レミリア提督   作:さいふぁ

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レミリア提督23 After moonset

 事情の説明会はレミリアが逃げ出した日の晩にまでずれ込んでしまった。

 というのも、昼間は様々な後処理に赤城の手が全く空かなかったし、大本営から幹部やら憲兵やらがぞろぞろとやって来て、彼らに出迎えの挨拶をするだけでも相当な時間を食った。問題が問題だけに、赤城も事は簡単に済まされないだろうと考えていたし、事実はその通りだ。

 その間、金剛を含めて赤城以外の艦娘は自室待機を命じられていた(一部はそれ以前から寮に籠っていたようだが)他、つい最近までレミリアと行動を共にしていた川内、木曾、舞風、野分の四名は憲兵による取り調べを受けている。同じ取り調べは赤城も受けたが、ごく簡単で形式的なものだった。恐らく、加藤と共にレミリアを失脚させた功績が重く見られたのだろうと思う。果たしてそれを功績と呼ぶのかは別として。

 

 一方で、川内たちは相当な詰問を受けたらしく、夜こうして食堂にようやく一同会するころには四人ともすっかり疲労の色を濃く表すことになっていた。特に川内は疲れ切っているようで、どうにも彼女はレミリアに肩入れし過ぎていたのか憲兵に噛みついてしまったらしく、それが一人だけ飛び抜けて拘束時間が長くなった理由のようだ。ちなみに、彼女だけ明日も取り調べを受けると、赤城はやって来た憲兵隊の指揮官から耳打ちされていた。

 時間は夜の七時を過ぎたところで、通常のタイムスケジュールと相違なく全員の前に食膳が用意されていた。しかし、普段は雑談などで賑やかになるはずの食事の時間は、今日に限っては重苦しい沈黙に支配され、皆もそもそと飯をかき込むばかりである。誰も何も言葉を発しないのは、駄弁る気分にならないというのもあるが、何よりも話していいことが見つからずに戸惑った結果沈黙という選択をしたというような理由だと感じられた。少なくとも赤城はそうだったし、加賀もそうであろう。

 

 しばらくは食器が鳴る音と、何人かが必要最小限のやりとりを交わすひそひそ声が食堂に響くだけ。その内それらの音も減っていき、食べ終わった者が一人また一人と箸を置いて待機に入る。やがて全員が食事を終えると食堂は本当に静かになってしまった。

 嫌な静けさ。重く圧し掛かる空気。それでも、赤城は秘書艦であり、艦娘が待っている以上立ち上がって責任を果たさなければならなかった。厨房側、食事の受け渡し口の前に立ち、全員の顔を見渡して一礼する。

 

「皆さん、恐らく全員がご存知であるかと思いますが、改めて大変残念なお知らせをしなければなりません。今年の7月1日よりこの鎮守府の鎮守府長官として着任されていましたレミリア・スカーレット……さんですが、彼女が実は軍関係者でも何でもない、工作員だった可能性が浮上しました。それについて今朝方ご本人に確認したところ、彼女は当鎮守府より逃走、現在行方が掴めなくなっております」

 

 全員が黙って聞いていた。そのほとんどは淡々と、極力感情を殺して話す赤城に目を向けているが、三人だけ顔を伏せている者たちがいた。川内と舞風、野分である。

 

「事態はいまだ収束に至っておりませんが、当面のところ当鎮守府の代表は幕僚長の加藤雅治少将が兼任されることとなります。今後しばらくは憲兵の方から事情聴取があったり、軍内外からの関係者の皆様が鎮守府に出入りされるなど、普段とは違う日々が続くと思います。つきましては、皆さん艦娘の本分たるものを忘れず、このような困難な状況にありますが、一致団結して乗り越えていきましょう。よろしくお願い致します」

 

 もう一度頭を下げて事務連絡を終わる。

 もちろん、こんな挨拶程度の話で済まされるわけでもなく、待っていたかのように真っ直ぐと挙げられた右手があった。「曙さん」と赤城は彼女の名を呼ぶ。

 

「質問。結局、あいつは何だったの?」

「それは、調査中です。もし彼女が捕まれば、その時にはすべて判明するかと」

「ああ、そう。まだ何にも分かんないってことね。……ったく、情けないったりゃありゃあしないわね」

 

 曙は足と腕を組み、憮然とした態度でそう言い放つ。

 彼女の言い分は分かる。一体全体、レミリアがどういう方法で軍に潜り込んだのかは不明だが、彼女は半年間完璧に軍人として振舞っていた。中枢部の一つである人事局さえ動かしての着任だったわけだし、その手法は目を見張るものがある。逆を言えば、曙の言う通り軍の不手際や脆弱性が露呈したのであるが。

