あの演習から一週間がたった頃、大本営は南西海域攻略が始まったことを発表した。さらにそれから二週間たった今、俺はかつてない(ここに来てからまだ二週間も経っていないのだが……)危機に直面していた。
机の上ですまし顔で佇むその封筒は、大本営、元帥閣下によって二重に封印がなされ、マル秘の文字が異様な威圧感を放っている。
その中には短い文が書かれた紙切れが一枚とそこそこの額の金。その紙には
六月十日一○○○○までに軍令部まで出頭せよ
そう書かれていた。上からの呼び出し。これが何を意味するのかは社会人経験のない俺でも容易に想像がつく。変な汗が身体中から吹き出す。身体が血を抜き取られたようにサーッと冷めていくのがわかる。
「 提督、なんだか顔色が白を通り越して青く
なってい……」
「加賀さあぁぁぁぁぁぁぁんん!俺何か
やっちゃったかな!?しでかしたかな!?
これクビが跳ぶやつだよね!?」
思わず隣で秘書艦業務をやってくれている加賀さんに泣きついた。指令書に目を通した加賀さんは筆を置き、少し困ったような表情を浮かべながらも情けなさ全開の俺を受け止めてくれた。普段見せてくれないような優しい笑顔を見せて。
「 気にする事はないわ、提督。あなたは今のところ
差し障りのない勤務をしていると思うわ。
自分でも覚えがないのでしょう?」
「 そうだけどさあ……」
いくら自分に覚えがないからと言ってあちらに覚えがないとは言いきれない。俺が把握していない間に何か重大なことをやらかしてしまっていることもあるかも。
「心当たりがあるとすれば……
南西海域の話か、この前の演習、でしょうか」
…………………………
「 どう考えたって後者じゃないか!
あぁ……この年でいってしまうのかい?俺……」
「 大丈夫ですよ。大本営は優秀な人材を渇望
しています。提督のように将来性のある人材を
そう簡単に処分するとは思えません。大方、
南西海域攻略後の動向についてでしょう。」
と加賀さんは言うものの、不安だ。自意識過剰かもしれないが、佐世保の提督から疑われるくらいには特異な存在なのだろう。どうしても意識してしまう。
「私も付いて行きますから落ち着いてください。
今の提督の様子では私はともかく、ほかの艦娘は
何事かと不安になります。」
加賀さんの指摘は最もだ。最近やっと軌道に乗ってきたところなのにこんなところで信用を落とすのは避けないと。
「 そうだよな……ありがとう、加賀さん」
「 お互い様ですよ提督。」
そう言って加賀さんがふわりと微笑む。ホントこの人は普段からこんな表情してくれればいいのに……それはそうと。
「 ここを留守にする間は誰かに執務を任せる
ことになるんだよな。やっぱり大淀さんかなあ」
「 一人では大変でしょうから、もう一人補佐
として誰か付けるべきね。
この前秘書艦をやった天津風に頼んでおくわ」
「 ああ、ありがとう、頼むよ。」
俺はそう言ってコーヒーを入れにたった。のだが……
「 でも提督、六月十日は明日よ。
ここから帝都まで行くのなら、すぐに行かないと
間に合わないわ。」
帝都はもちろん東京のことである。残念ながらこの世界にはまだ新幹線なんて便利なものは無い。あってもせいぜい百キロぐらいの特急だ。さっきの封筒の中の金は路銀ということだろう。
振り返って時計をみると、ちょうど一一○○。ちなみに今日は九日で、ここから帝都までの時間を考えれば……
「 よし、今すぐ出よう。すぐ出よう。」
こうして俺と加賀さんは大急ぎで準備を開始、駅に走るのだった。
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東京駅から出た俺を待っていたのは高層ビル群だった。新幹線が存在しないのなら、案外ビルもないんじゃないかと考えたのが馬鹿だったんじゃないかと思うくらいには建っている。もといた世界のビルほど綺麗ではないが、なかなかのものだ。この世界ではどうやら移動手段として新幹線が存在しないだけで、他は元の世界とあまり変わりないらしい。話に聞いただけだが、飛行機も存在するようなのだ。最も海外には移動できないのだが……。
それにしても周りからの視線が気になる。そんな目立つ格好をしている訳でもないが……
いや、加賀さんだ。今日の加賀さんはいつもの艤装と弓道着姿ではなく、女性用の軍服だ。
東京が初めてなのだろうか。いつもクールであまり表情を見せてくれない加賀さんが、驚いたような、不思議そうな表情を見せてくれている。
