新学期も始まっているので時間が取れなくて……
とりあえず、五怠惰目どうぞ…
ノックの音と共に、その人物は入って来た。
ピンクがかった茶髪をお団子にしている彼女は、僕と比企谷くんがいる二年F組のトップカースト組の一人。
彼女は緊張しているのか、少し上ずった声で、
「し、失礼しまーす」
と言った。
彼女はドアの少しの隙間から身を滑り込ませるようにして入って来た。スパイモノの映画とかで見たことある。あとは脱獄モノとか。
彼女のウィークポイント、じゃなかった、チャームポイントである緩いウェーブの髪が歩く度に揺れる。ある一部分も揺れているけど言わないでおこう。某雪なんとかさんが怒りそうだし。
彼女の視線は探る様に動いていて、その視線が比企谷くんの方を向いたとき、彼女は小さく悲鳴をあげた。
「な、なんでヒッキーと山田くんがここにいんの!?」
「……いや、俺ここの部員だし」
「ヒッキー……え、比企谷くんって女の子の友達居たんだ」
しまった。つい本音が。
「おい、それどういう意味だよ。言っておくが、一応俺は女の子に『友達でいよう』って言われたことぐらいあるんだぞ」
「それ告白失敗して言われたとかそういうオチじゃないよね?」
「うぐっ……」
「しかもそれから一切話さなかったとか」
「なんでお前そんなに事細かに知ってんの?」
「直感D+」
「Fateかよ……しかも微妙……」
一般人でD+ってすごい方だと思うんだけどなー。
比企谷くんが立ち上がり、何故かやたら紳士的に、
「まぁ、とにかく座って」
と、由比ヶ浜さんに椅子を勧めた。
「あ、ありがと……」
由比ヶ浜さんは戸惑いながらも、勧められた椅子にちょこんと座る。ちょうど雪ノ下さんと向かい合う形だ。
「由比ヶ浜結衣さん、ね」
「あ、あたしのこと知ってるんだ」
由比ヶ浜さんは名前を呼ばれて表情を明るくする。なに?雪ノ下さんに知られてるってそんな名誉なことなの?じゃあ僕も知られてるから賞金かなんかください。
「お前よく知ってるなぁ…。全校生徒覚えてんじゃねぇの?」
「そんなことはないわ。あなたのことなんて知らなかったもの」
「そうですか……」
「別に落ち込むようなことではないわ。むしろ、これは私のミスだもの。あなたの矮小さに目もくれなかったことが原因だし、何よりあなたの存在からつい目を逸らしたくなってしまった私の心の弱さが悪いのよ」
「それを言うなら僕だってそうさ雪ノ下さん。醜いものを無意識に避けてしまう僕達の心が綺麗すぎるのがいけないんだ」
「お前ら慰め方下手過ぎない?」
「慰めてなんかいないわ。ただの皮肉よ」
雪ノ下さんは肩にかかった髪をさっと手で払った。
「なんか……楽しそうな部活だね」
由比ヶ浜さんの目がキラキラしている。……巨乳の娘は総じてアホの子って言うけど、あながち間違いじゃないような気がしてきた。
「別に愉快ではないのだけれど……。むしろその勘違いがひどく不愉快だわ」
雪ノ下さんが冷たい視線を送る。それを受けて由比ヶ浜さんはあわあわしながら手をぶんぶん降る。
「あ、いやなんていうかすごく自然だなって思っただけだからっ!ほら、そのー、ヒッキーと山田くんもクラスにいるときと全然違うし。ちゃんと喋るんだーとか思って」
「いや、喋るよそりゃ……」
「わーお、喋れるかどうかも怪しいと思われてるとはさすがに思ってなかった」
いやまあ確かにいつも寝てるけどさ。
「そういえばそうだったわ。由比ヶ浜さんもF組だったわね」
「え、そうなん?」
「え、何その反応。いつも教室の後ろで喧しくしてるじゃん」
「まさかとは思うけど、知らなかったの?」
雪ノ下さんの言葉に由比ヶ浜さんがぴくりと反応する。
比企谷くんは冷や汗を流しながら、『やっべー』とでも思ってそうな顔で、
「……し、知ってるよ」
「……なんで目逸らしたし」
由比ヶ浜さんがジト目で比企谷くんを見る。
「そんなんだから、ヒッキー、クラスに友達いないんじゃないの?キョドり方、キモいし」
あー、この視線見たことある。中二の時にクラスの上位カースト組の女子達が僕のいたグループ全員に対して『きんもー☆』とか言って笑ってた時のだ。まあ例のごとく叩き潰して捻り潰して押し潰したんですけどね。あの時の無様さは滑稽だった。
「……このビッチめ」
比企谷くんが小声で毒づくと由比ヶ浜さんが嚙みついてきた。
「はぁ?ビッチって何よっ!あたしはまだ処――う、うわわ!な、なんでもないっ!」
由比ヶ浜さんは顔を真っ赤にして、ばさばさと手を動かして今しがた口にしかけた言葉を掻き消そうとする。やっぱりアホの子だった。
「別に恥ずかしいことではないでしょう。この年でヴァージ----」
「わーわーわー!高二でまだとか恥ずかしいよ!雪ノ下さん、女子力足んないんじゃないの!?」
「············くだらない価値観ね」
「にしても、女子力って単語がもうビッチくさいよな」
「あ、それは僕も思ってた」
「また言った!ヒッキーとやまたんマジでキモい!」
やまたんって何さ。まあ僕のことだろうけど。てかキモいってなにさ。
比企谷くんが口を開く。
「このビッチが」
「こっの···っ!ほんとウザい!っつーかマジキモい!死ねば?」
おぉーっとー?これはいけませんね。そういう生死に関わることはそう簡単に口にしていいものじゃない。けもフレ二期アニメでたつき監督が降ろされると知って気が立っている僕にその言葉は刺さるよ?
