仮面ライダーライトニング 作:至高のオーバーロード
実はネタが被った先人の方がいらっしゃるのですが、かなり前から構想練っていたのと路線が全く違うのでこのまま投稿を決めました。それではどうぞ。
静まり返った闇夜の中で、二つの影が人知れずにぶつかり合っていた。片や闇に紛れそうな程の漆黒に染められた有機的な肉体を有した怪物。もう片方は白銀の鎧を纏った仮面の戦士。
オフィスビルに囲まれた高架橋の下という現代日本の光景に似つかわしくない異形である二人は暗闇を照らす火花を散らしながら、殺意を投げ合うように激しい剣戟を続けていた。
怪物の爪と戦士の大槍。互いが有する凶悪な得物が、互いの命を奪い取ろうと幾度も振るわれる。
「噂通りになかなかやるじゃないか!正直しつこいぜ!」
距離を取った漆黒の怪物は人語で低く唸る。一方、仮面の戦士は手に持った大槍を気怠げに振った。
「ふんっ、それはこちらのセリフだ。あいにく俺も暇じゃないんでな。そろそろ終わりにさせてもらう!」
仮面の戦士は腰のバックル部にセットされていた単一サイズの電池を思わせる形状の物体を引き抜く。そして、大槍の窪みの部分に差し込む。同時に謎の音声が高架橋下のトンネル内で盛大に鳴り響く。
《ヴァニラ!エナジーチャージ!》
次の瞬間、電池状の物体を起点に眩い光が大槍を包み込んで行く。光は槍を全て覆い尽くすと、螺旋状に形を変えて収束し始めた。
「仕上げだ!お前は俺がここで喰らい尽くす!」
仮面の戦士は駆け出す。全く迷いのない突進から、次で確実で決めようという強い意志が見て取れる。その勢いを保ったまま、怪人に向けて大槍を突き出した。
「ヴァニラ・アイス・スクリーム!」
《ブレイクタイム!》
「くっ!」
大槍の切っ先がまっすぐ怪物の腹部目掛けて飛び込んでくる。仮面の戦士が放つ必殺の一撃。その込められた途轍もない殺意を感じ取った黒の怪物は慌てて全力で回避行動をとった。
「外した!?」
本来なら怪物の胴体を抉って命を葬ったであろうその一撃は、すんでのところで空を斬るだけに終わった。目標を仕留め損ねた螺旋状の白いエネルギー体はトンネルをくぐり抜けた後、虚しく夜の空へと霧散していく。肝心の怪物は翼を広げ、何処かへと飛び去っていた。その姿はさながらコウモリを彷彿させた。
「ちっ……逃げたか」
既に怪物に気配は存在しない。電車が駆ける音以外何も聞こえない暗闇に戻っていた。標的を見失った仮面の戦士は不本意ながらも踵を返してトンネルを後にするのだった。
一方、飛び去った怪物はオフィスビルの頂上に降り立ち、仮面の戦士との戦いで出来た傷跡を抑えていた。命に別状はないとはいえ、決して小さい傷とは言い難かった。
「まずいな。かなりのダメージを受けてしまったみてえだ。これじゃあ、ちょっとやそっとエモノを食ったくらいじゃ奴とは戦えねえぜ。とびっきりの充電が必要そうだ」
この場所なら夜が明けるまで人は来ないとはいえ、いつまでも隠れっぱなしでいるわけにもいかない。何より、人間を遥かに超越する存在である自分を傷付け、屈辱を与えた仮面の戦士に目に物を見せてやらなければ気が済まない。復讐心を胸に秘めたまま、周囲を見渡す。
「何処か……人間どもが大勢集まる場所……」
ふと、怪物の視界に強烈な光が飛び込んできた。夜の都会の闇を切り裂くそれは、巨大な電光掲示板によるものだった。巷では有名な歌手のライブの宣伝。少女の横顔がデカデカと映し出される。おそらく彼女を目当てに多くの『エモノ』達が集まるのだろう。
「ドーム……ふふ、良いスピリットが集まってそうだぜ」
怪物は遠くに位置するドームを目にして、心の中でほくそ笑むのだった。
ピピピピピピ!
散らかったワンルームに着信音が鳴り響く。ベッドで横になっていた青年は欠伸と嚙み殺しながら目を擦って無理矢理意識を覚醒させる。
「うーん……誰だよ、こんな朝っぱらから……仕事前くらいもう少し休ませろよ……」
手に取ったスマホの画面を目にした青年は顔をしかめる。見慣れた名前がディスプレイに表示されているが、例え通話だけとはいえ、個人的にはあまり歓迎したくない相手であった。
「まーた兄貴かよ。めんどくせえ……いっそ無視しちまうか?」
本当は通話など切ってしまいたいところであったが、そうすれば余計怒りの炎に油を注いでしまうだろう。大火事に比べれば、火傷程度で済めばよっぽどマシであると判断した青年はしぶしぶ着信に応じた。
「はーい」
わざと気の抜けた応答で不機嫌ぶりをアピールする作戦を敢行。だが、そんな慎ましやかな努力も無駄にするような冷たい声音が返ってくる。
『お前の友人から聞いたぞ。またもや仕事を辞めたらしいな。これで何度目だ。お前はどれだけ周囲の者に迷惑を掛けているのか理解しているのか?』
ある程度は予想していたとはいえ、こうも一気にまくし立てられるとゲンナリを通り越して渇いた笑いが漏れる。
「短刀突入だな。まあ、いつものことだけどよ」
軽い挨拶すら無しに冷え切った口調で説教を始めた実の兄に苦笑いしつつ、ベッドを椅子代わりにして座り込む。
「別に良いだろ。ちゃんと家賃やら生活費は自分で払ってるんだからよ。自分の面倒は自分で見る。これのどこが悪いってんだ?」
『馬鹿者。そういう問題ではない。今の不甲斐ないお前を一族の重鎮達に見られでもしろ。そうなれでもしたら、保護者扱いになっている俺の面目が立たんのだ』
「結局兄貴のメンツかよ……あんたは昔からそればっかだぜ」
流石に今の愚痴を聞かれたらマズいと思ったのか、翔駒はスマホを口元から離してポツリとボヤいた。
『何か言ったか?』
「いーや、わがままで自分勝手な親族連中のお相手をさせられて、兄貴は大変だなって」
『それは弟であるお前自身が俺に面倒をかけてるという自虐か?』
電話越しからでも、フンと鼻で笑っているのが聞こえてくる。どうやら弟から目の上のたんこぶ扱いされているのは承知の上のようだ。翔駒としても全てお見通しと言わんばかりの兄の高圧的な態度がますます気に食わなくなってきた。
