戦女神×魔導巧殻 外伝 ~ディアンのリア充生活~   作:Hermes_0724

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第三話:シャルミラ行商隊(前編)

 後世、エディカーヌ帝国には東と西を結ぶ基幹道が二本、走ることになる。東方諸国から西に走る大陸航路は大草原地帯の手前で南北に分かれる。北の大陸航路はグプタ部族国を通り更に二本に分かれ、一本はアヴァタール地方に向かい、もう一本はレスペレント地方を通る。一方、南に向かった大陸公路は香辛料の生産地であるタミル地方を通り、ニース地方を経てエディカーヌ帝国を北上、ブレニア内海南岸を西に進み、ベルリア王国を経てマーズテリア神殿領、神聖フェルシス帝国などを通る。エディカーヌ帝国(王国)が誕生する前までは、ニース地方北部は完全な人口希薄地帯であり、リプリィール山脈の麓に鉱山の村「レミ」がある程度であった。ニース地方で生きる住民の大半は、南部の沿岸地帯に集中していたのである。

 

 エディカーヌ王国のリプリィール山脈開発が、この状況を一変させる。女王ソフィア・ノア=エディカーヌは竜族やリスルナ王国と交渉、リプリィール山脈を横断する「山越えの道」を整備し、山脈を超えて東西を繋げることに成功した。これにより、山脈東部の鉱山から生まれる希少な鉱物資源を西部の王国各都市で利用することが可能となり、ただの集落であったレミは鉱山都市として飛躍的な発展を遂げることになるのである。またこの道が出来たことにより、ニース地方北部の発展が進み、それまで未開の地と言われていたニース地方以東の広大な大地が、エディカーヌ王国に開放されることになる。エディカーヌ王国は侵略を目的とする戦争を忌避していたが、その強大な経済力はニース地方の住民、特に野心あふれる若者たちを引きつけ、やがて集落単位でのエディカーヌ王国合流運動へと繋がったのである。

 

 

 

 

 

 鉱山都市レミは、後世においては帝国屈指の大都市となるが、建国当初はドワーフ族を中心とした「鉱山の街」であり、人口も一万人を超える程度であった。それでも、街には上下水道が整備され食料も豊富にあり、経済的に豊かな街であった。突如として出現した「金持ち」は、ニース地方の閉鎖的な経済空間に大きな風穴を開け、野心ある若者たちはレミを目指し、さらには山を超えてエディカーヌ王国首都スケーマで店を持つことに憧れた。この日も、そうした夢溢れる若者が率いる行商隊が、レミに到着していた。

 

『よーし、みんな!明日はレミの街見学、明後日はいよいよ、リプリィール山脈超えをするよ!今日はゆっくり休みな!』

 

 若い赤毛の女が元気な声で指示を出す。背丈は六尺近くあり、女性ではかなり背が高いほうだ。その隣で、帳面を開く女性がいた。同じ赤毛だがこちらは五尺五寸程度である。

 

『お姉ちゃん。そろそろ日が暮れるから、先に予約に行こうよ』

 

『そうだね。みんな、アタイはカウラと一緒に山道通行の許可を貰いに行く。荷物おろし頼んだよ!』

 

 タミル地方の集落出身の行商人シャルミラは、妹のカウラと共にエディカーヌ王国を目指していた。タミル地方は幾つかの都市が点在しており、それぞれに縄張り争いなどを続けている。そのため治安も良いとはいえない。シャルミラの両親も突如として襲ってきた山賊たちに殺された。妹を連れて辛うじて逃げたシャルミラは両親の僅かな蓄えを元手に行商を始めた。最初は小規模であったが、シャルミラの交渉力とアウラの天性の計算力により、行商隊は順調に大きくなっていった。だが閉鎖的な経済空間では、行商にも限界があった。さらなる成長を求めて、シャルミラ行商隊は新興国を目指したのである。

 

『では明後日の朝に北側の門を出てください。この規模であれば恐らく二日目のお昼には、峠に到着するでしょう。峠には宿がありますが、ご宿泊はされますか?』

 

『そうだね。アタイと妹、そして男四人の合計六人で泊まるよ』

 

相部屋(ドミトリー)と二人部屋がありますが、どうされますか?』

 

