小学2年生の私…雪ノ下 雪乃は姉に憧れていた。
それは意識していたのか無意識だったのか分からない。
姉、雪ノ下 陽乃はまさしく完璧だった。人間の理想のお手本のような存在だった。だがそれと同時に姉は、雲の上の存在になってしまったとも感じる。
私はひたすら手を伸ばした。空を掻いた、少しでも近くへ行きたかったから。勉強もたくさんしたし、運動も体力があまり無かったけど頑張った。
結果、私は勉強で一番になった。
運動も周りの子達よりは上手くなった。
それは私の頑張った証。努力した証だ。
嬉しかった。これは私が自分の力で手に入れた確かなモノ。
誰にも言われず、自ら求めて掴んだ結果だ。
私は誰かに褒めて欲しかった。認めてもらえると思った。姉の影にいる自分にだって価値がある、私だって少しは姉さんのようになれると。
なのに……私の両親はそれを「当たり前だ」と切って捨てた。
私の中で何かが傷ついた。
姉に私の努力を見てもらった。
こんなに勉強をした。全教科で100点を取った。苦手な体育でも大変良いを貰った。私は頑張ったわよね?…と。
それを聞いた姉は笑顔で私の頭を撫でてくれた。
私は嬉しかった。自分の憧れに認めてもらえた…そう思ったから。
でも…
「流石だね、雪乃ちゃん。凄いねー!……でも良いよね、雪乃ちゃんは。…こんなので喜べるんだもん。何も背負う必要もない、ただ前だけ見ていられる。面倒ごとは全部他の誰かがやってくれるんだもん。雪乃ちゃんは成績のことだけ考えられる……ふふ、やっぱ雪乃ちゃんは幸せ者だね♪」
私の中で傷が亀裂に変わった。
考えを改めてみた。
きっと両親も姉も忙しくて、私に構っていられないのだ。
だから今は我慢しないといけない。
でも…やっぱり幼い私は誰かに褒めてもらいたかった。
なので次はクラスメートに頑張った証を見せた。
すると、みんなは褒めてくれた。
「凄いね、雪ノ下ちゃん!」
「良いなぁ、頭良くて」
「羨ましいなぁ」
……っ!やっと!やっと私は認められた!
喜びに満たされた。
そうだ。別に家族に認められずとも周りが認めてくれれば、両親も…あの姉だって私を褒めてくれるに違いない…私はいつのまにかそう考えるようになっていた。
そうして更に努力を重ねていく。姉に追いつくため、みんなにまた褒めてもらいたくて。認めてもらいたくて。
ただ、この時の私はみんなの顔をしっかりと見ていなかった。自分のことしか頭になく、周りがどう思っているかなんて考えもしなかった。
だから…
「はぁいつもいつも…何、自慢?そんなに見せびらかして楽しい?」
「ハイハイ、天才は凄いですねー。それに可愛いから男子にもモテるし」
「ホント、羨ましいわー。でもさ……ホントいいがけんにして。マジウザいよ」
頑張った証を見せる事はもうしなくなった。
周りを不快にさせるだけだから。
頑張ったってそれが正しい訳じゃない。周りがそれをどう思うかなのだ。
認めてもらうのに必要なのは、決して勉学だけじゃない。如何に周りと同調出来て、共感して、共有できるかなのだ。
そして今回、私は全部できなかった。
ただ独りよがりで成績が一番なら、周りが認めてくれると勝手に考えていた。
ああ、なんでもっと早く気付かなかったんだろう。
もっと私が大人だったら…こんな事にはならなかったのに。
「……………」
──次の日。学校へ行くと、私の机に落書きがされていた。授業に集中出来なくなるといけないと思って、すぐに消した。
──その次の日。私の机にまた落書きされていた。今回はより強い言葉で。すぐに消した。
──また次の日。私の机はズタズタになっていた。多分図工で使う予定だった彫刻刀でやられたんだろう。はぁ…今度から下敷きが必須になりそうだ。
──一週間後、私が休み時間にトイレから戻ってくると、机の中に入れていた筈の教科書が無くなっていた。次の授業で使うのに…とても困った。窓際で私を見て笑っているクラスメートがいた。
