レミリア提督   作:さいふぁ

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レミリア提督21 Compleat remission

 物事が全て狙い通りに、上手くいってしまった後と言うのは、意外と興奮しないものだということを川内は初めて知った。それまで数多くの戦場を渡り歩いて来て、これ程までに完璧に目的を達成出来たという経験がなかったからだ。

 守りたかった舞風と野分は負傷しているものの命に別条はなく、救いたかった萩風と嵐は意識はないけれどちゃんと呼吸している。確かに川内は、第四駆逐隊が四人に戻れたことを確認した。

 疲労は見えるもののまだ元気な舞風や野分とは違い、レミリアに二人仲好く戦闘不能に追い込まれてしまった萩風と嵐の姿は見るも無残な有様だった。川内たちが二人を助け起こした時、駆逐水鬼の特徴とも言える太い腕の生えた艤装は見当たらず、彼女たちの周囲に黒い煤のような物だけが散らばっているのみで、後は何も身に付けられていない。二人とも全裸で横たわっていたのである。

 いくらなんでもこれはまずいと川内が言うと、レミリアは少し考え、それから指を弾いた。何もない空間から、大きなポンチョのような布が二枚、ひらりひらりと宙を舞い、裸の二人に被さる。

 これには川内も含め、見ていた三人全員が閉口してしまった。これが魔法だ、と言われればそうなのかもしれないが、改めて目の前に人知を超えた存在が立っていることを思い知らされる。

 艦娘たちが驚きのあまり言葉を失ったままでいると、若干機嫌を悪くしたようにレミリアは頬を膨らませて手を叩いた。

 

「呆けている場合じゃないわ。早く帰りましょう」

 

 声と音に急かされて三人は我に返ると、慌てて倒れたままの二人の容体を調べ始めた。

 萩風も嵐も、駆逐水鬼だった時は肌が青白く血の気がなかったが、今は人間のような肌色で、顔色も血の気が戻っていた。呼吸と脈拍を確認し、二人が生きていることに安堵する。まだ意識が戻らないのは心配だが、何はともあれ二人は深海棲艦ではなくなったようだった。

 ただ、心配といえばもう一つ、川内の頭にある懸念が思い浮かんだ。

 

 レミリアは吸血鬼で、先程はその名の通りの行為を二人に施していた。

 ドラキュラ伯爵の物語を川内は全て知っているわけではないが、どこかのテレビで見た、青白い顔の男が美女の喉元に食らいついて血を吸うと、美女もまた血の気を失って吸血鬼になる。そんな描写があった筈だ。

 

「あの子たちは、その、大丈夫なの?」

 

 単刀直入に尋ねることが躊躇われて、言葉を濁してしまったが、レミリアに意図は通じたようだ。彼女は首を振る。

 

「大丈夫よ」

 

 横で聞いていた舞風と野分も、不安げな表情を見せていた。ある程度説明を受けていて、まだ事態について行けている川内はともかくとして、二人はまったく青天の霹靂で今までのことを見ていただろう。その心中が不安と混乱で埋め尽くされているのは想像に難くない。

 それを察してか、レミリアも優しげな笑みを二人に向けた。

 

「貴女たちの姉妹は深海棲艦ではなくなった。艦娘として再び生を歩める。それは保証するわ」

「……でも」

 

 尚も舞風は困惑顔だ。それは確かに、いきなり大丈夫だと言われても「はい、そうですか」と返事出来るものではないだろう。ましてや、相手は超常の存在である。彼女の言葉のどこまでが真実で、どこまでが虚実なのか。舞風にそれを測る物差しなどないだろうし、川内のように何かしらのやり取りがあって信頼関係を築き上げられたものでもない。

 

「血を吸われたら、吸血鬼になるんじゃ」

 

 それにしても、舞風はわざわざ川内が言葉を濁したことをはっきりと、単刀直入に言ってしまった。吸血鬼に、「吸血鬼になってしまうんじゃないの」と尋ねるのは、よく考えればとても失礼なことだろうし、だから川内もぼかしたのだが。生憎、混乱の極みにある舞風にはそこまで思考を回す余裕がなかったのかもしれない。

 片や、レミリアと言えば別段気分を害した様子もなく、朗らかに笑って答えた。

 

「確かに血を吸って吸血鬼に、自分の眷族にすることは出来るわ。でも、いつもそうするわけじゃない。子供作りたくないならゴムを着けるのと一緒よ」

「ゴム……!?」

 

 息を飲んだ野分に、レミリアはさらに楽しげに笑った。下品な例えはどうやら狙ったものらしい。

 何気なく品のない冗談を飛ばして鷹揚に笑う姿には年長者の貫禄があったが、そもそもレミリアの見た目からしてその手の発言は色々と危険だ。果たしてこの熱帯の島で法律がどう適用されるのかは分からないが、倫理的にアウトだということははっきりしている。

 

「そういう、ものなの?」

 

 顔面を紅潮させて絶句する野分に対して、舞風は冗談にニコリともすることなく真剣な表情で問い返す。案外スルースキルが高いのだろう。

 

「ええ。そういものよ。そもそも、私はこうしてあの子たちを助け出すためにここに来たの。なのに眷族にしてどうするのよって話」

 

 先程までの、威厳と威圧感はすっかり鳴りを潜め、かわっていつもの「提督」らしいフランクな態度の彼女が現れていた。レミリアの中で何かのスイッチが切り替わったのかもしれないが、どうやら彼女も緊張を解いて幾分リラックスしているようだ。

 舞風は嵐を抱き上げ、その額に自分の額を合わせる。泥だらけになっている赤い髪を優しく撫でて、彼女は呼気と共に「ごめんね」という言葉を小さく吐き出した。

 

 ああそうか。舞風が不安になっているのは、吸血鬼云々ではないのだ、と川内は気付いた。

 

 彼女が一番心配しているのは、先程嵐を撃ってしまったことなのだ。大切な姉妹艦のはずなのに、演習砲弾ではなく実弾を、敵に向けるべき主砲を錯乱して叩き込んでしまった。

 舞風は、そのことをきっと後悔しているのだろう。よりにも寄って、と思っているのだろう。

 レミリアが川内に目配せする。彼女も舞風の真意に気付いたらしい。

 川内はこくりと頷いて、舞風の背後に立ち、思いの外華奢な肩をそっと抱きしめてやる。

 

「大丈夫だって。舞風がこんなにも二人を想ってるんだよ。その想いはきっと通じるし、二人とも舞風のことを恨んだりしないよ」

 

 優しく囁き掛けると、舞風は小さく肩を震わせた。

 

「……あらっちは」

 

 泥にまみれた嵐を、彼女は本当に愛おしそうに抱く。そこに存在していることを確かめるように、彼女の鼓動を感じるように。

 

 

「優しいから、怒ったりしないって分かってる。でも、でもね。怖いんだ。また、遠くへ行っちゃいそうな気がして……」

 

 

 

 取り戻した姉妹。間近に見えた四人一緒の未来。

 目の前の幸福に、舞風は躊躇しているようだった。あまりにも事が思い通りに進み過ぎて、却って彼女は結果を上手く受け止められなくなっているのかもしれない。

 

 けれど、川内の脳裏に浮かぶのは笑い合う四人の姿だ。

 舞風が得意のダンスを披露して、嵐がそれを真似する。野分が下手くそな嵐の踊りを笑って、舞風は萩風の手を取りさらにワルツのステップを踏む。

 戦いの合間のそんな穏やかな一時を、彼女たちが手に入れる未来はもうそれほど遠くないはずだ。

 

 

「今すぐ一緒になるのは難しいかもしれない」

 

 レミリアはおもむろに話し出した。

 舞風は顔を上げ、彼女に目を向ける。

 

「貴女たちの間には錬度の開きがあるし、駆逐水鬼として活動していたその子たちがすぐに軍に受け入れられるかと言うとそうじゃないかもしれない。残念ながら、面倒な手続きやら過程というのがたくさんあるのよ。

でも、いつか必ず貴女たちは一緒になれるわ。それは、この名にかけて保障する。もし誰かが貴女たちを離れ離れにしようとしたら、その時は私に言いなさい。何とかしてあげるわ」

 

 提督は不敵に笑った。ずいぶんな大言を吐いたが、彼女なら本当に有言実行してしまいそうだ。

 そこで初めて、沈んでいた舞風の表情が明るくなるのを川内は見た。

 パッと花が咲いたように彼女は笑い、それが本当の彼女の姿で、やっといつもの舞風に戻って少女は

 

「ありがとね、提督」

 

 と言った。

 野分も舞風の隣に並び、彼女らしく深々と頭を下げて「ありがとうございます」と礼を言う。

 その身は歓喜に溢れ、湧き上がる感情を今にも爆発させようとしていた。実際、野分の目元には涙が溜まっている。

 レミリアも満足気だ。一つ頷いて、彼女はもう一度手を叩いた。

 

「さあ帰りましょう。皆待っているわ」

 

 

 

*****

 

 

 実際問題として、川内たちの残燃料が少ないのは確かなことだった。特に舞風と野分のそれは深刻で、長引いた戦闘の余波でもうほとんど残っていない。どう計算しても、自力で「硫黄島」まで帰るのは不可能だった。

 

「こんなこともあろうかと、艦長に『硫黄島』で来るように命じてあるわ」

 

 とは、やたら段取りのいい提督の言。予想される問題に対して、的確に対処法を用意しておくというのはなかなか出来ることではない。

 川内が無線で「硫黄島」と連絡を取り合うと、夜明けには島の近くまで行けるという返答があった。

 

