レミリア提督   作:さいふぁ

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レミリア提督16 The long voyage

 こうして船の甲板から水平線を見ながら旅をするというのもなかなか情緒溢れるではないか、とレミリアはしみじみと思う。視界は果てまで青一色。抜けるような青空と、空の色を映した紺碧の海。陸地は水平線の向こうで、うねる波の景色が延々と広がっているだけ。だというのに、どうして海を見続けても飽きが来ないのだろうか。

 レミリアの長きにわたる人生経験において、こうして長期間船に乗って海を渡るというのは、実は初めてのことである。かつての住居も今の居住地も内陸にあり、海を見る機会自体がそんなに多くなかった。故郷に暮らしていた頃、最も家から離れたのはオークニー諸島に旅をした時で、数時間フェリーに乗ったが船旅と言えるくらいのものではない。遥か祖国の地から極東の島国へ移住した際は、何だかよく分からない方法であらゆる過程をすっ飛ばして移って来たものだから、船旅なぞついぞする機会がなかったのだ。

 もちろん、これまでの出撃任務で、この船に乗って海に出たことはあったし、二泊三日で外洋を回ったこともある。ただ、今のように数週間かけて(本来船旅というのは非常に長い期間を海で過ごすことであろうと思う)遠出をするというのは初めてだった。

 

 

 船は、レミリアを乗せる艦娘母艦「硫黄島」はこの広大な海の上でただ一隻、悠然と水面に白い波を立てながら一路南を目指して進んでいた。向かう先は、彼の激戦地「南方海域」。島から島へ、海峡から海峡へ、島嶼の間を駆け巡り、敵と味方が入り乱れる熱き地の戦場。赤道の向こう。天地のひっくり返った南半球だ。

 これもまたレミリアにとって初体験となる。膨大な財産を持ちながら、あまり家の外に出歩かなかったレミリアには、赤道を超えるという体験がなかった。季節が逆転した世界とはどんなものなのだろうか。生い茂る熱帯雨林や延々と続く雨季、極彩色の花々に鮮やかな動物たち。透き通る翡翠色の海やその下に白く広がるサンゴ礁。想像すれば胸が躍る。

 身の回りには熱帯や南半球のことなどまったく知らない者たちしかおらず、家に帰って友人にこれから向かう世界の話を聞かせてやろう。言葉を尽くして南の楽園の夢を語ってやろう。

 また一つ、自分に自慢することが増えると思えば、長い船旅も実に愉快になる。子供っぽいと自覚しながら、顕示欲が満たされる感覚に口元が締まらない。

 

 

 

「なに海見ながらニヤけてんだ。面白いもんでもあったのか?」

 

 不意打ちのように横合いから掛けられた声に、レミリアの顔から一瞬にして夢想が消え去る。緩んでいた表情筋は引き締まり、いつものような厳かな顔立ちに戻った。

 振り向くと、そこにいたのは隻眼の艦娘。伸び放題で櫛も入れられず、隠さない程度に分けられた前髪の間から、左目だけがレミリアを見下ろしている。右目は黒い眼帯に覆われ、さらに乱雑な前髪で半分隠されていた。

 名前は「木曾」という。今回の長期遠征のメンバーの一人である。

 白いセーラー服にセーラー帽という出で立ちは、初対面の時から既視感があった。知り合いに、似たような恰好をしている者がいるのだ。ただ、目の前の艦娘はその知り合いとは違い、正真正銘海軍の所属である。

 

「何でもないわ」

 

 気を抜いているところを見られてしまった恥ずかしさで顔が紅潮するのを何とか抑えながら、レミリアは極力澄ました風を演じて素っ気なく呟いた。だが、木曾にはバレバレだったのだろう、彼女は実に愉快そうな色を瞳に湛えている。

 

「深くは聞かないさ」

「……広めないでほしいのだけど」

 