 

「彼女の潜入を許した原因とその対策も考えなければなりません。少なくとも私たちは半年間騙され続けていたのですから」

「違うわよ」

 

 曙の言葉に応えるように言った赤城に対し、その本人から否定の声が飛び出した。

 

 彼女らしい、鋭い響きをもって。

 

「情けないって言ったのはあんたのその面のこと! 何よ、捨てられた子犬みたいな顔して。秘書艦なんだからぴしっとしなさいよ」

「え……?」

 

 無意識に手が頬まで上がった。

 顔に指の感触。指に、いつもより若干温度が高い頬の感触。

 

「私……」

 

 何か言おうと思ったけれど、言葉は形を作る前に崩れて、死骸のような空気だけが口から漏れ出した。助けを求めるように同僚の顔を見ると、彼女はゆっくりと頭を振った。

 それで、ようやく我に返る。

 

 思い出せば、朝から赤城は酷い有様だっただろう。泣きはらし、疲れ果て、責任の重圧に押し潰されそうになり、たった一日で身も心もすり切れ尽くそうとしている。事態は赤城の感情とは真逆の方向へと進み、望まぬ言葉を放ち、望まぬ仕事をこなさなければならない。今までも組織の歯車の一つとして働いて来た赤城だが、それは自分自身の中にある使命感が動機となって赤城の身を動かしていたから上手くいっていたのであり、今日のように自身が正反対のことを望んでいるのに仕事をしなければならないのは初めてだった。それがこれほど疲弊することだったなんて思いもしなかった。

 捨てられた子犬とはまさにその通りかもしれない。

 彼女は軍人でも何でもなかったのだが、それでもこの半年間、彼女が赤城の心の数割を占有していたのは間違いないことで、それがなくなった今、赤城はまさしく捨てられた状態にあるのかもしれない。

 彼女をこの鎮守府から追い出す策略に加担したというのに。

 

「す、すみません。疲れが出ていたのかもしれませんね」

「……ったく。まあいいけど」

 

 苦しい言い訳に曙は盛大に呆れ返り、それきっり口をつぐんでしまう。

 

 食堂の中の空気は最悪だった。曙はそれを分かっていて、尚ああいうやりとりを吹っ掛けて来たのだろう。本当にいい性格している。

 

「皆さん」

 

 声を絞り出す。ここまで言葉を発するのに苦労した覚えは、たぶん人生の中で一回もなかったんじゃないかと思う。自分で言うのもなんだが、赤城は割と口が達者な方だと思っていたのだが。

 

「今日はお開きにしましょう。夜更かしをしないように、明日に備えて早めに寝てください」

 

 疲れたと言っているようなものだが、それでも構わない。今はとにかく部屋に帰ってベッドに飛び込みたかった。

 ただ一つ、赤城が救われたのは他の艦娘も同じような心持だったらしく、誰もがのそのそとしながらも食器を片付け、そそくさと食堂を出て行ったことだった。

 明日からのことは考えないようにする。無言で赤城の分の食器まで下げてくれる加賀に感謝しつつ、二人は並んで寮室まで戻った。

 

 

 

****

 

 

 

 しかし、赤城は一つ見落としていたことがあった。彼女のミスは、あまりの疲労のあまりそのことに気付かず何のフォローも入れられなかったことだろう。

いつもの彼女なら、勘も鋭く川内の異変に気付いていたはずだ。俯きで垂れた前髪に顔が隠れた軽巡が、凄まじい目で金剛のことを睨んでいたのは。

 金剛のすぐそばに座っていた加賀は何とはなしに空気の悪さを感じていたがその大元までは分からなかったし、それは川内の後ろに座っていた潮も一緒である。曙の意識は完全に赤城に向いてしまっていたし、木曾もそうだった。野分も持ち前の生真面目さで姿勢だけは真っ直ぐにしていたが、内に没頭し過ぎていた。睨まれていた金剛本人もまた考え事に意識を割かれていた。

 気付いたのは勘の鋭い漣と、川内の真向かいに座っていた舞風だけ。

 赤城と曙のやり取りの間、舞風はわずかに視線を上げて川内の方を伺う。だが、異様過ぎる川内の雰囲気に何も言えずただ押し黙るだけだった。

 漣は川内と舞風の細かな変化の両方を意識に入れていたが、あえて何もしなかった。行動をするべきタイミングではなかった。

 赤城が解散を告げると、おもむろに川内は立ち上がってそそくさと食器を片付ける。

 