「しばらくここで待機ね。寝たかったら寝ててもいいわよ」

 

 とレミリアは言うが、下は泥の地面であるし、未だに周囲の熱帯雨林は燃えているし、そもそもこの島にはまだ敵が残っているはずで、とうてい寝れるような環境ではない。辺りには焦げ臭い臭いが充満していて、川内は火災の火を見て敵が集まって来ないかと心配になる。まあ、負けることはないのだろうけれど。

 

 しかし、それにしても待ち時間が長くなってしまった。もうとうに日付は変わっているだろうけれど、夜明けはまだまだ先である。

 一言で言うと暇になったのだ。

 舞風と野分はそれぞれ嵐と萩風を抱え、燃えていない、恐らく戦いの衝撃で吹き飛ばされたと思われるマングローブの倒木に腰掛けていた。川内とレミリアも同じ木に座り、六人で仲良く並んで迎えの船を待った。

 川内は空を見上げる。半月は見上げるほどの角度にあらず、もう水平線の向こうに沈もうとしていた。

 

「月が、紅いね」

 

 レミリアに向けてそう呟くと、彼女は黙って頷いた。もちろん、意味は通じたのだろう。

 

「あ、ホントだ」

 

 同じように見上げたのは舞風で、野分と顔を合わせて「あんな色になるんだね」と言った。

 

「本当に紅い色をしているわけじゃないわ。そう見えるだけなのよ」

 

 とレミリアが説明を始める。

 それから彼女は川内にしたように、この島の周辺には結界が張られていることを打ち明けた。だから、外から敵が侵入して来ることもないとも。

 それを聞いた駆逐艦二人は信じられないように目を見開いたけれど、それは今更だろう。二人ともすぐに、そういうもんなんだと、妙に納得してしまったようだ。

 

「私たちは超常の存在よ。そして、今は誰も信じなくなった幻想でもある」

 

 レミリアはそう語る。

 

 

 彼女のような幻想の存在は、かつて世界中のどこにでも暮らしていた。人が居る所ならどこにでもいて、人と共に歴史を歩んできた。

 人間は彼らを畏れ、敬い、常にその存在の下で慎ましくもたくましく生きていたらしい。人間が時には楯ついて戦いを挑んだこともあり、実際それで倒された幻想もあるという。しかし、それでも人間が幻想を忘れることはなかったのだ。

 時代が変わったのは、明確に産業革命を経てからだとレミリアは言った。

 彼女も、幼い少女のようななりをして、実は五百年以上も生きているそうだ。十六世紀の生まれだと言われても、生憎川内たちにはピンとこなかった。それどころか、世界史の勉強などまともにしていない川内にはその時代に何があったかさえ知らなかった。

 歴史の勉強が足りていない川内が遠い過去に想像を及ばしている間にも不老長寿の少女は語る。

 人々は科学技術と経済が発展すると、やがて物質的な豊かさを享受するようになり、お金が世界を巡るようになって幻想よりその力を畏れ、欲するようになった。科学で説明出来ない幻想の存在は、不確かな法螺話というレッテルを貼られて忘れ去られるか、下世話な好奇心を満たすだけのおとぎ話のカテゴリに押し込まれてしまう。

 かつては人と共にあり、人の心の中に棲んでいた幻想はいつしか世界に存在することすら出来なくなり、人知を超える強大な力も霞と消え去った。さらに彼らが好んで潜んでいた荒野や深い森も次々と開発されて、心理的にも物理的にも住むところを失ってしまった幻想たちは、やがて自分たちを守るため、まだ残されていた未開の土地を結界で区切り、そこを終生の地と定めた。

 科学と経済の発展する世界とは分け隔てられ、古き良き幻想たちが安住出来る場所。

 

 ――それが、幻想郷だ。

 

 

 

「幻想であるが故に忘れ去られ、人間から否定された私たちに残された最後の理想郷。

私たちは一人ひとりが人間よりも遥かに強力な力を持っているわ。たった一人で万の軍勢を殲滅出来るし、数百の鋼鉄船を沈めてみせましょう。けれど、人間の世界そのものにはどうしようもなく無力だったわ。私たちがどんなに望んでも文明は進み、人間は科学への憧憬を強めていった。

弓矢が鉄砲に代わり、鉄砲が大砲やミサイルへと発展していっても、私の肉体はその全てを弾き返し、それらに滅ぼされることはない。けれど、ただ『忘れられる』だけで、たったそれだけで、私たちはなす術もなくことごとく駆逐されていったわ。それこそ、見事というより他はない」

 

 レミリアの語る世界は無常だ。異形への怖れとある種の憧れは、いつのまにやらテクノロジーと利便性への夢へ挿げ替えられ、金融という物差しによって夢が図られる時代へとなってしまっていた。異形はまごう事なき人間への脅威であり、人々は意識してか無意識か、彼らを忘却の彼方に追いやることによってついにこれに勝利し、ヒエラルキーの頂点として繁栄を謳歌している。

 いわんや、それが世界というものなのかもしれない。世界は、異形の力を以ってしてもどうしようもなく無情なものなのだ。

 

 それでも、語るレミリアの眼差しに悲哀や怒りはまったく見受けられない。面接で自分の経歴を語るように、ただ過去にそういうことがあって今どうなったか、というのを説明しているだけのような、妙に淡白で味気ない語り口だ。

 だから、次に彼女がいつものような、何か面白いものを見つけた時にするちょっと子供っぽい笑みを浮かべた時、川内は唾を飲み込んでより傾聴の姿勢になった。あるいは、それがレミリアの話術なのかもしれない。

 

「けれど、貴女たち艦娘と深海棲艦はこの世界に生きている。“説明出来ない対象”として、科学の域を超えて存在している。

深海棲艦は、狩られる恐怖を忘れていた人間に、それを散々思い出させたわ。

文明の利器が通用しない脅威。殺し合いではなく、自分たちを虐殺の被害者にしてしまう猛威。人間にとってそれは、まさに現世に戻って来た悪夢だったでしょう。

けれど、彼らは同じく夢幻の力で対抗する手段を得た。それが、艦娘。

かつて、妖怪や悪魔に人間たちが異形の力――妖術や魔術――を用いて立ち向かっていったように、深海棲艦に対して艦娘という力を身に付けたの。貴女たちは人間の力そのものであり、人間が思い出した幻想でもある」

「私たちの力って、魔法とか魔術の類なの?」

 

 川内が尋ねると、レミリアは素直に首肯した。

 

「その認識で違いないわ。だってそうでしょ? そんな小さな玩具みたいな鉄砲が、何倍も大きい艦砲と同等の破壊力を持っているのよ。炸薬の量や砲弾の質量からは到底考えられないような威力がある。短い呪文で複雑な術式を展開する魔女の業と通ずるところがあると思わない?」

「じゃあ、あらっちとはぎっちが深海棲艦になったのは……」

「“裏返った”のよ」

「“裏返った”?」

 

 レミリアは少し考え込む。頭の中で艦娘たちに分かりやすいような説明を組み立てるために設けた間のようだ。

 

「艦娘は元々ただの人間。でも、知っての通り誰でもなれるわけじゃなく、一定の適性がみられなければ艦娘にはなれない。

その適性というのは、政府や軍は色々と理屈をつけて説明しようと努力しているみたいだけど、私から言わせればこの一言に尽きるわ。

『幻想への感受性』」

「幻想への感受性?」

 

 舞風はオウム返しに問い返したが、川内にはピンとくる言葉であった。

 もちろんその言葉自体は今初めて聞いたものだが、レミリアの言わんとしていることになんとなく心当たりがあるのだ。

 

「そのままの意味よ。幻想をどれだけ感じて受け入れられるか。その度合ね。

艦娘も幻想の力を扱う存在だから、当然それを艦娘本人が受け入れられなければ扱えるわけがない。現に、そういった感受性を持つ貴女たちだからこそ、私から常識を逸脱するような話を聞いても頭ごなしに否定するようなことをしないのでしょう。貴女たちが、私の言うこと、私という存在、あるいは私の背後にあるその他多くの幻想を受け入れ始めている証拠なのよ。

もちろん、感受性というのだから、人それぞれよ。と言うより、幻想に対するその人の心の構え方ね。摩訶不思議を摩訶不思議として受け入れるか、幻や見間違いと断じて拒絶するか。それはその人の精神性が左右する。

艦娘というのは、摩訶不思議を摩訶不思議として受け入れた少女たちのこと。だからこそ、貴女たちは幻想の力を扱える。幻想を受け入れたことで、自分自身も幻想に近付いていく。それらすべては、個々の艦娘の精神性が為せる結果。

つまり――」

 

 と、レミリアは言葉を切って一呼吸置く。軽く唇を舐め、聞きに入っている三人の艦娘に軽く視線を投げてから、一つひとつ文を置いていくようなゆっくりとした喋りで続けた。

 

「つまり艦娘は、と言うより幻想というのは、精神性によって決められるもの。解釈の問題よ。

例えば、酸化鉄とアルミニウムを着火して噴き上がる炎を見て、それが魔法で呼び出された火蜥蜴の息吹と解釈するのか、単なるテルミット反応だと解説するのか、その違い。

私たち妖怪のような幻想の存在は、精神性によって自身の在り方が確立されるの。

もちろん、生きているわよ。ただ、魂の依存相手が人間とは違うだけ。

私たちは心臓を刺されようが首を刎ねられようが死にはしないわ。多くの場合、肉体の損傷が私たちを殺すことに繋がらない。何故ならそれは私たちの魂が肉体に依存していないから。