『男どもは相部屋、アタイと妹は二人部屋でお願い。あと朝飯も食べるから、それも付け加えておいて』

 

『わかりました。では宿に伝えておきます』

 

 リプリィール山脈は魔獣も多く棲む山である。縄張りに入らないように山道は敷かれているが、危険が全く無いわけではない。そのため万一のために山道に入る北門では、山越えを希望する行商隊や旅行者、冒険者などを受け付ける「入山受付所」がある。この受付で山の尾根にあるという「峠の宿」を予約することもできる。大抵の行商隊は、その宿で一泊をしている。その日の受付を全て終えると、男は紙を筒状に丸めて鳩の足に括り付けた金属の筒に入れ、解き放つ。鳩は山の尾根を目指して飛び立った。

 

『わっ…お姉ちゃん、アレ見て』

 

受付所を出た時、カウラが声を漏らした。異様な光景であった。七尺以上はあろうかという大きな魔物が荷車を牽いているのだ。全身が石で出来ている「ストーン・ゴーレム」である。三体のゴーレムがそれぞれ荷車を牽き、黒い外套を羽織った黒髪の男がその横を歩いていた。荷車には、栗色の髪をした少女と少年が乗っていた。どうやらレミで仕入れをしていたようで、革の幌が山を描いている。普通であれば魔物が出たとなれば大騒ぎになるはずだが、どうやら慣れているらしく、住民たちは気にしていないようだ。

 

『魔物に荷車を牽かせるなんて。それにもう日が沈む。こんな時間に山に入るの?何を考えているのかしら…』

 

姉妹は首を傾げて荷車の一行を見送った。

 

 

 

 

 

 レミの中でも人気の酒場でシャルミラ行商隊は前祝いをしていた。三日後には王都スケーマに到着する。タミル地方の香辛料やニース地方南部産の「塩」程度は他の行商人でも運んでいるが、シャルミラ行商隊はそれとは別のものを運んでいた。これが成功すれば、大儲けの機会を得られるかもしれない。ドワーフ族の女性が陶器製の大きなジョッキを持ってきた。泡立つエール麦酒を呷る。

 

『かぁっ!美味い!人気店っていうだけあって、酒一つとっても他とは違うわね。アタイたちが飲んでいた黒穀酒や蜂蜜酒なんて比較にならないわ。店主!おかわり!』

 

『お姉ちゃん。明日は朝早いんだから、程々にね?』

 

 仔牛の骨付き肉や揚げた芋、冷水で冷やした赤茄子(トマト)を薄切りにして乾酪(チーズ)を振りかけた料理などが出される。宴もたけなわの頃、店前がガヤガヤとしはじめ、やがて三十路前ほどの女性が男を引き連れて入ってきた。

 

『みんな!元気にしてる!?』

 

 おぉ!という声が店中に響く。どうやら女性はこのレミでは有名人のようだ。女性が手を挙げると、男どもが木箱を運び込んできた。

 

『ニッシッシッ!ディアンがやっと「蒸留酒」を瓶詰めしてくれたよぉ!五十本、木箱三箱分を持ってきたよぉ~』

 

『こりゃ助かる!全部、ウチで買うぜ。おう、お前ら!店からの奢りだ。一杯ずつ飲め!』

 

 小さな盃が配られる。ニヒヒと笑いながら、女性は皆に酒を注いでいった。誰それが結婚しただの、子供が生まれただの、近況の聞いては祝いの声を掛けている。

 

『あら、アンタたちは行商人みたいね?アタシはリタ。アヴァタール地方からきた行商人だよ。よろしくね?』

 

『あ、え、えぇ…よろしく…』

 

 その場の空気というか勢いというか、なみなみと注がれた琥珀色の液体をシャルミラたちは眺めた。見たことのない酒である。強い酒精の香りがした。

 

『さ、ぐぐーっといっちゃいな。一気にね』

 

 シャルミラは頷くと、一気に呷った。凄まじい強さに思わず咽る。

 

『ぐはっ…つ、強い!なにこれ?』

 

『「蒸留」っていう技術を使って、麦酒を更に強くして、それを木樽に詰めて数年寝かせるとこうなるそうだよ。どう?』

 

『い、いや… かなり強くて…』

 

『でも姉さん。少しずつ飲むと、結構イケますぜ?』

 

