***第15話***
アリシアの表情が変わる。その顔はまるで氷を貼り付けたように無表情になり、正気が失われ、その眼は何処までも冷たい。
ただ事ではない変化にクアットロは身構え、IS、シルバーカーテンで自身の幻影を20程作り出す。これだけあれば見分けもつかないだろうと鷹を括ったのも束の間。本体のクアットロの顎に左アッパーが突き刺さり、後ろに仰け反る。アリシアはその手を掴み、そのまま投げ飛ばす。
宙を舞うクアットロに、アリシアの右手刀が凪ぎ払われる。その手刀に反撃する余裕もなくそのまま地面に叩きつけられると、クアットロは左足先に激痛が走っているのに気付く。
一瞬、何が起こったか分からなかったクアットロは、自身の左足首から先を触ろうとして、それが無い事に気がつく。
「え?え?」
もしや、目の前に転がっている物、あれが自分の『足首だった物』なのかーーー
アリシアは体勢を立て直す暇も与えず、クアットロの身体を持ち上げ、鳩尾に一発、顔に一発。それぞれ魔力の篭った拳を見舞う。「ごふっ」と息を吐いてその場に踞るクアットロの左手に、十字固めを極る。
その左腕に十字固めを極たまま、その腕をメタルフレームごと引きちぎる。
「ぎゃぁぁぁ!」
辺りに木霊する悲鳴。そうして片腕となったクアットロの右手を持って上に投げ飛ばし、落ちてきた所に綺麗に鳩尾に拳を入れる。「ぐほっ」と弱々しく息を吐いたクアットロに、追い打ちに回し蹴りを見舞い、魔力弾を多数浴びせる。最早抵抗する力など残っていないクアットロは全てを被弾。そのまま気を失って倒れた。それをあくまでも冷徹な眼差しで見下す。
ゆっくりと近づく。倒れているそれに止めを指すために。アリシアは右足に魔力を込め、クアットロの右肘を踏み潰す。ゴキャ、と音を立てて有らぬ方向に曲がる右腕。とどめ、と左手に魔力を込め、頭めがけ降り下ろした瞬間。クアットロの身体は地面に引きずり込まれ、アリシアの拳は空を切った。
***
「か、間一髪~。にしても、何あれ‥‥‥あんな化物なんて聞いてないよ!?」
意識を手離しているクアットロを間一髪救助し、IS、ディープダイバーで地面下に潜行しながらその場を離れるセイン。伸びているディエチも早く回収し、この場から離脱しなくてはならない。
今も、どこまでも冷たい眼差しで地面を見ている『大人モード』のアリシア。今あれに見つかったらどうなるか分かったものではない。事実、クアットロは危うく首なしのバラバラ死体になる所だったのだ。
管理局員は例え如何なる時でも逮捕する相手を殺めてはならない。攻撃時は常に非殺傷設定が使われる。なのはのスターライトブレイカーなどを食らえばいくら非殺傷でも無事では済まないだろうが、それでも死亡には至らない。だが、今のは違う。生温い管理局員とは違う、人を殺める者の眼。それも、何百、何千とそれをしてきたかのような眼だ。そのアリシアの瞳を思いだし、一人恐怖するセイン。
「退却、退却、今日は退却~!!」
万全の筈の作戦は、一人の少女に覆えされた。ディエチを何とか回収、右に抱え、クアットロを左に抱え、セインはひたすら地中を逃げた。
*****
遡る事、数時間前。レリックを探してフォワードの4人は地下に潜入した。
途中、ガジェット数体と交戦。やはりレリックがあるのは間違いないようだ。そこに、通信が入る。
「陸士108部隊所属、ギンガ・ナカジマです。そちらの様子はどうですか?私も今地下に‥‥‥スバル‥‥‥?それに、ティアナも!」
「ギン姉!ギン姉もこの件の捜査なの?」
久々の姉との再開をスバルは喜ぶ。六課に来てからまともに話してすら出来ていなかったのだ。姉のギンガと一緒に捜査ができる、と、拳に力がみなぎる。
「そうよ。今からそちらに合流したいんだけど、そっちの現場リーダーはティアナね?指示をもらえるかしら」
「はい。一先ず南西のF94区画を目指して下さい」
「了解!」
そうしてギンガと合流したスバル達。先程までのシャマル達の会話に出てきた『人造魔道師』という単語。あの少女が人造魔道師とはどういう意味なのか。走りながら、キャロは徐にスバルに疑問をぶつける。
「あの、スバルさん。人造魔道師って?」
何時にも増して真剣な表情になるスバル。同時に表情を曇らせる、ティアナとギンガ。それは人道的に許せない、という感情だけではなく、スバルとギンガ自身が戦闘機人、だから。
