提督。それは異世界から来た高校生   作:屋守 竜

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遅くなりました。艦これイベントに気をとられて推敲に時間がかかりすぎてしまったこと、お詫び申し上げます。小説の話をしますと、1章最終話です。次回からは2章となります。ここまで読んでくださってきた方、ご感想をくださってきた方、皆様に感謝を。


夕日が傾き、彼女の心は照らされる

五月半ば。1日の殆どを陽が占めるようになったこの時期とあって、陽は未だに水平線の上だ。紅く照らされた海を見おろしながら、大淀と一人の男、提督は歩いていた。ただ、紅く輝く陽とは対照的に、二人の間の空気は青く暗いものだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「 お酒、なかなか喜んでもらえたみたいだな。

加賀さんと大淀さんのチョイスは間違ってなかっ

たみたいだ。」

 

「 やっぱり海の男は酒です!これで提督の株も

微増ですね。」

 

そう言って胸を張ったのは大淀だ。二人は演習の終了の報告をしに漁協に行っていたのだった。そこで、大淀と加賀は酒の差し入れを熱心に勧めた。曰く、海の男は酒です!との事だ。提督はそれを聞き入れ、酒屋で最も高い酒を買ってきた。彼は未成年だが提督という立場(服装)により購入任務に成功したのだ。二人の目論見通りに漁協はオチた。上機嫌で肩に手をかけ、バンバンと叩かれるくらいには気に入られたのだった。

 

「 いやあでもついてきてもらって正解だったよ。

みんな大淀に釘付けだったな。」

 

「 ありがとうございます。あ、あと最後の一言は

余計です。後一歩でセクハラですよ?」

 

「 それはなしでお願いします。」

 

提督は四十五度の角度で頭を下げた。最敬礼、ガチ謝罪だ。軍隊の性質上、セクハラは重大犯罪として扱われる。つまりこの言葉は艦娘にとっての最大の武器なのだ。

 

「 ふふっ、冗談です。」

 

大淀はクスッと笑った。提督が顔を上げる。しかし、二人とも目だけは笑っていなかった。

 

大淀は今日提督に呼ばれた時からすこし異様だと思っていた。今日の秘書官は天津風だった。にもかかわらず、漁協の訪問に同行させたのは大淀だった。天津風の秘書艦としての実務に不安があるのなら、大ベテランの加賀もいる。しかし、今提督といるのは大淀なのだ。彼女はその事に疑問を持っていた。

 

……………………………………

しばらくの沈黙が流れる。打ち寄せる瀬戸内の静かな波の音しか聞こえないような、そんな静寂が二人を包んでいた。しかし、その沈黙を破ったのは大淀だった。

 

「提督。なぜ私なのですか?」

 

「………………」

 

提督は答えなかった。代わりに、彼は静かに鎮守府とは逆の方向に歩き始めた。

 

「 提督?鎮守府はこっちですが?」

 

あわてて大淀は提督に追いすがる。そんな大淀の声が聞こえたのか、提督は止まり、そのまま鎮守府の方とはすこし離れた場所を見つめた。そして振り返ること無く、静かな、でも波の音にも負けない強い声で言った。

 

「 大淀、この海を見て、どう思う?」

 

大淀も提督の見つめる先をじっと見た。ただ、その景色は彼の見る景色のように綺麗に映らなかった。そこは、あの時彼女が空を見つめた場所だった。景色は変わっている。陸にある建物も、島の影も、海に浮かぶ船も。しかし、空の色と海の色、それだけは変わっていなかった。

 

「………………」

 

彼女は何も答えなかった。何も言えないまま時間だけが過ぎていく。夕日は彼女の答えを求めるように、急かすように地平線へと近づいていく。

 

「 ここは江田島だ。多くの艦娘にとってここは

思い出の地であり、同時に墓標でもある。」

 

「………………」

 

「……君は艦娘としてここにいる。どうして俺が

ここに連れてきたかは、分かってもらえる、

よな。」

 

提督は相変わらず振り返らず、大淀に語りかけた。

 