『まあいい。とにかく、これ以上何度も言わせるな。お前もいずれは昴の家名を背負う身だ。いつまでもふらふらしているわけにもいかんだろう。いい加減私と懇意にしている大企業に入社すか、それが嫌なら大学にでも通え。さもなくば……』
「悪いな兄貴。今からバイトだから」
『待て翔駒!話はまだ終わ……』
プツッ
延々と続く説教に終わりが見えなくなってきた昴翔駒は、聞く耳持たずといった様子で容赦無く通話の終了ボタンを押した。最後は一際大きい怒声を浴びせられたが、それも彼としては慣れた物であった。
「ま、嘘じゃありませんですよっと」
事実もうすぐバイトが始まる時間が迫っている。翔駒は軽く身支度を済ませて家を出るのだった。
「サーキットドライバー起動実験の準備はどうかしら?」
女は隣でPCでの作業に没頭していた白衣の作業員に声をかけた。作業員は画面から目を逸らさないまま女の質問に答える。
「現在、既に90%まで完了しています。残りは美山さんのライブに集まった観客達からのスピリット周波数に同調させる工程のみです。今回の観客数は前回のライブを上回っていますから、必要な数値はおそらく余裕で超えるでしょう」
キーボードを入力しつつ、淀みなく説明していく作業員。もはや慣れたものといった様子だ。実際、この作業は彼らにとって幾度も繰り返されてきたものである。
「そう、順調ならいいわ。と言っても、準備だけならいつも滞りなく終わるのだけれどね」
「ええ、問題なのはその後ですね。前回のライブ時がそうでしたが、観客の『スピリット』と美山さんの『パフォーマンス』の同調、この段階まではいつも特に問題なく上手くいきます」
ですが、と付け加えて頭を掻きながら研究員は続ける。
「肝心のサーキットドライバー起動まで至るのは如何ともしがたい。毎度毎度ここで行き詰まってしまう」
研究員がコンソールに手を伸ばしてコマンドを入力すると同時に、ディスプレイに様々な情報が浮かび上がる。3Dグラフィック化されたベルトと多数のゲージが並べられていた。
「スピリットが燃料なら、パフォーマンスは言わば起動キーのような物。いくら燃料が潤沢でも、着火が弱ければ燃焼させようがない。これだけの観客を集めたにも関わらず上手く行かないのだとしたら、言い方は酷ですが美山奏多嬢は起動キーとしての役割には不十分だった……という事になりますな」
「もし、今回も起動に失敗したのなら、美山奏多以上のパフォーマンスの持ち主を用意する必要もあるって事ね」
「可能ならば、ですが。まあ、あくまでそれも視野に入れて頂きたいと言ったところですね。貴女なら既に理解してるとは思いますが」
研究員はそこまでは期待してはいないといった様子だった。当然だ。この研究員に言われるまでもなく、元々長期に渡ってそんな人間を探し続けてきた。だが、その努力はことごとく徒労に終わっている。
そうタイミングよく現れるわけがない。美山奏多以上の存在などそう簡単に見つかるわけがない。それはこの場にいる人間の全員が承知している事であった。
「それと仮にも高レベルのパフォーマンスを所有する者が見つかっても、根本の問題は解決しません。サーキットドライバーに適応可能な程の強いスピリットの持ち主もまた極めて特異な存在。未だに神村流唯に続く二人目のライダーが見つかっていないのですから」
研究員は机の上に置かれていた一本の小物を取り出す。単一電池程度の小さなサイズではあるが、不思議と見た目にそぐわぬ存在感を放っている。
「『強化』の特性を有する、この『チョコレート・バッテリー』を使いこなせれば間違いなく『ナイトメア』への対抗手段となりえますでしょう。使いこなせればの話ですが」
「わかってる。課題はたくさん残っているわね。でも、ひとまず、この実験に集中しましょう。考えるのはその後よ」
女は深くため息を吐く。
「私達が手をこまねいている間にもナイトメアによる被害は増え続けている。これ以上流唯の負担を増やすわけにはいかないわ。はやく手を打たないと……」
女が見つめた先では、透明のケースに包まれた銀色のベルトが沈黙を続けていた。
「おつかれしたー」
スーパーのアルバイトを終えた翔駒は同僚や上司に軽く挨拶をしながら職場を後にした。それからの彼の帰宅準備は早かった。愛車である二輪自動車のエンジンを吹かしてすぐさままたがる。目指すは現住所である安アパートだ。別段、途中でどこかに寄ったりはしない。
「秋に入ったからか、さすがに夜は少し冷えるな。さっさと帰っちまおう」
まだ成人を迎えていない齢ながら、翔駒は若人らしく街に飛び出して遊び呆ける青年ではなかった。時間もお金も無いし、一緒に遊び歩く友人もいない。そしてなにより、彼が情熱を傾けるような夢中になる何かを知らない。仕事以外にやっていることと言えば、何も考えずに漫画雑誌を眺めたりするくらいだ。
一切の目標も持たずに、ただ目先の生活のためだけに金銭を稼ぐだけの日々を過ごす。彼の兄が指摘した通り、翔駒は惰性で人生の時間を浪費しているに過ぎないと言えた。ボーッとしてると朝にたっぷり聞かされた兄の厳しい口調の記憶が蘇って来る。
「くっそ気分悪い……早く帰って漫画の続き読むか」
このヘルメット越しの視界に広がる街並と同じだ。綺麗に並べられたコンクリートのビル群。毎日同じ道で響き続ける靴音。むせるような排気ガスの匂い。日々大した変化もなく面白味もない。そんな味気ない光景が漠然と過ぎていく。
つまらない。つまらない。つまらない。
「ん?」
そんな無味乾燥な風景の中で、微かな違和感を感じ取った。それは1人の少女だった。無数の人々が行き交う交差点の中ですぐに見つかったとはいえ、決して特別強い存在感を放っていたわけではない。むしろ今にも消えてしまいそうな蝋燭の光のような儚さに見える。
か細く淡い灯火のような少女が一枚のチラシを後生大事に抱えたまま左往右往している姿が気がかりになった翔駒は、丁度切り替わりに時間が掛かることで有名な交差点の赤信号に捕まったのもあり、つい声を掛けてしまったのだ。