 男たちはシャルミラの様子から、チビチビと飲み始めた。リタはシャルミラの盃に蒸留酒を注ぎ、肩を叩いて去っていった。怖ず怖ずと飲みながら、シャルミラは何となしに店主と話をしているリタを眺め、呟いた。

 

『あのリタって商人、相当な遣り手だね。この店を完全におさえてる。つまりレミの街はあの商人が顔役ってわけか。どれ、ちょっと行ってくるわ』

 

 そう言うと立ち上がり、リタに話しかけた。

 

『リタさん。アタイはシャルミラ。ニース地方の行商人よ。ちょっと相談があるの。いい?』

 

『ん?まだ飲みたいの?三杯目はお金払うんだよ?』

 

『いえ、そうじゃなくて… アタイらは明日、スケーマの街を目指すんだけど、スケーマで会っておいたほうが良い人っているかな?』

 

 リタはシャルミラを見つめ、そしてその背後に座っている行商隊のテーブルを見た。ふーんと頷き、考える。

 

『まぁ教えても良いんだけど、その前に確認。アンタ、どうして行商人やってるの?』

 

『え?』

 

『行商人は、必要としている場所にモノを運び、対価として利益を得ている。成功すれば貴族顔負けの屋敷だって手に入る。綺麗な服に身を包んで、社交界にだって呼ばれるかもしれない… そうした生活に憧れてるの?』

 

『そ、そりゃぁお金は欲しいよ。アタイも妹も、両親を亡くして苦労して生きてきたんだ。その日の食事に困ったことだって一度や二度じゃないんだ。そんな思い、もう妹にはさせたくない』

 

『うん。だったらさっさと結婚して、家庭に収まればいい。スケーマには若い男も大勢いる。アンタなら引く手数多だよ』

 

『…何が言いたいわけ?』

 

 シャルミラが表情を険しくする。リタは逆に笑顔になった。

 

『アタシが言いたいのはね。行商人をやるのも、富を得るのも「手段」に過ぎないってことだよ。カネはね。使ってこそ価値があるんだよ。商人で成功したとして、その富を何に使うの?自分の幸福のためだけに使うのなら、大金なんて必要ないよ。人の百倍稼いでいるからといって、食事が百倍になるわけじゃないでしょ?』

 

 シャルミラは困惑した。これまでは生きることに精一杯であった。商人として成功した後なんて、考えたこともなかった。こうした酒場で仲間たちと飲み、妹に食事をさせてあげられるようになったのも、最近のことなのである。

 

『アタシが言ったことは、まぁ理想論だよ。でも覚えておいて損はないよ?』

 

 リタは笑ってそう言うと、真顔になった。シャルミラの耳元に顔を寄せる。

 

『これからアンタたちが行く峠の宿。そこの主と話をするといい。ただし、他言無用だよ。もし誰かに漏らしたら、アタシがアンタを潰すからね』

 

 ポンと肩を叩き、リタは笑顔に戻った。シャルミラは一礼すると、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 翌朝、シャルミラ行商隊はレミの街の北側からリプリィール山脈に入った。緩やかな傾斜の山道が続く。瓦礫などはなく、赤褐色の石畳が整然と敷き詰められ、荷車が普通に通ることができた。ところどころに水飲み場もあり、山越えとは思えないほどに快適に進む。第一日目は野宿となるが、夕方には整備された広場に出たので、そこで野営の準備をした。広場の四方には金属製の筒が刺さっている。魔獣除けの結界であった。

 

『そういえばレミで聞いたんだけど、ずーっと昔、この山に「魔神」が出たそうだよ?』

 

 焚き火を囲んで皆で食事をしていると、カウラが魔神の話を出した。三百年以上前、危険地帯であったリプリィール山脈の山越えに、幾つもの行商隊が挑んだ。その殆どが失敗し魔獣の餌となったが、ただ一隊だけ、山越えに成功した行商隊があった。山を降りる時に魔神に襲われたが、一人の護衛が囮となり魔神を食い止めた。行商隊の名も男の名も残されていないため眉唾の話ではあるが、「お伽噺」としてレミで語り継がれていた。カウラの話を聞いて、男たちが苦笑した。

 

