□ライ□
チカチカと点滅するように光を放つ灯りの下、洞窟のように入り組んでいる廃坑を進む俺と扇。俺はタブレットでGPSを確認し、扇は先導して壁に亀裂はないか、床が滑りやすくなっていないかを確認している。
「……うーん。扇さん、座標的にその分岐は右ですね」
「わかった。……それにしても廃坑にしては結構整備されているなぁ。灯りもトラックのエンジンに繋いだ程度で賄えるくらい微量で済むし、地面も踏みしめられていて子供やご高齢でも大丈夫だ」
将来は教師を目指していただけに目の付け所が己とは違うなぁと感心する。俺は最短距離を行こうとして、ぬかるんだ土を踏みつけて転び、斜面になっていたこともあり、腰を打ち付けた衝撃も引かぬ内に滑り落ち、背中側が泥だらけになってしまっている。
「……元々は石炭を狙って掘られたらしいですが、何も出ず廃坑にせざるを得なかったのに発想の転換でキノコ栽培に使っていたくらいですからね。ここら辺の住民の貴重な収入源だったようですよ」
と、撤退ルートのために近くのゲットーに住んでいるという、着ているボロボロの衣服のわりに毅然とした佇まいであった高齢の女性のことを思い浮かべる。
俺を見た時に目を見開いていたのはブリタニア人に見つかってしまったからというよりも、ありえないものを見たような感じだったが、まさかこの身体には『ブリタニアの第2代の皇帝の肉体である』という地雷の他にも、厄介事があるのだろうか。もう勘弁してほしい。
「はぁ。それにしても掘り過ぎだろう?しかも、塞がれてしまっているとはいえ、日本解放戦線の“居住区”に繋がっているなんて」
「今回はそれが功を奏したんだし、気にしなくても大丈夫だと思いますよ。問題はどうやって、民間人を逃がすかですけれど」
「それこそ戦闘が始まれば逃げてくれるだろうけれど、懸念すべきは不利を悟った途端、民間人にも『名誉の自決だ』って死を強制するような軍人気質な人間がいないかどうかだよ」
「その時は俺が悪人になるので、フォローは扇さんに任せます」
俺と扇はそんな会話をしながら廃坑を日本解放戦線の居住区に向けて進み続けた。
そして、廃坑と日本解放戦線の居住区を別ける壁のところまで辿り着いたのだが、そこには藍色の着物を身に纏った高齢の女性の姿。俺と扇をここへ向かわせた張本人がいた。
「扇さん、俺たちどこで彼女に追い抜かれました?」
「いや、分岐がいくつもあったし、俺が安全な道ばかりを選んでいたから追い抜かれていても不思議じゃないと思うけれど……」
「お待ちしておりました。黒の騎士団のお二方」
素状は完全にばれているようだと俺と扇は開き直ることにした。さすがにコーネリア率いるブリタニア軍の攻勢が迫る中、俺たちを拘束するメリットは日本解放戦線にはない。考えられることと言えば、やはり……。
「民間人の退避準備は完了していると見ていいのか?」
「はい。本当であれば、日本解放戦線の誰かが先導しなければならないのですが、生憎と眼前に現れた敵兵に全ての兵士が視線を向けており、護らなければならない者たちのことを二の次にしているのです」
ゆっくりとしながらもはっきりとした物言い。身に纏う雰囲気と佇まいから只者ではないというのは分かっていたのだが、俺はこの気配を持つ者に心当たりがあった。
「もしや、篠崎の者なのか?」
「いえ、私はそのような大元の者ではありませぬ。……少し、その手のことを嗜む程度の者でございます」
嗜むって、業界用語では達人級であると言っているようなものなのだがな。
俺はタブレットを操作し、凡そ3000人近くいる民間人を逃がすために用意した逃走ルートを扇と女性に見せるようにする。