人間は逆よね。魂は器である肉体に入っていないといけない。その肉体が著しく損傷すれば魂を保持していられなくて、人間は死んでしまうわ。だけど、私たちはそうならない。艦娘も、ね。

貴女たち艦娘が敵の砲弾で体を吹き飛ばされても、修復材で元通りになるのは、魂が肉体に依存していないからよ。だから傷付いたところで修復出来ればそれでいい。

では、妖怪や艦娘の魂はどこに依存しているか。それが、精神よ」

 

 回りくどくて長い話だが、レミリアは明確に“そう”だと言っている。舞風も野分もピンと来ていなさそうな顔をしているが、それでも話を理解していないわけじゃない野分が的を得た合いの手を入れた。

 

「私たち、もう人間じゃないってことですか? 艦娘は妖怪だって」

「さあ?」

 

 だが、予想に反してレミリアは口の端を皮肉っぽく歪めて肩をすくめるだけだった。肯定をしたのでも否定をしたのでもない。

 

「さあって?」

「精神や解釈の問題って言ったでしょ? 艦娘たちが、『結局自分は何者なのか』と考えるのは、それぞれの己に対する解釈の仕方次第。

自分を妖怪だと思えばそうでしょう。でも、人間と思えばそれもまた真になる。

幻想郷っていうのは、酷い言い方をすると忘れ去られた幻想たちが集まる掃き溜めのような場所よ。だから、色んな奴が居る。吸血鬼はレアだけど、天狗ならうんざりするくらいたくさん居るわ。他にも魔法使いとか妖獣とか、亡霊やら死神やら、とにかく色々。中には人間も居るけど、妖怪より余程人間離れしているような連中が、自分のことを『全く以って人間である』って名乗っているのよ。不老不死であったり、どんな妖怪も調伏してしまう神力を持っていたりしても。

まあだから、多少化け物じみているからって人間であることを諦める必要はないわね」

「ってことは、自分のことを人間と思えば人間だし、そうじゃないと思えば人間じゃなくなるんだ」

「その通りよ、舞風。でも、この解釈の仕方次第っていうのが曲者でね」

「曲者?」

「要はね。深海棲艦だって妖怪の一種と捉えられるわ」

「だから、艦娘自身が自分を“深海棲艦になった”と解釈すれば深海棲艦になる。『裏返る』ってのはそういうことだよね、提督」

 

 川内が言葉をまとめると、レミリアは得心したように頷いた。

 

「でもそれって、卵が先か鶏が先かってことじゃ……」

 

 野分も賢い艦娘だ。難解なレミリアの話もちゃんと噛み砕いて飲み込めているらしい。

 そこでふと、川内は喉の引っ掛かりが取れたような感覚になった。納得出来ていないことがようやく腑に落ちたような気がする。

 

「そうね。元から、沈んだ艦娘は深海棲艦になる、という方程式があったわけじゃない。むしろ、萩風と嵐の二人が轟沈した後に深海棲艦になることによって、『沈んだ艦娘は深海棲艦になる』という図式を作ってしまった。図らずも、その先例となってしまった。だから、今まで一度だって“元艦娘”の深海棲艦なんて存在が出現したことがなかったのよ。

だけど、単なる妄想と解釈は違うもの。妄想だけでいくら何でも艦娘だって妖怪だって在り方が変わったりはしないわ。本人たちが強烈に『沈んだら深海棲艦になる』と思い込んでもいなければ起き得なかったはず」

「司令、それはそういう噂を耳にしていたからです」

「そう。そこよ。その噂が根も葉もないものなのか、あるいは火種があるような噂だったのか、今となっては分からないわ。だから、卵か鶏かという話になった。

ただし、もうそれは重要ではない。何故なら、事実として『沈んだ艦娘は深海棲艦になる』という現象が起こってしまっているから」

 

 川内の背後で、舞風かあるいは野分か、どちらかが身を固くした気配がした。もちろん、川内だって聞いて心地の良い言葉じゃないから少し顔が引き攣るのを自覚する。

 

 

 

「そして、『また艦娘に戻ることが出来る』ということもね」

 

 レミリアは不敵に笑う。得意気な、自慢気な笑みだ。

 

「萩風と嵐が艦娘に戻れた理由だけど、正確にはあれは吸血行為ではなかった。その逆で、私の血を流し込むことで一時的に二人の身体の支配権を獲得したの。その上で二人を強制的に艦娘へともう一度“裏返した”。

芸のない力技だけど、私じゃなきゃ出来ない方法だったよ」

「それってつまり……」

「だから言ったでしょ? 大丈夫だって」

 

 心配する野分に笑い、レミリアは首を振る。それから、眠る萩風を穏やかに見下ろした。

 

 

 

「巧くいったの、かな?」

 

 と尋ねたのは舞風。

 眉間に小さく皺を寄せる彼女に、レミリアは目を流して、

 

「巧くいったのよ。疑いの余地がないくらい、結果は最良のもの。でもあくまで私の力が作用したのは二人の肉体的な部分のみ。なら、あと重要なのは何か分かるわよね?」

 

 意味深なレミリアの問い。彼女がやったのは、萩風と嵐を深海棲艦という呪縛から開放することだけだった。それは言うなれば症状を抑えて寛解に至った段階。完治を目指すならばもう一押しが必要だ。

 レミリアの問い掛けたこと。言わんとしていること。三人ともすぐにピンと来た。

 

 

「心、だよね」

 

 

 三人を代表して答えたのは川内だ。

 対して、レミリアは得心して頷く。

 

「そう。心の繋がりこそが重要だった。肉体だけを戻してもどうにもならない。深海の檻に囚われた二人の心を取り戻すには、貴女たちの存在はなくてはならないものだったのだからね」

 

 そう言って締めくくったレミリアに、舞風は無言で嵐の身体を抱きしめる。

 それこそが、戦果だ。穏やかな顔で眠る二人が存在しているという事実が川内たちにとっての勝利だ。

 

「戻れたなら、それでいいんです」

 

 呟いた野分も、川内と同じだっただろう。彼女は萩風の頬を優しく撫でる。

 目を閉じ、呼吸する度にわずかに上下する肩を、トントン、トントンとリズミカルに叩いた。

 

「二度と離しません。二度と失いません。これから、四人で一緒に生きていくんです」

 

 野分はいつものように引き締まった表情で、生真面目な彼女らしく、強く決意する。萩風の肩を叩いている方とは別の手は彼女の手をしっかりと握っていた。

 この終わりない戦争の中で、ただ生きていくことさえ苦労する世の中で、野分は小さな体に力を漲らせている。それが、彼女たちがこの世界で生きていく理由であり、気易く手で触れることを許されない彼女たちの聖域だ。だからこそ途方もなく尊いし、先の見えない暗闇に差し込む一筋の光となり、彼女たちの生きる道標となる。

 

 五年越しの奪還。

 不条理に姉妹を奪われた少女たちは不条理を以って取り戻した。このことが、例えどれほど世界を歪め、挑発することであろうとも、彼女たちはきっとわずかほども後悔などしていないだろう。

 舞風も、野分も、かつてのように悪夢に捕らわれ、悲嘆に暮れていたか弱い存在ではない。在るのは、守るべき姉妹を取り戻し、四人の幸福を維持するために戦う戦士の姿だ。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 太陽が水平線の向こうに近付いて、「おはよう」の挨拶をする前に盛大にもったいぶって闇色の空を明るく染め上げた頃、ようやく待っていた船がやって来た。

「日の出前に帰れそうで良かったわ」とはレミリアの談。吸血鬼はどうやら本当に太陽の光が苦手らしく、浴びたら煙を噴くとのこと。どうしてですか、という野分の愚直な、そしてナンセンスな質問は、妖しげな笑みと共に発せられた「それはそういうものよ」の言葉で切って捨てられてしまった。

 

 夜明けの海に姿を現した「硫黄島」の周囲には、駆逐水鬼が居なくなったとはいえここが敵の勢力下であることは変わりないので、がっちりと護衛の艦娘が警戒していた。よく見ると、川内と仲違した昼戦のメンバーである。

 尻に敷いていたマングローブの樹皮の跡が大臀筋の形を変えてしまったと思うくらい長く座っていた川内は、待ちわびたフラットトップを水平線に見つけると、腰を鳴らしながらよっこらせと立ち上がった。ずっと姿勢が固定されていたので体中が痛んだ。それは舞風や野分も一緒らしく、川内に続いた二人とも互いにどこそこが痺れたと漏らしていた。

 片やレミリアと言えば、余程柔軟な体をしているのか、あるいはそもそも身体のつくりが違うのか、痺れも痛みもなさそうで、跳ねるようにマングローブから腰を上げると、一つ伸びをして「長かったわ」と呑気に呟く。

 

「ところで、提督さ」

 

 と、川内は気になっていたことを尋ねた。

 

「このまま戻るわけじゃないんでしょ?」

「……あー」

 

 たった今言われて初めて思い出した、と言わんばかりの生ぬるい返事をすると、レミリアはしばし「硫黄島」を眺めながら考え込んだ。

 戦線に登場する方法は友人に協力させたり、川内に魔法のカードを使わせたりといろいろ周到な準備を組んだくせに、どうやら帰る手段はあまり真剣に考えていなかったらしい。船を呼んだはいいものの、まさか背中から翼を生やしたまま何食わぬ顔で「提督」に戻るわけにもいくまい。普段は人と変わらない姿を“偽装”しているようだから、そこには何かしらの手間が必要なはずだ。

 

「えっと、それじゃあ服の中に隠れるわ」

 

 しばらく考えて、レミリアが出した答えがこれだ。意味が分からないので、川内はその通りに忌憚なく聞き返すと、

 

