ムラクモ600   作:草浪

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第5話

 

『かくすれば、かくなるものと、知りながら、やむにやまれぬ、大和魂』

 

やってはいけないとはわかっていてもやるしかない。そんな意味だった気がする。

 

「夜戦だねぇ!」

 

旗艦の川内がニタニタと笑いながら私達を見ている。那珂ちゃんさんも笑ってはいるが目が笑っていない。今すぐにでも逃げ出したい。 一発の砲撃も当てられなかった吹雪なんて今にも泣きそうだ。こうなったのも全て司令官が悪い。ことの発端は朝まで遡る。

 

ーーーー

 

「川内を旗艦とし、那珂、叢雲、吹雪、綾波、敷波で迎撃に向かってもらう」

 

「川内はまだしも……那珂さんまで……?」

 

「なんだ?不満か?」

 

不満しかない。仮にも私、秘書艦なんですけど。なんてそんな理由ではない。川内と那珂さんを組ませることが不満、というより不安なのだ。

 

「私、なにか悪いことしたかしら?」

 

「なんのことだ?」

 

司令官はよくわからないという顔をしている。これは仕方ない。鎮守府内で接する川内はいつも眠たそうだし、那珂さんは那珂ちゃんだから。

 

「なんでもないわ……用意してくる」

 

私は重い足取りで執務室を後にした。川内型の礎を那珂さんが築いたと言っても過言じゃない。那珂さんの厳しさは神通、川内にそれぞれ別の方向で受け継がれている。神通が訓練馬鹿だと言うのなら、川内は実戦馬鹿、そして夜戦馬鹿と言える。だが、これは単純な理由で夜戦が好きなわけじゃない。

 

「きっとみんな嫌な顔するんでしょうね……」

 

ーーーー

 

執務室に全員が召集された。川内はあい変わらず眠そうだし、那珂さんはあい変わらずテンションが高い。他の三人は露骨に残念そうな顔をしている。

 

(どうしてこの組合せなの?)

 

吹雪型一番艦、そしてこの鎮守府内でいい子一番艦の呼び声もあがる吹雪が訴える様な目で私を見ている。思わず目をそらすと、今度は敷波と目が合う。

 

(川内さんはわかるけど、どうして那珂さんまで……)

 

(私が言い出したわけじゃないもの)

 

そういう意味を込めて首を横に降る。

 

「叢雲ちゃん。どうしたの?何か不安なことがあるなら那珂ちゃんに話してごらん?」

 

「な、なんでもないわよ!」

 

「そぉ?ならいいけど……大丈夫、きっとうまくいくって!」

 

私は知っている。あまり関わりのない子はわからないけど、那珂ちゃんのこの言い方は「頑張ろう!」という意味ではなく、「やれ」という意味である。綾波を見やると、綾波の目に光がない。心中穏やかではありそうだが、それは絶望にも似た諦めの境地だろう。

 

「では作戦内容を説明する。敵の重巡洋艦を中心とした艦隊を発見したと哨戒部隊より連絡が入った。川内らには、哨戒部隊の援護、及び敵艦隊の殲滅をお願いしたい。現在出撃可能な水雷戦隊が貴艦らしかおらず、急増のチームになるが上手くやってほしい」

 

「大丈夫!那珂ちゃんに任せて!」

 

もううざったいなんて感情はわかない。やるしかない。そうか、綾波の気持ちがわかった気がするわ。不満なんて持たずに最初から諦めていれば、これ以上落ちることはないじゃない!

 

「叢雲さんさ、久しぶりに海に出るみたいだけど大丈夫?」

 

川内が眠たそうな目をしながら私を見ている。正直、昼間の……というより、陸の上での川内はいつも眠たそうで何を考えているのかわからない。

 

「大丈夫。問題ないわ」

 

不安はある。けどもうそんな事は言ってられない。重巡洋艦を中心とした艦隊程度であれば、七駆で構成された哨戒部隊で充分追い返せる。だが今日という日がいけなかった。別の鎮守府から海上ルートで新しい子がやってくる。彼女達と鉢合わせるわけにはいかない。

 

「ならいいけど……叢雲さんも神通と一緒に訓練したらどう?私も付き合うよ」

 

「遠慮しておくわ」

 

即答した。冗談じゃない。神通のトレーニングに参加していたら、私の身体もメンタルも持たない。

 

「えぇ……でもたまには顔だしてよ。神通から聞いたよ。威力では勝てても結果で叢雲さんに勝てないって。その秘訣、教えてよ」

 

「あれは偶然よ……」

 

「神通はそうは思ってないみたいだよ?たまには叢雲ちゃんが神通の面倒みてあげてよ」

 

いらぬ誤解を招くような発言はやめてほしい。見なさい、吹雪の私を見る目を。まるであなた達を見ている時のような目をしてるじゃない。あら?敷波?その「ムラークモ、お前もか?!」みたいなリアクションは何かしら?

