お土産を選び終え、せっかく箱根まで足を伸ばしたのだから何かやろう。そんな話をしながら車を走らせていると、ガラス細工の看板が目に入った。
「ガラス細工? 風鈴でも作るのかしら?」
「いくら何でも時期はずれじゃない……?」
「時間もありますし、少し覗いて行きましょうか」
食堂も併設されているし、ついでに軽く何か食べようという話になった。さっきから食べてばかりだけど、大丈夫かしらね。
車を止めて、工房の中を覗くと、子供達が楽しそうにガラス細工を作っているのに対し、若いアベック達はてんやわんやしながら作業をしていた。
「おもしろそう! やってみようよ!」
那珂ちゃんが子供達を見ながら目を輝かせていた。こういうところは無邪気で子供っぽい。けど、アルコールが入った息で膨らまして燃えたりしないのかしらね。
「そうですね……せっかくですしやってみましょうか」
神通もやりたかったらしい。以外とこの二人は子供っぽいところがあるわね。
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受付を済ませ、指導員の人からコップを作ると言われ、作業の大まかな流れを聞いた。
私たちはガラスを膨らませて形を整えるだけらしい。花形とでも言うのかしら。火を扱うことはやらせてくれないようだ。
「じゃあ叢雲さん。こちらにどうぞ」
指導員のお姉さんに言われるがまま、私は無骨な椅子に座らされた。お姉さんは、これが材料です、と棒の先についたガラスを見せてくれた。こんな小さい塊じゃお猪口ぐらいの大きさなのかしら。そんなことを考えていると、横で別の指導員が感嘆の声をあげていた。
「君上手いねぇ!」
私はそっちの方を見ると子供が器用に風船を膨らまている。なるほどゆっくり吹かすのね。
「今から、これを熱するので絶対に素手で触らないでください」
あの真っ赤に熱されたガラスを好き好んで素手で触りたがる人なんているのかしら? 炉から出てきたガラスを見て、私は思わず息をのんだ。熱された鉄は普段から見ているけど、目の前にそれを持ってこられると少し怖い。
「じゃあゆっくり吹いてくださいね~」
ゆっくり吹こうとした。けど、吹き込んだ空気が奥にいかない。おかしい。
ならもう少し強く……そう思ったとき、横でパキンッと嫌な音がした。横目で見ると、神通がイラッとした表情で割れたガラスを見ていた。
「大丈夫ですよ~。皆さん最初はそんな感じですから~。今新しいのを用意しますね~」
「はい……すいません……お願いします」
私はそんなミスしないわよ。ゆっくり、ゆっくり息を吹き込んでいくの。吹き込んだ空気の内圧に耐えられなくなったガラスがプクッと膨らんだ。後は吹き込んだ分だけ膨らんでいく。なるほど、ものすごく固い風船ガムだと思えばいいのね。
「お姉さん、その感じでゆっくり……ゆっくり……」
コツさえ掴んでしまえばこちらのもんね。そういえば、那珂ちゃんはどうかしらね? こういうの苦手そうだけど。
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「お疲れ様でした!」
年甲斐もなく熱中してしまった。綺麗な形を追い求めて、ついつい何度も手直しをしてしまった。
指導員のお姉さんも一緒になってしまったもんだから、時間を忘れてしまった。
木箱に入ったグラスを満足げに受け取ると、二人は何かを話し込んでいた。
「那珂ちゃん、そんな話聞いてないんだけど……」
「まだ正式な辞令は下りていませんからね……私も聞いたばかりでして……」
そんな話が聞こえてきた。川内型の内輪の話でしょう。私が入っていいもんじゃなさそうね。
「お待たせ」
「おかえり。神通、この話は宿で……」
「わかりました……お疲れ様でした。叢雲さん。他に行きたいところありますか?」
「特にないわね……それより煤まみれになってしまったわ。早く温泉に入りたいわね」
「そうですね……じゃあ宿に行きましょうか」
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宿でチェックインだけ済ませると、時間が早かったのか、清掃が終わったばかりで浴槽にお湯は張っていないらしい。私は部屋でゆっくりするのもいいと思ったけど、それまで有料のカラオケルームを特別に無料で浸かっていいと言われた。妙にイライラしていた那珂ちゃんが、それでいいというので、私と神通は仕方なく、それに付き合うことにした。
部屋に入ると、那珂ちゃんは何も言わずに機械を捜査し、二本あるうちのマイクを私に渡してきた。
「ちょっと! 歌ぐらい自分で決めさせなさいよ!」
「大丈夫。叢雲ちゃんなら歌えると思って選んだから。じゃあ那珂ちゃんはサングラスの方やるから叢雲ちゃんはアフロの方ね」
那珂ちゃんはそう言うと、どこからともなくティアドロップ型のサングラスを取り出す。サングラスとアフロ? 私、そんなファンキーな歌手の歌なんて知らないのだけど。
そんなことを考えていると、哀愁漂うイントロが流れてきた。まさか……何も準備していない私にこれをやれというの!?
