「 少し……いいか……」
かけられた声は今までの声とは打って変わって低い男の声だった。その声は小さく、弱々しい。この会場に男は二人しかいないのだから、その身元はすぐに分かる。
佐世保の提督だ。
「 これはこれは大佐。どうなさいました?」
自分でも声が固くなり、震えているのがわかる。演習前は偉そうな口をたたいてしまったが、彼は大佐。自分よりも階級は上なのだ。軍隊というのはこの当たりは非常に厳しい。上官に逆らうことは軍法会議モノなのだ。
「 おいおい、はじめの威勢の良さはどうした?
急にしおらしくなって……」
「 いえ、先程は失礼な態度を取ってしまいました
ので……。申し訳ありません。」
とはいえ、佐世保提督の方も元気がない。やはり民間あがり(ということになっている)俺に演習で負けたのが悔しかったのだろう。はじめは気性の激しい自信家だと思ったが、そうではないらしい。
「 提督よ。早く本題を切り出した方がいい
のではないか?相手にも失礼だろう。」
佐世保提督の肩を叩いたのは、長門のような鋭い目と武人然とした雰囲気を纏っているが、どこかやさしげな艦娘、佐世保の秘書艦那智だった。彼女の言葉にハッとしたように彼はこちらを見据えた。一言で表すと舐め回すような視線で。まさか、こいつはホ
「 済まないが単刀直入に聞こう。
お前はどこかの国のスパイなのか?」
モではなかった。それどころか疑いをかけられている。
「 お前は一体どこで兵法を習った?今回の演習
の作戦、一見型破りのように見えて、兵法の
基礎を破らない範囲で最大限相手の予想の裏を
かいている。提督の民間採用試験は兵法の試験
は行っていないと聞いている。」
はい。疑っている目ですね。まあそりゃつい最近赴任したばかりの一般人が艦隊を指揮してその指揮で軍人を倒したとなれば当然の事ながらスパイをうたがう。艦娘は人類にとって最後の希望であり国防力、ひいては軍事力なのだ。これを掌握できるということは、戦争を有利に運ぶことができるということだ。
……うっかり変な事を言ってしまうとスパイで拘束だ。言葉を選ばないといけないな。
「 ハハハッ、長門さんも同じことを言ってましたよ。」
「 何?長門が……あいつ、頭使えたのか……」
仮にも連合艦隊旗艦長門さんになんと失礼な。怒られますよ。だが少しばかり緊張が緩んだか……
「 話を戻しますと、特に習ったということは
ありません。提督になろうと思ったのもそうで
すが、昔から海街に住んでいて、よく船を
眺めていたんです。海戦とか陸上戦の本もよく
読んでいましたので、自然と知識が付いた
のだと思いますよ。」
佐世保提督は何故かウンウンと首を縦に振りながら微笑んだ。
「 そうか……分かるぞその気持ち。俺も海軍基地
をみながら育ち、それに憧れて海軍に入ったのだ。
お前も、そうだったのだな……。」
なんかよくわからないが分かってもらえてしまったようだ。
「 やはり大湊の奴とは違うのだな。あいつは
兵法をコレっぽっちも知らなかったものだから
不審に思ってしまったのだ。済まないな」
佐世保提督が頭を下げる。
「 ホント頭上げてください!いいんですよ、
正論ですし……」
てゆうかこの国大丈夫かよ。兵法知らないのに提督、艦隊司令官とか……。
「 そうか……済まない。また今度、じっくりと
話したいものだ。」
「 ええ、俺もです。お聞きしたいことは沢山
ありますので。」
「 では、失礼する。」
「ええ、失礼致します。」
「 やはり、呉は呉か……」
佐世保提督の最後の一言は、ちいさくて俺には届かず、そのまま彼は去ってしまった。
「…… 君は行かなくてもいいのか?」
「私は大丈夫だ。提督の方には既に貴様に話がある
ことは伝えてある。」
しかし、秘書艦の那智は、そのまま残っていた。しかし、はじめに見せていたような警戒たっぷりのきつい表情ではなく、幾分か柔らかいものに変わっている。
「 それで?話ってなんだい?スパイどうこう
って話しならさっきした通り、自分には覚えの
ない話なんだけど……」
「 いや、そうではない。ただ、今日の演習の戦術
について、いくつか聞いておきたいことがあった
だけだ。」
「 何か気になったことでもあった?」
那智は深くうなづいた。その通りだと言うように。
「 今回のお前の策は、こちらが連合艦隊でも
二艦隊に分けて行動した場合にも対処できる
ようになっていた。お前はこちらが連合艦隊
で行動することを読んでいたのか?それとも
可能性として考えていただけだったのか?」
射抜くような視線が俺を捉える。誤魔化しや気の利いた言葉は一切求めない、単純に戦術的興味によって作られた質問だ、と俺は理解した。
「 誰かさんの法則を使うなら、佐世保の艦娘
動員数ではどうしてもこちらに対して不利に
なる。この演習はこちらは輸送部隊と主力部隊
を必ず分けないといけないから、兵力を集中
させれば、各個撃破が狙える。複数の敵を同時に
襲うことはセオリーどおりに見えて、かなり
リスキーだ。となったら、連合艦隊で確実に数
の暴力で潰していくしかない。元々練度の面では
優勢なのだから、数の不利さえ覆せれば勝ちは
そちらのものだ。。だから、連合艦隊で来ると
思った、そんな感じかな……」
真剣な面持ちで聞いていた那智は少し悔しそうに俯いた。
「そうか……そこまで読まれていたのか……
これでは我々の練度がいくら高かろうとも
勝ち目は薄いな。我々は演習が始まる前に
作戦で負けていたということか……」
「 お前は相手の戦術を予想して作戦指揮を執れ
るのだな。自らの目的を果たしながらも、
相手を抑え込む策を。」
「 今回は相手が人間だったからさ。人間なら、
だいたい考えていることは分かるだろう?
