管理せよ 作:作者
グリーグは身体に震えが走った。
目の前のコイツは、明らかに異常だ。
そんな異常が、その手に恐ろしい武器を持って。
こちらを品定めするように見ているのだ。
やめてくれ。
そんな目で見るな。
殺さないでくれ。
心に出ては口までは出ないそれらを吐き出して、更に気分が悪くなる。
だんだんと視界が歪み始めてきた。
そんな時だ。
化け物はその兵器を下げて、その場に片膝を下す。両翼もそれに合わせるように横に展開され、炎は真後ろに向けて噴射されている。
なんだ、何をやっているんだ。
そんな疑問が出ると同時に、あり得ない考えが浮かんだ。
コイツは俺たちに服従しているのか。
そんなわけがない。
が、既に恐怖で可笑しくなっている頭が正常な考えが出来るはずもない。
グリーグは笑い、笑おうとして。
再度恐怖に顔を歪めた。
--ガギィィン!!
そんな音と立てながら化け物は背中に背負う鉄の何かから長方形型の鉄棒を伸ばしていき、先端に繋がれた筒状の何かを前腕に装着した。
鈍く反射する、大きい穴が開いた『何か』
先ほどから目の前の化け物が使っている『何か』はどれも異常だが、目の前で展開されたソレはソレら以上に危険だと、本能で分かった。
お前、何をするつもりだ!?
それすら震えた口には発する事が出来ないと情けなくなるが、今はそれどころではない。
化け物が持つソレが不気味にいや、鮮やかに発光し始めたのだ。
危険だ、逃げろ、にげろ、ニゲロ。
本能が叫び、理性も呼応するが、身体が動かない。
蛇に睨まれたカエル。
今の自分はまさにコレだと情けなくなる。
だが恐怖に支配された脳が考えるのはただ一つ。
-ーいやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ
--死にたくない、死にたくない、死にたくない、しにたくない、シニタクナイ、シニタクナイ
--ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ
不気味に、病気のように連呼し、こだまする心の声。
身体が動かず、叫ぶことすらできないグリーグにとってはこれだけが、唯一できた抵抗だった。
だがそれは、グリーグだけに限ったことではない。
他の皆も同じだった。目の前の惨状を見て、恐怖して。
動けずただ願う事しかできなかったのだ。
光の輝きが最高峰に達する。
衝撃波が走り、ソレにバチバチと線が走る。
と、その瞬間に。
--******!??!?!
後ろから悲痛な叫び声が聞こえた。
耳が張り裂けそうな爆音。
頭が割れそうに痛くなる。身体にも響き、筋肉に振動が伝播する。
だがそれで、筋肉に緩みが出来た。
恐怖によって硬直していた身体は極端な力みを失い、地面に崩れ去る。
グリーグをはじめとするパーティメンバーはその場に尻もちをつく。
なんなんだ、一体。
今のはなんだ。何が起こった。
グリーグは必然的に数秒前に見えた閃光について思い出す。
化け物の手に装着されたソレから放たれた『おおきな何か』は青い稲妻を纏って一瞬遅れでしか視認できないほどの超速度だった。
そしてそれを認識した瞬間に、後ろで凶獣の悲鳴が聞こえた。
それらが組み合わさり、示すものとは。
つまり。
まさか。
グリーグの脳内に嫌な映像が流れる。
そんな訳ない。
あり得ないと否定するように、硬直する。
ならば後ろを振り向け。
脳細胞の一部がそう指示する。が、恐怖で動かない。
現実を、あり得ないだろう現実を認めたくなかった。
目の前の化け物の規格外さを、認めたくなかった。
が、
「………うそ」
パーティのヒーラーを務めるリーシャの呆けた呟きが聞こえた。
それを切っ掛けにグリーグも後ろを振り返ってしまう。
我慢を振り切ってみた現実。
それは想像をはるかに超えていた。
--*****!!!!
