ムラクモ600   作:草浪

11 / 23

いつかイベントに出そうと思ってるやつの冒頭。
このままだと終わらせそうにないんで退路をふさぐためにあげておきます。


えくすとら
ムラクモ600(さんぷる)


鎮守府・執務室。

もう暦上は夏も過ぎたというのに窓から入ってくる日差しは夏のそれと変わらなかった。

叢雲の座る場所からはここの長である風間幸泰の顔は逆光になって見えない。そんな風間と向かい合って立っている妙高の顔はよく見えた。妙高は一仕事を終え、安心したような顔をしている。

「しかしこんな早いとは……」

妙高の話を聞き終え、報告書に目を通した風間は感嘆している様子だった。

「私も驚きました。鈴谷さんがこれほどまでとは思ってもいませんでした」

「叢雲さんを超える子は出てこないと思ってたよ」

「別に自慢出来る記録でもないわ」

言葉の内容とは裏腹に、叢雲は不安を覚えていた。

「叢雲さんの場合は那珂さんが教育係を務めていましたから。私よりもずっと厳しい採点基準だったと思います」

妙高はそう言うと表情を暗くした。妙高も那珂の指導を受けたことがある。その時の地獄のような訓練でも思い出しているのだろう。

「じゃあ明日の作戦、鈴谷さんを投入してみようか」

風間の言葉に叢雲は驚きを隠せず立ち上がった。妙高も信じられないといったような表情をしている。

「いくらなんでも早すぎるわ! 実戦と訓練は別物よ?」

「叢雲さんの言う通りです。実力では実戦に出しても問題ありませんが、あの性格では……」

妙高の言う鈴谷の性格。目立ちたがりで自分勝手なきらいがある。訓練演習では怪我はしないが、実戦では死ぬ可能性がある。二人は猛烈に抗議した。

「でも神通さんの指導も受けてるのでしょう? なら大丈夫じゃないかな?」

大丈夫じゃないからこんなに抗議しているのでしょうに。叢雲はそう言いたかったが、口を噤んだ。

神通の指導は行き過ぎているからと、風間は神通を教育係から外していた。だが、叢雲はそれを押し切って鈴谷の基本的な教育を神通に頼んだ。妙高を含めた元自衛官組から恐れられた訓練の鬼でさえ、鈴谷の性格を短期間で矯正するのは難しいという。やっと変わり始めた時期に実戦投入するのではこれまでの神通の苦労が無駄になるのではないか。叢雲はそんな懸念を抱いていた。

「作戦内容は?」

叢雲は別の手段を取ることにした。実戦を訓練に変えてしまえばいい。

「哨戒任務。ということになっているけど、近海で敵の水雷戦隊が発見されてね。遠征組の安全を確保するためにこれを叩いてほしい」

「編成は?」

「最近暇してる長門さんに出てもらおうと思ってる。近々大きな作戦もあるみたいだし、勘を取り戻して貰おうと思って」

「なら私も出るわ。あと神通もね」

「私も同行しましょう。少し偏った編成になるとは思いますが、鈴谷さんの面倒は引き受けます」

叢雲は妙高を見た。妙高は叢雲の視線に自信を持って頷いた。叢雲の意図するものが妙高に伝わったようだ。

「なら川内さんにも出てもらおうか。遠征組も長旅の疲れでまともに戦えないだろうから、万全を喫したい」

風間はそう言うと、叢雲を見た。

「しかし叢雲さんは鈴谷さんに過保護すぎじゃないかい?」

「見ていて危なっかしいのよ」

叢雲は歳の離れた同期である曙の姿を思い浮かべた。彼女も叢雲と同じく、民間出身の艦娘だ。一緒に那珂の厳しい訓練を受けていた曙はその時まだ十代だった。その姿と今の鈴谷が重なって見えるのだ。

「鈴谷さんも立派な艦娘だよ。妙高もそれを認めたからお墨付きを与えたんでしょ?」

風間の言葉に、妙高は黙って頷いた。

 

鎮守府・食堂

ある程度の書類をまとめ上げた叢雲は一人で食堂に来ていた。昼食を受け取り、誰も座っていない長テーブルに席を取る。叢雲が席に座ると同時に訓練を終えた曙と鈴谷が食堂に入ってきた。彼女たちは自分の昼食を受け取ると叢雲と同じテーブルに座った。