 

「世間話は後にしてくれないか?急いで出撃用意をしてもらいたい。今は時間が惜しい」

 

「了解。十分で支度して出るよ」

 

「了解」

 

ーーーー

 

「あら?来たの?」

 

私達が当海域に着く頃には、曙を旗艦とした哨戒部隊の七駆は既に交戦状態だった。曙と朧は私達と交信するだけの余裕があるが、漣と潮は避けるのに精一杯だ。だけど、曙は運が悪かった。

 

「交戦中に交信出来るなんて、曙ちゃんすごいね!」

 

「な、那珂さん!」

 

曙の焦った声が聞こえる。

 

「もぉ!那珂さんじゃなくて、那珂ちゃんだよ!」

 

「これは夜戦にはなりそうにないねぇ……残念」

 

それはとてもとても楽しそうな川内と那珂ちゃんに恐怖心すら覚える。昔足しげく通ったラーメン屋さんに、人間離れした筋肉の男の人がお父さんと殴り合いながら家族愛を語る漫画が置いてあったけど、彼女達もそうなるのかしら?

 

「敵艦隊を撃滅するよ」

 

川内の指示が聞こえる。最初から手加減無し。崩して押し込む。

 

「あっ、叢雲ちゃん、突っ込む?だったら那珂ちゃんもいくよ!」

 

「綾波もお供します」

 

「みんな、聞こえたね?三人の突撃を援護するよ」

 

「「了解!」」

 

川内の号令に対して、数名は緊張感たっぷりの返事をした。実戦経験の少ない、吹雪と敷波、向こうの漣と潮に不安が残る。私や那珂ちゃん、綾波に当てることはないと思うが、進路を砲撃で塞がれるのは困る。

 

「じゃあ応援、よろしくねー!」

 

那珂ちゃんが突っ込む。それに私と綾波も続く。こういう時、自分の前を走ってくれる那珂ちゃんは心強い。薙刀型の艤装を両手に持ち、背中の砲を展開する。私が叢雲でよかったと思えるのはこの瞬間である。吹雪と違い、砲を手に持たない叢雲にはこの薙刀がある。艦船では出来ない。この戦闘方法にこそ、艦娘としての最大の武器だろう。と、私は考えているし、那珂ちゃんにもそう教わった。

 

「いっくよ~!」

 

那珂ちゃんは掛け声と共に私と那珂ちゃんは砲撃を始めた。艦隊のアイドルとは自称だけで、愛されている、というよりは一部から恐れられ、一部からは煙たがれている。だけど、アイドルと言うのは強ち間違いではないかもしれない。敵の砲撃に合わせて弾を避ける動きは、音に合わせてステップを踏んでいる用にも見えるし、何より……

 

「顔はやめてぇ!」

 

「ちょっ、ちょっと!!」

 

那珂ちゃんが腕を振るうと同時に、私の目の前に敵の砲弾が飛んでくる。持っていた薙刀でそれを払い落とす。本当に叢雲でよかったと思う。

 

「ごめぇん!」

 

「気を付けなさいよ!」

 

ああやって、敵の砲弾を手で弾くことが出来る。ステップしながら手で払い除けていく様はアイドルっぽく見えないこともない。化け物じみているとしか言いようがない。

 

「高速で飛んできた弾を切り落とすのも大概だと思いますけど?」

 

綾波が私の心を中を読んだような事を言う。

 

「あなたには言われたくないかも……」

 

「似た者同士、仲良くしましょうよ」

 

綾波の言う似た者同士とは、こうやって至近距離で戦う事を好むという意味だろうが、那珂ちゃんと私が既に砲撃を始めているのに、綾波はまだ一発の砲弾も魚雷も撃っていない。

 

「綾波ちゃんと叢雲ちゃんじゃ全然違うよ!それと、もう敵艦隊に突入するよ!」

 

「は、はい!」

 

私が薙刀を握り直すのと同じ様に、 綾波も持っている砲を握り直す。ここからが綾波の戦いとなる。

 

「那珂ちゃんがセンターで、二人はバックをお願いね!」

 

