前を向いて歩こうー榛名は大丈夫です   作:神崎 しきみ

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とある少女の日記より一部抜粋





×月×日

きょうは、おとうさんとおかあさんとゆうえんちにいってきました。ネズミーマウスといっぱいしゃしんがとれました。ジェットコースターにもたくさんのりました。かいぞくせんをたんけんしました。たのしかったです。





×月×日



今日は、お父さんといっしょに庭にチューリップをうえる花だんをつくりました。今年の冬にはきゅうこんをうえて、春にはいっぱい花がさくといいな。



×月×日

最近、お父さんが帰ってくるのが遅いです。帰ってきてからもお母さんを殴りつける事があります。私は寝たふりをしていますが、怒鳴り声が怖いです。どうしてこんなことになったのか、わかりません。助けてください。誰か。お願い。


戦艦級榛名

艦娘としての新生活を始めた榛名の前には色々な壁が立ちはだかっていた。

 

神尾は始めに安心したまえ、と緊張気味の榛名に優しく告げていた。なので榛名もその言葉を鵜呑みにして頭から信じ切って問題は無く無難な、安心と安寧に満ちた生活が待っているものだと思っていた。だが榛名は目の前の光景を見てただただ閉口していた。なんだこれは、と叫びたい一心を押さえつけて部屋の隅でガタガタ震えているだけだった。

 

「よう。俺様は天龍だ。よろしくな、新入り」

 

榛名の苦手とするヤンキーじみた喋り方とどこか高圧的に接してきていた隻眼の少女、天龍。彼女はレクリエーションの待合室という極めて閉鎖的な空間でボスになっていた。そうなろうと努めていたようだ。舐められるのを是とせず、集団の中では常にトップでいる事を望んでいたのだろう。もしくは他の者がそれを切望しないために彼女がトップになることができたのか。少なくとも榛名が苦手とする人種である事に間違いは無かった。

 

「おっせーな。ちょっと提督呼んでくるよ」

 

榛名が入ってから三十分程が経過した時だった。どうやら予定の時間から二十分は余計に待たされているらしいく、天龍の忍耐力は限界を迎えていたらしい。

 

会議室の扉を開けると同時に、次に榛名が認識した天龍は吹っ飛ばされた姿だった。榛名達の目の前を鉄砲玉のように速く、くの字型に体を折り曲げて背中から落下するように窓ガラスへと突っ込み、そしてそのまま空の果てへ行く事なく地上へ落ちていった。榛名が震える中、少し時間が遅れて地響きが聞こえる。それを聞届けてかなのか、榛名と同年代かそれ以下程度の歳の少女が入り口から現れた。右手に作った握り拳が先ほど天龍を吹っ飛ばした犯人だお告げている。どこからどう見ても天龍よりも背が低く非力に見える少女は、背筋が凍るほど柔らかな笑みを浮かべて「ごきげんよう」と声をかけてきた。

 

少女の名前は島風、と言った。

 

軽い挨拶の後に彼女の口から出た言葉は、「舐めた態度をとってるとああなる」という事と今し方自分の手で吹っ飛ばして再起不能にした天龍がいるため詳しい話は彼女の治療が終えてからにするとのことだった。

 

「何よあいつ! ふざけるにも程があるわ! この組織はどうなっているのよ!」

 

晩御飯はみんなで食べよう、と誰が言い出したのか。気が付くと残された四人は一緒になって食堂へと向かっていた。

 

真っ先に爆発するように叫んだのは天津風という一番年下の少女だった。

 

「なんで、開幕早々肉体教育が入ってさらに遅延だなんて。もうわけわかんない!」

 

「まあまあ天津風ちゃん。そんなカリカリしてもいい事ないよ」

 

天津風の隣でおっとりしていたのは空母級の赤城だった。彼女は大盛りのざるそばを頼んで早めに料理が出てきていたが、天津風の注文していた甘口カレーが出て来るまでの三分の間に平らげていた。

 

「きっと島風さんにも考えがあってああ言っていたんだと思いますよ」

 

「絶対違うわよ! ああ、これが世に聞くブラック企業って奴なのね。もうやってけるかどうかわかんない……」

 