「死ねとか殺すとか、そういうことを軽々しく言うもんじゃないよ?僕はそういう命を粗末に扱うやつが大嫌いなんだ。こんど言ったらぶっ殺すからね?」
「──あ…、ご、ごめん。そういうつもりじゃ……えっ!?今言ってた!超言ってたよ!?」
……ちゃんと謝れるんだね。ちょっと意外。こういうタイプの子に対する僕のイメージは、悪い方だから。
少し見た目の印象と違うように思う。彼女……由比ヶ浜さんが属するグループ、つまりトップカーストの連中は、遊ぶことに脳内パラメータを全振りしているとばかり思ってた。
由比ヶ浜さんははしゃぎ疲れたのか、ふぅと短くため息をつく。
「……あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」
かすかな沈黙の後、由比ヶ浜さんはそう切り出した。
「そうなのか?」
「そうだったの?」
てっきり暇を持て余す部活だと思ってたぜ。
雪ノ下さんは僕達の疑問は一切無視して(僕には『あなたは分かっているでしょう』とでも言ってそうな視線を一瞬だけ向けて)由比ヶ浜さんの質問に答える。
「少し違うかしら。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかどうかはあなた次第」
冷たく突き放したような言葉だった。
「どう違うの?」
怪訝な表情で由比ヶ浜さんが問う。
「飢えた人に魚を与えるか、魚の取り方を教えるかの違いよ。ボランティアとは本来そうした方法論を与えるもので結果のみを与えるものではないわ。自立を促す、というのが一番近いのかしら」
「まあ、言ってみれば『教科書あげるからあとは自分で勉強してね』ってことだよ」
ゲームでいうなら、『経験値アップ補正は掛けておくからレベリングは自分でしてね』ってこと。
「な、なんかすごいねっ!」
由比ヶ浜さんはほえーっという表情で納得した。いやまあ、納得はしても理解はしてないんだろうけど。悪い宗教とかにハマりそうでホント怖い。こうなったら僕が守ってあげるしかないね。……もちろん冗談。女性嫌い、というか人間嫌いな僕にそんな聖なる心はない。はいそこ、『だから友達いないんだよ』って言わない。一応僕にだって友達はいるんだからね!