意味合いとしてはうち漏らした敵を頼むと言うことだ。那珂ちゃんを避けた敵が私か綾波の脇をすれ違うことになる。

 

「私の前を遮る愚か者め……」

 

街中を歩いて、自分の進路上に立ち塞がれたイラッとするでしょ?だから私は仕方なくこの薙刀を振るうの。まぁ、街中じゃやらないけど……

 

「よぉく狙って……」

 

砲撃が命中するとどうなるか。砲弾が当たって爆発する。イメージがしにくければ、よくマンガで車と車がぶつかって爆発する。あんなイメージでいいと思う。けど、綾波のそれは少し違う。命中して爆発するまでの間に、砲弾が敵の体内にめり込んでいく。よく零距離射撃は仰角が零という意味で砲口からの距離じゃないというけど、彼女の場合はそっちが正しい。

 

「狙う必要ないじゃない……」

 

「これでもちゃんと狙ってるんです!」

 

「もぉ!センターより目立っちゃ駄目なんだからね!」

 

那珂ちゃんが私達を睨む。いけない……最近私も綾波もこの人と出撃してないから口が軽くなっている。その時、私達に向けて走る雷跡を見つけてしまった。

 

「那珂ちゃん!右舷から雷撃!」

 

「右舷から?!」

 

那珂ちゃんは慌てて進路を変え、それを避けた。右舷には敵がいない。いるのは曙達の七駆だ。横目でそちらを見ると、潮の顔が青ざめている。

 

「また私が怒られるのね……理不尽だなぁ……」

 

その横にいる曙が遠い目をしている。曙、聞こえてるわよ。

 

「那珂ちゃん、絶対路線変更しないって決めてたのに」

 

雷撃を避けたことで、私達の突入は中途半端な結果に終わった。中途半端というが、結果は悪くない。敵の重巡洋艦、駆逐艦二隻、うち一隻は大破。他は撃沈している。

 

「那珂ちゃん的にはアンコールは嬉しいんだけど……アンチはちょっとなぁ……」

 

明らかに那珂ちゃんの機嫌が悪い。追撃の為、私達は一度合流することになった。曙達の七駆は残弾数がすくないということと、戦意喪失の為に撤退させられた。

 

「夜戦だねぇ!」

 

話は冒頭に戻る。川内が夜戦が好きな理由。単純に夜型であることに加え、艤装を背負うと性格が変わる。そして、何より、一度の攻撃で終わらせる事が出来なかった事への苛つきである。川内は一航戦の青い方より鎧袖一触という言葉を那珂ちゃんに叩き込まれている。

 

「そうだねぇ……危険覚悟で再突入かけようか」

 

那珂ちゃんが笑いながら答える。川内型の三人に共通しているのがイライラしだすと気分が高揚するのか、笑みを浮かべ始める。那珂ちゃんはいつも笑っているが、こういう時は本当にいい笑顔をすると思う。

 

「危ないけどやろうか……今度は全員で。近付けば当たるでしょ?」

 

川内が吹雪と敷波を睨む。睨まれた二人は顔を上げれなくなった。なんの説明もしないと川内がただの性格が悪いやつに思われるかもしれないから補足しておく。那珂ちゃんの教えは簡単で一撃必殺である。初太刀を外せば、相手に反撃の準備をさせるだけの時間を与えることになる。だから相手より早く一撃を与え無力化してしまおう!という言うのはとても簡単な那珂ちゃんドクトリンである。 そして質が悪いのは、神通も川内も「那珂ちゃんに言われたことはやれて当然」と思い込んでいるところにある。

 

「ちょっと、そんなに責めないであげて」

 

「そうだよ。大丈夫。今度こそうまくいくから」

 

「……グスッ」

 

「こんなところで泣いちゃ駄目だよ~。ほら、スマイルスマイル!」

 

那珂ちゃん、今のあなたが言っても煽っている様にしか思えないのだけど……

 

「ほら、吹雪。今から挽回すればいいじゃない。私が守ってあげるから」

 

「敷波も。ほら、行きましょう?」

 

「うん……」

 

ーーーー

 

それはもう悲惨な夜戦だった。吹雪は泣きながら戦うし、敷波は何も喋らないし、私と綾波は二人のフォローで大変だし、川内と那珂ちゃんはストレスを全部敵に吐き出していた。探照灯って暗闇の中で敵を探しだす物だと思っていたけど、那珂ちゃんは至近距離で相手の顔に当てて視界を奪う使い方していた。ああいう使い方もあるのね。

