管理せよ   作:作者

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ある日の林道で

 

 

 森々と生い茂る林道。

 嘗て浴びた灼熱の太陽は彼らが伸ばす草葉に遮られ、地上はじめじめとした土で覆われている。

 

 そんな場所をよたよたとよろめきながら進む冒険者がいる。

 《Eランク》冒険者、ミリア・ウィーストン。

 最近名前を上げてきた若き新人冒険者である。

 

 

「うーんと、たしかこの辺に……あ、あった!」

 

 

良質な革と鉄を適材適所、バランスよく組み込んだ装備に身に纏い、最近使い始めたと思われる小奇麗な直剣と小盾を装備する姿は、年相応の冒険者以上に様になっている。

 冒険者であればいつか世話になるであろうこの林道も、彼女は来るべくして入り込んだのだ。

 

 大体の人間がこの林道を訪れる目的は大きく分けて3つある。

 一つはシルラの街とタルプ村を繋ぐ最短通路として。

 一つは低ランクの魔物を借る狩場として。

 一つは良質な植物を入手する採取ポイントとして。

 

 因みに彼女は全部である。

 

 

「ええと、これで『不眠草』が依頼分と自分用3つで、『舌斬り草』も調合3セット、『深緑葉』も5つ……。あとは『ドリダケ』4つと『プラントパラス』1匹で全部の依頼完遂だね。よしっ!」

 

 

 彼女が受けた依頼は全部で4つ(・・)

 覚醒作用のある薬液の材料となる『不眠草』15つの回収、

 大木や魔物に寄生して腐らせたり操ったりして自身を成長させる《Eランク》魔物『プラントパラス』5体の退治、

 異常なほどの混乱作用をもたらす『ドリダケ』5つの回収、

 そしてタルプ村近隣に集落を作り始めたというゴブリンの討伐だ。

 

 自分の商売道具集めも兼ねて前者3つを受けてはいるが、普通に考えて一日に3つも依頼を受けたりするのは彼女だけである。

 これをやる気があるとか優秀だとみる人もいれば、所詮低ランクのうちにしか出来ない荒業だとみる人もいる。

 とくに後者は実体験が元になっている場合が多く、高ランクに上がるにつれて要求される能力を偏らせないと達成できないものが多いのだ。

 討伐依頼二つなど受けたら体力が持ちそうにない。

 

 とは言え彼女はそんな事気にしていないので、彼女にとっては雑音でしかないが。

 自分の実力は自分で分かっているのだ。

 

 尚最後者について、非常事態につき受けた物でしかない。

 ゴブリンの集落が小さな村を襲撃する可能性が発見された故に、急遽浮き上がってきた依頼。

 他多数の冒険者と合同で行い、高報酬。加えて自分の目的エリアと近いとなれば受けない訳にはいかない。

 少しでも軍資金を増やそうとしているミリアにとってはまたとない機会なのだ。

 

 と、そのことを頭に入れながらドリダケや薬草などを回収していき数時間。

 他の依頼の納入に必要な品が集まっている中、プラントパラスだけがみつからない。

 あの木この木そこの魔物だと手あたり次第に当たった結果何も出ず。

 結局見つからず、あたりが暗くなってしまった。

 

 

「あー、もうこんな時間かぁ……。うーん、仕方ないけどプラントパラスの討伐は諦めるしかない……な?」

 

 

 首に手を置き参ったなと困り果てるミリア。

 4体倒して依頼失敗だと現実逃避気味に遠くを見ると。

 なにやらゴソゴソと動いている。

 

 

「……もしかして」

 

 

 何かに気付き、懐の治めている剣を引き抜きながらソレに近付く。

 ゆらゆらと揺らめきながら拙い歩み方でそこを徘徊するヒトガタ。

 ミリアは目を鋭くしながら腰に付けていたカンテラを前に向けた。

 

 

 --****!!