「なかなか無茶させるわね……」
神通は首をかしげている。よくわからないという様子だ。私は何度か咳払いをして喉の調子を整える。
ピアノが音が途切れ、ドラムだけ……ここね!
「あ~あぁぁぁぁぁぁああああ~~♪ 果ってしないぃぃ~~♪」
思いっきり声がひっくり返った。けれど、ここまで来たら歌いきるしかない。ここで恥ずかしがってやめてしまえば叢雲の名が廃る。意味分かんないけど。なんとか最初の持ち場をやりきった。
那珂ちゃんはサングラスをあげ、マイクをとる。
「裏切りの言葉にぃ~♪ 故郷を離れ僅かな望みを~♪」
ものすごく渋い声で歌いあげる。さすがは艦隊のアイドルを自称して歌っているだけのことはある。どんな状態でも歌えるってことね。そんな私たちをポカンと見ていた神通は納得したように頷いてみせた。
「なるほど……そういう感じですね」
神通もどこからともなく昔の刑事(デカ)がかけていそうなサングラスを取り出す。あなた達、どこかで打ち合わせしてたんじゃないの?
「叢雲さん。次は私とお願いします」
頑張って歌っている私に神通はそう言ってぺこっと頭を下げた。もうこの一曲で私の喉は大破しそうなのだけど……
頑張って歌い上げた。なのに那珂ちゃんはまだ歌い足りないらしい。神通が操作した後の機械を操作する。
「じゃあ次は神通ちゃんとデュエットね」
これを頑張れば、私はお休みなのね。いいわ。付き合ってあげる。次は叢雲に何を歌わせようというわけ?
神通がいれた曲は……知ってるわ。そして、あなたのサングラスの意味も理解したわ。じゃあ私が遅れる方をやればいいのね。
イントロが始まる……このタイミングね。
「シブヤ……ゴジ……? 渋谷に五時!? 嘘ぉ~……まいったわね」
「なんで叢雲ちゃん、そこまで知ってるのよ……」
那珂ちゃんが茶々をいれる。けど、今の私はポケベル世代なのよ。本当はジェイフォン世代だけど。
「ざわめく交差点の~♪」
神通がそれっぽく歌う。川内型は上手なのね。川内の歌声も聞いてみたいわね。しかし、これはいいわね。無理して歌うことを出来るわ。というか、神通、あなたは世代じゃないでしょうに……
「…………」
そんな私たちを、那珂ちゃんは値踏みするように見ていた。その目には見覚えがある。ジッと黙って小動物を観察するようなかわいらしい視線。だけど、その目の奥には鋭さがある。初めて那珂ちゃんと会ったときの目そのものだ。理由はわかる。予想外に神通が上手いから。艦隊のアイドルを自称する那珂ちゃんにとって、負けられない相手なんだろう。
那珂ちゃんの鋭い視線に耐えながら、なんとか私と神通は歌いきった。
あぁ、そうそう。点数は秘密よ。恥ずかしいから。
那珂ちゃんにマイクを渡すと、何故かモニターにどこかの阿波踊りの様子が映し出された。
「那珂ちゃんが合いの手入れる方ね」
しばらくして流れ始めたイントロ。あぁ、これは最近違う歌手がカバーしてたわね。
「ほとんど私が歌うじゃないですか……」
「大丈夫! ばっちり会わせるから!」
「そうですか……」
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一時間きっちり歌い、晩ご飯がついていないことを思い出した私たちは近くのご飯屋さんで食事を済ませ、部屋にチェックインした。
「広いわね~~」
