東方獣転録   作:古明地 航

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本当に申し訳ありません!
ぎりぎりです!


番外 内情とBAD END1

 あたいが相手するには、どうしようもなく弱い妖怪を軽く薙ぎ払い、図らずとも助けた形となった、嬲られ気絶した恐ろしく可燐で美しい水色の人狼を見下ろしながらあたい、火焔猫 燐は思考する。

 

 

 あたいがその日その時間に、その場所に居たのは全く持って偶然だった。

 気が向いたから、それ以外の…それ以上の理由はなく、森にいたのは本当に偶然。

 地底で過ごしてる身の上状、簡単に地上に出るわけにもいかないけど、時たま地上に気晴らしの散歩に出かけるのだ。

 本来、地上と地底での取り決めがあって、地上の妖怪も地底の妖怪も簡単に出入りすることは出来ないのだけれど、あたいの立場上、ある程度、他の奴らと違い容易に出入り出来るのだが…この際関係ないことではあるのでこれ以上語るのはやめておくとしようかね。

 久しぶりに外に出て散歩している途中でこの人狼が襲われているところに遭遇してしまったので、成行きで助けてしまったのだけれど……。

 チラリともう一度人狼である少女を見、あたいは息を飲んだ。

 何故息を呑んだのか?決して嬲られていた少女の状態が酷かった訳ではない。

 では何故か?答えは簡単だ。その少女が余りにも美しかったからだ。

 

 寝ているから、正確な身長は分からないが…あたいよりも頭一つか二つ分小さい身長。土で汚れてしまってもなお、美しさを損なうことがない色鮮やかな髪に、きめ細やかで、シミ一つない白く美しい肌。

 すべてのパーツがまるで一流の人形師に造り込まれたように完璧であり、整った端正な顔。

 

 同性である筈の少女に、あたいはその瞬間確かに見惚れていた。  

 無防備に地面に横たわる少女に、妖怪というよりも前に獣として襲いたいという欲求が生まれるが、頭を大きく左右に振り、その思考を振り払う。

 助けた少女を襲ってどうするんだと、自分自身にツッコミを入れる。

 

 取り敢えず地霊殿に運ぼうかね

 

 邪な考えを振り払った頭でやるべき事を模索し、あたいの住む地霊殿に運ぼうという意見を即座に採用し、傷に触れないように慎重に背中と膝裏に腕を通し抱え上げる。

 気をつけはしたが、痛がっていないか心配し顔を覗き込んだところでもう一度あたいは息を飲んだ。

 

 決して淫美な表情を浮かべている訳じゃない…だが、その完成された美である人狼の少女の口から溢れ落ちる血に魅せられた。

 

 美味しそう……

 

 その感情以外思い浮かばず、あたいはあたいを止められなかった。

 気づけば抱え上げた体勢のまま、首筋に着いた血を舐めあげていた。

 舐めあげると同時に口の中に広がる芳醇な香りに絶品といっても足りない程に洗練された味に口内が支配される。

 脳が蕩けるかのような多幸感。

 その香りに、味に犯された思考が溶け出し抑圧された本能が滲み出そうになる。

 

 食べたい…食べたい、食べたいたべたいタベタイ!!

 

 ゴシャッ!!

 

 純然たる食欲に染め上げられそうになる思考を、殴り飛ばした。あたいの左頬と同時に。

 口内に出来た傷から滲み出た血が舌の上に染み、錆鉄の味が口の中に広がると共に幾分か思考が冷静な部分を取り戻す。

人狼の少女と比べたら天と地程のあたい自身の血の味が今はありがたい。

 食べたい…余計な思考が浮かぶ前にあたいは妖力を用いて森の木々よりも高く飛び上がり空を飛翔する。

 さとり様の住む、あたいにとっての家に帰るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――【BAD END】―――――――――――

 

 

※大丈夫だとは思いますが、酷く残酷な描写がこの先あります。

 外伝の為、読まなくてもストーリーに支障が出るわけではありません。

 ご了承下さい。では、どうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人狼の少女の首筋に付いた血を舐め上げたあたいは、気付けば助けた筈の少女を押し倒していた。

