□ルルーシュ□
携帯端末のコール音を聞き、俺はディスプレイに映し出された名前を確認し通話ボタンを押す。
「私だ」
『夜分にすみません、ゼロ。カレンです、早急にお伝えしたいことがあります』
「聞こう」
俺はカレンの説明を聞きながら同じ建物内に住んでいる銀髪の少年のことを思い浮かべる。
俺たちの前に現れた当初は自分の名前すら覚えておらず、不安そうにしていたが、気付けばアッシュフォード学園において教師や生徒たちからも信頼されて尊敬される人物になっていった『ライ』。人付き合いもよく、後輩たちから勉学を教えて欲しいと請われているところを見ることも少なくない。運動神経抜群で色々な部活動の助っ人として入り、交友関係が瞬く間に次々と広まっていっている。
先日、カレンのイレブンによる誘拐騒ぎでゲットーに足を踏み入れ、テロリストの騒ぎに第3者の立場で立ち会うこととなった。その際にライが見せたKMFの操縦技術は俺やカレンの常識を打ち崩すには十分なものであり、『このまま自分たちの傍に置いておいてよいのか』、『ギアスで行動を縛った方がよいのではないか』と早まりそうになった程。
早とちりしなくて良かった、グッジョブだ、あの時の俺。
『それで近い内にその者との面通しをお願いしたいのですが?』
「……カレン」
『はい。なんでしょうか、ゼロ』
「声が浮かれているが、どうした?」
『も、申し訳ありません。でも、きっとゼロも彼のことを気に入ると思います』
「誰でも無いカレンにそこまで言わせる人材だ。私も楽しみにしている。面通しの日程は後日連絡する」
俺はそう言って通話を終わらせる。
そして、物言わなくなった携帯端末を机に置くと、椅子に深く凭れ掛かって天井を見上げる。先ほどはカレンに声が浮ついていると指摘をしたが、それは俺も同じ事だ。スザクの時は考え方の違いで泣く泣く手放すほかに方法が無かったが、ライは俺とほぼ同じの考えを持っている。さすがに無実の人間を巻き込むことに対しては忌避感があるようだが、起こした行動の先に救われる者がいるのであれば結果を重視すると彼は自分の口で語った。
それを聞いた瞬間、嬉しくて感情が込み上げてきて、つい笑ってしまったがカレンが見ていたので必死に表情を作ったくらいだ。
取らぬ狸のなんとやらではないが、ライが黒の騎士団に加入すれば出来る事が確実に多くなる。今のような正義の味方と称したちまちまとした行動だけでなく、ブリタニアの正規軍と事を構えても生還できる確率がグッと上がるはずだ。
ましてや無頼のようなデチューン機体ではなく、ライの身体能力や思考、戦闘の仕方に合わせた機体ならば憎き白兜の相手も出来るはず。アレが単騎で抑えられるのであれば、作戦の難易度は確実に下がるだろう。
「と、なると……」
俺は部屋を見回し、窓際に置かれたチェス盤に視線を向ける。咲世子さんが定期的に磨いてくれるので埃一つ乗っていないが、最近は駒にも触れていない。俺はライの好みを考えつつ、コーヒーの準備をすると内線を使ってライを俺の部屋に呼び出す。暫くして部屋着姿でやってきたライは用意されたチェス盤を見て苦笑いを浮かべた。
「結構、夜も深いんだけれどルルーシュ?」
「勝負が長引く前提で言うということは、十二分にやれる訳だな。さぁ、席に座れ、ライ」
「困ったな。“勝負に俺が勝ったら俺の話をちゃんと聞いて実行してもらう”。くらいしてもらわないと割に合わないよ」
そう言いながらもチェス盤を挟んだ向かいの席に腰を降ろしたライは手元にあるコーヒーに口をつける。好みの味だったのか、朗らかな笑みを浮かべた。
「まぁ、コーヒーもご馳走になったし、始めるかルルーシュ」
「ああ。ライがどんな手を使うのか楽しみだよ」
俺がそう言うとライは右手で白のポーンを掴み、定石どおりe4へ動かす。俺もライの動きに対応するように黒のポーンをe5の位置へ動かす。彼が次に動かしたのはナイト。俺がライの出方を窺っているように、彼もまた俺がどういった戦略を持って対応してくるのかを窺っているようだ。