 レミリアは観念した。どうせ彼女には分かり切っているのだし、取り繕ったところで意味はない。それより、「提督が海を見ながらニヤけていた」などと言い広められて威厳が損なわれる方が痛い。それ故の降伏宣言だった。

 

「口止め料は高いぜ」

 

 片や相手の艦娘は、レミリアが折れたことに気を良くしたのか、これ幸いとばかりに調子に乗ってそんなことを嘯く。

 

「どれくらいかしらね」

「ま、それは考えておくさ」

 

 言いながらも、木曾の顔から悪戯っぽい笑みが消えない。レミリアは溜息を吐いたのだった。

 

「冗談だよ。誰にだってニヤけることぐらいあるだろう」

 

 今度はからからと笑いながら、彼女は甲板を囲う手すりにもたれかかり、先程までレミリアがそうしていたように、水平線へと視線を投げた。

 

「長期遠征の時、移動中は暇だからな。妄想にふけるのも悪くない暇潰しさ。ただ、人目に付くところでやるのはお勧めしないがな」

 

 レミリアが何も言わない内から彼女は勝手に喋り出す。艦隊の中では、あまり寡黙な方ではなかった。

 

「ご忠告ありがとう。貴女も暇なのね」

 

 レミリアは彼女の隣に並ぶ。もたれかかるには、レミリアにとって手すりは少々高過ぎるので、どうしても首元から上だけ飛び出る変な姿勢になってしまう。絵面が悪いのを意識して、已むなく支柱を掴んで顎を手すりに乗せた。威厳など欠片もなかった。

 

「そりゃあな。漫画を読むにも飽きたし、かと言ってすることもないから、散歩をしていたのさ」

「漫画? そんな物を持って来ているの?」

「暇潰しだよ。みんな結構そういうもんを持ち込んで来てるんだ。荷物の半分以上は暇潰しの道具さ」

「そう。私は何も持って来なかったわ」

 

 レミリアがそう漏らすと、木曾は苦笑を浮かべた。

 

「やっちまったな。行きはいいが、帰りは暇で暇で死にそうになるぜ」

「それは由々しき事態ね」

 

 多少大袈裟にレミリアが答えると、何が面白かったのか木曾は声を上げて笑った。

 

「そうだな。その通りだ。仕方ない、後で貸してやろう」

「あら? 何だか貸しばかりが増えていくわね。後が怖いわ」

「期待してるぜ」

 

 レミリアにとって、木曾は話しやすい相手であった。赤城のように真面目過ぎるのは堅苦しいし、加賀のように寡黙な者とは会話が弾まない。金剛には何だか避けられているようだし、潮は丁寧だが常に一歩引いている。曙は口が悪いし、舞風と野分は先日の一件でやはりレミリアを避けるようになっていた。だから、自然と話相手はいつもノリの良い漣や、口数は多くないものの聞き上手な川内、そしてこちらに合わせて会話のペースを作ってくれる木曾に限定されていた。

 その内木曾は、この通り粗暴な口調で赤城曰く「慢心した発言も多い」とのことなのだが、裏腹に実は細かな気配りの出来る優しい性格をしているので、レミリアは彼女のことを気に入っているのである。

 

「まったく、漣と言い貴女と言い、私を誰だと思っているのかしら?」

「提督。お金持ちなんだろう? 今度、飯でも奢ってくれ」

「うちは結構金欠なの! でも、たまには外食もいいわねえ」

 

 なんてことのない会話をしながら、二人でゆったりと広がる大海原を眺めていた。

 

 

 特にすることもない空白の時間。移動のためだけに使われる一日。忙しなく生きる者なら、この一時でさえ自己鍛錬や勉強に費やして無駄にするべきではないというだろう。しかし、レミリアにとってはただ無為に過ごす時間も、下らない冗談を言い合う時間も、とても尊いものだと思うのだ。