・神様気取りな痛いアイツ
・嫉妬深いあの娘
・すぐ怒るアイツ
・金にがめつい幼馴染
・胃がブラックホールなあの娘
・エロいことばっか考えてる猿
パッと思いつく中ではこれぐらいかな。……ロクなの居ないね。友人関係、見直した方がいいのかなぁ……。でもアイツらアレで結構真面目だからなぁ……。守銭奴は生徒会会計で、ブラックホールは生徒副会長、猿は生徒会長なぐらいだし……神様気取りは鼻っ柱折られたからかだいぶ丸くなって、嫉妬深いあの娘も生徒会書記という、人に認められる立場に立てて、自信を持つことが出来たおかげでマシにはなった。怒りっぽいアイツは、どっちかというと『ザ・熱血!』って感じで、基本的にいいやつで人望もそこそこあるしなぁ……。見直す必要、ないかも。
「必ずしもあなたの願いが叶う訳では無いけれど、できる限りの手助けはするわ」
雪ノ下さんは冷たい微笑のままで言う。
由比ヶ浜さんはあっと声を上げて、
「あのあの、あのね、クッキーを……」
言いかけて僕達の顔をちらっと見る。
僕はクッキーじゃない。クッキー☆でもない。確かにクラスでは空気だけど違う。僕の名前は
「比企谷くん、山田くん」
雪ノ下さんがくいっと顎で廊下の方を指し示す。アレは失せろって合図だね。別に雪ノ下さんが覇気を使ったわけじゃない。使えそうだけど。
まあ実際、女の子同士じゃないと話せないこともあるだろうし。ほら、男子同士じゃないと話せないことってあるじゃん?だから女子にもあるんじゃない?(適当)
「……ちょっと『スポルトップ』買ってくるわ」
「じゃあ僕はペットボトルのお茶を選んでくるよ」
空気を読める僕カッコいい。僕が女子なら惚れてる。そういえば僕って中三の文化祭の時の劇で女装したことがあったっけ。似合ってるとか言われたけど全然嬉しくなかった。
僕達が教室を出ようと立ち上がり、ドアへ向かうと、
「私は『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいいわ」
と、明らかに僕達をパシらせようとする言葉が僕達の背中に投げかけられた。
雪ノ下さんマジパないわ。
......................................................
「遅い」
開口一番そう言い放ち、雪ノ下さんは僕の手から野菜生活をひったくってストローを刺す。これでも無駄話はあまりしなかったんだぜ?
以下、回想。
一切話さずに購買の前に着いた僕達は、自分達(比企谷くん、雪ノ下さん、僕)の分を買って、由比ヶ浜さんの飲み物を決めようとしていた。
「なあ山田」
「なに?」
「由比ヶ浜の飲み物ってどれがいいんだろうな?」
「んー……これでいいんじゃない?」
僕は適当に指をさす。その先には『男のカフェオレ』という文字があった。
「そうか」
比企谷くんは『男のカフェオレ』を買い、僕達は奉仕部へ戻ろうと、来た道を戻っていった。
回想終わり。
ちなみに、選ばれたのは綾鷹でした。
「……はい」
見ると、由比ヶ浜さんが比企谷くんにカフェオレの分のお金を払おうとしていたところだった。
「ああ、別にいいよ」
うん、分かるよその気持ち。こっちは払ってもらいたくてやったわけじゃないし。ただ雪ノ下さんみたいなのはどうかと思うけれど。
比企谷くんは、出された百円玉を貰わず、由比ヶ浜さんの手にカフェオレを乗っける。
「そ、そういうわけにはっ!」
「まーまー由比ヶ浜さん。ここは比企谷くんの顔を立ててあげようよ。男の子は、いつだって女の子にカッコよく見られたいんだよ」
このままだとお金を払う払わないの問答が続きそうだったので、半強制的に終了させる。
由比ヶ浜さんはむぅと唸ると、しぶしぶ小銭をしまった。
「……ありがと」
彼女は比企谷くんに小さな声でお礼を言うと、えへへぇと嬉しそうにカフェオレを両手で持ってはにかむ。ズルいぞ比企谷くん。たかが百円の対価にしては貰いすぎじゃない?見た?今の笑顔。僕ですらコロッといきそうだった。僕も百円だけどあの仕打ちだぞ。即刻お金を返して頂きたい。
もちろんそんなことが臆病者の僕に言えるはずもなく、諦めて雪ノ下さんに聞く。
「どう?話は終わった?」
「ええ、あなた達がいないおかげでスムーズに話が進んだわ。ありがとう」
ふはははは。そんな煽りが僕に効くわけないだろう。軽く受け流しながら言う。
「それはよかった。で?どうなったの?」
「家庭科室に行くわ。あなた達も一緒にね」
「家庭科室?」
家庭科室って言ったら……ああ、あの調子乗りを負かしたところか。僕とミス嫉妬、それと守銭奴と猿で一番速くて一番美味い調理実習をしたところ。あいつらの顔を見ながら四人で食べる焼き鮭と豚汁は超美味かった。またやってみたい。
「何すんの?」