賭けチェスを行うためにリヴァルといった裏カジノでは味わうことが出来なかった緊張感で、喉が瞬く間に渇いていく。甘いところに差せば、鋭い斬り返しが待ち受けているに違いない。今夜は楽しい夜になるだろうなと自然と笑みが零れる。
結果、徹夜をする羽目になった。
一応俺のクラスに所属している形であるが、正式なアッシュフォード学園の生徒ではないライは屋上でのんびり寝ているらしい。チェスでの勝負は五分五分。初戦では俺が負けてしまった。王が後方でのんびりと指揮していては勝てる勝負も勝てないという持論でキングを動かしたのだが、ライは俺のその思考を完全に読んでいた。
あの時の「ルルーシュなら、そこの位置にキングを置くと思ったよ。あと14手だ」というライの勝利宣言にムッとしてしまったが、結果的にチェックをかけられ敗北してしまった。ただ負けたのであれば、まだ納得できた。たぶん……。しかし、勝利宣言後のチェックメイトは俺のプライドがこのまま負けるのは許さないと言っていた。ここで引けば俺はずっと負け犬だ、と。
再戦を挑んで2戦目も負けた辺りで何が何でも勝たなければならない、とプライドをかなぐり捨てて挑んで漸くもぎ取った勝利。しかし、まだ勝利数が足りないと連戦を重ね、気付けば朝日が昇っていた。俺は目を充血させていて足もガタガタと震えていたのに、ライの身体は特に変調もなく体力と集中力の差をまざまざと見せ付けられた。
神は残酷だ。
ライにはどれだけ贔屓をしたのだろう。俺とカレンを抱えて走って跳躍しても息切れひとつしない体力、遊戯とはいえチェスでの真剣勝負を繰り返しても切らすことの無い集中力、型落ちの機体で勝ちを呼び込む卓越したKMF操縦技術、老若男女関係なく惹きつける魅力。戦略レベルも俺に匹敵するようだし、文句のつけようが無い。
もしゼロとして接することになる黒の騎士団でのライの面通しが失敗したら、俺はショックで確実に寝込むことになるだろう。
そんなことを考えつつ、教師の視線が黒板の方へ向かったのを確認した俺はそっと意識を手放す。ゼロとして黒の騎士団の面々を率いて事を起こした翌日よりも疲れているのは何故だろうな。
黒の騎士団の活動を行う前のミーティングの席で俺はカレンにライに対する面通しの日付を伝え、扇たちに先日のゲットーで起きたことに関する説明を行った。新しく入隊するかもしれない人物に対しての反応は2つ。黒の騎士団としての戦力増強に喜ぶ者と、カレンが手放しで絶賛するライに対して嫉妬し嫌味を吐く者。悪態をついた団員に対し、カレンが噛み付き、売り言葉に買い言葉。
ミーティングは荒れることになった。俺は扇を連れて喧騒から離れ、今夜の活動は中止する旨を伝える。
「すまない、ゼロ。玉城たちには俺から言っておくよ」
『面倒を掛けるな、扇』
「よしてくれ。ゼロがいなければ、俺たちは何も出来ないということをあいつらは理解できていないんだ」
『これから黒の騎士団は巨大な組織になっていく。私は仲間の足を引っ張ることしか出来ない者を重宝するつもりはない』
「分かっている。場合によっては俺たちを切る場合もあると言いたいのだろう?そんなことにならないように、最善を尽くすさ」
『ああ。扇、私は君に期待している』
「っ!?ま……任せておいてくれ、ゼロ!」
そう言うと扇は来た道を引き返し、未だに汚い言葉の応酬を繰り返しているカレンや玉城たちをはじめとした団員たちの中に割って入り、言い争いを止めるように叱りつける。俺はそんな扇たちの様子を見ながら、先日のチェスの場でライが言っていた言葉を思い出す。
『『意思や覚悟を行動で示すのもいいが、結局のところ言葉にして伝えないと想いは伝わらない』、か。言葉ひとつ掛けるだけであんなにも変わるのならば、実践しない訳にはいかないな。ライと接していると俺に欠けていたものが次々と見つかる。本当に何者なのだろうな』