巻き散る砂煙の中、不気味に輝く二つの紅眼。
唸り声が少しずつ小さくなっていく、また大きくなっていく。
そうしている内に砂煙が晴れ、凶獣の全体像が見えてくる。
唸りを上げる口元から赤い液体が絶え間なく流れ出て、
血濡れた右前足に抑えられた肩部からも滝の様に流れ、
少し離れた場所に無残に千切れた脚が転がっている。
「……化け物が」
グリーグはついに、その言葉を喋った。
ふらついて、身体に更なる異常を来たしてやっと。
その言葉を呟いた。
目の前に蹲る凶獣は既に満身創痍だ。
一直線にえぐられるように捥がれた左前後脚は千切れ、バラバラになって飛び散り、
身体のいたる場所血肉は剥がれ飛び散り、骨が飛び出しており、
口、目、耳、傷跡。体中のいたる場所から血液が流れ出ている。
これではどうあがいても、数十分で死に至るだろう。しかも苦しみながら。
そして一番恐ろしいのが、これをたった一撃の攻撃で、一瞬で作り出してしまう化け物だ。
何十何百といる魔物を蹴散らし、Sランク以上の強さを誇る魔物を一撃で叩き潰す。
それでいてなお、余裕の表情だ。これほどまでに恐ろしい事はない。
ー-ああ、だめだ。
そういってついにバタリと地に伏せるグリーグ。
ここにきてついに、体力の限界らしい。
それでも彼は諦めない。全く力の入らない身体に鞭打って、顔を上げる。
--ヴヴィィィン!!
目の前には先ほどの化け物が翼を展開し、光り輝く刀身を持つ刀で凶獣の頭部を首から切り落とす姿があった。
それでも尚、化け物には表情がない。まるで仕事か作業だと割り切った、処刑人のようだ。
ボトリと落ちた
一生会う事のないだろうというソイツの顔は不謹慎にも笑っているようにも見えた。
そして、自分自身ですら、笑っていると。
グリーグは意識が途切れた。
*****
語り終えたグリーグは少しだけグッタリしていう。
アイツは本当の意味で【化け物】だと。
「あんな奴らの相手、S級冒険者でも動かさない限り無傷は免れない。A級冒険者では少なくとも死人がでる。
そんな状況だってのにあの化け物は一人で、作業のように殺していった。
俺は、俺は……怖くて、怖くて堪らなかったよ」
冒険者ギルドに深い沈黙が訪れる。
いつの間にやら、ギルド全体でグリーグの話を聞いていたようだ。
何故聞いていたのか、それは各自で異なる。
同情したのか、面白さ求めに聞いたのか、はたまた空気を読んで聞いていたのか。
それは分からない。
だが、少なくとも現場に居合わせた彼らはソイツについて、悪い印象を持っていなかった。
「……なんで、ですか? そんな酷い目に遭わされたのに……」
「なんで、か………たぶん、ソイツが命の恩人だからだろうな」
「え……?」
「俺たちは本来、あんな状況で生き残れるようなタマじゃなかった。A級ですら難しいと思える奴ら相手にC級冒険者が生き残れるわけがないんだ。
それでもこうして酒を飲めるのはな……アイツが居たからなんだよ」
あの場、本来ならば依頼のためにとノコノコ出向いたグリーグ達以外、いなかった。
つまり、自分たちだけであの戦力に立ち向かわなければ成らなかったのだ。
その場合全滅は間違いない。事実凶獣より脅威度の低い魔物の大群にすらメンバーを一人やられていた。
化け物がその場に居合わせなければどう足掻いても全滅は間違いなかったのだ。
「へへっ、おかしいよな。化け物だなんだの言ってる奴相手にこんな事いうなんて。
でも、それは嘘偽りのない俺の気持ちなんだ。それはたぶん、皆も同じだと思う」
『………』
見れば確かにパーティメンバー全員、表情が柔らかい。
話を聞きながらビールを飲む重戦士のバルゴスはいつも浮き出てている顔の筋が少なく、
盗賊のルーカスはいつも弄っているナイフをテーブルに放置してビールばかり飲み、
ヒーラーのリーシャは自分が持つティーカープの注がれた紅茶を眺め、惚けてやまない。
いつもの荒々しさは何処に行ったんだと言いたくなるほど、疲れきったような表情をしていた。
「まあ、恐ろしい奴だってのは変わらない。できれば近くに居たくないとも思う。けどそれでも……俺は奴に感謝している」
『………』
「……ふふっ。そうですね」
そんなミリアの一言で場の空気がもとに戻る。
静かだった酒場に活気が戻り。
また酒飲みたちの談笑がそこら中から聞こえ始めた。
そんな時、盗賊のルーカスがああそういえばと、小さくしゃべり始めた。
その手にはいつの間にか、お気に入りの短刀が握られていた。
「俺たちはその後倒れ、担ぎ込まれた病院で目が覚めたんだが。
そこで面白い話を聞いてな」
クククと笑うルーカスにお前その話はと止めに入るグリーグ。
だがルーカスはやめようとしない。
ニヒルな笑みで彼はつぶやく。
「俺たちを拾って病院に連れてきた旅商人によれば、そんな腕脚を捥がれた凶獣なんていなかったそうだ。他にもバラバラに粉砕された魔物たちも。
これはギルドも確認している。欠片も見つからなかったと」
「……え?」
ミリアの表情が凍る。
先ほどまで語っていた驚異の存在が、死んで動けないはずの身体が見当たらない?
