ラダマンティスのかけていた魔法が解除されて最初に見えた光景は、突進してくる白い鱗のドラゴンであった。
当然リオンは逃げた。背を向けて全力で逃げ出した。
そして現在舞台の周りをぐるぐるとホワイトコドラに追いかけられている。
「(ラダー!?一体どうなってるのよ!!)」
「(ただ試合を申し込んだだけですよ。)」
リオンは思念で原因であるラダマンティスにを呼ぶ。だがいつものリオン影の中からではなく、リオンの真横からラダマンティスの声が聞こえた。
声がした方向を向けば、ラダマンティスが実体化しておりリオンに追従している。
「ちょ・・・!?何で実体化して・・・」
いくらラダマンティスが危害がないとはいえど、ラダマンティスは死神。アンデット族の最強クラスで見た目は凶悪過ぎる。
こんなの見ればパニックになりかねないと考えたのだが、何かおかしい事に気付く。
観客の冒険者達はラダマンティスに全く気付いていない。
まるでラダマンティスがリオンにしか見えていないかのように。
「レベル5魔法、
ラダマンティスは流暢にカラクリを説明する。
「しかし、油断できませんね。この魔法は姿を見えなくするだけで気配は隠せませんし。」
その証拠にリューネの肩に乗っている小さなドラゴンは何かを感じるのかラダマンティスの方向を見ており、リューネ本人も違和感を感じつつある。
「リオン。このままでは埒が明かないのであと十秒で横に跳んで攻撃魔法を撃ち込んで下さい。」
「えっ?」
ラダマンティスの口から発せられた指示は信じられないものであった。
「何事も挑戦です。てかさっさとやれ。」
「ちょっ!?そんないきなり・・・」
躊躇うリオンをラダマンティスは容赦なく蹴飛ばす。その瞬間、リオンはラダマンティスの本当の人格が見えた気がした。
だが、お陰でドラゴンの突進から僅かに外れ、攻撃のチャンスがやってきた。
「あぁ!もうっ!」
リオンも半場やけくそであった。
母の形見である
ちなみにその魔導書はラダマンティスのゲームの中では一級品に分類される。それもラダマンティスが大枚叩いて手に入れたくなるほどの。
今はまだリオンのレベルが低いため、ほんの一部しか使えないが彼女は魔法を発動させた。
「
バレーボールサイズの火球が真っ直ぐ進み、ホワイトコドラに着弾した。
だがレベルの差のせいか、ホワイトコドラの頬が少し焦げたくらいでほとんどダメージは与えられなかった。
それよりも、不完全な魔法のせいで完全にホワイトコドラはこちらを倒さんという目をしている。
「あぁぁぁぁーーーーーーーー!!」
そして再びホワイトコドラに追われる目になった。
観戦する冒険者達からはブーイングの嵐だが、つい最近冒険者になったド素人がドラゴンを相手するなんて無茶にも程がある。
「(全くダメじゃない。どうするのよ!)」
リオンにとっては最大のピンチ。
だが、ラダマンティスはどこか余裕な
「(問題ない。先程の
ラダマンティスはアイテムボックスから全く切れ味のない大鎌を取りだす。
「(5秒後、何も言わず魔法を発動する仕草をしなさい。後は私がやります。)」
「(あぁもう!やってやるわよ!)」
そして命令通り、迫りくるホワイトコドラに向けて右手をかざす。
それと同時にラダマンティスがホワイトコドラのすぐ真下に回り、大鎌を振り上げた。
倒せないならば倒せるまでHPを削れば良いのだ。
ホワイトコドラはラダマンティスの大鎌によって真下から吹き飛ばされた。
そしてHPが一瞬で削られ、残りは1となった。これならリオンの魔法で止めを刺せる。
「(さあ、魔法を使って止めを刺してください。)」
「・・・っ!」
あまりの出来事にフリーズしていたリリーナだったが、ラダマンティスの声で気を取り直し、
野生のゴブリンを倒した時は死体はその場に残っていたのだが、召喚モンスターはゲームと同じように消えてしまうらしい。
そして白い光の粒は消えて、青い光の粒はリリーナの身体に吸い込まれるように消えた。
この現象も見覚えがある。経験値の光だ。
通常、経験値は戦闘中や修行などで自動的に取得する。だが、一番大きい経験値取得は、モンスターに止めを刺すことで得る「ラストアタックボーナス」。
そのモンスターから得られる経験値の二倍の経験値を得ることのできるシステムだ。
実際、ゲームがリリースされて一週間でこのシステムを見つけて、多くのプレイヤーからラストアタックを横取・・・拝借したお陰で上位ランカーになれた事は事実だ。
そして、今回の経験値はかなり大きい。(ラダマンティスにとっては微々たる量ではあるが。)
