レスタニア解放戦記 (ドラゴンズドグマオンライン外伝) 作:岸本 案
数週間前。
神殿の最奥にある謁見の間は不穏な雰囲気に包まれていた。然り顔で取りつく島のないジョゼフにエイミーとディビットが詰めよっている。
気弱なクラウスは、異臭を放つ趣味の悪い赤黒い花が生けられた、身の丈ほどもある花瓶の奥に隠れ三人のやり取りに聞き耳を立てていた。この優男(やさおとこ)は自分の利益になると思った事以外は髪の毛一本たりとも動かすことがなく、神殿の中で最も己の損得勘定で行動する人物として、その地位を確かなものとしていた。その事を全ての覚者は知っていたので、エイミーもディビットもクラウスの存在を完全に無視して話を進めている。
勿論、覚者や騎士団から捧げらた生命力を無為に浪費し、いつまでも羽ばたかない白竜の存在もこの時は二人の眼中にはなかった。兵を動かす権限は、レオが居なくなってからは記録官に過ぎなかったジョゼフに一任されているのがその理由だ。
「ああ、すまん。考え事をしていた」
いつもの気の抜けた口調で、ジョゼフがエイミーに向き直る。覚者となったばかりの頃に神殿にいた者の多くが殉職、或いは行方知れずとなり、残ったのは白竜の為と言う大義名分を振りかざす古狸と、口先ばかりが達者な嘴の黄色い雛鳥だと言うのがエイミーの見解であった。これが白竜の意志だと言うのなら、白竜は自らレスタニアの破滅を望んでいるのかも知れないと言う危険な思考を、エイミーは頭(かぶり)を一つ振って払拭した。
聞けばレオの後釜と目されていた手練れの覚者もフィンダムを解放して以降ジョゼフは顎で扱い、レスタニアへの貢献を顧みることなく、その実力を発揮させないまま飼い殺しの状態にしていると言う。
神殿内の人材不足はもはや危機的状況にあり、機能不全を起こす寸前と言うところであった。
「すまんじゃないで、爺さん。オレらの話を聞いてたかっちゅうとるんや」
ディビットがジョゼフの胸ぐらを掴む勢いで、鼻息も荒く捲し立てる。元々気が短いディビットは、この呑気に構える老人とは馬が合うはずもなかった。
「お前のその考え事のせいで何人の覚者が死んだか解っとるんか。オレらは捨て駒ちゃうねんで」
「まったく。大事な陳情だと言うから時間を割いて会ってみれば、口汚い言葉で只の恫喝か。これだから白竜様は覚者なんぞに後を継がせる事もできず、日々懊悩しておられるのですな。お痛わしや」
どう贔屓目に見ても売れない三文役者のような口振りでジョゼフがディビットを挑発する。ディビットはその白々しい姿に怒りを削がれ、ため息をついて肩を落とした。
「ジョゼフ殿。我々はお願いした筈です。賞金首などと銘打って法外な報酬をちらつかせ、新人覚者を死地に赴かせるような事はなさらぬようにと。お恥ずかしい話ですが、我がクランでお預かりした新人覚者も自らの意志で討伐隊に参加し、行方知れずとなってしまいました」
エイミーは唇を噛みながら抗議するが、それで失われた仲間の命が戻ってくる訳ではない。神殿内と同じようにレスタニア全土の覚者の人材不足も深刻であり、相変わらず覚者になる敷居だけは極端に低いので、数だけは揃っているが、その倫理観や戦闘能力と言った戦士としての純度を保てないようになってきていた。
「彼らの命は無駄にはならん。流された血はやがて白竜様の血となり、土に還った骨はいつしか白竜様の骨となるのだ。名誉の殉職と言うもの。全ては白竜様の御心のままに」
ジョゼフはどこか遠い目をしながら恍惚とした表情で白竜に向かって両手を大きく広げた。自らの言葉に酔いしれているのか、それとも心の底から白竜に陶酔し、物事の善悪の区別が解らなくなっているのか、或いはその両方であるのか、エイミーには判断できなかった。そしてエイミーたちを覚者にした張本人である白竜は、その言葉を聞いて満足気に一つ頷くのみだった。