「 優秀な遺伝子を使って、人工的に生み出した子供に投薬とか機械部品の埋め込みで後天的に強力な魔力や能力を持たせる。それが、人造魔道師」
スバルの説明に、キャロは黙りこんだ。そんな非人道的な事にあの小さな少女が。そう思うと胸が痛い。途中何体かのガジェットを殲滅しつつ、レリックの反応位置に着く一行。
地下の水路にレリックのケースはあった。キャロはそれを大事に抱える。あとは地上に戻るだけ。その時。
「何、この音‥‥‥?」
少しずつ近付く『何か』。ティアナは辺りを警戒するが、それらしき姿は見えない。だが、キャロがその場を離れようと足を踏み出した瞬間。
「きゃあ!」
キャロは何者かの魔力弾を浴びた。間髪入れずに紫色の砲撃が襲う。それをまともに食らって吹き飛ばされるキャロ。
砲撃の主、ルーテシアは、何事もなかったかのようにテクテクと歩き、キャロの落としたレリックのケースを拾い上げた。
「ルーテシアちゃん、だよね?それは危ない物なの。こっちに渡して、ね?」
スバルは出来るだけ優しく問いかけた。行方不明だった、母の親友の娘。ルーテシアには保護命令が出ている。このまま彼女が大人しく保護されてくれれば、今日の事件は解決なのだ。
ティアナはルーテシアを保護すべく、彼女に近付く。
「ほら、怖くないから、こっちに来なさい。そのケースも危ない物だし、こっちに渡してーーー」
炸裂する閃光。一瞬、目と耳の自由を奪われる。ティアナが霞む眼を擦りながら凝らすと、そこにはルーテシアを守るように立つ彼女の召喚獣、ガリューと、リインと同じサイズの融合機、アギトの姿があった。
***
「この反応‥‥‥嘘でしょ!?」
シャーリーは驚愕していた。12機5編隊、だった筈のガジェットⅡ型の反応は数百、いや、もしかすると千にも届くかという数に膨れ上がっていた。現場にいるフェイト、なのはも困惑していた。
「防衛ラインを割られない自信はあるけど、ちょっとキリがないね。これは陽動‥‥‥?」
実機と幻影の混成編隊。全部叩くには余りに時間が掛かる。なのははこれが陽動だと見抜く。自分達をここに足止めするつもりか。本命はヘリか、地下のレリックか……。
「なのは、私がここに残るから、ヴィータと一緒に!」
「フェイトちゃん!?」
「限定解除すれば、広域殲滅でまとめて落とせる。このままじゃ‥‥‥時間がかかり過ぎる」
なのははフェイトの案には素直に賛成できない。確かにリミッターを解除すればフェイトなら殲滅出来るだろう。しかし、危険が無い訳ではない。それに。嫌な予感が、する。
「だけど」
言いかけたなのはの言葉を遮る、はやての声。
《ロングアーチからライトニング1へ。その案も、限定解除申請も、部隊長権限にて却下します。嫌な予感がするし。空の掃除は私がするよ》
《はやてちゃん!?》
いつもの制服ではなく、騎士甲冑を纏ったはやて。もともとはやては広域型。このまま空に上がり、自身のリミッター解除をした方が早く、ヘリも守れる。
《ヴィータとリインはケースの確保。なのはちゃんとフェイトちゃんはヘリの護衛に向かって》
《《《《了解》》》》
はやての指示通り散開する4人。
《ええな、クロノ君?》
《現状での君の限定解除は2回が限度だ。良いのか、はやて?》
《出し惜しみして守れる物も守れんかったら意味無いし》
現状でははやてのリミッターを解除出来るのはクロノ提督と騎士カリムがそれぞれ1回ずつ。つまり、今解除すればあと1回しか使えない。再申請にはかなり時間もかかる。
《場所が場所だ。SSランクの投入は許可出来ない。Sランクでの限定解除になるが、大丈夫か?》
市街地のど真ん中。強大なはやてのSSでの行動は危険なため、S
ランクが限界という訳であるが、それでも強大な力である事に変わりない。
《充分や》
「八神はやて、能力限定解除、3ランク承認。リリースタイム、120分」
クロノははやてのリミッターを解除。「リミット、リリース」というはやての声とともに、現在Aランク相当に押さえられているはやての魔力が溢れだす。
「よっし、久々の広域魔法、いってみるか!『来よ、白銀の風。天より注ぐ、矢羽となれ!』」
はやてのデバイス、シュベルトクロイツに白銀の魔力が集まり、大規模魔法陣が展開する。はやてはなのはとフェイトが安全域まで退避したのを確認すると、その強大な魔力を解き放った。