ひとしきり叫んだ後には頭を抱えて塞ぎ込んでしまった天津風をニタニタ笑いながら眺めていたのは真正面に座る川内だった。

 

「何を今更。悲観してもしょうがないでしょ。世間は夜だよ闇の中。どこを歩こうとも一寸先は闇。前など見えずに五里霧中、ってね。そんな夜だからこそ楽しもうじゃないの。どう転んでも人生は人生。全力で楽しまないと損だよ損」

 

「川内、あんたバカね。ブラック企業で笑いながら過労死するタイプよあなた」

 

「絶望に呑まれて溺死するよりもマシだと思うけど」

 

天津風から嫌味を言われても尚、川内は笑みを崩さなかった。それを挑発ととった天津風は睨みつけながら「あんた……」と低く唸りながら右手に拳を握り立ち上がろうとした時だった。

 

「そんなにカリカリしないの。川内ちゃんも、人を挑発しないの。その笑い方は人をバカにしているように見えちゃうよ」

 

赤城が店員からカレーを受け取り天津風に流しながら微笑んだ。

 

「大変な事があったと思うけど、一つだけはっきりしている事があるわ」

 

天津風と川内の空気に割って入る勇気がなかった店員から順々にみんなのプレートを受け取り、赤城は渡していく。川内には暖かいうどんを。榛名にはお子様ランチを。そして自分用の大盛りの盛り蕎麦を再度受け取る。

 

「今、生きて食べるご飯は美味しいって事よ」

 

いただきます、と再び両手を合わせて盛り蕎麦を口に運ぶ赤城は見ていて綺麗だった。なんて美味しそうに蕎麦を食べるのだろう、と真正面に座っていた榛名は思っていた。自分も蕎麦を頼めば良かったかな、と思いながら手元のお子様ランチを見る。世界が変わっても、人が変わっても、お子様ランチの上にちょこんと乗っている小さな国旗はいつの時代も平和の象徴だ。少なくともこれが並ぶ食卓で戦争は起きない。現に、天津風も川内も大人しく食事を摂っている。

 

「赤城さんのいう通りかもね。少なくとも、艦娘にならなかったら、艦娘化の手術を受けなかったら、私は今おいしい、って感覚を持って食事をできなかった」

 

「いいじゃない、天津風。そうやって絶望を楽しもう? きっとその果てに何かがあると信じてさ。もしかしたら今日みたいにおいしいご飯にありつけるかもしれない」

 

川内は顔が隠れるほどの大きさの丼を両手で抱えて、汁ごとうどんを飲み干した。

 

「私にはあんたの感覚がわからないけど、まあ、悪くないと思うわ」

 

にしし、と川内が笑い、天津風がうっすらと笑みを浮かべる。赤城は心配そうに榛名を見つめていた。

 

「榛名さんは」

 

気がつくと赤城の盛り蕎麦は消えていた。ものの三分。榛名がお子様ランチのハンバーグに手を伸ばした時だった。

 

「なんでお子様ランチを?」

 

「当てようか。様、が付くから!」

 

「他の人があんたほどバカだって思わない方がいいわよ川内」

 

二人で騒ぎ出した川内と天津風をよそに、榛名は蚊の鳴くような声でぽつりぽつりと赤城にだけ聞こえるように語り出した。

 

「ちょっとだけ幸せな気持ちになれるから」

 

「幸せに?」

 

「私の、思い出の話です」

 

顔は上げず、崩れかかったプレートの上の国を見つめながら。榛名はその手でさらに国を壊しにかかる。

 

「それと……」

 

思い詰めたようにお子様ランチのプレートを見つめていた榛名は顔を上げて花が咲いたようにパッと微笑んだ。

 

「単純にいろんなもの、ちょっとずつ食べたかったので。たぶん普通の分量でオムライスもハンバーグもプリンも食べたら二日間くらい動けなくなっちゃいます」

 

