改二になり、いろいろと成長した私はある問題に直面していた。それは成長期を迎えた子供を持つ親なら誰しもが経験するであろう悩みだ。鏡に映った自分の姿を見る。
「…………なんて破廉恥な」
前ボタンのシャツが部分的に閉められない。開放的なVネックとでも呼べばいいのだろうか。
「嬉しいような……昔の自分が悲しいような……」
人並みにはあると信じていたそれが、信仰から現実のものに変わった。そんな実感がある。
制服の方はギソウとあわせ、新調される予定になっている。明石に身体測定をされたときは変わった自分の数値に驚かされた。ただ、増えなくていい数値まで増えていた。良いことばかりではないらしい。
「しかし困ったわね……」
着る服がない。少し大きめの寝巻きで鎮守府の中をうろつくわけにはいかない。それにせっかく貰った休みを何処にも行かず、何もせずに過ごすのは勿体ない。しかし服がない。
「……誰かから借りるしか無さそうね」
私は軽く身支度を整え、誰に服を借りるか考えた。
まず鈴谷。あの子は駄目だ。今の私でもサイズ感があわない。自分と同じぐらいの体型を考える。
「……決めた」
私は時計を見る。ちょうど訓練が終わる時間だ。外に出ても問題なさそうな寝間着を選び私は自室を後にした。
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食堂は訓練明けの子や哨戒任務から帰ってきた子達で賑わっていた。その中の訓練から帰ってきたばかりの神通がいた。
「隣、いいかしら?」
「………………?」
神通はしばらくポカンとしていた。私はそんな神通を不思議に思い、首を傾げる。
「…………ッ?!どうぞ!!」
「?……ありがとう」
神通は慌てて食事の乗ったトレイを自分の方によせる。別に私が座ろうとしていたところまで領地を拡げていたわけではないのに。
「噂通り、別人みたいですね……」
「どんな噂が流れてるのよ……まぁ二度と経験したくないわ」
サンドイッチを頬張りながら答える。神通はカレーを食べていた。
「あなたにお願いがあるのよ」
「私に? なんでしょう。訓練のお付き合いですか?」
神通が目を輝かせる。どれだけ訓練が好きなのよ。
「駄目だよ! 叢雲ちゃん改二の初めては私が貰うんだから!」
あら、那珂ちゃん。いつの間に後ろに立っていたのかしら。気配を消して忍び寄るのやめてほしいのだけど。あと変な言い方はしないでほしいわね。
「違うわよ! 両方の意味で違うし、私にそんな趣味ないからね!!」
私は大きな声をあげて否定をする。既に一部の子は顔を見合わせヒソヒソ話をしていた。
「あなたに服を借りたいのよ。外に出るのに、着る服がなくてね」
「ネットで買えばいいじゃん」
今度は鈴谷が現れる。隣には摩耶もいた。結局いつものメンバーが集まった。
「私は現物を見て買う主義なのよ。それに、いろいろ見てみたいじゃない」
「そうだよ。着てみたら自分のイメージと違ったなんてよくあることだし」
珍しく那珂ちゃんと意見があう。服の趣味は全然違うけど。
「なんかおばさんくさい……」
「摩耶ちゃんの言う通りだよ。あわないなら小物を使えばいいじゃん」
若人二人が失礼極まりないことを言う。神通の教育はどうなっているのかしら。
「那珂ちゃんがおばさんくさい…………? えっ、どういうこと?」
那珂ちゃんの目つきが変わる。キラキラした目から光が失われた。
「……それは服を買いに行くってことですか? いつですか? 私、今月は予定が埋まっているので来月にしましょう」
神通の目も本気になる。いったい何なのよ。
「できればこの休み中に行きたいの。悪いけど服を貸してちょうだい。お土産買ってくるから」
「じゃああたしも行く!」
鈴谷が自分が一番だと言わんばかりに手を上げた。それをみた神通が恨めしそうに鈴谷を睨む。
「ひゃうッ!」
突如胸が揉まれた。何事かと思い振り返る。那珂ちゃんの顔が近い。
「……神通ちゃんのほうが大きいかな。サイズあわないかも。那珂ちゃんのを貸してあげるよ」
私の胸を揉む那珂ちゃんの手を神通が左手で掴む。右手に握られたスプーンは曲がっていた。初めてタネも仕掛けもないスプーン曲げを見れた。
「痛い! 神通ちゃん! 痛いよ! 折れちゃう! 折れちゃうから!!」
「那珂ちゃん、これぐらいしないとわからないでしょう? それにその腕が簡単に折れるとも思えないわ」
「痛いことには変わりないから! 離して!」
「じゃあ明日ね! 私休みの申請出してくる!」
鈴谷が逃げるように席を立つ。すると、ダンッ!と大きな音がした。神通の右手に持っていたスプーンだった何かが机に突き刺さっている。
「あなたは明日も訓練です。私がいま決めました」
「神通さん。大人気ないぜ……」
摩耶が呆れたような声を漏らす。神通は悔しそうに摩耶を見た。
「じゃあ那珂ちゃんも行ってくる!」
その一瞬の隙をついて那珂ちゃんが逃げ出した。鈴谷と一緒に走り去る。その背中を神通は忌々しそうに見ていた。
「新しいスプーン取ってきてあげるわ……」
「……はい、お願いします」
神通はがっくりと肩を落とした。
ーーーー
翌日、那珂ちゃんから自分の趣味じゃないフリフリのついた可愛らしい洋服を借りた。
「か〜わ〜い〜い〜」
先に駐車場にいた鈴谷が私達を見つけるなり興奮気味に私を舐め回すように見る。那珂ちゃんは自分のコーディネートにご満悦のようだ。
