ムラクモ600   作:草浪

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プリンツGTI #00

 

その日の司令は変人だった。

まず始業してすぐのことだった。

「叢雲は今日の夜は暇かい?」

訳がわからないことを言い出した。私がここに来て那珂ちゃんに虐められている間も、秘書艦になってからも、夜のお誘いを受けたことはない。

それが、急にだ。今だ。

「はぁ?……いや、空いていないことはないわ」

馬鹿正直に答えてしまった。

噂には聞いている。他の鎮守府では夜の執務をお相手することもあるそうだ。

うちにはこれまで全くなかったけど。

だって、この人、愛妻家だもん。ここに来た当初は那珂ちゃんから聞いた話だと酷かったらしい。二言目には惚気話。夜には帰りたいと駄々をこねる。

家がこの付近になってようやく落ち着いたらしい。

「そう……じゃあそのまま空けておいてくれ」

彼はそう言うと上機嫌で執務に取り掛かる。

今までそんなことはなかった。

私はペンを走らせながら考える。そういえばあのドイツからのお客様達。あれが来てから彼はおかしくなった。それまで取らなかった休みも取っている。

私は彼が執務に集中しているを見計らい、勤務表を見た。一見バラバラに見えて、法則性を見出した。彼の休みとグラーフの休みが重なっている。これは明らかにおかしい。

「ねぇ。何をする気なの?」

艦娘になった時には覚悟はしていたつもりだ。

だって上官は男性。艦娘は女性ですもの。そういうことがあってもおかしくはない。

けど、いざそういう場面を迎えると緊張するもんだ。私は自分の声が上擦っているのが自分でもわかった。

「ん〜〜……そうだね。叢雲も興奮して満足させられる様に頑張るよ」

こいつ。昼間っからとんでもないこと言いやがった。

当然、その日の仕事が手につかなかったのは言うまでもない。

 

ーーーー

 

その日の夜。私は待ち合わせを言い渡された鎮守府の駐車場に来ていた。

ちゃんとシャワーも浴びた。一応、持つものも持った。

私の心臓の鼓動がうるさいことを除けばなんら変わりない。ただのデートだ。

「ん? ムラクモじゃないか。出掛けるのか?」

突如後ろから声を掛けられ、思わず背筋が伸びる。この声には聞き覚えがある。

「グラーフ? あなたこそどうしたのよ?」

振り返るとやはりグラーフがいた。ジーパンにポロシャツとラフな格好をしていた。

「いや。アドミラールに誘われてな。全く、物好きには困ったものだ」

グラーフはそう言うと、首を横に振った。けど私にはわかる。その顔はまんざらでもない。

「そう……私も誘われたのよ」

この子と一緒か。なかなか変な趣味をしている。

グラーフは驚いた様に私を見ていた。そしてすぐに私の肩に手を置いた。

「なら、今すぐにでも手を引くべきだ」

カチンときた。私の方が彼とは付き合いが長い。

「いえ。付き合わさせてもらうわ」

睨む様にグラーフを見る。私の予想では睨み返されると思った。けど、彼女はどこか私に期待している様な。そんな眼差しを向けていた。

「そうか……じゃあいっしょに楽しもう」

グラーフは私の肩をバンバン叩くと、歩きだした。

「すまない。待たせたね」

やっと司令が現れた。私はその格好に目を丸くしていただろう。

「何よ……それ……」

彼が来ていたのは緑のツナギ……でも高価なツナギだ。

「気合い入れないと彼女に置いていかれるんだ……」

彼はそう言うと頭を掻いた。

「大丈夫。今日は勝つから」

彼はそう言うとキョトンとしている私の手を引いた。

 

 

ーーーー

 

司令に半ば強引に彼の車に乗せられた。

これが元々はデートカーだったらしい。私の知っているシートベルトは肩からにゅ〜っと伸ばして、カチンとやるあれだ。けど、彼にされたシートベルトは両肩から伸びたものにお腹の上にカチン、カチンとやる見たことが無いもので、体が動かしずらい。

彼は手袋をはめると真剣な眼差しでハンドルを握った。

正直恥ずかしい。緑のスポーツカーを緑のおじさんが運転している。そして、その横に私が乗っている。

「何をする気よ……」

ここまで来て、何もわからなほど馬鹿じゃない。この車の目の前に今度は真っ白の高級外車だったものが走っている。

おかしいわね。私の知っている車に、後ろのガラスに斜めに走るそれは見たことないわ。

「今日負けたら彼女の言うことを聞かなくちゃいけないんだ。だから気合いを入れるために連れてきたんだ」

彼はそう言った。

あぁ……もう馬鹿ばっかり!!