「あ、ごめん。マイマイにお話があるんだ。先行ってて」

 

 漣は曙と潮に言った。それは舞風と野分にも聞こえただろう。二人は顔を見合わせた。

 

「私、ですか?」

「そそ。片したらついて来て」

 

 訝しむ舞風に、漣は片目を閉じて笑みを投げる。いつもの自分のキャラクターに沿った仕草。舞風は不審がりながらも特に疑ったりはしない。

 その内に金剛も金剛でさっさと食堂を出て行ってしまう。

 漣はもう一度舞風に声を掛けて、慌てて自分も食堂を飛び出した。

 

「あの、話って?」

「金剛さん追って」

「金剛さん?」

 

 追いついてきた舞風に用件を言いながら、漣は廊下を駆けた。

 

 金剛は、川内はどこに消えた? 

 

 二人の足は想像以上に速かった。寮の一階の廊下を端まで行ってみるが、どこにもその影がない。

 

「あれ?」

 

 おかしいのは舞風も気付いたようだ。肩を並べて階段を上がっていく一航戦コンビの背中はさっき見掛けたから、その二人の直前に食堂を出た川内や直後に出た金剛もすぐ見つかりそうなものだったが。

 

「トイレか!」

 

 そこで、見落としていた場所に漣は気付いた。

 食堂から二部屋挟んだところにトイレがある。駆逐艦二人は急いで廊下を戻りトイレに飛び込むと、ちょうど川内の罵声が響いたところだった。

 

「あんたは全部知っていてやったんだろッ‼」

 

 何かを叩きつける鈍い音も響いた。遅かったかと歯噛みしながら飛び込むと、金剛に掴み掛かった鬼のような形相の川内。

 

「やめて! やめて!」

 

 漣は二人の間に体を突っ込んで筋の立つ川内の両腕を金剛の上着の襟から引き離そうとする。だが、存外力の強い彼女の腕はびくともしなかった。

 水雷屋というのはこれだから困る。ほっそりした見た目の奴ばっかりだが、その実骨格に硬い筋肉が巻き付いた怪力の持ち主ばかりで、しかもその上人一倍気の短い連中ぞろいだ。川内もその例に漏れず、少女の見た目に騙されて甘く見ていると、大の男くらい簡単に捻り潰せるから痛い目にあう。

 そうは言っても、介入した駆逐艦二人も同じ畑である。舞風が後ろから羽交い絞めにし、漣が無理矢理金剛から引き剥がすとようやく軽巡は戦艦を手放した。

 

「舞風放して! 一発入れないと気が済まないッ!」

 

 ここまで怒った川内は初めて見る。ここに来た時には既に諸事情があって川内はかつて持っていただろう苛烈さをすっかり引っ込めてしまっていたし、月日が経つ内に性格の角が取れて円くなっていったようだったから、大抵のことは鷹揚に受け流せる成熟した精神の持ち主と思っていた。

 ところがどうだ。今は絶賛大噴火中だ。本当に血液が沸騰していそうなくらい顔が紅潮している。

 言葉にしなくても“やばい”状況だが、思わず漣は「やばい」と呟いてしまった。

 

「こいつは! こいつはさあ!!」

「ちょっと落ち着きなよ! はい、深呼吸して!」

「漣! 邪魔ッ!」

「川内さん!」

 

 それからしばらく三人は罵声を交わしながらもみ合いへし合いを繰り返した。ここが寮室から離れたところにあるトイレの中だからか、騒ぎを聞きつけて他の艦娘がやって来なかったのは運が良かった。とにもかくにも、川内が疲れて大人しくなるころには、漣も舞風も疲労困憊で外気温と同じくらいまで冷え込んだトイレの中にいるにもかかわらず、汗が次々と流れ落ちる有様だった。それでもやっとこさまともに話を出来る状態にまでなったのだ。

 

「喧嘩しないでよ。何があったの?」

 

 乱れた呼吸を整えつつ、漣は先ほどから燻っていた疑問をようやく口に出来た。

 川内の様子がおかしいのには気付いていたが、その理由は本人から聞かない限りはっきりとは分からない。レミリアに関わることであるのは間違いないが、それがどうして川内と金剛の確執に繋がるのかが理解出来なかった。

 

「そいつが、提督を追い出したんだよ!!」

 

 暴れ出そうとしなくなったものの未だ川内は怒れる獣だった。風に聞いた「夜戦の鬼」という二つ名は伊達ではないらしい。そう言えば、彼女は直近の戦闘で夜戦能力を取り戻したばかりではないか。