「……恥ずかしいわ。はやく車に乗ってちょうだい」
助手席側の扉をあけて、シートを倒す。前も言ったけど、私の車は後ろが狭い。本来なら那珂ちゃんを乗せるべきだが、鈴谷を先に乗せる。鈴谷もその意図を察したのだろう。乗り込もうとした。
「鈴谷ちゃん。後ろだと狭いでしょ? 那珂ちゃんの方が小さいから後ろ乗るよ?」
「いいの?」
「大丈夫! それに他人に助手席に乗って欲しくないでしょ?」
「どういう意味よ……」
那珂ちゃんは素早く後ろに乗り込むと、シートを元の位置に戻した。
「はやく行こう! 神通ちゃんが怖い……」
那珂ちゃんは鎮守府の窓を指差した。そこには恨めしそうにこちらを見ている神通がいた。
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鈴谷は私と出掛けることを楽しみにしていた様だ。行く場所も前々から決めていたらしく、那珂ちゃんが邪魔したんじゃないかと気を使う程だった。
高速で二時間ちょっとの場所にある大型の屋外ショッピングモールに来た。
車内では鈴谷と那珂ちゃんがガールズトークに華をさかせていた。最近のアイドルはどーだのと私にはわからない話だった。
「戦時下の平日だっていうのに、すごく賑わってるわね……」
私達は駐車場に入るための渋滞に巻き込まれていた。前の車の中で、きっと楽しそうに話しているであろうアベックを見て溜め息を漏らす。
「あれ? もしかして前のアベックに嫉妬してるの?」
那珂ちゃんが茶化す様に言う。
「あべっくって何?」
「男と女のつがいよ」
「カップルのこと? そういえば昔お母さんがそんな言葉使ってた気がする」
「「お母さん……?」」
私と那珂ちゃんの声がハモる。そんな古い言葉を使っている自覚はない。
「それで……そのあべっく? が羨ましいの?」
「私は今のあなたが羨ましいわ」
「那珂ちゃんも……」
落ち込む私と那珂ちゃんを鈴谷は不思議そうに見ていた。
ーーーー
私は自分の好きなブランドのお店を見ていた。鈴谷と那珂ちゃんは近くにある他のブランドを見ている。
「何かお探しでしょうか?」
店員さんが不思議そうに私に声をかけた。それもそうだろう。今の私の格好じゃここのお店の雰囲気とは全然あわない。外人しかいないフレンチのレストランに和服で入るようなものだ。
「洋服のサイズが変わってしまって……」
「サイズがですか?」
店員さんは更に訝しげな顔をした。そりゃそうだろう。私ぐらいの歳の人が急にサイズが変わるなんてありえない。激太りしたとか激ヤセしたといっても段階がある。今の私は冷やかしの客にしか見えていないだろう。
「これ、試着できるかしら?」
「はい。こちらにどうぞ」
好きなデザインのシャツブラウスとパンツを持って試着室に入る。着替え終わり、鏡の前で自分の姿を確認していると、唐突にカーテンが開けられた。
「終わった?!」
「あなたたち。私がまだ着替えていたらどうするのよ……」
鈴谷と那珂ちゃんいた。二人とも感心するように私を眺めている。
「なんか、やっと年相応って感じだね」
鈴谷が率直な感想を述べる。私自身もそう思う。
「「ん? やっと?」」
やっとの意味がわからない。私は前からこういう格好をしていたはずだ。先ほどの服をかわいいとべた褒めしていたじゃないか。
「うん。やっと洋服に叢雲が追いついたね」
「……あなた、最近は本っ当に遠慮がないわね」
「いや、ちょっと待って。那珂ちゃん、叢雲ちゃんと同じぐらいなんだけど?」
那珂ちゃんが妙に必死だ。それと、あなたは私よりも上でしょうに。
「那珂ちゃんは若々しいじゃん?」
自分の失言に気がついたのであろう。焦った鈴谷がフォローする。あまり効果はなさそうだけど。
「若々しい? そっかぁ〜……そっかぁ〜!」
効果は抜群だったようだ。那珂ちゃんは心底嬉しそうにしている。
「これ、頂けますか?」
「はい。かしこまりました」
私達のやりとりを不思議そうに見ていた店員さんに声をかける。よくわからなくても売り上げになるなら迷惑じゃないはず。私は強く、とても強くそう思い込んだ。
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買ったものに着替えさせてもらい、私たちは少し休むことにした。
街中どこにでもある喫茶店。
「あたし、ダークモカチップクリームフラペチーノ!!」
鈴谷が呪文を唱えた。店員さんは呪文を理解したのだろう。同じ言葉を繰り返す。
「私はカフェラテ」
「那珂ちゃんもラテで」
私が財布を取り出そうとすると、那珂ちゃんがそれを制した。
「ここは那珂ちゃんが払うよ」
那珂ちゃんがレジの前に立った。
バリバリッ! マジックテープが剥がれる音がする。私も鈴谷も思わず見てしまった。
チェーン店とはいえ、それなりにお洒落なところだ。そんな店中でフリフリの可愛らしい洋服を着た、それなりに可愛らしい美人がナイロンの財布からお金を出している。
「……あなた、なんて顔してるよ」
空いた口が塞がらない。鈴谷はそんな顔をしていた。
「お待たせ!」
那珂ちゃんがカップの乗ったトレイを机に置く。鈴谷は那珂ちゃんの財布が入る可愛らしい鞄を見ていた。
「那珂ちゃん……これ飲んだらお財布買いに行こう……」
「えっ? 財布?」
「私もそれに賛成だわ」
「えっ? どういうこと?」
私達の顔を交互に見やる那珂ちゃんをよそに、私と鈴谷は顔をあわせ頷いた。