「……すみません、提督。かっこよく語られている

ところ申し訳ないのですが、お話は青葉から

聞いています。」

 

大淀は小さな声で顔を赤く染めて、言った。しかし直ぐに比べ物にならないほど、提督の顔は赤く染まった。恥ずかしさ故に。

 

「 はっ?なんでなんで!なんだ青葉から聞いたっ

て!俺なんにもあいつに話してないんだけど!」

 

「 提督は私を江田島につれて行って高説垂れる気

だと入渠中に言われました。」

 

「 っッッ!!」

 

提督は頭を抱えてうずくまった。耳が真っ赤に染まっているのを全く隠せていない。この時、青葉は無慈悲な減俸と鎮守府百周が決定した。

 

しかしこの時点で提督の狙いは崩れ去った。だから彼は普段の計画的な性格から、取り繕わない素のままの自分で押し切ることにした。立ち上がった彼は静かに大淀に近づく。

 

「 提督?」

 

「………………」

 

彼は無言で彼女の手を握った。跡が残るくらい、強く、強く。自分のことを見てくれていると思えるくらい、優しく、優しく。

 

「 あのっ!提督?!」

 

「 付いてきてくれ」

 

焦る大淀を尻目に彼はそれだけ言って歩き始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

小道を進むと、そこには荘厳な雰囲気をまとった岩が鎮座していた。隣には黒い碑が立っている。二つの岩は差し込む夕日にてらされて優しく浮かび上がっている。

 

「…………これは……慰霊碑ですか……」

 

「 ああ、軍艦大淀の、な。」

 

その岩にはこう彫られていた。

 

軍艦大淀戦没者碑誌

太平洋戦争の末期 日本国内は長期にわたる戦争のためあらゆる物資が極度に欠乏し南海に数々の功績を残した当時の最新鋭巡洋艦大淀も 重油不足により 乗組将兵と共に 江田島湾の奥深く 飛渡瀬内海沖にその英姿をかくしていた

昭和二十年七月二十四日未明のこと米国海軍機動部隊は 突如として 土佐沖に姿をあらわし 艦砲射撃を行うと同時に 艦載機による本土攻撃をはじめた 不幸にも大淀は それらの艦載機の発見する処となり 約一時間におよぶ 波状攻撃をうけた 大淀乗組の将兵は これに屈することなく機銃 高角砲 主砲までも砲門を開き 迎撃を敢行した 然し航空機の波状攻撃にはおよばず 戦死傷者は続出し 艦内各所に火災が発生し 猛威をふるうに至った

米海軍艦載機は その後も攻撃の手をゆるめることなく 五日間断続的に 攻撃を繰り返した

艦上に炸裂する爆弾 天空も裂けよとばかりに火を吹く主砲 そして高角砲 間断なくうち続けられる機銃 せまい内海を 尊い血潮で 紅に染めつつ 勇敢なる将兵は 激戦を続けた このような極限状況下にあって 当時の飛渡瀬警防団および国防婦人会は 戦闘の合間をぬって燃え続ける艦の消火活動や負傷兵の救出 手当等に 必死の活躍を続けた 然しその甲斐もなく 昭和二十年七月二十八日 遂に軍艦大淀は 十発以上もの至近弾直撃弾により 浸水はなはだしく 横転し 内海沖に没した この間 草間四郎大尉以下二百七十余名の若き生命は 祖国の栄光を信じつつこの内海に散華された

多くの遺体を茶毘にふす煙は 飛渡瀬の空を 三昼夜覆い 純朴な島民の涙をさそった 再び繰り返してはならない 戦争の惨状を後世に伝えると共に英霊の冥福と平和への願いをこめて 慰霊碑は建立された

 

黒御影の石碑を、大淀さんは指でなぞりながらゆっくりと読んだ。一文字一文字を噛み締めるように。碑文をなぞる手が震えている。その目には光るものがたまり、溢れだしている。大淀さんは、泣いていた。少しの嗚咽も漏らさず、泣いていた。

 

やがて大淀さんの指が碑が離れた。読み終えたのだろう。

 

