レミリア提督   作:さいふぁ

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レミリア提督7 Solicitation

 

 

 

 

 赤城はその日、午前中から加藤と共に練兵場に足を運んでいた。仕事の内容は艦娘の陸戦訓練であり、鎮守府の陸戦隊の指導の下、艦娘は炎天下のフィールドで汗を流していた。

 

 果たして、海の上を戦場とする艦娘が陸での戦い方を学ぶ必要があるのかと言えば、答えは「ある」になる。その必要性は、かつて別の鎮守府で上陸した深海棲艦を多大な犠牲を払いながら艦娘と歩兵が撃退したという歴史が証明してくれるし、実艦よりも遥かに近い距離で撃ち合う艦娘は時に海上で白兵戦を展開することもたまにある。その時にはCQC等の近接戦闘術が生存に大きな影響を与えるだろう。

 

 ベテランも新入りも入り混じって陸戦隊の隊員からの厳しい訓練にしごかれている。屈強な男ら相手に小柄な駆逐艦が果敢に徒手空拳を挑み、(わざとやられているのではあるが)投げ飛ばすのはなかなかに壮観な光景である。

 

 一方の赤城と言えば、訓練服を身に纏ってはいるものの書類を挟んだファイルボードを胸に抱え、雨避けの屋根があって日陰になっているフィールド脇のベンチからその様子を見守っていた。本来なら秘書艦である赤城といえど訓練に加わらなければならないのだが、そこを話があると言って加藤が呼び寄せたのである。

 

 赤城はちらりと隣のベンチで腕を組んでいる加藤の様子を窺った。堀の深い顔立ちにはさらに深い皺が刻まれていて、一見して彼が不機嫌だと分かる。それがこの鬱陶しい暑さのせいなのか、はたまた別の事柄なのか、あるいはその両方なのかまでは判別付かない。

 

 とにかく、最近の彼の機嫌はすこぶる悪かった。元々機嫌を直しにくいという厄介な性格を持っているということを差し引いても、ここ数日の加藤の不機嫌っぷりは異常である。彼と数年仕事をしている赤城にとってもこんなことは初めてであった。

 

 いい加減にして欲しい、というのが赤城の心中である。気難しさに輪をかけた彼と接するのは気を遣うのだ。そろそろ腹の虫の居所を直してもらわないとこちらが疲労するばかりである。

 

 ただ、それもすぐには無理そうだった。というのも、加藤の不機嫌の理由はレミリアの着任にあるからだ。

 

 

 

 そもそも、提督不在の期間は一月ばかりあったわけだが、前任提督が辞職した直後は幕僚長の加藤がそのまま昇任人事で提督のポストに収まると思われていた。実際、鎮守府の誰もがそう予想していたし、元より野心溢れる加藤が前任提督の時代から後任の座を狙っているのは有名で、彼自身も上層部に相当掛け合っていた。聞き知ったところでは、人脈を駆使してかなり周到な根回しもしていたらしい。

 

 ところが、後任の人事はいつまで経っても決まらなかった。その内鎮守府内では当初の下馬評に反して、大きな番狂わせがあるのではないかという噂がまことしやかに囁かれるようになり、レミリアの着任直前にはもう加藤の昇任はないものだとさえ言われるようになっていた。

 

 当然、加藤にすれば面白くない話である。それでも彼は健気に一月もの間待ち続けたし、上層部への掛け合いも怠らなかった。その結果が誰一人として予想しなかった外国人少女提督の誕生である。

 

 これで激怒しない人間がいるとしたら、それはもう神のような精神性を持つ聖人君子に限られるだろう。加藤からすれば最早裏切られたも同然で、怒り狂って数日は酒を飲み浸ったという。彼がレミリアに冷たい態度を取るのは半ば八つ当たりのようなものであるが、それも致仕方ないと言えよう。赤城も当初は同情していた。上層部の決定はあんまりである、と。

 

 けれど、それがずっと続けば話は別で、気を遣わされる上に仕事にも支障が出て来るのだからそろそろ大人らしく機嫌を直して欲しかった。しかも、着任からそろそろ一月が経とうとしている今日においてもこの有様であるから、一体彼の不機嫌はいつまで続くのだろうか。

 

 

 

「話というのは」

 

 訓練を見続けていた加藤が姿勢を変えないままおもむろに切り出した。

 

「提督のことだ」

 

 

 

 赤城は溜息を吐きたくなった。選りにも選って、一番気をつけなければならない、それも出来れば金輪際触れたくない話題である。

 