「そういうのは私じゃなくて奥さんでしょうに!!」

「彼女が君を御所望でね」

彼女。彼はそう言い、前の車を指差した。私は頭の中で一人の艦娘が思い浮かぶ。

「グラーフ……?」

「そう。彼女らしいよね」

彼はそう言うとゆっくりと息を吐く。これまで見たことがないほど真面目な表情だ。

彼女らしい。そう言ったのには理由があるだろう。

あまり詳しくない私でも知っている。あのエンブレム。あれは航空機のプロペラをモチーフにしたものだ。

「いったいなんでこうなった……」

私は呆れに呆れ、何も言えなくなった。

 

ーーーー

 

私が連れてこられたのはある山の山頂。

前の高級外車が止まり、彼もその後ろに車を止めた。

前の高級外車からグラーフが降りてきた。彼女は私の方のガラスを叩くとニッコリと笑った。ドアを開けて、彼女を見る。

「良ければこっちに乗らないか? 万が一があった時、こっちの方が安全だと思うが……」

私はそう言われ、司令を見た。彼は苦笑いを漏らしている。

「じゃあそうさせてもらおうかしら……ちょっと。外れないのだけど」

シートベルトが外れない。どうやって外すのよ、これ。

グラーフに外してもらい、ようやく外に出れた。

「アドミラール。あなたが先行して欲しい。私が付いていけなければ私の負け。だけど、私が付いていければ私の要望は飲んでもらうぞ」

「別に君に勝ったと思った事は一度もないのだけど……」

「私がはっきりと負けを認めている。あなたはすごい人だ」

「何を言っているのよ……」

私にはなんのことかわからない。二人だけの世界に入ってしまった。

 

 

ーーーー

 

グラーフの車に乗り込み、今度は司令の車の後ろを走っている。

正直、彼もいい歳だ。それなのに、ライムグリーンの車に乗っているのはどうかと思う。

「性能だけで言えば、あのシルビアよりこのM2の方が上なんだ」

徐に彼女はそう言った。それもそうだろう。彼が乗っているあの車は随分昔の車だ。

「それがどうしたのよ?」

車の性能。そんなことを自分が運転していて気にした事はない。

音や振動が気持ちいいとか、そういう話は彼にしたことがある。けど、彼はすっごくニコニコしながら私の話を聞いているだけだ。

「けど、付いていけないんだ。同じスピードで入っているのに、彼の方が先に抜けてしまう」

意味がわからない。グラーフが真面目な顔をして馬鹿な事を言っている。

「普段のあなたからは想像がつかないわ」

「ムラクモがどう思っているかはわからないが、私もビスマルクもプリンツも、ムラクモとアドミラールのことは信頼している……始まるぞ」

グラーフが意味のわからないことを言いだしたと思うと、前のライムグリーンの車がハザードをたいていた。その直後、凄く加速していく。グラーフもアクセルを踏み込んだ。私の体がギュッとシートに押し付けられる。

「ちょ……ちょっとッ!!」

「あまり喋らない方がいい。舌を噛むぞ」

この大バカ者達はッ!!

私はシートベルトを掴んだ。

「ちょッ……ブレーキ!!!」

私の知らない世界だった。

前の車がスピンする。それに合わせてグラーフもブレーキを踏んだらしい。だけど腰が横に滑る。もう駄目だと思った。

けど、前の車はそのまま曲がっていく。グラーフも何事も無かったかの様にハンドルを逆にきる。

景色が流れる。それは横のガラスでしか知らない。

けど、目の前のガラスでは景色が流れている。その中で当たり前の様にまっすぐ走ろうとするライムグリーンの車には違和感を覚えた。

鬱蒼とした林が消え、道路が現れる。車はその道をまっすぐ走り出した。

「ば……バッ……バッカじゃないのッ!!!」

私はグラーフにそう叫んだ。

けどグラーフは楽しそうに笑っていた。

「どうやら、今日のアドミラールは絶好調らしい。私も気合いを入れないとな」

グラーフが笑うのは珍しい。

訓練中も普段も、あんな無邪気に笑うのは珍しい。

美人だとも思う。私みたいな日本人が敵わないとも思う。

こんな状況じゃなきゃ素直に見惚れてたでしょうね!!

