狭間の小話   作:いつかこう

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デミウルゴスならあの事を知ったら普通にちょっと呆れたという反応しそうですが、
こんな彼でもいいじゃないかと妄想してみました。
種族が持つ耐性とか自在に切れるのか分かりませんが、そこはご容赦を


椅子

「……なんと!」

 

 デミウルゴスは、普段の冷静沈着な彼には似つかわしくない声を上げた。しかも、静かなバーの片隅で。

 

 バーの主人(マスター)である茸人間(マイコニド)のピッキーは、思わずグラスを拭いている手を止めた。

 しかしいつもなら常に周囲にさりげなく気を配り観察しているデミウルゴスが、そのマスターの反応にすら全く気づいていなかった。

 そしてピッキーもわざわざ非難がましく、わざとらしく咳をして咎めたりはしない。

 

 TPOをわきまえ、マナーも酒の飲み方もまさにこのバーに相応しい客NO.1……もちろんアインズ様はじめ至高の御方々を除いてはだが……の悪魔が思わずそのような声を出すという事は、それだけの大事件が起きたという事だからだ。ならば受け流すのが自分の務め。

 

 そのあたりの、マスターと客との信頼関係はピッキーがバーに最も望む事の一つだ。

 『最後を看取ってくれるのは、家族と主治医とバーのマスターだ』という言葉は、どこで知ったのだろうか。

 マスターとはそれほど客に信頼される存在であるべきであり、できるうるならば客もまた…マスターの敬意を受けるに足る存在である事が望ましい。

 どこぞの酒の味も分からない吸血鬼とは違って、デミウルゴスはまさしくそういう客なのだ。

 

 そして、当のデミウルゴスは最初の衝撃が収まるとすぐに自分の非礼に気づき、ピッキーに対し申し訳なさそうに会釈し「失礼」と詫びた。

 ピッキーは黙ったまま『お気になさらずに』という気持ちを込めて軽く会釈を返した。

 そもそも今、店内にはピッキーの他にはデミウルゴスと、その同僚であり友であるコキュートスの3人しかいないのだ。

 

 デミウルゴスは居住まいを正すと、小さな声で友に確認する。

 

「君が……アインズ様の椅子に……」

「ウム」

「なんと……」

 

 うらやましい。

 

 デミウルゴスはグラスを傾け、《ナザリック》──色合いは美しいが、味はまだ残念ながらまだその名に相応しいとはいえないカクテル──と共に、友への羨望の言葉を流し込んだ。

 

「いかがでしょうか?」

 ピッキーは静かに尋ねる。最も信頼出来る舌を持つ悪魔に、以前から《ナザリック》改良のための意見を聞いているのだ。

 

「ふむ……前よりは良くなったと思うが……そうだね、もう少し辛味が……うん」

 

 彼らしくもなく、どこか散漫で具体性の無い感想。心ここにあらずといった雰囲気に、ピッキーもそれ以上は聞かなかった。

 デミウルゴスもすぐに味の事は忘れ、グラスを弄びながら軽く妄想の世界に浸る。

 

 自分も賜れないだろうか。あの偉大なる至高の御方の椅子になるという栄誉。

 しかし罰を受けるためにあえて失態を犯すなど、主人に忠義を尽くす者として許せる事ではない。

 

 ──では褒美としては?

 

 だがアインズ様がシャルティアを椅子にしたのは罰としてであり、今回もコキュートスの願いであるとは言え、やはり名目としては罰だ。

 それを褒美として賜るような願いはありなのだろうか。

 

 ……無しだ。

 

 慈悲深き魔導王は、矮小なるシモベの浅ましい願いを叶えてくださるかもしれない。

 それでも、その御心には微かな失望が(よぎ)るかもしれない。

 デミウルゴス、お前の願いとは、褒美とは、わざと罰を受ける事なのか……と。

 

 ──恐ろしい。

 

 煉獄の悪魔をして、ブルッと寒気を催す想像。

 主人に微かでも自分への失望が……それも失態ではなく、願いによって生まれるなど。

 

 ──ああ、それにしても羨ましい。

 

 シャルティアが椅子になった時も、羨ましいという感情は確かにあった。

 呆れはしたものの、アルベドの反応も充分に理解出来た。あの場では、その気持ちは全く態度に表さなかったが。

 ……それとも、端倪(たんげい)すべからざる智謀の王たる主人は自分のその気持ちにも気づいておられたのだろうか。

 だが今回は、その時よりも遥かに羨望の気持ちが強い。なぜだろうか。

 自分と同じ、男であるコキュートスが賜ったからなのだろうか。

 