「おっし、第1波行くよ!『 フレースヴェルグ!!』」
魔力の奔流がガジェットを飲み込んでいく。数百はあろうかというガジェットの大編隊が、あっという間にその数を減らしていく。その様子は、圧巻の一言。流石はやて。伊達にSSランクの広域型魔道師ではない、といった所だ。
《どんどん行くよ。次はどっちや!》
次々に大魔力が放出され、消し飛ぶガジェット群。
その影に隠れ、収束するエネルギーがあることにロングアーチが気付くには、もう少しの時間が必要だった。
***
地下では5人が、ルーテシア、アギトと交戦していた。アギトの放つ炎熱の付与された魔力弾を回避しながら、5人は作戦を練る。
「どうする、ティア?」
「任務はあくまでもケースの確保よ。撤退しながら引き付けて、ヴィータ副隊長とリイン曹長と合流したいんだけど‥‥‥」
《よし、なかなか良い判断だぞ、ティアナ》
どこから会話を聞いていたのか、ヴィータが念話を飛ばしながら、上層から降ってくる。
「いくぞリイン‥‥‥アイゼン!!」
《Gigantform!》
「ハイです!『捕らえよ、凍てつく足かせ!フリーレンフェッセルン!』」
リインの小さな手のひらの先にベルカ式魔法陣が展開され、氷結魔法がルーテシアとアギトを捉える。ヴィータがアイゼンでガリューを叩き飛ばす。しかし、魔法を放ったリイン本人は悔しそうな顔をしている。
「逃げられた、ですね」
魔法を解除すると、そこには人通れる位の穴が空いており、ルーテシアとアギト二人の姿はなかった。
***
同時刻、ディエチはヘリを見つめていた。
「良いのか?クアットロ。ケースは残せるだろうけど、マテリアルのほうは破壊しちゃう事になる」
「博士曰く。これくらいの砲撃では死んだりしないから大丈夫、だそうよ、ディエチ」
クアットロとディエチ。ジェイル・スカリエッティの生み出した戦闘機人。今回のレリックと聖王の器を回収するため、彼が送り出したのは3人。あとの1人は回収専任のセインである。
ディエチはチャージを完了し、彼女の武器、イノーメスカノンを放つ。砲撃は真っ直ぐヘリに向かう。
しかし、それはヘリには当たらなかった。シールドで防御したのは、はやてでもなのはでもフェイトでも、中にいたシャマルでもない。正確には、シールドですらなかった。
「ウソだろ‥‥‥」
ディエチは己の眼を疑った。ヘリの前にいるフェイトと瓜二つの人物が、イノーメスカノンの砲撃を『受け止めて』いる。
「『覇王流‥‥‥‥‥‥旋衝破』」
大人モードのアリシアは、受け止めた砲撃をディエチの方へと投げ返す。クラウスのそれには劣るが、この距離なら充分対応できた。
「いぃ!?」と叫びその衝撃を避けようと2人は陣取ったビルから移動する。だが、そこには既にフェイトとなのは、それにアリシアも追い付いていた。
《私は眼鏡を追うから!2人は砲撃者ヨロシク!》
《え、ちょ、ちょっと姉さん!?》
またしても勝手に判断しクアットロを追いかけるアリシア。心の中で(ハァ)と大きく溜め息をつき、仕方なくディエチを追うフェイトとなのは。
《アリシアちゃんにはキツーイお仕置きが必要やな。それはそうと、二人とも『足止め』宜しくな?》
「はやてちゃん、やけに元気だよね」
「でも此れでスカリエッティの居所も掴めるかもしれないし、はやてに任せよう?」
なのはとフェイトにも確信がある。はやての実力は2人がよく知っている。普段はおちゃらけたり、ボケ倒したりしているが、彼女が本気で動けば、大抵の事件は解決出来る。
「アクセルシューター、シュート!」
「プラズマランサー、ファイア!」
はやての言葉通り、2人は牽制気味にしか攻撃を仕掛けない。付かず、離れず。ディエチをはやてから一定の距離内に止めるよう、2人は慎重に砲撃を撃つ。
「『咎人達に、滅びの光を』」
ディエチは2人の砲撃を避けながら、それが不自然だと考えていた。
「『星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ』」
もっと全力で攻撃してきてもいい筈なのに、何というか、牽制だけ、というか、陽動のような。そういえば何だか1方向だけやけに明るいような。と、そこまで考えて、ディエチは固まる。その方向には、巨大な魔法陣と巨大な魔力の塊と、それを操るはやての姿。
「『貫け、閃光』」
