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『Cの世界で銀髪碧眼の少年に憑依することになった』ということを頭で理解はしていたが、目覚めたら自分が目の前にいたことや慣れない身体に困惑し、少々パニックを起してしまった俺を不器用ながら落ち着くまで一緒にいてくれたこの世界の俺に心の中で感謝の言葉を紡ぐ。
すると俺の目が覚めたことを他の人間に伝えてくると言って部屋から出て行ったこの世界の自分を見送った俺は、パタリとベッドに寝転がって天井を眺める。顔を横に向けて窓の外を眺めると麗らかな陽気が感じられる。
ベッドから降りて窓の近くに移動するとクラブハウス前に作られた庭園に植えられた花々の手入れをするメイドの姿があった。その近くには車椅子に腰掛けたブロンズの髪の少女の姿が見える。
意図せず透明な二粒の水滴が瞬きと一緒にはじき出され、頬を伝って落ちていくのを感じ取り指の背で拭う。
すーっと息を引くような音で部屋の扉がゆっくりとスライドするのが分かった。扉がある方へ身体を向けると、そこには黒髪の少年の他にも多くの少年少女が立っていた。
その中にいた俺の所為で命を落としてしまった少女の姿を目にした瞬間、じーんと鼻の奥が痺れるほど熱い涙が溢れ出て、何度服の袖で拭いても涙が止まらなくなった。
「目が覚めたみたいねって、号泣してるー!?」
部屋に先陣を切って入ってきた金髪の女性がハンカチを取り出しながら俺に近づいてきて、それを俺の頬に優しく押し当てる。まるで泣きじゃくる子供の相手をするお姉さんのようだと思ったところで、泣いているのは自分だったと苦笑いを浮かべた。
「……ありがとう、ございます」
「いいのよ、これくらいね」
心配するような声色で話しかけてくる金髪の女性の姿に俺は心の中でこの人はこんな感じだったなと思い直す。
「改めて、自己紹介するけれど、わたしはここアッシュフォード学園生徒会長のミレイ・アッシュフォード。あなたが学園の敷地内に倒れていたから、近かったここにつれてきたのよ」
「初めは保健室に運ぼうと思ったんだが、俺と会長の2人ではお前を長い距離を運ぶのは無理だったからな」
ぞろぞろと部屋に入ってきた生徒会メンバーの中にいた黒髪の少年が米神を押さえながらそう呟いた。その言葉に対して茶髪の人懐っこい笑みを浮かべた少年や調子の良い事を言う青い髪の少年たちが囃し立てるが、ミレイ会長の咳払いで静かになった。
「こほん!……えっと、あなた名前は?」
「……わからない」
俺は正直に答えた。本名は『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』であるが、“ルルーシュ”は俺の目の前にいるし、今の俺は銀髪碧眼の少年の姿。
「記憶喪失ってこと?」
「確かに目覚めた直後は自分の身体を隈なく触った上で混乱していましたよ、会長。まるで『自分の身体が自分のものではない』と言いたげな様子でした」
「そっかぁ。名前も分からないくらいの記憶喪失か。厄介ね」
「すまない」
俺が頭を下げると慌てた様子のミレイ会長の声が聞こえてきた。
「いいのよ、あなたが悪いわけじゃないしね。……よしっ、決めた!記憶が戻るまでわたしが面倒を見ます!」
「はぁっ!?会長!危険ですよ!とりあえず、ブリタニア軍に預けるべきです!」
寝耳に水といった様子で黒髪の少年がミレイ会長に食って掛かるが、彼女はあっけらかんと笑いながら両手を腰に当ててはっきりと告げる。
「いーえっ!見ます。助けることを選択した以上、『私たちの手に負えないからさよならー』、なんてことできません!最後まで責任を持たないとわたしの名が廃れます!」
「そんな無茶苦茶な……」
「とりあえず、仮入学って形にしておくから今はゆっくりと休みなさいな」