「ダガ、アインズ様ニハ失望サレテシマッタヨウダ。シャルティアノ方ガ座リ心地ガ良イト仰ラレタ」

「……」

 

 デミウルゴスは自己嫌悪を感じた。この実直にして勇壮なる友への嫉妬と、そして不評だったと聞き自分の心によぎった微かな安堵感に。

 

 なんと恥ずかしい。

 

 他人の不幸をあざ笑うのは悪魔として当然であるが、それは外部の者に対しての感情であり、ナザリックの、ましてや自分と同じく至高の御方に直接創造されたNPC(仲間)に対する感情では、断じて無い。

 

「すみませんね、コキュートス」

「?」

 

 小首を傾げるコキュートスには答えず、じっとグラスの中の酒を見つめる。

 デミウルゴスは思う。コキュートスに対する感情は、あの事が関係しているのだと。

 

 ──アインズ様は私の椅子には座ってくださらなかった。──

 

 シャルティアへの罰があったにせよ、やはりお気に召さなかったのだろう。

 信じがたいほど優しい我が(あるじ)は、単なるシモベにすぎない自分の気持を(おもんぱか)ってくださったに違いない。

 得々としてあの稚拙な椅子を披露したのが恥ずかしい。褒めていただこうと考えたのは余りに不遜だった。

 卓越した審美眼を持ち、宝物殿の無数の宝──その中には至高の御方々が座るに相応しい椅子も多く含まれているだろう──をご覧のアインズ様にとって、自分の椅子はどれほどみすぼらしく見えたのだろう。

 そう言えばあの時、私の椅子をご覧になったアインズ様はわずかに後ずさりなされた気がする。

 その後シャルティアに座り「すまんな」と仰られたが、あれは自分が傷つかないように本当の言葉を飲み込まれたのでは無いか。

 

 ──デミウルゴス、お前は本気で、私をこのみっともない椅子に座らせるつもりだったのか……?──と。

 

 ああ、恥ずかしい。私は今の今まで、それに気づいていなかったのか。全く、ナザリック一の知将が聞いて呆れる。

 アインズ様の抱きまくらや空想のお子の産着を作って悦に入るアルベドと、何が違うというのか。

 ……ああもちろん、敬愛ゆえの行為だ。そこに一片のやましさもない。だがそれにしても……恥ずかしい。

 

 この失態を償うすべはあるのだろうか。新たな椅子を作るにせよ……いや……。

 今の自分の技量で、至高の御方にご満足頂ける椅子を創るなど不可能だろう。ならば……。

 

 再び、先程否定したビジョンが浮かぶ。

 

 四つん這いになり、いと気高き御方の椅子となっている自分の姿。

 その偉大なる玉体の重みを全身で受け止める至福の時。

 

 それは抗いがたい誘惑だ。

 

 自分とて、シャルティアやコキュートスと同じ階層守護者なのだ。

 アインズ様の椅子となりうる資格は有していると自負している。

 

 だが……私の背中というのは、果たして椅子として座り心地が良いのだろうか?

 細身ではあるが、こう見えて筋肉質だ。堅くゴリゴリとしていて不快になられるのではないか。

 いや、シャルティアとてあの小さな体ではアインズ様も座りが悪かったのでは無いか。

 そう言えばアインズ様は時おりモゾモゾと姿勢を変えていらしたような。

 そしてコキュートスはシャルティアより座り心地が悪いと明言された。

 なら、シャルティアより体躯が良くコキュートスより背中が平らな私の方が……!

 

 ゴンッ

 

「?」

 

 コキュートスは目を見開……常に見開いているようなものだが、とにかくそういう反応をした。

 ピッキーも同じく目を……どこにあるのか、そもそもあるのか分からないが、やはりそういう反応をした。

 あの、紳士という言葉をそのまま具現化したような友であり客が、バーのカウンターに音を立てて額を打ち付け突っ伏したからだ。

 だが当の本人は自身の行為に気づきすらせず、自己嫌悪と羞恥に(もだえ)ていた。

 

 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!

 

 友を、少女を、共にアインズ様を支えるべき同僚を自分と比較し、悦に入るとは!

 ああ、デミウルゴスよ、お前の器とはそれほどちっぽけなのか!