あ、ヤバい。ディエチはそう思ったが、既に遅かった。桜色と金色のバインドが重なり、ディエチはその場に固定される。
「収束砲撃がなのはちゃんの専売特許と思ったら大間違いや!行くよ!!『スターライト・ブレイカー』!!!」
はやてのレアスキル『収集行使』。勿論一度収集しているなのはの魔法が使えない訳がない。なす術もなく、巨大な魔力に飲み込まれるディエチ。
「はやてちゃん張り切ってるなぁ」
というなのはの呟きとともに、ディエチは墜ちた。
***
一方、アリシアはクアットロを追う。
「どうしてヘリを撃ったの!死んじゃうかも知れなかったのに!」
アリシアの疑問にクアットロは呆れたように言う。
「あれはそのくらいじゃ壊れないように出来てるのよ。あーんな人形なんて心配するより自分の心配すれば?」
人形と言った‥‥‥?今、目の前のコイツは、あの子を人形と‥‥‥?アリシアの中で沸々と怒りが込み上げる。
「あの子は‥‥‥人形じゃない!」
「貴女に何がわかるのかしらん?聖王の器として、『鍵』になるためだけに生み出された『道具』に過ぎないのよ、あんなの。あぁ、そういえば『貴女の妹』も大~好きなママが作った『道具』だったわね。さっすがお子様♪お人形さんが大好きなのね♪」
そう言ってクアットロはクスクスと笑う。アリシアの表情の怒りの色が濃くなる。それを見て、更にクアットロは続ける。
「昔の聖王様だって仲間と世界征服するするためにゆりかご使ったんでしょ?そのお仲間さんが羨ましいわぁ。それと同じ事するだけじゃな~い?だからあの『マテリアル』をよこしなさい?」
「‥‥‥‥‥‥ない」
顔を下に向け、震える声で何か呟いたアリシアに、クアットロはクスクス笑いながら馬鹿にしたように「どうしたの~?ガキんちょさん?」と覗き込んでいる。
「許さない‥‥‥‥‥‥!」
許さない。コイツだけは許さない。オリヴィエの想いを踏みにじったばかりでなく、フェイトやプレシア、それにあの子、挙げ句にはクラウスまで貶めた。絶対許さない。アリシアの中のオリヴィエだった頃の暗部、戦闘兵器としての、戦争という名を借りた大量殺人者、という暗部が甦る。
「はぁ?許さなかったらどうす‥‥‥」
クアットロはそこまで言いかけ、アリシアの異常を感じ取った。咄嗟にシルバーカーテンを起動、自身の幻影を20程作り上げ、その中紛れる。
が、幻影などものともせず、アリシアは真っ直ぐ本物のクアットロに向かって行く。表情はなく、何処までも冷たい瞳で。
*****
「さて、どうしたもんやろか。少しは冷静になれたんかな」
はやてはアリシアが気がかりだった。戦闘機人には逃げられはしたが、レリックは無事回収、聖王のクローンと思われる少女も無事保護。隊舎でカリムと通信しながらも、アリシアの先程の行動を振りかえる。
明らかな越権行為。下手をすれば殺人未遂。映像データを握り潰し、アリシアには反省を促した。彼女は暗い部屋のベッドの上で体育座りをして両足を抱え、顔を埋めたまま。かれこれ3時間は経ったか。
アリシアも心配だが、別の気がかりもある。眼鏡の方の戦闘機人がアリシアに語った内容からして、此方がオリヴィエとゆりかごを追っているのを知っているようだ。しかも、あの口ぶりからいって、ゆりかごの位置は特定済みか。はやては「チッ」と舌打ちする。
《あの子、まだ検査中だけど、聖王のクローンと見て間違いないの?》
カリムのストレートな問いに、はやては答える。
《間違いない、やろね。魔力データがアリシアちゃんと一緒やった。それに、敵は恐らくゆりかごの位置も分かっとる。上層部も絡んでるようやし、ますます慎重にいかなあかん》
《そう‥‥‥じゃあ、その子はそのまま六課で保護お願い。此方も少し調べてみるわ》
そう言って通信を切る騎士カリム。悪化していく事態。せめてもの救いは、『ゆりかごの起動キー』を2人とも此方が保護しているということくらいか。敢えて隔離部屋に移したアリシアを思いながらはやては策を考えていた。
六課の休日後編。クアットロさんとディエチさん御愁傷様回。
対クアットロ戦のアリシアさんはチートではありません。元々クアットロさんはBランク相当の実力しかないので、シルバーカーテンが効かなかった時点で積み、というだけです。
収集行使って原作本編ではやてさんが使った事ってないですよね。折角レアスキル持ちなのに…。