三人が大の字になって寝てもまだ余裕がありそうな部屋。それも大きい露天風呂付き。
「よくこんな部屋取れたわね。高かったんじゃないの?」
当然、旅費も交通費も出すつもりだったけど、よくこんな部屋が取れたわね。
「いえ。昔の知り合いに頼んだら破格で紹介して貰いました。だからこんな中途半端なプランになってしまったのですが……」
「神通ちゃんは顔が広いからねぇ~」
荷物を置くなり、服を脱ぎだした那珂ちゃんが言う。
「二人とも早くお風呂入ろうよ!」
「少しは恥じらいというものを持ちないさいよ……」
「女同士で何言ってるのさ。早く早く!」
「私は準備してからいきますので先にどうぞ」
神通はそう言って持ってきていた大荷物を広げ始めた。
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「ふぃぃぃ~~~」
体を洗い、湯船につかった那珂ちゃんは満足げな声を上げていた。
「おばさん……というより、おじさんくさいわね」
「叢雲ちゃんも入ればわかるって」
「そう? じゃあお邪魔するわよ」
足の先からゆっくりと湯船につかる。肩までつかると、体内の空気が外に押し出されていくような。
「はぁぁぁぁ~~~」
「ねっ?」
「そうね」
湯船につかり、いろいろなことを考える。
鈴谷がここに来てから何ヶ月かしらね。あの子のせいで、いろいろ振り回された気がする。
面倒な後輩が増えて、振り回されて、改二になって。
もう肌寒い季節。この天然温泉が身に染みるほどに時間は経っていたのね。
「時の流れは残酷ねぇ」
「そうだねぇ……もう水を弾く歳でもないみたいだねぇ」
ふと、那珂ちゃんを見ると、真面目そうに那珂ちゃんは腕にお湯をかけている。
「そういう意味じゃないわ……いえ、ありませんよ」
「なに? どうしたの?」
那珂ちゃんが訝しげに私を見た。
「確かに時の流れは残酷かもしれませんけど、それ以上に新しい物を与えてくれた……いえ、押しつけてきたと思います。那珂さんにとっての私の様にね」
「あぁ~……そういう話。そうだね。那珂ちゃんもそう思うよ」
那珂ちゃんはそう言うと、女の子らしく湯船につかっていたけど、両腕をへりに回し、少しおじさんくさい格好になった。
「いろんなことがあったね。けど、私は鈴谷ちゃんみたいな子が来てくれて少しは嬉しく思ってるんだよ」
「と、いうと?」
「艦娘……いや、軍人も一人の人間なんだ。確かに対外的には神通ちゃんや長門ちゃんみたいな真面目でしっかりとした子がいいのかもしれない。けれど、私たちは軍人でもあり、艦娘でもある。良くも悪くも、強大な力を持った私たちが軍人気質でいたら一般人はどう思うだろうって思うときがあってね」
「平気であるということを認める。それでいて人間であろうと思うことが大事なんだと?」
「それは違いますね」
いつの間にか、徳利とおちょこを乗せたお盆を持ち、脇に一升瓶を抱えた神通が脇に立っていた。
神通はお盆を湯船に浮かべると、一升瓶を温泉につけた。
「神通ちゃん、遅いよ!」
「用意には時間がかかるんです。体を洗ってきますね」
ここでこの話は中断になった。
「しかし……神通ちゃんはスタイルいいね」
「ほんとね。出るとこは出てて、締まるところは必要以上に締まってる」
那珂ちゃんと二人で、体を洗う神通を観察する。