「おい、そこのお前。いったいどうした?」
突然声を掛けられて驚いたらしく、一瞬少女はビクリと体を震わせるものの、恐る恐る翔駒へと振り向く。瞳をうるうると滲ませながらしばし唇を震わせていたが、やがて意を決したように口を開く。
「す、すいません!私、どうしてもここに行きたくて!でもでも!どうにも場所がわからなくて!お願いします!もう時間が無いんです!」
見知らぬ男を前に緊張しているのか、道に迷って混乱しているのか。その両方なのかもしれないが、少女は全く要領を得ない慌てぶりであった。見かねた翔駒はバイクのエンジンを切って、手押しで交差点の中に入っていった。周囲の人間は誰も少女の救いを求める声に応えようとしない。
都会の人間の冷たさを前にため息を漏らしつつも、翔駒はヘルメットのバイザーをあげて少女を改めて見直す。
ずいぶんと小柄な少女だ。おそらく歳は翔駒より少し下程度。田舎者丸出しな服装のせいで少々野暮ったい印象を受けてしまうが、顔立ちはなかなかに整っている。しかし、そんな彼女の美点も泣きじゃくったせいか、グチャグチャになって台無しにされてしまっていた。
「こんな大きな街まで来るの初めてだから、何度も同じところばかりグルグル回っちゃったんです!」
「おおっと!」
少女は一枚をチラシを翔駒に突きつける。
「ええっと……」
チラシに書き込まれているミニマップに目を向けて、翔駒は首を捻った。この街に住む者ならすぐにわかる場所であった。
「ドームか……なんだすぐ近くじゃねえか」
「え?そうなんですか?」
少女がさっき自分で言った通り、土地勘が全く無いのだろう。おまけに少女から漂う、何処か垢抜けない野暮ったい雰囲気。おそらくこの街より遥か遠く、それも田舎からやって来たに違いない。
「おう。まあ、この辺チーッと道が分かりづれえからな。お上りさんなら迷うのも仕方ねえだろ」
「お、お上りさん?いや、私は……」
図星だったらしく顔を赤くして否定しようとする少女の言い訳を無視して、翔駒はバイクの後部座席をコンコンと叩く。
「乗れよ。どうせ仕事終わりだからな。暇だし連れてってやる」
「え?でも……」
「いいっていいって!……て初対面の男のバイクに相乗りとか普通恐いか。すまん。んー、とりあえずこの交差点を抜けてから……」
「いえ、大丈夫です!是非乗せてください!」
少女は鼻をふんと鳴らすと、勇ましく後部座席に腰掛ける。その意外な大胆さに翔駒は思わず面食らってしまったものも、備え付けてあったヘルメットを渡してエンジンを再び吹かす。
目的地のドームまではバイクの小回りもあって予想よりも早く到着した。警備員に誘導されて駐車場に着いた翔駒は、ヘルメットのバイザーを上げて感嘆した。ドーム前の入り口では蟻のように集まった人々でごった返している。祭りでもなければ、ここまで人が集まるのは稀だろう。
「おうおう。ずいぶん人が集まってんじゃねえか。なんだ。どっかの有名人でも来てるのか?」
「もしかして、あなた知らなかったんですか?今日はあの美山奏多のライブの日ですよ!」
「ああ?みやまかなた?聞いたことがあるような無いような……」
眉を八の字にして首を捻る翔駒を前にして、少女は大きく目を見開いた。
「ま、まさか本当に知らないの!?彗星の如く、突如芸能界に現れたスーパーアーティスト美山奏多!まだ二十歳ながら高い歌唱力と類稀な容姿で老若男女問わず惹きつけて、まだデビューして間もないにも関わらずチケットは即日完売になる程の人気まで上り詰めた天才なんです!一応アイドル扱いされてますけど、彼女のレベルはもうその域ではないと思います!その人気はあの男性アイドルグループのトライディザスターに負けず劣らずと言われています!過去の経歴も不明な点が多いミステリアスな雰囲気も人気の一因で……」
「おい!ストップストップ!」
小動物のように震えていた今までの姿から打って変わって矢継ぎ早に繰り広げられるマシンガントークに面食らってしまった。初対面の青年のバイクに乗ったりと、意外にも大胆な面があるようだ。
「いや、俺は芸能界とか興味ねえし。ていうか、お前キャラ違くね?」
「あ、すいません。美山奏多の事になるとつい熱くなってしまって……なんせ私にとって憧れの人ですから!
「どうでもいいけどさ。そろそろ始まるっぽいぞ?」
「え?ああっ!!!ほんとだ!」
電光掲示板にはライブ開始までの残り時間が映し出さられているが、その残りは僅かとなっている。翔駒は少女の慌てふためきっぷりに思わず笑ってしまいそうになるのを隠すために、ヘルメットのバイザーを下ろした。
「じゃあな。ライブしっかり楽しんどけ」
「ま、待ってください!」
エンジンキーを挿しこもうとした直前に呼び止められた翔駒は、再び少女の方に向き直った。その手にはチケットが2枚握られていた。
「実はチケット余ってて……友達が急にどうしても行けなくなったからなんですけど、良かったら一緒に参加しませんか?」
「大丈夫、奏多?体調悪くない?何かあったらすぐにでも教えてくれていいのよ?」
『ダイジョーブダイジョーブ。今の所すこぶる調子良いから。きっと今なら私はノーベル賞級の歌手だよ』
「本当?あなたったら結構無茶するから心配だわ。あなたのお兄さんもそこが気掛かりだって言ってるわよ」
『あの愚兄、余計なこと言いやがってー。せっかくのライブに来れない癖に』
「そこは許してあげて。お兄さんもかなり残念がってたんだから。今度お気に入りのバニラソフト買ってあげるわ」
『んんー』
「まあ、そこまで軽口叩けるならきっと大丈夫でしょうね」
『うん、きっとシャチョーもビッくらポンするくらいすごいライブになると思うよ」
「そう……オーライ、わかった。あなたの最高のパフォーマンス、期待してるわよ」
ピッとスマホの通話を切る音が静けさに包まれていた実験室をこだまする。
「いよいよ始まるわね……」