 知性のベールで誤魔化しているその魂は、それほどまでに卑屈卑小なのか……!

 

 ああ、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!

 

 ゴンッ ゴンッ ゴンッ

 

 コキュートスは目を丸く……元から硬質の球形状だが、とにかく丸くした。

 ピッキーも……まあとにかく丸くした。

 

 NPC一の知性の持ち主が、その貴重な頭脳を(くる)んだ頭蓋を硬いカウンターの板に細かく連続で打ち付け始めたからだ。

 

 ああ、わが(あるじ)よ、偉大なる魔導王陛下よ、今こそこの哀れなるシモベに罰をお与え下さい。

 罰を! 罰を! 罰を……!

 

 ……そうだ!

 

 ガバアッ!

 

 デミウルゴスは突然起き上がり天井を見据えた。つられてコキュートスとピッキーも見上げた。

 複眼のコキュートスの視野ならわざわざ見上げる必要もなく、ピッキーは体ごと上を向かなくてはならないので一苦労だったが、とにかく見上げた。

 (はた)から見ると渋いバーで悪魔紳士と蟲王と茸人間が何もない天井を見上げてるシュールな絵面(えづら)である。

 デミウルゴスはそのポーズのまま、再び己の思考に没入する。

 ──自分が空気椅子の形を取り、そこに座っていただくというのはどうだ!

 そうすれば私の上半身が背もたれとなり、よりアインズ様はおくつろぎくださるだろう!

 LV100のNPCである私ならば、その形で揺らぐ事無く……敬意ではなく重みにならば……耐えられるはずだ。

 背中に座って頂くよりも、その方が……いやいや待て待て、私の細い二本の太ももの上など不安定この上ないのではないか?

 何よりアインズ様の大柄なお体では気高き腰骨がはみ出してしまうのではないか!?

 ダメだ! これではダメだ!

 考えろデミウルゴス、お前の知性は何のためにある! なにか、もっと何かあるはずだ。素晴らしい解決策が……!

 

 クワッ! ピカーン!

 

 眼鏡の奥のダイヤの瞳が大きく見開かれ、バーの照明に反射し光を放った。

 コキュートスとピッキーはその眩しさに目を細め……ええい、無理。どちらも無理だから。

 

 デミウルゴスの脳裏に天啓が走る。

 

 ──おおおお! そうだ、私が中に入った革椅子に座っていただくというのはどうだ!

 聖王国両脚羊(アベリオンシープ)の革の上質な部分だけを繋ぎ合わせ外皮とし、その中に私が空気椅子のポーズで入る。

 こうすれば、より座り心地も安定性も増すのではないか!?

 

 デミウルゴスは期せずしてデカダンスの巨匠と同じ発想に行き着いた。

 悪魔的発想の帰結としては不思議では無いのかもしれないが。

 

 ベースにはあの骨椅子を使えば良いだろうか。

 だが、至高の御方に座って頂けるに足る心地よい肌触りの聖王国両脚羊(アベリオンシープ)の革を用意出来るだろうか?

 ……農場にそれ専用の聖王国両脚羊(アベリオンシープ)を育てる部署を作るか。一番良いのはやはり若い雌の革だろうか?それとも子供?

 たっぷりと良い飼料を与え、運動をさせ、マッサージし、愛情を込めて育てる。おお、教育も必要かもしれない。愚鈍な雌よりも知性を持った雌の方がよりふさわしいはずだ。愛と知をたっぷりと含んだ革は、きっと張りの素晴らしいものなるに違いない。さっそくプルチネッラに準備をするよう……。

 

「…デミウルゴス」

「……ハッ!?」

 

 呼びかける声に、悪魔はフッと我に返った。

 友とバーテンダーが、いぶかしげな表情を浮かべている。……浮かべているったら浮かべている。

 

 あっ……。

 

 急激に、理性が舞い戻る。

 

『……私は……何を考えていたのだろう。』

 

 何を喜々として、子供のような発想をこねくり回していたのだろう。

 つい今しがたまで最高のアイデアと思っていたものが、急に色褪せる。羞恥に、わずかに頬が赤く染まる。

 

「酔ッタノカ」

「……ええ、少し」

 

 酔い……。そう、酔っていたのか。

 今日は毒耐性を切って酒……アルコールを楽しんでいた。

 そして珍しく深酒をしてしまい理性を失っていたようだ。

 

