***第62話***
(不味いな‥‥‥)
スバルは表情には出していないが、焦っていた。通常の状態なら、子供二人を連れていてもどうとでも出来る。今のガーデンの状況でも、脱出する自信はある。
しかし、先程の、司令官のマリアージュにもらった砲撃で受けたダメージがよくない。腕や足、所々金属フレームが露出。運用に支障を来している部分もある。思うように身体が動かせず、スピードも乗って来ない。
だが、此処でスバルが止まってしまったら、間違いなく全員生き埋め。例え這ってでも出口まで辿り着かなくてはならない。
イクスはマリアージュのコアを生み出す以外の特殊能力は無いらしく、それ以外の部分は普通の少女と大差無い。今も、スバルの背中にしがみつくので精一杯。
頼みのアリシアは、先程から瞳を閉じたまま。眠っているのか、気を失っているのかは今は判断しかねる。刀が貫通した足はアリシア自身が応急処置を施したが、血は止まってはいない。このまま放置すれば、失血死なんて事にも成りかねない。スバルは、上がらないスピードに焦り、苛立つ。
そんなスバルに、恐る恐るだが背中から声を掛けるイクス。
「あの‥‥‥貴女も、兵器‥‥‥?」
その声でハッと我に返ったスバル。チラリと後ろを見ると、切なそうなイクスの表情が見えた。
「‥‥‥イクス陛下、私の身体は、確かに人とはちょっと違うかも知れない。でも、この身体は兵器じゃない。人を傷付ける為じゃなくって、人を救う為にある。‥‥‥私は、そう思ってる。人より頑丈だからこそ、他の人が入って行けないような危険な所にも救助に行ける、って」
「貴女は‥‥‥強い人ですね」
ニコリ、と笑みを向けてくれたイクスに、スバルも笑みを返す。‥‥‥まだ、諦める訳には行かない。
「イクス陛下も、オリヴィエ陛下も、必ず無事助けてみせます。ですから‥‥‥もう少しだけ」
痛む両足に力を込め、スバルは前を向く。マッハキャリバーに、改めて魔力を込める。
「もう少し‥‥‥頑張ろうね、相棒」
《O.K,buddy》
スバルは炎を避け、無事な通路を探しながら走る。自分だけならば、ファイアプロテクションでどうにか出来るかも知れないが、今のスバルには二人を庇えるだけの力が湧いて来ない。
やがて、行き止まりにぶつかる。後ろは炎の壁。スバル達はまだ下層に居る。地上まではかなり遠い。
(出口は‥‥‥?)
辺りを見回すが、道は見えない。焦るスバルに、微かに何かが聴こえて来た。
***
《スバルッ!やっと見つけた!》
《ティア!今何処?》
漸くスバルの反応を見付けたティアナ。ティアナとディエチ達が居るのは地上から3階層地下。
《アンタの7階層上、真上よ》
ティアナも焦っていた。ガーデンはもう何時崩壊するか分からないし、炎も不味い状態。退路はディエチ達のお陰でどうにか確保出来ているが、この先には進めそうもない。
「どうする、ティアナ」
苦虫を噛み締めるような表情のノーヴェに、暫しの沈黙の後、静かに答える。
「‥‥‥‥‥‥ノーヴェ、退路を頼むわ」
「どうするんだ?‥‥‥って‥‥‥」
ティアナは真下を睨む。スバルにも強い口調で念話を送る。
《スバル、いい?今すぐ回避距離を取って。安全な距離を》
《‥‥‥分かった。ティア、信じてるから》
《任せなさい》と念話を閉めて、ティアナはその足元に大規模魔法陣を展開する。その意味にいち早く気付いたディエチが、180度向きを変えて走り出す。
クロスミラージュの先端に、帯状の魔法陣が現れる。ティアナは大きく深呼吸をして、銃口に全神経を集中させる。そのリンカーコアがドクン、ドクン、と大きく脈打つ。
「『咎人達に、滅びの光を』」
銃口の先端の帯状魔法陣が回転し始め、辺り一帯の空気が震え始める。
「『星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ』」
空気中に散らばっている魔力が輝き始めて、ティアナの元へとゆっくりと集まり始める。少しずつではあるが、ティアナの魔力光‥‥‥オレンジ色の光球が大きくなっていく。周りにある魔力は決して多い訳ではないが、出来る限りの魔力をかき集める。やがてそれは収束を終えて太陽となり、ティアナは再度深呼吸をする。