 どうしてそれを自分に振って来るのか。加藤からすれば、赤城とは仕事をする機会も多く、お互いが相手をよく知っているので、この手のデリケートな話題を振るのに気が楽なのだろう。そんな話などしたくない秘書艦からすればいい迷惑である。

 

 何と答えようか逡巡している内に、加藤は次の一言を言い放った。

 

 

「あの人事はおかしい」

 

 

 これである。ここ最近、すっかり彼の口癖になった言葉である。

 

 四週間の間に一体それを何度耳にしたことか。おかしいことなど分かり切っているし、決定してしまったのだからもう今更どうにもならないことである。それをいつまでも愚痴るものだから、未練がましくてみっともないと呆れていた。

 

「だから、俺は調べてみたんだ」と加藤は続けた。赤城の返事を待たないところをみると、単に愚痴を吐きたいわけではないらしい。というか、さすがにもうその段階は過ぎているはずだろう。

 

 本題に入ったと思い、赤城は聴きに徹した。

 

「レミリア・スカーレット少将なる軍人の経歴は出て来なかった。皆無だ。まったく出て来なかったんだ」

 

「皆無? ですか?」

 

 驚いて思わず訊き返した。仮にも少将の階級にある人物の経歴がまったく出て来ないとは一体全体何事だろうか。

 

 確かに赤城も彼女のことが気になり、多少調べてみたのだが情報が出て来なかった。しかしそれは、単に彼女が海外の出身で日本にある情報が少ないだけだと思っていたのだ。しかし、情報が“少ない”のと“ない”のとではまるで意味合いが違う。

 

「そうだ。ゼロだ。出生も不明、母校も不明。それどころか年齢すら分からない。軍人年鑑にも載っていなかったし、前職が何だったかも問い合わせて答えが返って来なかった。『確認出来ませんでした』だとさ。とにかく分かるのは、名前が『レミリア・スカーレット』で、階級が『少将』で、日本人ではない女性で、現職がこの鎮守府の司令官ということだけだ」

 

 信じられない気持ちに赤城はなった。そんなことが本当に有り得るのだろうか。それとも、あるいは彼女は、

 

「“高度に政治的な”方ということですか」

 

 彼女のことを説明するなら、最早そういった存在であると考えるしかない。そう、例えばどこかの王侯貴族の子女であるとかだ。

 

 

 現在、国連の実力装置として世界平和の実現(深海棲艦の討伐を含む)を目指す軍には世界中の王族や貴族の若者が入隊する。レミリアがやんごとなき身分だとしたら、一切不明の経歴や個人情報も、不釣り合いな少将という階級も、一応は説明が付く。

 

「そう考えるのが一番筋が通る。ただし、この最前線に配属される理由は見当もつかんがな」

 

「確かに……」

 

 実際、王侯貴族の軍人には家の位にもよるが、高い階級と高位の名誉職が与えられる。現在の軍ではそれが通例となっているのだが、さすがに最前線の切った張ったをしている鎮守府に送られることは有り得ないはずだった。

 

「俺ももう少し調べてみるが、何が出て来るか分からん。それどころか、何も出て来ないかもしれない。このおかしい人事も、きっと何か裏で大きな圧力が掛った結果のものなのだろう」

 

 それは加藤の言う通り、表沙汰には出来ない色々な事情があってこういうことになったのだろう。ただ、それは鎮守府でごく普通に働いている限りは自分たちに影響はないことである。

 

 それを知ってどうするのか?  赤城は直接尋ねてみた。純粋に興味が湧いたというより、彼の機嫌が直る目処が欲しくて、あえて訊いたのだ。直ぐにそれが間違いだったと後悔することになるのだが。

 

「ですが、幕僚長はそれを調べてどうされるおつもりなのですか」

 

 その問いに対し、加藤は少々言い淀んで、それから言葉を選んで答えた。

 

「……自分が何者の下に居るのかは、理解しておきたい」

 

 素性不明の人物など軍隊では存在し得ないはずである。しかし、それが実在するならそこには誰かがどうしても隠しておきたい何かがあるということ。果たしてそれを暴くのは賢いことなのだろうか。

 

 その辺りが分からないほど加藤は愚鈍ではない。むしろ、加藤こそそうした軍隊の中の“綺麗でない”事柄についてよく理解しているだろう。その彼が、あえて危険を冒してでもレミリアを詮索するのはなぜか。

 

 赤城には何となくその理由が予想出来て鼻白んだ。

 

