超感覚のアリスとIS   作:『ありす』

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始まり

 正直な話、僕にとってはISなんてものはどうでも良かったんだ。女尊男卑、なんてものに巻き込まれることがない生活だったから、その原因となったISにも興味を持つことなんてなかった。

 

 何かに熱くなることもなく、何かにのめり込むこともなく、ずっと一人ぼっちなまま、ただ与えられるだけのそんな生活が当たり前だとずっと思っていた。それに不満を抱くことすらない。それが自分にとってのベースだったんだ。

 

 世界で始めて、本来女性にしか動かせないはずのISを動かせる男の子が出てきた。名前は―――覚えられなかった。だけどまあ、とりあえず現れたんだ。カンジなんてものを見るのは始めてだったんだから覚えられるはずもない。

 

 始めて触ったとき、良く分からない気持ち悪さが自分の奥底に沈んでいくのが分かったんだ。漠然とした、曖昧な感じの、もっとこう―――そう、粘ついた何かが。

 

 爪先、肉、骨、神経、指先、手のひら、手首、肘、肩を通じて光速で走った。言葉で形容するのが愚かしいくらいの、思わず後ずさるほどの熱量が中を満たしたんだ。

 

 ―――最初、その熱量がなんなのかはまったく分からなかった。だけど時間が経つ度にその正体が見えてくる。ぼんやりとした、暗闇の中に座り込んでいた彼女はただジッと僕を見つめていた。

 

 その目に宿っていた感情が何なのかは見当もつかない。

 

 でも―――、確かにそう言ったんだ。

 

 ―――助けて、って。

 

 僕は彼女の手の取り方が分からなかった。……分からなかったんだ。

 

 

 

 バラバラバラ。空気を震わせ、次の授業の準備に追われていた教員たちと生徒たちの鼓膜を叩いたのは大気を切り裂くブレード音だった。その余りにも場違いな音に生徒たちは何事かと窓の外を見る。反して教員たちは慌てることもなく発信源を確認。

 

 自席で書類を片手にコーヒーを味わっていた織斑 千冬は、特に気にする必要もなく視線を外に向けることもなく書類に固定されたままだった。慌ててはいなかったが頭を悩ませる大元がやってきて、―――ついに来たか。という気持ちにならざるを得なかった。

 

「織斑先生、無事に到着したようです」

 

「あぁ、分かってるよ山田先生」

 

 残っていたコーヒーを流し込み、後輩からの呼びかけに背筋を伸ばしてから立ち上がる。

 

 自身の弟がISを起動させてから僅か3日。世界で始めてISを起動させた男子を見つけた衝撃の日から1ヶ月に2人目がIS学園に到着。見つけるのは極めて早かったが、IS学園に向かうには2人目の身体がそれを許さなかった。

 

「プライベートジェットと軍用ヘリの乗り継ぎ、そして日本政府所属のIS部隊による護衛、ですか」

 

 女性教員の1人である山田 真耶は窓の外の上空を眺めながら1人呟いた。視界には一機の軍用ヘリとその周りを囲むように3機の打鉄が警戒している。

 

「状況が状況なだけに仕方あるまい。なんせ1人で行動させることが難しいんだ。マイケルからの話で幸いなのは落ち着いているということだ」

 

 人前上こういう言い方をしたが、千冬の感覚では話を聞いている限り落ち着いているというより、理解していないという方が正しいのかもしれない。本人の言によるとISはアメリカにもあるのに、どうして日本に来る必要があるの? とまで言っていたらしい。

 

 その言葉で千冬は自分の胃が縮まるような気がした。もちろん、悪い意味でだ。

 

「なんであれ、親元を離れて15歳の少年が文化も言葉も何もかも違う国に来るんだ。その負担は我々の想像を超えるだろう。山田先生、仕事量の調整はするので彼の少年のフォローを頼む」

 

「えぇ、勿論です織斑先生」

 

 むん、とやる気を見せる後輩に不安を覚えなくもないがIS学園で信頼に値する貴重な後輩なのだ。女尊男卑に染まらず、良識的な教師はこの後輩しか千冬は心当たりがない。

 

 あと1人、信頼出来る生徒が学園内にいるが彼女を呼ぶことは出来ない。あの女生徒なら上手くやるだろうが、今は手を離すことは出来ないだろう。2人目の少年を迎え入れる準備を裏から行っているのだから。

 

「……それと山田先生。彼の―――」

 

「身体には絶対触れない、ですね?」

 

 その言葉に千冬は安堵を覚える。もっとも大切なことをこの後輩はキチンと覚えていたからだ。

 

