この話の前に一つあったんですけどロストしました。
話が前後してしまいますけど、許してください。
「海外艦?……ようは外人さんが来るっていうこと?」
司令から渡された書類を読む。艦名は片仮名で表記されているから読めるけど、本名の方は読めない。英語でないことだけはわかる。
「そうだ。そして、その教育係を君に任せたい」
「……私、横文字は苦手なのだけど」
うに濁点が入った「ゔ」すら気にくわない私にとんでもないことを言いつけた。私は横文字にいい思い出がない。まずLとR。どちらもら行じゃないか。正直、英語という科目には苦しめられた思い出しかない。
そんな私に外人さんの相手をしろと彼は言う。
「そんなに嫌そうな顔をしないでくれ……彼女は向こうでは有力な貴族の家系のお嬢様なんだ」
貴族ですって?
なんなのよ。それは。おしゃれなフリフリの付いたドレスを着て映画に出て来るような豪華絢爛な屋敷で社交ダンスでもするのかしら?
それなら負けないわ。お立ち台の上で派手な扇子持って踊ってあげるわよ。ディスコなんて行ったことないし、行きたくもないけど。
「それで。そのお嬢様はいつ来るのよ?」
私は頭の中で自分が扇子を持って踊っている。その横でタキシードを着た男性とお洒落なドレスを着た欧州美女が踊っている。
あっ。駄目ね。全然勝ち目がないわ。
「今日の午後には来る手筈になっている」
「そうなの。わかったわ」
私は頭を切り替え、それまでにこなしておかなくてはいけない書類を考えた。
出来ないものは押し付ければいいから、私しか出来ないものを考える。うん。なんとか終わりそうね。私は一人頷くと、やるべき書類に手を伸ばした。
その時、彼が深いため息をついた。
「叢雲さん。出来れば非番の子とお嬢様の部屋を掃除してほしんだ」
「うちの鎮守府の所属の艦娘は自分のことは自分でやれ。そう那珂ちゃんに叩き込まれているわ」
空き部屋はあるはずだ。それに埃が積もるほどは汚くない。
ここに配属された子が一番最初の暇な時間にやることは部屋の掃除、それから私物の配置と決まっている。私は彼の言葉を無視し、書類を書き始めた。
「数日前、大型トラックがここに着たことは覚えているかい?」
「知らないわ。噂には聞いてるけど、私はその日休みだったから外に出掛けていたし」
「大型トラックの荷台一杯の荷物が届いたんだ」
「そうなの。けど、鎮守府宛の荷物よ。いつものことじゃない」
「それが一人分の荷物だったんだ」
なかなかはっきり言わない彼に私はシビレを切らした。
「何よ。はっきり言いなさい。それでもここの司令官なの?」
私がはっきりそう言うと、彼は大きなため息をつき、執務机から立った。
そして、私が座る秘書艦用の机の前まで来ると、深々と頭を下げた。
「お願いします。非番の長門さんと神通さん、摩耶さんを使ってお嬢様の部屋をセッティングしてください」
彼が口に出した子は皆非番の子たちだ。ただ、気になったのは今日、突然非番を言い渡された子たちばかり。
「待ちなさい。あなたは非番と言ったけど、それってもしかして……待機命令の間違いじゃない?」
「おっしゃる通りです」
その人選には意味がある。力自慢の子しかいない。
長門は言わずもがな。神通は無駄に訓練をしている。摩耶は大型バイクを持ち上げることが出来る。前にバイクを整備している摩耶が持ち上げていたのを見たことがある。
「……私、今日はお昼を鈴谷と一緒に食べる約束してるんだけど」
「それは後日、お二人には特別休暇を与えますのでなんとか……」
私は目を見開いて彼を見た。私はともかく、鈴谷まで休みが貰えるとは思っていなかった。
「そこまで気を使うほどの相手なのかしら?」
「上の方はものすごくピリピリしている。ここに回されたのも、あまり前線に出る艦隊がいないから。だそうだ」
「つまりは……お客様。ということね」
「そうなる」
「わかったわよ」
私はため息を吐くと、渋々席を立ち上がった。
幸いにも急ぎの書類はない。私のやれる範囲での話だけど。
「じゃあ行ってくるわ」
私は自分の机に置かれていた書類を全て執務机の上に置き執務室を出た。
ーーーー
言われた通り、長門と神通、摩耶を回収して私はお客様の部屋に向かった。長門と神通は待機命令を守り、部屋で待機していたが、摩耶は部屋で爆睡していた。揺すっても起きないので、神通に起こさせた。寝るのも仕事だと言い訳していたけど、呼ばれて起きないようじゃ話にならないと説教をされていた。