「分かった、日本解放戦線に保護されている民間人の逃走を手助けしよう。ダミーのトラックを数十台、コンピューターの自動操縦で街中を走らせる。その間に、廃坑入り口側にある沢を上った先にある地下水道を通り安全圏まで脱出させる。だが、俺たち黒の騎士団に3000人の命を存えさせる物資はない。後はキョウトが面倒を見てくれると信じていいのか?」
「……。その智謀、胆力、それに優れた解析力。まさか、貴方さまが『ゼロ』なのでしょうか?」
「さて、どうだろうな。……っと、これ以上は話をしている時間はない。早速、民間人の退避をはじめよう。扇さん、準備はいいですか?」
「ああ、ルートには石灰をまきながら来たから、地下水道への誘導だけあればいいと思う。その人が手伝ってくれるならば、ここは俺だけで大丈夫だ」
俺は扇の顔をしっかりと見据える。彼は普段通り落ち着いており、取り乱したり焦ったりしている様子もない。俺は扇に近づき、タブレットを渡す。地下水道の入り組んだマップを見て、感嘆の声を上げるが物怖じした様子はない。
「分かった。扇さん、ここは任せます。代わりに俺は、月下を駆って首級を挙げるよ」
「ライくん、気をつけるんだよ」
俺が日本解放戦線の居住区に背を向けて駆け出すと同時に扇さんが女性に近づき、誘導の手順を説明する。俺はその様子を見て大きく頷き、来た道を急いで引き返す。頭に叩き込み、扇が残した目印を使って。
直にブリタニア軍による攻撃が始まる。
そして、ルルーシュとカレンによる山崩しによる影響が出る前に3000人もの民間人を移動させなければならない大仕事。俺がルルーシュであった頃の扇ならば、そんな大それた作戦を指揮するのは無理だと放り投げていたはずだ。
俺が何もかも仕事を行い、彼らに成長する機会を与えなかったから。俺が欲しかったのは命令に殉ずる駒だったから。駒に意思は不要としたから。生きている人間にそんな真似ができるはずもないのに。
俺がルルーシュを変え、ルルーシュが扇を変えた。思ったよりもいい方向に変わっている。それならば、俺がすべきことは決まっている。コーネリア率いるブリタニア軍を蹴散らし、コーネリアとスザクが駆るランスロットに被害を与えることだ。
ルルーシュなら出来なかったことだが、今の俺ならば出来る。廃坑から飛び出た俺は来ていた服を脱ぎながらトラックに飛び乗り、偽装した荷台の中に滑り込む。パイロットスーツに着替えた俺は月下の操縦席へと身体を滑り込ませる。
「ブリタニアは3方向から侵攻中。定石どおり圧倒的物量による、包囲殲滅戦。航空戦力は……無し。俺の記憶通りであれば、コーネリアはこのルートを通る。ルルーシュたちの土石流の範囲はここからここまで……。エナジーを戦闘まで節約するには、雑木林を抜けるルートが最も効率良い。ナイトメアを操縦する者にとって敬遠すべきルートから飛び出してくれば、大なり小なり混乱が呼び込めるか」
起動キーを差し込む。
目の前のディスプレイには、コンテナが上下に開いたことで光が差し込む様子がありありと映し出される。軽く慣らし運転をした感じではあまりにじゃじゃ馬で操作系もピーキーであったが、『ライ』の身体能力と反応速度があれば、特に問題はなかった。紅蓮とは違って完成されていない機体を急いで送ってきたあたり、余程シンジュクゲットーで戦った無頼のデータに価値があったかが窺える。
「さてと、もうそろそろ行くか。……頼むぞ、月下」
俺は操縦桿を握りしめる。月下のランドスピナーを低速で動かし、戦場へ最短で着くルートを走る。見えてきた鬱蒼と茂る雑木林を見て、俺はブレーキを掛けることなく、むしろアクセルを踏み月下を加速させながら雑木林に突っ込んだ。
□藤堂□
黒の騎士団のゼロから齎されたブリタニア軍の侵攻の情報は正しく、我々は万全の体制で立ち向かう。しかし、篭城の他に手段のない我々を嘲笑うかのように3倍近い兵を引き連れて現れたブリタニアの魔女は後方で踏ん反り返ることなく、最前線に出てきて同志たちの命を奪い取る。ブリタニア軍の総指揮を執るコーネリアさえ倒せればと戦力を集中させたことが更に危機を招く。