「いいから速度を落としなさいよッ!!」

「それじゃあ付いていけないじゃないか」

また次の曲がり角が来る。グラーフは先にブレーキを踏んだのでしょう。前の緑がグッと離れた。ブレーキランプが光ったと思うと後輪を滑らせていた。その直後、また腰がグッと動く。

「すごいな……」

グラーフがぼやく。凄いのはあなたも凄いから早く終わって欲しい。

 

ーーーー

 

この地獄はいつまで続くのだろう。

「大丈夫だ。私を信じろ」

喋らなくなった私にグラーフが声をかけた。その直後だ。

「「見えないッ!!」」

私とグラーフの声が重なった。

前の緑が横を向いたと思ったら、前のガラスが真っ白になった。

「見えないぞ! 何も見えないぞッ!!」

こんな状況にもかかわらずグラーフは笑っていた。

「何が楽しいのよ……」

こんな非常識な環境に慣れてしまった私がいる。

「これはやられたなッ!」

グラーフがハンドルから手を離している。そして拍手している。

この子、真面目そうで頭のネジが緩んでいる。

視界が晴れた時には緑はいなかった。

「うぅ〜ん……これはやられたな」

「負けたの? なら、ゆっくり行きましょう」

私はホッと胸を撫で下ろし大きく伸びをした。だけど、グラーフはそんなこと気にしていない。

「アドミラールには負けたが……ムラクモを少しでも楽しませてあげよう」

「……ヘッ?」

グラーフはそう言うと、ハンドルを握りなおした。

やる気満々。そう言いたげな表情をしている。

「マッ……待ちなさいッ!!」

その直後、急激な圧力が私の腰にかかった。

 

ーーーー

 

疲れた。

私が車から降りれたのは山の麓にあるコンビニの駐車場だ。

腰が痛い。それ以上に首が痛い。

這い出る様に出た私をグラーフは親切に支えてくれた。

「だから言ったじゃないか。叢雲はこっち側じゃないって……」

「すまない……嫌な思いをさせてしまったな」

ようやく普通のテンションに戻ったグラーフを見た。

どこか申し訳なさそうな顔をしている。

「それで……あなたの要望ってなんなのよ……」

私はグラーフを見た。そんなのがきっかけで私が巻き込まれている。

グラーフは私から視線を逸らすと空を眺めた。

「なんでも、君を一日貸して欲しいそうだ」

「はぁ?」

「おッ……オイッ!!」

司令が代わりに答えた。

「グラーフ。何度も言っているが、私には妻がいる。叢雲とはそういう関係ではない」

「何を言っているのよッ!!」

私が叫ぶ。しかし、それ以上に不満を漏らしたのはグラーフだ。

「いや。アドミラール。気を使わなくていい」

私はグラーフの豊満な胸を叩いた。別にそこを叩くつもりはなかったけど、身長差で偶然そこを叩いただけだ。

突然、そんなとこを叩かれたのでグラーフは思わず胸を抑え、私はグラーフから解放された。涙目になったグラーフが私を見る。

「うちの司令はそういうことしないわよ! そもそも、週に五日も奥さんのいる家に帰るぐらいなのよ?!」

「しかし、ムラクモは遅くまで執務をしていると……」

「これが家に帰るから残った書類仕事をしているのよ!!」

「そうだったのか……てっきり執務と言うのは夜の……」

「言わせないわよ!」

私は叩いていない、もう片方の胸を叩いた。

柔らかいけど。ハリがある。いい音がした。

「む……叢雲さん……それぐらいに……」

両胸を抑えてうずくまるグラーフを見下しながら私は肩で息をしていた。

「それで、私を借りて何しようとしてたのよ」

私は司令にそう尋ねた。

「なんでも、プリンツが日本観光をしたいと言ってるんだけど、グラーフはこの国ことはわからない。だからお願いしようと思ったが君と神通が厳しく指導するせいで恐怖感を抱いているらしい。鈴谷や摩耶が訓練以外じゃ優しいと言っても聞く耳を持たないそうだ。そこで、グラーフから……」