『カウラさん。そりゃ出任せだぜ。魔神と闘える人間なんて居やしねぇよ。マーズテリアの聖騎士様だって無理なんじゃねぇか?』

 

『そうそう。吟遊詩人とかが創った話だろうさ』

 

 笑われて頬を膨らませたカウラの頭を撫でながら、シャルミラは昨晩の行商人を思い出していた。只者では無いことは間違いなかった。もっと色々と話を聞きたいと思ったが、忙しそうだったので遠慮したのである。

 

(もしまた出会えたら、酒のお返しをしようか…)

 

 遠くに魔獣の遠吠えが聞こえた。夜の帳が降りてきたため、交代で見張りを立てて、シャルミラ行商隊は眠りについた。

 

 

 

 

 

 二日目も順調に山道を進む。陽が傾き始めた頃、リプリィール山脈の尾根が見えてきた。夕刻前には宿場に着くだろう。やがて尾根にたどり着いたシャルミラたちは目を疑った。そこはとても、魔獣が出る山とは思えなかった。かなり広い広場があった。大理石のように硬い地面は綺麗に掃き清められ、石造りのゴーレム三体が、掌を上に向けて広場の端に立っている。中央には噴水があり、鳥が水浴びをしていた。そして山の斜面を背に、木と石でできた大きな建物があった。右側は白い漆喰が塗られた三階建ての建物で、左側は黒い外壁の二階建てである。他の行商隊も来ているのか、二十両ほどの荷車が広場に並び、それぞれに革布が掛けられていた。

 

『ニャァァ…』

 

 足元を見ると、猫が自分の足に身体を擦り付けていた。屈んで抱こうとすると、手をすり抜けてゴーレムの方に駆け去っていく。ゴーレムの掌に何匹かの猫が見えた。石で出来た魔獣は微動だにせず、猫達の遊び場となっている。呆気にとられていたシャルミラたちに、栗色の髪をした可愛らしい男の子が駆け寄ってきた。

 

『こんにちわ!シャルミラ様の御一行ですね?ようこそ、峠の宿へ!ご案内します』

 

 馬の手綱を子供が握る。シャルミラは慌てて、男たちに指示を出した。荷車を止めると、次は馬の世話である。厩舎もしっかりと用意されており、獣人の男が飼葉を与えていた。

 

『ゴンドさん。シャルミラ様の馬たちです。お世話の方、宜しくお願いします』

 

 ゴンドという獣人は無口なのか、手を挙げて合図をしただけであった。

 

 

 

 

 

 白い建物に向かう。入り口には「峠の宿」という看板が掛かっていた。シャルミラは気を引き締めた。リタから、ここの主と話をしろと言われていたからだ。子供が扉を開けた。カランという音とともに中に入ると、一人の女性が立っていた。

 

『いらっしゃいませ。ようこそ、峠の宿へ…』

 

 美しい金髪と純白と緋色のドレスを着た貴婦人である。見た目は二十歳前だが、これまで見たことがない程の美貌であった。真っ白な肌は滑らかで、ホクロは一つも無い。豊かな胸を持つことは、服の上からでも解る。何より、色香がありながらもどこかに「凛」とした雰囲気があり、場所が場所なら「大貴族の令嬢」にも見えるだろう。四人の男たちは女主人の美貌に完全に参っているようだ。アウラですら、あまりの「場違いさ」に何も言えないでいた。シャルミラは咳払いをした。

 

『失礼… 男どもが主人殿の美しさに参っているようです。アタイはシャルミラ。レミの街で予約をした行商人です』

 

『私はレイナと申します。この宿を取り仕切っています。さ、お部屋にご案内します。本日は皆様の他にも、三組の行商人の方がお泊りです。後ほど、隣の酒亭に行かれると良いでしょう。行商人同士で話をすることもできますから…』

 

 シャルミラは頷いた。行商人にとって、他の街の情報は貴重である。エディカーヌ王国には、王都スケーマ以外にも大きな街が幾つかあると聞いていた。これからの商売のためにも、どこで何が売れるのかを知っておく必要があった。

 

『アンタら!レイナさんに荷物を持たせるな!自分の荷物は自分で持ちな!』

 

 男どもは背筋を伸ばすと荷物を持ち、シャルミラの後に続いた。

 

 

 

(後編に続く…)

 

 

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