その途中、偶然非番だった山城を見かけ声をかけた。
「非番の日にも仕事をさせられるなんて……不幸だわ」
「そう言わないで。私から司令には言っといてあげるわ」
「それならいいですけど……」
山城は渋々といった様子でついて来てくれた。後ろで神通の圧力を感じたけれど、あえて何も言わなかった。
私がお客様がご使用する予定の部屋に入ると、その広さに驚いた。
「広いわね……でも何をどうしろと言うのかしら?」
部屋は広いが家具は何もない。
私がここに着任した時、自室にはベッドと机は置かれていた。だがこの部屋には何も置かれていない。大型トラック一杯の荷物はなんだったのかしら。そう思いながら部屋を眺めていると、長門が思い出したように言った。
「まさか……倉庫からあれをここに持ってこいということか……?」
「何か知っているのかしら?」
「倉庫に取り扱い注意のシールが張ってる大きな段ボールがいくつもあるの……やっぱり今日は厄日だわ」
山城がボヤく。そこに長門が補足を加えた。
どうやら、荷物が届いた日、偶然非番だった長門と山城が倉庫に運びこんだそうだ。あの長門が珍しく頭を抱えている。
「やるしかないわね……とりあえず運びましょう」
「無理ですよ……この扉からじゃどうやっても入らない」
「……へッ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。長門と山城が言うには、一個一個が余りにも大きく、とてもこの部屋の出入り口からは入らないそうだ。長門と山城、二人掛かりでやっと持てる様な大きさで重さらしい。
面倒なことになった。これはすぐ司令のところに行って作戦中止を具申……いえ、こちらから命令すべきだわ。
そんなことを考えていると、それまで黙って聞いていた神通が窓を指差した。
「あそこから入れられませんかね?」
確かにこの部屋の窓は大きい。だけど、ここは三階だ。どうやって上まで持ち上げろというのだろうか。神通の言葉に、長門と山城は顔を真っ青にした。言葉には出さないけど、そこまでの無茶をしろと言うのかと言わんばかりだ。
私は二人の反応を見てあることを思い出した。
「神通。それはあなたにしか出来ないわ」
「いくら私でも、そこまでは出来ませんよ」
海の上は走れても空は飛べません。困った様な顔をした神通が言う。
私は窓枠を外すと下を覗き込んだ。海に面しているけど、真下には道がある。 なんとか行けそうね。
「神通。あなたは人を集めなさい。出来れば力が強くて、度胸がある子がいいわ。長門と山城は暇な戦艦を呼んで倉庫からあそこに荷物を運びなさい」
私は窓から下を指差した。
長門と山城は私が指差した場所を見るとホッとしたような顔をした。
神通は不思議そうな顔をする。
「何を考えているのですか?」
「この編成に意味があったということよ。摩耶は私と一緒に来なさい。長門。どれぐらいで運び終えるかしら?」
「三十分ください。それまでには運んでみせます」
長門の言葉に、山城は目を見開いた。
「あなた、本当に言っているの?」
「ここには高速戦艦が二隻もいる。私達より速く運ぶはずさ!」
「………………不幸だわ」
山城が絞り出した言葉はそれだった。
私にもわかるわ。高速戦艦はそういう意味じゃない。けど私は何も言わない。
「時間との勝負よ。神通、人を集めたらこの部屋で待機していなさい」
「了解しました」
神通はそう言うと嬉しそうに飛び出していく。その後ろに長門と山城が続いた。
「叢雲さん。あたしたちは?」
「まずは工廠に向かうわ。そのまま出撃ドックね。確か鈴谷がいるはずだから」
ーーーー
工廠で必要な物を回収し作業をしていた夕張を強引に誘い、出撃ドッグで訓練に出る準備をしていた鈴谷とついでに見つけた曙を特別訓練に誘う。
曙がいたのは幸運だったかもしれない。
「あの……どうして私だけ、艤装をつけさせられているのですか?」
艤装をつけた夕張が不安そうに私に聞く。
夕張の艤装には全て牽航用の装備が取り付けてある。
「あなたは責任重大だから。多分、摩耶や鈴谷……それに曙や私よりも」
「いったい何しようっていうのさ……」
工廠で見つけた頑丈そうなロープを腰に巻いた鈴谷が私に言う。もう片方は私の腰に巻き付けてある。摩耶も同じようにロープを腰に巻き、もう片方は曙の腰に巻き付けてある。