「蝙蝠になってポケットに隠れてるから、乗艦したら人目に付かない適当な場所に行って。また戻るから」

 

 とのたまう。

 

 何かの比喩かと思えば、正味に言葉の通りであり、川内たちの見ている目の前で幼い吸血鬼は一匹の小さな蝙蝠に変身してしまったのだ。

 多少のことでは驚かなくなった、なんていうのは自惚れ以外の何物でもなかった。想像を絶する摩訶不思議に言葉も出ない川内たちと、パタパタと空気を叩いて川内の懐に飛び込み、さも当然のように衣装のポケットにごそごそと潜り込む蝙蝠(レミリア)。気が付けば、言葉通りレミリアは姿を隠してしまい、それどころか唖然として動けない川内に対してテレパシーで、“早く行きましょう”と何事もなかったように急かすのである。

 最早考えるのも億劫になって、川内は同じく絶句している駆逐艦二人に目配せをすると、いそいそと艤装を履き直して海に出た。

 

 とにかく考えても分からないものはどうしようもない。それよりもやるべきことはたくさんあり、まずは歓迎を受けるのもそこそこに、急いで「硫黄島」に戻らなければならない。無線で交信すると、オペレーターが手短にねぎらいの言葉を掛けてくれる。

 素っ気ないといえば素っ気ないが、その「御苦労」の一言がようやく幻想の世界から現実に戻って来たのだという安心を与えてくれた。理解不能なものを目の当たりにし続けるのは、いくら川内がそういった類に鷹揚であるからと言って、精神的に疲弊しないわけではないのだ。

 母艦との速度を合わせ、開いて浸水したウェルドックの中に入る。後から、気絶した二人をおぶった舞風と野分も続く。

 三人、いや五人がドック内に入ると、直ぐに大きなモーターの駆動音を響かせながらドックドアが閉まり、川内が水面下で発光するライトを目印にレールの上に立つと、ほどなくして排水が始まりそのまま足の艤装がレールにキャッチされる。慌ただしく作業員が降りて来て川内たちをレールから下ろした。

 舞風は嵐を、野分は萩風を背負ったまま艤装を脱いでドックの床に両の足で降り立つ。そして顔を上げ、犬走りから自分たちを見下ろすたくさんの顔に気付いた。

 

 

 早朝という時間にもかかわらず、手が空いている人間や艦娘が全員詰め掛けているんではないかというほどそこは人で溢れ返っている。誰もが期待で満ちた目で、眠気など微塵も感じさせない高揚した表情で、ただ無言で五人を見下ろしている。

 その中には負傷した江風や矢矧、時雨と木曾という先に帰った夜戦のメンバーもいて、全員が全員、何かを待っているようだ。

 

 それは何か?

 

 

 

 ドックの下で、一番前に立つ川内はぐるりと犬走りを見回し、それから一度視線を落した。

 

 右手。利き手。主砲を持ち、サインを送り、箸や鉛筆を握る手。

 あるいは、目的を達成する手。

 

 拳を握りしめた。さっきは嵐をぶん殴るのに使われたのもこの右手の拳で、殴った衝撃は時間が経ってだいぶ和らいでいた。だから、こうして天井に向けて拳を突き上げてもまったく違和感がない。

 

 

 無言で、川内は右手を天に掲げた。

 

 

 瞬間、爆発する歓声。

 

 待っていた、待ちわびていた人々が、各々好き勝手に声を上げ、何を言っているのか分からない雄叫びのような音が塊となって五人を揺さぶった。真横にいた作業員も大歓声を上げて、川内と拳を突き合わせる。

 両手を上げて万歳する者、川内と同じく拳を掲げる者、隣同士で抱き合う者、拍手する者。みんなそれぞれだけれど、精一杯に喜びを露わにし、この前代未聞の大戦果を讃えた。中には犬走りから飛び降りた奴もいる。

 江風だ。

 

 

 

「川内さあああああん!!」

 

 

 

 負傷していたはずの彼女は、そんなことなどまったくなかったかのような激しい動きで川内の胸に飛び込んで来た。

 

「サイッコーだね! サイコーだよッ!! ホントにやっちまったよ!」

 

 興奮して江風は叫んだ。どうやら自制が効かなくなってしまったらしく、意味のない称賛の言葉を無茶苦茶に繰り返すばかり。そして、戦い明けで疲れ切っている川内の体を無遠慮にバンバンと叩きまくった。

 

「すげえぜ。さすがはアタシの川内さんだ。まさか、深海棲艦になっていた仲間を助けて戻って来るなンてな! こんなこと、あの榛名さんだって出来ないぜ」

「あ、ありがと」

 

 帰って来たという事実が、一気に疲労感を増幅させ、歓声に揺さぶられる川内をさらに休息へと急かす。にもかかわらず、隣の駆逐艦といえば勝手に喋り続けて解放してくれそうになかった。

 いい加減に、と口を開こうとしたところで、この馬鹿騒ぎの中でもはっきりとした声が届いた。

 

 

「よう。やりやがったな、この馬鹿ども」

「馬鹿とは、失礼だね」

「いんや。お前らは馬鹿さ。馬鹿も大馬鹿。海軍創設以来の記録的なうつけ者だ。きっと歴史の教科書にも名前が乗るだろうよ」

 

 戦い終わりの仲間を称賛するどころか激しく罵倒しながら犬走りから降りて来たのは、眼帯を外して褐色の軍装に着替えた木曾だ。両手をポケットに突っ込んで、不敵に笑いながら悠然と歩いて来る。後ろには矢矧と時雨も続いていた。

 

「馬鹿でもいい」木曾に言い返したのは、一歩踏み出した舞風。その顔は誇りに満ちている。

「こうして二人を取り戻せたんだもん。何て言われようと関係ないよ」

 

「ええ」続いて野分も並んだ。

「私たちは、確かに勝利したんですから」

 

 

 ニヤニヤと笑っていた木曾がさらに笑みを深める。その後ろで矢矧が肩をすくめ、時雨はほっとしたような顔を見せた。

 

「横須賀に帰ったら貴女たちのことを大和と武蔵に自慢してあげるわ。この一世一代の大馬鹿を成し遂げた英雄だってね」

 

 途中での戦線離脱に一番抵抗していた矢矧だが、今は晴れ晴れとした表情だ。この頭の硬そうな艦娘が素直に称賛の言葉を向ける辺り、川内たちが成し遂げたのはやはり余程のことらしい。

 讃えられる三人。けれど、本当の立役者はここに姿を現さない。

 蝙蝠に変わった彼女は、今も大人しく川内のポケットの中でうずくまっているようだった。もちろん、こんな衆目がある中で自らの正体を明らかには出来ないだろうが、真に讃えられるべき者にその言葉が向けられないことが、いささか川内には納得がいかなかった。

 結局、取り戻せたのはレミリアのおかげなのだから。

 

“私はいいわよ”

 

 しかし、そんな川内の内心を見透かしたように、ポケットの中の蝙蝠がテレパシーを飛ばして来る。いや、彼女のことだから読心術なんて代物も使えたりするのかもしれない。

 

“なんでさ? 提督のお陰には違いないよ”

“私は吸血鬼よ。悪魔よ。それが人間に褒め称えられてどうするのよ”

“だからって……”

“いいえ。そこが重要なところなの。人間たちにとっての英雄は、やはり人間でなければならない。悪魔を英雄に祭り上げても、むしろそれは悪魔にとって毒を食らうようなものにしかならないのよ”

 

 と言うレミリア。

 今一つその理屈には納得出来はしないが、何も言うなというならあえて逆らうことはしない。

 だが、謙遜がてら、彼女を持ち上げておくことくらいは許されるだろう。

 

「私たちだけの力じゃないよ。提督の指揮もあってこその結果。皆の勝利だよ」

 

 川内がそう言うと、それまで黙っていた時雨が首を振った。

 

「少なくとも、川内さんのお陰で僕は妹を失わずにすんだよ」

 

 彼女は、今も鬱陶しく川内に抱きついている江風に目を向けた。

 その、子狐のように甘える歴戦の駆逐艦は、輝く瞳で川内を見上げて、ニカッと笑う。

 

「そうさ! 川内さんが夜戦に戻って来たのは痺れたねェ!」

 

 どうやら彼女がひどく機嫌がいいのは、それもあってのことのようだった。単に作戦を成功させただけでなく、川内は元より得意としていた戦場、夜の海に再び出れるようになったのだから、その川内に憧憬を抱いていた江風が自分のことのように喜ぶのも無理はない話ではある。

 ただ一つ。そろそろ本気で邪魔になって来たのだ。

 もちろん、褒めちぎれられ、可愛がっていた元部下にひっつかれるのは、照れ臭くてむず痒いような気分にもなるが、悪い気はしない。自分のような罪に汚れた者がこんな手放しの称賛を受けていいものかとも思うが、案外現金なもので、気分が良かったのであまりそういうことは考えなかった。

 けれど、一通り歓迎を受けたところで、続いて川内が欲するのは何よりも休息である。消耗した体力に誤魔化しは効かず、何はなくとも、まずベッドで横になりたかった。

 ドック内ではいつの間にやら凱旋歌が歌われ出していて、作業員も船員も艦娘もいっしょくたになって大声で歌っている。当然の話だが、いつまでもこんなっところに留まっていては就寝など何時間先になるか分かったものではない。

 

「おい、江風」

 

 べたべたと川内にひっつく江風に、木曾がやや顔を引き締めて名を呼んだ。眼帯を外し、普段の数倍厳つい見てくれになった彼女がそんな風にすると、まるで睨みつけられているようで気の弱い者なら泣き出してしまうかもしれない。しかし、生憎この狐のような駆逐艦は敵戦艦と出会っても不敵に笑っているような、図太い神経の持ち主だった。