(そう‥‥‥なのはさんのように‥‥‥)
スバルの居る下層へと銃口を定め、ティアナはそのトリガーを引く。
『「貫け‥‥‥閃光! スターライト‥‥‥‥‥‥ブレイカァァァ!』」
オレンジ色の太陽から、真下に向かい極光が走る。それは造作もなく7階層を撃ち抜いて、その光は最下層まで達した。
その直後、大きく開かれた穴からウィングロードが伸びてきて、回転するローラーの音が聴こえてくる。アリシア、イクスを抱えたボロボロのスバルが姿を見せ、ティアナに笑みを見せた。
「脱出するわよ、スバル!」
「うん、ティア!」
***
そうして。アリシア、イクス、スバルは無事脱出。アリシアはそのまま聖王教会附属病院の救急へ。イクスは検査の為、シャマルが同伴で同病院へ。
それから、数刻。とある病室。
「‥‥‥スバルは?」
「基礎構造に問題は無かったみたい。明日には復帰できるわ。それよりアリシアちゃん、怪我の具合はどう?」
包帯が巻かれ、大袈裟にギプスの付けられた太股を見ながら「うん、大丈夫」とだけ答えてニコリ、と笑うアリシア。
「ねえ、シャマル先生、イクス陛下は?」
「検査も終わったし、今は部屋でゆっくりしてるわ。ただ‥‥‥」
シャマルの表情が曇る。『問題有ります』と雄弁に語るそれを見て、アリシアも険しい表情へと変わる。
「何か、問題が?」
「ええ。あの子、本来なら今回目覚める筈じゃ無かったみたいなの。だから、今は無理矢理起きている状態。自然な起床じゃ無かったから、もし今度眠りに就いたら‥‥‥」
その先は言わずとも分かる。俯き辛そうにしているシャマルを見つめていたアリシアだったが、身体を起こしてベッドから降りる。
「アリシアちゃん、まだ駄目よ」
「大丈夫。ちょっと風に当たってくるだけだから」
松葉杖を手に取り、再びニコリと笑みを向けて、アリシアはゆっくりと部屋の外へと歩く。部屋の場所は分かっている。どうしても行かなくては。折角マリアージュ達から解放されたというのに、再び眠りに就かねばならない等という理不尽、あっては堪らない。
(もう、戦争は終わっている。イクス陛下だって、平和を享受する権利が有る‥‥‥悲しみは、もう‥‥‥要らない)
***
コンコン、とその部屋の扉を叩く。「‥‥‥はい」とイクスの声が聞こえて、アリシアは扉を開いた。
「こんにちは、イクス陛下」
「こんにちは、オリヴィエ。貴女の事は、そちらの方に伺いました」
イクスの隣、椅子に座っていたシスター・シャッハが軽く頷く。アリシアは瞳を閉じ、暫しの間を置いて開く。出来る限りの笑顔を作る。
「シスター・シャッハ。申し訳ありませんが、少し二人にさせてもらえませんか?」
「‥‥‥ええ。分かりました。何かあったらお呼び下さい」
立ち上がり、シャッハは軽く会釈をして部屋を出ていく。遠ざかったのを確認すると、イクスが話し出した。
「オリヴィエ‥‥‥空‥‥‥綺麗ですね」
「‥‥‥ええ。あの戦乱の記憶が嘘のように」
窓の外を眺める二人。嘗ての古代ベルカ戦乱の時代には考えられないような、澄み渡った空、綺麗な空気、緑溢れる景色。
「こんな綺麗な景色が見れただけでも、起きた甲斐は有りました。出来る事なら、スバルやオリヴィエ達と色んな場所を見てみたかった‥‥‥きっと、何処も綺麗なんでしょうね」
自身の運命を分かっているようで、イクスは笑みを見せつつ話す。‥‥‥その瞳に、うっすらと涙を浮かべながら。
「‥‥‥いいえ。何時でも見れます。見せてみせます。私は‥‥‥きっと貴女を助けて見せる。ですから、イクス」
アリシアの瞳が、真剣な眼差しに変わる。直後、小規模ながら二人を中心に虹色の結界が出現。二人を外界と遮断する。
「オリヴィエ‥‥‥一体何を?」
「ですから‥‥‥貴女のその鎖を断ち切ります。イクス、貴女にも普通の幸せを感じて欲しいから」