その時、伝令の兵が転がる様に謁見の間に入ってきた。白竜の御前であるにも関わらず、兜を取るのさえ忘れ膝をついてジョゼフに報告する。
「報告します。先日告知しました賞金首。たった二人で討伐に向かい稀少種のベヘモットを討伐したとの覚者が現れました。その者の一人はアンジェリナ・ハミルトンと名乗っているそうです」
エイミーは自分の記憶を手繰り寄せた。数日前、辺境の地に現れたベヘモットを討伐する依頼が確かに自分のクランにも来ていた。ベヘモットとなれば覚者隊が終結しなければならない魔物だ。流石にどんなに無知な新人覚者でも、ドラゴン級の魔物に挑む者はいないとエイミーも高を括っていたが、たった二人で挑み討伐したと言うのは信じられなかった。そしてもう一つ、その討伐に向かった覚者の名前……。
「これが、その証拠の品となります」
伝令から恭しくジョゼフに差し出された禍々しい牙は紛れもなく稀少種のベヘモットのものであった。
「馬鹿な。あれを倒すなど考えられん」
ジョゼフは目を白黒させ、意味をなさない言葉を譫言のように繰り返していた。先程までの余裕のある態度から一変、ジョゼフは明らかに狼狽していた。
「ジョゼフ殿。今の言葉、確かに聞きましたぞ。神殿は倒せる筈もない魔物を餌に使って、覚者を討伐に向かわせていたと。そう受け止めてよろしいのですな」
エイミーがすかさず言質を取ろうとする。それが事実ならジョゼフは白竜の子とも言える覚者を故意に死なせた、或いは死なせようとした事になる。
「いやいや。儂がそんな事をする筈がない。あの告知は間違いだ。そもそもそんな討伐の依頼自体がなかったのだ。したがって神殿が謝罪することも、報酬を出すこともない」
自己正当化の権化のようなジョゼフの言動に、エイミーもディビットも怒りを通り越し、もはや呆れるしかなかった。これが今現在、神殿内で一番の実力者の姿であると思うとエイミーはレスタニアの未来を憂い肌を粟立たせた。
「か、帰ってもらえ。こんな牙を持って来られても無関係な神殿には迷惑だとな」
「は。しかし、流石にそれでは……」
言い澱んだ伝令にジョゼフは手にした書物を投げつける。哀れな伝令の兜に書物が激突するその一瞬前、エイミーが愛剣を抜刀して投げつけられた書物を串刺しにした。切っ先が妖しい輝きを放ち、ジョゼフは息を呑んだ。
「取引をしましょう、ジョゼフ殿。その者たちの処遇を私に任せて頂ければ、この件を鎮めてさしあげます。勿論、先程の不穏当な御発言も聞かなかった事にして差し上げましょう」
エイミーが人の悪い笑みを浮かべ、ジョゼフに持ち掛ける。エイミーも只のお人好しではない。こんな馬鹿げた茶番に首を突っ込むからには、自分たちのクランにも何かしらの恩恵があると踏んだに違いないとディビットは瞬時に悟ったが、口に出しては何も言わなかった。
「ま、誠か。流石は名高い十刀遣いのエイミー殿。ではこの件はお主に一任しよう。経過、結果の報告は無用。お主の責任で、善きに計らってくれ」
「お主の責任で」を強調して、ジョゼフは快諾した。得意気に顎髭を撫で、いつもの然り顔を浮かべる。
「慎んで拝命いたします。ジョゼフ記録官殿」
エイミーは書物が刺さった剣を納刀すると恭しく膝をついて一礼し、明らかに納得していない顔のディビットを引き連れ謁見の間から退出した。
「おぼじゃ共め。いったい何を企んでおるのか。気色悪い」
エイミーたちの姿が見えなくなったのを確認してからジョゼフは吐き捨てた。「おぼじゃ」とは普通の人間が覚者を蔑む時に使う差別用語である。
神殿と覚者たちによる、狐と狸の化かし合いは今に始まったことではない。だが、このエイミーの持ちかけた取引は後に神殿内部までを巻き込む大きな事件へと発展していくことになる。
アプデ記念に投稿。
今週末はずっとインするだろうから、更新ができないので少し早めに書きました。
昨日ちょっとだけ新シーズンをやりましたが、ワクワクが止まりませんね(◎-◎)