 はぁ…はぁ…と意思とは関係なく大きく乱れ、荒くなる息。ドクドクと少女に聞かれ、起きてしまうのではないかと思ってしまう程に激しくなっていく心音。

 押し倒した少女を見つめるあたいの顔は鏡が無くても赤くなっているのだろうなぁと分かってしまう。だってそれ程に顔が熱い。

 あぁ…瞳孔が広がっていくのが本能的に分かってしまう。

 熱を逃がす為に右手で襟を広げる。

 

 あぁ……もう何もかもが正常じゃない。

 永遠に高まり続ける熱が視界を、思考を極端なまでに狭めてしまうのが分かる。

 最早視界には人狼の少女しか映らず、あたいがこの少女を助けたことなんて、どうでもよくなっていた。

 

 それでも…それでもなお、正常な思考を取り戻そうと残された一部の思考が抵抗した。

 だが、それも長くは続かなかった。何故なら…目に入ってしまったからだ。

 

 人狼の少女の手首に微かに付いた血を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――【Side.奏】―――――――――――

 

 

 

 背中に走った痛みで徐々に意識が覚醒していく。

 ぼんやりとした視界に徐々に色が現れていく。

 緑と茶色に記憶が呼び起こされる。あの時の恐———

 

 「づあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 喉から絶叫が漏れた。恐怖じゃない。痛みでだ。

 喉から止めどなく声と共に空気が出る。痛みで体が痙攣し僅かに跳ねる。

 色の付いた水滴が垂れたキャンパスの様だった視界が痛みによって鮮明な色を取り戻した。

 認識出来たのはあの化け物に嬲られ気絶した森で見上げたのと同じように空を覆う枝葉。

 そこまで認識した瞬間に再び鋭い激痛が走った。

 背中を浮かせ、仰け反らせ、絶叫を上げながらでも覚醒した今の状態ならすぐに激痛が発生した元が理解出来た。

 大きな波が引き、痛みの軽くなった俺は、断続的に発生する痛みに歯を食いしばって耐えながら元凶に目を向けた。

 

 そこには、白いもの(・・・・)を覗かせる見慣れない俺自身の腕と…俺の腰に跨り、赤いもの(・・・・)によって口元と服を染めた猫耳の生えた少女がいた。

 

 「っ!」

 

 恐怖で喉が引き絞られ、痛みで呼吸が上手くいかない。

 元の体ならば軽く跳ね上げられそうな少女に跨られたまま、必死で身を捩る。

 体は動く、動く…だけど、少女が乗った腰部分だけがどうしても動かない。

 少女の体が決して重い訳ではない。今の俺よりも重いかもしれないが……

 そこまで思考して、背筋を這った寒気に体を震わせ、少女の顔を見上げた。

 不快気に細められた、縦長の瞳孔を内包する瞳と目が合った。

 まるで、捕らえたはずの獲物に予想外の反撃を受けた肉食動物かのような―――

 

 ミシメキッ!!

 

 「ぐぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!?」

 

 万力かのような力で腰を挟み込まれ、余りの力に腰骨が悲鳴を上げた。

 痛みで明滅する視界の中で、少女の唇が歪な弧を描く。

 なんで、どうして、なんて思考は最早なく、ただこの痛みから解放されたいという欲求だけが思考を支配する。 

 「ごめんなさい……ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい――――――」

 

 何に対して俺自身では判断出来ない。それほどまでに思考は散り散りで、曖昧で。

 多分、酷い顔をしているだろう。だけど、そんなことはどうでもよかった。

 涙で滲む視界の中で、壊れたボイスレコーダーのように同じ言葉を繰り返す俺を見下ろしながら、少女の笑みが深まったのが見えた。

 それが、許しの笑顔に見えた俺は、安堵の気持ちと共に泣き笑いを浮かべる。

 なんとか話しかけようと思い口を開け――――――

 

 バキッ‼

 