正直、めちゃくちゃ可愛い。
「 加賀さんは東京は初めて?」
「 ええ、普段はほとんど鎮守府から出ないから。」
艦娘の存在自体は国民も知っているようだが、出撃を除くほとんどの外出は禁止ないし厳しく制限されている。つまり、加賀さんにとって東京は物珍しいものであると同時に、すれ違う一般市民から見れば、加賀さんもまた超絶可愛い軍人としか映らない。
「 なんですか?さっきから私の方をジロジロと
見ていたようですが……」
「 い、いや、何でもないよ。それより、
時間大丈夫?」
加賀さんは自分の時計をのぞき込むと、俺の手を掴んだ。
「提督、急ぎましょう。あと一時間しか
ありません。」
そう言って走り出す。だけどな加賀さん……
「…………加賀さん、軍令部はこっちだよ……」
逆にこっちが手を引いてあげると、加賀さんは顔を真っ赤にして俯きながら付いてくた。心なしか、手がとても熱く感じた。
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俺たちの前に現れたのは、赤レンガの城だった。少なくとも呉の鎮守府庁舎よりも一回り、いや二回りは大きい。海軍軍令部、参謀本部、大本営を兼ねた建物とあって、さすがのサイズだ……。大きく開かれた鉄扉の門の前には二名の番兵。
「行きますよ、提督」
さっきからずっと加賀さんは俺の前を歩いている。表情を見られまいとしている。さっきの一件で拗ねちゃってるのだ。俺を置いてさっさと行ってしまった。
「加賀さん待ってよ……」
急いで俺も軍人手帳を提示し、門の奥へと入った。
受付を済ませると、軍令部総長はもうお待ちだとの事だった。まだ十五分ほどあるが……暇なんだろうか……
「 あなたが呉の提督ね?元帥の所へ案内するわ」
後ろから突然声を掛けて来たのは、加賀さんと同じ服に身を包んだ小柄な少女だった。もみあげの長いショートボブの髪に茶色い瞳が可愛らしい。背が低いから中学生くらいに見えないこともないが、落ち着いた雰囲気と表情をみると、大学生くらいの年かなとも思う。元帥の秘書さんかなにかだろうか。
「 え?ああ、そうだよ。それじゃぁ、
お願いします。」
その子に言われるがまま、俺と加賀さんはついて行った。終始加賀さんがその子の方を見ていたけど、なんでなのかは、よく分からなかった。
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「元帥、呉の提督がいらっしゃいました。」
「 そうか、通せ」
少女が扉をノックすると、中からは重厚感のある声が聴こえてきた。その声に答えるように、少女か扉を開ける。
「 どうぞお入りください」
中で待っていたのはあの声の持ち主。多くの勲章に彩られた軍服を身に纏う、大柄な男だ。見た感じ還暦を少し過ぎたくらいだろうか。しかしながらその体は依然として豊富な筋肉に覆われているのが服越しでもわかる。
俺は身体が強ばるのを感じた。足が震えてしまって動けない。そんな時だった。
「大丈夫よ。私もいるから」
小さな声が聞こえた。加賀さんだった。さっきまでそっけない様子だったが、今はキリリとした空母としての加賀さんだ。その優しさに惚れそうですはい。
そんな加賀さんのお陰もあって、俺は一歩踏み出すことが出来た。
「 呉鎮守府司令、ただいま参りました。」
「 秘書艦加賀、同じく参りました。」
敬礼をしつつ、改めて元帥の方を見る。眼光の鋭い、いわばハゲワシのような顔つきだ。意志の強さが顔に現れている。
「 座りたまえ」
「 失礼致します」
元帥のすすめに従ってイスに座る。体重を受け止めつつも包み込むように沈む。なんというイス、いやソファーだ。テーブルを挟んで向かいあった席に元帥もまた座る。腕を組んだり、足を組んだりということも無く、ただ座っていた。
「 遠いところからわざわざご苦労だった。
……お前が呉の提督か……面構えから大湊の奴
とは随分と違うようだな……」
元帥が呟く。じっくりとこちらを観察するように見ている。
「 失礼ながら、それはどういう意味でしょうか?」
「 ちょ!?提督?!」
何か変な事言っただろうか?加賀さんが慌ててる。
そんな加賀さんを元帥は笑ながら制した。
「 まあ良いのだ。上官に反論もできん奴は
この戦時には必要ない。我々は二度と歴史を
繰り返すことはできないのだからな。」