 

 

 白く濁り、若干飛び出しかけている目玉。

 ボロボロに千切れ腐ったローブ。

 杖を手に持ち、トンガリ帽子を被ったソイツの名は。

 

 

「……〔ウィズハットブルー〕」

 

 

 Aランク魔物、ウィズハットブルー。

 高い魔法適正を持ち、高位魔法を即座に連続して放つことの出来るという、下手な魔法特化型冒険者を軽く超える強さを誇る。

 その脅威度は前衛職を連れていない単騎の状態でも依然高く、低級冒険者が見たら速攻逃げてギルドに報告しろという暗黙の了解がなされているほど。

 唯一の良点は数が少なく、〔不干渉領域〕または〔人族領境界線〕最前線にしか出ないという事なのだが。

 ならばなぜコイツはこんな場所にいるのだろう。

 

 

「……わからない。けど、コイツはーー」

 

 

 --感染している。

 

 

 破けた服の合間合間から見える肉体は既に腐っており、しかも触手のようなものも所々から飛び出している。

 目の色が正常でないのも一役買っているだろう。

 だとすれば何が憑りついているのか。

 緑色の触手、目の白濁、何より背中から生えている黄色いつぼみからいってこれは間違いなく。

 ”プラントパラス”である。

 

 

「でも、なんで……?」

 

 

 本来、ウィズハットブルーは人族領内には滅多に出ない魔物だ。

 単騎で、しかもこんな辺境の国の中では特に。

 しかもなぜか遥か格下のはずの魔物に身体のコントロールも奪われている。

 何かがおかしい。

 

 

 --****!!

 

 

「!? --くっ!」

 

 

 目の前の魔物が腕を伸ばし、いきなり襲い掛かってきた。

 遅い、一般人ですら見切れる一撃。

 だが真に恐ろしいのはその腕の一部が千切れながら別れて、新たに独立した腕として襲い掛かってくることだ。

 幸い、事前に剣を抜いていたことと、プラントパラスに感染された生物との戦いを体験していたミリアには即座に反応、分裂する場所手前を切り落とす事でその攻撃をいなすことに成功した。

 元々の筋肉量が少ない身体だった故に切り落とすことには全く問題なかった。

 

 

「魔法は使ってこない……やっぱり感染し…て!?」

 

 

 魔法を使えないと判断し、さっさと討伐してギルドに報告しようかと思案するミリア。

 だが直後見慣れない光景を見て、その身を固める。

 

 何かを吸い取っているのだ、腕から。

 

 ミリアに斬られ、中からウジのようなものがウニャウニャと蠢く左腕。

 それを白濁した目で見たかと思うと、大木に切断面を直付けし。

 ドクンドクンと波うって腕に何か取り込んでいる。

 こんな事はギルドの情報にもなかった。

 

 ミリアが固まり、数秒何かを取り込む感染生物。

 暫くすると十分に取り込んだのか、手を放し。

 背中を割った。

 

 

「………え?」

 

 

 背中を割ったのだ、文字通り。

 前かがみになり背中を丸めこみ、背骨の筋が浮かんだと思ったら。

 その筋に沿ってぱりぱりと割れたのだ。

 

 直後、中から出てくるヒトガタ。

 脱皮するようにウィズハットブルーの皮を捨てる。

 中から出てきたのは身長2mはありそうな大男だった。

 多少腐り掛けているのか、顔は骨が浮き彫りで、目玉はは半分存在せず、体中赤焼け。

 だがそれでも筋肉量はウィズハットブルーのそれ以上であり、迫力は段違いだった。

 

 

「と、とにかく逃げないと……!」

 

 

 目の前の質の存在に怖気づいたのか、背中を向けて駆け出すミリア。

 だがそんな姿を見逃すほど、ソイツは優しくない。

 その図体に似合わない程の初速で地を踏みしめ、たった3歩ですぐさま彼女の隣に肉薄する。

 驚き、目を見開くミリア。

 今の彼女にとって、目の前の肉ドクロは悪魔だ。

 命を握り潰そうとする悪魔。

 印象通り悪魔は腹わたを潰そうと脇腹目掛けて拳を打ちつけてきた。

 

 

「………?!?!!!」

 

 

 声にならない悲鳴を上げ、思わず口を抑え込む。

 やられた。

 今の一撃で確実に肋骨が何本か逝った。

 ミリアの中で更なる焦りが生まれる。

 逃げないと。

 

 

 ——*****!!