モニターを通じて美山奏多のライブ会場を静かに眺めていた女は覚悟を決めた表情で、集まっていた研究員達の方に振り向く。
「サーキットドライバーを起動させるわよ!」
女の合図に合わせて研究員達がばたばたと慌ただしく研究室内を駆け巡る。
「へえ?すげえ盛り上がってるな」
ライブ会場に少女と共に入場した翔駒は、既にペンライトやグッズを装備した観客達の熱気に圧倒されていた。老若男女問わず、皆がキラキラした目でステージ場を今か今かと待ち構えている。誰もがこのライブに大きな期待を抱いているのだろう。
「当然です!なんせ今回のライブは所属事務所自ら美山奏多の集大成と銘打ってるんですから!おまけにそれだけじゃないんですよ!なんとライブ中に初めて発表されるっていう新曲も引っさげて……」
「おっと!今はそういうのノーセンキューで!」
また熱のこもったマシンガントークが展開されることを察知した翔駒は両手で遮る。
「ああっ!ごめんなさい!」
「……ほんと、好きなんだな」
「はい!」
一見気弱そうな印象を与えるこの少女がまるで別人のように饒舌になる辺りに、よほど夢中であることが伺える。
「これは両親にも教えてないんですけど、実を言うと、私もあの人みたいにいつかステージに立ちたい、歌ってみたいと思ってるんです。だから、時々こっそり芸能事務所のオーディション受けてたりもしてて……と言っても、今の所全部落ちちゃってるんですけどね!学校の友達にも絶対向いてない。やめておけって言われちゃうし。ははは!やっぱり現実はチョコレートみたいには甘くないなあ!」
恥ずかしそうに頭を掻く少女だが、翔駒は笑い飛ばすような真似はせず、真面目な顔で話を聞いていた。
「良いじゃないか。結構良い夢だと思うぜ、俺は」
「少なくとも、なんの夢も目標も持たずに生きてるだけの俺なんかよりよっぽど偉いよ、お前は」
「そ、そんなことないですよ!わ、私だって、別に深い考えがあってアイドル目指してるわけじゃないし!ただ、分不相応で無謀な夢を見てるだけですよ!」
照れ隠しなのか、袖で口元を覆い隠す少女。
「えへへ……なんでだろう。お兄さんとはまだ会ったばかりなのに、家族にも秘密にしてることを教えちゃうなんて」
「いや、むしろ見ず知らずの他人だからじゃないか?血の繋がった距離の近い相手程、逆に言いにくい秘密ってのは人間誰しも1つくらいは抱え込んでるもんだと思うぜ」
「ふーん、そういうものなんですか?」
「少なくとも、俺はそう思ってる」
そう言う翔駒の脳内では、冷え切った関係に陥っている自身の兄の姿が浮かんでいた。少なくとも、今の彼にとっては兄よりも見ず知らずのこの少女の方が話しやすい相手だ。
「それとだけどさ。別に俺に対して敬語なんて使わなくて良いぞ?」
「ええっ!わ、悪いですよそんな!まだ会ったばかりなのに!」
「良いんだよ。俺はそんな大それた奴じゃねえから。ただの平々凡々なフリーター様さ」
「ええっと……」
今更ながら、2人はお互いの名前を知らないことに気づいた。
「俺、昴翔駒ってんだ。お前は?」
「私は門脇杏里沙です!……じゃなかった!だよ!」
杏里沙の笑顔に応えるかのように、ライブ会場のスポットライトがステージ上を眩く照らしだす。
「あっ、始まるみたい!」
周囲のファン達同様にペンライトやグッズに握りしめ、固唾を飲んで見守る。その表情はあまりにも真剣で、思わず茶化すのを躊躇ってしまう程だ。
「みんなー!今日は来てくれてありがとう!」
ステージ上に現れたのは1人の少女だった。おそらく歳は翔駒と同じ程度。成人したばかりか、その手前といったところだろう。隣で心躍らせている純朴少女とは対照的に、類稀な容姿に合致したステージ衣装も相まって都会的な洗練された雰囲気を有している。
しかし、翔駒がよく知る他の化粧や香水で着飾った女達とは違い、誰にも真似できないであろう特異な存在感を放っていた。きっと彼女が街を歩いていたら、その強すぎる存在感ゆえに隠れることもできないはずだ。そう思わせる程に優れたビジュアルの持ち主であった。
だがもちろん、その容姿だけでカリスマ的な地位を得た歌手になれるはずもない。
「全速全快フルスロットル!私のデビュー曲『Start riding!』みんな乗り遅れないでよ!」
ステージで舞い踊る少女の掛け声を合図にして始まるイントロに観客の興奮がさらに高まっていく。
迸る観客達の歓声と熱狂。駆け巡る眩いスポットライトの輝き。スピーカーから飛び出すギターやベースの重低音。刻まれるドラムの軽快なリズム。そしてなにより、マイクを通じて流れてくる奏多の美声が会場を一瞬にして包み込む。
決してビジュアルだけではない、彼女の歌手としての実力を見せつけられた。
「すげえ……」
最初の一曲が終わって小休止に入った頃、翔駒は口をポカンと開けたままステージ上を見つめていた。まだ一曲目ながら、一瞬のようで無限のように長くも感じる不思議な数分間だった。
燃え盛るような観客達の熱狂も、眩い煌めきを放つ舞台装置も、今宵の主役である美山奏多によるパフォーマンスも、全てが翔駒の知らない世界だ。それをなんの前触れもなく、突然こんな形で目にする機会を得るとは想像もしていなかった。
未知の領域に図らずも踏み込んだ形になった翔駒は、自分の中の常識を全てかき乱され、ただただ呆然とするしかなかったのである。
そんな彼の心ここに在らずといった様子を杏里沙は満足気に腕を組んでニヤニヤと眺めていた。
「でしょう?」
「ああ……俺、歌とか全然わかんねえけど、これはすげえってのはわかる……」
「そうなんだよー。なにせ美山奏多のキャッチコピーは『スピリットを揺さぶる究極のパフォーマンス』だからねー。おまけにすごい美人だし、翔駒君のハートも見事射抜いちゃうのも無理ないねー」
「ああ……」
まるで自分の事のように誇らしげに胸を張る少女。完全に美山奏多の圧倒的歌唱力と存在感に見惚れていた今の翔駒は、呆気にとられたままただ少女に同意するばかりであった。
「今のデビュー曲はほんと良い歌だよねえ。私なんてもう歌詞見なくても口ずさめるからね!」