 

「前に神通さんの夜戦訓練を受けたことがあるんですよ」

 

鎮守府への帰り道、綾波が話し始めた。

 

「艤装が用意されていて、何も考えずにそれを装備して神通さんとの集合場所に向かったんですよ。そしたら、探照灯も電探も外されていて……真っ暗闇の海の上を燃料が尽きるギリギリまで走らされたんですよね。しかも、途中から潜水艦の夜間雷撃訓練が始まって……常に足の下で潜水艦達が綾波の事を狙って泳いでいたんですよ。訓練なんで撃たれはしなかったですけど……」

 

「ちょっと、怖い話はやめてくれる?夢に出てきたらどうするのよ」

 

「あはは、神通ちゃんらしいね!」

 

小声で話していたはずなのに、那珂ちゃんには聞こえていたようだ。てっきり、帰投するまで気を抜くなと怒られると思ったが那珂ちゃんは気さくに笑っていた。

 

「それで、その後神通ちゃんにお小言言われたの?」

 

「いえ……何故か誉められました」

 

「そりゃ誉められて当然よ。そんな怖い思いしながらやり遂げたんだから」

 

私がそう言うと、那珂ちゃんが振り返り、私の顔をじっと見た。

 

「……何よ?」

 

「じゃあ叢雲ちゃんもやってみようか。ついでに後ろの二人も。潜水艦の夜間雷撃訓練じゃ同じでつまらないから、違うことにするね」

 

「「「えっ?」」」

 

私と吹雪、そして敷波は絶句した。そんな様子を那珂ちゃんは楽しそうに見ていた。

 

「ついでに七駆も誘おう!特にあの栄養が胸にいった子と……何事も無かったかの様に振る舞ったあのウサギ」

 

「私ですか?!」

 

ウサギっ子という懐かしい言葉に反応してしまった。那珂ちゃんはハッとした顔をして慌てて首を振った。

 

「叢雲ちゃんはもうウサギじゃないでしょ?」

 

「そうですか……ならいいんですけど」

 

まだ那珂ちゃんがアイドルを自称していない、那珂さんだった頃、私は頭のギソウにちなんでウサギと呼ばれていた。その時はこの人に名前をちゃん付けで呼ばれるなんて思いもしなかったし、今みたいにタメ口で喋れるなんて夢にも思わなかった。

 

「叢雲ちゃん。敬語……」

 

「あっ……ごめんなさい。じゃない、ごめん」

 

「吹雪ちゃんも、敷波ちゃんもいつまでも落ち込んでないの!そんなんじゃ、川内ちゃんに訓練お呼ばれしなくなっちゃうよ?!」

 

二人は露骨に嫌そうな顔をした。川内はこちらを見ず、ただ前を見ている。

 

「那珂ちゃんは仲間を見捨てるなんて教えないわよ。川内型の訓練が厳しいのも、厳しいこと言うのも、あなた達に生き残って欲しい。そういう考えからよ。だから失敗したら怒るのよ。怒られたくないから失敗したくなくなるでしょ?」

 

私の言葉に言葉に綾波が続いた。

 

「そうですよ。綾波も神通さんには何度も怒られましたし、その度に走らされたました。でもそのおかげでいまがあります。あの戦い方も神通さんが教えてくれたんです」

 

「あんな危なっかしい戦い方……」

 

「危なく無いようにいっぱい訓練させられましたから」

 

綾波は私の方を見た。私にはその意味がわからなかったが、那珂ちゃんは解ったようだ。

 

「叢雲ちゃんは違うよ?叢雲ちゃん、超がたくさん付くほどの負けず嫌いで、那珂ちゃんに演習で勝つ為にあんな戦い方覚えたんだよ?」

 

「私が超がたくさん付くほどの負けず嫌いなら、一回それで負けただけで私より近距離戦が上手くなった那珂さんはどうなるんですか……」

 

「敬語」

 

昔の事を思い出すとついつい敬語になってしまう。

 

「那珂ちゃんは艦隊のアイドルなの!みんなに親しみを持って接して欲しいんだから!」

 

「ほら。那珂。そろそろ鎮守府だよ。あんまりはしゃぐとまた神通に迷惑かけるよ」

 

川内がようやく口を開いた。その声色には少し照れくさそうな嬉しそうな、そんな感じがした。もうすぐ夜が明ける。

 

「疲れたわね……」

 

でもきっとずっと憎まれ役を買っているオレンジの制服を着た三人の方がもっと疲れてるんでしょう。

 

 

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