「それは一体……?」
「さあ、な。俺は聞いたことを言ったまでだ、詳しくは知らねえよ」
「……」
「まあ、なんだ。恐らくアイツが何かやったのか、もしくは凶獣達自体に何か原因があるんだろう。俺たち人類はそれほど詳しく凶獣について知らねえしな」
そう言う彼の瞳は深く、沈んでいた。
今回の依頼、謎の化け物、いない筈の凶獣と消えた死体。
自分たちの知らないところで何かが動き始めているのは確実だ。いや、もう動いているのかもしれない。
だとしても。
「俺たちは絶対に、そう簡単に動かされてたまるかよ。最後まで、死ぬその時まで……喰らい付いてやる」
そんな彼の呟きは、騒がしさを取り戻した酒場の空気の飲まれてかき消された。
*****
翌日、シルラの街とある宿屋。
二階建てのこの宿屋は朝食が標準でついてくる程度の品であるにも関わらず美味いという事で有名だが、客足はそこまで多くない。
その理由として。
「あ、ミリアさん。おはようございますっ」
「おはようございますシーリスさん、今日も早いですね」
泊まっている二階の個室から降りてきたミリアに対してニコニコときれいな笑顔で迎えた彼女、【シーリス・ファイン】
彼女がこの宿を経営しているからだ。
「ミリアさん、今日の朝ごはんは魚の煮物とクロパンなんですけど、味見してみます?」
「ん、大丈夫ですよシーリスさん。朝食の時間になえばゆっくりたべれますし」
「あ、それもそうですね」
アハハと笑い合う美少女二人。
こうした姿を見れるのは男としては眼福なのだが。
残念ながら今日は男性客は泊まっていない。
それどころか宿泊客は彼女一人だけ。あとは空き室という異常事態である。
何故なのか。
それは先も言った通り彼女が原因である。
笑顔がかわいく、料理も出来て、気配りもできる。
そんな彼女の何がダメなのか。
種族である。
この国、というよりは人族という種族には決して少なくない人種差別がある。
なぜか。人間は生まれ持って、コンプレックスを持っているのだ。
自分より下を見つけて軽蔑でもしないと自分の存在意義を確立出来ない。
そんな弱い性質が反転して他者に対してキツイ当たりになっている。
主な差別対象は獣人族と妖精族である。
彼らは人族領にほど近い場所にて都市を作り暮らしており、人間ともそれなりの関係を結んでいる。
馴染みの種族という事だ。だが馴染みの種族という事もあり、彼らを軽視している。
力だけの獣人。
すばしっこさと魔法の扱いしかできない妖精。
そんな風評が人間の中では広く広まり、浸透している。
おかげで人族領で仕事をする他種族としてはいい迷惑である。
因みにそんな人間でも【竜人族】や【悪魔族】といった強者相手には顔を伺った対応しかできない。
結局人間は、弱者相手にしかいい顔出来ない『真の弱者』という事なのだろう。
悲しい限りである。
「……よしっと。装備の整備もしたし、ポーションも買ったし。準備OKだね!」
宿屋で朝食を頂き、自室で鎧や武器を身に纏い。
しっかりと準備出来たところで出発である。
そして冒険者ギルドでは依頼書の貼られたクエストボードを眺め。
「あ、これがよさそう」
報酬と難易度のバランスが取れているものを選んで受付まで持って行く。
彼女が選んだのは『回復薬の配送依頼』である。簡単に言えばお使いミッション。
とは言えそう簡単なものでないのも確か。
配達先は『タルプ村』というシルラ南に位置する小さな村なのだが。
回復薬の配達料は計40個。一本100mlでそれにビンの重さも加わるとなると相当なものだが。
それでも報酬金は銀貨3枚と配達依頼としては破格なので。
「はい、確かに受理しました。
配送する荷物は後程お渡ししますのでしばらくお待ちください」
結局、受けてしまった。
別にトンでもなく遠いと言う訳ではないが。
4klずっと持っての数十時間歩きッぱなしコースなので結構な辛さだ。
「あ~銀貨3枚もあったら何買おっかな~。新しい直剣でも買っちゃおうかな~」
数時間後に訪れるであろう地獄を前に皮算用を始めるミリアなのであった。
--すげえおっさんだろ、これ、ACVでは最弱なんだぜ……