俺の返事も待たずに、そう言ったミレイ会長は『そんな話は聞いていない』と喚いている生徒会メンバーを連れて部屋から出て行く。最後に残っていたのは紅い髪の少女であったが、彼女は俺に興味をあまり示さずにさっさと部屋から出て行ってしまう。部屋に1人残された俺はベッドに寝転がって天井を見上げる。
「カレンとスザクが生徒会メンバーとしているっていうことは、アーサーがゼロの仮面を被って逃げ回るイベントを消化済みっていうことだよな。ならば必然的に黒の騎士団は結成していて河口湖での宣言も終わっている。となると、黒の騎士団が現在しているのは“正義の味方”としての活動か」
◆
夕餉の時間となった。
部屋でベッドに寝転がるか、窓から外の景色を見て過ごしていた俺のところに食事を運んできたのはメイドの女性だった。彼女は俺に向かってゆったりと一礼すると机の上に食事を並べていく。「食べ終えたら部屋に備え付けてある電話を使って呼んでくださいませ」と言って、そそくさと退室していく。
俺以外の誰もいなくなった部屋で晩ご飯にありつく。『懐かしい味だ』、と思ったらまた涙が零れ落ちた。
この身体は『やけに涙脆くないか』と文句を呟きながら、用意された食事をぺろりと食べ終えた俺は備え付けの電話機の前に立った。しかし、俺は電話するのはもう少し経ってからの方がいいかと思い直した。今頃、黒髪の少年は盲目の妹の食事に掛かりきりだろうし、メイドもそのフォローに回っているはずだ。
時間を見計らい、『もうそろそろいいか』と思って電話機を取って連絡を入れると、出たのはメイドではなく黒髪の少年だった。
『随分と食べるのに時間が掛かったみたいだな。口に合わなかったか?』
「いいや。美味しくて、すぐに食べ終えたよ。けど、“君たち”の団欒を邪魔したら悪いと思って」
『……。ちょっと、待っていろ』
そう言って電話を一方的に切った黒髪の少年。これは踏んではいけない尾を踏んだかもしれないと冷や汗を掻いていたら、自動で扉が開き黒髪の少年がズカズカと入ってきた。彼は机の上に置かれている空になった容器を見た後で、俺に視線を向けてくる。
「……どこまで把握しているんだ?」
「君には、目と足が不自由な妹さんがいる。これは扉が人の気配に反応して自動で開閉するセンサーが備え付けられていることと、この建物の前にある花壇の手入れをするメイドの横に車椅子に腰掛けたブロンドの髪を揺らす可憐な少女を日中に見ていることから推測しただけだよ」
「……お前の言う通りだ。そのこともあってお前がこのクラブハウスで過ごす事を俺は反対していたのだが、会長は一度言い始めたら聞かないからな。だからお前には最低限、視力や身体にハンデのある妹に配慮して過ごしてもらいたいと思っていたのだがすまない。俺が言うまでもなかったみたいだな。そういえば、自己紹介が遅れたな。俺はルルーシュ・ランペルージだ、よろしく」
「ああ。こちらこそ、よろしく。少しの間、お世話になるよ」
「しかし、名前がないっていうのは不便だな。いつまでも『お前』なんて呼び方は世間体もあるし」
日中とは打って変わって親身になって俺のことを考えてくれるルルーシュの姿に、俺は一先ずの不安を覚える。俺が、自分の愛する妹のことを配慮してくれる人間だって分かったからってチョロ過ぎないか、この世界の俺。そんなことを考えていると、腕を組んで考えていたルルーシュが何か思いついたのか顔を輝かせた。
「そうだ。最近流行りの映画の主人公の名前を借りるとしよう。今からお前の名前は『ライ』だ。会長たちにもメールしておくから覚えておけよ」
そう言ってルルーシュは空になった食器を持って部屋から出て行ってしまった。俺の名前なのに、結局彼が独断で決めてしまう始末。でも、まぁ、名前がなくて困っていたのは事実であるし、甘んじて受け入れることとしよう。