ライの加入を賛成するカレンをはじめとした団員たちと、加入を反対する玉城をはじめとした団員たちの両方の言い分を聞いて、意見を纏めている扇の今まで見た事がないくらい気概に満ちた後姿を見た俺はその場を後にする。
もしも、ライの加入を反対する意見が勝るのであれば、そいつらは見捨てた方が今後、黒の騎士団が活動していくには都合がよいかもしれない。
そうなった時は何の実績も無かった『ゼロ』を信じ、スザク奪還を手伝ったカレンと扇、そしてライを加えた4人でやり直そう。組織の礎の部分がガタガタではどんなに巨大な組織になっても、崩されやすい脆い組織にしかならない。
少しずつ大きくしてきた黒の騎士団を一度無き物にするのは勿体無いが、焦る必要は無い。黒の騎士団というブリタニアに相対する存在は民衆に求められている。まだ組織として固まっていない今だからこそ、やり直す選択肢があるのだ。
後日。カレンと扇だけを呼び出し、先日の話し合いがどういう結果に落ち着いたのかを尋ねると、反対多数でライの加入は見送るという話になったと扇はその場で俺に土下座した。地面に額を擦り付けて謝罪の言葉を重ねる扇。カレンもまた下唇を噛み、両拳をギリギリと握り締めて、悔しさをその姿で表している。
『扇、お前の所為ではない。現状を理解していない、玉城をはじめとした面々が悪いのだ』
「しかし、ゼロ!俺は君の期待に応えられなかった。玉城や南たちに言われたよ、『今更リーダー面すんな』って、すまない……すまない!」
「ゼロ!私がもう一度、団員たちを説得します。だから、ライのことは!」
『扇、カレン。少し落ち着いたらどうだ。周りを見渡せ、見覚えがあるだろう?ここは黒の騎士団の礎が築かれた場所だ。とはいっても、あまり良い光景ではないがな』
ここはスザクの護送車を止めるためにクロヴィスの公用車の偽者を俺の指示の下でカレンと扇が作製した場所。所謂ゴミ捨て場である。俺は汚れることも厭わず、その場にあった手ごろな粗大ゴミに腰掛ける。
『あの時、私には何の実績もなかった。君たちをシンジュクゲットーで助けたこと以外には何も。それでも私の言葉を信じ、君たちは力を貸してくれた。その結果が枢木スザクの奪還であり、後の河口湖の活躍へと繋がっていった。私が扇グループを選んだのは他でも無い、カレン、扇。君たちがいたからだ』
俯いていた扇が、がばっと顔を上げて俺を見てくる。カレンもまた目尻に涙を浮かべ、ふとした拍子に号泣してしまいそうだ。
『今の黒の騎士団は小さな歪を抱えて大きくなろうとしている。今はまだこの程度だが、いずれ取り返しのつかない状態になってしまうかもしれない。だから、一度リセットしようと思う。……私と、君たちとの関係も』
カレンと扇の表情が歓喜から一気に絶望へと様変わる。
扇は傷ついたといわんばかりの表情を浮かべているがそれも仕方がないかと目が諦めかけている。カレンはがっくりと膝を付き、ポロポロと大粒の涙を零している。
罪悪感が半端無いが、これも“参謀”が考えた作戦のひとつだ。俺はゼロの象徴である仮面をそっと外した。そして、素の状態で2人に声を掛ける。
「カレン、扇。俺はお前たちを信頼している。俺たちともう一度、黒の騎士団をやり直さないか?」
「え……ルルーシュ!?」
「俺たち?黒の騎士団をやり直す?」
目を白黒させて驚くカレンと扇の背後から歩み寄ってきたライが2人を立ち上がらせる。これは賭けだ。だが、条件の悪くない賭け。
規模は小さくなってしまうけれど、信頼のおける仲間が『ゼロ』を支えてくれる強固な組織の礎となるための賭け。
「それでは自己紹介からはじめようか。俺の名前はルルーシュ・ランペルージ。いや……『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』、父親である皇帝に売られ、日本では人質としての価値もなく、戦争によって呆気なく存在を抹消された元皇子だ」