 結局、そう言うことか。つまりは、加藤はまだ執着しているのだ。機嫌が直らないのも、なるほどよく分かった。同時に彼の抱いているどす黒い野心も。

 

 とはいえ、赤城には関係のない話である。加藤は上官としても優秀だし、政治手腕もそこそこある。人脈も広いし、いずれは軍の中枢に登りつめていく人物に違いなかった。彼の寵愛を受けていれば、後々優遇されるだろう。ただ、赤城には興味がない。いつ沈むとも分からない自分が、十年後のための権力闘争に参加する気はまったく起きない。

 

 そうした態度は赤城が常日頃から加藤とは事務的な話をしないようにしているところから、彼も察しているのではなかろうか。要するに、遠回しに権力闘争に巻き込まないでほしいと伝えているのだ。だというのに、彼はこういう話を振って来る。

 

 

「赤城」と彼は呼び、隣の秘書艦に目を向けた。

 

「俺に付いて来る気はないか」

 

「……妻子がいらっしゃるのに、プロポーズですか?」

 

 茶化すのが精一杯だった。

 

 加藤の目は本気だ。その眼光は、狼よりも虎を想起させる。獰猛な、そして傲慢な色を浮かべていた。

 

 まずいことになったと焦る。加藤に目を付けられたのだ。いや、目を付けられていて今まで上手く躱していたつもりが、直球で来られてしまったのだ。

 

 なんでそうなったのか。先程、レミリアを調査する理由を尋ねたせいだというのには直ぐに思い当たった。いらぬ誤解を与えてしまったようなのだ。

 

「違う。俺の部下として付いて来いと言っているのだ。俺はいずれ軍令部長になる。海軍を動かし、世界を守る男になる。だが、それも一人では成し得ない。お前という有能な部下がいなければ出来ないことだ。

どうだ? 俺と一緒に上がって行かないか? 

お前は鎮守府に置いておくには惜しい人材だ」

 

 まったく、余計なことを口にしてしまったものだ。今更ながらにほぞを噛むが、時既に遅し。この目の前の男は精悍な顔立ちの割に嫉妬深い女のようにしつこいのだった。

 

「お誉めに預かり光栄至極ですけれど、私は艦娘ですよ。海に出て戦うのが仕事です」

 

 赤城はなんとか躱そうとするが、加藤は食い下がる。

 

「そうだ。だが今一度考え直してくれ。お前はどうして弓を握る? 誰のために矢を飛ばす? お前が時に口にする『一航戦の誇り』とは何だ?」

 

 遂には、戦う理由にまで言及されるようになった。めげない加藤にうんざりするが、それを表情に出そうものならまたややこしいことになるわけで、赤城は努めて落ち着いた対応に徹する。

 

「国を、世界を、人々を守るためですよ。そのために私たちは生まれ、そのために私たちは海へ征くのです」

 

「しかし、それはいつまで出来るのだ? 翔鶴型。大鳳型。一航戦の後継者は既に生まれつつある。お前たちが上から引退を言い渡される日もそう遠くはないだろう。そうなったら、後はどうするのだ?」

 

 赤城は自分の顔に皺が浮き立つのを自覚した。今度はあからさまにならない程、されど無表情ではなく、ぎりぎりそうと言えるくらいに不快感を顔に出す。

 

 さすがに進退まで口にされたら表情を変えてもいいだろうし、牽制の意味も込めている。果たして牽制になるかは知らないが。

 

「それは……後進の教育にあたろうかと」

 

「それも悪くはない。だが、二人も必要か?」

 

その時の加藤の声はぞっとするほど冷たかった。ここに至って、初めて彼を恐ろしいと感じた。

 

 加藤は、ゆっくりと赤城に身を寄せて来る。

 

「教育者なら加賀で良い。あいつの方が向いている。空母としての実力も一流だし、なんだかんだで面倒見もいい。加賀に任せておけば大丈夫だ」

 

「……」

 

「なら、お前はどうする? 加賀と同じく教官をやるか? しかし、それでは宝の持ち腐れというものだ」

 

「宝とは、何ですか?」

 

「器だよ。お前が持つ、大器だ」

 

 いよいよ加藤は立ち上がり、赤城の目の前まで歩いて来た。

 

 それから覆い被さるように腰を曲げ、顔を近付けるので、視界は彼の巨躯の陰になって暗くなる。

 

「お前には大局を見極められる目がある。加賀にはそれがない。あいつは空母の才能に溢れているが、いささか視野が狭いきらいがある。その点、お前は物をよく見れているし、頭も良い。