翌朝、ルルーシュとその妹のお世話をしている咲世子さんが俺に挨拶すると同時にアッシュフォード学園の男子制服を手渡してくる。制服に袖を通してみるとサイズはほぼぴったりで相変わらずの仕事の正確さに苦笑いを浮かべる他なかった。
朝食を食べ終えたルルーシュが俺を迎えに来て、そのまま生徒会室へ通される。授業が始まる前に生徒会メンバーを紹介する流れらしいが、生徒会室には机の上に山ほど載せられた書類がある以外に誰も来ていなかった。
「少し早かったか。だが、直に会長たちも来るはずだ。それまで自由にしていていいぞ、『ライ』」
「ああ、ありがとう。ルルーシュ」
俺はそう言って生徒会室に飾られている写真や掲示板、ニーナが使っているパソコンなどを見ていく。するとルルーシュが席に座って書類仕事をし始めていた。俺の視線に気付いたルルーシュは苦笑いしながら、「これが副会長としての仕事なんだ」と言う。
俺は彼の傍に近づき、山積みになっている書類の一番上のプリントを手に取った。内容を流し読みして気になる箇所に鉛筆で軽く印をつけ、ルルーシュに差し出す。
「……ふっ、記憶喪失なのに、こういう知識はあるんだな。この調子で手伝ってもらっていいか?」
「わかった」
俺はルルーシュの隣に座って山積みになっている書類を確認して、気になる点に印をつけてルルーシュに渡す作業をしていく。俺が協力することで元々効率が良かったルルーシュの仕事の速さはどんどん増していく。
気付けば億劫になるほど積まれていた書類は1枚残らず、ミレイ会長の机の上に移動しきっていた。仕事を終えて機嫌を良くしたルルーシュは椅子から立ち上がると、俺に「少し待っていろ」と言って生徒会室から出て行き、コーヒー豆やドリッパーなどの道具を持って戻ってきた。
「おっはよー、ルルーシュ!それにライ!……って、あらいい匂い?」
「おはようございます、会長」
「おはようございます、ミレイさん」
元気良く生徒会室の扉を開けて入ってきたミレイ会長であったが、コーヒーを優雅に飲みながら一服している俺たちの様子に目を丸くした後、ルルーシュの机の上に置かれていた書類の山が自分の机にそっくりそのまま移動しているのを見て涙目になった。
ルルーシュに「溜まっていた仕事はどうしたの?」と詰め寄るミレイ会長に、彼は満面の笑みを浮かべて「会長が来るまでに全部終わらせました」と告げる。俺が手伝ったってことを言わないところを見るに、昨日の俺に対する対応の仕方に関してのことで彼女に少し灸を据えるつもりなのだろう。
その後、次々と生徒会メンバーが入ってきたので、ルルーシュに詰め寄っていた会長は気を取り直すように姿勢を正した。
「コホン。……改めて、アッシュフォード学園にようこそ、ライ!今日からあなたはこの学園に仮入学することになったから、気が向いたら授業に出ても大丈夫よ。クラスはルルーシュと同じところにしておいたから」
「ありがとうございます」
「暇があったら生徒会の仕事も手伝ってくれると嬉しいわ。じゃあ、生徒会メンバーを紹介していくけど、ルルーシュ?」
ミレイ会長がルルーシュに視線を向ける。彼は俺を見ながら微笑むと言う。
「俺のことはいいだろう?ライ」
「うん。話す時間はたっぷりあったしね」
俺はコーヒーカップを見た後に苦笑いする。
「そっか、じゃあ……時計周りに行こうかな」
ミレイ会長が右回りに振り返った。俺から見て一番左側に立っていたのは青い髪の少年だった。
「よっし!俺はリヴァル・カルデモンド。一応、書記な。リヴァルって呼び捨てでいいぜ!」
「よろしく、リヴァル」
リヴァルが言い終えるのを見計らって手を大きく上げたオレンジ色の髪を持つ少女。活発な印象を与える自然な笑みに惹かれる。