 

「なンですかぁー?」

「川内は疲れてるんだ。いい加減休ませてやれよ」

「ああ!」

 

 江風は声を上げる。ようやく今、川内が作戦帰りだということに気付いたようだった。

 

「すンません! 川内さん、お部屋まで案内しますよ!!」

 

 尚も川内と一緒に居たがる江風。自分は一体どれほどこの子に好かれているのだろうと思うと、その好意を無下には出来ない。出来ないが、今は休むことが最優先だ。

 

「いや、いいよ。大丈夫だから」

「そういうこった。さあ、行こうぜ」

 

 木曾が踵を返してドックから艦内へ続く扉へ向かって行く。すると、見物していた船員たちがさっと道を開けた。

 

 まるで花道だ。その真ん中をゆっくりと歩きながら、川内はドックを抜けて艦内に入る。

 花道の左右から人々が手を伸ばしすので、川内は両手を広げて一人ひとりにタッチしながら歩いた。本当に、身に余るくらいの英雄扱い。大したことをした訳ではないけれど、今は存分に好意を受け取っておこうと思う。

 

 

 そうだ。これはまさに凱旋だ。

 最高の結果を、川内は母艦に持ち帰ったのだ。そう考えると、顔がニヤ付くのを止められない。

 例えこれが一瞬の夢であったとしても、日陰者の自分には最高の瞬間だった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 それから川内は泥のように眠り、酷い空腹で目が覚めた。「お腹と背中がくっつきそうだ」と言うが、いやはやまさにその通りだ。言い得て妙とは、このような言葉に対していうのだろう。

 

 ベッドで目覚めた時、強烈な空腹が川内を襲った。食べ物を求めて仕方のなかった胃が、川内が覚醒した途端激しく自己主張を始めたのだ。あまりに急激に伸縮するので、初めそれが空腹ではなく腹痛だと勘違いしたくらいである。

 文字通り川内は飛び起きた。閉めていたカーテンを荒っぽく引き開け、急いで寝巻から第三種軍装に着替えて、同僚の存在や時間の確認もせずに艦室を飛び出した。

 記憶を頼りにそのまま艦内の食堂に向かう。途中で擦れ違った船員が恭しく敬礼して来るのに、いちいち律儀に立ち止まったりせず簡単な返礼で答えて、ガンルームに飛び込んだ。

 タイミングがいいのか悪いのか、恐らくは食事の時間も終わりの頃だろうと思われた。何人かが食事をしており、さらに数人が空の食器を乗せたお盆を持って立ち上がっているところだ。

 

 艦娘に厳密な階級というのは実は与えられていないのだが、一般的に士官扱いされている。今現在のところ深海棲艦に対する唯一の対抗戦力であるし、海軍全体の中では決して数の多い方ではない。必然的にその扱いも優遇されていくようになるのだが、多くの場合、艦娘は大尉以下の者からは敬語で話し掛けられ、少佐以上からは下の者として扱われる。

 現に川内が第一士官室(ガンルーム)に飛び込んだ時も、そこにいた全員がすぐさま敬礼をして迎えてくれたのである。

 

「お目覚めになられたのですね」

 

 その内の一人、二十代後半くらいの落ち着いた感じの尉官が話し掛けて来る。

 

「ああ、うん」

「直ぐにお食事をご用意致しますよ。少々お待ち下さい」

 

 そう言って彼は下げる食器と一緒に厨房へと向かって行った。

 何だか、記憶にない対応をされて、川内はしばしその場に立ちすくんだ。今まで、わざわざ艦娘に食事を持って来てくれるような尉官が居ただろうか。

 しばらく待っていると、先程の尉官が食事を持って来てくれた。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 慣れない扱いに相も変わらず川内が戸惑っていると、彼はにこにこと朗らかに笑い、敬礼してから場を下がった。何ともよく出来た兵である。

 ただ、彼には悪いが味は分からなかった。とにかく体が求めるままにがっついたので、分かるはずもない。あまりに急激に食べ物を押し込んだので、驚いた胃が、あれだけ川内をせかしたくせに食べ物を押し戻そうとする。吐き気をこらえながら、それでも川内は必死で食べた。

 食事は簡素なものだ。冷凍のハンバーグに付け合わせの野菜、サラダにスープとご飯という、安いファミレスでももうちょっとましな物が出て来るだろうというレベル。残念なことに、「硫黄島」は食事が美味くないことで有名な艦だった。

 それでも腹に入れば皆同じ。ささやかな食事を五分という記録的な(鎮守府にはもっとたくさんの量を同じ時間で食べられる人がいる)短時間で食べ終えた川内は、食器を厨房に戻す途中に見慣れた顔と出くわした。

 

「おはよう。ソースついてるぞ」

 

 と、木曾は自分の口元に人差指を当てた。

 慌てて紙ナプキンで口を拭う川内を、「どんだけ慌てて食ったんだよ」と木曾は笑う。

 

「ゴメン。ありがと」

「ったく。起きるのが遅すぎるぜ」

「どれくらい寝てた?」

「あー。三十時間くらいかな」

「さんじゅッ!? 丸一日以上?」

「そうだよ。寝過ぎだ、お前」

「うわー。そんなに寝てたんだー。道理でお腹が減るはずだよ」

 

 自分の睡眠時間に軽く驚いた川内だが、むしろまたいつものように木曾と他愛もないことを言い合っていることに感激を覚えた。ああ、戻って来れたんだと。

 何よりもそれが嬉しかった。作戦前は九割方上手くいくわけがないと考えていたから、いつものようには笑い合えないという悲観さえしていたのを思えば、今のこの状況というのはまったく幸運と言うに他ない。

 

「舞風も野分も、とっくに目を覚まして待っていたんだからな。いつまでもお前が起きないもんだから、揉む必要のない気を揉んでたぞ。可哀そうに」

「ああ。謝っておかないとね」

「呑気だな。何もお前を待っていたのはあの二人だけじゃない」

 

 呆れる木曾。川内はあっけらかんとしして返した。

 

「ん? 何さ? 祝賀会でもしてくれんの?」

「違うわアホ!」

 

 とぼける川内を一括してから、木曾はやや表情を翳らせた。

 それで、川内もこれからの話が今の自分の気分を下げてしまうような話題であると悟る。目の前の雷巡は正直だから、口で言う前にこうして表情が内心を明瞭に教えてくれるのだ。

 

「萩風と嵐のことだ」

 思った以上に神妙になる木曾に、川内はふざけていた態度を引っ込めて沈黙する。食器を下げると、「ついて来い」と言う彼女の後に続き、しばらく艦内を歩いて、やって来たのは司令官室だ。

 

 この部屋は艦娘を指揮する提督の居室であり、鎮守府におけるそれと同じ役割を持っている。普段は艦娘と言えど秘書艦を除いて入ることは許されず、それどころか近付くことすら滅多にない。現に、川内も今の鎮守府に来てから長いし、その間ずっと遠征の度に母艦の「硫黄島」に乗り込んだが、今まで一度も来たことがなかった。

 木曾が扉をノックし、「川内を連れて来た」と言うと、中から厳かに「入りなさい」という少女の声がした。

 

 まさか、と思うが、彼女がここにいるのはまったく不思議ではない。何しろ彼女は……。

 

 

 

 

「おはよう。寝ぼすけさん」

 

 司令室の奥の椅子に悠然と腰掛けて川内を迎えたのは、白い第一種軍装を野暮ったく着こなしたスカーレット提督、その人である。

 

 そう、彼女が今のこの部屋の主だ。だから、彼女がここにいるのはおかしなことではない。おかしなことではないのだが、それでも川内は食べたばかりのハンバーグを口から噴き戻しそうになった。

 

 不可解なことが一つ。蝙蝠に化けた上、川内の戦闘衣装のポケットに隠れたはずの彼女、帰還直後の川内は疲労と睡魔のあまり、彼女の存在を完全に失念してベッドにダイブしたのである。つまり、隠れたままの彼女を解放した覚えがないのだが。

 この通り、レミリアは提督として何食わぬ顔で椅子に座っている。

 まさか、この場でその理由を問い質すことは出来まい。

 ひょっとしたら自力でポケットから脱出したのかもしれない。確か、寝る前に着替えた時にその辺に放りっぱなしにしていたから。

 

 それより、忘れていたことを彼女は怒っているだろうか。ちらりと顔を窺うが、いつものような澄まし顔の奥に感情を見て取ることは出来なかった。

 

 

「さあ、役者も揃ったことだし、話をしましょう」

 

 司令室の真ん中には四角く大きな黒い樫の机が置かれていて、上座にレミリアが座り、他に数人の艦娘が机を囲んでいた。

 レミリアの右前の席が空いていて、左前には舞風と野分がちょこんと身の丈より大きい椅子に腰掛けている。二人は川内と目を合わすと、小さく会釈をしてくれたが、どうにも元気がない。野分は澄ましているようで今一つ澄まし切れていない顔をしているし、舞風に至っては完全に内心が表に出てしまっている。

 木曾と川内は並んで空いている席、レミリアの右前に着席する。川内の隣には妙高と江風が並んでいた。お堅い妙高は引き締まった表情だが、江風は相変わらず場違いな笑顔を向けて来る。

 へらへらしている駆逐艦を睨んで、川内はレミリアの方を向いた。場の雰囲気はあまり良くないし、きっと川内以外の全員がこれからの話の内容をある程度知っているのかもしれない。舞風の暗い表情がそれを物語っていた。