 鎮守府に来てから交友関係がいくらか広がり、こうして気の合う艦娘と取るに足らない軽口を叩き合うことに楽しさを見出した。難しいことなど考えず、頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出して一緒に笑える時間も、それが生死を問われる戦争の狭間に差し込まれた穏やかな時間であるなら、どうしてそれをないがしろに出来ようか。緊張と緊張の間のこの緩みが、レミリアにはとても愛おしく感じるのだ。

 

「ところで」

 

 真顔に戻った木曾は、海を眺めながら会話の流れを切り替えた。緩んでばかりもいられないな、とレミリアは気を引き締める。

 大体、彼女がここに持って来た話の内容は、つまりこれから切り出される本題の中身は想像が付いているのだが。

 

「今回のこの編成、わざとこうしたんだろう? あいつらが行きたがるのを知っていて、どうするつもりかも分かった上で、あえてこういう編成にしたんだ。違うか?」

 

 なるほど、木曾は怒っているのか。

 

 レミリアは「そうよ」と頷いた。その返答に、いささか木曾の纏う空気が暗いものになる。

 

「なんでだ? 止めることも出来ただろうに」

「行きたいと言ったんだもの。任務の性質に合った戦力だと思ったし、提督としての判断の上での選択だわ」

「それであいつらがどうなってもいいというのか?」

「戦争よ。元より死ぬのは覚悟の上でしょう」

 

 木曾の隻眼が、海風で散った前髪の奥から少女提督を睨み下ろす。レミリアはそれを涼しい顔で受け流した。

 彼女の言う「あいつら」とは第四駆逐隊の舞風と野分のことだ。今回の長期遠征につき、真っ先に手を上げて参加の意を申し出た。

 そもそもの話、今回の遠征の主体はレミリアの鎮守府ではない。南方戦線はレミリアたちの戦場ではないからだ。

 

 

 始まりは、南方の島々に築かれた国連軍の陸上拠点への補給線が襲われたことである。

 こうした陸上拠点は、上陸し陸地を侵食する深海棲艦へ対抗するため、艦娘ではない陸軍戦力によって維持されているもので、当然最前線であるから絶えず物資を要求する。そこで彼らへの補給を行うために艦娘が動員されており、特に前線に近い補給線では、船を用いず艦娘自身が物資を運搬する役割を担っていた。

 物資を運搬する以上、兵装には大きな制限が掛かっており、護衛が付くとはいえ、輸送任務中の艦娘は攻撃に対して非常に脆弱である。もっとも、補給線を襲う敵は比較的弱く、軽装備の輸送艦隊でも十分撃退出来るものなのだが、中には極めて強大な敵も含まれたりもするのだ。

 

 命からがら逃げ帰った輸送艦隊が報告したのは、二隻の駆逐棲姫のことだった。早速討伐隊が編成されてこの甚大な脅威に立ち向かっていったのだが、結果は散々たるもので、駆逐艦とはいえ姫クラスの強敵に戦艦を含んだ部隊ですら蹂躙されてしまったという。

 

 以後、この二隻の深海棲艦は活動を活発化させる。決まって夜、それも毎晩のように出現しては補給線を寸断し、迎撃部隊を返り討ちにしてしまうのだった。幾度かの海戦を経て、軍上層部はこれを駆逐棲姫より強力な艦種、「駆逐水鬼」と名付けた。そして、必ず二隻で登場することから、前線の間ではいつしか「双子の駆逐水鬼」と呼ばれるようになっていた。

 事態は南方戦線の各拠点で対処可能なレベルを超越し、本土を含めた各鎮守府へ、上層部から応援戦力の拠出が命じられる。無論、レミリアの元にもその命令は届き、赤城との協議の結果、最大四隻までなら出せるという返答をしたのである。

 駆逐水鬼の出現時間から、戦闘は夜間になると予想されるため、夜戦能力が最も高い木曾は固定として、後の面子は第七駆逐隊の三人になった、はずだった。実際、赤城もそれでほぼ決まりと言ったし、レミリアも妥当な面子だろうと納得していた。が、この遠征メンバーの選定は大きく狂うことになる。

 