会場がますます蒸せるような熱気に包まれていく中、少女が何気なく口ずさんだ歌は観客の嬌声にかき消されていった。
「やっぱり今回もダメなのかしら……」
女は部屋の隅に設置していた椅子に腰掛けて深いため息を吐いていた。意気込んで実行したのは良かったものの、結局あの後に観測していた数値は完全に伸び悩んでしまったのだ。一応まだ続けてはいるが、既に研究員達のモチベーションは見てわかる程に低下している。おそらくこれ以上続けたところで結果は変わらないだろう。
「まあ、ライブそのものは成功だから良しとしましょうかしら」
「ん?いえ、待ってください!何だこれは!?」
思ったような成果が出ずに落胆した空気が充満しつつあった実験室にどよめきが走る。
「いったいどうしたの?」
「理由は不明ですが、突然急激にパフォーマンス観測値が上昇しています!」
今まで淡々としていた男性研究員がこれ以上ないほどに興奮した面持ちでキーボードを叩いている。それ程までに衝撃的な光景ということだろう。他の研究員達も晴れやかな表情でPCに向かっていた。
「これならサーキットドライバー起動も充分可能ですよ!」
喜びに沸く研究員達を尻目に、女はただ一人訝しげにディスプレイを眺めていた。今日の美山奏多は確かに自分でも言っていた通り、素晴らしいパフォーマンスを披露している。が、それはあくまで普段と比べても誤差の範囲内でしかない。目に見えるような劇的変化は起きたように見えないし、ライブ中に突然前触れもなくキッカケが降って湧いてくるわけでもない。
「美山奏多じゃない……まさか素質を持つ者がこの会場に?」
「そんじゃあ、次いくよ!今日のために完成させた新曲……」
「キャーーーー!!!!!」
会場にいる全ての観客の視線が悲鳴をあげた女性の方へと向けられた。女性の隣にいた男がゆっくりと崩れ落ちる。まるで生気を失ったように真っ青になった男性の後ろには、漆黒の怪人が食べカスをすすっているかのように舌なめずりをしていた。
「ああ……やはり喜びに沸く人間のスピリットは最高だな」
「い、いや……」
「次はお前だ」
誰もがあまりにも衝撃の光景に言葉を失っている中、怪人は続いて腰を抜かしている女性の頭を鷲掴みにする。女性は恐怖と混乱のあまりに全く抵抗出来ずにいた。周囲の観客達も思考が追いつかず、助けようと試みる者は全くいない。
そうこうしているうちに、女性の体から青白い光が飛び出す。怪人はそれを空いた手で握りしめると口の中に一飲みで放り込む。
「んー、やはり若い女の興奮と恐怖がない交ぜになったスピリットは新鮮かつ極上の美味だ。ついつい、一滴残さず食っちまったぜ」
隣の男性と同じく、生気を失った女性の体を怪人はポイっと投げ捨てる。それを皮切りに、観客達の恐怖心は爆発した。
「ば、化け物だーーーー!!!!」
「逃げろーーっ!!!!」
ようやく思考を取り戻して我先に脱出しようと駆け出す観客達。混乱に満ちた会場内の喧騒をコウモリの怪人はせせら嗤いながら見つめていた。
「な、なんでナイトメアがここに!」
作業の途中ながら、研究員達は青ざめた顔でモニターを眺めていた。
「会場に集まってる膨大なスピリットを狙ってきたんだわ!でも、まさかこんな人目につくような場所で堂々と……」
『しゃ、シャチョー……」
先程までステージで堂々と舞っていた歌姫が、今は不安げな声をスマホ越しに聞かせている。彼女の不安を和らげようと、女はなるべく貫禄を維持して口調を務める。
「奏多!あなたは早く逃げなさい!ボディガードの指示に従うのよ!良いわね!」
「おい!お前!早く立って逃げるぞ!このままじゃ俺達逃げ遅れちまう!」
大混乱の中、翔駒は地面にへたり込んだ杏里沙の手を引っ張ろうとする。だが、この少女は青ざめた表情で首を横に振った。
「ご、ごめん!足を挫いちゃったみたい……」
「はあっ!?」
既に大多数の観客は外へと逃げ出している。ここに残っているのは逃げ遅れた翔駒と杏里沙の2人、そして残るは既に怪人に襲われて意識不明になってしまった哀れな犠牲者達だけだ。
「何やってんだよ!早く背中に乗れ!」
「う、うん!」
業を煮やした翔駒は少女を背中に乗せて急いでドームから脱出しようとするが、まだ腹が満たされていない様子の怪人が見逃すはずがなかった。
「おっと、逃がさんぞ」
コウモリの怪人が右手をかざすと同時に、通路につながる出入り口に大量の瓦礫が降り注いで塞いでしまう。おかげで翔駒と杏里沙は人気を失った会場内に取り残される羽目になってしまった。
「おいおいおい!出口が塞がれちまったじゃねえか!」
「くくく……」
逃げ道を失った2人は不気味な笑い声が聞こえる背後に振り向いた。改めて謎の怪人の姿を目の当たりにした翔駒達は冷や汗を垂れ流す。
漆黒の体に大きな耳と翼、そして鋭利な爪と牙。どう見ても普通の人間には思えないその姿は大きさや人間に近い体型なのを除けばまさにコウモリ。
これがただの変態コスプレイヤーならまだ救いようが幾らでもあったろうが、先程見せつけた異能力や人から飛び出した青い光をムシャクシャ食らう光景を思うと、その可能性はまずありえないだろう。
常識的には信じがたいが、このコウモリ怪人は間違いなく人間に害を為す異形の存在。そんな危険極まりない存在が、翔駒達の命を狙っている。身震いしない方が無理というものだ。
「若い男と女の1組か。メインディッシュにうってつけだな。くくっ!」
舌舐めずりする姿の不気味さに吐き気まで催してくる。
「なんなんだよ、このバケモノは……」
「都市伝説の動画で変な怪物が果物被った変な侍さんや半分こ怪人と戦ってるの見たことあるけど、まさか本当に出くわすなんて!」
だが、今は怪人の正体を推測している場合ではない。恐怖に駆られて唇を震わせる杏里沙を心配させまいと、痙攣する脚を堪えて全力で駆け出す。
「こうなったら……」
向かうはステージ上の演者用通路。そこから直接外には出る道は知らないが、ひとまずはあそこへ行くしかない。