アリシアの足元に、エンシェントベルカの大規模魔法陣が展開される。幻想的な虹色の光に包まれ、イクスは呆気にとられているまま。
アリシアの虹色の魔力が、魔法陣の中心に収束していく。魔力の塊はやがて、少し小さいながらも赤い結晶の形を為していく。
「オリヴィエ‥‥‥!」
「今の私では、これが限界。けれど‥‥‥」
アリシアは自らが生み出したレリックを起点として、更に魔法陣を展開。その魔力が、イクスを包んでいく。
「オリヴィエ‥‥‥?」
イクスも気付くほど、アリシアの表情は優れない。全魔力を絞り出しても、まだまだ足りないくらいに固い鎖を断ち切らねばならない。
「止めて‥‥‥止めてください、オリヴィエ!」
(駄目‥‥‥魔力が足りない‥‥‥何か‥‥‥何か代わりになるものでも有れば‥‥‥)
聖王とレリックをもってしても尚、呪いは切れない。尽きかけた魔力を補える何かを探していたアリシアの瞳に、自身の右腕が映る。
(‥‥‥あった‥‥‥迷っている隙は‥‥‥)
意を決したアリシアの右腕は、肘の先から少しずつ消えていく。苦痛に歪んだ表情で必死に意識を保っているアリシアに、涙を流し訴えるイクス。
「止めて!もう止めてください!」
その直後、バリンッと音をたてて結界が崩壊。飛び込んで来たなのはとフェイトの姿を見て集中力が切れたアリシアは、魔法陣を霧散させてその場に倒れ込む。と同時に、レリックもまるで砂のように崩れていく。
「‥‥‥姉さん!確りして、姉さん!」
「フェイ‥‥‥ト‥‥‥ごめん‥‥‥ね‥‥‥全部は‥‥‥無理‥‥‥だった‥‥‥」
絞り出した一言を言い終えて、その場で意識を失うアリシア。その右腕からは血が溢れ、肘まであったものが肩口辺りまでなくなっていた。
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「‥‥‥って訳だ。だからイクスが起きてられるのもアリシアのお陰で‥‥‥って‥‥‥あちゃ~」
ノーヴェにしがみ付き、肩を震わせ嗚咽を洩らすアインハルト。どうやら事情は分かってもらえたようだが‥‥‥。
「あー、泣くな、泣くな」
「グスッ‥‥‥だって‥‥‥ノーヴェさん‥‥‥」
泣き止む気配の無いアインハルト。そんな困り果てているノーヴェの後ろから飛び出し、アインハルトを抱き締める人物があった。
「うん、ありがとう。だから、アインハルト。泣かないで」
「‥‥‥アッ、アリシアさん!?」
嬉しいやら、恥ずかしいやら。突然現れた想い人に白黒しているアインハルト。冷静になって考え、アインハルトがアリシアを好き、というのを知られた可能性がある事に気付いて、慌ててアリシアに問う。
「あっ、あっ、あっ、あのっ!一体いつから‥‥‥」
「ん~、ついさっき。レリックの件辺りからかな?」
その答えを聞いてホッとして、ある程度落ち着きを取り戻したアインハルトは、二人に別れを告げて自宅へと戻っていく。
その後ろ姿を見ながら、アリシアがノーヴェに悪戯に言葉を投げ掛ける。
「さっきの話、色々抜けてたけど良いの?」
「ん?ああ、エリオとキャロもガーデンでマリアージュ殲滅に加わってたとかか?別に省いても大丈夫だろ‥‥‥って、本当はお前何時から居たんだ?」
頬を染め、アリシアは「割と最初からだよ?」と笑みを浮かべる。どうやら、アインハルトがアリシアの事を好きなのを知ってしまったらしい。
「あ、ノーヴェ。あとあれも抜けてるよ?結界が破られて倒れて気を失った私の頬に、イクスが口付けしてくれた事とか」
「ブッ!?ばーか、そんな事アインハルトに言えるかよ!それより、どうすんだ?」
気持ちを知ってしまったからには、うやむやには出来ない。返事は、考えておかねばならない。それが、アインハルトにとって望んだ答えじゃないとしても。
「そうだね‥‥‥私は‥‥‥」
「お前さ、もうクラウスの事は忘れてもいいんじゃないか?」
言い掛けたアリシアの言葉を遮ったノーヴェの一言。アリシアは一言「そうかも‥‥‥知れないね」と呟き、澄みきった空を見上げた。
冥王編でした。さてさて、今後のアインハルト、アリシア、イクスの関係は如何に?