 何故なら、遠征の話を聞いた舞風と野分が、恐ろしく差し迫った顔で志願を申し出て来たのである。その理由は、戦闘中に撮影された、探哨灯の光に照らし出された駆逐水鬼の姿を写した写真を見れば、誰にでも考えるまでもなく理解出来るだろう。五年前の海戦で沈んだはずの、萩風に酷似したその姿を見れば。

 当然、誰もが反対した。元より遠征参加予定だった第七駆逐隊の三人も、写真を見て大凡の事情を察したのか真っ先に舞風と野分を説得しに向かった。さらに、詳しいところの事情まで把握している秘書艦の赤城や古参の金剛と加賀、そして川内と親しい木曾はそろって二人を止めようとした。

 レミリアに直訴しようと司令室に突進して来る舞風と野分を、彼女たちは身体を使って遮り、半ば乱闘のような様相になって、しかしそれでも四駆は制止を振り切りレミリアの前に立ったのである。レミリアは、服も髪も乱れ、荒い息を吐きながら爛々と光る眼で見下ろす二人の前で、足を組み悠然と紅茶を嗜みながら彼女たちの陳情に首肯したのだった。

 

 至極当然の結果として、今度は提督が大反対を受ける身になった。しかし、その程度のことで動じる様な肝を持っておらず、遠征メンバーに第四駆逐隊が確定したのである。そして、唯一反対しなかった川内は、「遠征メンバーに空きが出たんだったら」と言って、これも参加を申し出て、レミリアは頷いた。

 また、反対にあったが、結局秘書艦の赤城が折れたことで反対意見が抑えられ、メンバー全員が確定して今日に至った。お陰で金剛は露骨な態度を見せるし、曙は顔を合わせる度に怒っていたが、レミリアの方はと言えばまるで気にも留めなかった。赤城だけは呆れ顔を見せてはいたが、最終的に賛同してくれたところを見るに意図を察してくれたのかもしれなかった。

 

 木曾もまた強硬に反対した艦娘の一人であり、現にこうして出征してからも抗議をしに来る。

 

「出ちまったものはしょうがない。けど、どうするつもりなんだ? あいつらは生きて帰るつもりで来たわけじゃない。しかも夜戦の出来ない川内まで。まさか南に行って何もしないつもりか?」

 

 木曾は何とか怒りの感情を抑え込むことに成功したのだろう、理性的な言葉を持ってレミリアと対話しようとする。お前の心積もりを聞きたいと、真摯な態度で臨む。

 

「取り合えず、貴女と舞風と野分の三人で出撃ね。川内は夜の海に出られないし、ちょっと頑張ってもらうことになるけど」

「だろうな。まあ、この際戦力云々の話はいい。問題はあいつらのことだ。止めても絶対に駆逐水鬼の元へと向かうぞ。端から玉砕して、心中しようって腹積もりでな」

「でしょうね。ま、行かせてあげればいいんじゃないかしら」

 

 レミリアの気のない返事に、木曾の口が「へ」の字に歪む。舌打ちしそうになるのを、彼女はぎりぎりで最低限の礼節を思い出して堪えられたようだ。これが金剛や曙だったら憤慨していたことだろう。

 

「何でだ? お前は言ったんじゃなかったのか。『萩風と嵐を取り戻せ』って。あいつらが沈むのを黙って見ているのか?」

「言ったわね」

 

 けれど、レミリアに答えるつもりはまるでなかった。

 今ここで木曾に言葉を尽くして説明したところで、きっと何の理解も得られないだろうし、それを聞いて彼女が変な行動を起こさないとも限らない。むしろ、木曾の性分を考えれば四駆に何か言いに行くのは確実だろう。それはレミリアにとって好ましくない展開だった。

 

「ただ、あの子たちが私に『沈みたい』と言ったわけじゃない。あの子たちはあの子たちなりの考えがあって行動している。それを心中だと決めつけて、頭ごなしに否定をするのはどうなのかしら?」