天龍が復帰するまでの七日間で柏木主導の基礎訓練に深海棲艦に関する座学や、病理担当者岡田指導の下バイオセルの定着具合を測ったり、技術開発局担当の藤宮が他に空母級の適性がないか、なども測った。級の変更が可能だった者はいたが、現段階では変更を望む者はいなかった。なんの級がどんな艤装を与えられるか、という話は一切なかった。

 

天龍が来るまでの一週間、行なっていた訓練は基礎体力を付けるための訓練や柔道や剣道といった武術の基礎の基礎をかじるように学ばされた。

 

「これってさー、天龍って子と不平等じゃない?」

 

全員が屋外訓練場でヘトヘトになって立ち上がろうとする気力すら奪われていた中、空を仰ぎながら川内が叫んだ。重りを付けた竹刀を素振りし、グラインドを走り、水分補給の休憩もあり、肉体はバイオセルにより強化されているが運動経験があまり無い新米の艦娘たちには大変な事だったのはいうまでもない。

 

「あの子は今私たちが受けている訓練を受けれないんでしょ。それってかわいそうだよ」

 

川内曰く、道連れは一人でも多い方がいい、という話だそうだ。

 

「安心しろ、川内」

 

いつもなら真っ白な海軍式の軍服を纏っている柏木だったが、今は鬼教官として青ベースの迷彩柄の運動着を着ている。手に持った竹刀を担ぎ直して川内の顔を覗き込む。

 

「天龍は経験者だからな。そこそこハンデがあった方がいいくらいだ。それに引き換えお前たちの過去の経歴を見させてもらった。過去六年間、まともな運動をしたのは学校の体育の授業くらいだろ?」

 

全員が無言で目を逸らした。

 

「そんな状況で海には出せない。海に出る上で必要なものはなんだか知ってるか、川内」

 

「えっと、新鮮なビタミンC」

 

「それが必要なのは長期航海の時だな。方向性は間違っていない。いいか、お前たちよく覚えておけ」

 

柏木は大きく息を吸うと、心臓まで響くほどの、和太鼓を前にした時のような体の芯が震え上がるような声を出した。

 

「海で大切なのは、生きて帰るという意思だ」

 

流石の川内も大きく目を見開いて柏木を見つめるしかなかったようだ。声のトーンを平常時まで落として柏木はそっと続ける。

 

「生きて帰ってきてほしいから、今大変だけれどもこういった基礎訓練を行っている。大変かもしれないが、ついてきてほしい」

 

一週間が経つ頃にはそれなりに動けるようにもなり、全員その辺にいる運動系の部活に入っている高校生よりは付くほどまでに体力も付いた。その事をつゆ知らず、天龍を交えての最初の島風教官からの授業は素手で深海棲艦を殺せ、という事だった。

 

深海棲艦は様々な種類のものが存在する。まずは一般的に深海棲艦と呼ばれているクジラ型。大きさは大型犬からコンテナを乗せたトラックほどまで様々だが、一様に緑色の目玉と魚のようなボディが特徴だ。口の中に砲台を持っている個体も存在する。弱いがなめてかかると当然のごとく死ぬ。

 

続いて、今まではクラゲ型、巨人型と言った未確認が存在する。どれも個体データが少ないため資料は多くない、と柏木はみんなに言っていた。今回相手にするのは深海棲艦でも一番弱い部類にあるクジラ型を初演習の対象に選んで狩り殺すらしい。一番難易度が低いものを対象に初演習をするのはいいだろう。おそらく強襲艇に乗り込んだ全員がそう思ったはずだった。問題は武装にある。渡されたのは海の上を走る事が出来るブーツと真っ黒いナイフ一本だけ。これで殺せというらしい。その事実を前に榛名は目を白黒させていた。学がない榛名でも、こんな靴程度で海の上を走れないことくらいは十分にわかる。そしてナイフ一本ではただの犬ですら殺す事が難しい事も。それを、

 

海の上で、深海棲艦という人間を殺すのに特化した生物に対して行うなど言語道断だった。しかし、榛名よりいくつか年下の島風が蹴りとナイフだけで自身より大きい深海棲艦を鮮やかに倒したのを見たときは、もしかしたらできるかもしれないと思ってしまった。

 

「じゃあやってみようか」

 

 

 

 


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