比企谷くんが聞く。
「クッキー……。クッキー焼くの」
「はぁ、クッキーを」
話が見えない。いやまあ確かに、僕達が出る前にクッキーがどうとか言っていたけれど。
「由比ヶ浜さんは手作りクッキーを食べて欲しい人がいるのだそうよ。でも、自信がないから手伝って欲しい、というのが彼女のお願いよ」
雪ノ下さんが補足する。
「へー……。でも、それこそ友達に頼めばいい話じゃない?僕達と違って、君には友達が居るじゃないか」
「おい山田、達ってなんだ達って」
「ん?ああ、達って言うのは、僕と比企谷くんと雪ノ下さんのことだよ」
「なんで俺を入れる……」
「比企谷くんはまず友達はいないでしょうけれど、そもそも友達の定義というものを……」
「あ、うん、もういいよ。それ友達いない人の言葉だから」
この二人に友達がいたら驚きだ。もしいるとするなら、そんなの二次創作内ぐらいでしょ。現実で二次創作というのもどうかと思うけどさ。
「で?なんで僕達に?」
「そ、それはその……、あんまり知られたくないし、たぶん馬鹿にされるし……。こういうマジっぽい雰囲気、友達とは合わない、から」
由比ヶ浜さんは視線を泳がしながら答えた。
思わず、ため息をつく。
超どうでもいい。人の恋路を見て楽しめるのは画面の中という場合だけ。リアルで起こったって、どうでもいいとしか思えない。誰が誰を好きとか、そんな会話のネタにしかならない情報なんて、会話そのものをしない僕にとってはなんの価値もない。今少しでも同情したやつ。ありがとう。
「はっ」
比企谷くんが鼻で笑う。
「あ、あう……」
由比ヶ浜さんは言葉を失って俯いた。スカートの裾をきゅっと握りしめて、少し肩を震わせている。
「あ、あははー、へ、変だよねー。あたしみたいなのが手作りクッキーとかなに乙女ってんだよって感じだよね。……ごめん、雪ノ下さん、やっぱいいや」
「あなたがそう言うのなら私は別に構わないけれど……。───ああ、この備品たちのことは気にしなくてもいいわ。人権はないから強制的に手伝わせるし」
「ブラック企業も真っ青だね……あれ?じゃあブルー企業?」
僕の言葉は無視された。ぐすん。
「いやーいいのいいの!だって、あたしに似合わないし、おかしいよ……。
たはは、と由比ヶ浜さんは笑う。伏し目がちな視線が、まるでこちらの顔色を
イラッとした。
「ねぇ、由比ヶ浜さん」
由比ヶ浜さんがこちらを見る。
「君は、このままでいいの?」
「……やまたん……?」
「君は、その人にクッキーを渡したいんだろ?なのに『流行らない』とかそんな理由で諦めていいの?もう一度考えてみてよ。」
俯いたままの由比ヶ浜さんを見据えながら言う。
「由比ヶ浜さんがこの奉仕部へ……この部屋に入る時、まるで見られたくないような感じがしたんだけどさ、それでも叶えたかったんだろ?『クッキーを渡す』っていう願いを、さ」
思い出してみてよ、と言って続ける。
「君は、なにを思ってここに来たの?」
由比ヶ浜さんの顔が上がった。
「……ありがと、やまたん」
「……どういたしまして」
やれやれ、まったく僕らしくないぜ。
でもまあ、こんな笑顔を見せてくれたのなら、別にいいか。
「雪ノ下さん、やっぱり、手伝って……くれる?」
「……ええ、いいわよ」
由比ヶ浜さんが比企谷くんをちらりと見る。
「……あー、いや別に変とかキャラじゃないとか似合わないとか柄でもないとかそういうのが言いたかったんじゃなくてだな、純粋に興味がねぇんだ」
「もっとひどいよ!」
由比ヶ浜さんがバンっと机をたたく。
「ヒッキー、マジありえない!あー、腹立ってきた。あたし、やればできる子なんだからねっ!」
「それは自分で言うことじゃねえぞ。母ちゃんとかがしみじみ潤んだ目でこっちを見ながら言うもんだ。『あんたもやればできる子だと思ってたんだけどねぇ……』みたいな感じで」
「あんたのママ、もう諦めちゃってるじゃん!」
「妥当な判断ね」
由比ヶ浜さんはぶわっと目に涙を溜め、雪ノ下さんはうんうんと大きく頷く。僕もその横で涙で目を潤ませていた。あくびのせいだけど。
「まぁ、カレーくらいしか作れねーが手伝うよ」
「あ……ありがと」
由比ヶ浜さんがほっと胸をなで下ろす。
「別にあなたの料理の腕に期待はしてないわ。味見して感想をくれればいいのよ」
感想ねー……。僕は食レポが得意なわけじゃないんだけど。
教室のドアを開け、廊下に出る。
……由比ヶ浜結衣。彼女はとても強い子だ。傍目には誰かに合わせてばかりに見えるけれど、その実、確固たる意志がある。彼女自身は自覚していないだろうけれど。
けもフレ事件、アレどうなるんですかね。変にヒートアップすれば逆効果だし……。難しいですね。
じゃあ恒例の、行きますか。
こんな小説を見てくださったあなたに。
幸運を。