夜間巡視任務に就いている娘以外といつも通りうるさい一人を除いくほとんどの娘が眠りにつく中、あたしは未だに執務室にいた。今は午後九時過ぎ……なんだけど、まだ机には未処理の書類が残ってて……いつ終わるのかしら、これ。
「 ンンンんんんんんっっっっっっー」
あまりに疲れたから、ペンを置いて伸びを一つ。掛け時計を見てみたら、作業開始から二時間くらい経ってる。大淀さんは……脇目も振らずペンを動かしてる。さすがね……
「 大淀さん、お茶淹れますね 」
「 はい、ありがとうございます。お願いします」
ちょっと休憩してしまうと、大淀さんが頑張っている手前、やっぱり何かしないといけないと思っちゃう。だからお茶でもと思ったんだけど……大淀さんは顔を上げることなく返事をくれた。
執務室に備え付けられたキッチンでお茶を淹れる。大淀さんは熱すぎるお茶は好まないみたいだから、少し温度を落として淹れる。それと自分の分をトレーに載せてっ……と。それをデスクに運ぼう……そうした時だった。
「 遅くなりましー……」
「 え? 」
ガッシャーン!!!
あたしは突然部屋の中に入ってきた人物と衝突、トレーの中身を全身に浴びることになった。
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「 いやあ、着任早々にクビかと思ったけど
そうじゃなくて良かったよ。あと加賀さん、
付き添いありがとうね」
「 いえ、これも仕事のうち。」
鎮守府への帰り道、やっと帰ってきたって感覚に襲われた俺は、ついついそう漏らした。加賀さんはずっと大丈夫だと言ってくれていたけど、やはり不安があった。何かの拍子に採用試験の内容とか聞かれると一巻の終わり。だって中身知らんからな。とにかく、そんな重圧から解き放たれて俺はなんだか実家に帰ってきたような気分なのだ。鎮守府が見えてくる。着任当初は威圧感を放っているように見えた赤レンガも今やマイホーム。それはいつものように執務室に明かりがついて………
「 加賀さん、今何時くらい?」
「 九時を少し過ぎたところだけれど」
そう、明かりがついている。九時を過ぎても執務室にいるってことだ。なんだか申し訳ない。駆逐艦の子なんかは寝ている子もいるだろうに。
「 明かりがついているわね。
執務が終わっていないのかしら。」
「 そうだろうなあ。あっ、加賀さんは部屋に
戻ってもいいよ。執務室見て帰るのは俺だけで
もできるし。」
「 執務が終わっていないのなら、あなたより
私が行く方が効率がいいのではないかしら。」
「うっ……ま、まあそうなんだけどさ……
加賀さんには明日からも秘書艦やってもらう
ことになるし……やっぱり長旅で疲れも
溜まってるだろうしね。」
「……分かったわ。提督もきょうは早く休んで」
「了解!」
こうして加賀さんは寮の方に歩いていった。一方俺は執務室に行ってどうなってるのかを見ることにした。懐かしい廊下、壁、扉。全てが帰還を迎えてくれているように感じる。きっと執務室の二人も暖かく迎えて……くれるかなあ?そう思いながら執務室の扉を開け放った。
「 遅くなりー……」
「え?」
ガッシャーン!!!
「 熱っっっっっっ!!!」
「 きゃあっ!」
扉を開けた途端、カップを載せたトレーを持った天津風にぶつかってしまった。
俺が前を見ずに突っ込んだものだから、カップの中の熱いお茶は俺と天津風に降り注いだ。
「 熱っ!あなた、大丈夫?」
「うぅぅ、あ、うん、大丈夫……っ!!」
「 ちょっとあなたどうしたの?
急に目をそらして……きゃっ!!」
天津風が俺の視線を追うと、その先にあったのは濡れて透けた彼女の黒い制服。その下は……透けて見えてしまっていた。
「……天津風、そ、そ、その……すまない。
着替えて来て……いや、今日はもう休んでくれ」
「 ……そうする」
天津風は小さな声でそう言うと、顔を真っ赤にさせて走っていった。
「 提督……ちょっとそのいたずらはレベルが
高すぎませんか?」
横からジト目でこっちを見ていたのは大淀さんだった。まるで汚い雑巾でも見るような目で見てくるが、微妙に楽しんでいるようにも見えるのはなぜだろうか…
「 いや違うよ?わざとじゃないよ?