私は四聖剣と共にキョウトから預かった『無頼・改』を駆り、戦場を動き回るがコーネリアに近づくことも出来ず、我々の機体の方が傷ついていく。
『消耗戦』、という文字が頭を過ぎる。引く場所を持たない日本解放戦線、その基地の地下には戦火から逃れようと頼ってきた大勢の民間人もいる。我々が負けるということは、その3000人という命も奪われてしまうということだ。
『藤堂さん、このままではジリ貧です。一旦、体勢を立て直しましょう!』
『中佐が引くまで殿はワシと卜部が』
「引いて何になるというのだ!ここで我々が引けば、今ここで戦っている仲間の命が散ることになる。ナリタが落ちれば、誰が日本人を救う!」
私は廻転刃刀を構え、またひとつ奪われようとしていた仲間の命を救う。しかし、それと同時に敵の懐へと入り込むことになる。それを承知の上で私についてくる部下たち。
『中佐があるところに四聖剣ありってね』
『私たちもお供します、藤堂さん!』
「最後まで、我々は日本人としての心を失うことなく戦い続ける」
そう武器を構えた時、我々を包囲していたブリタニア軍の動きが変わる。どこか戸惑うような動きに、誘いか罠か何かかと考えた時、視界の右端から左端に掛けて青い閃光が瞬く間に通り過ぎた。その光がなんだったのかを考える暇を与えず、次々とスパークして爆発四散するブリタニア軍のナイトメア。
『嘘だろ、俺たちの前方にいたサザーランド8機が、全部破壊された!?』
私は卜部の声を聞き、機体の向きを変える。我々を四方に取り囲んでいたブリタニア軍のサザーランドは残り6機となっていた。加えて一瞬でロストする形になった仲間たちを見て取り乱している。私は先陣を切ってサザーランドを切り捨てる。ハッとしたように朝比奈、千葉が私に続いて我々を包囲し優位に立っていたはずのブリタニア軍のナイトメアを殲滅する。
「我々も往くぞ、あの青い閃光は恐らくブリタニア軍の総指揮官であるコーネリアの下へ向かったはずだ」
『『『『了解!』』』』
片瀬中将からは基地の守りを固めるようにと指令が来ていたが、私はそれを無視する。
恩のあるお方であるが、今更守りを固めたところで手遅れだ。ここからブリタニアを引き下がらせるには、コーネリアを始めとした前線の指揮官を潰さなければならない。
そうして、辿り着いた戦場には日本解放戦線の仲間は1人たりとも残っていなかった。
居たのは、青い一つ目のナイトメアと両腕を失ったグロースターを守るように布陣するブリタニアのナイトメアの集団。その中の1体がランスを構えて、青い一つ目に突撃を掛ける。
ランドスピナーが勢い良く地面を蹴り、砂煙が立つほどの加速がついた一撃だったが、青い一つ目は左足のランドスピナーだけを回転させて時計回りに回転し、グロースターのランスによる攻撃を避けた直後、回転して勢いをつけた左腕でグロースターを横から殴りつけた。
直後、その左手の先から紅い閃光を迸った。ぶくぶくと気泡が立つように、グロースターの装甲が膨らんでいき、朝比奈がごくりと喉を鳴らした瞬間、パイロットの命を守るための機構であるインジェクトシートが発動する間もなく、赤い炎を上げながら爆発四散した。
先ほど、我々の窮地を救った者に間違いはないが、これだけの操縦技術の腕を持つ者が今までどうして現れてくれなかったのかと歯噛みする。すると、突如通信が入る。
『あと2分ほどすると、ここにあるもの全てを飲み込むくらい大規模な山崩れが起きます。それでブリタニアの正面部隊を殲滅しますので、貴方方は撤退されてください。直にコーネリアを守るために多くの機体が集まりますし、『堅物の軍人』がいても何の役にも立ちません』