「しょ、翔駒君……」
「一気に走り抜けるからな!しっかり掴まってろ!」
演者用の出入り口に消えていく2人を見つめながら、怪人は低く唸る。
「逃がさんぞお。俺を傷つけたあの仮面ライダーがいない今なら、お前らのスピリットは風前の灯火だ!」
「……というわけなの。急いで会場に向かってちょうだい』
『ずいぶんと無茶なことを言ってくれるな。新型ドライバーの起動実験の際には俺のベルトと相互干渉するかもしれないからなるべく遠方で待機しているように命じたのは、あなたのはずだが?』
「こちらの都合に振り回してるのは謝るわ。けど、今回の襲撃は完全に予想外だったのよ。まさかこのタイミングで、しかもよりによってこの場所を狙ってくるだなんて……」
『コウモリ型ナイトメアか……おそらく昨夜に俺が逃した奴だな。その意味では俺にも責任がある。時間がかかるかもしれないが、すぐに向かう」
「お願いするわよ!」
通話を切った女は不安げな様子の研究員達の方に振り向いた。
「実験は中止!私達も早く逃げ……」
「ぐわあああああ!!!」
研究員の1人が悲鳴をあげると共に床に倒れ込む。彼の背後には漆黒の巨大なコウモリが口元を腕で拭っていた。
「ぷふーっ!ごちそうさま」
「な、ナイトメア!?」
力なく床に伏した仲間を目にした男性研究員は腰を抜かしてしまった。いつの間にかコウモリの怪人に背後まで迫られていたこの研究員は慌てて逃亡を図るも、あえなく人間離れした巨腕で捕らわれてしまう。
「あのガキどもを追ってみれば、まさかこんなところにも人間が隠れてやがったのとはな。ついでだ。お前達も俺の食料になってもらうぞ」
「ひいっ!」
コウモリ型の怪人は白衣の男性の頭を鷲掴みにすると、今までの犠牲者同様に青い白い光を抜き取り、口の中に収めてしまう。
「あ……あ……」
ようやく解放された男性は焦点の合わない目で天井を見つめている。会場で襲われた観客達と全く同じだ。唯一の出口を怪人に抑えられているのもあって、研究員達は次々と餌食にされていった。
「ふう……これだけ食べればフルパワーを発揮出来そうだぜ。今度こそあの白と青の仮面ライダーには負けねえ!」
食事を終えて上機嫌の怪人はググッと拳を握り締めながら、愉快そうに笑い声を漏らした。
「さーて、お前はどうするかな?」
後ずさる女に向けて手のひらをかざす。するとどうだろうか。怪人のすぐ横のテーブルに置いてあった。マグカップが独りでに動き始めたのだ。
まるで透明人間に拾われたかのように宙に漂うマグカップは女の耳元を擦りながら、後方の壁に勢いよく衝突して粉々に砕け散った。
「きゃあっ!」
割れたマグカップの破片が飛び散って、部屋の隅で息を殺していた杏里沙の頬を僅かに切り裂く。痛みが走った杏里沙は、微かに血を滴らせながら小さな悲鳴をあげた。隣で様子を伺っていた翔駒は冷や汗を垂らしながら杏里沙の口を抑える。
「おい、何やってんだよ!見つかっちまうぞ!」
慌てて身を隠す2人だが、時既に遅し。怪人の視線はこちらへと向いてしまっていた。
「おっとー?さっきのガキどもじゃねえか。へへっ!もう腹いっぱいだが、別腹のデザートは頂いておくとするか」
相変わらず不気味な舌なめずりをしながらその毒牙を翔駒達に向ける。しかし、生まれたその僅かな隙を女は見逃さなかった。足元に転がっていたキャスター付きの椅子を拾い上げ、怪人の横顔に狙いを定めて全力で投げつけた。
「ちっ!」
「あなた達!今の内に逃げなさい!」
「この女……邪魔すんじゃねえ!」
横槍が入って苛立つ怪人は、平手で女を打ち据える。
「きゃっ!」
女は無様に床を転がるが、ただで起きたりはしなかった。その手には銀色のベルトが握られている。
「起動はなんとか出来た……こうなったら一か八か……!」
静かに闘志を燃やした女が怪人を睨みつけたまま、ベルトを腰に装着する。そして、床に転がっていた2つの電池をベルトのソケット部にそれぞれ装填した。
《チョコレート・ライトニング!》
《ヒャクパーセント!》
今まで沈黙を保ってきたベルトの機械部が電池を装填した途端に、水を得た魚のように活き活きとした音声が流れ始めた。
「変身!」
並列に繋がれた2本の電池の隣に設置されたトリガーを壊れそうな勢い強くで握りしめる。
しかし、
《バッドテイスト……》
ビリビリビリビリッ!
低く唸るような音声が流れると共に、ベルトから夥しい量の電流が漏れ出した。あまりの凄まじさに、天井の電灯が電流に巻き込まれて殆どが破壊されてしまう始末だ。
「きゃっ!」
溢れんばかりの電流に耐えられなかった女からベルトが弾け飛んだ。電池を放り出しながら壁際へと吹っ飛んで行く。
「くっ!やっぱり私では……」
「おいおい、なんのこけおどしだ?まあいい、今からまとめてお前達のスピリットを頂いてやる。この俺、バットナイトメア『グラヴィティ』の生きる糧となることを光栄に思えよ。逆らえば、こいつで一捻りだ!」
チカチカと点滅する電灯の光を反射して、鋭利な爪が冷たい輝きを放つ。あれで引き裂かれれば人間の体などひとたまりも無いだろう。この場にいる誰もが緊張のあまりに息を飲む。
「あのおばさんの真似をすれば……」
「翔駒君!?」
絶体絶命の危機の中で、翔駒だけは妙なほど落ち着いていた。転がっていたベルトを拾い上げ、カチャカチャと弄っている。
「まずは腰に巻いて……次にこの電池をここにぶっ刺して……」
「ちょっと君!一体なんのつもり!?早く逃げてって言ったじゃないの!」
「怪我人を連れたままであんなバケモンから逃げ切れる保証はねえだろ!それにこれ使えば、あいつに対抗できるんだよな!?ちょっと借りるぜ!」
見よう見真似でベルトのバックル部に2つの電池を装填。さっきと同じように、ベルトの機能が再び起した。
《チョコレート・ライトニング!》
《ヒャクパーセント!》
「こ、こうするんだったな……」
高らかに待機音が鳴り響く中、恐る恐るながらも意を決して翔駒は取り付けられているトリガーを引いた。