 

 木曾を落ち着かせるための方便。言いながらも、自分の言えたことではないなと自嘲する。

 倫理的に問題があったとはいえ、彼女たちが自ら望んだ心中を完全に否定したのは他ならぬレミリア自身である。木曾に同じことをするなというのは詭弁でしかないわけだが、それは自覚の上であるし木曾も分かった上で反論しない。彼女は筋違いなことは絶対に口にしない性分だからだ。

 

「ま、様子を見ましょう。今ここですべてを決めつけるのは早急に過ぎるわ。船旅は長いもの。たっぷりと考える時間も備える時間もあるのだから」

 

 結局、このレミリアの一言で木曾は渋々といった感じで頷いた。表情を見るに納得していないのは明らかだが、もう彼女はこれ以上何も口出しはしないだろう。状況が変われば話は別だが、一度こうして頷いた以上、問題を再燃させることはない。

 言葉で誑かした感もあってすっきりしないが、今日のところはこれでいいだろう。仮に今ここで彼女に本当のところを打ち明けたとして、いかなる弁舌を振るえば理解をしてもらえるというのか。この物質社会に生きる彼女が、運命という曖昧模糊で存在自体不確かな幻想にどれほどの現実感を抱くというのか。

 だからレミリアは説明しなかったし、そもそも説明不能だからこそそれはそういうものなのだという。

 

 これが運命なのだ。これが、レミリアの下僕なのだ。

 

 

 総ては我が手の中にある。

 

 

****

 

 

 ところで、この艦には艦そのものの乗務員や艦娘、指揮官に交じり、一人だけ“民間人”が乗り込んでいた。艦娘の母艦である「硫黄島」自体は前線から離れた後方に待機するため、比較的危険からは遠ざけられている。とはいえ、それはあくまで危険から“遠い”だけの話であり、安全性が保障されているわけではないから、民間人と言えど戦場に赴く軍艦に乗り込むにはそれ相応の覚悟が必要となる。軍民問わず、そうした覚悟を持つ者こそがこの場にいるべきであろう。

 無論、レミリアも軍服を纏う以上覚悟というのは持っているのだが、果たして彼女はどうなのだろうかという疑問は大きい。

 

 木曾が「トレーニングしてくる」と言って去ってから時間にして十分少々。体内時計が正確なのではなく、正確な腕時計をしているからだ。

 艦内の散歩も飽きて来たのだろう、若干眠たげな顔で(いつも眠たげだが)彼女は現れた。長い紫髪に清楚な白いブラウスの下から存在感を放つ豊満な身体。出不精のくせに、出るところは出て凹むところは凹んだ羨ましいスタイル。

 けだるげな表情と仕草でごく自然にレミリアの隣に立ち、先程の木曾と同じように手すりに身を預けて、アンニュイな溜息を吐いた。失恋をして傷心の船旅に出た女のようだとレミリアは思った。

 

「ジャーナリストっていうのは、取材対象の横に馴れ馴れしく立って、聞えよがしに重い溜息を吐き出したりするものなのかしら」

「貴女に聞きたいことなんてないから」

 

 それが友人に向ける言葉だろうか。余り毒舌ばかり振るわれると、いかに懐の大きい自分と言えど関係について再考する必要が出てくるのではないかと悪魔は頭を抱える。

 

「酷いことを言うわね」

「拗ねないでよ。貴女のことは何でも知っているという意味よ」

「はい、そうですか」

 

 だけど、こういう一言で気分が晴れる単純な自分がいるのも真実。友人に巧いこと転がされている自覚を持ちながらも、気分は悪くならない。お互い付き合い方というのを熟知しているからか、やっぱり彼女と友人関係でいるのは心地いいのだ。

 

「ちょっと話し相手をしてほしいだけよ」

 

 隣の自称ジャーナリストは語り出す。レミリアは怒っているふりをしてあえて何の相槌も打たなかった。意地の悪い言葉で自分を翻弄する友人へのちょっとした仕返しだった。

 

