□ルルーシュ□
ギアスという超能力を授ける力を持つ不老不死の魔女であるC.C.とアッシュフォード学園の屋上で接触したライは、その場に昏倒し意識を失った。
C.C.は学園の制服を着ていたものの、生徒ではないため、下手に教員やミレイに見られる訳にもいかず、カレンに命じて給水塔の裏に隠れさせた。俺はライの下に残り、屋上にやってきた人間たちと共に彼を保健室に運んだ。その後、クラブハウスのライの部屋に担架で運び、そのまま様子を見ることに。
中等部の方でも話題になったのか、ナナリーも心配していたがライの看病はその道のプロである咲世子さんに任せるから大丈夫だと言い聞かせた。その甲斐もあってか、翌朝にはライは回復しており、世話になった者たちへ謝辞を述べて回っていた。
その一方で、傍若無人が人になったようなC.C.はどこか上の空であった。普段のブリタニアに追われているにも関わらずに堂々と外を歩き回ったり、俺を馬鹿にするような言動をしたりするのが当たり前になっているため、こうも大人しいと逆に不気味で仕方がない。
そんなことを考えながら教室へ向かっているとライが向こう側から歩いてきた。
「ルルーシュ、昨日は世話をかけた」
「いや、別に構わないのだが。ライ、何か良いことがあったのか?表情がいやに晴れ晴れとしているが」
「ふっ。放って置いたら世界が終わっていたかもしれないことが解決して、少し肩の荷が下りたところだ」
「ほう、【世界の終わり】とは穏やかじゃないな」
詳しい話は放課後に話そうということになりライと一緒に教室に入ったのだが、俺は待ち構えていたミレイに手を掴まれて強制的に理事長室へ連れていかれる。
その先で理事長であるルーベン・アッシュフォードから聞かされたのは、俺やナナリーの実父でありブリタニア帝国の第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが、体調を崩し倒れたという報せだった。
□ライ□
“この世界の俺”のやりたいことを手伝う上で気掛かりであった、【アーカーシャの剣】の破壊と【マリアンヌの精神体】の消去を早い段階で消化できたことは大きなアドバンテージになる。それに集合無意識が俺の知る“者”とリンクして、Cの世界の主導権を握った。その証拠にあの男はブリタニア帝国の皇宮にある黄昏の間から無碍もなく放り出され、再び入ることが叶わず卒倒したらしい。
政に興味を持たず、オデュッセウスやシュナイゼルに丸投げしていたとはいえ、腐っても皇帝だ。そんな男が倒れれば、周囲は勝手に騒ぐ。
すでに世界各国に散っている皇位継承権を持つ息子や娘たちが次々と本国に召還されていっている。エリア11を任されているコーネリアとユーフェミアも例外ではなく、近いうちに本国へ赴くことになる。
コーネリアが不在の間のブリタニア軍の指揮はダールトンが執ることになるはずだ。彼は兵士たちに好かれる良い将軍であるが、奇策を講じるタイプの軍人ではない。現状維持に努め、動くのはコーネリアが帰還後になるだろう。
「こんな好機、滅多にないよなぁ」
ナリタで大敗を喫した日本解放戦線の動きを確認し、前世と同じようにリーダーである片瀬が一部の高官たちと一緒にたっぷりの流体サクラダイトを載せた輸送船で国外脱出プランを練っていることはすでに把握済みだ。
そして、自分たちが安全に国外脱出が出来るように、各地のレジスタンスにコーネリアが不在であることを告げ、粛清された日本人の無念を晴らすのだとか調子のいいことを言って煽った上に、藤堂と四聖剣をも囮に使う予定であることも。それはこの国に残って必死に戦っている者への裏切り行為であり、絶対に許されないものだ。
「……とはいえ、これは俺の仕事かな」