 

「罠にはめて! 卑劣な方法で! もちろん、提督の正体もすべて知った上でねッ。赤城さんまで巻き込んで、苦しませて‼」

 

 いきり立つ感情ばかりが先行して、川内の言うことは今一つ要領を得ない。

 どうやらレミリアの失脚について(失脚と言っていいのかは別として)、川内は金剛に責任があると見なしているようだった。

 対して、金剛は終始落ち着いている。この時期の北風さえもう少しましと思えるくらい温度の低い目で川内を見下ろしていた。

 

「彼女は最初から提督などではありまセン。ただのスパイ。ただの犯罪者。いい加減、目を覚ましなさい」

 

 口を吐いて出た言葉も、視線に負けず劣らず冷ややかだった。あんまりにも冷然とした言い方だったので、漣にはそれはそれでどうなんだという感想が浮かんだが、すぐにそれどころではなくなってしまった。

 当然、鎮まりかけていた川内の怒りが再炎上する。無言で飛び掛かろうとする軽巡を、漣は身体を当てて阻止せねばならなかった。

 ばたばたと騒がしい音を立て、舞風も巻き込んで漣はトイレの壁に川内を押し付ける。全力で押し返さないと、逆にこちらが吹き飛ばされてしまいそうな恐ろしい勢いだ。

 

「もう! ダメだって!」

「憲兵も来てるんですよ。暴れたら川内さんが捕まっちゃいます!」

 

 漣と舞風二人掛かりで川内を諫める。多少聞き分けが良くなったのか、川内も抵抗を止めた。

 

「金剛さんも、そういう言い方はちょっとまずいと思いますよ」

「事実は事実。分からず屋にははっきりと告げないといけないのヨ」

 

 頭を抱えてしゃがみ込みたくなった。

 分からず屋なのはどっちなのか。

 金剛の良くない点の一つは、変に頑固なところがあって、しかも物をストレートに言い過ぎるところだった。一見冷静のように見えても実はとても感情的になっていて、彼女の場合怒りが増していくたびに相手に対して冷ややかになるのが特徴だった。今の川内にそんなことを言ったところでどうにもならないのは、金剛自身だって分かっているだろうに。

 それが金剛も金剛で意固地になって、自分の考えに固執する。結局、何を言ったところで既に燃え盛っている川内にはガソリンをぶっかけるような結果にしかならない。これ以上二人を同じ場所に置いていても状況が悪くなる一方なので、漣は舞風に目配せして川内をトイレから連れ出すように頼んだ。

 意図を察してくれた舞風が川内を引きずってトイレから出て行く。ようやく金剛と腰を据えて話が出来るようになった。

 

「一体全体、どうしたんですか?」

「あの子が呼び出したのヨ。あの女――スカーレットのことで何をしたんだってネ」

「お嬢様? 金剛さんは何か関わってたんです?」

「関わるも何も、彼女の正体を暴いたのはワタシ。それを加藤と赤城に教えて三人で今朝問い詰めた。そしたら逃げ出されたっていうワケ」

「ああ。なるほど」

 

 金剛の説明は幾分言葉足らずであったが、漣を納得させるには充分であった。

 遠征前から川内はレミリアに入れ込んでいる様子があったし、遠征を経てますますぞっこんになっていったというのは聞いていたところである。あれだけの大成功を収めればレミリアが求心力を高めるのは無理もない話。実際、川内だけじゃなく同じ遠征に参加した木曾や舞風、野分からの評価もうなぎ登りだった。

 

 だから、レミリアの今後は上手くいくと誰もが思っていた。難敵駆逐水鬼の討伐と仲間の救出。これに喜ばない艦娘はいない。

 しかしいざ戻って来てみればこの有様である。レミリアがこの鎮守府の土をもう一度踏んだのは今朝のことで、今後踏むこともないのも今日確定したことだった。

 余りの急転直下に川内が動揺し、取り乱すのも仕方ないことと言えよう。そして彼女は事の真相を嗅ぎ付け、核心的なところにいる金剛を問い詰めて真実を知ることになった。結果、先ほどのような騒ぎになってしまったのである。

 

 漣には正直なところ、誰が悪いとは言い切れなかった。

 いや、よく考えれば悪者ははっきりしているのだ。言うまでもなく、不当に鎮守府司令官として居座っていたレミリアである。

 結局、事が起こったのはすべてがすべて彼女が因縁となっており、そうでなければ金剛と加藤による下剋上も、赤城の心労も、川内の激昂も、何も起きなかったはずだ。彼女がおらず、あるいは正しく提督になっていれば、こうして艦隊の中に大きな亀裂が入ることもなかっただろう。その意味ではレミリアは確かに悪者だし、まずそもそものルールを破り過ぎている。