元帥は意外にも軍人軍人した考えを持っている訳では無いようだった。きちんと過去の反省を活かせるタイプなのだろう。個人的にはとても好感が持てる。俺の方が遥かに下の立場なんだけどね。
「 まぁこんな考え方だからこの時代、この年に
なるまであの椅子に座れなかったのだがな。」
デスクを見て笑う元帥。その笑顔の中になんというか、強い執念を感じる。
「 ああ、先程のことだがな、大湊の提督は
ワシの前ではガチガチで動けていなかった。
能力はあるのだろうが、あれでは奴らに
飲まれかねない。上の命令に現場の状況に
応じて対応することも器の一つだ。
この考えが軍人には足りん。それ故に民間から
提督を採用しているのだ。」
と、拳に力を入れる元帥。しかし、機嫌が悪い訳ではなく、考えを聴いてもらえて嬉しそうにすら見える。しかし、いつまで経っても本題が見えない。ここは元帥の考えに則って意見することにした。
「元帥、申し訳ありませんが、そろそろ本題
の方、本日お呼びなさったわけを話して頂けま
せんか?あまり長く鎮守府を開けるわけにも
いきませんから。」
俺の意見にも元帥は嫌な顔ひとつせず答えてくれた。
「 それもそうだな。実はな、良い知らせと
悪い知らせがひとつずつあるのだ。
まず良い知らせの方だが、昨日、佐世保の方から
南西海域攻略完了の報が届いた。これにより南西
海域の海通は再開された。
悪い知らせの方だが、これが問題なのだ。
南西海域攻略において、敵中枢部隊の残存勢力
が、北方海域に向かっていることが分かった。
当然ながら、北方海域に向かうには、四国沖
を通ることが予想される。万が一四国沖が
襲撃を受け、民間人に被害が出たとなれば
一大事だ。そこで、呉の提督に命ずる。
四国沖にて、敵残存勢力を確認、撃退し、
海域の解放を進めよ。」
「 といわれましても……佐世保の方は動けない
のでしょうか?」
「 攻略作戦でほとんどの艦が中大破しておってな。
ドック入りしている艦が殆どなのだ。
呉にしか、頼めない。」
「……分かりました。帰還し次第、作戦に
取り掛かります。」
「 うむ。頼んだぞ。武運長久を祈っているぞ。」
元帥がそう言って右手を差し出してくる。俺も右手を差し出すと、シワのよった、それでも力強い手がしっかりと握ってくれた。
「 ご期待に添えるよう、努力致します。
それでは、失礼します。」
ドアを出ると、加賀さんがものすごくほっとした顔で手を胸に当てていた。
「 本当にどうなることかと思いました。」
「 俺も口が先行しちゃってどうなるかと思ったよ」
「 ……帰りましょう。作戦も練らなければ
ならないから。」
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二人の客人が帰ると、総長室は元帥と彼女の二人だけが残った。
「 元帥、お茶をお持ちしました」
「 おお、済まないな。それより、彼はどうだ?」
元帥は彼女が置いた湯呑みをグイッと飲み干すと、窓の外を眺めた。下には加賀とともに歩く、一人の青年将校の姿がある。
「 なんと言いますか……
しっかりと自分の意見を言う人だな……と。」
「 そうだな。あまり軍人にはいないタイプの人間
だ。そもそも、彼は軍人としての教育は一切
受けていないのだがら、それも当然か。
だからこそ、佐世保との演習で勝利したとも
言える。」
「 しかし元帥、私は戦いの基礎や機微を知る
軍人の方が遥かに戦はうまいと思うのですが…
ちがうのでしょうか…?」
「普通はそうだ。将棋の名人は金銀角飛車香馬
落ちでも素人を完封するという。しかし、
それは相手が戦い方を知っていれば成り立た
ない。」
「 彼は相手が取りうる作戦の中で相手の勝率が
最も高い作戦を潰し、その中で被害を減らすよう
立ち回った。その上、三艦隊分を艦を四艦隊
に分けて行動させた。」
「 それはつまり、基礎も押さえた上で、
相手の不意をついているということですか?」
「 そうだ。あれは逸材かもしれん。
もしかしたら、いずれ呉は横須賀を抜いて、
再び日本最大の鎮守府になるかもしれんな。」
「 はい。そうかもしれません。」
笑いかけた元帥に、彼女もまた笑いかける。
「 北方海域が攻略できれば西方海域だ。
お前の力が必要になるかもしれん。
その時にお前が腰を下ろすのは、呉か、
それとも横須賀かのう、大鳳……」
次回から出撃パートです!ようやく艦これらしくなっていく……はずです!読んでくださった皆様、よろしければご感想ご要望、ご評価をいただけると幸いです。では、またの機会に!