私を堅物の軍人と呼ぶ人間に心当たりのあった千葉が顔を真っ赤にして吠える。
『な、何だと、お前!藤堂さんに向かって、どういう口を』
『忠告はした』
グロースターの爆発が収まる前に動き出した青い一つ目が地面にスラッシュハーケンを打ち込み宙へ飛び上がる。遅れて反応したブリタニア軍はアサルトライフルの銃撃の雨を向けるが、青い一つ目は宙を移動しながら右手で握った小刀で銃弾を弾き、スラッシュハーケンを地面やブリタニアのナイトメアに刺し、反動や巻取りを絶妙なタイミングで行って縦横無尽に動く。
機体性能だけでなく、機体を操縦する人間の実力の差が明白であると判断した私は部下たちに撤退する旨を伝える。私の決定に朝比奈と千葉が噛み付くが、仙波と卜部に諌められ我に戻った。
我々が戦っていた場所へ戻ろうとした時、突如として地響きが発生し、ブリタニア軍の多くが展開していたナリタ連山の正面が滑り落ちる様をまざまざと見せ付けられる。
「こんな馬鹿げた作戦を実行できる黒の騎士団が烏合の衆だと?なら、我々は今まで何をしてきたというのだ……」
□ルルーシュ□
山崩れを起こすタイミングは完璧だったはずなのだが、俺とカレンはライの実力を過小評価していたらしい。俺たちが頂上部から奇襲を掛けようとした駆け下り始めた段階ですでにコーネリア機の両腕はなく、親衛隊のグロースターも1機を残し大なり小なり損害を被っていたようだ。
俺は『こほん』と咳払いをひとつするとオープンチャンネルで告げた。
『サイタマゲットーでは世話になったな、コーネリア』
『ゼロ、貴様ぁああああっ!!』
コーネリアの怒号が響き渡ると同時に、両腕の無いグロースターが俺の駆る無頼に向かおうとしたが、右腕を無くし前面装甲にいくつも傷があるグロースターに引き止められている。
『ほぉ、この状況下で冷静な判断が下せる者がいるとは。さすがはコーネリアの選任騎士さまだな』
と言いつつ考える。
ここに来るまでにカレンが駆る紅蓮は輻射波導を十分に使い、多くのブリタニアのナイトメア屠ってきている。コーネリアを始めとした親衛隊が壊滅しているのは、どう考えても山崩しによって起きた圧倒的物量を誇る土砂崩れによるものではなく、その前に攻勢に出たライの駆る月下にやられたものだと。
“うまく行き過ぎている”気がする。
『我々の目的は達された。紹介しておこう、コーネリア。我が黒の騎士団が誇る最強の戦力である『紅蓮』と、げ……いや『蒼月』だ。今後はこの2機を中核とした作戦を実行する。今までのような小物ではなく、大物も狙う。覚悟してお『格好つけているところ悪いけれど、ゼロ。白兜だ』……コーネリア、自分の子飼いの犬くらいしっかりとリードに繋いでおけっ!!』
俺はオープンチャンネルを切り、カレンとライの回線に割り込む。
『オッケー、まずは私と紅蓮からね』
『俺がやばいと判断したら勝手に割り込むからね』
『まさかだと思うが、一戦交える気か?』
『強い奴との戦いは経験がものを言うからね。それにこう平地だと、片足くらい貰わないと簡単に追いかけてきそうじゃないか。ま、ゼロは高みの見物でもしていなよ。カレンはともかく、俺が負けるなんてことはないから』
『私だって負けないわよっ!!』
俺にとって、白兜はトラウマでしかないがカレンやライたちにとってはどうってことのない相手なのかもしれない。頼もしい仲間が2人いるというだけで俺の心に余裕が生まれる。その時、雑木林や未だに流動する土砂を吹き飛ばし、コーネリアたちを守るように現れた白い装甲を持つナイトメア。
俺が乗る無頼の両脇を固めるように立ち並んでいた赤いナイトメア、カレンの駆る紅蓮が進み出る。
白と赤がぶつかったのはその直後だった。