教室に踏み入れて早々に切羽詰まった表情のミレイに連れていかれたルルーシュは、皇帝が倒れたことを知るだろう。「ブリタニアをぶっ壊す」という宣言をしているが、ルルーシュには守るべきものがある。何もかもを失った俺にはない、大切な者が。
俺は教室から出ると携帯端末を取り出して扇に繋ぐ。作戦概要を伝えると、ごくりと息を呑む音が聞こえたが、了解の言葉を得る。
「まずは、藤堂と四聖剣のメンバーと接触を図ります。扇さんには車の手配を頼みます」
「分かった。……それにしても、くそっ!必死に抵抗しているレジスタンスたちを何だと思っているんだ!!」
「なんとも思っていないからこんなプランを立てるんですよ。これがこの国最大の反政府組織で、一番の支援を受けていたんですから、キョウトも頭が痛いでしょう。桐原さんには俺から伝えます」
「……。なぁ、ライくん。場合によっては討つってことだよな?」
「藤堂たちの説得が失敗した場合は俺が討ちます。片瀬たちの国外脱出が成れば、この国に住む日本人たちは絶望してしまう。反抗する気概を失ってしまう。ゼロの、いや俺たちの活動が、今まで命を懸けてきた者たちの犠牲がすべて無駄になる」
「……その通りだ。けど、これはルルーシュくんやカレンには背負わせられない。……俺たちだけでやろう」
「その言葉が聞きたかったよ、扇さん」
電話の向こう側から聞こえてきた扇の言葉にはしっかりとした覚悟が載せられていた。
つくづく前世での自分の行為がいかに周囲の人間から成長する機会を奪っていたのかが分かり、嫌な気分になる。仲間や部下をチェスの駒同然に思っていた俺の驕りや傲慢さが、大切な者を奪われるということに繋がったのだと思うと更にやるせなくなる。
扇との通信を終えた俺は教室に戻って授業を受けた後、皇帝が倒れたことを聞かされて魂が抜け落ちているルルーシュと事情が分からず首をかしげているカレンに藤堂と四聖剣が潜伏している場所の情報を得たことを伝えた。放課後、扇の待つアジトへと移動し作戦会議を行う。
「えーと、つまりブリタニア本国で大きな事件があって、コーネリアも妹と一緒に本国に帰る。その隙をついて各地のレジスタンスが一斉蜂起するってこと?」
「ああ。ブリタニア軍の目がレジスタンスに向けられたところで、日本解放戦線の切り札ともいえる『奇跡の藤堂』や四聖剣のメンバーがブリタニア軍の主要施設に襲撃を掛ける算段になっているみたいなんだ」
「……」
「コーネリアがいない間、ブリタニア軍の指揮はアンドレアス・ダールトン将軍が執ることになるはずだ。彼は奇策を講じるタイプの人間ではない。しっかりと調べた情報を基にきっちりとした作戦を組み立てる。コーネリアが本国に召還されてこの国にいない間は、レジスタンスによるゲリラ攻撃があっても過激な反抗作戦は取らず、情報収集に徹すると思う。だから、レジスタンスが一斉蜂起し、藤堂たちが行動を起こす際の様子見は俺と扇さんだけで十分だ。ルルーシュとカレンにはコーネリアが戻ってきてからのことを考えて備えてもらいたい。静観した分、かなり過激な反抗作戦が展開される可能性があるからな」
先に扇と作戦会議した通り、日本解放戦線の片瀬をはじめとした一部の高官による国外脱出作戦については伏せて、ルルーシュとカレンには説明した。カレンは、皇族が呼び戻されるくらいのブリタニア本国で起きた事件って何だろうと首を傾げている。
しかし、ルルーシュは椅子に腰かけて腕を組んだまま微動だせず、俺たちの話を聞いているだけであった。そんな彼がゆっくりと瞼を開き、俺と扇を見据える。その瞳は、しっかりとした輝きを放っていた。
「何のつもりだ。ライ、扇」
「げっ」
「うっ」
「……。えっと?」
「何を気遣って、情報を伏せたのかは問わない。だが、ここにいる者の運命は一蓮托生だろう?カレン、本国で起きた事件というのは、俺の父親。つまり、ブリタニア皇帝が倒れたことだ」