 

「話と言うのは」

 

 レミリアも川内を見つめ、口を開いた。

 

「先日の作戦で救出した駆逐艦『萩風』と『嵐』の処遇についてよ」

 

 なるほど、と川内は得心して顎を沈めた。

 確かに、これはあまり愉快になりそうな話ではないだろう。

 

 一度は確かに敵として人類に牙を剥いた二人。救出成功に浮かれてそこまで頭が回らなかったが、普通に考えれば海軍が二人をどう扱うのか、ある程度予想が付く。間違いなく碌なものではないだろう。最悪、処刑も考えられるのだ。

 何せ、彼女たちは駆逐水鬼として、決して少なくない人間の命を奪ったし、どういう状態であれ、その罪が消えることはない。ましてや、組織に盾突いた二人を海軍がそのまま許すなどあり得ないことである。

 

「はっきり言って、海軍上層部も今回の件には困惑しているし、二人の処遇についても上では意見が割れて会議が紛糾しているそうよ」

 

 重苦しい話題だが、レミリアは淡々と感情を込めずに続けた。

 

「でも、大勢としては二人に厳罰を科すべし、ということになっているわ。もう一方の意見は、彼女たちを研究施設に放り込んで徹底的に研究すべきというもの。いずれにしろ、あの二人の今後は人としての扱いを受けるものではなくなるわね」

 

 川内はちらりと舞風の様子を窺う。

 見るまでもなかった。その唇は白くなるまで噛みしめられている。

 

「ね、そうでしょう?」

 

 そこでレミリアは川内から、隣の妙高に視線を移した。

 

 

「はい」と妙高は生真面目に頷く。

 

「私たちの提督は二人の体を解析した後、然るべき処置、あえて単刀直入に申し上げますと、『処刑』すべきだとおっしゃっております」

 

 その言葉で川内は、妙高も江風と同じ南方海域の統括泊地所属で、しかもそこの秘書艦の一人だったという事実を思い出した。川内の巣のように規模が小さければ鎮守府でも秘書艦は一人しか置かれないが、泊地と言えど南方を統括するそこは規模が大きく、所属する艦娘の数も多いので秘書艦は複数置かれる。妙高はその内の一人なのだ。当然、そこの提督であり、この作戦の総指揮官である中将の意向もダイレクトに耳に入っているだろう。

 

「まあ、そうよね……」

 

 そして、あっさりと納得するように首肯するレミリア。余りにも淡白な反応だったので、川内も目が点になってしまった。あれだけ必死になって、魔法やら何やらまで引っ張り出してきて救出した二人が処刑されそうになっているのに、彼女は何も思わないのだろうか。まるで他人事である。

 当然、そんな彼女の態度に業を煮やす者が居るわけで、突然立ち上がったのは第四駆逐隊の野分だった。

 普段は冷静な彼女だが、落ち着いて見える分感情を貯め込んでしまいやすく、限界が来ると爆発してしまう。感情の起伏の穏やかさならむしろ舞風の方がそうで、野分は怒る時は激しく怒るタイプだった。

 

 

「待って下さい、提督!!」

 

 案の定、野分は怒り心頭だった。激情が注入された言葉を吐き出す。

 

「あの子たちを見殺しにするというのですか!? あんなに必死になって助けた二人を、このままみすみす処刑台に送ると言うのですかッ!!」

「野分、落ち着け」

 

 声を張る野分に、真向かいから木曾が低く諌める。

 しかし、感情が荒れ狂っている野分は止まらない。

 

「落ち着いていられませんよ! こんな! こんなことって!!」

「野分、座れ!」

「あの子たちはもう深海棲艦じゃない! 艦娘なんですよッ!!」

「座れッ!!」

 

 木曾の手が机を叩く。堅い樫の木でも割れるんじゃないかと思うほど大きな音がして、野分の肩が跳ねた。

 

「もう一度だけ言う。座れ、野分」

 

 低く、脅すような声。厳つい彼女が、普段から鋭い眼光を戦闘時のようにぎらつかせて上目遣いで睨み上げるのだ。これで言うことを聞かない者は居ないだろう。

 野分も泣きそうな顔で崩れるように腰を落した。そのまま項垂れてしまう。

 

 

 

「……見ての通り、二人の処刑は私の部下の精神衛生上、あまり好ましいことではないわ」

 

 レミリアは何事もなかったかのように話を再開した。その目は相変わらず妙高に向けられている。

 

「そこで、物は相談なんだけれどね。二人の処分を何とか出来ないかと思うの」

「ですが、彼女たちがやってしまったことは取り返しがつきません。どうあっても、重罰は逃れられないかと」

「そう。その通り。犯した罪は消えないし、被害者側の処罰感情が収まるはずもない。あの二人が、本当に深海棲艦――駆逐水鬼だったらね」

 

 司令官室が水を打ったように静まる。

 誰もがレミリアを見ていた。沈んでいた野分やずっと机を睨んでいた舞風でさえ、ポカンとして少女提督を見つめている。

 

 

「今はまだ、二人のことは私たちと海軍の上層部の一部しか知らない。私たちは二人を“元駆逐水鬼”として扱っているけれど、この情報は世間に公表出来るようなものではないでしょう? 当然よね。公表したら最後、艦娘は深海棲艦になり得るという事実に世界が大混乱に陥ってしまうものね」

 

 いや、大混乱ごときの話ではなくなる。

 今まで、深海棲艦との戦いは「深海棲艦vs艦娘」という構図で成り立って来ていたのだ。そこにあるのは、「艦娘が正義で、深海棲艦が悪」という勧善懲悪的な前提である。だからこそ、人間同士の殺し合いとは違う、人間を守るための戦争という大義名分が可能だった。

 ところが、もし駆逐水鬼と萩風・嵐の関係を暴露してしまえば、その構図が崩壊してしまう。今まで戦ってきた敵は実は艦娘と同質の存在であり、艦娘は深海棲艦に、深海棲艦は艦娘になり得るのだとしたら、人々は「艦娘が居るから深海棲艦が生まれるのだ」という暴論が広まらないとも限らない。それこそ、ここ十数年で海軍が、いや世界が築き上げて来た“艦娘”という概念の破壊が起こる。

 それが誰にとっても都合の悪いことであるのは言うまでもないし、何より現場で戦う川内のような艦娘にどれほど辛い真実であるかは明瞭過ぎるほどに明瞭だろう。

 

 そうだ。私たちは私たちの敵になり得るのだ。

 

 

「上層部の言いたいことは分かるかしら? 『艦娘は沈んだら深海棲艦になり、かつての仲間や人間を襲うだろう。そうして一度は敵として対立した深海棲艦が艦娘に戻ったところで、その者に再び居場所は提供されない。何故なら、沈んでも取り戻せることが確かなら、艦娘の犠牲を厭わない指揮官や自身を顧みない艦娘が出て来るからだ』ということ。

沈んでも次があると思うなら、犠牲に頓着しなくなってしまい、それが敵を増やすことに繋がる。そして、敵として立ちはだかる艦娘を奪還した時、また味方に戻ってくれるならそれは艦娘自身にも轟沈に対する恐怖を不必要に和らげてしまうかもしれない」

 

 そうなのだ。海軍から見れば、事情はどうあれ萩風と嵐は明確に「裏切り者」になる。少なくとも一度は確実に敵になったのだから、これを許すという道理はないだろう。それこそ、組織の規律に関わる話である。

 裏切り者には死を。軍事組織における鉄則ではないか。

 

 本来なら、これは川内自身言いたくないことだが、彼女たちはコロネハイカラ島で死んでいるべきだったのだ。二人は既に沈んだ身であり、もう太陽の下に戻って来ることは出来ないはずだった。

 それが、世界が定めた運命であり、必然でもあった。

 なのに、川内たちはその必然を捻じ曲げ、二人を救出してしまったのだ。そこには必ず何かの歪みが生じてしまうものだし、その歪みの矯正が今になってこうして襲って来ている。

 

 

 

「けれどね」とレミリアは続けた。

「これらの話は全て、萩風と嵐が自分の意志の下、駆逐水鬼として行動出来ていたという前提で成り立つものなのよ」

 

 全員が固唾を飲む。レミリアの言わんとしていること。川内にはそれが分かったような気がした。

 

「これを見て」

 

 提督は机の上に、何とも名伏しがたい奇妙な物体を置いた。何かの破片のようで、全体の形状は不規則。素材も灰色のぬめりとした光沢がある何かで出来ていて、こちらも不明。破片からは二つ、角のように繊維状の突起が飛び出していた。

 それが何か、川内にはピンと来た。ある意味、艦娘にとっては嫌というほど見慣れている物のはずだ。

 

「提督、それは深海棲艦の艤装なの?」

 

 確かめるように尋ねる。しかし、訊くまでもないことだ。

 

「ご名答」

 

 レミリアは、案の定頷いた。「では、その艤装のどこの部分かは分かる?」

「それは……」

 

 これは勘だ。根拠があるわけではないけれど、川内は答えを口にした。

 

「ひょっとして、装着部?」

 

 果たして、レミリアは頷いた。

 

「そうよ。これは萩風の。嵐にも同じ物が付いていたけれど。問題はこの装着部の位置よ。二人とも艤装が腰元に装着されていたけれど、この接合部の角になっている部分は彼女たちの腰から体内に侵入していて、丁度第一腰椎に穴を開けていたわ。この穴は腰椎の中の神経まで到達していて、恐らく深海棲艦の艤装が腰椎から中枢神経に侵入して、二人の精神を乗っ取っていたと思われる。この角は、その形跡というわけね」