「やめなさい!それを使うのは普通の人間じゃ……」
「変身!」
《ヘイレツセツゾク!》
「へ?」
さっきと違うハイテンションな音声が鳴り響く。何が起こるかと緊張していた翔駒は、目の前に広がる光景に度肝を抜かれてしまった。
《チョコレート/ヒャクパーセント!》
翔駒に無数のダークブラウン色のブロックが迫り来る。つい反射的に身構えるものの、雪崩のように襲いかかるブロック達はあっという間に翔駒を全身まで飲み込んでしまった。
「うおおおっ!」
吠える間にブロックが次々と彼の全身にまとわりつく。それはやがてボディスーツのように、またあるいは鎧のように変質していく。ようやく落ち着いた頃、翔駒はゆっくりと閉じていた目を開いた。
今の彼は頭部を含めて全身を鎧のような物で覆っている。しかし、何故か感覚は塞がれているどころか、むしろ鋭敏に周囲を察知していた。薄暗い部屋の風景が、女と杏里沙の荒い息遣いが、全て研ぎ澄まされた感覚で伝わって来る。
「や……やった!やった!成功した!」
まるで玩具を得た子どもようなはしゃぎぶりで女は翔駒の元へ駆け寄っていく。
「あ?なんだこりゃ?つーかチョコレートって……うお!本当にチョコレートがくっついてるじゃねえか!」
「翔駒君が……チョコレート怪人に変身しちゃった!」
今の自分の姿を眺め回していた翔駒は絶句していた。しかし、無理はない。巨大な板チョコが袈裟懸けの位置で胸部装甲に突き刺さって動揺しないのならば、それは常人のメンタルを遥かに超越しているはずだ。
一方、女は得意げな表情で翔駒の隣に並び立つ。
「ついに誕生したわ!チョコレートの力を限界まで引き出した最高の仮面ライダー……その名もライトニングよっ!!!!」
炎のような真紅のアンダースーツの上に、誰もが知るチョコレートの色、ダークブラウンの装甲を纏った仮面の戦士の誕生に、件の女は興奮を隠せない様子であった。
「仮面ライダーライトニング!チョコレート/ヒャクパーセントフレーバー!」
多くの電灯が破壊されたために薄暗くなっていた部屋の中で、昆虫の複眼を思わせる丸みを帯びたセンサーアイの輝きはくっきりと浮かび上がった。その威容は見る全てに強力な戦士の誕生を認識させる。
しかし、肝心の中の人である翔駒は自分の全身をペタペタ触ってこれ以上ない程に動揺していた。
「かめんらいだー?いや、だからチョコレートって何?」
「か、かっこいい……」
「ええっ!おい正気か?よりにもよってチョコレートだぞ!」
遠巻きに変身を眺めていた杏里沙が目をキラキラと輝かせながらダークブラウンの仮面戦士を見つめている。どうやら彼女の琴線に触れたらしい。
「き、貴様!あいつとはまた別の仮面ライダーだったのか!」
コウモリの怪人は今までの余裕ぶりとは打って変わって明らかに狼狽していた。『仮面ライダー』という存在にトラウマでも刻まれているのが見て取れる。
「うるせえ知るか。どいつもこいつもわけわかんねーこと言いやがって……」
翔駒はウォーミングアップ代わりに右腕をグルングルンと回すと、今度はファイティングポーズを構えながら、一気に怪人の懐まで距離を詰める。
「おらよっ!さっきまでのお返しだ!」
右拳を作ってグラヴィティと名乗った怪物の腹部を思いっきり殴りつけた。変身前とは比べものにならない程の重い右ストレートが叩き込まれる。スーツ越しでも分かるほどに強力なパワーで満ちあふれた衝撃が発生。バチバチと火花が舞って薄暗い室内を微かに照らす。
「ぐっ……!」
「もう一発だっ!」
怯んだ隙を逃さず、今度は回し蹴り。激痛が襲いかかった腹部を抑えているせいで防御態勢を取る暇もなかったグラヴィティは、背後の実験用具を粉々に砕きながら後方へと吹っ飛んでいく。
「ぐはっ!」
「ふん、ざまあねえな」
瓦礫の山に埋もれたグラヴィティの無様な姿を笑う。だが、
「隙あり!」
ヒュッ!
「うおおおっ!?」
瓦礫の上に乗っかっていた椅子が突然独りでに動き出し、翔駒に向かって猛突進を仕掛けてくる。
「な、何が起きてんだ!?」
ポルターガイストの如く次々と飛びかかってくる椅子や机をなんとか避けるものの、突然の怪現象にただただ防戦一方に陥っていた。
「くっくっく……俺は重力に干渉してあらゆる物体を操作出来るのだ!俺が空を飛べるのも、この力のおかげなわけさ!まあ、操作可能な質量は限られている上、お前達仮面ライダーは耐性を持っているのか通じないようだがな」
「なるほどな。だから名前はグラヴィティか。わざわざご説明どうも!」
特大サイズのテーブルの落下を上手く回避した翔駒は安堵するが、無論それで終わりではなかった。
「冥土の土産って奴だ!さあ、腹いっぱいになってフルパワーとなった俺の力を見るがいい!」
そう言ってグラヴィティは両手を天井に掲げた。その動作に合わせて、無数の家具や瓦礫が一斉に宙に浮いて翔駒の逃げる隙を奪うかのように周囲一帯を取り囲む。
「嘘だろ……おいこれマジやば……」
無数の凶器が翔駒目がけて雨嵐のように降り注いで行く。防御や反撃の余裕は全く与えられなかった。
「翔駒君!」
意趣返しと言わんばかりに翔駒を瓦礫で押しつぶしたグラヴィティは両手を仰いで勝利の美酒に酔いしれていた。食事を済ませて完全復活した自分はもはや人間風情に遅れを取るなどありえないのだ。
「ふははははは!どうだ!所詮人間がライフバッテリーの力を盗んだところでたかが知れて……」
「派手な割に大したことねーな」
「なに!?」
ガラクタの山からひょっこりと這い出て来た仮面の戦士はポンポンと砂埃を払う。見た限り、外傷は全く受けたようには思えない余裕ぶりである。ダメ押しに翔駒は大袈裟に肩を竦めて無傷ぶりをアピールしていた。
「あらゆる物体の操作って言えば凄そうに聞こえるが、要は攻撃力も操作した物体に依存するってわけだろ。ただ椅子や机をぶつけた程度じゃ、この仮面ライダーってのにはビクともしないみたいだぜ」
「くっ……行け!」
「だからそれは効かねえっての!」
ガシッ!