お前が秘書艦になった時、自然とそれは決定されたんだろう? 誰もがお前が提督の片腕として、艦娘の筆頭として振る舞うことを認めたんだ。その結果、お前はうちの鎮守府の脳髄と言える存在にまでなった。お前がいなければこの基地は機能しなくなる。

俺が言うのは、単に鎮守府を海軍全体に置き換えただけの話だ。お前なら、海軍を動かす中枢に加われる。そして、俺ならお前をそこに連れて行ってやれる」

 

「か、買被りすぎですよ」

 

「買被りなもんか。俺は本当にそう思うんだ。過大評価のつもりもない」

 

「それなら、金剛さんの方が私なんかよりずっとすごい方ですよ。経験も豊富だし、頭の回転も速いし」

 

「確かにそうだが、金剛の場合頭が古い。その上、少々反抗的だ。

 

あれは現場の生き物だな。上に行く器ではない」

 

 駄目だ。何を言っても加藤の考えは変わらない。元より、無駄なあがき以上のものではないのだが。

 

 加藤は本気だ。本気で赤城を引き抜こうとしているのだ。

 

 こうなっては、赤城にもどうしようもなかった。今までのようにのらりくらりとかわしたり、それとなく態度を示すような遠回しな方法は通じない。けれど、彼に威圧されてきっぱりと断ることも出来なかった。

 

 

「か、考えさせていただきます」

 

 結局、半ば根負けするかのようにそう言った。あるいは言わされたのか。

 

 いずれにしろ、今後も加藤がしつこく勧誘して来るのは目に見えていた。

 

 

「いい返事を期待している」と言ってこの場は終わったが、赤城は加藤に聞こえないようにそっと淀んだ息を吐き出した。

 

 加藤は屋根の下から出て、炎天下の中、フィールドで訓練に勤しむ艦娘たちの元へ歩み寄って行く。何人かがそれに気付き、お辞儀する。その中の一人は頭を上げると、こちらに視線を向けた。

 

 

 

 その瞬間、不思議な錯覚に陥った。

 

 まるで彼女に、加賀に、先程の加藤とのやり取りを聞かれたような気がしたのだ。もちろん、怒鳴り合ったわけでもなく、加藤との会話が聞き取れる距離ではない。

 

 それはやっぱり錯覚で、気のせいなのだろう。きっと加賀は「お前も早くこっちに来い」と言いたいのだろう。話が終わったなら訓練に加われと、そう訴えかける目線だったのだ。

 

 気温は恐ろしく高いのに、妙な寒気がする。これもきっと、気のせいだろう。

 

 

 

 

****

 

 

 

「まあ、何と傲慢で欲深い人間なのでしょう!」

 

 

 

 執務室の真ん中に置かれたテーブルの上で、球面に映し出された映像を見ながらレミリアはそう言い放った。その芝居がかった口調に、レミリアの対面で同じく映像を見下ろしていた魔女は溜息交じりにこう返す。

 

 

「貴女からすればカエサルだって謙虚な一人の善王になるわ。レミィ」

 

 

 テーブルには大きく丸い水晶が一つ置かれていた。傷一つない滑らかな球面にはゆらゆらと水に映っているかのように不規則に揺れる赤城の姿。魔女の使い魔の目を通して送られてくる練兵場脇の光景だった。

 

 鎮守府庁舎の司令官室では制服を着た少女と紫色のゆったりとしたローブを纏った魔女が水晶を覗き込み、出来のいいメイドが淹れた紅茶に口を付けながら、怪奇な茶会が催されていた。この、近代的軍隊の格式高い部屋の中で、まるで中世の世界から出て来たかのような格好をしている魔女は、その部屋の主の友人であり、同じ屋根の下に住む居候で、普段は無精な彼女が鎮守府まで赴いたのは、単に親友であり家主である少女提督の要請(または強制)によるものだった。

 

「でも、否定はしないわ。この男はいずれ貴女を貶めようとするわよ。注意なさいな」

 

 友人を適度な言葉で適度に皮肉って少し溜飲の下がった魔女は大真面目な顔で(いつも通りの仏頂面だ)、こののっぴきならない見た目も中身も稚児そのものな悪魔に対し、さも自分が友人思いで知慮深い賢人であるかのように言葉を放った。

 

「ふん」

 

 魔女の高慢ちきな忠告を鼻で笑い、レミリアは足を組んでソファにもたれかかる。

 