「訓練明けよね? お疲れ様」

「秘書監殿は訓練がなくて羨ましいわ」

曙が割り箸を割りながらぼやく。

「そういえば、あんた。今月誕生日でしょ? いよいよ三十路になる感想は?」

「えっ? 叢雲ってまだ二十代だったの?」

鈴谷は驚いた様子だった。対照的に叢雲の眉間には深いシワが刻まれていた。

「そうね……そうねぇ……」

女性は三十を過ぎると一気に来る。世間ではそう言われているが、叢雲は既にここ何年かで衰えを感じ始めていた。

「最近、足が動かなくなってきたのよね。自分の意思に反して一歩遅れるというか……」

叢雲の言葉に曙と鈴谷は大爆笑した。食堂中に響き渡る声で笑い、曙に限って言えば箸を放り投げて笑っている。さすがの叢雲もこれには気分を害した。

「あなた達だっていずれ経験するのよ」

負け惜しみを言ってみたが、二人が笑い止むことはなかった。その時、叢雲は肩を叩かれた。

「それは年齢じゃなくて運動不足。訓練不足ではありませんか? この神通で良ければいつでもお相手いたします」

叢雲は神通に掴まれていた。神通の顔を見ると興奮しているのか赤くなっていた。

気がつけば訓練を終え、ボロボロになった艦娘達が受け取り口に並んでいる。彼女達と同じ訓練を受けたはずの曙と鈴谷が元気なのは彼女達がそれだけの実力があるということだろうか。叢雲は二人を見て感慨にふけっていると、右肩に痛みが走った。

「遠慮するわ。訓練不足で三十路目前の私があなたの相手をしたら、しばらく動けなくなってしまうわ」

神通は残念そうな顔をした。神通の圧迫感で気付かなかったが、いつの間にか食堂が静まりかえっていた。先程まで笑い転げていた二人も黙々と手を動かしている。鈴谷が神通を怖がるのはわかるが、なぜ曙まで黙るのか。

「わかるよ叢雲ちゃん! 那珂ちゃんも昔みたいに動けなくなってきてぇ……ステップのキレが悪いの」

神通の顔の後ろから那珂の顔が現れた。曙が黙った理由が叢雲にもわかった。叢雲も背中に嫌な汗をかき始めていた。今の那珂なら叢雲が何を言っても許してもらえるだろう。だが叢雲には昔の那珂のイメージがある。叢雲は次に言う言葉を必死に考えていた。

「それで私達の二倍以上の運動量とは恐れ入るね。砲弾弾きなんて普通できるもんじゃないでしょ?」

那珂の後ろにいた川内が助け舟を出した。叢雲が胸をなでおろすのも一瞬。今度は神通が話し始めた。

「川内ちゃん。叢雲さんも出来ますよ? 出来ることならもう一度見せて頂きたいですねぇ」

神通が再び叢雲の肩を掴む。その顔にはとても妖艶な笑みを浮かべていた。

「あんた……叢雲に勝ったことないからって目の敵にしすぎじゃない?」

曙が呆れきった様子で神通を見ていた。それとは対照的に鈴谷と川内は驚いた様子だった。鈴谷に至っては持っていたスプーンを落としそうになっていた。そんな二人の様子を眺めていた叢雲の肩に激痛が走った。

「目の敵ではなく、尊敬しているからこそ勝ちたいのです。元自衛官では無く、民間出身の艦娘。それも艦娘適応訓練を一年で終えた天性の才能に勝ちたい。自分と何が違うのか、それも気になるんです」

「曙も摩耶もボッコボコにされてたものね」

叢雲がそう言うと、曙がとても嫌そうな顔をした。

「叢雲ちゃんはここに来た時から他の子よりも頭二、三個抜き出てたからね。砲弾切りも叢雲ちゃんのオリジナルだし。けど、歳には勝てないよね」

那珂は叢雲の右肩に置かれた神通の手をどけた。その顔には慈悲にも似た、優しい笑みがあった。叢雲は何か言い返さないといけないと思ったが、言い返す言葉が見つけられなかった。これ以上この話題を続けるのはよろしくない。そう考えた叢雲は先程の執務室での話を鈴谷に伝えることにした。