 

 けれど、そうは言っても漣はレミリアをそこまで悪く言えなかった。

 彼女が上げた成果。何より彼女の人となりが、少なからず漣の心を惹き付けたのは確かな事実で、彼女の言葉一つ一つが自分たちを騙すための欺瞞であるとは思いたくなかった。

 彼女は正しく提督ではなかったかもしれないが、正しく漣たちを導こうとしてはいた。そう思いたい。

 川内もきっと同じ気持ちだろう。否、彼女の方がより想いは強いかもしれない。

 遠征の間に川内とレミリアの間に何があったのか、それはおそらく同行していた木曾や舞風たちも知らない、当事者だけに共有される秘密だろう。けれども、その秘密とやらが二人の関係を深化させる方向の類いであるのはほぼ間違いない。漣の勘が正しければ、萩風と嵐の救出は川内自身に対する救いでもあったはずだ。だから、軽巡が激怒するのも無理からぬことだった。それに、漣でさえ金剛の言い草には眉をしかめそうになるのだから。

 

「金剛さんのしたこと、間違ってはないと思いますよ」

「I know! 間違っていたのはレミリア・スカーレットであり、川内ヨ!」

「ええ。でも、正しいとも思わないです」

「……」

「漣には、何が本当に正しいのか分かりません。どうすれば良かったのかも分かりません。ただ一つはっきり言えるのは、このままじゃ艦隊が分解しちゃいかねないってことです」

「突然のことで受け止め切れていないダケ。時間が経てば落ち着いて頭も冷える。どうすればいいかも、その時になったら自ずと分かるハズ」

「……だといいんですけどね。赤城さんの心労がこれ以上増えないことを祈ります」

「ソウネ」

 

 漣に同意して呟いた金剛の表情は、毅然としていた口調とは裏腹にどこか思い詰めたような色を含んでいた。当然ながら漣には人の心は読めないから、浮かない彼女の心中は分からない。どうしてそんなふうになるのかも想像がつかない。

 

「ごめんね」

 

 ポロリと、零れるように彼女は呟いた。

 

「チョット、感情的になっていたワ」

 

 幾分頭が冷えたのだろう。顔色は良くないまま、金剛は釈明する。

 何と答えていいのか分からなかった。事情がよく把握出来ていないのもあるし、艦娘の中で最年長の金剛がこんなふうに謝ってくるのも初めてのことで、今何を言うべきかが思い浮かばない。かといって無言でいるのも無視したと捉えられかねないので、漣はぎこちなく頷くしかなかった。

 

「アナタの言う通りネ。今は艦隊にとって正念場。事情はどうあれ、ワタシが蒔いた種なんだから、責任があるワ」

 

 そう言ってから、おもむろに金剛は漣を抱き寄せた。優しく漣の背中に腕を回し、反対側の肩に手を乗せる。漣も反抗せずに任せた。

 

「I'm all right. でも、とても心配掛けたワ。ごめんね」

「いえ……」

 

 そう言えるだけ、彼女は大人だった。

 危ないところだったのだ。もし漣が気付いて二人を止めに入っていなかったら、きっと艦隊は瓦解し始めていただろう。

 

 レミリアが居なくなったことは思いの外艦娘たちに悪影響を及ぼしていた。単なる職場の上下関係という枠組みを超えた何かが、彼女との間には結ばれてしまっていて、それが無理矢理断ち切られた今、思いも寄らなかった衝撃に困惑し、上手く受け止められないでいる。

 それは漣自身がそうだし、赤城や舞風も同じだろう。川内も曙も。そして、この目の前にいる戦艦も、きっと喪失感に覆われているのだ。

 少なくとも、彼女がやったことは正しい。組織の論理に従えば、誰も彼女を非難することが出来ない。

 だけど、その正しさとやらに確信を持てないでいるのも確かだ。酷く疲弊したような彼女の面持ちが、内心を静かに語ってくれている。そうした、金剛が見せる自身の戸惑いは、漣の心も揺さぶった。

 レミリアを失ったことによる喪失感。そして、艦隊の行く先が霧に覆われてしまったことによる漠然とした不安感。

 ポジティブに考えようとしても、どうしても頭の中にのしかかったそれらが消えてくれない。金剛と別れ、寮室のベッドに横になっても何も気が晴れるようなことはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 


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