 

 ぞっとする話だ。しかし、川内にはこれがまったくの捏造であると分かった。

 何しろ、川内は直接二人の体を調べ、そこに異常がないことをこの目で確認している。もちろん、二人の腰元に深海棲艦の艤装が一部残っていたことなんてないし、負傷していたことを除けば、彼女たちの体は綺麗なものだった。

 舞風と野分の様子を窺うと、二人とも俯いて顔を伏せてしまっていたが、そこに様子の変化は別段見られない。

 それで、川内は何となくレミリアのやろうとしていることが分かった。

 つまりは、彼女は事実を捏造し、萩風と嵐があたかも「深海棲艦の艤装に意志を支配されていた」ということにしたいのだろう。そのために、どこでどんな風に用意したかも分からない、“深海艤装の装着部”などという眉唾な物まで引っ張り出してきた。もちろん、レミリアは二人の身体に痕跡、「第一腰椎の穴」とやらが存在すると言うので、何らかの方法で辻褄合わせに二人の身体に細工をしたかもしれない。「今、二人の身体の中枢系に検査をしているところよ」と付け足された言葉がそれを裏付けている。

 しかし、これは確かに効果の高い方法だろう。二人が正常な意思決定を行える状況下になかったといえば、少なくともその時点で犯した罪に対しては無罪放免になる。むしろ、二人を被害者として祭上げ、同情を寄せさせることさえ可能だ。

 もちろん、実際に二人とも正常な精神状態ではなかっただろう。言うなれば「心神喪失状態にあった」わけで、レミリアは証拠を作ってまで議論をそちらに誘導しようとしている。そうしなければ彼女たちが罪人として裁かれてしまうからだ。

 

 事実、事情を一切知らない木曾や妙高、江風は青ざめた顔をしている。

 それはそうだろう。深海棲艦の艤装に意志を乗っ取られるなど、それが例え他人の話であってもその他人は同じ艦娘なのだ。轟沈すれば自分もそうなるのではないか、という想像が一瞬でも頭をよぎるなら、ぞっとしないはずがなかった。

 そして、そんな彼女たちの反応を見て、さらにレミリアは神妙な表情で、嘘を平然と吐き続けた。

 

「私は、駆逐水鬼と駆逐艦『萩風』『嵐』が別物だと考えるわ。私たちが敵として対峙した、あの深海棲艦は“元艦娘”ではなく、艦娘の肉体を利用しただけのただの深海棲艦よ。駆逐水鬼の正体は哀れな轟沈艦じゃなかった。寄生虫のように他者の肉体を乗っ取る、こいつだったのよ」

 

 真面目くさった顔でレミリアは手に持った“艤装の装着部”を振って見せ、迫真の口調でいけしゃあしゃあと虚実を真実のように語る。部下でさえ騙すことに一片の躊躇も見せないその様は、やはり彼女がそう言った通り、五百余年を生きて来た年の功がなせる業なのだろうか。

 

「……それは、その、あいつらは大丈夫なのか?」

 

 と、恐る恐る尋ねたのは木曾。彼女も完璧に騙されているようだった。

 もちろん、レミリアが語る言葉の全てが嘘というわけではないし、人を騙す際には真実と虚実を織り交ぜれば効果的であるとよく言われるように、彼女は嘘の中に真実を混ぜている。その真実というのは、例えばこのようなことであったりするわけで、

 

「それは分からないわ。恐らくは大丈夫でしょうけれど、何かしらの後遺症は残るかもしれない」

 

 という懸念は実際問題として存在するものだ。それがどういったものであれ、一時的にかつ数年間深海棲艦だったことには変わりない萩風と嵐には何らかの後遺症があっても不思議ではない。

 川内にしても、二人の処遇の問題ともう一つ考えなければならない事柄として、この後遺症の問題が思い浮かんだのである。自身の経験から照らし合わせても、身体的には健康であったとしても精神的には、例えばPTSDのような精神疾患に苛まされる可能性は十分にあった。

 

「しかし、少将」

 

 木曾と同じくレミリアの掌で転がされている妙高が発言する。

 

「そうなると二人はまず経過観察を行わなければなりません。もし本当に精神を乗っ取られていただけだと言うなら、我々は彼女たちに治療と心理ケアを施し、仲間として丁重に扱う必要があります。それは、今までの議論とは方向性が真逆のもの。

問題は、どこでそういった施術を行うかですが」

「ええ。もちろん、まず本土では無理でしょうね。上層部が許可を下ろさないわ」

「ですよね。だから、恐らく彼女たちを引き取るのは、我々の泊地になるかと思います」

「そう。そこで貴女にお願いがあるの。そちらの泊地の中将に口添えしてもらえないかしら。私からも依頼はするけれど」

 

 妙高の顔にははっきりと戸惑いが現れていた。

 それもそのはず、予想外の方向にトントン拍子で進む話に、しかも自分も巻き込まれてしまったのだ。レミリアは初めから萩風と嵐を南方統括泊地に預けるつもりだったのだろう。

 妙高からすればそんなことは寝耳に水であろうが、仮にもレミリアは少将の階級にある。尉官クラスの艦娘である妙高に逆らうことなど出来るはずもなく、彼女は渋々と言った感じで頷いたのだった。

 

 南方統括泊地の内情というのがどういったものであるのか、川内には与り知らぬところではあるが、彼の泊地を治める中将の名前は以前からよく耳にしており、あくまで噂レベルではあるがどのような人となりの人物であるかというのも聞き知ってはいる。

 そこから察するに、恐らく中将も首を振りはしないだろう。腹心の一人である妙高と仮にも本土の鎮守府司令官であるレミリアからの依頼とあれば、階級が高いと言えど無下にしては組織の輪に角が立つからだ。

 となれば、萩風と嵐の当面の処遇は今ここで決定してしまったのだが、当然それに納得出来ない者たちが居るわけで、その内の一人、今まで仲良く俯いてた四駆の内、舞風がおもむろに手を挙げた。

 指先を天井に向けて真っ直ぐに、手本のような挙手で、彼女は少し潤んだ瞳をレミリアに向ける。

 

「何かしら」

「提督、提案があります」

 

 姉妹艦の野分と比べても少し幼過ぎるきらいのある舞風だが、思いの外しっかりした言葉で話し始めた。

 

「萩風も嵐も、深海棲艦から戻ったばかりで、とても不安定だと思うんです。後遺症……があるかは分からないけど、でも不安になったり、泣き出したり、そういうことがあるかもしれません。もちろん、二人ともしっかりしたところはありますよ。萩風は賢くて真面目だし、嵐は元気が良くて頼りになるし。

だけど、今回のことはホントに特殊なことだったから、二人とも怖いと思います。そういう時に、私と野分が、姉妹だから、一緒にいて支えてあげられたらいいと思うんです。だから、うちの鎮守府じゃ、駄目ですか?」

「……そうね」

 

 レミリアは目を閉じてしばらく逡巡するように沈黙する。彼女と、舞風と野分と、三人はどこまで口裏を合わせているのかは知らないが、今の舞風の言葉はきっと本心から出たものだ。もう一度四人の第四駆逐隊に戻るために彼女たちは力を振り絞って戦ったのだから、それが一緒になれないとなるとこう言いたくもなるのだろう。

 野分も何か言いたそうに口を半開きにしたが、結局彼女の方は何も言わず、レミリアが答えるのを待ったようだ。

 

「まあ、その意見にも一理あるわ」

 

 提督は目を開け、手元の“艤装の装着部”を軽くいじりつつ、

 

「でもそう出来ない理由が二つある。

一つはさっき言ったように、上層部がまだどうなるか分からない萩風と嵐を本土から遠ざけておきたいと考えるからよ。経緯はどうあれ、二人が深海棲艦だったのは確かなことで、完全に人間の側に無害であるという確信を持てない限り本土に近付けることはないでしょうね。

それと、二つ目の理由だけど」

「……」

「最前線で活躍出来る貴女たちと、錬度が低いままのあの二人を同じ部隊では運用出来ないわ。錬度の開きが大き過ぎると作戦行動に支障が出るし、だからといって貴女たちを二人の教官役にすることも推奨されない。というのも、軍全体で見ても、貴女たちのように最前線で戦える駆逐艦娘というのは数が限られていて、なるだけ後ろに下がらせたくない、というのが用兵側の本音なのよね。

そういうわけだから、私としても貴女たちを手放したくないの」

 

 最後の一言が、完全に舞風を黙らせた。

 結局、彼女たちはばらばらになってしまうのだ。がっくりと項垂れる舞風に、川内も同情を禁じ得ない。何とかならないものかとない知恵を振り絞ってみるが、レミリアの言っていることはとても筋が通っているし、生憎妙案など思い付きそうもなかった。

 

 明日をも知れぬ命。いつ再会出来るとも分からぬ広い世界。死が四人を別つ前に、彼女たちが共に並び立てる未来は訪れるのか、それを保証する神はおらず、ただ冷ややかな現実の前に唇を噛むしかない。

 

 

 

「ちょっと、いいか?」

 

 と、そこで挙手もせずに不躾に割り込んで来た者が居た。これまで沈黙を守っていた江風である。

 聞く者が聞けば激怒するような礼節に欠いた言動だが、その辺りのことについてはかなり鷹揚なレミリアは、別段気分を害した様子もなく首肯し、江風に先を促した。

 

「今の話なンだけど、結局うちであの子らの面倒を見るンだよな。だったら、教官役はこの江風さんに任せてくれよ」

「ちょっと」

 