 凄惨な音が体の内側から響いた。

 「えっ?」という間抜けな声が思わず喉を突いて出た。その一瞬全てを忘れた。痛みも思考も何もかも。

 思わず漏れたその声が、体が吐き出したエラーでSOSであることなんて、分かる筈もなかった。

 

 「———————————————!?!?」

 

 次の瞬間押し寄せてきた激痛に、言語化出来ない悲鳴を吐き出した。

 脳が激痛で支配され、思考が真っ白に染まる。

 思考と完全に切り離された体が跳ね、仰け反り、痙攣する。

 足の付け根を起点に、決壊したかのように広がり続ける水溜まりが体と衝突し、パシャパシャという音が響く。

 上向きに向いた視界は何も映してはくれない。そもそも、今の俺に何かを認識することが出来るかは定かではないが。

 何も知ることの出来ないまま、俺の意識は暗闇に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び目を覚ました時、腰骨の痛みを感じることは出来なかった。

 多分、痛覚が麻痺したのだろうが、もう激痛を味合わなくていいと思うとありがたかった。

 首を動かし、咀嚼音のする足元に目を向ければ、血の染みの範囲を大きくした少女と、足だったものが視界に映った。

 右、左と傾けて見ると、骨すら最早存在しなかった。

 やけに落ち着いた思考で、出血多量のせいでもあったのかな、と戯れにとぼけてみる。

 やがて、思考にも霞がかかりだし、猛烈な眠気が襲いだした。

 その眠気に従ったが最後、もう戻って来れないことは理解出来ていた。だけど、もし生きていたとしてもまともに生活を送ることが出来ないことも理解していた。

 決心なんてする必要もなく決まっていた。

 ただ、瞼を閉じる瞬間に、無意識に涙混じりの声で呟いていた。

 

 「あ、あぁ…もっと……生きて…いたかった、なぁ…」

 

 直後に「えっ?」という言葉が聞こえた気がしたが、既に思考する時間も、まともな思考も残ってはいなかった。

 

 

 意識が永遠の暗闇に落ちる。

 酷く恐ろしい筈なのに、何故かとても……暖かかった。

 

 

――――――――――【Side.燐】―――――――――――

 

 正気を取り戻したあたしは、目の前に広がる光景に絶句した。

 助けた筈の少女の四肢は既に失く、夥しい量の血が地面を赤く、紅く、朱く染めていた。

 少女の顔は涙のせいで濡れているのに、苦痛に歪んではいなくて――――――

 

 「あ…あぁ…あぁぁあぁぁぁあぁ!!」

 

 気付けば頭を抱えて蹲り、認めたくない現実から目を背けるかのように絶叫していた。

 文字通り身を啄む激痛から解放されたからこそ少女が浮かべた筈の笑顔を、自身への許しと解釈しようとするあたし自身に嫌悪する。

 なにより……”もっと生きたかった”という言葉を聞いた、聞いてしまっていた。

 強い者が弱い者を喰らい、弱い者は強い者に見咎められないように必死で身を隠す。

 あたしはそうしてきた。鬼や天狗を除く幻想郷に住む全ての人妖も例外なくそうしている。

 目の前の少女はそれが出来なかった。出来なかったが故に、下級妖怪に追い詰められ、そしてあたしに喰われた。

 ただそれだけ…それだけの筈なのに、酷く心が痛い。

 「ごめんなさい」と思わず呟いたあたしの前で、不思議なことが起きた。

 突然少女の体が崩れ、地面に万遍なく広がり、血の円が作り出された。

 呆然とその様を見つめるあたしが感情は”勿体無い”なのだから、本当に救えない。

 やがて円が中心に集まりだし、集まりきったその時、強く発光した。

 思わず手で目を覆う。強いわけじゃないが、見させてもくれない不思議な光。

 やがて、10秒も続かずに光が消え、手を退けたおかげで正常に戻った視界に、2輪の花が映った。

 狼の少女を連想させる淡い青色の花弁を持つ1輪のアザミに、光沢すらも発する漆黒の黒を持つ1輪のアザミ。

 

 『……やれやれ…失敗失敗、と…』

 

 何故か、黒色のアザミから、そう言って嘆息する声が聞こえた…気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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