「 落ち着いたか?」

 

「 は、はい……何とか。」

 

そう言っているが、大淀さんの涙は止まらない。それに、繋いでいた手は……そのままだった。

 

「 碑は……どうだった?」

 

「………………」

 

大淀さんは夕日の方を向いたまま俺の手を引き寄せた。

 

「 提督は……今日、このために私を連れ出したん

ですね……思ったより色々考えてるんですね」

 

握っている手に力が込められる。俺も、その手に力を込めた。

 

「 大淀さんは……さ。いつも電信室に篭ってたって

聞いたんだ。俺が着任した時もさ、何ていうか……

旗艦としての振る舞いにこだわってるかなって

おもったんだよね。艦としての記憶があって、

俺よりもずっと長くいきているような君達にさ、

こんな事を言うのは筋違いかもしれないんだ

けど……もう少し、"今"を生きていてもいいんじゃ

ないかなって思うんだ。過去に囚われて生きる

ことは 、本当の意味で"生きている"とは言えない。

俺は君達が過去の記憶を乗越えて、その先にある

ものを掴むために艦娘になったんだと思ってる。

だからさ、もう少し楽しんでもいいんじゃないか

な、今ってやつを。この碑を作った彼らだって、

君にそれを望んでいると思うよ。……ごめんね。

偉そうに言っちゃって。」

 

俺は心からそうおもっている。彼女らは皆悩みを抱えて生きている。それがなんであれ、彼らはそれを望んではいない。俺はそれを、彼女に知って欲しかった。

 

「 偉そうなんかじゃありません。提督の言うことは

間違っていないと思います。でも、私は彼らに

情けない姿を見せたくないんです。」

 

大淀さんは俺の顔をじっと見つめた。私の意思は変わらないと言わんばかりに強い瞳だった。だから俺は……

 

「 大淀ッ!どこの世界に一生懸命戦う娘を

情けないと言うやつがいるか!きっと乗組員たち

だってそうだ。自分たちが愛した船が、今度は

世界を守っていると聞いて喜ばないわけない

だろうが!でもなあ、そいつらだって、自分らの

せいでそいつがただ戦いに明け暮れるだけの機械

みたいなやつになっちまったら悲しむに決まって

るだろうが。お前なら聞こえるだろう?

彼らが君に何を求めてるのか。それはほんとに、

連合艦隊旗艦っていう肩書きに合う仕事をすること

だけなのか?」

 

「………………」

「せっかく 艦娘として蘇ったんだ。周りの娘たち

みたく、第二の人生、楽しんでもいいじゃないか。

それが理解できないんなら、お前を出撃させる

ことはできない。」

 

俺はとにかく叫んだ。守ってもらっている分際で、偉そうに言えたことではないのかもしれない。間違っているのかもしれない。ただ、俺は彼女らが、艦娘として蘇った意味は、ここにあると思っている。己の運命と過去と戦う、その一点に。

 

大淀さんはしばらく俯いていたが、やがて顔をあげてくれた。涙はさっきよりも溜まって、充血してしまっているが、その瞳には初めてあった時のような濁りは無かった。

 

「 私は……やはりこだわりすぎたんでしょうか。

この二度目の生を、楽しんでもいいんでしょうか」

 

不安そうに言う大淀さんの両手を、俺はそっと包み込んだ。

 

「 いいんだ。楽しんだって。精一杯楽しんで、

戦って、楽しんで。そうして深海棲艦との戦いが

終わったら、また二人でここに言いに来よう。

皆さん、私は、大淀はやりました、って。」

 

「 そうですか…提督、約束ですよ?」

 

そう言って大淀さんははにかんだ。キラリとその涙が夕日にきらめく。水平線まで紅い道を刻でいるあの夕日は、きっと何年経っても同じだろう。次にここに来るのは、俺達が海を取り返した時なのだ。ここでこぼれる涙は、その時までお預けだ。

 

「ああ、約束、だ。」

 

俺は立ち上がって碑に敬礼をして、歩き始めた。

 

 

 

 




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