相手が何をしたいのか考えをことが大事……
なんだと思う」
「……そうか……提督にも伝えておこう。
近いうちに南西海域を攻略することになる
だろうからな……。参考になったぞ、提督。」
那智はそう言い残すと、少し小走りで酒瓶の並んでいるエリアに歩んでいった……かと思うと、なんかグビグビ飲み始めた。すげえな、あんなに飲んで明日の執務大丈夫なんだろうか、そう思った。
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みんな思い思いに宴会を楽しんでいるのだろう。俺はボッチになった。まぁ当然の流れといえよう。この雰囲気の中ズカズカと入り込んでいく度胸は俺にはない。少しばかり風に当たってくることにする。
鎮守府は勿論海に隣接して作られており、艦娘たちが出撃するための波止場がある。誰もいない波止場は、堤防の張り出しに当たって砕ける波の音だけが静かに響く。ただその音が聞こえるだけの場所だったが、不思議と退屈にはならない。だからだろう、一人になりたい時はここに来るのが習慣となっていた。
しかし、今夜は先客がいた。先客は近づいてきた俺に気づいたらしく、長く艶のある黒髪をふわりと揺らして振り返った。
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夜の誰もいない波止場。この鎮守府に着任した時から、落ち込んだ時やリフレッシュしたい時はよくここに来ていた。しかし、今日は少し違う。私はここに別れを告げに来たのだ。胸の奥に閉じこめていた後悔や不安、恐怖、私は今日それらに別れを告げた。だから、それと戦うためのこの場所とは今日でお別れなのだ。
静かに寄せる波の音も、小さく覗く三日月も、私を見守っていてくれているような希望が心を満たしている。
まだ昼間の温かさの残るコンクリートに腰を下ろし、わずかに見える漁船の光をじっと見ていた……そんな時だった。硬い靴の鳴る小さな音が、波音の間を縫って近づいてきた。ハッとして振り返る。そこに居たのは、宴会で艦娘たちに囲まれているはずの、白く整った軍服に身を包んだ男だった。
「 提督……ですか……」
安堵と気恥ずかしさからか、口からは小さなつぶやきしか出てこなかった。
「 あ、大淀……か。」
彼もどこか気恥ずかしそうに呟いた。鎮守府の街灯と月明かりに照らされた彼の顔は、少し赤く染まっている。
「隣、いいか?」
提督が遠慮がちに尋ねる。
「 えっ!はい!……どうぞっ……」
慌てて隣の地面の砂利を払う。
提督は一言、ありがとうと呟くと、隣に静かに腰を下ろした。
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提督は静かにくらい海を眺めていた。彼の脳裏に映るのは、嫌いだった故郷の海。夜には漁船と商船で夜空に勝るとも劣らない星空を描き出していた。しかし、この呉の港では、それを目にすることは無い。あってもせいぜい蛍の光程度のものだ。深海棲艦が現れ、人々が海沿いに住むことを諦め、心から海が、消えようとしている。そういうことであった。
「 大淀……海は、好きか?」
長い長い沈黙のあと、彼は唐突に、顔を向けることすらなく彼女に尋ねた。
「 ええ、好きです……けど、突然どうしたんですか?」
同じく海を見ていた大淀は、突然のその問の意味が分からなかった。海が嫌いで海は守れない。彼女はそうおもっていた。
「 俺はさ、嫌いだったんだよ、海。
毎日毎日同じ景色で、その上朝早くから煩い。
潮の匂いは臭いし、自転車はすぐ錆びる。
なんにもいいことないと思ってた。」
「……………」
「 でもさ、当たり前だった景色が、突然なく
なったらさ、なんだか寂しいんだよ。
いつかは取り返したいって、また見たいって、
そう思う。」
「 大淀は、どう?」
大淀は空を見上げて、静かに言った。
「 正直に言うと、私はこの時代の海をよく
知りません。私がいた頃の海は、もうありません
から……でも、あの時は海に人がいました。
暮らしていました。貧しくても辛くても、
海はいつも人とともにありました。
私が取り戻したいのは、そんな海です。」
「 そっか。」
「 はい。」
提督も夜空を見上げた。灯りが少ないおかげか、星の瞬きがはっきりと見える。小さな星も大きな星も、その一生懸命な光で夜空を彩っている。その中で、並ぶ二人を見守るように、春の真珠星が白く輝いていた。
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