「特別訓練。そろそろ時間ね」
私は屋上から下を覗き込んだ。長門と山城、それに金剛と比叡が一生懸命荷物を運んでいるが見える。まだ全てが運ばれているわけじゃないけど、こちらの作業中には運び終わるだろう。
私は夕張の艤装の右側に取り付けられた牽引用のロープを掴むと、そのまま屋上からダイブした。
「「ちょ……ちょっと!」」
夕張と鈴谷の声が聞こえたけど、私の体は地面目掛け落下している。
手に持っていたロープに引っ張られる。少し遅れて腰が引っ張られた。
「何考えてるのさ!!」
鈴谷が叫ぶ。
「そのままゆっくり降ろして頂戴!!」
「先に言ってよね!!! 心臓止まるかと思ったよ!!!」
鈴谷が怒鳴り声をあげる。私は気にせず、ゆっくりと降りていった。
「曙ッ!! 何してるのッ?! 夕張のロープを持って早く降りて来なさいッ!!」
無事に地面に着地できた私は屋上からこちらを覗いている曙に声をかけた。
「どういうことッ?! 何これッ?!」
「いいから早く来なさいッ! 時間がないのよ!」
私は手に持っていたロープを長門たちが運びこんだ荷物にくくりつけた。解けないようにしっかりと。
「ちょっと! 摩耶! 揺らさないで!」
頭の上の方から曙の怒鳴り声が聞こえる。ゆっくり、ゆっくりと降りてきた曙は私を睨むように見た。
「いったい……」
「説明は後。持ってきたロープをバランスよく括り付けて」
曙は渋々、私の言うことを聞いた。
曙が荷物にロープを括り付けたのを見ると、私は屋上の三人に声をかけた。
「いいわよ! 引っ張りあげて!」
屋上から私たちを見ていた三人は把握したようだ。
荷物に括り付けたロープがピンと張り、ゆっくりと上がっていく。少し遅れて、私と曙の体が浮く。
荷物が外壁につかないように、支えてやると、曙も同じように支えた。
「やること先に言いなさいよね!」
「言ったら来なかったでしょう?」
「もちろんよ!」
文句を言いながらもやってくれる曙はやっぱりツンデレね。
「曙さんッ……! 重いッ……!」
摩耶の絞り出す様な声が聞こえる。
「失礼ね! 荷物が重いのよ!」
「叢雲……少し痩せる努力しよッ!」
「荷物が重いのよッ!」
本当に失礼しちゃうわ。
上を見ると、三階の部屋。これを搬入する部屋の窓から神通がこちらを覗き込んでいた。
「来ます! 第一受け取り班! 配置について!」
神通の指揮する声が聞こえる。窓までたどり着くと、神通が集めた子達が私と曙から荷物を受け取るとロープをすぐに解き、一生懸命運んでいた。
「いいわよ! 降ろして頂戴!」
私は屋上に向かって叫ぶ。すると、屋上から不満の声が聞こえてきた。
「もしかしてッ!……運び終わるまでッw……ずっとこれなのッ?!」
「重巡でしょ? 頑張りなさい!」
「そうよ! 今は駆逐艦一隻分よ! 軽いでしょ!」
「いやッ!……曙さんッ!……重いッ!!」
「あんたのバイクよりは全然軽いわよッ!!!」
曙が吠える。けど摩耶の声には余裕がない。
私は思わず曙を見てしまった。
「何見てんのよ?」
「いや……別に……」
ーーーー
結局、鈴谷と摩耶の腕が限界を迎えてしまい、荷物を運び終えた戦艦達のちからを借りて作業を進めるた。神通達も辛いと思うけど、神通が指揮をとっている手前、集められた不運な子達が不満を漏らすことが出来ない。山城。あれが本当の不幸よ。
最後に最後に残ってしまった一番大きな荷物。これが大変だった。
「んん〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!」
それまで楽々持ち上げていた夕張が声を上げている。
今までと違い、すごくゆっくりと荷物があがる。長門と山城が鈴谷と摩耶から離れ、荷物に括られたロープを引っ張っている。
「こんのッ……クソ荷物ッ!!!」
曙が顔を真っ赤にしながら支えている。私もきっと人のこと言えないでしょね。
あともう少し。神通の不安そうな顔がはっきり見えてきた。だけど、その時だった。
ブチッと言う音が聞こえたかと思うと、私の腕にとんでもない負荷がかかる。それと同時に体が落下する。
「ちょッ!!……叢雲ッ!!」
「ちょっと!! しっかり持ち上げなさいよッ!!!!!」
私のかわりに曙が叫ぶ。
一瞬、落ちるかと思ったけど落ちなかった。けど腕も限界に近い。
