織田信奈の野望〜乱世に迷いし少年〜(再掲版) 作:ふわにゃんちゃん
「はあ…………今頃勝家や長門は摂津かなぁ」
そうぼやく相良良晴は信奈に与えられたやまと御所の警護に当たっていた。
天下の政を司る都である京。そう言えば聞こえは良いが実際は応仁の乱による戦国時代の始まり、今の今まで戦乱の渦におり京の町や人は痩せ細っていた。それは、神事を司る姫巫女のいるやまと御所も例外ではなく、直ちに修復が必要であった。
かと言って白昼堂々とやまと御所を襲撃しようなどと考える者などいないであろう。そんなことをすれば朝敵として全ての大名を敵に回すことに他ならない。
つまり相良良晴はただ今超絶に暇なのである。
「これなら俺も勝家と一緒に摂津に乗り込みたかったぜ…………ん?」
服を引っ張られる感覚を覚えた良晴は足を止める。そこには何処か不思議な雰囲気を醸し出す巫女装束の少女がいた。
*
その頃勝家筆頭の畿内制圧軍は、勝竜寺城を落城させた後はそのまま南下し、山崎を経て畿内へと侵攻し、摂津の芥川城、越水城、滝山城と摂津を悉く制圧していた。
しかし摂津平定は、思わぬ抵抗にあい叶わずにいた。勝家から七千の兵を預かっていた緋村隆成が池田城を攻めあぐねていた。
池田城は五月山南麓の丘陵地に築かれた平山城で西側には崖、北側には杉ヶ谷川、東と南には幅約27メートル、深さ約6メートルの大規模の土塁と言う防御に優れた城であり、城主の池田勝正は勇将であり抵抗は強固であった。
「そうら! 織田に降った緋村など最早恐るるに足らず‼︎蹴散らしてやれ!」
池田勢は緋村勢が茶臼山の麓で休息を取っているという伝令を聞くと夜明けと共にに勝正自ら二千を率いて奇襲を仕掛けた。
「何もかも長門の予想通りだ‼︎ 鉄砲隊、前に‼︎ 撃てぇ‼︎」
その奇襲を読んでいた長門は、予め用意していた材料を組み立て即席の砦を築いていた。長門自身は「良晴の墨俣城を真似させてもらっただけ」と言うその砦は簡易でよく見れば粗悪で防御力としては大したことのないものであるが驚かせるにも十分効果があったであろう。
そして屈めば人が隠れられる程度の空堀から飛び出した二百丁の鉄砲隊の業火は勇んで駆けてきた池田勢を容易く地に落としていた。
撤退した池田勢を追い立てる緋村勢であったが、籠城に徹した池田城は思いの外堅く、なかなか崩せずにいた。
満足な休息もない行軍に、夜通しの工作、緋村勢の疲労の色は顔にも現れてきた。
池田城を見つめる長門の顔色も疲労が現れてはいるが、それを隠すように表情を固くするを浮かべる。
「休まなくてよいのか?」
「小兄上…………」
そうにこやかに告げる次男の義隆は握り飯を一つ長門に差し出す。彼は何時も隆成の補佐として、隆成の良き相談相手として支えていた。何より義隆は人徳があり、隆成が「我が生涯にて義隆に勝る人無し」と後の世に語る程に隆成も義隆を頼りにしていたほどの男である。
「ありがたいことですが、生憎私は今腹は空いておりません。その握り飯は家臣らに」
「ここ五日飯も食わない男が何を言う。それに家臣らも交代でだが飯は食っておる」
「ならば小兄上に…………」
「ええい、強情な奴め。飯も食わぬ男の策などで、どう城を落とすと言うのだ」
「むぐっ⁉︎」
何かと言って食事を取ろうとしない長門に義隆は無理矢理握り飯を口に押し込んだ。口に入れられたものを吐き出すわけにもいかず、何度か咀嚼し飲み込む。
「小兄上…………」
「長門、お前は頭が良く思慮深い男だ。だが己を顧みないのが欠点だ。将たるもの、常に壮健で、皆の手本となるものであれ…………と父上もよく申していたであろう」
「はっ! 申し訳ございません小兄上」
長門はバツが悪そうな顔を浮かべながら頭を下げる。
「さて、兄上がお呼びだ。行くぞ」
義隆が踵を返すと長門もその後に続く。様々な思いを胸に秘めつつ…………
*
その後長門は調略と偽報によって疑心暗鬼を誘い、再三、降伏の使者を送っていた。そして10回目の説得によってようやく勝正は降伏し、池田城を落とし、丁度勝家率いる本隊が三好勢の支城を落とし、三好勢は阿波へと落ち延びていった。