 なるほど、だからこその醜態、全くみっともない…。

 

『……いや。』

 

 たまには悪くない。

 

 知性という鎧を脱ぎ捨て、自分の心の奥底にある抑え込まれた卑小な、しかし切実なる願いを開放してやるのも。

 愚かしいが、確かに素直な望みだったのだ。それを認識出来た事をあまり自己嫌悪してもしょうがない。

 

 そして、自分でも気づかぬ、内に秘めた馬鹿げた願望を吐き出した今だからこそ、さらにハッキリと認識出来る事がある。

 

 自分が成すべきことは、我が身を椅子とする事ではない。

 アインズ様に、世界の支配者という玉座に座って頂くために粉骨砕身する事だ。

 

 そう、あの御方は、形あるどれほど素晴らしい椅子よりも自身が座るに値する玉座を作れと、私に命じてくださっているではないか。

 それはどんな美酒よりも我が身を酔わす、名誉ある任務。

 

『ああ……そうか……。恥ずかしい。真に……私はなんと愚かな勘違いをしていたのだ。』

 

 あの時、すでにアインズ様はそう示してくださっていたではないか。

 あの逡巡はそうではない。稚拙な椅子への躊躇いでは無かったのだ。

 あれはただ、こう仰りたかったのだ。

 

 ──違うだろう、デミウルゴス。お前が作るべき椅子はこれではない。──と。

 

 シャルティアにお座りになったのも、その暗喩だったのだ。

 お前たち守護者が全身全霊で身を賭して築き上げる魔導帝國こそが、私にふさわしい椅子なのだ、と。

 それはまさしく、お前達自身に座る事なのだと。ならばオモチャのような椅子を作る暇などあるのか……と。

 ああ、なんという事だ。あれほどまでに分かりやすい例えに、私は全く気づいていなかったのか……。

 

 あの場でそれに気付けるのは私とアルベドだけ。

 シャルティアと恋敵にあるアルベドが嫉妬に狂いそれに気づかない事までも計算なされていたのならば、まさに私に直接語りかけて下さっていたのだ……!

 私ならそれで気づけると、信頼してくださったが故の喩えだったのだ。

 そして……曲がりなりにも守護者の間でもっとも知恵がある者として創造された私が恥をかかぬよう、他の守護者達に分からぬように(たしな)めて下さったのだ。

 なんというお優しさ。ただのシモベにすぎない私に、それほどの気遣いをしてくださるとは……!

 

 なのに私はたった今、これほどまでに時間を掛け、アルコールの力を借り、自身の内面の欲望に目を向けた後にようやくそれに気づくとは……!

 

 おお、アインズ様。知恵者として生みだされたはずの私やアルベドの、遙か先を行く智謀の王よ。

 一体貴方様は、どれほどの忍耐をもって愚鈍な我らを見守っていてくださるのか。

 まるで幼子が出来得る限り己の足で歩む事を願う慈父が如くなのでしょうか。

 

 ──ああ、王よ。我らが偉大なる魔導王よ。──

 

 何も見えぬ愚者の群れにただ一人佇み、御自らの光のみを頼らざるを得ない至高至上の叡智の御方よ。

 その落胆、悲嘆、孤独はいかばかりか、私ごときに理解出来るはずもなく。

 

『ですが、それでもなお……』

 

 なお私は自身の愚かさに悶え、至らぬ事に恥じいながらも、あなた様に仕えます。

 私に出来るのは、あなた様の万分の一の知恵を振り絞り粉骨砕身する事だけです。

 王よ、愚かなシモベがお側に仕える事をお許しください。御身の玉座を創り献上する事をお許し下さい。

 

 

 王よ。我が王よ。至高の御方よ……。

 

 

「──デミウルゴス?」

 

 再び沈黙し己の思考に没頭している同僚。

 自身より遥かに優れた知性と洞察力を持つ彼の思索を邪魔してはいけないとジッと待ち続けていた蟲王が、また恐る恐る小さな声で呼びかける。

 デミウルゴスはゆっくりと友の方を振り向くと、コキュートスがもう一度問いかけたいだろうセリフを読み取り、微笑みながら答えた。

 

「ええ、酔いました。……いえ、常に酔い続けています。」

 

 悪魔は僅かに残っていたカクテルを飲み干すと、献杯するかのように空のグラスを掲げ間接照明の光に当てながら、友に言うともなく呟いた。

 

「アインズ様に、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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