 千冬も始めてそれを聞いた時、『―――どういうことだ?』と思わず敬語も忘れて聞き返してしまった。それくらい理解に苦しんでしまった。その内容に関してはほとんど触れさせて貰えなかったが一言、電話口から返答。

 

 ―――彼を苦しめさせるな。

 

 その重い口調に千冬は追求することが出来なかった。本当なら子供達を預かる身として問い質すのが当然のことなのだが、それがどうしても出来なかった。

 

「正直―――、今でもどんな子供かイメージが出来ないんですよね……」

 

「マイケルの話だと性質の悪い人間ではないのは確かだが―――」

 

「好き好んで人を傷つけたりする子供でもないらしい。さて、行こうか山田先生」

 

 

 

 ―――アリス、起きていますか?

 

 指先から感じるその涼しさに、アリスと呼ばれた少年はゆっくりと瞼を起こした。時差からくるせいかその瞼はまだ重い。意識もいまいちハッキリしない。

 

 アリスの視界には身長2メートルを超え、筋骨隆々の黒人がシートに腰がけていた。彼の両手はアリスの右手を優しく握っている。気遣ってくれているのはアリスは分かっていた。

 

「……うん、起きているよマイケル」

 

 その目にはマークが見慣れた、日本人には珍しい青い瞳だ。知人の言葉を借りれば『青い夜』と称された神秘的で澄んだ引き込まれそうになる瞳。

 

 ローター音が鳴り響くヘリ内でもその声はハッキリとマイケルの耳に入り込んでくる。中性的な透明感のあるその声で、マイケルはアリスの状態が落ち着いているものだと理解出来る。そのことにひとまず安堵した。

 

 ―――良かった。もうすぐIS学園に到着しますので意識を戻してください。

 

「大丈夫。ありがとうマイケル」

 

 アリス、身長はマイケルと呼ばれた黒人に比べて身長が小さく170もないだろう。手足は制服に包まれて分かりにくいが、肉付きは良くなく、少なくともスポーツなどをしている人間のそれではない。両手の指先は女性のそれに近く、細く長い。

 

 ―――……申し訳ありません。もう少し綺麗に切ることが出来れば良かったのですが……。

 

「ううん。感謝してる。少なくとも以前よりもハッキリと見えるから」

 

 そう言って、アリスは自分の前髪に触れる。以前は顔を隠すほどに長かったそれは綺麗、とまでは言えなくても整えるようにカットされ、今はその両目をハッキリと表している。

 

 ―――後ろは切らなくても良かったのですか? それだけ長いとこれから暑くて大変になると思いますが……。

 

「いいよ。母上のような黒髪は僕にとっても嬉しいから。あまり長さも変えたくないんだ」

 

 アリスの外見で直ぐにでも目を惹くのはその後ろ髪。絹のように手触りのいい純黒の髪。光を吸い込みその美しさをさらに際立てる。だがそれよりも特徴的なのはその長さ。なんせその長さは腰よりも下にあった。その余りにも長い黒髪は白のシュシュで纏められている。

 

 中性的な顔立ちと相まって、スレンダーな女性にしか見えない。というのがマイケルの感想。

 

 ―――母方の趣味にも困ったものです……。

 

「別にいいよ。母上は僕に似合うと思ってプレゼントしてくれたんだし」

 

 嘆くように首を振るマイケルに思わずアリスは苦笑する。伝わってくる感情に偽りがない分、アリスの苦笑は濃くなった。

 

 ―――アリス、食事はキチンと1日に3回摂取すること。間食で済まそうとしないでください。好き嫌いもダメです。睡眠は1日8時間以上を目安にお願いします。父上にも怒られたでしょう?

 

「……仕方ないじゃないか。寝ようと思っても寝れないんだから」

 

 ―――IS学園は特殊ですが、学校は学校です。規則はしっかりとお守りください。あそこにいるチフユは鬼教官と言ってもいいですから。

 

 鬼教官、と言われても分からないアリスはとりあえずその言葉の意味を置き、ふと思った疑問を口にした。

 

「チフユ? 知り合いなの?」

 

 ―――織斑 千冬と山田 真耶は私の知り合いです。あの2人、特にマヤは信頼に値する人格者です。困ったことがあれば彼女に相談してください。無論、私や母方や父上にもです。

 

「うん、わかった。そうするよ」

 

『―――――――――』

 

「……ん?」

 

 ―――IS学園に到着したようです。ベルトを着けますよアリス。

 

 その言葉にアリスの右手からマイケルの両手は離れていき、アリスのベルトを前に装着させる。

 

 いよいよ、IS学園に到着する。




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