私が艦娘・叢雲として生まれ変わる時、この世のものとは思えない拷問を経験した。
改造手術を施されいる最中、私の体に投与されていた麻酔は意味を成さなかった。
お産の痛みは知らない。昔見た、宇宙人がお腹を食い破って出てくる痛みも知らない。けれどそれはそれ以上だったいうのはわかる。身体の内側が滅茶苦茶にされる痛み。骨が切れ味の悪いナイフになり内臓、筋肉をズタズタにする。切られるというよりはねじ切られる痛み。修復剤と呼ばれる艦娘用の治療薬が傷ついた内臓を修復するも、またねじ切られる。そんな拷問が長時間続く。
艦娘の多くはこの事を知らない。忘れさせられている。どういう技術かは知らないが忘れている。私は人間としては死に、艦娘として生き返る。そう考えている。だから覚えている私はまだ人間だ。鈴谷も人間だ。そう考えている。
私は今、入渠施設の修復剤で満たされたお風呂に入っている。いや、浮かんでいると言った方が正しいだろう。改装は辛かったが、あの時ほどではない。止まっていた成長が一気に押し寄せた。そんな感じだ。よく成長期の子供は成長痛で節々が痛くなるというが、この歳になってそれを経験するとは思わなかった。
「叢雲〜? いるの〜?」
間の抜けた声が鈴谷の声が聞こえる。とてもダルい。できる事ならしばらく浮かんでいたい。そんな私の思いは鈴谷には伝わらなかった。歳の割には発育の良い身体が目に入る。
「いるじゃん。いるなら返事してよ」
鈴谷はそのまま浴槽に入ってきた。体ぐらい洗いなさいと言いたいところだが、口を動かす気力もない。
「ほほぅ……これはこれは」
鈴谷が私の体を弄る。擽ったい。
「大きくなってる!」
鈴谷は興味津々に私の胸を弄る。やめていただきたい。
「……大きくなったというより、太った?」
ゴンッ。私の意思に反して、腕が動いた。強く握りしめた拳は的確に鈴谷の脳天を叩いた。頭を抑える鈴谷を見る。涙目になった鈴谷は私の方を恐る恐るといった様子で見ていた。
「叢雲……?」
私は再び力を抜いて浴槽に浮かんだ。
「叢雲! 鈴谷だよ? 覚えてるよね?」
鈴谷が心配そうに私の顔を覗き込む。しばらく私の名前を呼ぶと、今度は肩を掴んで揺らし始めた。顔に修復剤がかかる。時々鼻に水が入って息が苦しくなった。
「ねぇ! 答えてよ! 叢雲!」
「うるさいわね……この憎たらしいのを忘れるわけないでしょ」
やっと体が言う事を聞いてくれた。私は鈴谷の頭に手を伸ばしたつもりだったが、腕にうまく力が入らなかった。顔より下。憎たらしいほど大きいそれに手がかかる。鈴谷は一瞬驚いたような顔をしたが、泣き出してしまった。そのまま抱き締められる。憎たらしいそれに私の顔がうずまる。
「よかった……よかったぁぁぁ!」
泣きじゃくる鈴谷の両肩を押し、鈴谷から離れる。何をそこまで心配していたのだろうか。
「改装だって聞いて。工廠から叢雲の悲鳴が聞こえて。もしかしてまたあの手術を受けてるんじゃないかって。そしたら私のこと忘れちゃうんじゃないかって」
「騒がしいと思ったら、気がついたんですね」
ドック(浴室)入り口に疲れきった顔をした明石と心配そうな顔をした那珂ちゃんがいた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ。まだ全身が痛い。筋肉痛なんて比じゃないくらい」
「すいません。叢雲さんの様なパターンは始めてでして……」
明石が申し訳なさそうな表情をしている。以前の改装は艤装だけだった。
だが今回、工廠に用意された謎の機械に私は入れられた。私の入ったコールドスリープ装置の様それに培養液の様なものが満たされた。溺れるんじゃないかと思ったが急に眠たくなり寝てしまった。その後が大変だった。金縛り状態とでもいうのだろうか、起きてないけど意識がある。それで全身が痛い。さっき鈴谷が悲鳴をあげていたと言っていたが覚えていない。
「無事に終わったらならいいわ。それで、これからどうするの?」
「しばらくは経過を見るように言われています。なのでお休みですね」
「そう……」
「気軽に言っちゃったけど、大変だったね」
那珂さんが私に声をかける。すると、私の体は無意識に姿勢を正した。
「もう! 叢雲ちゃんは疲れてるんだから楽にしてていいのに!」
プンプン。そんな擬音が似合いそうな表情をした那珂ちゃんが私を見る。この人がいるんじゃ私の気は休まりそうにない。
「でも叢雲ちゃん。すっごく魅力的になったね!」
「ね! ここもこんなに……」
落ち着いた鈴谷がまた私の胸を掴む。今度は遠慮がない。今の私に抵抗する力は無かった。
「大きいというか……綺麗だね。胸筋? ハリがあるというか……腹筋とのバランスもいい」
那珂ちゃんが那珂さんになる。私の身体を舐め回すように見ていた。
「今回の改装で叢雲さんの筋肉量は大幅に増加しました。以前、那珂さんが筋肉がつかない貧弱な子、と言っていましたが、今回はこれまで蓄積されていた……筋肉値とでもいいましょうか。それが身体に出たということになります」
「太ったというよりは、ガタイが良くなったってことね。言われてみればさっきのゲンコツも前より痛かった気がする」
鈴谷が頭をさすった。那珂さんは相変わらず私の身体を見ると、納得したようにうなづいた。
「明石さん。叢雲ちゃんの艤装の改装はいつ終わるの?」
「しばらくかかります。特に薙刀型の艤装ですが……これまでのものでは強度不足だと思われるので、新しいものを用意します。時間はかかりますが……」
「叢雲ちゃんの復帰戦には間に合いそうにない?」
「おそらく……」
申し訳なさそうな明石に対して、那珂ちゃんは心なしか嬉しそうな表情をしていた。嫌な予感しかしない。
「薙刀がないと叢雲なんもできないじゃん」
鈴谷が失礼なことを言う。別に何も出来なくはない。砲撃も雷撃も出来る。ただこれまでそんなにやらなかっただけだ。
「そうだね。叢雲ちゃん。痛みが取れたら鍛えないといけないね!」
どこかの気合が入った高速戦艦のようなポーズをとった那珂ちゃんがいる。いや、もう那珂さんだろう。
「叢雲はしばらくお休みなんだから鈴谷と遊ぶの!」
鈴谷が私を力強く抱く。那珂さんの険しい視線が鈴谷を射抜く。鈴谷から伝わる心音が大きくなり、テンポが早くなる。引く気は無いが緊張はしているようだ。しばらく睨み合いが続くと、那珂さんが大きなため息をついた。
「裸で抱き合ってる二人には敵わないね……」
那珂さんに言われて気がついた。私はいますごく恥ずかしいことをされている。
「じゃあ、叢雲ちゃん。調子が良くなって満足したら私のところにきてね。今のまま海に出るのも不安だろうから」
那珂さんはそう言ってドックから出ていった。そのあとを明石が追う。鈴谷もホッとしただろう。私を放してくれた。私も緊張していたのか、それとも恥ずかしいからなのかはわからないが、鼓動のリズムが大人しくなる。鈴谷のものだと思っていた心音はもしかしたら自分のものだったのかもしれない。
「叢雲。それでどこ行く?」
「疲れたわ……あなたが決めておいて」