分かってくれてると思うけど」
「 はい、分かってますよ。逆に狙って出来るのなら
提督は世界最強の変態です。」
大淀さんはクスッと笑ながらタオルを持ってきてくれる。こういう心遣いができる当たり、大淀さんは本当にいい人だ。
「 分かってるなら言わなくても……
まぁ、タオルありがとう。ああ、あと代わりの
執務もありがとね。」
「 いえいえ、どういたしまして。
……提督。それはいいとして……
司令部での話はどうなりましたか?」
「………………」
「……その事なんだけど……話すと長くなるけど
いいかな?やっぱり大淀さんにへ先に話して
おきたいし。他の子には朝食後に伝えるから
朝食は全員食堂で取るように
伝えておいてくれる?」
「 わかりました。提督、それはいいとして……
早く着替えておかないと、風邪をひくかも
知れません。先にお風呂でも入ってきてくだ
さい。お話はその後で聞きますから 」
「 ああ、分かった。じゃあ明日のこと頼むよ、
大淀さん。すぐ入ってくるから待ってて 」
「 了解です。では提督、ごゆっくり。」
「できるだけ早く来るから。」
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「 敵戦艦を数隻含む艦隊、ですか……」
資料を見た大淀さんが心配そうな声を漏らす。それもそうだろう。彼女はこの鎮守府では練度が非常に高い方だが、他の子はその限りではない。戦艦であるタ級、それも数隻を要する艦隊といきなり戦うのは非常に危険だ。
「 それだけじゃない。ヲ級やヌ級、リ級も
確認されてる。敵本拠は叩けたが、やはり
ある程度は逃げおおせたという事だ。
横鎮と大湊は北方海域にかかり切り、
舞鶴は反対側。佐世保は復帰まで一ヶ月は
かかる見込みだそうだ。もう、うちしかない。」
大淀さんはもう一度視力を見つめると、真っ直ぐにこちらに向き、小さく微笑む。
「 何か策はありますか?提督の事ですから
列車の中で考えていたんでしょう?」
「 ん?まぁ一応な。策って言えるほど上等な
物でもないけど、考えてある。それをこれに
書いておいたんだけど……刷ってもらえる
かな?全員分。内容も含めて明日、みんなの
意見を聞きたいんだ。」
「 了解です。では作戦説明はマルハチマルマル
からということにしておきます。出来れば
提督も食堂で朝食を取っていただけると
助かるんですが……」
「 ん?まあいいか、そうするよ。
もう結構遅いから休もうか。大淀さん、
どうもありがとう。」
「いえいえ。提督こそお疲れ様です。
では、また明日食堂で」
そう言って大淀さんは執務室を出ていったのだが……大淀さんの顔がなんだか妙にニヤニヤして頬を赤らめていたのはなんでなんだろうか?
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普段ならお代わりを続けている艦娘か、夜まで騒いでいて起きられなかった某艦娘以外はいないこの時間、食堂には艦種ごとに艦娘が並んでいた。
「 ハルナー!次の作戦の説明って言ってたケドー、
何か知ってますカー?」
鎮守府の主力の一角、金剛型の金剛が隣に座る姉妹艦の榛名に話かける。
「 すみませんお姉様……榛名も知らないです」
しかし、榛名は申し訳なさそうに首を振る。
「 それよりもお腹が空きました……」
そうこぼすのは向かいに座る正規空母赤城。朝食はついさっき取ったはずなのだが、お腹をさすりながら机に突っ伏している。
「赤城さん、もう少しで提督もいらっしゃいます
から、ピシッとしてください。流石に情けない
です」
そんな赤城を、隣に座る加賀がたしなめる。すると赤城は頬を膨らませた。
「 加賀さんだって朝食はお代わりなしで作戦説明
だって聞いた時、『頭にきました』って言って
壁を壊していたじゃないですか。」
「 赤城さん、事実の捏造はやめてください。
壊してはいません。」
「 あ、『頭にきました』は否定しないんですね」
榛名が苦笑いを浮かべる。
「否定はできないわね。
言ったのは事実だもの。」
「ハハハ……あ、提督が来たネー!
おしゃべりはここまでネー!」
ダッダッダッダッ!!!!!
ガラッ!
「 ハァハァ、ハァハァ……時間ギリギリか……
ゼィゼィ」
提督は走っていた。走り込んできた。時間ギリギリな上にゼィハァ言っている姿はとても情けないものだった。
「 ええと……はい、提督がいらっしゃいました
ので、作戦説明をはじめ……てもいいですか?