もうダメかもしれない。そう思っていると支えていた荷物がフッと軽くなった。
「ショーン オーケーッ!!??」
聞きなれない声が聞こえた。
「叢雲よッ! おーけーよッ!」
「グーットゥ!!」
何を言っているかわからない。けれど、助かったわ。でもショーンって誰よ。
色々言いたいことはあったけど、無事に荷物を搬入することが出来た。
ーーーー
私と曙はそのまま搬入するべき部屋に窓から入り、やっと地に足つけることが出来た。
既に梱包されていた荷物は荷ほどきされ、大型家具は配置されていた。
「大丈夫ですか?」
神通が声をかけてきた。
「えぇ……大丈夫よ……」
私は腰に巻いたロープを解き、そのまま床に座り込んだ。
高価そうな絨毯が引かれており、ふかふかで気持ちいい。このまま横になって寝てしまいたい。一息つき、壁に掛けられていた時計が目に入った。
「お昼、食べそこねたわ」
「ここにいるみんなもです」
神通が苦笑いをしながら答えた。
ん? お昼がもう終わるということは……
「まずいわね……終了予定時刻を超えてしまったわ……」
「 ところで、これはいったい何なんですか?」
「説明は後でするわッ! 時間は稼ぐから早めに終わらせて撤収して頂戴ッ!!」
「ちょっと! 話してから行きなさいよ!」
後ろから曙の声が聞こえたけど、私はそれを無視して執務室に走った。
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お客様は既に執務室にいた。
司令の前に立ち、慌てて入った私に困ったような笑みを浮かべていた。
「遅くなりました。私は……」
「知っているわ。ムラクモさん……でしょう?」
綺麗な金髪の上にドイツ海軍の帽子を被り、グレーの制服を着た彼女はそう答えた。
司令が説明したのね。私は軽く身だしなみを整え、彼女と向き合った。なるほど、確かに貴族っぽい雰囲気はする。
「はい。叢雲です。本日からあなたの……」
教育係という言葉は不適切だろう。そう思い、いろいろと考えたけど、疲れているせいで面倒に感じてきた。そもそも、私がこんなに疲れているのも彼女のせいだ。
「今日からあんたの面倒をみることになった叢雲よ。よろしく頼むわ」
そう言うと、司令は驚いた表情で私を見ていた。文句なら後で聞くわよ。
「よろしくお願いします……それとご迷惑をおかけしました」
金髪の彼女はそう言うとお辞儀をした。
「……いや、そんなかしこまらなくていいわ。日本語上手ね」
「日本語は難しかったです。特に敬語。でもこれが話せないといけないと上官に厳しく言われました」
鈴谷に聞かせてやりたい。けど私のイメージしていた貴族のイメージとはかけ離れている。私は腕を組んでしばらく悩んだ。
「私には無理して敬語を使わなくていいわ。けど、後で使わなきゃいけない相手だけ教えてあげる。あなた、名前は?」
「はい。私は……」
「敬語」
「……グーテンターク。私はビスマルク型戦艦のネームシップ、ビスマルクよ。よおく覚えておくのよ」
急に雰囲気が変わった。言葉はものすごく上から目線で嫌な感じがする。けど、不思議と雰囲気は嫌な感じがしない。失礼なのがわかっているうえで言っているような。言葉にすると難しい。
「まぁ、頑張りなさい」
私も少しやり返してみる。少し無言の時間が流れたけど、同じタイミングで笑ってしまった。
「それで、迷惑をかけたって何のこと?」
「引っ越しの荷物のことです。父上には余計なことはしなくていいと言ったんですけど……」
「敬語」
「ごめんなさい……しばらく慣れが必要だわ……私のせいで危険に目にあわせてしまったわね」
「……なんで知っているの?」
「叢雲こそ。どうしてあの時私の顔も見ずに私が来たことがわかったの?」
「なんの話?」
「えっ? あなたあの時、叢雲よって自己紹介してたじゃない」
「あの時?」
少し考えてみる。私が自分の名前を言ったのは……吊るされていた時だ。
「あぁ、あの時ね。しょーん、おーけー、って言われたから、しょーんじゃなくて叢雲よって意味で答えたのだけど」
私がそう言うと、ビスマルクは少し考え、笑いだした。
「あなた、面白いわね」
「よくわからないけど……あなたのおかげで助かったわ」
「当然よ。このビスマルクに任せておきなさい」
「そう……じゃあ色々と任せられるようになってちょうだい」