「はいはーい!次は私、シャーリー・フェネット!水泳部と掛け持ちだけど、生徒会も盛り上げていくよー!私もシャーリーでいいわ」
「よろしく、シャーリー」
次の人物に視線を向けると濃い緑色の髪を持つ眼鏡を掛けた少女がミレイ会長の影に隠れながら俺を見ていた。
「あ、あの……ニーナ・アインシュタインです。よろしくお願いします」
「うん。よろしく、ニーナ」
一応、微笑んだつもりだったのだが、ニーナはすぐにミレイ会長の背後に顔を隠してしまった。仕方がないので俺から見て一番右側に立っている紅い髪の少女へ視線を向ける。
「カレン・シュタットフェルトよ。ルルーシュ君やシャーリーさんと同じクラスなの。私もつい最近生徒会には入ったばかりだから、一緒に仕事する機会があればよろしくね」
「こちらこそ、よろしく。えっと……シュタットフェルトさん」
「いや、どうしてこの流れで私だけ家名?そっちで呼ばれるのは嫌いだから、名前で呼んで」
「うん。ごめんね、カレン」
「いやだから……もういい」
ツンとそっぽを向くカレンの様子を見て、リヴァルやシャーリーたちが呆れるように乾いた笑みを浮かべていた。すると、ミレイ会長が一歩前に出てきた。
「生徒会メンバーにはあともう2人いるんだけれど、彼らの紹介は本人がいる時にしようと思うわ。それで今日はどうする、ライ?」
「どう、とは?」
「ライは仮入学という立場だから、授業に出るのも自由っていう話はしたでしょう?けれど、それよりも重要なのは名前も含めて失ってしまった記憶を取り戻すこと。学園で学生として過ごしながら記憶を取り戻すのもありだし、租界の街に出て記憶の手掛かりを探すのもよし!なんだけれど、いきなり街に出ちゃって迷子になっちゃったら目も当てられないしさ。今日のところはアッシュフォード学園の敷地内を探索するっていうのはどうかな?これなら、最悪生徒に聞けばここに戻ってこれるし」
ミレイ会長は俺の反応を見ながら提案してくる。俺がアッシュフォード学園で迷子になるということは考えられないが、『記憶喪失の少年のライ』であれば、彼女の提案に乗るのも一興かと思い頷く。
「分かりました。今日は学園内を散策するようにします」
「よかった。街に出る時は言ってね。時間が空いている生徒会メンバーに付き添いを頼むから」
「いや、それぞれに用事があるかもしれないのに、付き添いまで頼む訳には」
「シャラーップ!困った時はお互いさまって言うでしょ。申し訳なく思うのであれば、皆の手伝いを率先してやればいいのよ。例えば、……いつの間にか山積みになっちゃった生徒会長の仕事を手伝うとかさぁ」
眉を情けなく下げながら自分の机に置かれた書類の山を見て溜め息を吐くミレイ会長。見れば全員が視線を逸らして、手伝う気が全くないのが窺える。俺は微笑みを浮かべるとミレイ会長に声を掛ける。
「分かりました。皆の授業が終わる夕方頃に生徒会室に戻って、ミレイさんの仕事を僕が手伝いますよ」
「うわぁーい!ありがとう、ライ!」
俺の両手を手にとって上下にぶんぶん振って喜びを体言するミレイ会長を見る生徒会メンバーの視線はやけに生温かった。その後、掛け時計を見て予鈴が近いことに気付いた生徒会メンバーたちが次々に走って出て行くのを見送った俺は、咲世子さんに一言告げてクラブハウスの外へ出る。
降り注ぐ柔らかな陽光を身に浴びながら伸びをする。心地よい風が吹きぬけて、花壇の花を優しく撫でていく。
この世界は、まだルルーシュの根幹を支える者を誰一人喪っていない世界だ。
ユーフェミアも生きているし、スザクとも仲違いしていない。シャーリーもいるし、何よりナナリーがルルーシュの傍にいる。
懸念すべきことは唯一つ、ラグナレクの接続のみ。
「それがこの世界で俺のやるべきことだというのなら、喜んで対処してやろう」
俺は舌なめずりすると、そう呟いて歩き出したのだった。