「それはどうでもいいわ。鈴谷。あなた、明日の哨戒任務に組み込まれることになったわ。後で召集があると思うけど、心の準備はしておきなさい」

叢雲の言葉に食堂の雰囲気が変わった。曙も神通、川内、那珂でさえも驚きの表情をしていた。食堂中の視線が鈴谷に注がれる。しかし、当の鈴谷は驚いた様子もなく、不満そうな顔をしていた。

「えぇ……哨戒任務かぁ……もっと派手な作戦に参加したかったな」

呆れるほど呑気なことを言った鈴谷に神通が声を荒げる。

「哨戒任務だって立派な作戦です。それにあなた初めての実戦の海に立つというのにその舐めきった態度は何なんですか?」

「神通ちゃんの言う通りだよ。那珂ちゃんは鈴谷ちゃんが明日の任務に参加するのは反対かな」

「明日って遠征組が帰ってくる日でしょ? 哨戒というより護衛の意味合いが強いんじゃない? 鈴谷ちゃんと意味わかってる?」

川内型の三人が厳しい指摘をするも、鈴谷は更に不満げな顔をするだけだった。

「何なの? 鈴谷に不満でもあるの? 成績だけなら第一艦隊にも負けないと思うけど」

「何舐めたこと言ってんのよ」

曙が鈴谷の頭を小突く。曙もきっと反対している。だけど、曙も昔同じようなことを言っていた。叢雲は曙が鈴谷に何を言うか見守っていた。風間が決めたことは自分達が勝手に覆すことは出来ない。出来ることと言えば、ここにいる川内型を引き連れて執務室に乗り込むことぐらいだ。

「いい? 旗艦の言うことはちゃんと聞くのよ。最初は大丈夫でも、敵と対峙したら右も左もわからなくなるから……それから……何かあるかしらね」

曙は腕を組み唸り始める。自分が初めて実戦に出た時のことを思い出しているのだろう。曙の初めての実戦には叢雲も同行していた。叢雲が覚えているのは、その時の旗艦だった那珂に怒鳴られながら戦っていた曙の姿だ。

「大丈夫。哨戒でも護衛でも、鈴谷はヨユーだし」

あの時の曙とは全然違う。叢雲はそう考えていた。曙は実戦に参加したいと散々訴え続け、那珂の許しが出るまでひたすら訓練に明け暮れた。どうして叢雲ばかり、と恨み言を言われることもあった。それでも耐えて耐えて、耐え忍んでやっと実戦の海に出れた。その時、曙は自身に満ち溢れていた。だが、敵と遭遇した途端にその自信は打ち砕かれた。殺意を持って自分に砲を向ける深海棲艦だけならそんなことにもならなかった。訓練以上に厳しい那珂の指示。戦力にならない曙への叱責。曙は敵にではなく、那珂に潰された。

「そうね。一番大事なのは、仲間の為に動くってことよ! これは絶対忘れないでね!」

曙が自信満々に言い、鈴谷の肩をバンバン叩いた。この言葉はその作戦が終わり、曙の胸ぐらを掴んだ那珂が言った言葉だ。その言葉には続きがある。

「お前一人で勝てるって言うなら……」

最後まで言う前に後ろから伸びてきた手に口を塞がれた。目だけで振り返ると、顔を赤くした那珂がいた。叢雲は誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、那珂には聞こえていたようだ。那珂は首を横にブンブン振っている。叢雲は口を塞がれたまま頷いた。

「……私も明日の任務に参加します」

神通は般若面のような顔をしていた。神通が纏うただ並ならぬ雰囲気に他の席からこちらを見ていた者は一様に視線をそらした。叢雲は那珂の手をどかすと神通に声をかけた。

「心配しなくても、あなたも明日の編成には入っているわ。川内もね」

「那珂ちゃんは?」

「私の心がもたないからオフってことで……」

「ちょっと! どういう意味?!」

騒ぐ那珂を他所に、神通と川内は目をあわせると頷いた。叢雲は何度目かわからないため息をついた。

「ほんと、歳は取りたくないわ……」

「叢雲ちゃん! まだ話は終わってないよ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。