 突拍子もないことを言い出した江風を妙高が咎める。そもそも、萩風と嵐が南方統括泊地に行くかさえ決まっていないのに(ほぼ確定とはいえ、まだ中将の許可が下りていない)、いきなり算段を付け始めるのだ。妙高が怒らないわけないのだが、川内の言うことさえ聞かない江風が、それ以外の言葉に素直に従うだろうか。答えは否である。

 

「悪い提案じゃないと思うンだけどさ。腕には自信があるし、ちゃんと教えてやれるよ。それに、もし万が一あいつらが何かの間違いでこっちに砲を向けるようなことがあっても、江風なら二人まとめて抑え込めるぜ。その辺りは責任持ってやるからさ。舞風も、見ず知らずの誰かより顔見知り程度でも知り合いに任せる方が安心出来るだろ?」

 

 な! と舞風に気障ったくウィンクする江風。

 沈んでいたその顔に、色が戻ったような気がした。そこで、川内も手を挙げて立ち上がる。

 

「提督。私も江風の提案を推します。元上官として保障します。江風は信頼出来る艦娘です」

 

 この援護射撃は江風にとっても意外だったらしい。一瞬驚いたように目を見開き、それからいつものように不敵な、そして楽し気な表情を作る。

「さすが川内さん。言ってくれるぜ!」という彼女の心の声が聞こえて来そうだ。

 

「そ、それなら。私たちも賛同します。ね、野分」

 

 続いたのは舞風。隣の野分に同意を求めると急な展開についていけていないのか、戸惑いつつも野分も頷いた。

 

「それならそれでいいけど」

 

 対して、レミリアはあっさりしている。その理由はすぐに彼女の口から述べられた。

 

「南方で二人を預かることになったとして、その後どうするかは結局南方の問題だからね。私が采配するわけじゃないわ。萩風と嵐の教官を務めるつもりなら、自分で中将に具申しないと駄目よ。一応、口添えはしてみるけどね」

「そうだね。ま、何とか交渉してみるさ。タフネゴシエーター江風さんの腕の見せ所だね」

 

 威勢よくガッツポーズを作る江風。そんな二つ名は初めて聞いた。

 隣では妙高が呆れ返って首を傾げている有様。江風が調子に乗ると碌なことがないのは、元上官として川内は熟知しているので、妙高への同情を禁じ得ない。真面目そうな彼女のことだから、きっと江風には手を焼いているに違いない。

 

 実力はあるし、元気もいいのだが、如何せん問題児過ぎるのが難点だった。決して悪い奴ではないのだが、トラブルメーカーなのだ。

 ただ、そうであっても江風の下への面倒見の良さというのは川内も一目置いているところ。かつての部隊では、白露型姉妹の末っ子、涼風の世話を甲斐甲斐しく焼いていた記憶がある。甘やかし過ぎているような気もしたが、江風と涼風の関係は非常に良好だった。

 複雑な過去を持つ萩風と嵐の指導役には彼女は適任かもしれない。物事を真っ直ぐ見つめ、力強く引っ張っていってくれる先輩。恐らく大きなトラウマを背負うことになるであろう二人には、きっと必要な存在だ。それに、舞風と野分が二人ともちゃんと納得してくれるなら、これ以上いうことは何もないだろう。

 

 ただ一つ。川内が思うことは一つ。

 願わくば、また四人がともにいられるようになることを。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 木曾と江風と妙高が退席した後の司令室は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 確かに話は先を見れるところに落ち着いたのだが、それもまだ未定であり、加えてこの空気を放出する駆逐艦が二人もいる。そもそも、彼女たちの目的と言うのは、萩風と嵐、元々の同僚であり姉妹を取り戻して再び一緒になることだったのだ。その目的が達成されないことがほぼ確定してしまった現段階で、「二人とも助かって良かったね」なんて笑えるわけがない。

 しかし、よくよく考えれば結果は上々。確かに永遠の離別を覚悟したはずの相手は戻って来たのだから。

 

「心配しなくても」

 

 不意にレミリアが口を開く。沈黙を破って喋り出すなら彼女だろうと川内は思っていたが、事実その通りである。

 

「二人とも悪いようにはならないわ」

「……そう、でしょうか」

 

 不安を零したのは野分。いつもの精悍な顔つきは鳴りを潜め、表情はこの上なく疲れ切っている。

 

「萩風も嵐も、二人とも深海棲艦だったという事実は覆りません。何より、私たちの敵は私たち自身だったということが成り立ってしまっているんです。だから……」

「悩ましいところね。でも、貴女が思うほど事態は悪くないわよ」

「……」

「案外この組織は艦娘に甘いところがあるからね。制限も多いけれど、休日や高い報酬が保障されていて、福利厚生も充実している。それもそうよね。艦娘が居なければ人類は深海棲艦とまともに戦うことすら出来ないんだから。

そんな大切な艦娘を、あまつさえ組織が処刑するなどあってはならないことだ、という声は少なからず現場にあるみたいなのよ。上層部の中にも同じ意見を持つ者も含まれていて、萩風と嵐の処遇を巡って議論が紛糾しているのもそこにあるわけ。要は三つ巴の論戦になっていて、今は“厳罰派”の声が大きいけれど、恐らくこれはひっくり返るわ。

何しろ、今のあの二人は“萩風と嵐という艦娘であって、駆逐水鬼ではない”のだから。二人を守るための手段は私も講じているし、それが上手くいけば擁護の声をもっと大きく出来る」

「……でも、さっきのあれは作り物なんですよね。私たちは、深海棲艦になるんですよね」

 

 ああ、やはりそこか。

 野分が感じているのは、沈めば自分も同じように深海棲艦になるという恐ろしさであり、今まで自分たちが撃って来た敵の中にはひょっとしたらかつての仲間が含まれていたかもしれないという怖さだ。駆逐水鬼の救出は、皮肉にも艦娘と深海棲艦が表裏一体であることを証明してしまったのである。

 ならば、川内がやって来たことは何だったのだろう。督戦任務で沈めた仲間たちは、自分を恨んで襲って来るのだろうか。

 

「そうね。艦娘と深海棲艦はコインの裏表なのよね」

 

 レミリアはそれまで座っていた大きく威厳のある椅子から立ち上がった。

 

「違いは一つだけ。人間に与するか、対立するか」

 

 喋りながらつかつかと彼女は歩み寄っていく。そこにいるのは川内だ。

 

「そして、貴女たちは人間に与する側であり、故に人間に危害を加える一切を排除する使命を背負っている。一度敵と認めた者への容赦は必要ない。躊躇なく引き金を引くことが求められているのであり、“元同胞”だろうがなんだろうが、襲って来るなら撃たなければいけないわ。それがたとえ自分自身だったとしてもね」

 

 少女提督は川内の後ろに立ち、軽巡が座る椅子の背もたれに手を掛ける。川内が首をひねって見上げると、深い緋色の瞳が見下ろしていた。

 

「何故ならこれは戦争だから。ゲームじゃない。スポーツでもない。生きて、死ぬ戦争。貴女たちは兵士であると同時に兵器であり、自軍に脅威をもたらす存在を撃滅しなければならない。駆逐水鬼は本当に例外中の例外よ。彼女たちにはまだちゃんと心が残っていたから、だから私たちはあの子たちを絶望の淵から救い出してあげられた。もし心を失っていたら、撃つしかなかったのよ」

「……うん」

「悲しいけれど、それが現実なの。敵は撃たなければならないという至上命令がある以上、誰もそれに逆らうことは出来ないわ。その相手が、昨日まで寝食を共にした同じ艦娘であってもね。

――だけど、もしまだ救う余地があるなら、決して仲間は見捨ててはいけない。これもまた鉄の掟よ。彼女がどんな状態になってしまっていたとしても、まだ仲間として取り戻せるならいかなる労力を払ってでも救出しなさい。それでも、自分たちだけでなし得ないというなら、その時は私を呼んでくれて構わないわ。手が空いてたら助けに行くわよ」

「……そこは『いつでも行く』って言おうよ、提督」

 

 最後の最後で格好の付かない一言が飛び出して来て、川内は若干の失望を言葉にして吐き出した。

 いやまあ、提督らしいっちゃらしいんだけど、と心の中でひとりごちる。しかし、レミリアの方は心外だと言わんばかりに憮然とした表情を作ってみせた。

 

「あら? 私、これでも意外と忙しいのよ。紅茶を飲んだり、弾幕ごっこしたり、神社に行ったり、飲み会あったり」

「なんだか暇そうなんだけど」

「失敬ね」

 

 優雅な暇人でありそうなこのお嬢様は、機嫌を悪くしたのかぷいっとそっぽを向いてしまう。白くて柔らかそうなほっぺたが膨らんでいた。

 

 

「プッ、アハハ」

 

 厳かな司令室に軽やかな笑い声が響く。声の主は舞風。口元に手を当て、楽しそうに破顔していた。

 

「提督らしいよね」

 

 笑いの収まらぬ舞風。こらえ切れないのか、言葉の端が浮いていた。

 

「そういうとこ、結構好きだよ」

「ありがとう。うれしいわ」

「頼っちゃうからね」

「任せなさい。気が向いたら、だけど」

「うん。気が向いたらでいい。ちゃんと、来てよね」

 

 それからふと舞風は真顔になる。

 

 

 

 

「約束だよ」

 

 

 

 

 ささやくような小声で彼女は呟いた。

 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声量だったのに、レミリアははっきりと頷く。

 だから何だということはないのだし、この時はこれで終わった。その後特別なことは何もなかったはずだ。

 

 

 だが、もっと後から思えば、ひょっとしたら舞風は何かを予感していたのかもしれない。

 

 

 

 

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