勝家は三好勢を畿内から駆逐し、信奈に褒められると思っているのか、ウキウキな表情を浮かべていた。自分が率い、畿内で牽制を振るっていた三好勢を阿波へと追い払いこれ以上のない喜びの表情を浮かべる勝家であったが、そんなテンションの勝家を迎える信奈の口からは勝家の想像とは違う答えが返ってきた。
「六。なんで逃してるのよ! どうせ四国までおいかけてないんでしょ。これからはただ勝てばいいってわけじゃないのよ。 ほら、褒美は割れた茶碗」
「姫様⁉︎ うわあぁぁ‼︎」
褒められるどころか逆に怒られた勝家はあわあわと涙を流していた。勝家の事を無視して評定は続き長秀は御所の修理や大通りの整備など、地味ながら堅実な長秀らしい働きを褒められていた。
そして京の盗賊は犬千代と五右衛門が捕まえ、犬千代は信奈よりういろうを貰っていた。
「十兵衛、あんたはどうだったの?」
信奈は十兵衛とこ光秀に声をかける。唯一公家の面々との交流がある光秀に任された仕事は今川義元の将軍宣下の交渉であった。この一番重要な仕事は難航していた。
「関白の近衛前久どのは今川幕府の設立を認めないそうで…………それに厳しい条件を突きつけてきました」
「十兵衛殿、その条件とは?」
「今月中に十二万貫文を御所に納めよと…………無理難題かと」
「たっ、たいへんだぁぁぁっ! ってどの辺りが無理なんだい? なんちゃって…………」
勝家のしょうもない冗談で空気は凍りつき信奈からもジロリと睨まれる。
「…………あの、あたし、本当にわからないんですけど」
涙目で周りに訴える勝家。もう気の毒すぎて誰も彼女と目を合わせられないでいた。
そこに光秀が助け船を出した。
「とてつもない大金を要求されてるんですよ」
「なるほど、待てよ? 十二万貫文って事はあたしの俸禄が月千二百貫文。ということはあたしの俸禄を十年タダにすれば調達できるよなっ⁉︎やった、解決したあっ!」
「いいえ、違います、百年分です。それに今月中に耳揃えて払わないと将軍宣下は永遠に無いのですよ?」
妙案を思いついたばかりに上機嫌になる勝家だが、直ぐ光秀に突っ込まれ、また涙目になる。
しかも今月もあと一週間しか無く織田の面々も慌て出した。そしてそこにさらに混乱を巻き起こす伝令が届く。
『武田信玄と上杉謙信、電撃和睦』
「なんですって⁉︎」
越後の龍、上杉謙信、毘沙門天の化身と恐れられる無敗の戦国武将で戦の天才と言われる神の軍略の持ち主。そして甲斐の虎武田信玄。最強無敵の騎馬軍団を率いるこちらも神の軍略を持つ最強の武将。お互いを好敵手と認め合う両者は今まさに川中島で5回目の激戦を繰り広げていた。信奈が上洛に踏み切ったのもこの両者が争っている間に上洛を果たすためであった。
その両者が突然の和睦、事の真相は不明だが、武田信玄は前々から上洛の機会を伺っていた。もし武田信玄が上洛の軍をあげたら織田の領はひとたまりもなく塵芥と化すだろう。
「おかしいわね、武田信玄はともかく信濃を侵略し続ける信玄の悪行を許すまじと目の敵にしている上杉謙信が和睦を…………」
信奈の悩みはそこにあったがこの状況で悠長に考察を練る暇もない。信奈の決断は早かった。
「信玄が上洛の機を疑っているなら本国を留守にしていられないわ京の守備は十兵衛に任せるわ、十兵衛の下には犬千代、サルの軍団もつけるわ」
「お待ちくだされ信奈様」
「何よ、緋村」
隆成が声を上げる。
「京の守備に我が弟、長門を何卒」
「…………そうね、考えたく無いけど何かあれば戦慣れしてる長門がいればなんとかなるでしょうし、許可するわ! 」
「はっ!お任せを」
「兄上⁉︎」
「というわけだ、長門よ、しかと務めを果たせ」
というと家臣らはそれぞれの陣に戻っていった。だが長門は暫く固まったまま動けないでいた。
「長門どの?」
「お、おい長門?」
光秀と良晴が固まったままの長門に声をかける。長門は良晴を見ると
「なあ良晴…………人質ってなんだっけ?」
その問いに答えられるものはいなかった。