私は前世の世界でも日本と言う国に生を受けて、そして此の国を誇りに思い・・私は前世の日本と言う国で生きて来た
確かに後世の人間からして見れば第二次世界大戦前のより正確的に言えばあの大東亜戦争後のアメリカが押し付けたあの或る意味「個人的な意味での自由主義的な教育や男女の協同的に行われる授業方式」をしていた
だからこそ其れ等の教育方法に慣れて居る人達から見たら戦前の「愛国教育」だのと言うだろう・・だがよく考えて欲しいのは「何故愛国教育や民族教育を教える事をきひをするのか」と言う事を私が前世の世界での学校の教師をしている際に常々深く思い悩んだ事であるのだ
まあ先程述べた実質的に戦後の日本の教育方針を決めたアメリカでは余程の事が無い限り「民族教育」と言う物を行う事が出来ないだろう・・まあアメリカ合衆国の歴史は「移民と開拓と格差と自由の歴史」とも言えるだろう
さて話は大分ずれてしまったのだが何故此の話をするのかと言えば私事「前世での名前は大西剛史そして現世での名前は織斑秀景」は今現在の年齢で10歳に成り・・そして今現在は「学校」と言う物に通って居ると言う訳だ
此の世界での学校では「国民学校」と言う物と「特別学校」と「専門学校」そして「大学」しか存在しない・・だからこそ建前上は「保育園も幼稚園も中学校も高校」も存在しないのだ
だからこそ「保育園も幼稚園の役割」は何処に流れるのかと言えば「国民学校」に組み込まれているのだ
だからこそ同じ様に中学校や高等学校も国民学校に組み込まれていると言う訳だ・・まあだからこそ下は5歳から上は18歳まで同じ町同じ地区に通う子供達・・まあ様は兄弟や姉妹果ては従兄弟間の間で「同じ学校同士で学び合う」と言う事も有り得るのだ
まあだからこそ此の世界では「保育園と言う存在も幼稚園と言う存在」も残念ながら存在しない・・さて一応の話をするのだが昔は確かに「幼稚園や保育園そして中学校や高校」と言う物も存在したのだが今から50年前に廃止をすると言うのか「国民学校への統合化」をしたのだ
だからこそ今私達が学校で教えてくれる先生方の大半は「中学校や高校に通った経験の無い人」の方が圧倒的に多くて「中学校や高校に通った経験も有り其の記憶保持をする人は最低でも53歳」に成るだろう
そして私は其の国民学校に5歳の時に入った・・そう基本的に此の世界でも4月に入学をして3月に卒業をすると言う事に成って居るのだ
だからこそ私は姉である「織斑四季」そして「織斑花風」そして私の双子の弟にして私と同じとまでは行かないが「大日本帝国が敗戦国と成り大戦前より領土が削れて・・そしてアメリカの傘下に置かれた前世の日本」の記憶を持ち
そして此の世界に此の祖国の日本連邦の変革を望む同胞とも言うべき「前世での名前が林田進そして現世での名前は織斑鳥月」は此の国民学校に通って居ると言う訳だ
だからこそ今でも私達は学校に4人で喋りながら歩いて居ると言う訳だ・・そう世間でのニュースだとか何気ない日常の会話に着いて語りながら登校をすると言う訳だからこそ
まあだからこそ前世でも含めてこの様に家族と言うか兄弟姉妹で歩き乍ら会話を登校をするのはやはり味が有ると言うか新鮮味を感じるのだ