飛来した椅子を今度は右腕でガッチリと受け止めた翔駒は、お返しと言わんばかりに椅子をグラヴィティ目掛けて投げ飛ばした。仮面ライダーのパワーで大幅に増幅された腕力による投擲は常人のそれと一線を画すようだ。逆に凄まじい勢いで飛来する椅子を顔面に叩き込まれたグラヴィティは、そのまま背後に跳ね飛ばされる。
「な、なんてパワーだ」
「へへへっ!どんなもんだコウモリ野郎!」
単純な力比べでは及ばないことを見せつけられたコウモリ型怪人は、ゆっくりと起き上がりながら頭を抱えた。お得意の物体操作では仮面ライダーの装甲を砕くなど叶わないだろう。
「ふざけるな!」
破れかぶれに刃物のように鋭く研ぎ澄まされた爪を振りかざす。これの切断力なら直撃させれば、人間はおろか鋼鉄の板ですら余裕で引き裂くことが可能だ。あくまで命中すればだが。
「欠伸が出そうなノロマさだな!」
「ぬお!」
爪の軌道を読みとった翔駒は当たる直前で身を翻して足払い。バランスを崩したグラヴィティに容赦無く右ストレートを叩き込む。またしてもグラヴィティは床に顔面から叩きつけられてしまう。
「こ、こんな馬鹿なことが!」
グラヴィティは立ち上がりながら慟哭していた。もしも彼が人間であったら大量の冷や汗が流れていたことだろう。狩る側と狩られる側の立場は完全に逆転した。多数の人間を文字通り食い物にしてきたこの漆黒の異形は、仮面の戦士に打破される運命に至っているのだ。
「本体のお前も大して強くない。もう終いだな」
「今よ!チョコレート・バッテリーをベルトの側部にあるスーパーエナジーチャージャーに装填して!」
「チョコレート色の電池を……ここか!」
女の指示を受け、翔駒が変身した仮面の戦士はバックルに装填されていた電池を引き抜くと、ベルトの側部に取り付けられたスロットへと再び差し込んだ。
《チョコレート!エナジーチャージ!》
眩い光が仮面の戦士の右脚を包み込む。心なしか筋肉が膨張したかのように右脚が肥大化したようにも見える。まさに渾身の一撃と呼ぶに相応しい強大な力を込められているのが窺えた。
《ブレイクタイム!》
「お前のせいで犠牲になった人達の分まで、ぶっとばさせてもらうぜ!」
「ひいっ!」
グラヴィティはさっきまでの余裕とプライドを投げ捨ててまで必死の逃走を図る。だが、怒りに燃えた翔駒が逃がすわけがなかった。
「逃すかよ!!」
床を蹴って一気にグラヴィティと距離を縮める。室内ではコウモリならではの飛行能力を活かせるわけがない。人間の弱さに胡座をかいて完全に油断していたグラヴィティは地べたを這いずって逃げるしかなかった。ゆえに、跳躍する仮面の戦士の猛追から逃れられるわけがない。
「チョコレート・デコレーション!!!」
渾身の飛び蹴りがグラヴィティの背中を直撃する。翔駒の脚が纏っていたダークブラウンの閃光に包まれて、グラヴィティは弾き飛ばされる。
「ぐおおおおおおお!!!!」
断末魔の叫びをあげながら床を転がるグラヴィティ。壁に衝突すると同時に動かなくなり、最後には粉々に爆散して欠けらも残さないまでに砕け散るのだった。
「一丁あがり……てな」
完膚なきまでに敵を下した翔駒は、一呼吸置いてベルトを外す。同時に彼を覆っていたダークブラウンの装甲と赤いアンダースーツは一瞬にして霞のように姿を消した。
静けさが戻った実験室にパチパチと小さな拍手が鳴り響く。
「すごい!すごいよ!」
興奮した面持ちで、怪人に見事勝利した翔駒を迎える杏里沙。床にペッタリと座り込んだままだが、もし足の自由が効けば、今すぐにでも飛びついていったに違いない。
「こんなに強いだなんて、もしかして翔駒君って実は政府のエージェントだったとか!」
あまりにも飛躍しすぎた少女の妄想に翔駒は思わず苦笑いする。
「んなわけねーよ。さっき言った通り、俺はただの平々凡々のフリーターだって。すげえのはこの電池の方だ」
「電池?」
「ああ、いったい何なんだ?あのバケモンといい、このベルトといい。もうわけわかんねーよ」
変身を解いた翔駒は手元に残った電池を天井の電灯に向けてかざした。一見するとただの風変わりな小物にしか見えないが、これこそが怪人と戦う力を彼に与えた。にわかには信じられないが、自分達の常識で測れない存在なのだろうか。
「『ライフバッテリー』。超自然の圧倒的意思を封じ込めた究極のエネルギー貯蓄装置。それこそがナイトメアと仮面ライダーが持つ凄まじい力の秘密よ」
現実離れした体験からようやく解放されてしばし放心気味に電池を見つめていた2人の耳に、女の声が飛び込んできた。ここにいた研究員達の中で唯一犠牲にならずに済んだ女性だ。その手には、今翔駒が手に持っている物とはまた別の件の電池が握り締められていた。
「あんたは……」
「ついに見つけたわ!」
首をかしげる翔駒を無視して、女は興奮しきった様子で翔駒を指差した。
「仮面ライダーとして戦場で……そしてアイドルとしてステージで舞う、至高の原石を!」
判明データ紹介
仮面ライダーライトニング
昴翔駒が超自然現象力を宿した電池『ライフバッテリー』を『サーキットドライバー』に装填して変身する仮面ライダー。アンダースーツは真紅。装甲部は使用するライフバッテリーで変化する。
モチーフは西遊記の孫悟空。
チョコレート/ヒャクパーセントフレーバー
仮面ライダーライトニングの基本形態。『強化』の特性を有する『チョコレート・バッテリー』と制御装置である疑似ライフバッテリー『ヒャクパーセント・バッテリー』を並列で繋ぐことで変身可能となる。
その名の通りに強化の力を100%引き出すため、徒手空拳での肉弾戦に優れている。必殺技はライダーキック『チョコレート・デコレーション』とライダーパンチ『チョコレート・クランチ』
装甲の色はダークブラウンで、モチーフは名前通りにチョコレート。
昴 翔駒(すばる しょうま)
19歳。少々口が悪いが、不良ではない中途半端な性格の青年フリーター。ワケありの実家を飛び出してスーパーのアルバイトで生計を立てていたが、その代わり映えしない日常に不満を抱いている。バイト帰りに杏里沙と偶然出会い、これまた偶然人気アイドルの美山奏多のライブに参加することになるが、これが彼の日常を大きく変えることになる。
キャラモチーフは西遊記の孫悟空。
門脇 杏里沙(かどわき ありさ)
16歳。人気歌手の美山奏多のライブに参加するため、田舎からはるばるやってきた少女。芸能人が好きで自身も密かに目指しているようだが、なかなかチャンスを掴めずにいた。偶然翔駒と出会い、彼と共に運命の渦に飲み込まれて行く。
キャラモチーフは西遊記の三蔵法師。