見ただけでリオンのレベルとステータスが羽上がったことが分かる。このままラストアタックボーナスを取り続けていけば、数日でレベル25くらい余裕で到達できる。
「そこにいるのは誰?」
・・・どうやら気付かれたようだ。
会場が静まる中、リューネがまっすぐこちらに目を向けていた。
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この試合が始まってから感じられた妙な気配、なのにどうしても位置が掴めなかった。
だが、ホワイトコドラが吹き飛ばされる寸前、今までに感じたことのない殺気が濁流の如く吹き荒れた。
自分に向けられたものではないにも拘らず、足が震え出し嫌な汗が流れる。
そのお陰で場所は特定できた。相手は未知数だが、最高位の冒険者として逃げる事はできない。
「そこにいるのは誰?」
そう呟くと、少女は驚いた表情を浮かべる。
どうやら彼女は全て知っているらしい。
「
不意に声が響いた。
すると、リューネの仲間以外の観客として来ていた冒険者とギルド職員が次々に倒れていく。
「な、何が起こっているの?」
「少々眠ってもらった。この姿を見られるとパニックになり兼ねないからな。」
声が聞こえた方に“それ”は存在した。
漆黒のローブを身に纏い、真っ白な頭蓋骨、眼窩に揺らめく青い光はこちらを捉えている。
今までに感じた事のない恐怖が身を包み、体が動くことを止めてしまった。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこの状況のことを言うのだろう。
「お初にお目にかかる。私の名はラダマンティス、以後お見知りおきを。」
紳士のような丁寧な挨拶は貴族に仕える執事を彷彿させる。
「それではさっそく「リューネに触んなぁ!」」
観戦席からラダマンティスめがけてイザークが剣を降り下ろした。
だが、ラダマンティスは最小限の動きで避け、リオンを小脇に抱え距離をとる。
その隙にガロンとリナースがリューネを庇うように立ち塞がる。
「何だありゃ?」
「『グリムリッパー』?でも喋るなんて、聞いたことがないわ。」
「どうでも良いでしょ。まさか町にモンスターが侵入しているとは。」
三人はまだラダマンティスの実力を理解していないのか、完全にこちらを敵と見なしている。
リューネはあまりの実力差を目の当たりにして恐怖に囚われているようだ。
「はぁ、これでは話し合いになりませんね。甘い
すると、ラダマンティスは大きく息を吸い込むそぶりをし、口から薄いピンク色の
そして
「体が動かん!?」とガロン、「ぐっ・・・視界が霞む!?」とイザーク、「なっ・・・何で、魔法が出せない!?」とリナース。
ラダマンティスの使用したのはスキル『安息の
それぞれ、麻痺、毒、魔法沈黙と効果を発揮したようだ。そして、追撃として全員気絶させた。
「さて、残るは・・・」
再び不気味な視線がリューネに向けられる。
だが、今度はラダマンティスをしっかり睨み、立ち上がった。
「ムートいくよ。」
リューネは地面に手を置くと、大型の召喚陣が展開される。
そして彼女の肩に乗っていた小さなドラゴンが召喚陣の中央にちょこんと座ると、召喚陣の光が増して小さなドラゴンは召喚陣に吸い込まれていった。
「(何をしている?)」
その光景はラダマンティスですら見覚えがない。
普通ならばここで術者を攻撃し、召喚陣をキャンセルすることも可能であるのだが、ラダマンティスは敢えてしなかった。
理由は簡単、ただ気になっただけだ。
「古により伝わりし龍よ。ここに降臨せよ!」
『
召喚陣から龍がその姿を現す。
黄金に輝きを放つ鱗と翼、邪なものを切り裂く鋭い爪、頭上には光輪が神々しい光を放っている。
「ここであなたを倒す、いくよムート。」
グルォォォーーーーー!!
バハムートの咆哮が響き渡る。
「・・・素晴らしい、まさかこんなところでダンジョンボスクラスのモンスターと戦えるなんてな。」
ラダマンティスの感情は高まっていた。なんせこの世界に来てから始めて骨のある存在に出会えたのだから。
「その前に、ここでは狭すぎるな。
ラダマンティスが魔法唱えると、一瞬で真っ白な空間へと変わった。
「ここなら思いっきり戦える。離れて見ていろリオン。」
「そうね。ムート蹴散らせてやるわよ。」
激戦を予感させる火蓋が開かれた。
「いや、ちょっと待って!?あなた達私の空間で何やろうとしてんのよー!!」
この空間の主、女神セレスティナの絶叫を合図に。
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