「っ!?……なるほど。それなら、コーネリアや皇族たちが本国に戻されるのも分かるわ」
カレンはルルーシュから齎された情報を聞いて大きくうなずいた。その後、俺と扇に恨めしそうな『じとっ』とした視線を向けてくる。ルルーシュとカレンは俺たちに口を割らせたいようで、更に無言の圧力をかけてくる。俺は扇に目配せをした後、観念するように口を開いた。
「あー、俺たちが悪かったよ。……レジスタンスの一斉蜂起、藤堂達のブリタニア軍の主要施設の襲撃、それらを囮にした日本解放戦線の片瀬をはじめとした高官による国外脱出作戦の情報を得ている。俺と扇さんは藤堂達に接触を図り、彼らがその情報を得た後でどんな行動を選択するのかを見届けた後、どちらにしても日本解放戦線の高官たちを討つつもりだった」
キョトンとした様子で話を聞いていたカレンが、俺が告げた情報の意味をかみ砕いて理解すると同時に、山が噴火したように顔を真っ赤にして大きな声を張り上げた。
「ふっざけんじゃないわよ!この国で必死に反攻している人たちの命を何だと思っている訳っ!!」
「ことごとく元日本軍、日本解放戦線の将校たちはクズだな。これまでの作戦における功労者たる藤堂や四聖剣すら囮に使おうなどと。そんなクズたちは討たれるべきだ。だが、それは日本がブリタニアに負けて以降、日本人たちが頼りにしてきた日本解放戦線という柱を崩すことと同義だ。俺が、いやゼロが行かねば始まらない。違うか?」
「……。本当にいいのか、ルルーシュ?『ルルーシュとしての幸せ』、『ゼロとしての使命』。すぐにどちらかを選ばなければならない時が来る。大切な者たちを置いていく覚悟がお前にはあるのか?」
「ふっ、覚悟か。そんなもの、カレンと扇に顔を見せた時点で決めたさ。その時が来たら、俺はゼロを選ぶ。与えられた鳥籠の中で飼われて生きるのはもうやめたんだ」
「そうか。……なら、殴れ!俺をっ!」
「「はぁっ!?」」
俺の宣言と同時にすっとんきょうな声を上げるルルーシュとカレン。扇も目を白黒させている。
「よかれと思って2人に情報を隠し、嘘を吐いた。お前たちの信頼に背いた。だから、罰を受けたい!さぁ、殴れ。本気で来い!!」
梃子でも動かぬと言わんばかりの俺の姿に折れたルルーシュとカレンが1発ずつ殴ることになった。しかし、腕力が明らかに足りないルルーシュは特製のゼロ仮面で殴打。カレンはしっかりとした踏み込み、切れのある腰の回転諸々で威力が増大したモツ抜きパンチを叩きこんできた。
ルルーシュのゼロ仮面アタックは元より、カレンのパンチで悶絶することになったのは言うまでもない。
□ルルーシュ□
鳩尾を抑えて蹲るライと白い泡を吹いて倒れる扇。2人ともカレンによる制裁パンチを受けてこうなった。
銃弾を受けても頭部を守れるように特殊合金製の仮面よりも攻撃力のあるパンチを繰り出すカレンに戦々恐々としながら、コーネリア不在の情報を得て蜂起する予定のレジスタンス一覧の情報を読む。東北地方はすでにコーネリアの粛清でレジスタンスの数がごっそりと減らされており、西日本のレジスタンスが中心だ。かといってエリア11の中枢はトウキョウ租界である。
関東付近で蜂起するレジスタンス一覧の中には扇グループの名もあった。扇の話によると、未だに黒の騎士団を名乗って、警察組織と小競り合いを起こしたり、以前のようなゲリラ戦を行ったりしているようだ。
「まずは、藤堂さんたちと会うんだよね?」
「ああ。ライは彼らが潜伏しているであろう場所を3か所に絞り込んでいるが、俺の情報だとここだ」
パソコンに地図を開き、ポイントを示す。カレンはそれを食い入るように見つめ、うんうんと小刻みにうなずく。その内、ライと扇も回復したのか、集まってくる。しかし、彼らの足取りはまるで生まれたての小鹿のようにプルプルしていたのだった。