「そこから先は私が話そう。そもそも、アドミラールに勝てるとは思っていない」

痛みを堪えたグラーフが立ち上がった。

そもそも、今日もグラーフが司令に競争で勝つ気はなかったらしいが、いつも手を抜かれて悔しいので私を引き合いにだしたらしい。司令もそんな気はしていたし、負けてもいいと思ってはいたけど、負けず嫌いが出て気合いを入れる為に私を巻き込んだらしい。彼はもし自分が負ければ私が解体されると必死に思い込んでいたらしい。嫌な気持ちもしないし、嬉しいけど、二人の趣味に自分を巻き込んでほしくないと強く思った。

そして、グラーフ曰く、改造車を乗り回す司令の秘書艦である私がアバルトに乗っているのを知り、同じ人種だと思ったらしい。グラーフ自身、私と仲良くなりたかったらしい。けど、それは見当はずれだ。私はそういうことにはあまり興味がない。摩耶の方が話があうでしょう。私がそう話すとグラーフは目を輝かせた。

少し話が逸れた。

グラーフはビスマルクとプリンツの上官として日本に来ている。

ビスマルクは先に着任しているからいろいろ慣れているけど、プリンツは慣れないことだらけで大変らしい。それに加えて、同じ重巡である鈴谷や摩耶はかなりの練度に達している。同じ艦種なのに出来ることが違う。それに焦りを感じている。

「オイゲンはああ見えて真面目な子だ。自分が足を引っ張っているのではないかと不安に思っている。少し張り詰め過ぎている」

グラーフの表情が曇った。

「誰でも、最初は不安に感じるわ……あの子もそうだった」

あの子。鈴谷を思い浮かべる。

そういえば聞いたことがある。ドイツの人間は規則に厳しいと。

そんな子がうちの優柔不断提督……彼女らしく言うなら優柔不断アドミラールの下で働くのは不安を覚えるのも当たり前のことだ。私は司令を見た。頭を掻き、不安そうに夜空を眺めている。

「……ねぇ、グラーフ」

私はグラーフを見た。まだ思いつめたような表情をしている。

「一旦、プリンツを私に預けてみない?」

「叢雲にか?」

「少し語弊があるわ。鈴谷に任せてみようと思う」

グラーフは少し考え込んだ。

「どうするつもりだ?」

「プリンツは昔の鈴谷に責任感を足したような性格だわ。だからあの子に任せようと思う」

責任感。

正直いえば、今の鈴谷にそれがあるのかも危うい。

けど、責任は鈴谷も全うしている。

戦艦の護衛につけばしっかり守りきる。戦隊を率いれば敵に大きな打撃を与えている。

そんな鈴谷が初めて自分から力を欲したのは最近のことだ。

「……ねぇ、グラーフ」

私はポケットからタバコを取り出した。

スイッチを入れ、吸い込み口から大きく息を吸い込む。ニコチンが身体に走る。いくらか思考もまとまった様に思えた。吸った空気は吐かなくちゃいけない。私は大量の水蒸気を吐きながらまとまった思考をグラーフに伝えた。

「秘書艦権限であなたに命令するわ。私に代わって鈴谷の面倒をみなさい。その代わり、私がプリンツのフォローをしてあげる。あなたが鈴谷に教えた事はそのままプリンツにつたわるでしょう。間違えないでよ」

私はもう一口、大きく吸い込んだ。

迷えることが羨ましい。

私は迷えなかった。いつも那珂ちゃんに限界まで追い込まれていた。

けど、それは私が駆逐艦の艦娘だからだ。

敵の攻撃が当たれば死ぬ。けど艦娘なのだから戦果はあげなきゃいけない。

「那珂ちゃんの言いたいことがようやくわかった気がするわ……」

今は何も教えてあげない。

私が何をわかったのか、あなたたちで考えなさい。

 

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