「あの……そんなに見つめられると恥ずかしいのですが……」
「いいじゃない。減るものじゃなし」
私はそう言いながら横目で那珂ちゃんを見る。
私の勝手な想像でものを言うけど、那珂ちゃんは必要最低限以外は持たない主義ね。筋力も、胸囲も。
「なに? 叢雲ちゃん、目つきがイヤらしい……というより、失礼なこと考えてない?」
「何も言ってないじゃないの」
「ふぅ~ん……叢雲ちゃんは余分なものが増えたね!」
「ちょっと! やめなさいよ!」
那珂ちゃんが私のおなかをつまむ。
「いい歳した人たちが何やってるんだか……」
神通のため息が聞こえた。
私は那珂ちゃんと顔を見合わせ、次の標的は神通だと目標を定めた。
ーーーー
神通が用意してくれた日本酒は辛口だったけど、一度レンジで温めたのでしょう。程よくアルコールが抜けて飲みやすくなっていた。
「ぷひぃ~」
那珂ちゃんが嬉しそうにおちょこを飲み干す。
「一献どうぞ」
「悪いねぇ~」
温泉、湯船に浮かぶ徳利、脇に浸けられた一升瓶。
雰囲気が私たちを酔わせる。こんなところ、鈴谷に見られたら何言われるかわかったもんじゃない。
「お邪魔します」
神通がゆっくり、波を立てないように湯船につかる。
こういうところは本当に行儀がいいというか、育ちがいいと思う。
「じゃあじゃあ……みんな揃ったということで、乾杯しよう」
「ほら、お猪口持ちなさいな」
私が徳利を傾けると、神通は「頂きます」と言い、両手でお猪口を持った。
「「「乾杯」」」
お猪口を目線より少しだけ上に掲げて、一口。
私と那珂ちゃんは既に何杯か飲んでしまったけど、一杯目の神通はクゥーッと飲み干し、ふぅ~と大きく静かに息を吐いた。
「こんな風に飲むのは初めてですね」
「そうね。と、いうか、あなたから飲もうなんて言われるとは思わなかったわ」
「神通ちゃん、そんなに強い方じゃないんだから無理しないでね?」
那珂ちゃん。私は知っているわよ。
あなたがとんでもなく強くて、アイドルらしくないお酒の飲み方をすることも。
「そうですね。またお二人とこういう風にゆっくりしたいと考えていますが、それもしばらくお預けになりそうですし」
神通はそう言うと、残念そうなため息をついた。
けど、妙ね。確かにこうして休暇を合わせるのは難しいかもしれないけど、お酒を飲むぐらいできるはず。
「神通ちゃん、その話、ここでする?」
那珂ちゃんの目がすわった。
口元をお猪口を持った手で隠しながら、神通をまっすぐ見つめている。
「なに? もしかして異動になったの?」
「うん。那珂ちゃんと叢雲ちゃんがね」
「へぇっ!?」
那珂ちゃんに思いがけない言葉にとんでもなく間抜けな声が出てしまった。
那珂ちゃんと……私が異動?
そんな話、何も聞いてないわよ。
「ちょっと! どういうことッ!? どこに飛ばされるのよッ!?」
「キールです」
神通が出した答えの意味がわからない。
「……きいる? どこよ、それ」
聞いたこと無い地名ね。そんな場所にうちの艦隊なんていたかしら。
「ドイツのキールだよ。今、ドイツ海軍の艦娘の子がいるはず」
ドイツ……どいつ?
「わたしはえいご
はなせないけど
そんなわたしに
ドイツいけ?」
「叢雲ちゃん、センス無いねぇ…
ことばのかべを
こえてみせます
わたしアイドル
なかちゃん」
「二人ともふざけている場合ですか……」
神通のため息が盛大に漏れた。