「船旅にも飽きて来たところなの。面白い暇潰しもないし、手持ちの本も読み切ってしまったわ」

 

 そう言えば彼女、「取材道具」と称してキャリーバッグ二つ一杯に辞書みたいに分厚い本を詰め込んで乗船していた。相当な量の活字だと思うが、この書痴の前ではペラペラのパンフレットに等しいらしく、たった数日で読み切ってしまったようだ。

 恐ろしいことにこの酔狂な読書家は、一度本読みに没頭し始めるとまるまる一週間椅子の上でただひたすらページをめくっていることさえある。そしてたった七日間の間に、椅子の周りに高い本の塔が建築されるのである。それくらいに、彼女の読書速度というのは速いのだ。

 

「後先考えずに読み耽るからよ」

 

 思ったことが何故か口を出ていた。相槌を打ってやらないという決心は、早速自分自身に反故にされてしまった。

 

「ええ。本当にその通りよ。でも、ちょうどいい話相手の蝙蝠がいるだけ私は運がいいわ。そう思うでしょ?」

 

 無視だ無視! 

 

 この性悪な友人は、そうやってレミリアをからかい、反応を見て楽しむつもりなのだ。相手にすればするほど向こうは意地悪く笑うだけなのだから、何を言われてもずっと無反応でいればいい。

 

「怒らないでよ、提督。そうね、レミィがどんなふうに艦娘と接しているのか、聞かせてほしいのよ」

 

 レミリアは無言だ。無言で海を睨み続ける。

 

「あの『駆逐水鬼』の写真を見てどう思った? レミィの見解を聞かせて」

 

 ねえ、レミィ。と猫なで声で囁きかける友人。実にぞわぞわする。

 

「いいじゃない。誰も聞いてやしないわ。そういう“魔法”を掛けているもの」

 

 友人の怪しい吐息が耳に掛かる。レミリアはついに鬱陶しげに腕を振った。

 相手の鼻先を狙った裏拳は思いの外鋭い動きで躱されてしまう。この一見動きの鈍そうな女は、しかしどうしてかいろいろと器用に出来る女であった。書痴のくせに、単なる本の虫には収まらないなかなかに多彩な能力の持ち主なのである。

 

「私だって貴女に怒ることもあるのよ、パチェ」

「機嫌が悪いわね。何かあった?」

 

 ふんっとレミリアは鼻を鳴らす。どうにも先程から気分が晴れない。何だか胸の内がかさついて酷く不愉快なのだ。大凡、原因は突き止めていたのだが、その原因に対して感情を逆立てる自分がいることに納得出来ず、それがさらに気分を害する悪循環に陥っていた。

 片や、友人は「しょうがない」と言う表情を浮かべて肩をすくめる。単に雑談がしたくて寄って来たわけではないだろうから、そろそろ本題を切り出すだろう。レミリアとしても、余談にふける気分ではないのでそちらの方がありがたい。

 

「『段取り』の話をしましょう。レミィ。貴女の予想通りなら、第四駆逐隊の二人はとても都合の悪い状況に陥ることになる。それは私もそう思う。そこに、私の魔法が必要になる」

 

 だから、彼女――パチュリー・ノーレッジは“国際的に有名なマスコミのジャーナリストでレミリアとは旧知の仲”などという似合わない設定をぶら下げて「硫黄島」に乗り込んで来たのだ。

 

「いい術式が組めたの。ただ、それを成功させて貴女の思うとおりに事を運ぶには、ちょっと面倒な『段取り』を取らなきゃいけない。今日はその相談よ」

 

 その言葉を聞いて、レミリアはようやく機嫌が好転したのを自覚する。思惑が想定通りに行きそうになるのだから、いい気がしないわけがなかった。

 

「場所を変えましょう」

 

 そう言って、二人は誰にも見咎められることなく、軍艦の奥深くへと潜り込んでいったのだった。

 

 

 

 

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