仕方ないので隣に…は見せてもらえそうにもないので、他の教科書を出して持っているフリをした。ひたすら当てられないことを願って授業をうけた。
下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。
帰ろうと思って玄関を出た時に、ちょうど私のクラスの窓の下に落ちていた──教科書を見つけた。
──二週間後、私は昼休みに先生に呼び出された。
本当は行くのがとても嫌だった。
こうしている間にも私の持ち物に何かあるかもしれないから。
でも、先生が呼び出した理由が私の机のことだった。
それを聞いて、もしかしたら先生が助けてくれるかもしれない…そう私は
「雪ノ下。お前が成績優秀なのは分かるぞ。…でもな、学校の物である机を好き勝手してはダメだぞ?」
……先生の言っている意味が分からなかった。どうしてそうなるのか?なんで私があんなことをすると思っているのか。
「せ、先生。あれは私ではありません」
「何?ではクラスメートにやられたのか?もしかしていじめられているのか?」
「………っ…」
コクリと頷いた。
やっと気づいてもらえた。これでこの地獄から解放される…そう期待すると同時に、私は屈辱で唇を噛み締めた。
これがいじめられていると認めてしまったこと。その情け無さと不甲斐なさ…そして、私が孤独であることを再確認させられた気分だったから。
先生は「わかった。帰りの会で、話すから教室に戻ってなさい」と優しい声で言ってくれた。
私はまた頷いて教室に戻った。
すると今度は筆箱がゴミ箱に捨てられるのを見つけた。
私はあまり気にせずに、それを拾って席へ戻る。
下校のチャイムが鳴る。
先に帰りの会が終わったクラスもあるのか、廊下が少し騒がしくなっていた。
「帰りの会を終わる前に…先生から1つ、大切な話がある」
その言葉に体が少しビクッと跳ねた。
「雪ノ下の机が誰かにズタズタされていた。やった奴は誰だー?今正直に言えば怒られずに済むぞー?」
そう言って先生は生徒を一人ずつ見渡していく。しかし、名乗り出る者は当然いなかった。
当たり前だ。そんなの私でも予想出来る。
──なのに
「はぁー、困ったなー……誰もいないわけ無いだろう。ふむ……分かった。じゃあ雪ノ下。お前は先に帰って良し」
「え?」
「他のみんなはダメだ。早く誰がやったのか正直に言わないと、みんな帰れないぞ」
……なんでそうなるの?
これでは吊るし上げだ。無論上げられているのは私。
私は再度、いじめられているとみんなに公表されるばかりか…クラス全員の時間までも奪ってしまったのだ。
「………」
無言で帰りの支度を終え、私は教室を出た。
「……先生。さようなら」
「おう、さようなら。気をつけて帰れよ……さぁて、早く言わないと帰れないぞ?」
私は先生に挨拶を終え、小走りで玄関へと向かう。
「……っ……っ…!」
私は息を詰まらせたかのように声を殺し、涙を流した。
悲しくて泣いたわけじゃ無い。これは怖かったのだ。
『お前のせいで…』
何人かがそんな眼で私を見ていたから。
◇◆◇
小学三年生になった。
状況は前よりも酷い。
あの教師の件以降、予想通りいじめはエスカレートした。
クラスの中には、私を守ろうとしてくれた人もいた。だがその人もあの教師と同類だった。いや、もっとタチが悪い。
その人は
私と違って人気者で、クラスにいるのといないとでは皆の明るさも変わってしまうほどに彼はクラスの中心的存在だ。
そんな葉山君が、だ。私をいじめるのを止めるよう言い出した。
分からないのだろうか…あの男は…と、本気で怒りを覚えた。
皆に信頼され、注目されている人がそんな事を言い出したら…いじめはより苛烈になるってなぜ分からないのか?