 

 

「きゃっ!!」

 

 

 アヒャヒャヒャと笑い、蹲るミリアの肩を掴みその場に捩じ伏せる肉ドクロ。

 肉ドクロはそのまま彼女に馬乗りになり、彼女の口元をガシリと掴む。

 強制タコ口になったミリアは恐怖のあまり涙目になり、ブルブルと身体を震わせる。

 なぜなら。

 ソイツの手には握り拳大の『へんなもの』が握られていたから。

 

 

「い、いや……」

 

 

 うねうねと畝り、粘液を垂れ流す触手を生み出す球体のそれは見ているだけで吐き気を促す代物で、事実ミリアも気分が悪くなって来ている。

 肉ドクロはその様子に満足げで、再度笑う。

 とその次に。

 肉ドクロが動いた。

 

 その手に握るソレをミリアの口元に近付け、口元を抑える左手で強引に口を開けようとする。

 ミリアも抵抗こそするが、筋肉量が違いすぎる。少しの抵抗も虚しく、少しずつ開口されていく。

 

 

「やだ、やだ……やめて……おねが——」

 

 

 もはや万事休すか。

 肉ドクロはミリアの抵抗を呑まずに、その手に握るソレを口元にズブリと押し込む。

 

 前に倒れた。

 

 

「……え?」

 

 

 急に口を抑えつける力が弱まり、身体の上に乗る身体がドサリと倒れた事に疑問符が出る。

 肉ドクロは頭に小さな風穴が二つ空いており、口を半開きにして絶命している。

 何が起こったの?

 ミリアはその数秒前に起こった、と言うより耳に入った爆音に思考を巡らす。

 ダダンと連続して響いた炸裂音。

 聞いた事がない音だった。

 

 

 ——ガサリ。

 

 

「!? 誰!!」

 

 

 草むらの方から何かが動く草木の葉音が響き、警戒を促す。

 肉ドクロが倒れた方とは別の方向だ。

 もしかしたらコイツを仕留めた冒険者かも知れない。

 そう思い声をかけたのだが。

 

 ぱさぱさと草木を分けて垂直立ちしたのは一人の男。

 緑色の見た事もない衣服に、H型のサスペンダー。

 手には黒光りする『何か』が握られており、刀剣や盾、弓といった武器は一切見当たらない。

 この時点で普通の冒険者ではないのだが、それ以上に目立つ部位がある。

 顔だ。

 顔が不気味な鉄仮面で覆われているのだ。

 ハエのような表情のないブラウンの表面に、口元に取り付けられた円盤のようなもの。

 何より不気味に光る、赤眼がこの森の中一番に存在を主張している。

 

 男は暫くミリアを見つめた後、バサッと屈みこみその姿を再度消した。

 

 

「あ、ちょっと待って!!」

 

 

 待てと言われて待つ者はいない。

 それを体現するかのような身のこなしで、彼はその場をすぐさま離れてしまった。

 その姿はもう、どこにも見えない。

 

 

「……何なのよ、一体……」

 

 

 その場に取り残され、唯一できるつぶやきを残す。

 何が起こったのか、彼女には見当もつかない。

 が、異常が立て続けに起こったのは間違いない。

 ミリアは自分を襲った肉ドクロの死体を忌々しく睨みつけてようとして。

 首を斜めに傾けた。

 

 

「あれ? 死体何処に行ったの?」

 

 

 そこにあったはずの死体はどこへやら。

 先ほどまで頭に風穴を開けて倒れていたソイツは消え、所々に抉られた地面のみが残っている。

 結局、ここで起こった謎の証拠が全てなくなってしまったのだ。

 これではギルドに報告のしようもない。

 

 

「何か、引っ掛かるなぁ……」

 

 

 言いつつ、不満ながらも剣を鞘に納め、身体についた汚れを振り払う。

 あれが自分の妄想だったとは思えない。妄想のような事が、現実に起こったのだ。

 ウィズハットブルー、感染体、肉ドクロ、そして赤眼。

 あの日、初めてギルドで依頼達成したあの日ルーカスが言っていたことと、何か近しいものを感じる。

 

 

「でも、それでも私は……」

 

 

 自分の目的のためにも、冒険者はやめない。

 いつか出会った、”あの人”にもう一度会うためにも。

 自分は、死ぬわけにはいかない。

 

 

「……頑張ろう」

 

 

 力をつけて、異常にも立ち向かえる冒険者になる。

 ミリアは再度気合を入れて、その場を立ち去った。

 彼女が向かう先はシルラの街。

 予定を変更して、一度休息をとるのだ。彼女は今日疲れた。

 さっさとお風呂に入りたい。

 そう年頃の女の子並みの感想を抱く、ミリアであった。

 

 

 余談だが、帰り道にプラントパラスを発見したことで依頼はしっかりと完遂できた。

 これで今日もすべての依頼コンプリートである。

 

 

 

 

 

 




 
 
 主人公しっかり主人公してくれませんかねぇ。
 ミリアに仕事取られてるんですよねぇ。

 

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