提督……」
「 ハァハァ、ハァー、ごめん大淀さん……
ふぅ、じゃあ始めようか……」
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大淀さんが資料を配り終わった所で、俺は作戦説明を始めた。
「 皆、まず初めに、良い知らせから。
昨日演習に来た佐世保の艦隊だが……無事
南西海域の攻略に成功したとの事だ」
わっと歓声が上がる。これまで長く日本と海外の接触を妨げてきた深海棲艦の拠点のひとつが崩壊したのだ。それは皆嬉しいだろう。
「で、悪い知らせなのだが……
実はあの海域周辺の残存艦隊が北方海域目指して
北上中なんだ。このルートだと四国沖を通る
可能性も高い。そこで、我々にそれを阻止せよ
という司令が下された。」
一気に歓声は消え、皆が息を呑む音だけが聞こえる。
「 この残存艦隊は周辺にはぐれとして航行して
いたイ級やロ級、ハ級はもちろん、最深部に
鎮座していた戦艦群、空母も含まれる。うち
戦艦一隻、空母一隻は西方海域から南西海域
に援軍として来ていたものだと推定され、
南西海域の奴らより大きな脅威となっている。
我々に課せられた任務は、この艦隊を迎え撃ち、
殲滅することにある。」
説明を進めていくごとに、食堂中に不安が広がっていく。再興以来、大きな実戦を経験していない艦娘の多いこの鎮守府では仕方がない。
しかし、元の呉を知っている古参の大型艦たちは目に闘志を滾らせ、顔はやる気に満ちている。自分たちの出番だと言わんばかりに体が前に出てきている。
「 そこで作戦の方なんだが……
実は相手の戦力は目撃情報による概算で、
詳しい数はよく分かっていない。
そこでまず、空母を主体とした偵察強襲部隊を
編成し、敵戦力の確認と強襲を行う。
戦力が判明次第、戦艦を中心とした砲撃部隊を
送り、最終的には水雷戦隊による夜戦でケリを
つけるというものになる。」
俺はそこで四国沖の地図を広げ、指揮棒で指す。
「 偵察強襲部隊はここから出航して九州方面から
四国沖に出る。艦上偵察機がない現段階では
攻撃機が、その役目を担うことになるが……
できるだけ相手の砲戦距離から十二分に距離を
取っておいてほしい。
次に砲撃部隊だが……同じく四国の西側を通る
ルートで南下し、攻撃機の帰還と同時に砲戦に
入ってもらう。赤城からの入電の後に交戦、
砲撃だ。ただ、敵にかなり近づくことになるから
くれぐれも無茶はしないようにな。
最後に水雷戦隊だが……こちらは逆に近畿方面
から接近、遠距離から魚雷を放ち、それと同時に
突撃する、というものだ。
何か質問がある娘はいるかな? 」
食堂を見渡す。と、一人青葉が手を挙げた。
「ん、青葉」
「 はいはい、えーと、今回の殲滅作戦はほかの
鎮守府の支援は受けられないってことですか?
反対側の舞鶴とかちっさ過ぎる大湊はまだしも
佐世保も横須賀も動けないのはなんでですか?」
日頃からよく周りを見ている青葉の事だ。彼女自身はある程度理解していることだろう。しかし、この場で理由を説明させて、不満が出ないようにしてくれたのだろう。
「 その事なんだが……まず佐世保は動ける主力艦
は残念ながらない。先の攻略で損傷している娘が
ほとんどらしくてね。駆逐艦以外も近海の掃討で
来られないらしい。次に横須賀だが……北方海域
の攻略と西方派遣でこっちも出せる艦はないとの
事だ。俺たちだけで攻略するしかない。」
沈黙が食堂を支配する。練度に自信のある娘が少ない状況では、それは仕方ないだろう。しかし、それを破ったのは、
「 それじゃ、今回の手柄は青葉たちの一人、
いえ、鎮守府占めですね!」
という青葉の明るい言葉だった。この言葉に、金剛も、その通りネー!と意気込み、赤城さんもそうですね、一航戦の誇り、お見せします!と笑顔を見せた。不安げだった駆逐艦たちの顔色も少しずつ良くなっていった。
「そうだな。本土防衛の手柄は俺たちのものだ。
あっ、勲章は俺がもらうからな?」
そんな冗談に、食堂に笑顔が戻っていく。そして俺が編成を告げ終わると、雪風が力強い声で言った。
「ぜったい、だいじょうぶ!」
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