共にエイミーが溢した言葉にアンジェリナの幼い頃の記憶が呼び戻される。
流刑となった元騎士団長の父は辿り着いた異国で再び、自らを罪人として扱った国の為に命を賭して戦った。瀕死の重症を負った父が終戦後に住んでいた教会は密告により焼き討ちにあい、父の生死は不明となってしまった。命辛々逃げ出した、父よりずっと若い年の離れた母とアンジェリナ。どんなに生活が苦しくても、父から預かっていた愛剣は手離さずに戦いの無い日がやってくるのを祈っていた母。
咎人の子と謗られても、自分から剣を抜くことは決して許さなかった母は病で体を壊し床に伏した。そして、臨終する間際にアンジェリナに父の愛剣ロンバルディアを託し、父の姓が「ハミルトン」だったことを明かしてくれた。あれは、覚者となる何年前のことだったか……。
夜毎アンジェリナの夢に出てくる髑髏が頤(おとがい)を鳴らして笑う。「咎人の子」と。
「そんなの納得できないであります。祖先がしたことの責任を末裔に押し付けるなんて間違っているであります。メルゴダにいる人は、皆良い人で……。そりゃ、テオドールさんは無愛想でおっかないでありますが。兎に角、そんな理由でメルゴダに縛られてるなんておかしいであります」
声を荒げたアンジェリナに視線が集まる。無意識に叫んでしまった自分を恥じ頭を下げるアンジェリナにテオドールが微笑む。
「嬢ちゃん、ありがとうな。辺境に住む我らにそんな言葉を言ってくれる本土の人間や覚者は今まで居なかったよ。お前さんたちに引き合わせてくれたベアトリクスに感謝しなくちゃあな」
「会いに行きましょう。隊長」
アンジェリナは身を乗り出してエイミーに迫る。その勢いに気圧されながらもエイミーは冷静さを失わずに両手でアンジェリナの肩を押さえる。
「行くって。どこにだい」
「勿論。そのゴルゴランに会って、話を聞いてみるのであります」
予想通りのアンジェリナの言葉に嘆息をつくと、エイミーは工房を見渡した。仲間からも、メルゴダの住民たちからも反論はなかった。どちらにしろ、錬金術で籠手の作り方を教わるだけで帰るつもりはエイミーにも毛頭なかったが、これは期待以上の収穫がある遠征になるかも知れない。
先に考えた神殿の思惑や妨害などの可能性も視野に入れて、ゴルゴランに会うことで得られるかもしれない情報の有益性を考え、エイミーはクランの長として心の天秤にかける。
「わかった。竜と呼ばれるからには、記憶は無くしていても知恵はあるだろう。会ってみる価値はあるかもね」
観念したようにエイミーは肩を竦めてゴルゴランに会うことを承諾した。
読み直したら、ちょいちょい説明足りない場所があったんで修正しました(´・ω・`)お恥ずかしい