いじめのことを話題にされるだけでも、私は傷を抉られる気持ちになる。
なのに葉山くんが「みんなで仲良くしよう!」と言って回れば、私が贔屓されているも同然。それは嫉妬となって、陰でまた私に槍となって突き刺さる。
あなたのその押し付けがましい善意が、私にとってどれほどの脅威なのか…正しいことしていると思っているのがなおさら腹立たしい。
「………はぁ」
この頃にはもう、私の心は錆びていた。
自分でも気付かないくらいに。
◇◆◇
私の学校生活は、普通の生徒よりも疲れる。
まず上靴。これは毎日持って行かなければならない。もはやいじめの常識だろう。
机は先生に一度目をつけられたせいか被害はない。
それでも私はトイレに行かないし、行けない。
席を離れれば、私物を好き勝手されるからだ。
一度、自分の考えは自意識過剰かと思って、席を立って見たが…案の定、ノートが破かれていた。そのノートはダミーなので良かったが、これが本当に使うノートだと考えただけで頭が痛い。
せめてこういう時こそ、葉山君がクラスに居てくれればいいのだが、休み時間は大抵クラスに居ない事が多い。
葉山くんがいじめをやめさせようと公言したことでストッパーにはなれど、抑止力にはなり得なかった。彼の目につかないところでは、未だに私への嫌がらせは続いている。
時折、葉山くんから大丈夫かと聞かれる。
はっきり言って…そう聞かれること自体が大丈夫ではない。なので素早く、周りに気付かれないように大丈夫よ、と返答する。もはやいじめの原因は彼にあるのでは?とすら考えてしまう。
更にたちの悪いことに、葉山くんが皆にいじめをやめるように言った後、私が被害を受けているところを見ていない
しかし彼が私を見る眼は、何か達成したような自信溢れる瞳をしており、私の考えは間違っていないように思える。あくまで私の主観だけれど。
葉山くんは友好関係を守りたいのだ。それは理解出来る。
でもそれは単なる上辺での関係しかない。みんなは葉山くんに気に入られたいが為に必死に良い人を演じている。そんな上っ面だけを見て、葉山くんはその人は良い人なんだと受け入れる。それが良いことだから。
でもそんなものは…ただの喋る人形と変わらないように思えてならない。
「友達って……なんなのかしらね」
その答えが浮かぶわけもなく、返ってくるわけもない。
今の私にとっての学校は、勉強をするか、本を読む事しかできない窮屈な場所だ。
私はただ……只々早く卒業したくて…仕方がなかった。
◇◆◇
月日が経ち、四年生となった。
もう目立つような真似はしていないのだが、女というのは恐ろしい。
男の方から勝手に告白してきただけなのに、何故か矛先が私に向けられる。
この頃にはもうある程度の対処は出来ていたので、問題は無かった。だが、この地獄は終わりそうもないのも確かなことだ。
そんな四年生が始まって2ヶ月が経った頃、転校生がやってきた。
親の都合で転校してきたらしい。名前は……
「
その声はかなり落ち着いており、立ち姿からもかなり大人びているように見える。
加えて、彼は……なかなかのイケメンだった。
このクラスのイケメンといえば葉山君(また同じクラスになってしまった。そして私はイケメンとは思わない)なのだが、鎌ヶ谷君は葉山君とは真逆だ。
葉山君が爽やかで明るいのなら、鎌ヶ谷君はクールで寡黙な感じだ。
休み時間。
当然の如く鎌ヶ谷君の席の周りに生徒が集る。イケメンであれば尚のこと。
しかし……誤算だったのが1つ。
「ねぇ、鎌ヶ谷君ってどこ出身?」
「この近く」
「え、えーと…誕生日は?」
「12月くらい」
「あ、あはは……そうなんだ」
彼は私の前の席だったのだ。
本当に鬱陶しい…が、普段私に突っかかってくる女子達が質問しても、鎌ヶ谷君が会話を膨らまさずに会話を断ち切るので困惑している。
「……ふふっ」
私は誰にも気付かれないくらいの笑みを零した。なんだが少し気持ちがスッキリしたのは……きっと気のせいだろう。
───そして悲しみの中で、雪ノ下雪乃は彼に出会う。
葉山扱いwwww
雪ノ下雪乃、主人公に対してちょっと好感度。
しかし主人公の現在の内心は…?