「権謀術数なら勝手にやっていれば良いわ。この組織の中での地位も権力も、私には興味のないこと。私は私のやりたいことをやりたいようにやる。それを止められる者は誰もいないよ」

 

「さすがは我が友。我が悪魔。五百年も生きれば言うことが違うわ」

 

 魔女の軽口のような皮肉にレミリアは眉をわずかかにひそめた。どうやら、この出不精な友人は腹の虫の居所が悪いらしい。彼女の口は普段、閉じるか皮肉を言うかのどちらかにしか使われないが、今日は毒の強い皮肉を言うのに使われていた。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。魔女の機嫌など、新しい本を与えれば一瞬で直ってしまうのだから。

 

 レミリアにとって気になったのは魔女が放ったその次の一言だった。

 

「だけど、あの子を取られるのは癪に障るのでしょう? 気に入ったから。咲夜とはまた違うタイプの優秀な手駒だし」

 

 貴女は独占欲が強いものね、と魔女は付け足した。

 

 さすがに同居しているだけあってレミリアの心中を見抜くのが早い。少女提督は魔女の指摘を概ね肯定する。だが、果たして癪に触るという表現は的確だろうかと思った。というのも、レミリアはその表現が、自分の赤城に対する感情と照らし合わせて腑に落ちなかったし、そもそもその感情を上手く言語化出来ないでいた。

 

 ただ、レミリアが赤城を大雑把に言って気に入っているのは確かなことである。だから、加藤が赤城を勧誘したことは気に食わないし、優秀な手駒もとい部下という魔女の言葉にも同意する。それどころか、赤城はどこぞのメイドよりも秀でている。少なくとも彼女は唐突に訳の分からない悪戯をしないし、魔女と共謀して館を迷路に変え、本を奪いに入った強盗を主人の部屋に誘導したりもしないに違いない。

 

 もっとも、仕事が早い分事務的で真面目過ぎるのが珠に疵で、件のメイドのように面白いことをして楽しませてくれるわけではない。それが出来る点で、自分の家で“飼っている”あのメイドの方が優秀と言えるのかもしれないが。

 

 

 

「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 単に上官と部下というだけ」

 

 憮然としてレミリアが反論すると、友人はどうかしら、とからかうような声色で返した。

 

 そうやって自分をおちょくって気が済むならいくらでもやればいい。言外にそんな意味を込めながら紅茶を一口啜る。香ばしい琥珀色の液体は冷房の効いた部屋の空気に熱を奪われて少しぬるくなっていた。

 

「まあでも」レミリアはカップを回しながら続けた。

 

「彼女が咲夜だったら、あの男はもう串刺しになっていたわね」

 

 物騒な呟き。それはあり得ない仮定だったが、条件を変えれば十分に起こりえる可能性でもある。

 

 それに対し友人は、「それもそうね」と首肯してみせた。

 

 つまるところ、それがレミリアの赤城に対する評価である。優秀な部下であり、その手腕は信頼する。されど、己の「所有権」を主張するほど入れ込んではいない。正真正銘「レミリアのもの」であるメイドとは次元が違った。

 

 

 

「でもまあ、退屈はしなさそうね」

 

 それから魔女はぽろりと漏らした。レミリアは頷き、同意を伝える。

 

「良かったわね。わざわざ軍人になってこんなところまで来た甲斐があったじゃない。時間も資本もたっぷりあるし、思いっ切り楽しんだら?」

 

「資本はないわ。でも、元よりそのつもりだよ」

 

「そうだったわね。だから、ちゃんと真面目に働くのよ。書類仕事も、ね?」

 

「よくもまあ自分が絶対やらないことを、そんなにも偉そうに人にやれと言えるよ」

 

「あら? 賢明なる魔法使いの忠言は聞いておいた方がいいわよ?」

 

「お前は厚かましいだけ」

 

 

 口の減らない魔女にレミリアは疲れたように溜め息を吐いた。言い合っても無駄だというのは長い付き合いの中で散々理解させられている。この難儀な友人は、普段は舌を引っこ抜いたかのような無口のくせに、いざ喋り出すとやたらめたら弁が立つのだった。お前は魔女より弁護士の方が似合っている、というのは言わない約束だ。

 

 

「そうかもしれないわね。ところで、軍隊の知識も欲しいのよね。こっち方面はあまり詳しくなかったし」

 

 

 

 魔女が率直に訴えてきた要求に、レミリアはもう一度溜め息を吐いた。その、減らない棘付きの言葉と無尽蔵な知識欲に。

 

 

 

 


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